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 仁王の思いっきり画策しているだろうことを滲み出すその表情から片時も目を逸らさずに、柳生も自分の躯に緊張の糸をはりめぐらしていく。
 「のぉ、柳生」
 「お断りします」
 「……おいコラ、オレはまだなんも言っとらんやろが」
 不満たらしい口調に、咎めるような目線。
 「あなたの考えてることくらいわかります」
 「だったらそう冷たくあしらわんと、もちっと考慮してくれてもいいじゃろが」
 「考慮することなんてありません」
 手首に掛かった手を邪険に振り払って、ついでに犬かなにかを追い払うみたいに『しっ、しっ』と手のひらで近づいてくるその躯をも払ってやる。
 愛がないっ……としゅんと項垂れた仁王は、やがて今度はぶつぶつと恨み節を零し始めた。
 「……先週末は用事があるとかで会ってくれんかったくせに埋め合わせもせんとひどか男や。オレはいつお前から誘ってくれのかとワクワクしながら待っとったのに……自分でもびっくりのいい子でおったちゅうにお前ときたらとうとう金曜日になってもなにも言ってくれんと、お前はもうオレのことなんか愛しとらん言うのかっ」
 大袈裟な……目の前の駄々っ子のような姿の仁王に、柳生は溜息をついた。
 「たしかに約束を守れなかったことは悪かったと思っています。でもそれはちゃんと謝ったはずです。それを今さら蒸し返してくるなんて……」
 「ちがうっ」
 飛び掛ってこられるような勢いで睨まれてしまい、さすがに柳生もあとが続かない。
 「なんも気にせんと好きなだけいちゃつける時間が無くなったんはそりゃ残念やったけど、用事が出来てしまったんじゃから仕方ない思って諦めもついてた。オレがいま言ってるんはそっちのことやない。埋め合わせをしてくれんかったことを恨めしく思っとるんや。二週間、ぜんっっぜん柳生と触れ合ってないことに地団駄踏んどると」
 なるほど。つまりは長らくお預けを喰らっていて溜まっているから今すぐここでヤらせろとそう言いたいわけか……そんな風に冷静に仁王の心境を読んで、柳生は眼鏡をくいっと指で直すとさてどうしたものかと……軽く首を捻る。
 そういえば二週間、言われたように仁王はなにもしてこなかったか……。校舎内で不意に仕掛けてくるようなことも考えたみたらなく、彼自身が言うようにたしかにこの1週間は良い子でいたのはまちがいがない。
 でもそれだったら今日一日おとなしくしてくれていれば明日は土曜でゆっくりと会えるのである。
 あと少しの辛抱がどうして出来ないのであろうか。それが出来ていたならきっと明日あたり自分でも褒めていたかもしれないのに……。
 そんな風に柳生があれこれと思いを巡らしているうちに痺れでも切らしたのだろう。不埒な腕が、ネクタイをつかまえくいっと引っ張った。
 「柳生……」
 そうしてからお伺いも立てずに顔を近付けてくる不埒者に当然柳生も即座に対処にあたる。
 「許可した覚えはありませんよ? 強引になにかをしようというのでしたら舌を噛み切りますからね」
 同じようにネクタイを引いてからその不埒者と真っ向から目線を合わせ、言い聞かせるようにゆっくりと、だが強腰なのも崩さずに遠慮なく思うままに言わせてもらった。
 噛むのではなくて自身が噛み切る……仁王にはこう言った方が断然効き目があるのである。
 果たして、仁王は手を離すとぶすくれたまま何も言わずにロッカーへと戻って行った。
 やれやれ……そのうしろ姿を見送りながら崩れたネクタイを直し、柳生もロッカーと向き合う。
 静寂なときを迎え入れて数分後。きっちりと身支度を整え終えたのを確認し、うしろを向いた仁王のその背に視線を注ぐ。
 「仁王くん、支度は済みましたか?」
 ちらりと、横向きなままで寄越される視線。渋っ面なまま『とっくじゃ』と短くはあったが返される。
 どうやらまだ拗ねているらしいが、ここで相手にしてしまってはダメなのである。それこそ思う壺に嵌まることであろう。
 「そうですか。でしたら出ましょう」
 鍵は柳生が預かっている。先に歩きだすと、少しの間を開けてだがそれでもちゃんと仁王もついてくる。
 「では、灯りを消しますよ?」
 扉のノブを回し、外部からの灯りを取り入れてからプレートを確認し、スイッチに指をかける。
 パチンッ……と灯りが消え闇に視界を奪われると、まるでそれを狙っていたのか、いきなり腕が捉まれそのまま攫われるようにして腕が引かれる。
 壁に押し付けられながら扉が閉まる音を聞き、密室になったことを確認したあと柳生は諌める言葉を口にした。
 「いい加減にしたまえ、仁王くん」
 「いい加減にするんはお前の方じゃ」
 「しつこいですよ、あなたも。我を通そうとするのも大概になさい」
 「お前じゃって融通の一つも通してくれん頑固者じゃ」
 まったく……ああ言えばこう言うし。しかもぎゅっと抱きついてきていて背は壁に縫われてるしで、柳生にとってはまったくもって既に不利な体勢に持ち込まれてしまっている。こんな状況の下では碌な抵抗も出来ぬであろう。
 「あなたこそ不意をつくなんて卑怯ですよ」
 「隙を作ったお前の落ち度が招いた結果じゃ。観念せえ」
 「また屁理屈を」
 「やけん、こうでもせんとお前には触れられんと」
 抱きつかれたまま肩口に埋まった唇が言葉を紡ぐたび、くすぐったさが襲ってきて、柳生はどうにも落ち着かない気分でいた。たぶん、意識してやってるわけではないのだろうが、柳生にとっても仁王は久し振りの温もりになるのである。
 自分ばかりが我慢しているなんて思わないでください……とまではさすがに恥かし過ぎて口に出来ないが、そのかわりといってはなんだが、見つけた僅かな隙間からこそりと脇あたりの布地を掴んで抱き締め返すことくらいはしてやれないこともない。
 「柳生……」
 「これくらいで調子に乗らないで下さいね。仕方なくのことなんですから」
 灯りがともってなくてよかったと、このとき柳生は心から安堵した。もしも明るかったなら赤くなっていたのがばれていたところだ。そんなのを見られたならそれこそ調子付かせてしまうようなものである。とにかく暗くてよかった……と、安堵からすっかり体重を預けてしまったのに気付くと同時に背中に回っていたはずの手が不埒にもシャツを引き出していることにはたと気付き、『仁王くんっ』と慌てて柳生はみじろいだ。
 「ちょっとあなたはなにしてるんですかっ。止めてくださいっ……仁王くんっ……!」
 「無理。もぉ止められん」
 「なに言ってるんですかっ……理性を掻き集めて今すぐ止めるんですっ……あっ……」
 するりと忍び込んでくる久し振りの温もりに、柳生の理性も一瞬霧散してしまいそうになる。
 「待って、待ってくださいっ……」
 完全に動きを封じるつもりなのだろう。脚を割って自身の足を差し入れようとするのだから相変わらず油断のならない男である。
 「あっ……待って……! 待ってください! 話を……話を聞いてください……」
 抗うよりは諭した方がもしかしたら聞く耳を持ってくれるかもしれないと咄嗟に考え、脇腹をさする仁王の背に手のひらをあてがい、努めて優しい口調でもってやんわりと諌めてみた。
 だいぶ慣れてきた暗闇の中、視線が合うのを確認して、さらに続ける。
 「……明日、会えるでしょうに……なにもこんなところでなくとも……」
 「それはわかっちょる。やけんさっき言うたやろ? もう待てんと……明日までなんて絶対待てんよ……」
 「……っ」
 下半身をぴったりと密着させたままわざともどかしく感じるような動きを見せられ、柳生は堪らずにその仁王に縋った。
 明日は待ちに待った休みだ。
 多少の無理くらいなら素直に受け入れてやろうとすでに自分の中では覚悟は決めてあるのだ。だから明日まで待っていて欲しい、それが本心であるはずだった。
 だが性急に求められ、仁王が不足していた柳生の躯には言葉とは裏腹にその気持ちを裏切って情欲の焔がぽつぽつとともってきてしまう。
 「柳生」
 突然顎をつかまれ、強いちからで固定された。
 なにをするのですか――? などとは聞くまでもない。すぐに唇が塞がれ、馴染みのある熱い舌先が上あごに悪戯を仕掛け出す。
 「……んっ……ぅんっ……」
 口内を強引に犯され、飲み込めなかった唾液が喉の筋を這う頃になってようやく解放されるが呼吸を整えるのが精一杯で、上体を支えられなくなった膝がかくんっと崩れる。だが床に膝をつくことにはならなかった。仁王の腕に救われたのだ。
 「柳生……」
 無様にもその腕に縋る柳生に合わせてふと仁王が身を屈め、
 「これでお前もシたくなったじゃろ?」
 意地の悪い笑いを漏らしたかと思うと無抵抗なのをいいことに、今度は下唇ばかりを軽く啄ばみ始める。
 ちゅくっと、濡れた音が立つのにかっと全身が火照り、そこでようやっとのしかかっていた躯を押し
返すことを思い立った。
 冗談ではない……このまま勢い流されていたら間違いなくここでされてしまう。
 「仁、仁王くん……っ! ダメです……! ……ここっ……までですっ……もう……あとはダメですから……」
 「ここまできてそれはなかとよ」
 「ここまでもそこまでもありませんっ」
 「気持ちよくて腰が抜けてるくせによおそんなことが言えるなお前の口は」
 「これはっ……あなたのせいでしょうにっ……」
 「やったらおとなしく責任取らせろや」
 「……いいえお断りしますよっ……今ここでその責任とやらを取らせてしまったら益々ワタシの腰は立たなくなるじゃないですか……」
 「ほぉ……そこまで言うっちゅうことはお前もちくっとは期待してるっちゅうことかのぉ」
 「下品な笑いはよしたまえっ……とにかくっ、これ以上のことはしないで下さい。もしも無茶を通すと言うのでしたらその後一週間、いえ、十日……いいえ、無期限で近づくことを禁止しますからね。当然そのかんは必要なことでしか口をききませんし、勿論ワタシに触ることも許可しませんから。さあどうしますか?」
 縋っている身で脅すのも滑稽だが、形振りは構っていられなかった。こんなところで雪崩れ込んでしまうわけにはいかないのである。とにもかくにも今日という今日は、仁王にはなにがなんでも諦めてもらうつもりだ。ここまで強く脅せばいくら仁王でも力尽くでどうこうしようとはさすがに思うまい。さあ、果たしてこのあと彼はどういう行動に出るであろうか――――。
 


 「………………っ……姑息な手段に出おってからに……」
 「……仁っ……!」


 悔しそうに唸り声を上げ、仁王はぎゅっと抱きついてきた。いきなり抱きつかれびっくりはしたものの、その腕のちからの強さに、ちょっと自分はムキになり過ぎたかもしれないと、僅かにだけれどちくりと胸が痛み出し、宥めてあげたくなるような気持ちに後押しされながら襟足の飾りを撫でたあとで、ぴっとりと貼り付いているその彼の背中をさすってやった。


 「仁王くん、こちらの申し出を受け入れてくださって嬉しく思いますよ」
 「よお言うてくれるわ。なにが申し出じゃ。あれは脅しじゃ」
 「おや、そう聞こえましたか?」
 「いけしゃあしゃあと……のぉ、柳生」
 「はい?」
 「つれんくせにこうやって優しくされるとどうしても押し倒したくなってくると。やっぱそれも耐えんといかんのか?」
 不満気な口調なのになぜか甘えられているような気がした。そのせいで一瞬甘い顔を見せてしまいそうになったが、いやいつもそれで失敗しているのだからそんなことをしてはダメだとすぐに思い直し、軽くひとつ拳を取り縋っている男の背中に打ち込んでから、柳生は意識して真面目腐った面を作った。
 「ええ、そうですよ。そのまま我慢なさってください」
 そうしたら、
 「……意地の悪か男っちゃね」
 しゅんと、項垂れるようなかたちで体重が掛けられ、柳生は堪らず苦笑してしまった。
 「仕方ないじゃないですか。我侭なあなたには甘い顔ばかりもしていられないんですよ。さあ、本当に遅いですからもう帰りましょう」
 クセのない髪に鼻を埋め、仁王も小さく頷いた。これ以上駄々をこねても今日は思い通りにならないと悟りでもしたのか。
 「では、とりあえず手でも繋いで帰りましょうか?」
 暗闇の中で柳生は自分の指をするりと、彼の指に絡めた。不意打ちを喰らった彼の動揺が指の先から伝わってくるなかそれをそのまま握りしめ、さらに言葉を続けた。
 「……黙っているつもりだったのですが……温もりが不足しているのはなにも仁王くんだけではないのですよ?」
 するとさらに渋面を深めたのだろうと思えるトーンで減らず口が返って来た。
 「食えんだけやのおて残酷なことをしてくれるのぉ……生殺しじゃけぇこんなんは……」
 「イヤなんですか? お気に召さないようでしたら離しますけど?」
 柳生がさらりと返すと、イヤなことあるわけないじゃろがと、そうはさせじとばかりに仁王の指が強いちからで絡んできた。反射的にとったのだろうその行動に思わず笑いも零れるが、愛しくも思い、冗談ですよと柳生も同じくらいのちからを籠めて絡め返してやるのだった。

 

 

 


END
(04.05.24)


 

柳生仁王!? ノンノン!!

仁王柳生っす。

へたれな仁王にたまには策士で強気な柳生もいいかなぁって思って。

きっと、仁王は本気を出してなかったのよ。だから柳生に言いくるめられてしまったと。

ほら、仁王はハイエナだから。いや、スタイルが、って言うんでなくて、性格がね。

骨も皮も食うハイエナのような仁王ならいくら柳生が精神的に参っていてもきっと食っちまうと思うのね。それこそ、『なんも考えん方がよかとよ。ちうことで、いっちょお協力したるぜよ』とかね、言って剥いでくの。うわぁ、痺れるぅ。

でもたまにはこんな可愛げモロ出しのニオたんもいいかなぁと。て言うか、たまには柳生にも天下取らせたろかなと。あれ? なんか違う? いや、まあ、アレですよ、28はあれで結構対等に渡り合ってるってことで。柳生も『ちょっ、仁王くんっ……!』ばかり言ってあたふたしてるわけではないぞ、と。

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