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 仁王は、たるいと言う理由だけでミーティングに顔を出さないことがよくある。
 たるんどると、真田は怒るがそんな彼でも決して自分の足では探さず、そういうときは決まって柳生のとこに『頼む』とバトンを渡しに行く。
 そうして仕方なく柳生も捜索に出るも、実はまだ一回も仁王を連れてミーティング中に戻って来れたことがない。
 部活にはなんとか間に合っているものの、また参加出来なかったと苦い表情をする柳生と、対照的に泰然としている仁王。この二人にはある法則があった。仁王探索の法則。柳生が探しに出ても時間内に戻れたためしなしと言われてしまうくらい、ミーティングのみならず柳生が仁王を探しに出ると二人は決まって長い時間戻ってこないのだ。柳生の不幸は、同じ条件のもとで常に起こる状況を目の当たりにしていていながら、仁王が姿をくらませば『探してくれないか』と誰もが頼みに来てしまうことであろう。
 そして本日、またもや柳生に白羽の矢が立ったのであった。
 仁王の行方がわからなくなったのは合同説明会が行われるはずの時間にであった。クラス委員長が本来なら担う役目も、相手が仁王となれば当然の流れとばかりに柳生のもとに回って来てしまう。
 彼らも困っているのだろうが、バトンを渡された柳生だってこんな役目なんか本当は引き受けたくなんかない。

 

 

 「さて、あと探してないところは……」
 思い当たる場所をピックアップしていきながら、廊下の静けさにふと誘われ、腕時計へと視線を流す。
 一時四十五分。
 とうに五限目は始まってしまっている。
 この調子で行くと今日もまた自分は説明会に顔を出すことが出来なくなるかもしれないと、歓迎などしないと言うのにこの時点でもう嫌な予感がしてくるのはどういうことなのか。
 いっそ見捨ててしまえたらなら楽になれるのに悲しいかな。隠れているのだろう場所がわかってしまうと言うのだから恨めしい。
 しかし柳生は紳士と言う二つ名を持つ男である。
 見捨ててしまいたい気持ちを持ちながらも、足を向けないというわけにもいかず、渋々ながらでも足はそこへと向かい始める。
 柳生が向かったのは図書準備室。第一図書室の奥にある、滅多に開くこともないその部屋に仁王は居るはずなのだ。
 理由は明白だ。本来なら職員室に保管されているはずの鍵の孫を仁王がなぜか持っているからである。どうやって入手したかは不明だが、とにかくそれを持っているのである。
 東棟の三階。視聴覚室の斜め前の教室が第一図書室である。
 本来、昼休みが終わった今、使用はされていないはずなのだが、鍵が掛かってないこの現実はもはや読みの外れはないと教えてくれているようなもの。
 「…………」
 踏み込むのに躊躇しつつもドアを開けて入れば、脇目も振らずに向かうは奥の部屋。
 「……」
 ついにドアの前まで来て、ノックをしようかとも思ったが結局思いとどまって。
 「失礼します」
 入室する以上、これは当然の礼儀であろう。
 「……」
 窓にかかるカーテンは左右に大きく開けられ、明るい日差しがさんさんと降り注ぐ室内の最奥、書棚を背にイスを並べて上に眠るのは誰あろう、仁王その人だ。
 普段からあまり換気のされていない部屋への光の取り入れは本来、よろしくないとされている。もちろん書庫のような特異な場においての話であるが。
 それにしても図太い神経をしているものである。自分の部屋でもあるまいに。
 「仁王くん」
 ちょうど心臓の真上あたりだろうか。そこに乗る右の手がぴくんと、反応を見せる。眠りはどうやら、浅いものらしい。
 「起きたまえ、仁王くん」
 「う…………」
 肩を揺すると、そのたった一回の行為で反応があった。瞼が上がり、二度三度瞬きがされる。相変わらず昼夜に関係なく、寝起きはいいようで。
 「あなたは今がなんの時間か、おわかりですか?」
 「……時間?」
 柳生の問い掛けにそのまま腕を上げて時計に目をやってくれたのはいいが、確認が済んでもあまり気にもしないような返事が一つ、『ああ』と返ってくるだけ。
 「ああではないでしょう」
 「じゃオレも聞くけん。本来なら体育館に集まってなきゃいけんこん時間になしてお前までこんなトコにおると?」
 「なぜではありませんよ。あなたが行方をくらますからでしょうに。あなたを探してきて下さいと頼まれたんですよ。さあ、いつまでも寝っ転がってないでとっとと起き上がってください。早く講堂の方に戻らないと……」
 ふと、凝視するように見つめてくる視線に気付き、柳生は紡いでいた言葉を止めた。
 「なんですか?」
 問うと、今度は考え込むように腕が組まれてしまった。
 「……なんの真似ですかそれは仁王くん」
 仁王が、まるで人の話など聞いてない態度をとるのはよくあることだ。けれども今回のように探しにやって来た相手にその態度はあまりにも失礼と言うものであろう。いくら温厚と言われている柳生でもその態度には小腹が立ってしまった。
 「いつまでも寝てない! さっさと起き上がりたまえ!」
 腹立ちの勢いにおされたのだろう。つい、そこにあった仁王の頭を小突いてしまった。小突くなんてことをしたのは初めてだ。
 「痛っ!」
 「いつまでものらりくらりしてるからです!」
 「暴力反対。紳士の名が泣くぞ」
 「あなたの前で紳士な顔ばかり見せていても損をするばかりですよ。ワタシはあなたのせいで苦労が絶えませんよ本当にもう」
 「そりゃスマンのぉ」
 「まったくです!」
 「じゃけえ、そんな面倒と思うんじゃったら律儀に頼まれてやらんときっぱり断りゃよか」
 「そ……」
 「そ?」
 「それは……」
 下から見上げてくる視線から逃げるようにして段々と、柳生の顔がうつむく。
 自分でも、仁王が言う通りだと思えるのにこれからぜひそうさせていただきますが言えないのはなぜなのか。なんだかんだと言うくせに自分は、本当はあれこれと世話を焼いてやりたいのか。まさか。いやでもそれが自分の本音なのか?
 「おいこら、そがいに深く眉間に皺寄せんでもいいじゃろが」
 「…………仕方、……ないじゃないですか。今真剣に考え事をしている最中なんですから……」
 「相変わらずくそ真面目なヤツよのぉ。その真面目さが貧乏くじを引くっちうのが本気でわかっとらんところがなんちうか、オレを調子付かせるとよ」
 癖で眼鏡を上げて答える柳生に、胸を上下させながらくつくつと強か者が笑う。随分と楽しげである。実際面白がっているのだろう。クソ真面目だと言い切る柳生の反応を。
 「……真面目で悪いですか。あなたが不真面目なんですからちょうどいいじゃないですか」
 「悪いなんて言っちょらんじゃろが。おいこら、拗ねるな」
 「拗ねてなんかいませんよ。ワタシは呆れているんです」
 「さよか。で、時間、あれからまた過ぎちまったけどどうするん? まだオレ引っ張って戻るっちう気、そがれてなかと?」
 時計を指されて目線を移せばすでに二時に近い。今から戻って……と思ったときであった。視界の端に、伸ばされてこようとしている腕が入って来た。あまりに突然のことだったので柳生も反応するのが遅れ、手首が、まんまとその腕に捉えられてしまう。
 「あんな、ちくっと提案があるんじゃけど。聞いてくれん?」
 「どうせこのままさぼろうとか言い出すつもりなのでしょう。ダメです。まだ間に合うんですから戻りますよ。さあ、もういい加減起きて下さい」
 「真面目やのお。じゃけえ、オレは不真面目者や。今からなんてたるくってイヤじゃ。やからお前も付き合え。ちうか、付き合ってもらうけえの」
 「ちょっ、仁王くんっ」
 下から引かれるちからがこんなにも強いとは。あたふたとでも暴れているというのに不埒者にまったく歯が立たないなんてこと、あるだろうか。
 「仁王くんっ……! ふざけてないでこの手を離しっ……」
 「ふざけてなんかおらんよ。ほれ」
 ぐいっと引かれるちからについぞ負け、バランスの崩れた柳生の躯がそのまま仁王の上へと乗ってしまう。
 「仁っ……」
 素早いものである。曲者の両の腕がすでにがっちりと腰に巻きついている。これではもう起き上がろうと思っても当分は無理であろう。
 「……仁王くん、あなたはここがどこだか忘れていませんか……」
 「忘れとりゃせん。図書準備室じゃろ?」
 「……そうです。このような振る舞いは慎むべき場所ではないのですか? 人が来たらどうするつもりです」
 「どうもせん。見せつけちゃる」
 「笑えないジョークは止めてください……ジョークにしたって質が悪いですよ」
 「べつにジョークのつもりで言ったんじゃなかと。ちうか大丈夫。こん時間は誰も来んよ。今まで一回も見つかったことなんてないっちゃ。じゃから安心してくれてかまわん」
 なんと言えばいいのか、柳生ももう諦めているので、途中から首のうしろにまで回る腕に応えて上に乗っかったまま、仁王の肩を抱いてやっていた。仁王が与えてくれる温もりは、温かいだけでなくて気持ちが安らいでくるからか、好きだ。あやすみたいに撫でてくれる仕種も、心地好さがあるので大好きだ。
 すっかりと懐柔されているなと思わなくもないが、柳生にだって人並みの独占欲くらいあるのである。この心地好さを手放してしまうのはやはり惜しいと思ってしまう。それに、悪くない乗り心地でもあった。
 「――…………」
 しかしである。いささか気になることが一点あった。
 「あの、仁王くん?」
 「うん?」
 「あの、……重く、ないのですか?」
 「ん?」
 それまでひょうひょうと答えていたくせに、それには急にうーんと、考え込むような仕種を見せた。
 彼のその素直な態度に、柳生も我慢し切れなくなって、乗っかったまま笑ってしまった。
 「やはり、重いのですね?」
 「あー……まあ、実はの……」
 「覆い被さったこの状態では二sの差でも大きくひびくのでしょう……」
 そう言えば自分の上に乗っかってくることは多々あっても、逆はあまりなかったかもしれないと色っぽいシーンをぼんやりと想像して柳生が頬を緩めた直後。仁王が言った。
 「じゃけえ、苦しくは感じんよ。なんちうか、伝わってくるお前の心音が心地好く感じるけん。悪くない体勢じゃ」
 満足そうに言葉を紡ぐ仁王のその表情に、それを見つめる柳生の胸がきゅっと締まった。
 彼が撫でるたびに胸に広がってくるのは切なさ。
 その手が甘やかすように躯を滑るだけで、愛しさも募ってくる。
 柳生は思う。
 わかっている。これは彼の策なのだ。
 だけど。
 それでも。
 策だとわかっていても、この優しさに騙されて、縋りついてしまいたくなる。
 なにせ触れ合うこの体温は、この世でなによりも大好きなものの一つなのだ。
 振り払えるわけがない……。
 「柳生……」
 喋らなくなった柳生に、仁王が仕掛けてきた愛撫はすでにもう性急で。ついに柳生も耐えられなくなって、縋るように彼のシャツを掴んだ。
 こんなにも愛しいのだ。

 

 「………………同感です。ワタシの方も悪くない乗り心地ですよ……?」

 

 

 


END
(04.05.28)


 

仁王が可愛いいかも…。柳生はカッコいいかも。

28の性別は、仁王はオスだけど、柳生はオトコのコ。と、有島は思っている。

なんちうか、男子中学生の色香を纏った28が好きなの。

それはそれでおいといて。最近、だらだら長くならないよう努めてたらなんか、そっけなくなった模様…。書くって難しい…。これならまだ漢字の書き取りの方が楽かもしんない…。巷で有名な百ますなんとかは、ボケ防止にいいらしい。ほんとに? だまされたと思ってやってみなと言いくるめられて最近ほんとにやりだした…。28も参考書とかとにらめっこしてるんだろうか…。

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