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 『あ、赤也? お前いま暇か? だったらオレんちの近くにあった公園、うん、そこ。来いよ。待ってるから速攻な。おう、じゃな』
 五分前に掛かってきたブン太からの電話は、なにやら少し急を要すようなニュアンスが含まれていた。
 彼からの呼び出しは決して珍しいことではないが、自宅へではなくて外で会おうとするのは初めてのことかもしれない。
 しかも駅とかではなく、公園。
 公園なんて、呼び出しの定番スポットである。いまさら付き合ってくださいもないだろう。まさか……いやいや、そんな素振りはなかったし、自分にも非があるという原因はなにも心当たりがない。だからそれは考えすぎだ。
 では。
 ほんとになんの用で呼び出されたんだろうか。
 走りながら赤也は彼の頭の中を探ってあれやこれやと考える。
 携帯でどうにか片のつく内容でないことは間違いがないだろう。
 なんだろう。なんなんだろう!
 フルに思考を働かせても、どうしても思いつかない赤也は、大通りの信号が既に点滅を始めていたのにもかまわず、反対側へと速力を早め、走り切った。
 一秒でも早くブン太が待つだろう公園へ辿り着きたいと思う強い気持ちがそうさせたのだ。

 

 

 「先輩!」
 公園への本当の入口はあと数十メートルも先だった。だけど赤也にはそこに辿り着くまでの時間も惜しくて、柵を越え、休憩出来る場所の裏手から中へと入り込んでしまった。
 ところが建物の中に彼の姿はなく、外に目を向けるとなんと彼は入口近くのベンチに座っていて、結局あちらへと回ってた方が近かったのかと読み損じた赤也を苦笑させた。だが急いていればこういう結果を招くこともあるだろう。赤也は一呼吸入れるとすぐさま気を取り直し、そこを駆け出した。
 「先輩っ!」
 息をはぁはぁと切らして赤也がブン太の前に立ち尽くすと、飲んで落ち着けと、手にしていたペットボトルが渡される。
 開封済みだった。
 やったぁ!
 間接チューだぁ!!
 ブン太とは、実際に唇を合わせてするキスも何度もしているのに、それでもこんな他愛のないことに喜べるなんて自分もまだまだ可愛いトコが残ってるものである。
 いや、ブン太の振る舞いにはいまだに自分は大袈裟に喜び、瞬時に怒り、あとになって泣けてきたりと、まるでサイコロのようにころりころりと振り回されてばかりいるのだ。間接でもチューはチュー。やって来て早々にこんな嬉しいことが起こるなんて、なんて今日の自分は運がいいのだろう。
 あおりながら、鼻歌でも歌いだしたいような気分に、赤也も気付かないうちに知らず知らず頬を緩めていた。
 そんな赤也を見て、ブン太が不審そうに眉を寄せる。
 「なんだよ、なに笑ってんだよ?」
 「えっ……うそっ、なに、オレ、笑ってました?」
 「なんだ、気付いてねえのかよ。にへらして気持ちが悪いぞ」
 「……ちょっと先輩……。気持ちが悪いって……ほかに言い方ないんすか? あいかわらず口、悪いっすね」
 「生意気なこと言ってんじゃねえよ。それよりいつまでもそんなとこに突っ立ってねえで座れよ。見上げたまんま話すのって疲れんだよ」
 「ああ、すんません」
 無意識に赤也が選んだのは左の側。
 ふっと気付いたこめかみに伝う汗を袖で拭いつつ、横に並んでペットを返しながらさっそく赤也は呼び出されたわけをたずねて口を切った。
 「で、こんなとこへ呼び出された理由ってなんなんすか?」
 すると、片足をベンチの上に乗せたブン太が『うん、なんつーかさ』と歯切れも悪く赤也から目を逸らすのだった。
 「ちょっと先輩、そういうのやめてくださいよ。すっげえ不安になってくんですけど。もしかしてオレこんなとこで別れようとか言われるんすか?」
 「はぁ!?」
 赤也はもうかなり焦っていた。否、動揺しまくっていた。
 ブン太の振る舞いのひとつひとつに赤也はとても敏感なのだ。
 想像力がここまで働くのが自分でも不思議だが、態度から推測だけで赤也は妄想も出来てしまうのだ。
 ブン太をおかずに楽しいことを想像するなら心も躍るし幸せだとも思う。だけど不安を覚えていたり悩んでいたり、そういうときに想像してしまうのは悪いことばかりだから本当は好きじゃない。だけど悪い考えはどんどんあとからあとから浮かんできて自分でもどうしようもないのだ。
 「だって外へ出て来いなんていつもだったら先輩そんなこと言わないのに……」
 咄嗟に赤也は腕を掴んでにじり寄るが、落ち着けばかと、怒鳴る声を聞いてハッと我に返った。
 「勝手に妄想して突っ走るなボケが!」
 それは容赦のない蹴りであった。
 テニスプレーヤーのアシを足裏全体を使って蹴るなんて、さすがブン太である。よくも悪くも浮かれる者へは容赦がない。
 「……っ、つぅ……」
 「お前があんなに息切らせて走ってきた理由ってそれかよ! バカだろお前!」
 「や、だって……」
 「黙れバカ!」
 「……わぁぁ! もう蹴りはやめて! ごめんなさい! オレがバカでした! ほんっとマジでごめんなさい!」
 バカバカを連発するその迫力や今にも胸倉まで捉まれそうだ。なぜブン太がそこまで憤るのかがわからない赤也だが、こういう状況で反論をかますのはただ状況を悪化させるだけだということを既に過去に於いて学んでいるので、咎めるような口調で吐き出す彼に慌てて頭を下げた。こういう場合はとにかく殊勝に謝ってしまい、逆らってはダメなのだ。
 「……ったく!」
 効果はすぐにあった。
 あれだけがなっていたのがぴたりとやみ、あきれたようではあったが背もたれに背中を押し付け、赤也を見つめる彼はもう落ち着きを取り戻している。
 「…………」
 「……お前さ」
 自分からは口を切れなくて黙っていると、ぼそりとブン太が言い始めた。
 「あ、はい……」
 「今日、何の日か知ってるよな?」
 「今日、っすか?」
 知ってるもなにもない。
 自分の誕生日だ。
 「……まあ一応は……」
 「そうか。一応は知ってんだ」
 「はぁ、まあ……」
 「お前はうるさいタイプなんだと思ってたんだけど違ったんだな」
 「は?」
 「だから、何日も前から自分の誕生日をうるさくしつこくアピールしたがるタイプかとオレはずっと思ってたんだよ!」
 舌がそこで忌々しげに打たれて、それでようやく赤也にも合点がいった。
 「やだな先輩、オレのことずっとそんな風に見てたんすか? 確かに記念日とか行事とか結構覚えてる方ですけど自分に関係することには割りと無頓着なんすよオレ」
 自分のことはどうでもいいとこがあるからと続けると、何が気に入らなかったのか、不愉快そうな顔にさっとかわった。
 「先輩?」
 「どうでもいいとか言うなよ」
 「……ブン先輩?」
 「オレがお前みたいに自分の誕生日とか自分のことはどうでもいいと思ってるとか言ったら、お前どう思うよ」
 「どうって……」
 「オレらしいとか、そういう時でもそういう風に言えるのかって聞いてんだよ」
 「……」
 「あんまいい気分はしねえだろがよ。オレだってそうなんだよ」
 「……えっと」
 続ける言葉が見つからなくてぽりぽりと赤也は鼻の頭を掻いてこの場の雰囲気を誤魔化そうとした。
 ブン太に言われるまで自分は、そこまで深くは考えていなかった。
 なんだろう。
 自分はもしかしたら色々なことで気付かないうちにたくさん彼の心を傷つけてきたのではないだろうかと、ふと、不安な気持ちになってきてしまった。
 たかが誕生日。されど誕生日。
 彼の中ではちゃんと特別な日と認識してもらえていたらしい。
 だけど――。
 自分が彼のことを想うように彼もちゃんと自分のことを想ってくれていたのは嬉しいけれど、自分のことはおざなりにして彼への想いばかりを口にしたり態度に表したりして、それが原因で大好きな彼を傷つけていたとしたら……そう思うと気持ちは複雑になってくる。
 「……えっと……ごめん……これからは気をつけるっす……」
 じれったいが、本当にもう少し気のきいた言葉が言えたら良いのに、いま自分が言える言葉はそれぐらいしかない。
 「……」
 「……せっかくの誕生日にそんな顔をさせたかったわけじゃない、ほら、顔上げて笑え!」
 「ぅわぁ! ちょっ、そんな無理矢理に上を向かせないでくださいよ、ったたた、ちょっ、首の筋がなんかさっきぴしって言ったっすよ!」
 「るせえ。それより欲しいもんなんかねえのか言えよ」
 「えー……そんないきなり言われても……」
 「だったら今すぐ考えて速攻答えを出せ」
 「考えろって言われても……」
 なんでもと言われても範囲が広すぎてかえって迷いが生じてしまうものだ。
 そもそも買ってくれる金額の上限はいくらなのか、まだそれを聞いてはいなかった。
 「あぁ?」
 「だから出せるお金の限度額っすよ。千円とか。二千円とか。先輩が融通の利く限度額をまずは教えてくださいよ。欲しいものを考えるのはそれからっす」
 「…ああ、そっか。悪い悪い」
 だが考え込んだブン太はすぐに困り切ったように唸り出した。
 やっぱり、である。
 生憎とブン太のサイフ事情なんて赤也にだってお見通しだ。
 気前のいいことを言うものだからちょっとは期待していたが、九月のこんな季節に臨時収入なんてあるはずもないのだ。
 だいたい先週の水曜あたりには既に金欠だとかなんだとかブン太の口はそんなことを口走っていたのである。
 それなのに本人がよくもまぁそれをコロリと忘れて『なんかないのか』ときっぷのいいことが言えたものである。
 だが、あきれるがそういうとこがブン太らしくて可愛いと赤也は思ってしまう。
 「……千円……や、千五百円くらいなら……えーと……んー……掻き集めればなんとかはなるだろうけど……」
 いつの間にやら取り出していたサイフの中を覗き込んで、ぶつぶつとブン太は零している。聞いた感じから察するに、どうやら札は一枚しかないようだ。五百円はきっと百円とか五十円とか小銭を掻き集めてなんとかそれくらいにはなるといった感じか。もしかしたら五百円もないかもしれないし、そんなブン太に出させるのは誕生日と言えどさすがに赤也だって済まない気持ちになってくる。
 「先輩先輩」
 ちょいちょいと肩をつついて。
 「無理しなくていっすよ。気持ちだけで充分すから」
 愛しいと思う気持ちもあったことからつい、辞退を申し上げるのにぎゅっと抱き締めてしまった。
 ああ……。
 やっぱりいいなぁ……。
 この抱き心地。
 「あ、赤也っ……」
 「うん。あ――……」
 抱き締める躯のその肩口に頬を乗せた次の瞬間。ふと、赤也は思いついてしまった。
 「ね、先輩!」
 祝ってもらうだけが誕生日でもないと思うのだ。
 自分が嬉しいと、楽しいと感じれば祝ってくれたのと同じことになるのではないだろうか。
 だったら、彼としたいことがひとつあった。
 「先輩!」
 「お、おう……」
 「今から駅前のケーキ屋にケーキ食いに行きません?」
 「……ケ、ケーキ……?」
 「そ。あそこのバナシューっての。シュー生地にたっぷりのアイスとバナナを乗せてチョコシロップもたっぷりかかってたあれ、なんか無性に食いたくなったんすよ。行きましょ!」
 赤也のその唐突な提案にきょとんと肝を抜かれたらしいブン太の手を取り、行きましょうと引っ張って赤也は慌しく歩き出した。
 ブン太が甘いもの好きなのは周知の事実。それに赤也は知っていた。ケーキバイキングとかも好きで他の先輩たちとたまに行っているらしいということを。
 そんな彼が駅前のケーキ屋のケーキセットも好きでたまに赤也も付き合わされていることは、同じ部なら誰もが知っていることだ。
 赤也は……大好きとまではいかないがそれなりに、まぁ、二個か三個までなら食すことは出来る。
 だったら。大好きなブン太と向き合ってケーキを食べて彼に幸せそうに笑んでもらって、それを眺めて自分も幸せに浸ると言う計画も誕生日のプレゼントとなりえるだろうと、赤也は考えたのだ。
 買ってもらった物だけがプレゼントとは言わないだろう。
 本人が嬉しいものならどんなものであってもいいはず。
 形のあるものでなくてもいいのだ。ひとときでも幸せなら浸かりたいと思うし、そういう時間は確かに思い出になるであろう。そうしたらあとから思い返して楽しむという手もあるわけで。
 「先輩、いっぱい食べてくださいね! 先輩が食ってる姿を見てるのってオレ、結構好きなんすよ」
 既にもう嬉しい気分でそれを言うと、手を引かれたままブン太は悩むように唸った。
 勿論食べるのは好きだけど今日の主役は赤也だと言いたいのだろう。
 だけど関係ないっすからと赤也がきっぱりと言い切ると、唸り声がぴたりとやんだ。
 彼のことだ。ケーキと赤也がきっと天秤にかけられていたに違いがない。
 赤也の誕生日と美味しいケーキ。しなくてはならないことと目の前に出された皿。進むべき道はどちらか。逡巡して、だけど結局ケーキへの道を辿ったのだろう。
 なんだか想像出来てしまうそれは、愛しい姿である。
 赤也は思うのである。
 誕生日を忘れないでくれていたブン太も愛しい。けれど自分の欲求に忠実なこんな彼もまた愛しい。
 この広い世界で、ブン太と出会えたそれ自体が奇跡。
 神様、彼と出会わせてくれてありがとう。
 ブン太と出会えたこと、既にもう自分は最高級のプレゼントを手に入れている。ありがとう!

 
 Happy、Happy Birthday!

 

 

 


END
(04.09.27)


 

当日には間に合わなかったけど祝! 赤也おめでと!

頑張ったよ。なんとか。幸せな赤也でお祝い。

生まれてきてくれてありがとうはよく見かけるけど、逆を行ってみました。最高のプレゼントを手にして赤也が幸せならそれでよし!

ケーキ食って胸焼けおこすだろう赤也に合掌。

愛で飲み込め! 

あとでチューしてもらってもう一度『おめでと』を言ってもらうといいよ!や、きっとブンちゃんだったら言ってくれるさ!

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