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 「日吉、ほかに買い物は?」
 「ない」
 「そっか。俺もないし。じゃあ下行ってなにか冷たいもん飲もうか」
 「その前に寄りたいとこがある」
 「え? だって買い物はもうないって言ったじゃん」
 「違う。買い物に行くわけじゃない。ちょっとな」
 「あ。トイレか。じゃ俺も」
 「いい。ついてくるな」
 「やだよ。こんな人ごみの中で待ってるのって不安じゃん。はぐれたらどうするのさ。俺今日携帯忘れて来てんだから見失っちゃったら連絡取る手段ないんだからすっげぇ困っちゃうじゃんか」
 「はぐれたくないって言うならお前がここから一歩も動かなきゃいいんだよ。トイレまで糞よろしくくっついてくんなうぜぇ。いいか、ちゃんとここで待ってろよ」
 「あ、ちょっと日吉!」
 呼び止める声を無視して西側の一番奥にある男性トイレへと彼は急ぐ。実はファションビル内を歩きまわっている間に背中にぐっしょりと汗をかき、その感触が気持ち悪くてもう我慢出来ないと、セーターの下に着ているシャツを脱ぎに来たのである。
 男性マークの下を通ったそのとき、買い物をした物を二つ、片方の手にまとめて持つ中年の男性とすれ違った。しかし中に入ると予想は外れていてほかに利用者は居ないようであった。
 人気のしない空間を独占しながら鏡にちらりと顔を映し、前髪をうるさそうに払ったあと個室へと向かう。
 「日吉」
 「なっ! 鳳!? お前っ……えっ? ちょっ、なんでお前まで入ってくんだよ!」
 「しっ」
 「なにが『しっ』だ! お前こそふざけてないでとっとと出て行け!」
 「ヤだよ」
 「なにがヤっ……ちょっ! ばかっ! どこ触って! やめろってっ……!」
 「ああ、やっぱり汗かいてる。日吉はこれがイヤで来たんだろ? もしかして下のシャツ脱ごうとしている?」
 「だったらどうだと言うんだ」
 「じゃ手伝ってあげるよ。はい、じゃまず上に着てるコートね」
 「余計なお世話だ! お前の手なんか要らん!」
 「いいからいいから。ほら右手抜いて」
 「ちょっ、マジでやめろって!」
 「こら暴れんなって。よし……抜けた。じゃ今度は左ね」
 「ばか! こっから先は俺一人でやるからお前はもう出ろっての!」
 「遠慮しなくていいから。あ。これここに掛けておくね。じゃ今度はセーターね。はい万歳して」
 「お、鳳っ!」
 「しょうがないなぁ。そんなに手伝って欲しいんだ? じゃあ、はい万歳!」
 「ば、ばかやろっ! い、いっぺんに脱がすな!」
 「はは。ごめんごめん。それよりほら背中。うしろ向いて」
 「ばっ……! 勝手に触るな! ちょっ、待て待て! お、お前なに指這わせてるんだよ! 服! シャツ返せっての! ちょっ、鳳!」
 「しっ」
 耳元で彼が息を吹いたのは、わざとしたことだ。そうやって軽くちょっかいをかけてからそのあとで無理矢理に唇を奪って、否でも応でも黙らせてしまおうと、鳳はこっそりと目論んでいる。
 「好きだよ、日吉……」
 「……んっ……! ん、んんっ……」
 壁についていた手をドンドン叩きつけて、日吉は『やめろ』と抗議する。聞こえないはずはないのに彼の抗議はいっこうに耳を傾けてもらえず、拳を叩きつける音だけがむなしく続いた。
 「ん、んっ……!」
 「……しっ、あまり大きな音出すなよ……人が来たら怪しまれるだろ」
 「……ふざ、けんなっ……」
 軽く舌に吸い付いたあと、一応と言うかいったん息継ぎをさせてやろうと思ってなのか。とにかくようやく解放されて。温もりが強烈に残る唇のその跡を消したくて大急ぎで日吉は甲でもってごしごしと唇を擦り始める。
 「……お、お前がっ、……こんな風にしてヘンなことをしなければいいだけの話だろっ……」
 「あーごめん。今それ言われても無理。こういう体勢だし、そういう格好で言われてもね。……悪いんだけど気が済んだら解放してあげるから少しのあいだ我慢しててよ」
 「……なっ! ふ、ふざけんなよお前……!」
 「ふざけてないよ。めちゃくちゃ本気だし」
 「……なっ! ……ぅわぁ! ちょっ、ま、待てって……!」
 「落ち着けって。約束するよ。最後まではしないから。触るだけだからさ……」
 「あ、ばかっ……! お前の手っ……冷たいって……! くそっ、……やめっ……あ、……っ、ち、くしょっ……お、とりっ、てめっ……」
 「ほら日吉、壁についてるこの手にちゃんともっと力入れてないとダメじゃん。崩れてもいいのか? 困るんだろ? それと……こっち、……こんな強く噛んでちゃダメだって……あとで冷たいもの奢ってあげるからこのかんは気にせず汗かくといいよ……ね?」








END

 


 

背中の汗は気持ち悪いよね。家に居るときはタオル突っ込んでるけど…男のコは潔く脱いで乾かすくらいはして欲しいな。

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