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 「あれ、日吉どこ行くの?」
 「ちょっとな」
 「もしかしてまたトイレ? さっきも行ったのにどうしたのさ」
 「うるさい。いちいちチェックなんかしてんな。ほっといてくれ」
 「あ、わかった。もしかして腹下してる?」
 「……」
 小さく舌打ちするや否や、答えを避けて日吉は歩む速度を上げた。
 「ちょっと待ってよ」
 「うるさい。邪魔するなどけ」
 「駄々っ子みたいなこと言うなよ。薬は? 飲んだの? 飲んでないなら保健室寄ってこ?」
 「だからうるさいと言ってる。お前の手なんか要らない。ほっといてくれ」
 「ほっとけるわけないじゃん。我慢出来るようだったら保健室行くよ。ほらこっち来て」
 「ばか、こんなとこで手なんか掴むな!」
 「だったら従ってよ。ほら、薬もらいに行くよ」
 「……! っ……」
 手がダメと言われたからって馴れ馴れしく肩を抱くな! 図々しいヤツだな! ……と怒鳴ってやりたいとこに急にお腹がきゅっと……じりじりと絞られていくようにして痛みだし……彼が取る行動が鬱陶しくて仕方ないのだがまるで腸が捻られるような痛みに……忽ちそれどころではなくなった。
 「失礼しまーす」
 「……」
 「先生、腹痛起こしてるみたいなんで薬もらえますか?」
 簡単に聞き取りが行われたあと来室ノートに鳳が記入し、その間に日吉は薬を服用しようとしていた。彼はべつに錠剤を苦手とはしていなかったが、なぜかここで出された薬は一回に服用する数がやたらに多いものだった。
 痛みが我慢出来ないようなら少し横になって行きなさいと声を掛けられ、日吉はそこまでひどくはないからと遠慮願おうとした。ところがなぜか付き添ってきた鳳が『そうさせてもらえよ』と強く引き止めにかかって消極的だった彼を強引にベッドへと引っ張った。
 「なんなんだよお前は。強引だぞ。べつに休むほどの痛さじゃねぇよ。それになぜお前まで一緒にこっちに来る必要がある?」
 「細かいことは気にしない。そんなことよりほら、ブレザー脱げって。着たまま寝たら皺になるよ」
 「触るな。世話なんか要らない。ひとりで出来る。ほらもう出て行けって」
 「チャイムが鳴るまでいいじゃん。あ、ほらそれ貸して。こっちのイスの上に置くから」
 「……」
 それと指差された直後、なんかちょっと、……腹具合がまたおかしくなってきたかもと、せっかく治まっていたのに急にまた不快な感覚に襲われ咄嗟に腹に手をやって、日吉は顔を俯ける。
 ダメだ。立っていることが辛い。
 「日吉? 大丈夫?」
 「……寝る」
 「うん。早く横になりな。でもさ、珍しいね。どうしたの?」
 「……べつに、ちょっと調子が悪いだけだ」
 「そういえば今流行ってる風邪はお腹にくるみたいだけど……ね、もしかして風邪気味なの?」
 「ちがう。たんにマジで腹の調子が良くないだけだ」
 「ちょっと大丈夫? 顔色マジで良くないぞ?」
 「……薬飲んだしそのうち良くなんだろ。それよりもういいから戻れよ」
 「あのさ、おまじないしてあげようか? けっこう効くんだよ」
 「いい。余計なお世話だ」
 「そう言わずに」
 「ちょっ、いきなりなにをっ……! ばかっ、はなせってっ……っとり……!」
 腰掛けてた日吉の肩がいきなり押され、日吉は慌てるがあれよというまにベッドの上に押し倒されてしまい、上から圧し掛かってこられるちからに抵抗して腕で抗おうとするが体格差が邪魔をして許される範囲でいくらか暴れてはみたものの彼のちからでは敵いそうにもなかった。
 「ちっちゃい頃にさ、よく俺もやってもらったんだよ」
 そう言われるやすかさずベストが捲られ、まな板の上の鯉状態の日吉の腹の上にただ乗せるだけのようにして鳳が手をあてがい始めた。
 「お、鳳っ……!」
 日吉は直ちに身を捩ろうとするが、体格差の前に彼は存外自分が非力であることを又もや思い知らされただけだった。
 「こうやってちょうどこの臍の辺りを優しく撫でてあげながら……痛いの痛いの飛んでけ〜って言うだけなんだけど……どう?」
 「……」
 …………それ、ちがうぞ鳳っ……。
 彼は、思わず脱力した。
 幼稚園児ならともかく本気で中学生にソレが効くと信じているのか?
 「ってことでついでにこっちの方もちょっと……」
 魔の手が唐突に下腹部へと伸ばされてくるのを日吉は見た。
 「調子に乗るな!」
 「っ……!」
 危機一髪なところでエルボーが見事顎の下にヒット! 志を遂げることなくあえなく撃沈していくそのザマにざまあみろと日吉は鼻の穴を膨らませる。しかしそれだけのことをしてなお彼は制裁の手を緩めなかった。
 「不埒者目が! とっとと去れ!」
 すでにダメージを負って体勢を崩しベッドに手をつこうとしていた鳳に、日吉は隙だらけであった彼の脇腹に狙いをつけると容赦なく蹴りまでくれてやり、身を折る彼に自制することを忘れてはいけないということを教えてやった。










END

 


 

腹が痛いときはマジで手のひらを当ててさするとよくなる。

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