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 指にからまった髪を起こさぬよう気を配りながら外すと、
 「……日吉……?」
 と、薄く目が開き、手が伸ばされてくる。
 首に回った腕に引き寄せられ、上体を僅かに浮かしたジローにすかさず唇を奪われた日吉は咄嗟にぎゅっと目を瞑ってしまう。キスは、苦手なのだ。他人の温もりと言うやつにも結局慣れることが出来ないでいる。
 「ねえ、まだ慣れないの?」
 「……すみません」
 「べつにあやまんなくてもいいよ。でもさ、キスなんてもう何回となくしてるじゃん。もっと激しいのだって出来るのになんで触れるだけの時ってそんなきつく瞼閉じちゃうのさ。もっとさぁ、気楽に行こうよ。ね?」
 「……気楽に、ですか……? 無理ですよ……多分……」
 「なんで?」
 「なんでって、……緊張してしまうからですよ……」
 「なんで緊張すんの?」
 「なんでって……」
 「うん、なんで?」
 返答に詰まって無意識に唇に触れる日吉の前髪を、今度はジローが指に絡めて遊び出した。
 ジローのその質とは違い、素直にストレートな日吉の髪は、くるんと絡められたあとは素っ気無くするりと指から離れていってしまう。絡まることのない質はまるで日吉の性格そのものだ。日吉もなんとなく申し訳なくなり、再び、すみませんと、謝ってしまった。
 「……なんか先輩のとは全然違いますよね……」
 「なにが? 髪の質のこと言ってんの? いいじゃんべつに。俺はこの感触結構好きだけど。さらさらしてて手触りいいじゃん。今日みたいな雨の日でも跳ねたりしなくて羨ましいけどね。俺のなんて後頭部見てよ、今日は特に絡まってもう大変なんだぜ」
 「そう……みたいですね。なんか寝癖みたいに絡まったりしてるとこ結構ありますよね。あとで直してあげますよ」
 「ほんと? ラッキー。雨に感謝しなくっちゃ」
 「そんなに嬉しいことですか? たかだか髪を弄るだけなのに」
 「なーに言ってんの。日吉が俺を構ってくれるんだよ? 普段は素っ気無くて愛想ないお前が俺の躯の一部に触れてくれるって言うんだよ? 嬉しくもなるって」
 「そんな喜ばれても髪だけですよ俺が触るのは。それ以外のとこは一切触りませんからね」
 「ははは。わかってるよ。頭撫でてとかほっぺも触ってとか、そういう我侭なことは言わないって。困らせてお前の機嫌を損ねちゃったら後々不都合なことが生じてくんのわかってるからそーんなこと言うわけないじゃん。だから安心して俺に触れていいからね」
 「不都合って、自業自得ってことなだけじゃないですか。それに安心して触ってくれって、なんかヤラシイですよ言い方が」
 「え、そう? でも日吉は俺に迫ってきてくれたりとかは絶対にしないでしょ? ヤラシイことしてくれるならそりゃもう大歓迎だけど残念過ぎるコトに無理っしょ」
 「それ、笑顔で言うことなんですか? 中身とあんたの顔の表情全然合致してないですよ。残念なんて言ってるけどそんな面白そうににやけてて、そぐわない顔ですよソレ」
 「えー、そりゃだって仕方ねえよ。残念には思うんだけど日吉がこうしてすげぇ優しいからさ、すっげぇご機嫌なわけよ俺今。わかる?」
 「みたいですね。さっきからホント嬉しそうにしてますよね」
 「うん。すげぇ気分いいの。最高。幸せってカンジ」
 「俺はそれにどう応えればいいんですかね……なんか俺は複雑な気分ですよ……」
 「なんで?」
 「なんでって……脂下がってるあんたのその姿、結構見てるこっちが恥かしくなってくんですよ……あんたは全然恥かしくもないんでしょうけど俺は……なんて言うかこそばゆくて複雑なんですって……」
 「はは。素直に喜んでおけばいいじゃん。俺に愛されてんのがよぉーくわかって嬉しいだろ? つーか嬉しいって言えよ。したら俺はもっと嬉しくなれるからさ。ね」
 「……イヤですよ。くそ恥かしい……」
 「あはは。日吉はホント可愛いなぁ。たまんないよ。つーことでヒヨ、ちょい屈んで?」
 「屈めって……なんでですか?」
 「なんでってそれくらいわかってよ。キスしたいからじゃん。さっきのみたいな触れるだけってのじゃなくてもう少し濃いヤツをね。ほら、屈んで」
 「……屈めって、あんたホントに恥かしいヒトですよね……」
 「俺は恥かしくないよ。だって俺はヒヨのことが好きだもんよ。こんないい雰囲気になってたらそりゃこうやって触れているだけでなくてキスの一つや二つしたいって言う欲気も出てくるさ」
 「……勝手に盛り上がらないでくださいよ……あんたと違って俺は羞恥を覚えますよ……」
 「イヤなの?」
 「……そうやってきかれたらイヤですって応えますよ俺は。こういう時は強引に引っ張るもんなんじゃないんですか? ……あんまり困らせないでくださいよ……」
 「はは。そっか。そうだったね。気が利かなくてゴメンな……ってことでキス、させてね?」
 「言っときますけどソレだけですからね。それ以外のことをしようなんて思わないでくださいよ。少しでもおかしな素振りを見せたら舌を噛むかもしれませんからね? わかりました?」
 「オッケー。了解。でもなんだー、ベロチューさせてくれんだ? 嬉しいなー」
 「……」
 「今さらダメですとは言わせないからね?」
 「……好きにすればいいじゃないですか……でもさっき俺が言ったことも忘れないでくださいよっ……」
 「ほーい」










END

 


 

イチャイチャしちゃってさ。いいよね。たまにはじゃれ合わないと不安に押し潰されてしまうからさ。

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