「日吉〜」 「先輩? どうしたんですか? 二年の校舎になにか用でも?」 「うん! あのさ! 今すぐ俺に好きって言って!」 「はあ? なにを突然……どうしたって言うんですかいったい……」 「実はさっき樺地が跡部に好きって言ってんの聞いちゃった」 「は?」 あの、樺地が? いや、……まああの二人は付き合ってるみたいだから言ったとしてもヘンではないけど……ホントにあの樺地がそんなこと言ったのか? この人のことだから、また都合よく自分勝手にそう解釈しただけなんじゃ……。 「ちょっと日吉! なにぼけっとしたツラしてんだよ。あ! お前信じてないな! 俺がウソでも言ってると思ってんだろ。マジなんだって! さっき第二図書室でそう言ってんの確かに俺はこの耳で聞いたし隙間からこの目でも見たんだって!」 「……なるほど」 盗み見してきたわけなんですね……。ったく、迂闊過ぎるぞあいつ……。部長も部長だ。なにをやってるんだか、らしくもない……。 「そういうわけだから日吉! 言って!」 「どこにもそういうわけなんか転がってませんよ。あんたが勝手に盛り上がってるだけなのに俺まで付き合う義理はないです。じゃ」 「待ってよ!!」 「ちょっと引っ張んないでくださいよ。俺次の時間移動なんですって。用意とかがあるんで早めに移動しなきゃいけないんですよ」 「そんなの知ってるよ! 俺、お前の時間割ちゃんと暗記してあるもんよ。次の時間、視聴覚室に移動なんだろ? 大丈夫だって、日吉が言ってくれたらそれで俺戻るし。ね」 「ね、じゃないですよ。わけのわからない戯言を突きつけて大丈夫なんて言わないでください。迷惑です。このまままっすぐ帰ってくれることを切に望みますよ。さあ、この手をはなしてくださいって」 「日吉のケチ!!」 日吉は肩を竦めた。 「ケチで結構です。あんたのそんなくそ恥かしい望みなんか絶対叶えてやれませんから」 「なんで!」 「だから言ってるでしょ。くそ恥かしいって」 「なんで恥かしいんだよ!」 「恥かしいから恥かしいんです」 「お前俺のこと好きじゃないのかよ!」 ジローの口調には険がこもっている。ちらりと視線を外した日吉は、いい加減にしてくださいよと言うように溜息を零した。 「そうは言ってないでしょ」 「そう言ってるようなもんじゃないか。好きなら好きって言えるだろ。言えないなんて……お前ホントはそんなに俺のこと好きじゃないんだろ……」 ……またソレかよ……。最近どこが気に入ったのかそのフレーズ使ってばかりだ。 「いいですよ、あんたがそう思うんなら、どうぞそう思っててください」 「ホントにもう愛がないんだ……」 「そんなに好きじゃないんだろって疑っといてもう愛がないだろってことはないでしょ。もとから愛なんてなかったんじゃないんですか?」 「……」 「…………」 「………………」 日吉はがりっと頭を掻いた。 「……ホント、あんたって憎らしいヒトだよな……」 「……」 「あんな風に我侭ばっか言うくせしてすぐそうやって傷ついたみたいな顔してさ、むかつくよ。ちょっとコッチ来てください」 「日吉?」 「なにぼけっと突っ立ってるんですか。早く来てくださいよ」 「ちょっ、待ってよ。どこ行くんだよ? お前移動だって言ったじゃん……そっちは教室とは逆じゃん」 「そうですよ。だって仕方ないでしょが。ったく、こっちの校舎は二年の教室ばっかで空き教室とかってないんですよ。少しはそういうとこも頭に入れておいてくださいよ。雰囲気がどうだとかケチつけないでくださいよ。いいですね? はい、ここ入ってください」 「え?」 「ほら早く」 「だってここトイレ……」 ジローを強引に引き入れた日吉は、面食らったような顔をしているジローに呼び掛けもなにもなくいきなり唇に自分のそれを重ねた。 「……」 「なにぼけっとしてんですか」 「だってお前……」 「あんたが言って欲しいあの言葉はすみませんけどやっぱり言えませんから。これで勘弁してください」 「……勘弁って……お前、なんかズレてないか?」 「あんたってヒトは本当に失礼なオトコだな!」 「だってキスするよりも口で言った方が簡単じゃんか!」 「バカ言わないでください! なに決め込んでるんですか! 人によって捉え方は色々あるんですよ! あんたを基準にして考えないでください!」 「ご、ごめん! 怒鳴るなよ……ごめん」 「……俺の用事はもう済みましたんで……これでもう戻ります」 「あ、うん……」 二歩ほど進んで日吉は立ち止まった。振り返って、 「芥川先輩」 「え? あ、なに……?」 「さっきのアレ……本気でそう思っているわけじゃないですよね?」 「え? さっきのって?」 「……わからないならいいです」 「あ! 待った! わかった! 当たり前じゃん! あれは売り言葉に買い言葉って言うかついって言うか……全然本気で言ったわけじゃないからっ……えっと、ごめん……」 なにやらものさびしい思いが胸にわだかまって、心の晴れない日吉だったが、頭を下げて詫びるジローのその姿を見て、ふと切なさが引いて消えてなくなるようなそんな感覚を覚え始める。 「これからは……気をつけるよ」 「ぜひそうしてください。気分のいいものではないですからあんなセリフ聞かされるのは。悪いと思ったならついでに昼食、ランチルームでおごってください。俺今日弁当持ってきてないんですよ」 「それって……暗に誘ってくれてるんだよね?」 「お昼をね」 「昼休みが終わるまでまるまる予約入れてもいい?」 「考えときます。多分俺よりも先輩の方が早く行けると思うんで席、ちゃんと取っててくださいよ。窓側がいいんでなるたけそっちの方を探してくださいね」 「わかった!」 「じゃあ俺もう行きますから」 「うん」
END
日吉だってやるときはやります。『俺の愛を疑うんですか、あんた』ピヨがもしもこんなこと言ったらジローは鼻血吹くと思う。 |