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 「そうじゃった。柳生にちょいと質問したいことがあんじゃけど」
 「質問? いいですよ。あ、やはりちょっと待ってください。それはどういった内容のものなんでしょう」
 昼休み。それまで机の上に突っ伏していた仁王がいきなり顔を上げたかと思ったら頬杖をつきながら、隣で読書を楽しんでいた柳生の目を覗き込んできた。
 「どういうって、普通の内容」
 「普通、ですか。残念ですが、あなたの場合は、普通とおっしゃっておきながらとんでもない内容が飛び出してくることがありますからね。不信感は拭えないですね。でもまあいいでしょう。どうぞ」
 しおりを挟んで本を閉じると、仁王がくくっと笑った。
 「ひでぇ言われ様じゃのぉ。そがいに不信感持たれちまうなんて、オレってそんなにお前にひでぇことしてきたかな?」
 その言葉に、レンズの奥の目がすっと、細まる。
 「おや、覚えがないのですか。困った人ですね。あとで胸に手を当てて過去をじっくりと振り返ってみるといいですよ」
 「のぉ柳生……オレってもしかして恨まれてると?」
 「どこまでも図太い人ですね、好かれてばかりいると思っていたんですか。ワタシはそこまでお人よしではありませんよ」
 「参ったのぉ……じゃけえ、そがいに言われるんじゃったらあとでよぉーく、じっくりと、真剣に振り返ってみるっちゃよ。で、質問はさせてもらえるんじゃったよな。あのさ、柳生のそんメガネ、ちゃんと度が入ってるヤツなん?」
 「仁王くん」
 レンズに無礼にも指紋をつけられて、その指を邪険に払うと、注視してくる仁王に柳生は険を含んだ眼差しを送った。
 「ん?」
 「あなたは確か、この春に行われた身体測定で、ワタシの測定表を奪いましたよね。まさかこの春の出来事が記憶に残っていない、なんてことをおっしゃりたいのですか?」
 「あれ? そがいなことしたっけか?」
 問い掛けると、髪の飾りを弄りながらとぼけるのだが、さすが詐欺師という二つ名を持つ男なだけに、堂々としている。
 「しました。無理矢理奪ったではないですか」
 「えー……、そうじゃったか?」
 「仁王くん」
 「あ?」
 「あなた、一度脳ドック受けられた方がいいですよ。わずか数ヶ月前のことを覚えていないなんて深刻だと思われますが」
 「本気にすんなよ、ばか。覚えてるって、ちゃんと。確かそんあと真田が現れて、オレの手から奪ってあいつが、お前に返したんじゃったよな」
 「ええ、そうです。なにすっとねクソ真田、はよぉ返さんかいバカ、確か、そのような暴言も吐かれていましたが、覚えていますか?」
 「柳生、お前、目、怖いっちゃよ。なんや鋭うなってきてんじゃけど。それはもう過去のハナシじゃとね。蒸し返すなっちゃ」
 「失礼。ですが、先に話しをふってこられたのはあなたですよ。ワタシはただ思わず思い出してしまっただけですから」
 「はいはいはいはいはいはい、ごめんなさいよ。ちうか、思い出話をしたくてふったんじゃなかとよ。もうそれはそこらへんに置いておいていいから、質問、さっきしたアレについて答えてくれん?」
 いささか突付き過ぎたか、大きく溜息を零すとそのままずいっと身を乗り出してきた。
 「ですから、あなたはワタシから奪ってご覧になっていたではないですか」
 「見たんは見たんやけど、見てねえのよ。あん時オレが見たんは、身長と体重の欄だけやと。じゃからお前の視力がどんくらいなのかってのはわかってねんだって。そういうわけじゃから、こーして聞いてると」
 「おや、そうだったのですか。ですが、その当時は気にも掛けなかったらしい視力がなぜ、急に気になり出したのですか。理由を聞かせていただけますか」
 「理由? たいしたもんじゃなかとよ。お前も氷帝のメガネ、アイツ、知っとるじゃろ? なんでもあいつのアレ、伊達なんじゃと。日常的にかけっぱになっとるメガネが伊達やなんて、なーに考えてるんだか掴めん男やよね。やけえ、それ聞いての、ほいじゃあ柳生のアレはどうなんじゃろって、不意に疑問が沸いてきたっちうワケ」
 優雅に足を組み、机の上に置かれたままになっていた本を手にすると膝の上に置き、見るとはなしにページを捲り始める。
 「仁王くん」
 「ん?」
 「あなたが知りたいのは、視力などではなくて、これが伊達かそうでないか、そういうことなのですね?」
 「いや、両方。どっちも知りたいとね」
 「ですがあなたは最初、これに度が入っているのかと聞きましたよね。次に身体測定の話から視力が気になるとおっしゃいました。これではいったいどちらについて知りたがっているのか、聞く人間が混乱してしまいます。明確にしていただけませんか」
 「お前、あったま固いのぉ。どっちも気になるって、さっき言ったじゃろが。出だしがどうであったかなんて全然重要じゃなかとよ。知りたいもんが二つあって、どっちも知りたい言うてんじゃからお前はごちゃごちゃ言うとらんで、わかりました、では、答えさせていただきますね、とかなんとか言うてすぱっと答えてくれりゃいいんじゃよ」
 「……」
 「だーから、溜息をついてくれなんて、一言も言っちょらんやろが」
 文句をつけながら本を再び机の上に戻すと、がりっと頭を掻いた。
 「溜息も出ますよ。あなたの態度は人に物を聞こうという人間のとられる態度などではありませんよ。品性の欠片もありませんね。ですが、あなたに言ってもせんないことですね。わかりました。答えましょう。これは、伊達などではありませんよ。メガネをかけてやっと1.0というところです。これで、よろしいですか」
 「おう。サンキュ。なるほど、1.0ね。ほいじゃあまぁ……」
 いきなり伸ばされてくる腕の目的がわからなくて、柳生は座ったままだったが上体を少しばかり後ろに反らした。
 「ちょっ、仁王くん、なにをするんですかっ……」
 奪われたのは、散々話題にのぼっていたメガネだった。
 「うん、やっぱメガネないと、お前可愛いかね」
 「ふざけてないで、それを返してくれませんか」
 奪ったメガネをたたむが、柳生が手を差し出すとそれを目の前に持っていってレンズ越しに見つめてきた。裸眼の柳生にはここからの様子わわかってもピントは合わせられない。が、仁王のことである。ドコを見ているかなんてことは見えなくたって柳生にはわかってしまうのだ。
 「なあ、こん距離でオレの顔って判別ついとるん?」
 「つきますよ。ぼやけてますけど、あなただと、それくらいはわかります。さあ、いいでしょう、返してください」
 「ほんとなん?」
 「ワタシはウソをつくのが嫌いです」
 「オレもやよ。オレもお前にウソつかれんのは嫌い」
 「ですから、ウソなどついていませんよワタシは。あなたのことは、輪郭やヘアスタイルで結構遠目からでもわかるんですって」
 「へぇえ。そうなんだ」
 「納得されたんなら、ほら、早く返したまえ」
 「ああ、悪い悪い。あぁ待て待て。オレが掛けてやるわ。ほら、じっとして」
 取り返そうとした手がもう片方の手によって制止されるが、返してくれると言うのだ、歓迎ともまではいかなくとも、妥協して従った。
 「なにがそんなに嬉しかったんですか、ニヤニヤして、気味の悪い」
 「いや、確認が取れたもんじゃから嬉しくっての」
 メガネを手に、仁王の躯が乗り出してくる。途中ふと、目が合って唇が綻ぶのだが、無視した。
 「確認? どんな確認が取れたと言うのです?」
 「ん? 遠目からでもオレだけはわかるって、言うてくれたじゃろ?」
 「そんなことが、嬉しいのですか?」
 「嬉しいさ。じゃってのぉ……」
 耳に掛かる際、耳たぶに触れたがそれは多分わざとであったのだろう。だがあえて柳生はそれについては何も言ってやらなかった。
 「だって?」
 「メガネなくともオレに抱かれてるときはちゃんとオレじゃって、認識しとるってことがわかったからのぉ」
 「仁王くん」
 メガネが、きらんと光る。
 「なん? ほい、いいぞ。うん、メガネない顔も可愛いけどメガネもそう悪かないわな」
 「……ありがとうございます。ですが、仁王くん」
 ようやく戻ってきたメガネを納まり良くなるように直しながら、柳生は凛とした声でもって呼び掛けた。
 「ん?」
 「恥知らず!」
 「いっ……てぇぇ!!」
 「平手であったことを感謝するんですね」

 

 そう、それと利き手でなかったことにも感謝するべきであろう。










END

 


 

ネガネを掛けてあげてる姿って傍から見てるとむずいです。エロいです。耳とか髪とか…普段は触らないようなトコに触れたりすんだよ? 見てるこっちもぞくっとします。え? そんなこたぁない?

でもアレです。柳生もきっとぞくっときたハズ。仁王の手に触られると眠くなる柳生なんてもぉたまらん!

で、これは忍足のメガネが伊達であったと判明したあとに日記に書いたものでした。28の話はまだそんなに書いてなかった頃なので、微妙に違和があるがスルーしてください。

それと今さら柳生のメガネが伊達かどうかなんて仁王が聞くのはおかしいと言う突っ込みもなしで頼みます。

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