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 「おい赤也!」 
 「なんすか?」 
 キッチンでいきなり怒鳴り声を発するブン太に、ソファで寛いでいた赤也は欠伸を殺しながらそちらへと足を向ける。いったい何事であろうか。 
 「お前、昨日買い物に行ったか?」 
 「買い物? いや行って……あ!」 
 「このバカ!」 
 冷蔵庫を開けたままに、びしりとひとさし指でもって指されてしまい赤也は気まずげに頭を掻く。本当にうっかりと忘れていたのだ。昨日の朝、買い物をしといてくれと頼まれてたいたことを。 
 「……そんな怒んなくてもいいじゃないっすか……わざとじゃねんすから……」 
 「バカ!」 
 「だから! バカバカ何度も言わないでくださいよ! マジでうっかり忘れてたんだって!」 
 「ミスったてめえが逆切れしてんじゃねえよ!」 
 バタンっと、勢いよく閉められるドアに、赤也は反射的に舌を打ってしまった。たしかに頼まれたことを忘れていた自分がこの場では一番悪いのだろう。しかし、それほどまでにむきになってバカを連呼しなくたっていいと思うのだ。 
 「……わかったすよ。今から行ってくるすよ。で、なにを買ってくりゃいんすか」 
 それでも怒りを鎮めるには本来なすはずだった仕事を自分の手でしてくるしかないとわかるので、赤也は着替えをしに居間へと戻る。 
 「買ってくるモンなんかの紙に書いてくださいよ。オレバカなんで言われただけじゃ覚えてられないっすから」 
 「なに拗ねてんだよバカ」 
 「拗ねてなんかいねぇっすよ」 
 「べつにもういいよ」 
 「は?」 
 上着を脱ぎに掛かっていた格好のままで振り返って、冷蔵庫に寄り掛かっていたブン太を探るようにして見つめる。バカバカ言ってあれだけ怒ってたくせして『もういい』とはどういうことなのか。
 「お前さ、なんで昨日オレが買い物を頼んだのかわかってるか?」 
 「買い物してこなきゃいろいろとないからっしょ?」 
 「まあそれもあるんだけど、お前今日の天気がどういうもんか頭ン中入ってるか?」 
 「天気?」 
 赤也はベランダ側の窓から外の様子を窺う。天気がなんだと言うのか。 
 「……雨っすけど……それが?」 
 霞んだように視界の悪い光景を感じたままに答えると、やれやれと言いたげに肩が竦められた。 
 「やっぱお前バカ」 
 「なんで! 実際今だって降ってるしあの窓見てよ! ホースで水でも掛けられたかのようにびっしょり濡れっ……あれ?」 
 たかが雨程度でこんなにも窓が濡れるものだろうか? 
 「お前さ、少しはニュースくらい見たら? せめて筑紫さんか古館さんのくらい見るべきなんじゃねえの?」 
 「……そういや学食で誰かが台風が来てるとか来るとか言ってたような……あれって東京23区に関係あったんだ……」 
 「バーカ。沖縄や四国あたりに台風が来てりゃこっちも影響すんだよ。たまたま週末に当たったことで朝からごろごろしてっけどさ、外の風と雨はすげえの。わかる? そんな中誰が買い物なんかに出たがるよ? え? 赤也くん?」 
 「あー……すんません……」 
 「ったく……あんなからっぽの冷蔵庫で今夜と明日の朝なにを食うって言うんだよ。絶食しようってか? 
 「えっ……マジでなんもないんすか?」 
 絶食はイヤだと、誰のせいでそういうことになったのかということを棚に置いて赤也も浮かぬ顔を見せた。だいたい今日は起きてきてからまだなにも口にしていないのだ。このまま昼も夜もそして明日の朝にもなにも食べれないなんて現実はとうていではないが受け入れたくもない悲しい話なのである。 
 「そうだ先輩! デリバリーしましょうよ。オレ、ピザでもいっすよ」 
 「あほ。今月はもうそんな余裕ねんだよ」 
 「えっー……そんな……」 
 「まあ落ち着け。まったくなにもないってわけじゃねんだ」 
 「え、そうなんすか? なんだ、だったらなんとかなるっすよ。で、今日の昼と夜にはなにが食えるんすか?」 
 「そうめん」 
 「あ、いいじゃないっすか」 
 「ただし、薬味がねえ」 
 「うわっ……しょぼ……」 
 思わず零していた。ギロリと睨まれて慌てて口を押さえた。そうでした、文句が言える身ではありませんでした。すんません。 
 「べつにオレ薬味なくても平気っすから」 
 「でもダメ。これは夕食に回そうかと思ってんだよ」 
 「え、まさか夜までお預けなんすか? オレ、結構もおペコペコなんすけど……」 
 「安心しろ。昼には焼きおにぎり食わせてやる。ゆうべのメシが少し残ってたからな。掻き集めて握ればなんとか二人分くらいは確保できんだろ」 
 「なんだ、なんとかなるじゃん」 
 「ただし、味噌汁はマジで味噌の汁だけだからな」 
 「……」 
 うわっ、それもまたしょぼ……とは思ったが赤也は堪えた。 
 「い、いっすよ、……具なんかなくたって汁物があれば全然かまわねえっす……」 
 苦笑しつつも笑みを向けると、なぜなのか、ブン太がニヤリと返してきた。 
 「で、明日の朝はスイカな」 
 「スイカ!?」 
 「おうよ。だってそれしかもう食うもん残ってねえし。つーわけで、今日はあんま動かねえようにしような。ムダに腹減らすことは避けなくっちゃな。わかったか赤也?」 
 「……」 
 せっかくの週末に運動をするなと突きつけてくるブン太が、そりゃあもう赤也の目には鬼としか映らない。しかも楽しげな顔を見せられたような気もして、恨めしいことこの上なかった。










END

 


 

台風でひどい雨でだった日、自分がまさに飢餓状態であったことから気を紛らわす為にこんなものを書きました。や、台風情報はまめにチェックしましょうってことですな。

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