テニスのページへ戻る







 日吉家の裏庭では、近年ではほとんど見られなくなった笹を主役に、日吉と鳳の二人が枝豆と麦茶とかやくにぎりでまったりと、夕涼みなるものに興じていた。 
 七月七日。巷で言うところの七夕の今夜、鳳は日吉の母の招待により、浴衣なんてものまで用意されていたのでそれに袖を通したあと、縁側にてもてなされているのであった。 
 「けど、すごいよね。いまどきこんな立派な笹なんて探したって見つからないよ?」 
 「だろうな。これをくれた叔母の家の近所にだってこれほどの立派な竹を持った家はないらしい」 
 「でもそれを貰ってこれる日吉の家もすごいよね。日本風な庭があるからこうやって飾っても違和感なく鑑賞出来てるけど仮に俺んちに置いたとしたらミスマッチになっちゃうよ」 
 「そうだな。最近は建売も注文住宅もだいたいが洋風であるらしいからな」 
 「うん。庭があって広くてもバーベキューは出来ても月見とか七夕とか節句とか古来から伝わる催しには向かなくなってきてるよね」 
 感心しきりといったような風に頷いていた鳳は手にしていたコップを盆の上に戻すと、ちょうど枝豆を取ろうとしていた日吉の袖を掴み、顔を上げさせると彼は真正面からチュッと唇を合わせてきた。 
 不意打ちが好きなこの男のこと、いまの状況を絶好の機会とでも思ったのだろう。 
 二人でいま居る縁側はほかに家人も居ないし人が近寄ってくれば背後の廊下が鳴るだろうから、たしかにいまこの時間この場は完璧に二人きりである。だから日吉もくどくどと小言を言うつもりはない。しかしである。そうは言ってても勝手気侭な振る舞いをすることを許した覚えもないわけで。無断でするなと、最低限守って欲しい約束事くらいは注意としてやはりここは与えておくべきであろう。こんなところで前例なんかを作って、この間はウルサイこと言わなかったのにと、あとになってあーだこーだと言われてしまうことが一番困る。 
 「え〜……でもしていいって聞いたら日吉は絶対ダメって言うじゃん」 
 「いちいち口答えをするな」 
 「だって断ってからしろって言うから」 
 「当たり前だろ。家の者が居るんだから用心しろって言ってなにが悪い」 
 「はいはい、ワカリマシタ。じゃあもう一度キスしたいんだけどしてもいい?」 
 多分こういうのを逆切れと言うのだと舌を打ちつつ、いいともダメとも答えないまま、日吉は鳳の胸倉を掴んだ。 
 されてばかりというのもなんとなく癪にさわるものなのだ。たまには自分から仕掛けてこいつの肝を抜かしてやろうじゃないか。ふいに沸いてきた強気に乗じて日吉は掴んだその手を引き寄せて、鳳の唇を自分から奪ってやった。 
 案の定びっくりして目を瞑るのも忘れた鳳のそのびっくりした顔を眺めながらしたキスは、思いのほか日吉をも愉快にさせてくれた。 
 去り際にぺろりと上唇を舐めてやって。ざまあみろと笑ってやれば珍しくも鳳はうろたえた風な色をその表情に浮かべ、口元を押さえたきり彼には珍しく黙り込んでしまった。 
 「おかしなヤツだよなお前も。自分からする時はとことん強引なくせしてたまに俺からしてやるとそうやってうろたえるのな」
 「……たまにだからうろたえるんだろ……こういうの慣れてないからマジで本気でびっくりすんだよ……」
 「なるほど。けどそういうお前を見てるときのいまの気分は悪くない。愉快なもんだ」 
 「……すっごく意地悪な顔になってるよ、日吉……」
 強く責め切れない複雑な心境を覗かせている鳳の態度に、日吉はくつくつと笑って再びその胸倉を掴んだ。
 「ところでお前。さっき吊るした短冊になに書いたよ?」 
 七夕と言えば笹。その笹に短冊を吊るすのが七夕だ。日吉の母も息子とその友達の為にと千代紙で短冊を用意してくれていた。せっかく笹を飾るのだからお友達を呼べと言われてそれで仕方なく鳳に声を掛けたのだが、母親が用意しているのを見た鳳は、こういうことをするのが初めてであったらしくとても喜び、ペンを見つけると並んだ短冊に嬉々としながら食事を始める前に書き込んでいた。それを隣で見ていた日吉は実は何を書いたのかとずうっと気にはなっていたのだが聞くに聞けずこの時間まで来てしまったわけなのだが、今から聞いても遅くはないであろう。これは彼の性格なのだが、一度気になったことはとことん気になって、いつまでも覚えているのだ。 
 「どうせくだらないことでも書いたんだろうが言えよ」 
 「えー……じゃあ日吉はなにを書いたのさ。日吉のも教えてよ」 
 「そっ……」 
 教えてくれと返されてしまって、やぶへびであると舌を打ちつつも日吉は笹に目を向けて唸った。自分のを教えるのは嫌だが、鳳のは知りたい。ジレンマである。 
 「そんなに悩むようなことかな?」 
 「そ……」 
 ぎくりとして笹を見遣りながら……はたと日吉は気付いた。 
 自分が書いたのは次こそ全国。口に出して恥かしくなるようなものであるはずもなく。 
 「ばかを言うな。俺は全国に行くことを誓っただけだ」 
 「あ。やっぱりそうなんだ。うん。俺もそれ書いた。同じだね」 
 鳳に同じだと言われて、日吉は掴んでいた胸倉から手を離した。 
 ばからしい。なにをムキになることがあるのか。 
 「あ、でももう一つ書いたんだ。小っちゃな字でだけどね」 
 鳳が続けたその言葉に、日吉は我知らず……しかしながら促すように……鳳の目を見つめてしまった。 
 「来年もまた招待されますようにって書いた。叶うと思う? 日吉……」
 来年もまた……。
 自分で反芻したその言葉にどくんと心臓が跳ねた。
 そのあとに一度だけきゅうっと心臓が縮んだような、不安を覚えるような感覚にも襲われた。
 だけど日吉は自分の騒ぐ心臓に気付かれたくなくて、わざと素っ気無い口調で返した。
 「さぁな」
 だけれど、鳳にはバレバレだったらしい。鳳の言葉に日吉の心が躍ったのを彼は見逃さなかった。悔しい。なんで自分はこうも簡単に鳳に手玉に取られてしまうのか。そんなんだから鳳が図に乗るのだ。
 日吉がそうやって地団駄を踏んでいる目の前で、鳳はと言うと……相変わらず嬉しそうな顔をして……日吉から目を離さないでいる。
 そのうちに手が伸びてきて、反射的に固まる日吉の頬を彼の指が撫で始めた。
 触るなと言いたかった。だけどなぜか言えないのだ。なぜなのか……。
 黙って好きにさせていると、キスしてもいいかと聞かれた。
 今度こそヤだとはっきり言ってやろうと思った。
 だけどやっぱり、……ヤだも言えなかったし……なにも言えなかった。
 










END

 


 

わーほのぼの。
浴衣っすよ。浴衣。
チラリズムですよ。チラリ。
なーんか…気になってしまうよね。
男の子なんだから脚開いたって片膝を立てたって別にお行儀は悪くないと思う。
…だけど気にはなるよね!
目がいくのはもう仕方ないよね。楽しいけど辛いんだよ。チョタが。笑

テニスのページへ戻る