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 「先輩、江ノ島行きません?」 
 いきなり誘われたブン太は、だが暇であったことから『いいけど』といともあっさりと赤也のその誘いに乗ってやった。 
 なんといっても江ノ島は久し振りである。最近は新しい水族館も出来たらしいし、なによりこう暑いと海があると言うだけでもうあっさりと心がくすぐられてしまうのだ。 
 途中で小田急の江ノ島線に乗り換えて下るのだが、運良く急行に乗り合わせることが出来、思っていたよりは早くに目的地に到着し、赤也のあとについて橋を渡って交番の前を通り掛ったその時。赤也がいきなり言い出した。 
 「先輩、喉渇いてません? 近くに休めるトコがあるんすけど、寄ってきます?」 
 ブン太は赤也の誘いに首を傾げた。 
 マックなら反対方向だし、海開きはまだだから浜辺に下りても休めるところなんてまだないはずなのだ。なのに『休めるトコ』があるなんて言うのはおかしい。 
 ブン太が思案してどう返事をしようかとあぐねていると、内心のそれに赤也も気付いたのか、ああ実はさと、種明かしを始めた。 
 「この先を行ったところにオレの母親の知り合いが勤める店があるんすよ。先日もうちに遊びに来て夏休みなったら寄ってねって言われたんすよ。まあ確かに中坊が集まれるような店ではないんすけど、来たら美味しいもの食わせてくれるって言ってくれたんすよ。その店なんすけど島の入口近くにあるんすけど、サザエのつぼ焼きとか刺身とか食いたくないっすか?」 
 食いたくないかと聞かれれば、食いたいからブン太は速攻で食いたいと返すが、でもいきなり行って平気なのかと心配もあるわけで、さあ行こうと赤也の腕を取ってしまうことはまだ出来ない。 
 「あ。もしかして金の心配してます? だったら安心してくれていっすよ。一応オレもある程度の金は用意して来てるんで」 
 「……けど高いトコなんだろ?」 
 「どうなんすかね。まあファミレスとは違うでしょうけど、近くに来た時は寄ってくれって向こうから言ってくれたんすから大丈夫っすよ。寄ってみましょうよ」 
 派手な音を流す車が横を通り過ぎるのを見送ってから、ブン太は先を行く赤也のあとを追った。 
 浜辺には、西も東もそこそこに人出があるが、まだ海水浴を楽しむ人はなく、波乗りと水上バイクを楽しんでいる人たちばかりが目についた。 
 岩場へと出る船の乗り場にも平日だと言うのに列が出来てるし、本格的な夏を迎える手前のこの時期でも江ノ島にはそこそこの人出があるようである。 
 弁天橋を渡って江ノ島への入口になる階段のすぐ手前で左手に足を向け、奥の店の扉を赤也の手が引いた。 
 のれんをくぐり、店内に入ると石畳が続き、石塔が続く中を赤也と共に進んでいく。 
 見るからに高そうな気配がして、石塔に視線を止めたブン太は知れずに唾を飲み込んだ。 
 そんなブン太を気配で察したのだろう、振り返った赤也が彼の顔を見るやニヤリと笑った。 
 そんな態度を取る赤也にブン太もむっとして、負けじと彼の背中を叩いてやる。 
 返せる言葉はもはや『生意気』と言うよりほかがなく。年下にエスコートされている自分にも腹が立ち、頭の高さから振り下ろした拳にはやや恨めしさも詰まっていたかもしれない。 
 しかし。悲しいかな。食い物への執着は激しいらしく、帰ると言う言葉は出てこなくて。拳を振るのをやめたあとも、舌打ちしつつも依然として赤也のあとに従っているのだった。 
 「あら」 
 「あ。ども。こんにちは」 
 ふと現れた着物姿の女性に、ぺこりと赤也は頭を下げていた。恐らくこの女性が例のおばさんなのだろう。
 「実は近くまで寄ったものですから挨拶でもしようと思いまして」 
 「そう。あらうしろの方は? お友達?」 
 「部活の先輩っす。なにかと世話になってるんすよ」 
 「そう、先輩なの」 
 世話を焼くのが好きそうだと見るからにわかる笑顔を向けられて、ブン太もぺこりと頭を下げて挨拶を返した。 
 「せっかく寄ったのだからテーブルに着いて頂戴。お腹減ってるでしょう? 軽く出させてもらうわ」 
 「ハイ。遠慮なくご馳走になるっす」 
 「さあじゃあ奥のテーブルに座って」 
 「はい。じゃ、先輩」 
 促されてあとにブン太は続いた。四人掛けの広いテーブルに向き合って座り、出された麦茶に口をつけつつ店内の様子をあらためて彼は探った。 
 客は自分達以外にはおらず、静寂があたりを包んでいる。日本料理を出す店のような造りとでも言うのか、障子がはめられ、黒テーブルなのもどっしりとした雰囲気を作り、どう考えても制服を着た人間がほいほいと入って来れるような雰囲気にはない。 
 いったいこんな感じの中でこのあとどんな料理が出されてくるのか。 
 刺身ならまだいいが、ご立派な焼き物とかが出てきたらどう手をつければいいのだろうか。 
 「……おい、赤也……」 
 「あ? なんすかあんた……神妙な顔なんかして」 
 「お前ほいほいと座ったのはいいけどここってやっぱ高い店なんじゃねえのか? 大丈夫なのかよ?」 
 万が一にも聞かれたらまずいので極力小声でたずねれば、能天気な顔で大丈夫っすよと返されるが、ブン太はどうしても不安で赤也のことを睨みながら呻くようにして唸った。 
 「先に言っとくけどオレ、サイフん中ほとんど空に近いからな」 
 「安心してくださいよ。あんたに出させようなんてこれっぽっちも考えてないっすから」 
 「……」 
 ブン太はがりっと頭を掻いた。 
 自分はやっぱりマックとかファミレス辺りが似合っている。こういうかしこまった店はダメだ、とことん躯が受け付けないようであるらしい。 
 「……赤也」 
 「今度はなんなんすか?」 
 「……オレにこんな金なんかかけなくていいぞ……今度からはマックかファミレス、そういう慣れ親しんだトコを選択してくれ……!」 
 頭を抱えるようにして唸ったブン太に、最初ぽかんとしていた赤也だったが、やがてブン太の心情をようやく理解したのだろう、くっと、笑うと、テーブルを叩いて笑いを殺し始めた。 
 「……質より量ってやつですか? あんたって、金のかからないオトコっすね……」
 せっかく気を使って言ってやったというのに食いしん坊なくせしてとまで言われていい気分がするはずもなく、赤也に言われるやブン太はむすりと口を曲げた。 
  
 
 そのあとに彼らの前に運ばれてきたものは、想像をはるかに超えた豪勢なもので。その帰り道、食った気が全然しなかったとブン太は零し、途中の道で永谷園に赤也の腕を引いて駆け込み、メニューを開いて最初に目に入った和風ハンバーグとチョコレートパフェを彼は注文した。
 よく入るっすね……バクバクとかき込むブン太を見ながら、呆れたように赤也が言う。
 ホント。さっき食ったばかりだというのによく入る。自分でも同じことを思った。
 だけど、入っていくのだから仕方がない。
 「あ。赤也。お前にはコレな」
 呆れて見ている赤也に、ブン太はシクヨロと伝票を押し付けた。
 だってさっきの店で赤也は金を出していなかったのだ。結局自分たちはご馳走して貰ったのである。
 しかし赤也はある程度の金は用意してきていると言っていた。自分もここでだったら安心して注文が頼めるが、いくら食ったところでたかは知れているからここのだったら赤也にも遠慮なく伝票を押し付けることが出来る。
 「なぁなぁ。もう一個欲しいのがあんだけど頼んでもいいか?」
 「えっ、あんたまだ食う気なの?」
 「ちがう。冷たいもんが飲みたくなったんだよ。な、いいだろ?」
 「腹、壊しても知らないっすよ?」
 「だ〜いじょうぶだって!」
 好きにしてくださいよと赤也が頷いたのを見て、ブン太はテーブルの上にあったコールボタンを押した。
 やっぱり奢ってもらうんだったら遠慮なくオーダーが頼めるこういう店を選ばなきゃダメだって。
 それにこういう店の方が好きなのをたくさん食えるような気がオレはするんだよ。
 大食いで結構。食事をするときは楽しいのが一番。
 機嫌よく赤也にブン太がそう言うと、頬杖をついて彼のことを見ていた赤也の目がちらりと動いた。
 「……あんたってマジで質より量なんすね……」
 「うっわ! その言い方すげえむかつく! 育ち盛りはそれでいいんだよ!」
 まったく。どうして赤也はこんなにも言葉の選び方がへたくそなのか。
 値の張るものを食わせろとたからないのは慎みがあっていいではないか。
 それなのに貧乏臭いような言い方しやがって。
 沸々と沸きあがってくる怒りにもブン太は口を結んで先輩らしく耐え、追加のオーダを出した。すると呆れたような目でそれを見ていた赤也が店員がテーブルから去ったあと、懲りずに彼に向かってまたこんなことを言った。

 「アイスココアフロートなんてまた糖分の高そうなモン頼むっすね……つーかあんたさっきパフェ食ったばかりじゃん……マジで腹壊しますよ?」
 ブン太は言い返してやった。ここまで言われてしまったらブン太だってもう黙っているのは不可能。
 「心配なんかしてくんなくていいからお前はもう黙ってろ!」










END

 


 

食欲魔人のブンちゃんもまだ中学生。これくらい可愛くあってもらわなきゃ困るという勝手な理想の
元に書いてみた話。
大人になっても金の掛からない庶民的なブンちゃんでいてね。大食いでも質より量。そこそこうまけりゃ贅沢はいわない。そんなブンちゃんに赤やんもいっぱいいっぱい美味いものを食わしてやってたら悦。

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