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 「仁王先輩、今日もまたあの女のヒト来てましたね」 
 更衣室でシャツを脱ぎながら声を掛けてきた赤也は、仁王が答える前に次の言葉を発した。 
 「今週、通い詰めっすよね。まずいんじゃないんすか? あんな入れ込ませて」 
 まずい、と口にしながらもどこか楽しげな顔を見せ、口元を上げている赤也に、仁王は軽くでこぴんを贈って、おしゃべりはそこまでやと、口に指を立てて注意を与える。 
 更衣室には仁王と赤也のほかにも数人、まだ残っているのだ。この世界は厳しい競争で成り立っている。他人の足を引っ張って自分がのし上がろうと考えるヤツばかりが揃っていると言ってもいい。ここで喋ったことがどんな風にアレンジされて話題にのぼった人間の耳に入るか、知れたものではないのだ。きっとろくでもない風にアレンジされて、聞かされた相手が不愉快に思うような内容に変換されてしまうのである。仁王には、それがわかるから無邪気に楽しげに口を開く赤也のその唇にストップを掛けたのだ。 
 「これは駆け引きなんよ。茶々いれんと、黙って見とりんしゃい」 
 言って、早く着替えろと促して、手に握られたままになっていたネクタイを首に掛けてやってから仁王は部屋を出て行った。 
 その彼のあとを追うようにして他の人間も出て行き、あっという間に赤也一人だけが残ってしまった。 
 だが彼は慌てることもせずに携帯を取り出すと、すっかりと覚えてしまっているナンバーを押し始めた。 
 コールは四回。 
 「あ、先輩? オレっす」 
 眠たそうな声で答える相手に、赤也は腕時計を見ながらこう質問した。 
 「今日、あがったら寄ってもいいっすか?」 
 すると、なんでと、問われてしまった。首を傾げて、考えるようなフリを見せながら、赤也はがりっと頭を掻いた。 
 「ん、用は特にないんすけど、なんつーか、会いたい気分なんすよ」 
 素直に答えると、どうやら携帯を手放したわけではなさそうだが、無言が続いた。 
 だが無理に促すことなく、赤也も携帯を握ったまま黙っていた。 
 沈黙も、二分くらい続いたのだろうか。不意に、好きにすればと、ぶっきらぼうながらも了承され、ありがとうございますと、元気よく返しながら赤也は言葉と一緒に頭も下げた。 
 携帯を切ってネクタイを結ぶと、鏡に映った自分のスタイルを赤也なりにひとつひとつチェックを入れていく。ヘアスタイル0K、身だしなみも0K、携帯はマネージャーに渡しておけばいいから持ったし、ハンカチも三枚ちゃんと身につけた、あとは……ライター! よし! これで忘れ物なし! OK。 
 スタンバイ0Kなのを確認してから髪をうしろに撫で付けたのは……なんとなくのかっこつけだ。これくらいの乱れは愛嬌であろう。女にあとで直してもらうのも、それはそれで悪くない話だ。 
 ネクタイの結び目に指を入れながら調整していると、不意にドアの開けられる音がした。振り返ると先に出て行った仁王が入って来ようとしていた。 
 「あれ、忘れ物っすか?」 
 聞くとニヤリと、口元が上がった。 
 「なんすか?」 
 「や、なかなか出てこんから迎えに来たんやけど」 
 「あ、すんません。今行くっす」 
 足を向けた赤也に、扉に背を預けたまま仁王がくくっと笑った。 
 「なにを笑ってるんすか?」 
 「や、相変わらずラブラブやなぁって思ってな」 
 揶揄する仁王のその口ぶりに、赤也は腕を組んだままの仁王を忌々しく睨んだ。 
 「立ち聞きしてたんすか? 行儀悪いっすよ」 
 「なん言うと。話し中みたいやったから外で待っとったんやないか。気ぃ使ってやったっちゃよ。やけぇ、あまり感心出来んよ赤也」 
 緩めていた口元を意地悪く絞めて、不快そうな目で見つめていた赤也の前に素早く立ち止まると、赤也がスーツの胸ポケットにしまっていた携帯があるそこを指し示して、髪の飾りを弄りながら仁王はこう言った。 
 「誰が聞いてるかわからんよってさっき言うたじゃろが。気ぃつけないけんよ。オレやからよかったようなもんやで。私用電話はせめて公衆電話を使い? 先輩からの有り難か助言やよ。胸に留めておきんしゃい」 
 言い終えた仁王にくるりと背を見せられそうになり、出て行かれる前に呼び止めようと、赤也は挑戦的な眼差しをその背中に投げつけてから声を掛けた。 
 「仁王先輩」 
 「あ?」 
 「ご助言ありがとうございます。以降肝に銘じて二度と中では携帯を使いません。けど、なんでそんなに気に掛けてくれるんすか」 
 「たいした意味なんかなか。ただお前は可愛いから色々と面倒見たいと思ってるんよ」 
 「ほんとにそれだけなんすか?」 
 「くく、気の強い子やねえ」 
 意味ありげに、含んだ笑いを見せる仁王に赤也も負けじと挑むように背筋を伸ばして言葉を紡いだ。 
 「丸井先輩が絡んでいるからっすか」 
 丸井とは、今赤也が好意を寄せていて自分のものになってもらおうと激しくプッシユをしている最中の男の名である。さきほどの電話の相手でもあるのだが、実は以前にこの仁王と付き合っていたらしいと言う噂もあるのである。 
 赤也が二人に別々に尋ねても、仁王もそして丸井自身も『さあ、どうだろね』とはぐらかしてきっちりと答えてくれないので未だに噂の域を出ないのだが、店では公然の秘密となっている節があり、丸井に好意を寄せて只今アタック中の赤也にしてみたら信じたくはないが実際のところ本当はどういう関係なんだろうかと、真実を知りたくて仕方がない。当事者二人がはっきり教えてくれないだけにものすごく気になるのだ。 
 もっとも仁王は何を考えているのか、赤也が丸井に特別な感情を抱いているらしいと気付いていながらも、こうして茶々を入れてきたり神経を逆なでするような言動を取ったりと、なにかと……出来ればほっといて貰いたいのに……赤也を構うのである。 
 「先輩のことは尊敬してるっすけど、あのヒトのことで遠慮する気はないっすから。どうするかを決めるのはあの人の心次第っす。オレは自分が望むように行動するだけっすから」 
 「若いのぉ」 
 「先輩と違ってオレは駆け引きってのが苦手なだけっす」 
 「ま、頑張りんしゃい。オレはお前のそういう真っ直ぐな姿勢、嫌いじゃなかよ。オレには真似も出来んけど応援したい気持ちにウソはなかよ。そいだけは信じてや」 
 挑む姿勢を見せる赤也の気勢をさらりと流して、赤也のタイを引っ張ると、ほいじゃ行こうかと、止まったままだった赤也の足を促した。 
 黙って従いながら、ドアを閉めると赤也は今一度訊ねた。 
 「先輩がブン太先輩と付き合ってたって、ホントなんすか?」 
 しかし、やはり今日もいつものように『さあね、どうだったかな』とはぐらかす言葉しか返ってはこなかった。










END

 


 

一生懸命な赤也と意地悪な仁王。 
ブンちゃんと赤也はとにかく仲良しさん。ひたむきな赤やんが可愛くてつい苛めてしまういじめっこ先輩ズ。そんな夢をみた有島の妄想はとうとうここまできたかってな話です…。

だけど仁王やブンちゃん、赤也が居るホストクラブが実際にあったら有島は毎晩通うよ。物と金を貢のではなくて売り上げに貢献したげる。そういう女は自分の店を出した時とかにいの一番に声を掛けてくれるもん。ふふん。でもきっと最初は軌道に乗らなくて営業に苦労すんの。今月の売り上げに協力してくれんかと頼まれるのを楽しみに待つ。あー…快感!

あれ? これってもしかしてある意味ドリーム?

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