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 「先輩」 
 「うるさい話し掛けんな」 
 夏休みに入って十日目。七月もようやく終わろうとする頃、ブン太を誘って図書館へと足を運んだ赤也はいつになく真面目な取り組みを見せ、その甲斐あって彼は七枚もあった数学のプリントを約四十分程で空欄も作らずにきっちりと片し終えることに成功し、やることがなくなったから、筆記用具をしまいながら目の前で文庫を読みふけるブン太に声を掛けたのだが、彼はどうやら活字を追うことに夢中になっているらしく声を掛けた赤也に対する対応はとても冷たいものであった。 
 だが、邪険にされたくらいでめげるような赤也ではない。 
 「ブン先輩ってば」 
 夢中になり過ぎてて声を掛けただけじゃあ相手にされないと言うのなら、躯の一部にでも触って揺するぐらいのことをすれば、さすがに顔くらいは上げるであろう。そう思い肘よりちょい下の部位に触れて揺すったのだが、どうやら本気で、没頭しているらしかった。揺する赤也の手を邪魔だと言わんばかりに振り払ったばかりでなく読んでいるらしいページからも目を離そうとしない。マンガでもない本をこんな真剣になって読んでいるなんて信じられない光景だと思った。
 いったいなんなんだよ。でも見慣れてきてしまえばいつまでも驚いてはいない。どうしちまったんだよと、自分をほったらかしたままらしくもない態度をとり続けていることを面白くなく思ってしまう。
 赤也がちぇっと舌を打っても……舌打ちした音が耳に届かなかったはずはないのに……そこまでしてもまだ彼の顔は上がらない。
 「ねえ、そんなに夢中になってそれってそんなに面白いものなんすか?」 
 問うても同じだった。ちらっとも見て貰えなかった。『まぁな』と一言が返ってくるが、そんなのはまるで心ここにあらずと言うようなおざなりな返事だ。無視されなかったことは良かったと思うが、ちっとも赤也は楽しくない。 
 「ブン太先輩」
 赤也にはもうやることがないのだ。それなのに相手してくれないと言うのは辛い話でしかない。読書感想文なるものを書かなくてはならないならともかく今年の三年生には宿題と言うものは一切出されていないことを事前に知っているだけに、なにをそんなに夢中になっているのだと、恨めしさと文句も出てくると言うもの。 
 「ねえ、オレもうやることなんにもないんすけど。そんなもん読んでないで相手してくださいよ」
 「るせぇな。いまいいとこなんだよ、少し黙っておとなしくしてろよ」 
 「やだ。だって別にあとで感想文とか書く必要はないんでしょ? だったら借りてうち帰ってから読んでくださいよ」
 「うるせえって言ってんのが聞こえてないのかよ。あと十分。そしたら区切りがつく。だからそれまでおとなしくして待ってろ」 
 顔も上げずに言葉だけで命令してくるブン太にちっと舌を打ってから、でもブン太の機嫌を損ねるのは得策ではないと瞬時に判断して赤也は言われた通りにおとなしく読み終えるのを待つことにした。 
 二分後。もう限界だった。じっとしてただ待つだけってのは苦手だ。黙っているのにも飽きてしまった。十分なんて経っていなかったがまだかとたずねた。 
 期待なんかしていなかった。返って来た言葉は案の定『あと少し』と素っ気無い。 
 仕方なく溜息をついたあとじっと、やることがないからブン太の顔を眺めてやった。 
 人をおちょくるのが大好きなその口は今は閉じられて、きちんと結ばれている。そのせいなんだろうか、ブン太が見せている今の表情はいつになくきりっと引き締まっているように見えた。 
 まっすぐにとらえることの多い視線を送るその目も今は真剣に文字を追い、意外と長くある睫毛によって影をまといどことなく妖しくも見えている。
 黙ってるとこの人も結構カッコよく見えんだよな……なんてつい赤也でも感心してしまうくらいなにかに没頭しているときのブン太の面構えは、実に見栄えがいい。見惚れてしまうときもあるくらいだ。
 カワイイと思うことが多いブン太なのにカッコいいと思うときもあるから人の表情と言うものは不思議だ。たかが角度、されど角度。ちょっとの違いでこんなにも受ける印象が違ってくるのだ、自分の顔がどの角度で見られたときが一番見栄えがいいとか、どの角度で撮る写真が一番写りがいいとか言う人間の心理がいまなら少し理解出来る。
 「……オレにとってもこれは新たなる発見ってやつっすよね」 
 思わず零すが、当のブン太にはまったく届かなかったようで。 
 「見惚れてるのに全然反応なしかよ」 
 まったく相手にされてないと知ってさすがに赤也でも寂しくなってきた。 
 図書館に誘ったのは確かに赤也ではあったがまさかブン太が読書に熱中してしまうなんて思ってもいなくて、こんなことになるなら宿題をちょっと見てくださいとかなんとか言って最初から家に呼べばよかったと今になって後悔してきてしまう。 
 そうしていればこんなもどかしい思いもしなくて済んだのだろうに。 
 ちぇっ。失敗した。 
 ここが家であったなら遠慮なく床の上に押し倒せたのに。 
 内心で舌を打ったあと赤也はちらりと腕につけてあった時計に目を走らせた。 
 二時半をまわったばかり。 
 なにか口実を作ってここから誘い出すか……。 
 不穏な計画を立て出す赤也の心の内を当然まだこの時点ではブン太も気付いていない。 
 「ねえ、先輩……」 
 だが赤也には既にこの時点でもう百%に近い自信があったのである。 
 うまいこと誘い出して外に連れ出せばあとは拉致るようにして引きずって歩けばいいだけのこと。今回もまた幸運の女神は微笑んでくれるであろう。彼女に気に入られているいるという自信はあるのだ。 
 暴れたとしてもだ、その耳元に甘い言葉の一つや二つでも落せば……最終的にはコトはうまく運ぶはずなのである。 
 「ブ〜ン先輩ってば。ねえ、ちょっとこっち見てよ」










END

 


 

夏休みは危険がいっぱい、気をつけてブンちゃん! 
どういう状況のもとであれ、ブン太を拉致る赤也に萌える。 
ヤる為に拉致る…夏はこれぐらいアクティブにいかなきゃ!

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