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 ペンを走らせていた手にふと、目がいった。
 長めの指にあまり男の手では見掛けない綺麗な節。爪も相も変わらず清潔に整えられていて。
 「ねえ、その爪っていつごろ切ったの?」
 思わず聞いてみたくなってたずねれば、
 「おととい」
 些かの疑惑も持たずに実に素直に且つ簡潔過ぎる答えが返され、
 「おとといかぁ……」とそれを聞いた鳳もこっそりと記憶を手繰り寄せてみた。
 服を全部脱いでベッドの上で抱き合い、たくさんたくさん啼かせたのがちょうどおとといの夜。その時に彼は確かに背中に爪を立ててくれていた。甘く震える喘ぎに鼓膜が震えるのに、その心地好さから引き戻すのが彼によって引っ掻かれる際に走る痛みだった。と言うことはそのあと家に戻ってから爪切りを使ったと言うことか。
 なるほど。随分と痛い思いをしたのにその夜には長かったのだろうその爪を切ったと。
 でも日吉って割りと神経質って言うか身だしなみは結構気を使ってる方だよね?
 と、いうことは?
 まさかわざと伸ばしたままにしてたとか?
 思惑とかがあって切らずにいたのか?
 少し伸びてきただけでも放っておけなくて爪切りを探す日吉が『……もうしばらくこのままにしておくか』って?
 いやいや、そう考えちゃうと日吉も計算をしていたってことになるけど――…まさか、だよな?
 いやいや! ないない。ないってそんなこと。
 だって日吉だよ?
 そこまで気がまわせるタイプじゃないだろ? そういう発想はしないんじゃないか日吉は。
 日吉の質は素直だけど鈍いしそっちに関することには天晴れってなくらい鈍いはずじゃないか。
 あり得ないって。
 ないない。ある訳ないっての。
 はっ。待て待て!
 ――もしや勝手にそう思ってるだけで実はしたたかなのを隠してるとか?
 いやいや! あり得ないって。だってあの日吉だ。企むなんてことがある訳がない。
 いやでも待てよ……。
 む、ん〜……なんかちょっとわかんなくなってきたぞ…。
 しかしこうなると、ここで聞いたところで正直に吐くとは思えぬからいちいちたずねたりなんかはしないが、夜になって切るくらいならどうせなら朝に気付いて切っていて欲しかったものである――ってくらいは言いたくもなってくるぞ。
 「で、急になんなんだよ?」
 「――…え。いや、べつに…。随分と綺麗に整っているなあって思ったものだから聞いてみただけ。そんだけのことだよ」
 「だとしてもおかしなヤツだな。オレが伸ばしていたことなんてないだろ。今さら気付いたわけでもないくせになんだよ、気味が悪いぞ」
 「はは…」
 おかしいのはオレでなくって日吉の方だっての。
 ――とは言えずに、
 「ちょっと…日吉への認識を改めようかどうかちょっと考察なるものをしててさ…」
 と、濁すようにして言えば有耶無耶にも出来るだろうと思ったのだが…。
 「なんだそれは。意味わかんねえし。なんでそこで考察されなくちゃいけねんだよ。オレ、なんかしたか?」
 甘かった。いや、むしろこれはまずい方向に進めてしまったのかもしれない。
 曖昧に濁しのがお気に召さなかったのだろう、それはどういう意味だと詰め寄る日吉に鳳は返答に窮してしまった。
 困ったな。まさか突っ込んでくるなんて思わなかった。
 「なんでそこで黙る? オレに対して認識を改める、だっけ? どこがどういう風に改まったんだ? 聞かせろよ」
 日吉は目で相手を追い詰めるタイプだよなあ、などとこの状況で見惚れる自分にはっと気付くと鳳は
『いやいや、いまそんなに暢気に惚けてていい場面じゃないから』と慌てて突っ込みを入れてから、
 「え〜…どこって、まあ、性格の一部を」
 濁すように答えた。
 だってはっきりなんて喚くのがわかってるのだから言えるわけがない。
 
 ――あ!

 しかし鳳も気づくのである。反省が生かされてないことに。曖昧は仇になるのではなかったか。あちゃあである。

 「へえ。性格を。で、どう改めたって?」

 反省はサルでも出来るってフレーズ、昔、聞いたなあ。いやいや、なにのんびり構えてるの。まずいって。こっちは別に悪気なんかないんだけど、こちらの言うことにあちらは気に障ったみたいだから。目つきが鋭くなってきてるっての。そのうち憤然と席を立つんじゃないの?

 「鳳」
 「はい」
 
 案の定、声に不機嫌が丸出しだ。表情も不愉快そうで苦々しい。
 
 仕方ない――。

 吐かせるまで追求し続ける気な日吉に言葉を濁しての誤魔化しは長くは続かない。どうせ吐く羽目になるなら怒りを買う前にぶっちゃけた方があとで宥める時にもまだ言い訳に耳を貸して貰える分だけ楽が出来る。
 瞬時に先のことが読めるのはそれだけ日吉の質の深い部分までを知っているから。良くも悪くも対処方だけなら――まさか将来なにかに役立てようってわけでもないだろうが――知識のように頭の中に蓄積されていっているのだ。
 そんなわけで過去を振り返り最善の策を探った鳳は、
 「言うけど、怒るなよ?」
 期待などしてないが一応保険のつもりでそう前置きしてから話し出した。

 内容を要約して話したことは三つ。
 「手を見ててふっと思ったことなんだけど」
 「おとといに爪を切ったって聞いて、タイミングいいなあって思ったわけ」
 「それで日吉は狙ってたのかあって。オレが痛い思いしたのは腹いせのせいだったのかなあって。だとしたら策士だよなって。そんな風なことをね、考えてたんだ」

 あー、またしくじったかも。
 要約するつもりだったのにむしろこりゃズケズケ言い過ぎたかも。
 今に破裂するだろうなあ切れるだろうなあ……なんてはらはらしながら見てたんだけど! ほら当たった!
ほんのちょっとの時間差で案の定癇癪玉が破裂したし堪忍袋の尾も切れてしまったよ!

 青筋を立ててテーブルを叩く日吉に、鳳の蓄積されたデータが間を置かずに走馬灯の如く駆け巡った。
 果たしてこういう展開において誂え向きな対処法なんてあったであろうか。
 テーブルを叩くなんて姿は初めて目にしたような…。
 それにすぐ怒鳴り声を飛ばす日吉がなぜか今日は口唇を震わせたきり言葉が出てこないなんてのはおかしい。身の毛が弥立ってくるっていうか…空気が痛いっていうのか、ぎゃんぎゃん吼えられているときよりも日吉が恐ろしく見えるって言うのか…。

 うーん。やばい。すさまじく怒っているのかもしれない。

 はてさて、このあとの鳳の運命やいかに?

 

 

 

 


END
(06.07.16)


 

鳳若です。
ちゃんとくっついてます。
なのでヤッてもいます。

鳳若になると鳳がうざいです。
そして妄想が好きです。
一日中日吉で妄想してても足りないとかって思っちゃう子です。

でも日吉が淡白さんなのでむしろ鳳がうざくないと鳳若のばやいバランス取れないよ。
つか、二人して好き好き愛してる言い合ってるとこなんて想像がおっつかない!!
つか、そんなの暑くてうるさいよ。そんな鳳若はヤだよ。

日吉は淡白だと思うよ。絶対そうだよ。
鳳はうざいくらい暑苦しく愛を囁くがいい。
だってだって日吉は鳳にぐるぐる振り回されてて欲しいんだもん! (え?)

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