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 触れた指先は晩秋の頃とは言え、思いのほかに冷たかった。
 次に伸ばして触れた頬も、同じくらいに冷たいものだった。
 「――なんだお前、いきなりなにしやがる」
 「あ、ゴメン」
 そのまま撫でようとしていた手を止め、名残惜しさに目を瞑って引き下げさせた。前触れもなく頬に触っておいて『ゴメン』で片そうなんて虫のいい話だが、我に返ったら触っていることに気付いたのだ、無意識だったんだから謝る以外、思いつかない。
 自分たちがいま居るのは戸外で、なおかつ車の量もけっして少なくはない大通りに沿った歩道の上。まだ五時半になったばかりだというのにすっかりと暗くはなっているけれど、会社帰りの大人や同じ学園の生徒、そして買い物帰りの女の人など、人通りもあると言うのに知らず知らず手が延びていたとはいえ随分と大胆な行動を起こしたものである。
 これだけの人目があるのだから日吉が怒るのも当たり前だろう。
 でも、自分が手を伸ばしたきっかけは、なんだったのだろう? 知らず知らずだったとはいえそのへんの記憶がまったく曖昧ってのは、ちょっと…いや相当マズくないだろうか?
 もしも記憶力の低下が始まっているんだとしたら困ったことだ。
 「おい、謝ったならとっととその手、どけたらどうなんだ?」
 「え? あ、ああ、そうだよね、ゴメンね」
 ごめんと謝っておきながら依然として触ったままでいた俺に、日吉もやっぱり見上げたままになっていて…ああ日吉、その見上げてくる視線は厳しいんだけど角度だけはすっごく美味しいよ…! これって試されてるのかな? どんどん鼓動も高まってくるしでちょっとやり切れないものを感じるんだけど…。はは。雲行きは怪しいよなあ。圧力を加えると反作用を起こすって聞いたことあるけど思うに俺にもその反作用ってのが起こちゃったかも。どうしようね? 無性にその腰に手を回して抱き寄せてキスがしたいかも! …意図してやってるわけじゃないのになんでそういう何気ない仕草にまで俺ってこんな簡単にあっさりと煽られちゃうかなあ。実際にそんなことしたら怒られるのがわかってるのに俺ってばたまたま得た絶好のチャンスとかって思っちゃってるし!
 「……鳳」
 はしなくも溜息なんかつかれちゃったけど、もう俺は笑うしかない。
 だって邪念が沸き妄想飛ばしてた俺の手は当然中途半端に止まったままになっている。
 ごめんね。なにがきっかけだったかはやっぱりわからないんだけど、こうして触れているからには自分が忘れてしまっただけでしっかりと身の内には何かしらの思惑があったのだろう。俺の場合に限定して言えば不純な動機でもなければ指だとか頬だとか晒されたままになっている箇所を選んで触れようなどとは思いつかないと思うのだ。
 それに実際ここのところなんやかんやと忙しくて日吉と全然触れ合えていなかったから、満たされていない部分もありその不足気味な気持ちを抱えていたことも少なからず起因しているはず。
 この伸ばした手が下ろせないでいる理由もそういうことであるならば、なるほどと納得もいく。
 しかしそうなるとすこぶる深刻な事態となるであろう。
 だって俺はまだ触っていたいけど触れたままになっている手がいつ払い落とされてもおかしくはないほど仰向く顔には不愉快そうな色が浮かんでるし、それのせいで日吉の方がもう既に嫌がっているように見えるのだ。
 そんな顔、しないで。
 互いの胸中にあるものは決して手を取り合うことはなく、そっぽを向き合ったままであることなどありありと感じ取れるというもの。
 触れたいと、思う俺は、好きって思うこの気持ちをただ伝えたかっただけなんだけどね。
 心と心を繋げるのってやっぱりそう簡単にはいかないものだね。もどかしく思うよ。
 こういうもどかしさとかじれったさとか歯がゆさとかまだるっこしさってさ、うまくいかない時には絶対生まれてくるよね。もしも胸を開いて中を覗くことが出来たなら俺のには強欲、日吉には無欲とかって言葉が詰まってるのが見られるかも。欲を言えばもう少し日吉にも欲求ってのを持って欲しいのだけどね。イヤな想像だよね。なんかさすがに俺も溜息つきたくなってきたかも。
 ひとまずここは引いた方がいいのかな? いったん区切りとかってのつけた方がいいのかなぁ?
 ――そんなことを思ったときだった。えっと……思ったら、折りしも日吉の手の方が一瞬早く動きを見せていた。
 
 はたかれる。直感でそう思った。
 「あ、」けどそれは間違っていた。
 「あれ?」彼はたしかにアクションを起こしたのだけれど、だけど彼の仕草は振り払う真似で終わっていた。
 「え? あ? あれ? えっと…。えっ!? 日吉!?」予想が外れてしかも意表をつかれたことでびっくりして見つめ返していただけの俺を残してすたすたと、日吉が歩き出す。
 「ちょっと待ってよ! 日吉! ねぇ待ってって!」


 見間違い? じゃないよ! 不機嫌な顔を見せはしたがアレは絶対なんとなく恥ずかしいってのも混じっていた。絶対にそう。そんな顔を見せてから逃げ出すなんてずるい。日吉日吉、ちょっと待ってってねぇ!

 「日吉ってば、ねぇ!」

 うわっ! ちょっ! 日吉それ反則だって! 耳の後ろが真っ赤になってるじゃん!

 うわぁ…どうしよう…。そんなの見ちゃったらもっと触れてみたいってまた俺思ってきちゃうじゃない。
 
 「日吉日吉、ねぇ」

 うわぁうわぁどうしよう! 躯の奥から『捕まえてそれからギュッてして髪に顔埋めてぐりぐりしたい!』って叫びまくってる欲求の声が聞こえてくるんだけど、どうしよう!?


 「日吉!」捕まえた!

 えっと…とりあえず俺もやめるべきだよね、シリアスぶってヘンにカッコつけるの。伝えたいものがあるなら言葉にしなきゃダメだよね。

 

 

 

 


END
(06.08.08)


 

ちゃんとくっついている鳳若です。

鳳は日吉が好きで好きでたまらなくて、常にあれやこれやと妄想してるといいです。
内容? もちろんエロいことに決まってる。
つか、触りたいって思いついただけでもうそこからあとはエロエロ妄想になだれ込んじゃいますから彼のばやい。

日吉が淡白っぽいってかほっとんど『好き』とかなんとかそういう甘いこと言う子じゃないので、鳳がうるさいほどにうざくないと鳳若は殺伐としちゃうんじゃないかと有島が不安になってきますよ。なのでうちの鳳はうざいほどに語る子なのです。

でも最終的には日吉も流されるので鳳の働きは報われます!

はは。だってあの日吉が受けてるんですよ?

愛の囁きってホント素晴らしいわ! 

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