西安滞在も長くなり、もう半分西安人になってしまうんじゃないか、と思うくらい。かなり大げさか。
今日は西方ツアー(西遊)に参加するために、朝早くから起き出して、解放飯店まで出かけて行った。フランス人と思われる夫婦も来ていた。8時になっても、いっこうに出発しようとしない。ほとんど9時になってから、ようやくバスが動き出した。バスが満席になるのを待っていたようなのだ。私たちの乗ったバスが、出発すれば、そこに次のバスが現れ、扉を開けて人を待つようだ。そして、満席になれば・・・。合理的といえば合理的だが、・・・。
この西方ツアーや東方ツアー(兵馬俑や始皇帝陵・華清池・半坡遺址などを周ってくれる。結構忙しそう)は、各団体が競っていて、大声を張り上げて、自分のツアーに呼び込んでいる。じっくり調べれば、各ツアー内容の違いがわかるんだろうが、そこまでは調べない人が多いだろうから、「呼び込んだもん勝ち」なんだろう。
渭河(渭水)を渡り、咸陽(Xianyang)市を通り過ぎて、西の郊外へ出ると、黄土高原がはるかに広がっていた。大農業に適していると思うのだが、細かく区画された農地が続いている。用水などの関係で、あまり大きく区画できないのかもしれない。ただ単に、大きな機械を使わないから、大きくする必要がないだけかもしれない。
乾陵(Ganling)までは、かなりかかり昼前になった。この付近は、完全な田舎で、一面が田畑だ。人家はほとんどなく、あっても、村が1つの城壁のようなものに囲まれていて、1軒1軒も本当にみすぼらしい。レンガ造りの家が多い。黄土の崖に穴をあけて、部屋を造っている、いや、家にしているところもある。実際に入って見てきたわけではないが、確かに住んでいると思われる。
乾陵は、唐の第三代皇帝の高宗(Gaozong)とその后(きさき)の則天武后(ZetianWuhou)の陵墓だ。武后は高宗の死後、自ら皇帝となった。中国王朝史上唯一の女帝だ。
陵墓は、小高い山を利用して造られている。稜線に立つと、きれいな谷間の景色が広がっている。参道(?)の両側には、護衛兵の像が立ち並んでいる。一番高いところまで、登って行こうかとも思ったが、誰も行っていないし、バスに置いてきぼりを食うのは、ごめんなので、適当なところで引き返した。
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乾陵の尾根上より最高点方面をのぞむ |
乾陵より西安西北郊外の丘陵地をのぞむ |
バスのところまで戻ると、女の子がいて、「ぬいぐるみを買え」と言う。断っても断っても、「買え買え」とせまってくる。日本語も少しだけ使いながら・・・。バスに乗るまでしつこく、いや、乗り込んでからでも、窓の外から熱心に・・・。うっとうしいが、頭が下がる。この子の家も貧しいのだろうか。
次に、なんとか太子という王子と后の墓へ。こちらのスケールは、はるかに小さいのだが、きちんと整えた形で土が盛られており、棺おけが安置されている地下室まで入って行けるようになっていた。インディジョーンズじゃないけれど、地下室に下りていくと、今までに味わったことのない、何か不思議な気分に包まれた。
小さな俑が置いてあったり、壁に人の絵が描かれている。死者も一人では寂しいのだ。
バスで咸陽市まで戻り、咸陽博物館へ。ここは秦(qin)の都が置かれていたところで、出土品等が展示されている。陝西省博物館を先に訪れていることもあり、似たような(専門家が見れば大いに違うのだろうが)ものばかりを見せられて、やや飽きてきた。しかし、日本では原始時代のような時期につくられた物ばかりなのだ。
咸陽博物館の周りは、静かで落ち着いた雰囲気。
ホテルに帰り、食堂へ。ここは毎日通い続けているので、顔になってきた。お任せコースがあるので、注文が面倒ではない。そんなにひどいものは出てこないし。しかし、ニンニクの茎は毎日出るなー。
今日は、日本の団体さんが来ていて、やたらとはしゃいで、宴会気分のようである。迷惑そうな顔をしている外国人もいる。「日本人のツーリストは・・・」と言われないようにお願いしたい。
特別どこへも行かず、今日は買い物に出かけた。日本ではそうでもないんだが、中国でウィンドウショッピングをするのは、楽しい。「いったい何が売っているのか」と、つい日本と比較(品種・品数・品質・値段など)してしまう。言葉があまり通じないことも手伝って、割と大胆に品物の前に陣取って、じっと見つめることができる。日本でもこうすればいいんだ。何か目覚めたかな。
衣料品を3品買った。マラドーナのTシャツがあり、これを買った。品質はそれほど良くないが、150円程度なので満足。人民服のスラックスはちょっと高くて、380円ほどした。
上海でラジオを盗られたので、Y君は家電売り場へ。ラジオは収音机(shouyinji)という。信じられないことに、ほとんど壊れていて音が出ない。中には、音の出るものもあるのだが、信用できないから、結局買わなかった。こんなもの置くなよー。
外文書店(waiwenshudian)という洋書専門の本屋をのぞく。英語の読み物が多く置かれていた。英語学習の参考書やテープは、やたらとたくさんあり、多くの人が、熱心に立ち読みをしていた。手垢で汚れている本がズラーッと並べられている。日本の本はほとんどなく、わずかにファッション誌が置かれていた。中森明菜のポスターが貼られていた。
外文書店に置かれていた 日本のファッション誌 |
お昼は、羊肉シャブシャブと冷えた生ビールを求めて、「清どうとか」という店に行こうとしたが、そんな店は見つからなかった。仕方がないので、囗管社会路口飯店というレストランで、ワンタン(huntun)をいただいた。なかなかいけた。
食事後、ひとまずホテルに戻ることにした。車が入れないような細い路地を通って、ぶらつきながら帰った。日本の家も比較的狭いそうだが、このあたりの中国の民家は、もっと小さい。あまりじろじろ見るわけにはいかなかったが、家財道具もあまり見当たらず、開け放たれた戸口から、家の中を通して、反対側の窓や戸口から向こう側が、見通せた。
百貨店で買った人民服のスラックス。ややウエストが大きめ。ベルトを買いに、1人で再び街に出る。道端で机を置いてマージャンをやっている老人たち、将棋を指しているおじさんたちがいて、ぶらつきながら、しばらく眺めていた。マージャンも将棋も、私の知っているものとちょっと違うようだ。
小さな流行時装店(「流行の洋服屋」くらいの意味だと思う)を片っ端から見て歩いた。1つ気に入ったトレーナーがあった。ベルトは気に入るのがなく、見合わせることにした。
ホテルに帰ってきたら、ロビーで掛け軸売りのおじさんに、話し掛けられた。しばらく話していると、ホテルの入り口を、日本人が行き交う。かなり来ているようだ。そういえば、ゴールデンウィーク。
明日は長かった西安ともおさらば。結構気に入った。長いほど愛着が湧くようだ。またいつの日か訪問できることを願って、西安最後の眠りに入る。
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