昔々、あるところに、おじいさんと、おばあさんがいました。
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知らない人はいないくらい有名なお話ですね。
このお話の1行目で、「おじいさんと、おばあさんがいました」の「が」を「は」に入れかえたらどうでしょう。
「昔々、あるところに、おじいさんと、おばあさんはいました」
何ともしまりのない、頼りない表現になってしまいますね。
逆に2行目の「おじいさんは山へしば刈りに……」の「は」を「が」にしてみたらどうでしょう。
「おじいさんが山へしば刈りに……」
何やら、きつい表現になってしまいますね。
私の手もとにある中学校の国語教科書と学習参考書(中学国文法)を読んで、勉強してみると、以下のようになるらしい。
「が」は〔格助詞〕で、主として体言に付き、その文節が〔主語〕であることを示す。 |
どうも納得できないので、岩波書店の『広辞苑第五版』を読んでみると、その一部に、
「が」……。同じように主語を示す働きのある「は」との違いを、「が」は主語を示し、「は」は題目を示す、あるいは、「が」は初出の情報を示す、「は」は既出の情報を示す等と区別する説もある。 |
とありました。「が」が初出の情報、「は」は既出の情報というところに目が行きました。これならば、納得できます。
昔話を語る人は、「おじいさんとおばあさん」が登場するのは知っているわけです。でも、話をきいている人は、「おじいさん」が出てくるのか、「ゴジラ」が出てくるのか、そういう情報は知らないわけです。何も知らない聞き手に、「おじいさん」「おばあさん」という新情報を伝えるときには、「は」より「が」が適しているのです。「が」を使うことによって、「いいですか、『おじいさん』と『おばあさん』ですよ。わかりましたね」と伝えることができるのです。「が」は偉大です。
「おじいさんは山へしば刈り……」の部分では、聞き手も「おじいさん」の存在も知っているわけです。「ああ、そうか。さっきの『おじいさん』だな。ふむ、ふむ」となります。いいですね。もう「おじいさん」は、既出の情報となっています。「は」が好まれるわけです。
もっとも、この「は」は、「おじいさん」と「おばあさん」を区別する働きをしているとも考えられます。
しかし、「おばあさん」が登場しないと仮定して、「おじいさんだけが、しば刈りに行った」と表現したいときでも「が」ではなく「は」を使うほうが自然です。この場合、おばあさんは初めから登場しないと仮定してください。
昔々、あるところに、おじいさんが住んでいました。
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いいですね。
確かに、教科書や参考書の説明にあるような性質を「が」「は」は持っています。しかし、上のような例では、「が」は初めて出てきた情報を表し、「は」は既に出てきた情報を表しています。
1.There is a cat on the table.
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1の例文は、このファイルの主題である“There be 〜構文”ですね。意味はわかると思います。「テーブルの上に猫が1匹います」、こんな訳をする人が多いですね。私は、「テーブルの上に1匹の猫がいます」という訳を、もっぱらしていました。
There は日本語には訳されていません。この型の文の there には、「そこ」という意味はないんです。ですから、
There is a cat there.「そこに猫が1匹いる」
なんていう英文も可能なのです。前の There は訳さず、後ろの there は訳してあります。前の there のことを【予備の there】と呼ぶときがあります。
文頭の There には、格助詞「が」と同じ働きがあるんです。「動詞の後ろに、初めての情報が出てきますよ。さあ注意してくださいね」という予告なのです。だから、「そこに猫は1匹いる」とは訳してないですよね。
“A cat is on the table.”って言われたって、聞いている人にとっては、いきなりのことで、「何だって? 猫だって?」と聞き取れればいい方で、何の準備もないわけなんです。「鬼が出るか、蛇が出るか、はたまた、何もでないのか」、そんなことは知らないのです。A cat が早く出すぎで、聞き漏らすことも多いわけです。
ところが、“There is”と話し手が話すと、「おっ、何かいるんだな。よし、集中して聞くぞ」と準備ができるわけです。
日本語の「は」と「が」は、この助詞が変わるだけで、「おじいさん」や「猫」の位置は換わらないから、聞き漏らすんじゃないかって? はあ、それはそうなんだけど、日本語の場合は……(これは自分で考えてください。先に進みます)。
2の例文の“The cat is on the table.”は、「その猫はテーブルの上にいます」という訳になります。
「あれっ、さっき猫がいたはずだけど、どこへ行ったのかしら?」「ああ、その猫ならテーブルの上にいるよ」と、多分こんな会話が交わされたんじゃないでしょうか。
“The cat is on the table.”を聞いた聞き手は、「猫を知っていて、探していた」。そんな状況だから“The cat”といきなり言われても、わかるわけです。
3.Were there any students in the classroom?
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「教室に誰か、いた?」「いいえ、私の他には誰もいなかったわ」
上のような意味になります。“There be 構文”の〔疑問文〕は、There と be を入れかえて“Be there 〜?”となります。〔平叙文〕“There were some students in the classroom.”では、既に be動詞were と主語の some students の倒置が起こっているので、いまさらひっくり返しても、元に戻るだけで、「be動詞が主語の前に来る」という疑問文の原則に当てはまりません。
there がちょうど主語の位置にいるので、この there に主語の身代わりを頼めばいいわけです。ですから、擬似主語である there と be動詞をひっくり返して疑問文をつくればいいわけです。
〔否定文〕は、恐るるに足りません。be動詞の否定文は、be動詞の後ろに not ですから、“There weren't any students in the classroom.”としてやればOKです。例文ではカッコ(ウ)をつけて“no students”を使っています。
6.Long long ago, there lived an old man and his wife in a place. |
「昔々あるところに、老人とその妻が暮らしていました」
Long long ago を除けば、本来、“An old man and his wife lived in a place.”という語順が正しそうです。An old man and his wife が主語で、lived が動詞、in a place が副詞句です。there は必要ありません。
でも、6のような文は、物語文の冒頭によく使われます。この there も“There is/are 〜.”の文で使われる there なのです。ですから、「そこ」という意味はなく、“There lived”ときた時点で、「今から住んでいた人を紹介します。よく聞いていてくださいね」という意味を出しています。これも【予備の there】なのです。
このように there の後に、be動詞のほかに、live, stand, remain, take place, begin, come, follow などの存在・できごと・往来などの動詞が来ることもあリます。be born など、受動態もあります。
やって来たり、起こったり、生まれたりする主語が、聞き手にとっての「新情報」となっているんですね。ただし、be動詞の文では、疑問文・否定文はありましたが、liveなどでは、どうなのでしょう。はたして必要があるのでしょうか。そのとき“Did there live anyone in the place?”とするのでしょうか。“Did anyone live in the place?”で充分のような気がします。“There lived no one ...”という否定文ならありそうですが、“There didn't lived anyone...”は、おかしそうです。中途半端ですが、このあたりでご勘弁ください。
7.Here comes the bus! |
7は、「ほら、バスが来るよ」「見て、バスが来た」というような状況で使われます。この英文は“The bus comes here.”という文が【倒置】を起こしたものです。一見“Here”に意味はないようにみえますが、本来「バスがここに来ます」という意味を表しています。“Here”は、ちゃんと「ここへ」の意味を出しているのです。ですから、今まで紹介した注意を引くためだけの there とは、少し違います。
8も、“He goes there.”「彼はそこを行く」という文が倒置を起こしたと考えられます。「ほら、彼が通って行くよ」くらいの内容となります。これは話し手から、少しはなれた場所を He が goes していくのだと思います。ですから、there 本来の「そこを」という意味も生きているのです。
さらに【予備の there】ではないと思われるのは、the bus や he が、新情報を表してはいないからです。the bus は、「待っているバス」と考える方が自然です。ということは、話し手も聞き手も「そのバスを意識して」待っているわけです。また、8の文の he も、話し手・聞き手ともに知っているわけです。
【予備の there】と共通なのは、注意を引いているということでしょうか。ただし、【予備の there】は弱く発音され、この there, here は強く発音されます。
7,8を比べてください。主語と動詞の位置が逆ですね。8のように主語が人称代名詞の場合、“There[Here] + 主語 + 動詞”の順になります。
9.Here is a chair. |
9は、「ここにいすがあります」。10は、「ここにあなたのペンがあります」。
“There is/are 〜.”の主語が、話し手により「近い」場合、この“Here is/are 〜.”が使えます。でも、よく10の例文を見てください。主語は your pen という特定の、しかも聞き手本人の所有物です。新情報なんかではありません。【予備の there】と同じではないんですね。 また、「ここに」という意味も生きています。
この here も、大きな分類では、【相手の注意を引くための here】なのでしょう。
ちなみに、「ここに何冊かノートがあります」は“Here are some notebooks.”が正しいのですが、実際には“Here's some notebooks.”という表現もあるそうです。テスト向けではありません。
11.Here you are. |
中学校の英語教科書にも出てくる表現です。相手の前に、何か物を差し出すときに使う表現です。「はい、どうぞ」と訳されます。
12は、わかりやすいですね。“It is here.”の倒置なのでしょう。「それはここにあります」「ここにありますよ、それは」という感覚なのでしょう。
11も12と変わらぬ状況で使われます。“You are here.”ならば、「あなたはここにいます」という意味です。つまり、「(あなたが欲しい物がある場所に)あなたはいる」ということなのでしょうか。それとも“Here (is one) you are (looking for).”というような文の関係代名詞に導かれる節の一部分と、主節の一部分を省略してできあがったのでしょうか。かなり強引ですが……。
この他、“Here we go!”,“Here you go!”など、たくさんあります。大変なので、この辺でやめておきます。
それぞれ共通な部分と、違う部分があることがわかりました。でも、このファイルに出てきたものは、やはり〔第1文型〕と考えて良さそうです。
ちょっと物足りないと感じる方は、『謎解きの英文法 冠詞と名詞』(久野ワ・高見健一著)という本の第
この本は、他にも日本人の苦手とする【冠詞】や【名詞】の単数・複数についての説明などがしてあります。ハーバード大学と都立大の教授によって書かれただけあって、慎重な記述が多く、多少読みにくくなっています。学術的に書くことをさけて、一般受けするようなテーマと内容を目指していますが、博士たちには「大げさ」「切り捨て」ということはできません。大胆に言い切った書籍は、わかりやすいのですが、現実には、わかりにくいところもあるものなのです。言葉に真摯(しんし)に向き合った姿勢は、好感がもてます。
帯紙の宣伝文句を読むと、簡単そうですが、中学生・高校生の方には、おすすめできかねます。英語を教えている者が一読すべき本だと思います。そして、教えることができると判断した内容を、生徒たちに教えてあげてください。