あだち充01
まだ終わっていない“美空”の物語

      ――あだち充『いつも美空』(全5巻)――
        (「週刊少年サンデー」'00・22/23合併号〜'01・24号,全49回)

 えっ! 何故! と思ったのは、僕だけだろうか? これで完結?  ウソだろ? だって、まだ何も終わってもいない。いや、殆ど、何もまだ 始まってもいない! 勿論、ラスト数ページ前の“完”の文字は、作中劇 (映画)の“完”の意味だが、最終ページの下に<――いつも美空・完――>とあって、 えっ? えっ? だったのだ。
 しばらく、5巻のあちこちをめくって、少年サンデーコミックスのカタログの中に、 <いつも美空 全5巻>の文字を見つけ、ようやく、僕は、この物語が、本当に終わったのだと、 了解した。そして、それは、皮肉にも、この『いつも美空』が、あだち充の初めての打ち切り作品 だった事を意味している事に、気づかされたのだった。
 いずれ、何処かに、じっくり書こうと思うけれども、あだち充は、天才肌の 稀有なまんが家なのだ。こう書くと、疑問の声が雨あられと降りそうだが、世間の言う意味合いとは 少し違う天才肌なのだ。絵はデビュー当時から完成されていたし、描く 女の子は可愛い。そして、何より、あだち充の天才的な処は、ストーリーテリングの巧みさなのだ。
 殆ど準備期間を置かずに連載を始める。描いているうちにドンドン面白くなってゆき、いつのまにか 読者を捕らえて離さない人気作になっている。その、先のことなど殆ど考えずに物語ってゆく手腕は、 勿論、時に矛盾を生み、作中で、以前かくかく書いてあるのは間違いで本当はしかじかです――云々の 言い訳は、あだち充にはよくあることだ。しかし、そんな事は些細な事にしか感じさせぬ面白さがあだち充 にはある。
 最近、あまり雑誌を読まないので、現在でも、あだち充と高橋留美子が「週刊少年サンデー」の二枚看板 なのかは判らないが、以前は、両氏の連載が載っていない号の売上はダウンしたという話を聞いている。 高橋留美子は長篇の連載が終わると、次作の連載開始まで半年位の準備期間を取っていた。(その間、短篇 を何本か発表するけれども。)その点、あだち充は、殆ど数週間後には、新連載を開始する。そして、 そこそこ面白く始まり、さらに、前述のように、これが、人気作に進化するのだ。これが、 天与の才でなくて、何と呼ぼう。登場人物達が作者の手を離れ、勝手に 動き出す――それはよく聞く話だ。しかし、あだち充は、ストーリーが勝手に動き出す 稀有な天才なのだ。
 で、『いつも美空』は何故失敗したのか? 
 確かに、4巻目の終わり頃、“野神篤史”が出てきた辺りから、何か変だとは思っていた。ここら辺り から、今回ばかりは、<ストーリーが勝手に>おかしな方向に動いて行ってしまったとしか思えない。当然、 今回も、大雑把な人物の配置と、当初のストーリーしか考えずに連載を始めたに違いない。(こう書くと、 悪口に聞こえるかも知れないが、それが、あだち充のあだち充たる所以なのだから、それはイイのだ。) 問題は、何故、急に、“幻魔大戦”モドキになってしまったのか? だろう。
 まあ、確かに、“何故”と言うなら、そもそも、<――これは/日本人として初めて/アカデミー主演 女優賞に/輝いた、/一人の女の子の/ドラマ・・・/――に、/なれば/いいなァ・・・>という 書き出しで始まる物語に、神様から授かった超能力が、“何故”必要だったのか? という疑問はあった。 “美空”の演技力は、特異な物真似力、とでも呼ぶべき(それは、歌などに留まらず、ソフト ボールのエース級の投球を真似て自分の物にしてしまう程の、肉体的な力をも兼ね備えた)力であり、 そこには、超能力など必要なかったからだ。そもそも、“美空”が授かった超能力は、身近な物を5cm 動かせるだけの念動力なのだから。
 たぶん、このミスマッチが、この物語の敗因だったろう。
 ひょんな事から超能力を授かった少年少女達の物語と、抜群の物真似力を持った少女の物語と、これは、 別のストーリーにしたら、きっと、成功しただろう、と思えてならない。やんぬるかな!
 そもそも、あだち充の魅力は、スポーツ+ラブコメなのだから、慣れない“幻魔大戦”物なんかに 手を出したら駄目! そういうのが描きたくなったら短篇でやりなさいって! まあ、高校野球物から 暫く離れたかったのは判るけれど、水泳+ラブコメでも傑作を描いたじゃないですか。
 次回作に期待、と言うよりは、僕にとっては、まだ終わっていない “美空”の物語が読みたくてならない。勿論それは、スポーツ+ラブコメにはならないだろう けれど。しかし、特異な物真似力を持った少女の物語は、僕に、ワクワクする期待感を、未だ、 保ち続けているのだが。

 余談だが、先にも引用した<〜日本人として初めて〜>云々を読んだ時、もう随分前の事だが、 『キャプテン翼』の連載を終えた高橋陽一が満を持して始めたテニス物(『翔の伝説』)の冒頭が、 似たような台詞で始まっていたのに気が付いたのは、僕だけではないと思う。その時感じた嫌な予感は、 やんぬるかな、当たってしまったのだが。

 余談をもう一つ。単行本のカバーだが、巻を追うごとに“美空”が薄着になってゆき(七部袖の トレーナー→タンクトップ→ビキニ→シーツだけ?→となって、)5巻は→おいおい!

(2001.07.23)
テキスト:少年サンデーコミックス;2000.10.15〜2001.8.15初版発行;本体各390円


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