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(コラム006)
コラム
■若い君たちへ
 先日の日本経済新聞夕刊に、若い人たちの間でメール友だちをたくさん持っていることが流行っている記事が載っていた。なかには、百人とか二百人という数のメール友だちを持っていることを自慢している人もいるという。
 この記事を見ながら、真っ先に頭に浮かんだ言葉は「人脈」である。だだ、若い人が数多いメール友だちを仮に「人脈」としてとらえていたとしても、私たち社会人が持っている(解釈している)「人脈」と意味合いが違うような感じがした。
 仕事上やプライベートの人脈をたくさん持っていることは、仕事に、日々の生活に活かすことが可能であるのでその人の財産となる。その意味では、学生のうちから数多くの友だちを持てることはとても素敵なことだと思う。しかし、同時に心配になった。どういうことかというと、携帯でつながっているだけのただそれだけで、いわばバーチャルの友だちを彼らは人脈と錯覚していないだろうかという心配である。もちろん、バーチャルのつながりでも人脈にはなり得るけれども、それは、お互いのコミュニケーションの密度があって人脈として成り立つ。メール友だちの数の多さが人脈の多さではないのである。
 彼らはなぜ数多くのメール友だちを持ちたがるかということについて、次のような仮説(考え)は成り立たないだろうか。それは、「彼らは、他人とのつながりの希薄さをいつも感じており、その不安を打ち消したいがために、とりあえず数多くのメール友だちを確保しているのではないか」ということである。
 私がそのような思いに至るわけは、日頃学生と就職相談を受けていて気になることに起因している。彼らからよく聞く言葉の一つに「周りから浮くことは嫌なので、周りと違ったことをやる勇気がない」がある。具体的には、周りのみんなが就職活動をしていないのに、自分だけやっていると、変な目で見られはしないかなど疎外感を持つらしい。そこで、私が「周りから浮いたっていいじゃない」「それがあなたの個性なんだから」「たとえ周りがそうであっても、自分は自分という考えで行動することが大切だ」というと、理解はしてくれるがなかなか行動に移せないみたいである。また、「友だちとの会話の中であいまいな表現や言葉使いをすることがあるか」と聞くと、「よくある」という学生の方が多数である。それらの学生にそのような言葉遣いをする理由を聞くと「直接的な物言いは相手を傷つける気がする」というのである。当たり触らずとか深入りしない心が見え隠れする。相手を傷つけることを恐れているのではなく、自分が傷つくことに恐れている節がある。
 対人関係において、そのように深く関わらず、表面的な付き合い方をよしとしているので、バーチャルのメール友だちの数を競っているのではないかと思うのである。そのようなことに神経を使っているのは不安の裏返しといえないだろうか。
 不安の高まりは期待感の強さに比例する。つまり、期待感が強ければ強いほど不安も同時に高まるのではないか。夢は叶わないことがあるのに、それが叶わないと知ったとき過剰に思い煩う学生が多いように感じる。不安は誰にでもある。しかし、その不安を解消していくためには実践、体験していくしかない。
 この人はと思った人と人間関係を緊密にすること、自己開示していくなかで真の人脈となっていく。そのためには会うことが大切だ。会って、その人の表情、態度、言葉を自分の目で、自分の心で感じることだ。
 中学生の一番の関心事は「自分が仲間はずれにされないこと」だと聞いたことがある。そのような対人関係の姿勢が学生になっても抜けないのだろうか。
 若い人にいいたい。ちょっとずつでいいから、少しの勇気を出して、会って「自分の考えを話してみる」「人の話を聞いて見る」ことを薦めたい。そのような実践を通じて、人は周りの関係性の中で生きていることあるいは生かされていることの気づきが起こる。そして自律心が強化され、それが心豊かな人間、魅力ある人間を創っていくと信じているのだが、いかがであろうか。(2004年12月19日)



■無財の七施
 新潟中越地震の被害にあわれたかたがたに心よりお見舞い申し上げます。埼玉の地で感じたあのときの地震の強さ、怖さから考えても、現地の人たちの恐怖心はいかばかりかと心が痛みます。また遠く離れたところから実家や親戚に連絡をとろうにも電話が当初繋がらなくて、本当に心配でした。ただ心配しているだけで何もできないもどかしさを感じているばかりです。そんなことに思いをめぐらしているときに「無財の七施(むざいのしちせ)」という言葉を思い出しました。
 この言葉の意味の前に、七という数を使った言葉や熟語を挙げてみましょう。結構多くあります。ざっと挙げても「七転八起」「七転八倒」「七十古希」「秋の七草」「七福神」「七曜」などが思い浮かびます。七という数のこれらの基は旧約聖書や仏教から来るものらしいです。嵯峨御所大本山大覚寺の教学研究員の黒沢全匡さんによれば、「仏教では「三」は個々の願いがみほとけの前に大きくなって進む数、「七」はその願いがかなう数」だそうです。願いごとが叶うと言えば野球でラッキーセブンと言い方もあります。七という数字は、一つの区切り、転換点みたいな意味があるように思います。
 そこで同じように七と言う数を使った言葉に「無財の七施(むざいのしちせ)」というものがあります。お金や地位がたとえなくても、次の七つのことを心がければ、人様に役立つという教えです。
一 眼施(がんせ)
   慈しみに満ちた優しいまなざしですべての人に接すること
二 和顔施(わげんせ)
   いつもなごやかで穏やかな顔つきで人に接すること
三 愛語施(あいごせ)
文字通り優しい言葉、思いやりのある態度で言葉を交わすこと
四 身施(しんせ)
   自分の身体を使って奉仕すること
五 心施(しんせ)
   他人のために心をくばり、心底から共に喜んだり、悲しんだりすること
六 床座施(しょうざせ)
   自分が疲れていても席をゆずったり、地位を譲っても悔いなく過ごせること
七 房舎施(ぼうしゃせ)
   他人に雨風をしのぐ所を与えること

 良寛さんもこの七施の行をしたと言われているようです。また、私のふるさとにあるお寺の額縁にも和顔施が掲げられています。
 今回、多くのボランティアの皆さんが中越地区に入られていますが、この行為はここでいう身施であり、きっと和顔施、愛語施などで人びとに接していることでしょう。また、国や自治体の保養施設の提供や家に泊まるよう呼びかける親戚の方の行為も房舎施です。ボランティアに行けない私ですが、余震が完全になくなるまで、せめて心施の気持ちで連絡し続けたいと思います。(2004年11月2日)



■「日本キャリアデザイン学会」設立総会に出て
 
9月25日土曜日法政大学において「日本キャリアデザイン学会」設立総会があり、参加してきた。当日の参加者数は約300人と発表された。そして発起人会の代表である清成法政大学総長が発起人会会長と推挙され、総会で承認された。
 規約の第2条に目的が次のように書かれていた。
「本会は、キャリアデザイン及びそれに密接に関わる諸領域の研究者・実務家を中心にした共同研究の場となることによって、生涯学習社会における個人のキャリア発達、及びそれを支える社会の発展に寄与しうるキャリアデザイン学を構築し、発展させ、普及させることを目的とする。つまり、個人の働き方について学問として体系化し、それが人々のキャリア教育に関わる人に役立てもらい、プロフェッショナルな人材を創出しようとすることを狙いとしている。
 この背景に、フリーターの増加、進学も就職もしないニートと呼ばれる若者の出現、また中高年の離職による再就職問題などがある。
 自己責任が叫ばれる中、自分と関わる家族、組織、コミュニティ、社会との環境の中で自分の人生のなかで働くことをどう位置付けるか、ということがいままで以上に求められる時代と言っても良い。昨今の急激な社会・経済の構造的変化に企業もそこで働く個人も否応ナシに慣れ親しんだ環境からの脱皮を催促されている。これは、社会人だけでなしに、これから社会に出ようとする学生にも同じことが言える。
 そうは言っても、一昔前は先輩たちの姿や行動を見て、自分の将来像を描いた(描けた)のであるが、その先輩たちにしても、未経験の渦の中でもがいているので自己責任と言われてもどう対応していいかわからない人が多い。学生にとっても、情報過多とも言える時代にあって、どの情報が適しているか見分けることも難しく、不安が先立つ。
 渡辺三枝子筑波大学大学院教授は基調講演の中で、キャリアや、キャリアデザインという言葉が定義もなしに勝手に一人歩きする危険性について述べられていたのが印象的であった。日頃からキャリアカウンセリングという仕事をしている身にとって、イメージだけでなく、キチンと体系だてて枠組みを作って、学生に対応していかなければならないという緊張感と責任の重さを感じるのである。私たちの世代では、キャリアという言葉からすぐ思い浮ぶのはキャリアアップとキャリアディブロップメントであるし、官僚の世界ではキャリア組みとかノンキャリア組みという言い方である。しかし、今回のキャリアデザインのキャリアには職業経歴の狭義の意味を超えて使われているようである。学生にとっては、学生時代が次のフィールドである社会人までをどう過ごすかということがキャリアであるし、社会人にとっては仕事を引退するまでの間がひとのキャリアだし、引退後も一つのキャリアとし、それらの連続性の中でキャリアという概念を捉えているのである。したがって、学会としては、いままでのキャリアとどこが違うのかといったことから、研究し、社会に発信していく使命を帯びていると思われる。
 いずれにしても、なんのためにその言葉(キャリア)でなくてはならないかという目的に照らして、言葉を明確に定義する必要があるだろう。昨今、カタカナ語や外来語が本来の意味とは違って私たちの日常生活に氾濫していることを思えば、このキャリアという言葉に限らず、故意ではないにしてもあいまいな言葉で人に伝える怖さを自省して、体系的理論的に説明がつけるように学んでいきたい。(2004年9月27日)



■録音騒動記
 「一曲しか弾けないピアニスト」であるヒロシ(私の本名 ちびまる子ちゃんのお父さんの名前と同じ)はだれもいない家で、かねてからの計画を実行した。自分で弾いた曲をMDに録音して、マイMDを作ろうとしたのである(このあたりは、ちびまる子ちゃん風に読んでくれるとありがたい)。録音したい曲はエルヴィス・プレスリーの『ブルー・ハワイ』だ。マイMDができたら、人にも聴かせることができるし、もしかしたら自分のホームページで聴かせることができるかも知れない。そんなおもいで意気込んで誰もいないピアノの部屋にミニディスクプレイヤーを持ち込んだ。取扱説明書を読みながら、電気屋さんで買ってきたMDをプレイヤーにセット完了。
 さあ、録音の前に練習。この日のために数回練習はしてきたものの、いざ録音となると妙に緊張する。プロの演奏家のレコーディングのときもきっと同じような緊張感を味合うのだろうなどとあらぬことを考えてしまう。いよいよ本番。RECというボタンをそっと押して、鍵盤に向かってスタート。うん、出足はいいぞ、と思ったのもつかの間、左手が違う音を弾いてしまった。録音することに意識が向かい過ぎているようだ。やり直しすること、3回。よし、さっそく聴いてみようと、再生ボタンを押すが、聴こえてこない。録音するときにヴォリュームが小さかったと思い、上げてみるがいっこうに聴こえてこない。残念ながら、レコーディングはここで中止となった。
 夕方、私の師匠である娘が帰ってきたので、録音ができなかったことを話してみた。すると失敗の原因はすぐわかった。なんと、マイクをセットしていなかったのだ。マイクがいるのであった。RECのボタンを押せば録音が始まると思っていたのだ。昔、カセットに録音するときはマイクなんていらなかったはず。自宅にあるマイクを持ち出してセットしてもらったがマイクそのものが断線か調子が悪い。そこで、ピアノから直接、録音することとなった。
 もう一度、弾く。今度こそ、自分で弾いた『ブルー・ハワイ』が自分で聴けるのだ。録音完了。そして再生スタート。こんなに真剣に音楽を聴いたことがないくらい耳を澄まし、聴いてみた。あれっあれっ。こんなの〜。なんたることか、速くなったり、変に間延びして弾いている。あぁショック。それでも気を持ち直して3回ほど録音して、ようやくマイMDができた。ラベルにタイトルと録音日を書き込む。 そこへ外出していた妻から駅まで迎えにきて欲しいとの電話が入った。迎えにいく車の中で、いま録音したマイMDをセットし、聴きながら駅に向かう。まぁちょっと変だけで満足満足。一度セットしておくと繰り返し再生してくれる。駅に着いて、妻が車に乗り込むと同時に、曲の最初がスタート。「なに、これ?」と笑いつつ何回も聴いていた(聴かされていた)。
  家族揃って夕飯どき、娘が作品はどうだったと妻に言ったら、妻曰く「あぁあ、車酔いになるところだった」どうやら、ギッタン、バッタンと弾いているから体がつんのめることを言いたかったらしい。言うにこと欠いて「車酔い」とは、毒舌が過ぎるというものだ。ただ、あまりにもズバリの的を射た?言葉だったので一同爆笑!シニアのお笑いの録音騒動の一日であった。
 そこで、音響機器メーカーに一言注文がある。RECとかAUXとか、外国語の簡略表記が多すぎてシニアには迷惑の話である。外国語の言い換え運動が文科省主導で進められているが、音響メーカーや携帯、デジカメやビデオカメラなどの製造メーカーにも是非、検討をして欲しいものだ。店頭の商品説明のパネルの説明文も非常にわかりにくい。
 もともと機械に弱い私ではあるが、同じ思いでいるシニアも多いはず。自分の知識力・理解力のなさを棚に上げて、具申しているのは百も承知。ただ、そのようなメーカーの努力でシニアの満足度を向上させることが、ライバルに差をつけることになり、業界全体の売上増進に繋がるのではないだろうか。
 できあがったマイMDを手にすると、マラソンの金メダリスト野口選手がシューズに頬ずりする気分がよくわかる(ちょっと言い過ぎ)。シニアの皆さん、デジタル社会を楽しむにはそれなりの壁はありますが、失敗を恐れずチャレンジしましょうね。アナログの良さも十分会得している私たちは、デジタル社会での泳ぎ方も身に付ければ、鬼に金棒間違いなし。
(2004年9月20日 敬老の日)



■高校野球とプロジェクトX

 甲子園の夏の高校野球は駒大苫小牧の優勝で幕を閉じた。準決勝と決勝で応援に力が入ったが、とりわけ決勝戦は歴史に残る名勝負の一つと言え、最後まで息が抜けず、決まった途端どっと疲れがでた。
 総評で「優勝旗が初めて津軽海峡を越えた」と褒め称えた。確かにそのとおりであるが、新潟出身の私の感覚では「白河の関をやっと越えた」の方がふさわしいのだ。関東以北の人たちはそんな思いではないだろうか。それだけ、関東以西が何年も覇者だったのだ。
 今回の駒大苫小牧の選手は全員が苫小牧市内の中学出身だという。最近、高校のスポーツ選手が海外からや他の県から集められたりする風潮の中で、地元の生徒だけで優勝を果たしたのは快挙だった。それと特筆すべきはなんといっても「打力」である。北の選手はどちらかといえば名投手はいるが、打力はもうひとつ弱かったからである。
 冬の期間が長いため、地面での練習環境は確かに他の県に比べてハンディがある。しかし、温暖なところへ出かけての練習試合や練習メニューの工夫など、「勝てる戦略」が勝利を呼び寄せたと言える。
 優勝の余韻に酔いしれたあと、毎年の甲子園での高校野球に人々はなぜ惹かれ、感動するだろうかと考えてみた。考えていたら、中高年に人気のNHKテレビドラマ「プロジェクトX」の感動に通じるものがあるのではないかと思った。企業の戦士も高校球児も「明確な目標がある」「チームでその達成に力を合わせる」「失敗しながら、決して諦めない」の点で共通点がある。涙を流す中高年は「プロジェクトX」ではかつての同じような失敗・挫折と自分なりの成功体験を懐かしみ、ちょっと元気ない今の自分に激を飛ばす。そして、「高校野球」では若き青春時代の純真さを思い起こして泣く。観る人にとって、「甲子園の高校野球」と「プロジェクトX」に一見関係のない二つの中に共通点があるように思うがいかがか。
 今回の優勝は北海道勢だけでなく関東・東北地方の若い人に「やればできる」という夢をもたらした。この功績はとても大きい。人はなにか障害に遭遇したときに、「ダメだ」「ついていない」と思う人と、その障害をハンディと思うのではなく、現実を直視し、「自分を伸ばすチャンス」と考え、「どうすればできるか」と思う人に分かれる。失敗するのも、障害にぶつかるのも、ある目標に向かって行動してきたからである。失敗も挫折も織り込み済みで、結果を恐れずにプロセスを楽しむ人になりたいものである。
 決勝で惜しくも負けた済美高校の選手たち、泣くことなかれ。君たちの戦いぶりは天晴れの一言。さあ顔を上げて、誇りに満ちた笑顔で威風堂々と故郷へ。(2004年8月24日)



『心のノート』に感じる模範性
佐世保・小6事件が起きてから、子どもたちの心もようをもっと知りたいと調べていたら、文科省が全国の生徒に配布した「心のノート」というものがあるということがわかった。そのいきさつについて、平成14年度に次のように発表している。

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 子どもたちに善悪の判断や社会のルールなどの規範意識を身に付けさせるとともに、他者を思いやる心を育み、主体的に判断し行動できる力を備えさせ、豊かな人間性を育む「心の教育」に取り組んでいくことが重要である。その一環として「道徳教育の充実」が必要と、平成13年度において子どもたちが身に付ける道徳の内容をわかりやすく表した「心のノート」を作成し、本年4月に全国の小中学校に配布した。
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 この「心のノート」は1ヶ月程前に書店で買い求め、ようやく読み終えた。小学校生徒に配布した「心のノート」は二学年ごとに分かれており、中学校生徒に配布したものは三学年とも共通のものであった。この本の構成は小学校用も中学校用も4つの分野に章立てられており、その分野ごとに文節があった。
 小学1・2年の「心のノート」は(1)むねをはっていこう(2)こころとこころをむすぼう(3)いのちにふれよう(4)みんなときもちよくいよう、の分野である。小学3・4年の「心のノート」は(1)かがやく自分になろう(2)人とともに生きよう(3)いのちを感じよう(4)みんなと気持ちよくすごそう、である。小学5・6年の「心のノート」は(1)自分を育てる(2)ともに生きる(3)生命を愛おしむ(4)社会をつくる、である。中学校は(1)自分自身(2)他の人とのかかわり(3)自然や崇高なものとのかかわり(4)集団や社会とのかかわり、の4分野で「いまここに23の鍵がある」とし、23節に分かれて書き記してある。
 読み終わってまず感じたことは、「正しいことが盛りだくさん過ぎるほど書かれている」であった。私が「正しい」としたのは、「ごもっともです」という優等生的答えと、「正解は一つ」というメッセージに感じたので、やや批判的な思いを込めたかったからです。これらのいくつかは、私が日頃、学生に言っていることでもある。「大学生でさえもそうなんだから、だからこそ、児童のうちから、このような心の教育が必要なんだ」という意見があるかも知れない。ただ、私は、この「心のノート」が、ご丁寧に子どもたちが考える前に、先回りして指導している、知識を提供しているように見える。
 子どもたちはこの「心のノート」をどのように受け止めているのだろうか。もちろん、さまざまな子どもたちがいるので、受け止め方も一様ではないだろう。しかし、息苦しく感じる子ども達たちはいないだろうか、かえって不安や恐れをいだかないだろうか、欠点だらけの自分を肯定しずらくはないだろうか、などと心配してしまう。「人にやさしく、いつも元気で」と言われても、人にやさしく出来なかったり、元気がでないときもあっていいと思うのである。キツキツではなく、そういう負の部分も無駄ではなく、ゆとりを産むことでもある訳で、それらを含んでの総体としての自分を認めていけることが大切だと思うのである。
 この間まで、記憶にあったゆとり教育はどこにいったのだろう。文科省の発表によると、小中高のいじめは着実に減っているが、構内の暴力行為は増えつづけており、小中の不登校児童は増えているという。また、不登校になった直接のきっかけとして、「学校生活に起因する」ものが36.2%を占めているアンケート結果もある。子どもの心の問題は、学校だけではなく、家庭、地域、社会、など複合的な情報や人とのかかわりのなかで生まれる。それでも学校の中で学ぶことの比重はとても大きい。
 「心のノート」のテーマをもとに新聞記事の活用などを授業に採り入れる試みが全国でなされているようである。子どもたちが「知識」から「知恵」に発展していくためには、「体験」という川を渡る必要がある。そのなかで子どもたち自身が気づきを得ていくことになり、それで初めて、「自分で考えて」「自分で判断して」「自分で行動できる」ようになる。教育にかかわる身として自立心と自律心のふたつの「じりつ」を育むためにも、出来る限りその子どもごとに向き合うなかで、人と比べないで自分なりの目標に向かって挑戦する喜びを感じ取ってもらうことを願わずにはいられない。
(2004年7月19日)


■情報発信者の矜持を考える

 北朝鮮からの家族の帰国報道や小6女児殺害事件のテレビ報道を観ていて、情報の伝わり方の怖さをあらためて感じた。
 帰国報道のときは、被害者家族会と小泉首相の報告会の場面が何度も放映されていた。これを観ていて、翌日以降の社会の反発が相当強まるのではないかと危惧していたら案の定であった。家族会の方々が「一方的に相手をなじる」役回りに見えたからである。
 あの報告会において、質問者が小泉首相に質問する、それに対して小泉首相が答える、というやりとりならば反発の程度はこれほどではなかったのではないか。あの報告会のやり方、カメラの向け方次第で観ている人たちの印象は随分変わると思われる。
 もう一つの小6女児殺害事件の報道の仕方に大いに疑問を感じた。インターネット上でのチャットのやりとりの言葉が、これでもかこれでもかと連日各社競って放映していたことである。くり返し国民の前に流す有用性はどこにあるのだろうか。弊害はないのだろうか。悩ましさは、一社がそれぞれ流すけれど、その回数などはコントロールできないことにある。それだけに報道発信する側のなんらかの申し合わせがあっていいのではないか。もとより、言論の自由、報道の自由は侵されてはならないのは言うまでもない。しかし、焦点の当て方次第で、観ている人たちの印象が変わる、という想像力は持って欲しいし、ましてやそれが何らかの意図したものがあるとすれば危険な話である。
 日本の国民性の特質は理解しているわけではないが、「正義と悪」みたいな二極にはっきりと分かれた見方にぶれるのを好む傾向はないのだろうか。この傾向がもしあるとすればそれに迎合した報道は厳に自制して欲しいものだ。なぜならば、そのような報道は、発信者の手を離れて意図せざる方向に、あっ!と拡大する危険があるからである。
 私たちは、いつだって、限られた報道の情報を前にして、判断していることを忘れてはならないだろう。(2004年6月15日)


■権力の罠
 
政治家の国民年金未納問題に政界が揺れている。福田官房長官が辞任したのにはさほど驚かない。潔さも誠実さも感じないからである。なぜか。一つには、納入していないことがわかりながら、早急に発表をすべきところをタイミングを見て遅れて発表したこと。そして、民主党の菅代表が同じ穴のムジナであったことを確認できたとたんの辞任発表のタイミング、すべて政治家個人の誠実さというよりも、与党の維持・存続を意識しての、また個人の政治生命のつなぎを意識しての意思決定と感じるからである。
 それにしても、与党が与党であれば野党も野党で、面白くない茶番劇を見せられているようでとても不愉快である。今回のメーデーのときに連合笹森会長がゲストとして招かれていた菅代表を目の前にして、批判したことは民衆の声を代弁してくれるできごとであった。笹森会長ではないが、まさに「こともあろうに・・・」である。「泥棒を捕まえてみたら身内なり」ではどうも締まらない喜劇というほかない。
 今回の未納がわかった時点の政治家の弁明というか釈明というか言い訳がましい言い方は、いつもながらとはいえ聞くに堪えない。企業人・組織人の感覚から言えば、ミスや失敗をしたことは紛れも無い事実であり、それはいかに言いつくろうとも、事実は覆らない。肝心なことは、起きた事実にどう向き合っていくかという姿勢・態度が重要なことであるはず。
 このような事態を招く背景に、政治家の心のなかに、政治家の権力意識が読み取れる。権力はリーダシップ・責任・自負心と紙一重なのだろうか。企業が法のもとの人格としての法人であると同じように、政を司る人たちの人格としてのいわば「政人」であって欲しい。
 社会保険庁によれば、「国民年金の保険料は、納付期限から2年以内であれば納めることができます。納付期限から2年を過ぎると、時効により納めることができなくなります。」とある。国民には保険料を支払うのが義務とされている。払わなくても自己責任だから、将来給付が得られなくてもしかたがないというわけだ。政治家は将来の経済的不安がないから、支払う意識は薄い。この実態では、「貧乏人は払いなさい、経済的に心配ない人は払わなくてもよい」などと考える人がでるかも知れない。政治家には「槐より始めよ」そして「あなたたちの自己責任はいかに」と問いたい。もちろん、そのような政治家を当選させる市民の自己責任もある。私たちも一票の重みをしっかりと意識して選挙に参加したいものだ。このところの連日の企業トップの無責任さにもあきれるが、せめて5月の新緑の素晴らしさに心をときめかせて過ごしてみようと思う。(2004年5月8日)



■命ある限り

 梅から桜の花が咲き、そして桃へと、いま、まさに春爛漫である。卒業生を送り出し、こんどは新入生を迎え、在校生もひとつ学年があがり、新年度の授業も始まった。先週は授業開始までのオリエンテーションがあった。みんな期待と不安からくる緊張感を放っている。日常の生活のなかで、区切りのときの緊張感は明日へのエネルギーを生む。
 緊張感といえば、4年生は既に就職戦線に突入し、緊張の真っ只中にいる。書類審査や筆記試験で涙を流した人、一次試験は突破し、いよいよ面接に向かっている人などが報告に来てくれる。この緊張のときこそ、自信を持って、感じよく、笑顔で就職活動に取り組んで欲しいと願う。楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるのである。就職活動は自己を見つめ、磨くことのできる絶好の機会である。希望の会社に入ることだけが就職活動のゴールではない。就職活動は、精神的にも経済的にも自立し、そして自律する力を育てていくためのトレーニングなのである。トレーニングは鍛えればその能力は高まる。そして、たとえどんな結果が起ころうと、自負心と自尊心を忘れずにいれば、巡り合った場所で、懸命に生きることは可能であることを信じて欲しい。
 いまを懸命に生きることの大切さを教えてくくれる素敵な詩に出逢った。埼玉県教育委員会が発行している「にじいろぱれっと」という人権教育啓発資料に掲載されていたのである。その詩は「命」とい題名で宮越由貴奈さんという小学四年生の作品であった。5歳の時から病気になり、この詩を書いた4ヵ月後に亡くなられた。 この詩の一節に「私は命が疲れたと言うまで せいいっぱい生きよう」と書かれていた。いま生きていること、生かされていることへの感謝の気持があらわれた一節である。哲学を持っている人の言葉である。これと似た言葉もある。一日一生という言葉がある。一瞬一瞬、一日一日という時間を、丁寧に生きていくことの大切さを教えてくれる言葉である。
 春のお昼前、イラクの地で人質になった3人が無事救出されることを念じつつ、今日一日、感謝の気持で穏やかに過ごしたいと思う。
(2004年4月11日)



■贈る言葉
 今日は大学の卒業式。このところ、一気に春めいて桜の開花時期が早まったばかりだったが、今日は残念ながら、冷たい雨のなかの卒業式であった。それでも、巣立つみんなの顔は晴れ晴れとしていた。多くの学生は、3年になった春から就職活動に取り組み、あっという間の2年間であったことだろう。
 式典に続いて、各学科ごとに分かれて学位記を授与された学生は思い思いに写真などを撮りあっていた。たまたま通りかかった私に何人かの女子学生が一緒に写真に収まろうといってくれた。少々、照れくさかったが、その気持が嬉しかった。就職が決まったのは本人の努力の結果の賜物だが、少しは応援できたかなと思う。そんな応援に対しての感謝の気持を感じて嬉しくなったのである。
 集団の中に一人の女子学生がいた。久しぶりに見た彼女が、私のところに寄ってくるなり、満面の笑顔で「いま仕事がとても楽しくてしょうがない」と言うのである。聞いたところ、内定先で既に働いているというのである。彼女を見ていると、こちらまで幸せに包まれるような気分になるほど、全身が弾けているようで眩しかった。本当によかった。
 みんな3年生の春には不安な表情で相談に来たものである。自分で就職活動に取り組むなかで、何回も試験に落ち、時にはくやし涙を流した人もいた。そして時間の経過とともに自信のある表情に変わっていくのである。2年間見守ってきて言えるのは、本当に目に見えるほど、それぞれが成長しているということである。砂に水が染み込むような吸収力、切り替えの速さ、これが若さだとつくづく感じた。
 そんなみんなに「桜梅桃李(おうばいとうり)」という言葉を贈りたい。この言葉は、桜の木は梅の木にはなれないし、花もそれぞれの花を咲かせる、それは桃も李も同じことである、という意味である。人も同じことで、尊敬できる人がいたり、憧れたりする人がいると、そうなりたいと思い、なかなか思うようにいかないと、ともすれば自分を卑下したりする。他人のいいところを真似するのは悪いことではないが、現実には自分の能力や置かれた環境により、必ずしもその人のようにはならない。そのあるがままの自分を直視し、欠点のある自分であるが、かけがいのない総体としての自分をいとおしく大切にして欲しいと願う。自分の木に自分なりの花を咲かせればいいのだ。思い通りのところに就職できた人、必ずし第一希望のところでないところに就職できた人、進学する人、自分のやりたいことがわからず時間を掛けて探す人、俳優や歌手を目指す人、自分で事業を始める人、みんなそれぞれでいい。みんな違っていい。どれが一番幸せだなんていうことはない。無駄だと思ったことや回り道だと思ったことが後に役立つこともある。それが「人間万事塞翁が馬」という例えである。
 だから、自分を信じて、自分で考え、ちょっと勇気を出してやってみることだ。取り返しのつかない失敗はそうあるものではない。失敗や挫折は誇っていいのである。目的があってとにかくトライしたんだから。失敗を次につなげ!やるのも自分、やらないのも自分。全部自分。自分の人生、自分が主人公であり、自分が脚本家である。
お互い、ハッピーに生きよう!
卒業生のみんな、大いなる刺激を与えてくれてありがとう!(2004年3月22日)



■朝霧の中で
 今日は、運動不足解消のために、久しぶりに散歩しようと6時に起床。寒そうなのでタイツも履いていざ。やはり、春近しといえど朝は寒い。近くの川辺を1時間ばかり散歩するつもりで川の方に向かった。
 荒川の上流である高麗川にいま、「ふるさと川づくり」の整備工事が行われている。既に道路も整備してあるところは散歩ができるのだ。川辺にいく途中の誘導道路には、工事の無事を祈って「安全・安心」と書かれた旗が風になびいている。 「安全・安心」の旗を見ながら、虐待による子どもの生命のこと、牛肉、鶏肉などの食の安全の問題、イラク国民や自衛隊の安全や安心のことなどを思い浮かべた。
 整備された雑木林の中から、小鳥のさえずりが聞こえてくる。雛に餌をあげるために活動しているのだろうか。見覚えのあるシジュウカラが木に止まっている。この鳥は近頃あまり見かけないが、小さい頃はいつも見ていて白黒のコントラストにスズメにない気品を感じたものだ。足元から、鶏冠が立っているようなスズメよりも小さい鳥が集団になって飛び立った。名前はわからない。歩みを進めて川辺に降りて行ったら鴨がいっせいに飛び立ち驚いた。もっとも先に驚いたのは鴨の方に違いないが。
 そして何気なく朝日を感じ光の方を向いた。ハッと息を呑んだ。いままさに赤色と橙色を混ぜ合わせたような鮮やかな色の太陽が昇ろうとしていたのである。暫く見ていたら、ズンズンと上昇している(正しくは地球が廻っているだろうけれど)。この朝日はこれから何百年も、何千年も自然の営みを人間の暮らしを見守りつづけるのだろうか。木々も川も小鳥も太陽もこちらの心を洗ってくれるような気がする。いまこうして立っている自分も、生かされている命なのだ。不登校の子どもたちやひきこもりの子どもたちにこの光景をひとりで見て欲しいなぁと思った。
 文科省の調査では全国の13万人の小中学生が不登校状態になっているという。この子どもたちは決して「普通ではない子ども」ではない。不登校はだれにでも起こりうる可能性がある。それだけに、大人が子どもに向き合う態度や姿勢が問われているといえる。
 国立精神・神経センターの研究員であり、埼玉いのち電話研修委員をなさっている藤井和子さんの言葉が重い。それは、「子どものこころが健康に育つ」というタイトルで埼玉いのちの電話の広報に寄せられたものである。それは、"日常の営みのなかで、他者からの関心と寛容が親子に勇気を与える"こと。"大人が子どもを育ててるのではなくて、大人がすることは人が信頼し支えあう環境を提示すること"といった提言である。私たち大人は、ひとり一人の違いや間違い、失敗などに寛容の心を持ちたいものだ。(2004年2月22日)


■おめでたくないにもかかわらず「おめでとう」と言う

今日、職場でおもしろいことがあった。
私の職場の進路・相談室を訪ねてきた女子学生に「おめでとう」と言ったら、その女子学生が「えっ、おめでたくありませんよ」そして、次いで「だってあそこ落ちちゃったんですよ」と言う。
私は新年の挨拶のつもりで「おめでとう」と言ったが、その学生は「てっきり就職試験に受かったと思って私におめでとうと言ってくれたのだ」と思ったらしい。「君にとって、落ちたのは確かにおめでたくはなかったね」。「まあ、それはともかく今日は新年初めて会ったので"おめでとう"といったんですよ」と言ったら、すかさず相手も「おめでとうございます」と言い、勘違いに気付き二人で大笑いした。

 この出来ごとがあって、ある言葉を思い出した。それは「にもかかわらず」という言葉である。今回の例で言えば、「落ちたにもかかわらず『おめでとう』と新年の挨拶を言う」などと使う。
落ちて気分が悪くて、たとえ正月であっても「おめでとう」なんていう気持ちがわかない。「それにもかかわらず」新年なんだからみんなと「おめでとう」と挨拶を交わすということ。
 この言葉を知ったのは上智大学のアルフォンス・デーケン教授のことが紹介されている新聞記事からだった。そこにはこう書かれていた。

---------ユーモアとは『にもかかわらず笑うこと』。いろいろな苦しみがあって
も、それでも相手に対する思いやりとして笑顔で接する態度が成熟した真の
ユーモアと思う。----------

 私たちはときに、自分のことばかり中心に考えがち。例えば、「人の気持ちも知らないで」とか「もっと私のことを想って」などと相手に対して不満や怒りをぶつける。そういう気持ちになろうとしているときに、この「にもかかわらず」を思い出し、自分の感情をコントロールしたいものだ。具体的には「腹の立つようなことを言われた『にもかかわらず』この人を許そう」。「だって他人のことを全てわかるなんてことできっこないのだから」と心がけたいと思う。なかなか難しいかも知れないけれど。(2004年1月11日)