魔弾の射手



 街のイルミネーションの残滓が微かに届く建物の屋上で、一人の男が遠く聞こえてくる街の喧騒を郊外の建物の屋上で聞きながら、時を待っていた。
 全身を黒地のアーマーが覆い、同じく黒のバイザーを頭から被っている。
 その手には大きなフォトンライフルが構えられている事から、一目で彼が射撃を専門とするヒューマンハンター、レイマーだと分かる。
 バイザー越しに見える建物を狙いながら、彼は微動だにしない。
 やがて、彼の視線の先にある建物がにわかに騒がしくなり始めた。
 光学処理を施されて真昼と変わらない映像が映し出されているバイザーに、異常なまでに明るく映る光が無数に現れ始めた。
 フォトンを使用した戦いが行われている証拠だ。中にはテクニックの物らしい光まで見て取れる。
 そして、彼の視界の中に建物から逃げ出す人影が見える。
 それが見えると同時に、彼はトリガーを引いた。
 フォトン弾が原形を留められるギリギリの距離―無論有効射程範囲からはかけ離れている―を光弾が飛び、的確に建物から逃げてきた人影の足を貫く。
 致命傷には程遠いが、逃走不能となった人影がその場に倒れ込んだ。
 更に追い討ちを掛けるように、建物から飛び出して来た小柄な人影―その敏捷な動きと僅かに見える尖った耳から生物工学で生み出された人造人間のハンター、ハニュエールと分かる―倒れた人影に走り寄ると、それをド突き回す。
 後ろから現れた大きな人影―射撃専門のアンドロイドハンター、レイキャスト特有のフォルム―が慌てて彼女を止めに入る。
 それを見ながら、彼は脇に止めておいたホバーバイクのエンジンを入れると、それに飛び乗った。

「手間焼かせんじゃないわよ!このタコ!」
「おい、あんまやりすぎるなよ……」
 ハニュエールのレイラが捕まえた男をド突き回すのを、レイキャストのダインが止めようとする。
「わ〜かったわよ。とっとこいつをふんじばって軍警察に突き出せば依頼しゅう…」
 そこまで言った所で、レイラの耳元をフォトンの光刃がかすめる。
「こっちだ!ボスが掴まってる!」
「なめやがって!!」
 先程フォトンスライサーを投じてきた男に続いて、建物からわらわらと出てきた人影にレイラの顔が若干青くなる。
「あ、あら?まだいたの?」
「いたようだ、な!」
 ダインが巨大なフォトンショットを構えると、出てきた人影の中心へと向けてトリガーを引いた。
「がっ!」
「うわっ!」
 無数のフォトン散弾が次々と炸裂し、出てきた人影が一気に半減する。
「この野郎!」
 フォースらしい男がテクニックを放とうと精神を集中させる。
 だが、素早く間合いを詰めたレイラが、手にしたフォトンダガーの刃を繰り出す。
 一瞬にして相手を昏倒させると、レイラは敏捷な動きで次の相手に襲い掛かっていく。
 フォトン弾の弾幕と、その隙間を縫うようにして襲ってくるフォトン刃の攻撃が、瞬く間に襲ってきた相手を減らしてく。
「くそ…」
「はい、ラスト!」
 最後に残った男が慌ててフォトンハンドガンを構えたのを、レイラはその脳天をフォトンダガーで殴りつけて昏倒させる。
「なめるんじゃないわよ、これでもハンターレベル52なんだから」
 レイラが胸を逸らして威張った所を、突然強力なヘッドライトが照らし出す。
「あいつらか!家の工場つぶしてくれたのは!」
「殺っちまえ!」
「……え?」
 数台のホバーカーがスピンしながら彼らの目前で止まり、そこから人相の悪い面子が先程よりも大量に降りてきた。
「ひょっとして、ピンチ?」
「いや、間違い無くピンチだ」
 殺気立っている面々に、レイラの首筋に冷や汗が浮かぶ。
「死にやがれ!」
 無数の銃口が一斉にフォトン弾を吐き出す寸前で、どこからか飛来したフォトン弾の連射が敵の一角を崩す。
「何っ!?」
 慌てて背後を振り向いた者達の目に、フォトンマシンガンを両手に構えた黒尽くめのレイマーが、ホバーバイクに跨ったままそれを連射する姿が飛び込んできた。
「DB!」
「今の内だ!」
 ホバーバイクに跨ったレイマー、DBが器用に足でホバーバイクを制御しながら、次々とフォトンマシンガンを連射して的確に標的を捉えていく。
「ちっ!」
「こっちもお忘れなく!」
 DBを狙おうとした女が、その隙を突いて接近したレイラに気付かず奇襲を食らって昏倒する。
 完全に混乱している敵を疾風と化したレイラが蹂躙し、そちらに反応した敵をDBとダインの放つ弾丸が殲滅していく。
 敵のほとんどを駆逐した辺りになって、ようやく遠くからパトカーのサイレンが響いてきた。

「依頼終了で〜す。こちら依頼分の報酬と、軍警察から謝礼が届いてます〜。マフィアと壮絶な銃撃戦やったって〜、本当ですかぁ?」
「本当よ。もちろんコテンパンにノしてやったわ」
 ハンターギルドの受付嬢のいつも通りの間延びした問いに、レイラはガッツポーズを決めながら報酬の明細をホクホク顔で覗き込む。
「いくらかな♪いくらかな♪」
 彼女は手の中の明細を覗きこむと、その予想以上の額の多さに破顔する。
「よ〜し、これで出港準備の資金も万端!」
「出港一週間前に言う台詞じゃないな」
「この間まで金が無いって人にタカってたのは誰だよ」
 DBとダインの言葉に、レイラが一瞬硬直するが、すぐに機嫌を直す。
「取り合えず、依頼完了と出港祝いを兼ねて今夜7:00にメビウスでパーティよ。いいわね?」
「分かった」
「OK」
 返事だけして帰ろうとするDBに、レイラは近寄って彼の腕に自分のを絡める。
「ねえ、明日買い物に付き合ってくれないかな………」
「別に構わんが」
 精一杯のシナを作って色っぽく(と当人は思っている)レイラに、DBは素っ気無く言い放つ。
「それじゃあ、明日の朝迎えに行くから!」
「分かった。荷物持ちの準備をしておく」
 素っ気無い態度のまま、DBがハンターズギルドを後にする。
 後には、シナを作ったまま硬直しているレイラと、含み笑いをしているダインと受付嬢及びその様子を見ながら笑っている他のハンター達が残った。
「何?」
 先程とは180度違う形相で殺気を飛ばしつつ、フォトンダガーを手にしているレイラに全員が慌ててそっぽを向いた。

 街中にある家賃の安さだけが定評のアパートにある自宅の玄関に立つと、DBは無言で電子ロックを開けて中に入る。
 オートで照明が点いた部屋の中には、備え付けの設備以外には必要最低限の家具しかそろえていない殺風景な景色が広がっていた。
 クローゼットの前に立ったDBは、バイザーのロックを解除してそれを外す。
 バイザーの下からは、意外と若い男の顔が出てきた。
 身に着けたアーマーと同じく、黒髪と黒瞳の精悍な顔には、右目の上から顎の傍まで伸びる大きな傷跡が有った。
 更に、右の瞳も部屋の照明を浴びて微かに明滅している。
 精巧に作られた義眼だ。
 続けて装備していたアーマーを外していくと、左の二の腕にハンターならば絶対に付かないはずの傷、実弾による銃創の痕が残っている。
 仲間であるレイラとダイン以外はほとんど知らない素顔をさらしながら、DBは黙々と装備を外すと、そのままベッドに横になる。
「今夜7:00……あと8時間はあるな」
 時間だけ確認すると、彼は目を閉ざした。
 ほどなく、その口からは寝息が漏れてきた。

『10:30、ハンターギルドにて先日の依頼終了の報酬振込みを確認。11:14、自宅へと帰宅。帰宅後はすぐに休養へと入った模様』
『了解。引き続き監視を続行せよ』

 繁華街にあるレストラン“メビウス”はその料理の味と種類の豊富さ、パーティなどにも使用可能な広い店内が好評で、よくハンター達の打ち上げパーティ等に使われていた。
 その店内の一つのテーブルに、これからパーティを開こうとする三人の姿が有った。
「カンパ〜イ」
 どうも場違いに思える露出度の高いドレスに身を包んだレイラの音頭に、こちらはジャケットにスラックスという飾り気の無い格好のDBと、一応オシャレのつもりらしい頭部に赤い角型パーツを付けたダインが、二つの酒盃と一つのエネルギーチューブをかち合せる。
 和やかに談笑しつつ、料理と酒とエネルギーチューブが減っていく。
「いや〜、まさかあそこがマフィアの秘密プラントだったとはね〜」
「下手した危ない所だったよな」
「ん〜、でもDBが助けてくれるもんね〜」
 すでにかなり杯を重ねているレイラが、赤い顔でDBにしなだれかかる。
 対するDBの方は、ただ静かに杯を重ねていた。
「必要以上にあてにされても困る。オレは無敵でも不死身でもない」
「な〜に言ってるの。半年でレベル40越えた凄腕が」
 その言葉を聞いた店内にいる同業らしい者達が驚いてDBの方を見る。
 純粋に依頼の実行成績でレベルが決まるハンターに取って、5年以内にレベル40以上まで行く者は極めて稀である。
 ましてや、半年ともなると異常としか言いようの無いスピードだった。
「ギルドが勝手に評価しているだけだ。依頼さえ受けられればオレはいい」
「謙遜しちゃって〜」
「実力だろ。充分スゴイ事じゃないか」
「よお、奇遇だな」
 そこへ、一人の若い男がさわやかに笑いながら声を掛けつつ、彼らのテーブルに近付いてきた。
 その男の顔を見たレイラが一瞬にして険悪な物へと変わる。
 彼女だけでなく、その場にいるハンター全員がその男を睨むように見ていた。
 DBですら少し顔をしかめている。
 何故なら、その男はきっちりとした軍服に身を包んでいたからだった。
 軍と犬猿関係にあるハンター達に取って、彼らの溜まり場でもある場所に軍人がいるというのは不愉快極まりない状態でしかなかった。
「何をしに来た?シャルト」
「連れない事言うなよ、オレとお前の間でさ」
 その若い軍人、シャルトは勝手に三人のテーブルに着くと、手元のコンソールから勝手に自分の分の注文を出す。
「たまたま入った店で親友が楽しそうにしてたから、混ぜてもらいに来ただけじゃないか」
「お前の言う事は一から十までわざとらし過ぎる」
「そうよ!なんでいつもいつも私達の前に現れる訳!?」
 シャルトからDBを庇うようにしがみ付いているレイラが歯を剥く。
 それでもシャルトはさわやかに笑っていた。
「いやあ、レイラさんは怒ってもキレイだな〜」
「あんたに言われても嬉しくないわよ!」
「だそうだ、お前ちゃんと褒めてるか?」
 シャルトの問いに、DBは無言で手にした酒盃を飲み干す。
「お前の奇遇も今日までだな。オレはラグオルに行く」
「いやあ、実はオレも急にパイオニア2への転属が決まったんだ」
 その一言で、ボトルを傾けていたDBの手が止まる。
「……中佐の差し金か?」
「何の事かな?」
 あくまで“奇遇”を装うシャルトに、DBは鋭い視線を突き刺す。
「中佐に伝えておけ。これ以上オレに関わるな。潰されたくなかったらな」
 低い、それでいて確かに感じ取れる殺気を放っているDBの声に、しがみ付いていたレイラが身を硬くする。
「言ってはおくよ。まあ、あの人が聞いてくれるかどうか別だけどな」
 運ばれてきたジョッキを手にしたシャルトが、それを上手そうに飲み干していく。
「という訳で、今夜はオレ達の出港祝いって事で」
「あんた関係無いでしょ」
「まま、オレがおごるからさ〜」
「本当ね?」
 意地悪そうに微笑んだレイラは、手元のコンソールのメニューを端から押し始めた。

 結局、出港祝いだかヤケ酒だか嫌がらせだか分からない酒宴は夜更けまで続き、支払いで合計を聞いたシャルトが引きつった顔をした後申し出てきた借金を一撃で断り、酔い潰れたレイラを自宅まで送って家に寄らないかと言われたのも丁寧に断って、DBは自宅へと向かった。
 深酒をしたにも関わらず、DBの機嫌はどこか優れない。
 元々酒には変に強い所があるため、酒で憂さを晴らす事が出来ないのが悩みでもあった。
 人通りの少ない通りを歩きながら、DBは考え事をしていた。
“過去”と決別しようとハンターになり、パイオニア2への乗船希望をしたにも関わらず、過去は付いてくる。
「過去からは逃げられない………か?」
 そう呟いた時だった。
 横手の路地から妙な気配を感じたDBは、とっさに腰の護身用フォトンハンドガンを抜くと、路地の奥へと向ける。
「誰だ!そこにいるのは……」
 DBの鋭い誰何に、気配が微かに揺らぐ。
 用心深く銃口を向けながら、DBは一歩一歩、注意しながら路地へと入っていく。
 やがて、路地の奥に全身をフードのような物で覆った人影を認めると、それに銃口を向けたまま停止した。
「貴様、何をしている?」
 人影は答えず、いきなり手の平を前へと突き出す。
 そこから、突如として猛火が出現すると、人影を中心として渦を巻き始めた。
「ギフォイエ!?」
 DBはそれが高等テクニックの一つ、ギフォイエである事に気付くと同時に、真後ろへと跳んで猛火をかわす。
(こいつフォースか!しかもとんでもない高レベルの!)
 予想以上に大きく広がっていく猛火が鼻先をかすめていく中、DBは人影に向けてトリガーを引いた。
 放たれたフォトン弾は人影のフードに当たり、その衝撃で吹き飛んだフードの下から、相手の顔が現れる。
「な!?」
 フードの下から現れたのは、まだ年端のいかないニューマンの少女の薄汚れた顔だった。
(不法製造型か?だが、こんな強力なフォニュエールの密造はありえない………だとしたら?)
 DBの思考は、続いて放たれた辺り一体を襲う雷撃で中断した。
「ラゾンデだと!?」
 雷撃を避けきれず、直撃を食らったDBが膝をつきそうになりがらもなんとかその場に留まる。
「う、うわああぁぁぁ!!」
 それを見たフォニュエールの少女が、恐怖に歪んだ顔で次々と猛火や雷撃を繰り出してくる。
「くっ!」
 次々と襲ってくるテクニックの嵐に、DBは驚異的な反射神経でかわしていくが、かわしきれない物が徐々に彼を追い詰めていった。
(廃棄された奴にしては強力過ぎる………恐らくはどこかから脱走した奴か。どうする?)
 相手の攻撃が途切れた隙に自らにレスタを掛けつつ、DBは自問した。
 その時、自分の周囲に閃光が溢れてきてるのに気付く。
「グランツまで!」
 それが超高等テクニックのグランツだと気付くと同時に、DBは少女の頭部に銃口を向けた。
 だが、トリガーを引こうとはせず、DBは黙ってフォトンハンドガンを脇へと投げ捨てた。
 それを見た少女が、精神集中を解いた。
 発動する寸前で制御を解かれた閃光がDBの周りから消えていく。
 DBはそれを見届けると、無造作に少女へと近寄った。
 驚いた少女が両手を向けると、DBはその場に立ち止まる。
 少し待って少女が両手を下ろすと、DBは再び少女へと近付く。
 少女の顔が恐怖と緊張に強張っているのを見ながら、DBは慎重に少女との距離を狭めていく。
 やがて、少女のすぐ傍まで近付くと、ゆっくりと片手を上げた。
 驚いた少女が再度グランツを発動させようとする。
 自らが閃光に包まれていく中、DBは持ち上げた手で、ただ静かに少女の頭を撫でた。
「!?」
 予想外の事をされたのか、少女が精神集中を解いて閃光をかき消す。
 怯えながら自らを見ている少女の頭を、DBはまた優しく撫でた。
「驚かせたようだな。すまない」
 DBが静かに言いながら、また少女の頭を撫でる。
 少女は不思議そうな顔でDBを見ていたが、やがて涙を一杯に目に溜めるとDBにいきなり抱き付いて大きな声で泣き始めた。
「わあああぁぁぁん………」
「大丈夫、大丈夫だ」
 号泣し続ける少女を、DBは優しく抱きしめた。

『1:24、ハンター仲間との酒宴の後、出店。1:55、ハンター仲間のレイラ女史を自宅まで送った後、自宅への帰路に着く。2:14、市街地Cエリア27番ストリートにて遭遇した謎のニューマンの少女と突発的な戦闘状態に突入。2:21、若干負傷しながらも少女の説得に成功。2:48、少女を伴って自宅へと帰宅。なお、同少女についてはセンターのデータに一致する戸籍は存在せず、密造型と思われるが、その極めて高いフォースレベルは間違い無く戦闘用と断定可能』
『了解、その少女についてはこちらで調査する。引き続き監視を続行せよ』

 足元に、血まみれのニューマンの少女が横たわっていた。
(どうしてこんな事をする!)
 彼は叫ぶ。
(どうして?失敗作を消去しただけではないか)
 目の前の相手は答える。
(ふざけるな!命をなんだと思ってるんだ!)
 彼の言葉に、目の前の相手のみならず、周囲にいる全員が嘲笑する。
(命をなんだと思うだと?軍人にとって命なぞ一番軽い物に決まっているだろうが)
(だから弄んでいいとでも言うのか!!)
(弄んでいるのではない。有効的に活用しているだけだ)
 目の前の相手の邪悪な笑みに、彼は思わず腰のホルスターに手を伸ばす。
(抜くか?だが、その時にはお前は反逆者になる)
(何!?)
 彼は周囲を見回す。そこには、先程まで仲間だと思っていた者達が自分へと銃口を向けていた。
(さて、どうする?我らの仲間になるか、それともあくまで君自身の安っぽいヒューマニズムを守って死ぬか………)
(くくくくく…………)
(はははは…………)
(ふふふふふ………)
 誰かの漏らした失笑が、周囲へと広がっていく。
 その馬鹿にしきった笑いが、彼の耳にハウリングする。
(オレは、オレは………)
(オレは?)
(おおおおぉぉぉ!!)
 絶叫しながら、彼は銃を抜いた。

「はっ!」
 悪夢の終わりと同時に、DBは目を覚ます。
 それと同時に、全身に激痛が走った。
「つっ………」
 顔をしかめながらも半身を起こす。
 その時に、自分の隣に寝ている気配に気付いた。
 そこには、サイズの違いすぎるシャツに身を包んだニューマンの少女が、静かに寝息を立てていた。
 枕元の棚に置いてあったディメイトを取って、それを鎮痛剤として飲み込みながら、DBは少女の寝顔を覗き込む。
 ふと、その少女のニューマン特有の長い耳に、何かが印刷されているのに気付くと、DBは彼女の髪をかき分けながら、耳をよく見てみる。
(HN FN―2017?フォニュエールタイプ2017番か………こんな物がプリントされてるとなると、まさか………)
「DB!起きてる?」
 DBの思考は、扉をノックする音とレイラの声で中断させられる。
「今起きた所だ」
「朝ご飯まだでしょ?何か作って…」
 前に強引にせがまれて渡したコピーキーで勝手に入ってきた買い物袋片手のレイラが、そこでDBの隣で寝ている少女に気付いて硬直する。
 隣で寝ている少女とレイラを交互に見たDBが、説明しようと口を開く。
「ああ、この子は……」
「DBの馬鹿〜!!!」
 説明に入るよりも速く、レイラの手から放たれた買い物袋がDBの顔面に直撃した。

「逃げられただと!!」
 あるオフィスの中で、そこの唯一の住人が電話口に怒鳴っていた。
「早く見つけ出せ!ハイ・ニューマンプロジェクトは最高機密だ!もし外部に知られたらお前も私も身の破滅だぞ!」
 そこまで怒鳴ると、落ち着きを取り戻したのか、住人は声量を落とした。
「いいか、何としても見つけ出せ。場合によっては始末しても構わん。ああ、こちらでも手を打とう」
 それだけ言って住人は電話を切る。
 ちょうどその時、オフィスのドアのインターホンが鳴った。
『私です』
「入れ」
 ドアが開くと、そこからスーツに身を包んだ無表情な男がオフィス内へと入ってきた。
「お呼びでしょうか、……」
「緊急任務だ。この少女を見つけ出せ」
 住人が一枚のファイルを手渡す。
 そこには、外見的特長とタイプ名だけが記されていた。
「了解しました、大佐」

「で」
「で?」
「どうするの?」
 喫茶店のテーブルに着きながら、DBとレイラが顔を突き合わせる。
 DBの隣には、買ってもらったばかりのワンピースを着込んだ少女が、DBにしがみ付くようにしながらレイラの方を見ていた。
「まさか、面倒見るなんて言わないわよね?」
「ダメか?」
 運悪く買い物袋の中に有った缶詰が額に直撃して出来たコブをさすりながら、DBが平然と言い放つ。
「あのね、ペットじゃないのよ?女の子を拾ったからって、そう簡単に育てられると思ってるの!?」
 そこまで言って自分の大声に周囲の目が集中しているのに気付いたレイラが慌てて声を小さくする。
「とにかく、まず専門の施設を探して預けるとか………」
「それはオレも考えた。だけどそうできない理由が有ってな」
「理由?」
 DBは少女の髪を上げると、耳のプリントをレイラに見せる。
「これって………」
「愛玩用ならわざわざタイプ名なんて付けない。考えられるのは………」
「戦闘用!?まさかぐん…」
 皆まで言わせず、DBがレイラの口を塞ぐ。
「多分間違いない。この子はとんでもなく強力なテクニックを扱える。そんな強力なニューマンを欲するのは軍関係しか在り得ない」
「ど、どうするのよ、そんなヤバイ子拾って……第一、パイオニア2はもう人数制限締め切ってるから、その子連れてけないわよ?」
 うろたえているレイラを尻目に、DBは無言でしばし考えると、腕に付けたブレスレット型のコミュニケーターを操作し始める。
「電話?どこに?」
「お前も知ってる奴」
 やがて、回線が繋がるとコミュニケーターから見覚えの有る顔が投影された。
『はい、こちら……って、お前から電話してくるなんて珍しいな』
「シャルト、頼みが有る」
 電話口の相手、シャルトがさも珍しげにDBを見る。
『何だ?コンパの人数合わせなら喜んでいくが』
「パイオニア2の乗船名簿に一人追加してほしい」
『追加?今からか?』
「無理か?」
『ん〜、カワイイ女の子か、キレイなお姉さまだったら可能かも♪』
「一応女だ。ニューマンで年齢は……10歳。名前は…」
 そこで、DBはちらりと少女を見るが、少女は小さく首を横に振る。
「………名前は、“ティニア”だ」
『OK、ティニアちゃんだな。こっちで乗船名簿に潜り込ませとく。その代わり今度紹介してくれよ』
「頼んだぞ」
 DBが接続を切った所で、深い溜息をついているレイラと目が有った。
「何か?」
「ううん、DBが決めたんだったら、あたしは何も言わないわ。そうと決まったら、早速ティニアちゃんの分も準備しないと」
「ティニア?」
「いやか?」
 DBの問いに、少女は慌てて首を横に振る。
「じゃあ、行こうかティニア」
「うん!」
 少女―ティニアは、初めて笑みを浮かべながら大きく頷いた。

『9:37、昨夜の少女とレイラ女史を伴ってDエリア喫茶店に入店。店内にて少女の処遇について討論の後、シャルト中尉にパイオニア2への少女の乗船許可を依頼。同時に少女をティニアと呼称。9:52、喫茶店を出店、そのまま繁華街にて諸雑品の購入に入る』
『了解、少女……ティニアとやらの詳細はこちらでもまだ調査中。注意しつつ監視を続行せよ』

「まあ、こんなもんかしらね」
「買い過ぎじゃないのか?」
 急遽呼び出されて荷物持ちにされているダインが、自分の両手を塞いでいる荷物を見てぼやく。
「あのね、女の子なんだから、身だしなみには気を使わせないとダメでしょうが」
「レイラみたいな浪費癖のある女に育っても問題があるぞ」
「なんですって!!」
「出来れば静かに」
 ダインに向かってレイラは牙を剥くが、DBの一言で口を閉じる。
 DBの背中では、買い物で疲れたのか、ティニアが寝息を立てている。
 その耳には、タイプ名を隠すためにDBが買ってやった耳飾りが付いていた。
「そうやってると、まるで親子だな」
「そうか?」
「そうよ」
 首を傾げるDBに、レイラは微笑みかける。
「で、自分好みの少女に育てて、程よく育った所でだな」
「所で?」
 レイラが顔に笑みを浮かべたまま、ダインの首筋に護身用のフォトンセイバーを突きつける。
「DBがそんな事するわけないでしょ?」
「いや、あいつもあれで男だから案外………」
 押し付けられたフォトン刃がダインの首の人工筋肉を僅かに焦がす。
「ちょ、ちょっと待て、それ以上は洒落にならんぞ」
 ダインが焦る中、DBが助け舟を出した。
「往来で危険なコントはそれ位にしとけ」
「そうね、DBがそういうなら」
 DBの一言で、レイラがあっさりとフォトンセイバーを仕舞い込む。
 ダインが胸を撫で下ろした所で、ちょうどDBの自宅に辿り着いた。
「どうせすぐ引っ越すんだし、必要最低限の物以外は一まとめにして明日にでも送っときましょ」
「このベッドもか?」
「それは今すぐ組み立てなさい」
 レイラに命令されたダインが、背負っていた組み立て式ベッドをテキパキと組み立て始める。
「なにも、これだけ荷物がある部屋を狭くしなくても………」
「で、出発するまで一緒のベッドで寝る訳?絶対にダメ!!」
 レイラのあまりの迫力に、DBはあえて反論を控える。
「取りあえず、明日はティニアちゃんとこ美容院に連れてくから」
「美容院?」
「身だしなみを整えるのは女の子の基本でしょ、ねえ?」
「びよういん?」
 レイラに頭を撫でられたティニアが首を傾げる。
「髪をキレイにする所よ、行けば分かるわ」
「……DB?」
「ああ、そうだな、行ってくるといい」
 物問いた気なティニアに、DBは窓の外を見ながら相槌を打つ。
「?どうかしたか?」
「いや、多分気のせいだ」
 ダインの問いにDBは窓から離れる。
 だが、その目は鋭く通りにいる不信な人影を見つけていた。

「大佐、目標を発見しました。ハンターギルドに所属するハンターに保護されている模様です。どうしますか?」
『ハンターギルドと事を構えるのはまずい。しばらく監視し、隙を見て奪取しろ。絶対にボロを出すなよ』
「了解」

『18:21、レイラ女史を伴って自宅へと帰宅。19:24、レイラ女史が明日ティニアとの外出約束をした後に当人宅へと帰宅。以後休養に入った模様』
『了解、引き続き監視を続行せよ』

 日付が変わろうとする深夜、DBは無言でブラインドの隙間から窓の外を見る。
(いるな………間違い無くこっちを監視している)
 何度となく車種が変わっているが、まったく同じ場所に停まっているホバーカーを確認すると、DBはクローゼットから用心のためにフォトンライフルを取り出そうとする。
 その時、背後からの小さな物音にDBは振り返りつつフォトンライフルを向けようとするが、そこにいるティニアの姿を認めると慌てて銃口を下げた。
「眠れないのか?」
「………うん」
 真新しいパジャマに身を包んで、手に買ってもらったばかりのラッピーのぬいぐるみを抱いているティニアが小さく頷く。
「……一緒に寝ていい?」
「構わないが」
 DBの返答を聞くと、ティニアは嬉しそうな顔でDBのベッドに潜り込む。
 DBが隣に入ると、すでに彼女の口からは静かな寝息が漏れていた。
(親子……か……)
 無垢な寝顔を見ながら、セーフティを架けたフォトンライフルを枕元に置いてDBも横になる。
(誰かを守るためだけに銃を握るのも、悪くないか)
 DBも目を閉じ、隣にいる温もりを感じつつ眠りへと付いた。

次の日
「じゃあ、行ってくるわね」
「ああ、頼む」
 ティニアを連れて自宅から出て行こうとするレイラを、昨日とまったく同じ場所に出来たコブを冷やしながらDBが送り出す。
「レイラの言う事を聞くんだぞ」
「……うん」
 DBから離れるのが不安なのか、小さな声でティニアが頷く。
「大丈夫、怖い所に行く訳じゃないから」
「本当?」
「うん」
 レイラがティニアの頭を撫でながら、玄関を出る。
 ティニアが何度かこちらを振り返るのを見ながら、DBは彼女達を見送った。
 やがて、姿が見えなくなると無言で部屋に入り、準備を進めた。

『目標はレイラ・シーズと共に外出した模様。作戦を実行に移します』
「くれぐれも用心しろ。特にあのレイマーは得体が知れん」
『了解』
 電話を切ると、大佐はデスクの上の資料に再度目を通す。
 そこには、DB、レイラ、ダインの詳細データが記されていた。
 大佐は、その中から一つだけやけに薄いDBのデータを見ていく。
「レンジャー認定試験最高得点保持、半年でハンターレベル40だと?そんな馬鹿な話が有るか」
 大佐は顔をしかめる。そこには、ハンターズギルドに入ってからの経歴以外、何一つ記されてはいなかった。
「経歴が存在しないとなると……まさか軍の関係者か?」
 真っ先に浮かぶのはハンターズギルドへの潜入諜報員だったが、それならば完璧な架空経歴が用意されているはずだった。
「まあいい。あれさえ取り戻せればどうとでも出来る」
 大佐は資料をダストボックスに入れると、機密保持用の焼却ボタンを押して即座に灰にする。
 それが、彼の人生最大の判断ミスで有る事に、大佐は気付くはずもなかった。

「はい、終わりです」
 鏡に写った自分の姿を見たティニアは、そこにある少女を見て呆然とする。
「ね、キレイになったでしょ?」
「うん」
 嬉しそうに微笑むティニアを見たレイラも微笑み返す。
 会計を済ませると、二人は美容院を出た。
「どこかでお昼ご飯でも食べていこっか。何が食べたい?」
 ティニアが首を傾げた時だった。
 突然、一台のホバーカーが二人の脇で急ブレーキを掛けると、そこから黒いサングラスとスーツに身を固めた男達が降りてくる。
「何よ、あんた達!」
 二人を囲もうとする男達からティニアを庇いつつ、レイラは腰のフォトンセイバーのスイッチを入れて構えた。
 男の一人が素早く背後を取ろうするが、レイラはためらわずその男に向けてフォトンセイバーを振り下ろした。
 だが、男の持ち上げた腕に突如出現した光壁が、フォトン刃を防いだ。
「エナジーシールド!?」
 驚愕するレイラに、別の男が懐から奇妙な銃を取り出して引き金を引いた。
 銃口からは弾丸ではなく、無色のガスが噴き出してレイラの顔面を襲った。
(ガスショット!?こいつらまさか!)
 慌てて口を覆うが、催涙ガスを多少吸い込んでしまったレイラが咳き込みながらその場に膝をつく。
「!」
 ティニアが悲鳴を上げようとするが、男の一人が素早くその口を塞ぐと、車内に連れ込もうとする。
「ティニア…ちゃ…」
 レイラが必死に咳を堪えながらフォトンセイバーを構えようとした時、何処かから飛来したフォトン弾がガスショットを仕舞おうとした男の肩を直撃した。
「何!?」
「DB……」
 男達が狼狽する中、次々と飛来するフォトン弾の飛来源の方を見たレイラは、通りの雑踏の中でフォトンライフルを構えるDBの姿を見た。
「馬鹿な、こんな雑踏で狙撃だと!」
 驚愕する男達の手足に、威力を押さえたフォトン弾が炸裂し、行動力を完全に奪う。
「その子を放せ。次は最大出力で行くぞ」
 周囲の人々が何事かと遠巻きに見る中、DBの言葉が静かに響く。
だが、ホバーカーの運転席に座っていた男が、何かを雑踏に向けて放り投げた。
「フラッシュ・グレネード!?」
 それが何か唯一気付いたDBがとっさに目を閉ざした瞬間、それは炸裂して眩いばかりの閃光が周囲を覆い尽くす。
 閃光が晴れた時、そこにはホバーカーと一緒に男達とティニアの姿が消えていた。
「しまった………」
 DBが歯噛みしつつも、レイラに近付くとアンティを掛けてやる。
「ど、どうしよう、ティニアちゃんが、ティニアちゃんが……」
「落ち着け、すぐにハンターギルドで依頼を出して協力を要請するんだ。金はオレが出す」
 催涙ガスが抜けて、咳の発作が収まったレイラが取り乱すのを、DBは落ち着かせながら指示を出す。
「ギルドを通して全ハンターから情報を集めるんだ。そうすればすぐに場所は分かるはずだ」
「でも、あいつらひょっとして軍の……」
 レイラが口を滑らしそうなるのを、DBはとっさに口を塞ぐ。
「大丈夫だ。オレが行く」
「DB!」
 レイラに背を向けながら、DBは己の失敗を呪う。
(オレのミスだ。秘密裏に片付ける所か、みすみすティニアをさらわれるとは………待ってろ、今助けに行く)
 DBの目には、壮絶な覚悟の色が浮かんでいた。

『緊急連絡、非常ランクレベル2。11:32、少女ティニアを目標の目前で何者かが拉致。犯人はその武装から軍関係者と思われる。対処方の指定を』
『それはこちらで至急対処する。彼がこれから起こす行動から目を離すな』
『了解』

 大急ぎで自宅へと戻ったDBは、クローゼットの奥から厳重に封印されたボックスを取り出す。
 しばしそれを無言で見つめていたが、それを封印しているロックにフォトンハンドガンの銃口を向けてトリガーを引いた。
 一撃でロックが吹き飛ぶのを確認すると、その中の物を取り出し、身に付け始めた。

「で、様子はどうだ?」
「大分怯えているようです。何せFN―2017は元々精神系が虚弱な節がある物でして………」
 大佐は研究員からの報告を聞きながら、ディスプレイに映し出されている少女を見つめた。
 首にテクニックに反応して電流が流れるフォース用拘束具を付けられたティニアが、何重にもシールドが施された部屋の隅で膝を抱えて座り込んでいた。
「で、物になりそうか?」
「難しいでしょう。フォースレベルとしては今までの最高数値を示しているのですが…………」
「………致し方ないな。実験用に回した後、使い物にならなくなったら廃棄しろ」
「分かりました、大佐」

「DB!情報が入ったわ!当該するホバーカーがFエリアの工場に入っていくのを見たって!」
「分かった」
 部屋へと飛び込んできたレイラが叫ぶの背中で聞きながら、DBは手の中の黒い顔料に親指を押し付ける。
「今すぐ行ってティニアちゃんを取り返しましょう!でないと、何されるか分からないわ!もう、こんな時にダインの馬鹿はどこほっつき歩ってんだか……」
「オレ一人で行く」
「…え?」
 DBは指に付いた顔料を右頬に押し付け、それを真横に引く。黒地の縞が、顔の傷跡と交差し、逆十字を顔面に刻んだ。
「な、何言ってるの?DB…」
 こちらへと振り向いたレイラが、DBの姿を見て絶句する。
 そこには、ハンター用のアーマーとまるで違う、銀色のアーマーに身を包んだDBの姿が有った。
 補助ユニット用スロットが四つ付いた滅多にお目にかかれない最高級品に、腰と背中には軍でしか使用許可が下りてないはずの実弾使用の銃器が吊られている。
「D、DB……」
「これはオレのミスだ。オレが片付ける」
 普段とはまるで違う、異常なまでの気迫を背負ったDBの顔に、レイラは思わずたじろいた。
 その時、レイラはDBのアーマーの胸、軍ならば部隊章が付いているはずの場所が削り取られているのに気付いた。
「で、でも一人でなんて……」
「今のオレはレイマーのDBじゃない。オレは……“魔弾の射手”だ」
「魔弾?」
 それだけ言って部屋から出て行くDBをレイラは慌てて追うが、DBは外に出るとエンジンを掛けておいた自分のエアーバイクにまたがり、アクセルを全開に入れた。
「DB!!」
 過ぎ去っていくエアーバイクをレイラはしばし呆然と見つめていたが、我に返ると慌てて後を追おうする。
 だが、突然前に止まった一台の大型トレーラーに進路を塞がれ、それの運転席から運転手がこちらを見て微笑みかけた。
「やあ、奇遇だな」

 情報の有ったFエリアの工場を、DBはスナイパーライフルのスコープで遠くから観察する。
 そこに見覚えのある男達を確認すると、スコープの倍率を上げ、照準を合わせる。
「戦闘開始」
 呟くと同時に、DBはトリガーを引いた。

 突如聞こえてきた銃声に、大佐は狼狽する。
「何事だ!」
「狙撃です!ハルス中尉がやられました!」
 部下の報告に、大佐の狼狽は拡大する。
「まさか、査察部に突き止められたのか!?」
「いえ、部隊による襲撃ではありません!」
「まさか、あのレイマーか!?」
「大佐!」
 そこへ、別の部下が現れ、息を切らせながら手にした資料を手渡す。
「これは………」
 そこには、驚愕すべきデータが記されていた。

『襲撃者有り!襲撃者有り!現在武装した謎の人物がこちらに向かってきている模様!至急迎撃体勢を!』
 秘密裏に建てられたニューマン研究用プラントの中を、武装した兵士達が走り回る。
「襲撃者は何人だ!」
「それが、たった一人です!」
 叫んだ兵士の頭部に、次の瞬間血の花が咲いた。
「な!?」
 慌てて別の兵士がそちらを見ると、そこにはホバーバイクにまたがったまま、こちらに向かいながらスナイパーライフルを構えているDBの姿が有った。
「馬鹿な、あんな状態からこんな正確な狙撃が…」
 兵士の言葉を、一発の銃声と同時に額に開いた弾痕が閉ざした。

 ゴッド/アーム発動 視神経強化、命中率上昇
 ゴッド/レグス発動 反射神経強化、回避率上昇
 ゴッド/マインド発動 脳波パルス制御、精神力上昇
 ステイト/メンテナンス発動 身体維持機構発動
 
 ユニットが次々と発動していく中、DBは足でホバーバイクのスロットルを制御しながら、狙いを定める。
 こちらへと向けて放たれる銃火を巧みに避けながら、トリガーを引く。
 スコープの中の人影が、一つの銃声が響くと一つ減っていく。
 自分の髪をかすめて通る銃弾を感じながら、次を狙う。
(実弾か、やはりここは軍の秘密プラントか何かだな)
 冷静に考えながら、DBはトリガーを引き続ける。
「どけっ!」
 兵士の一人が、誘導型ロケットランチャーをホバーバイクに向けると、発射した。
 噴煙を上げて飛ぶ誘導弾の近接信管が、こちらへと向かってくるホバーバイクを感知した。
 が、それが発動するより早く飛来した弾丸が、信管を貫く。
 大きな爆炎が上がり、兵士達の視界を塞ぐ。
「は、これなら……」
 ロケットランチャーを構えた兵士が、爆炎を突っ切ってなお向かってくるホバーバイクを発見した。
「なろう!」
 二発目を発射しようとした時、それに誰も乗っていない事に兵士は気付いた。
「?」
 兵士がロケットランチャーを構えたまま、主亡きホバーバイクがこちらに突っ込んでくるのを慌てて横へと飛んで避けようとする。
 しかし、兵士達の中央に来た所で、一発の弾丸がホバーバイクのエネルギータンクを撃ち抜き、爆発させた。
「ぐわ…」
 兵士達の絶叫は爆音にかき消される。
 それを見ながら、爆炎を煙幕代わりにしてホバーバイクから飛び降りたDBは、得物をスナイパーライフルからマシンガンへと変える。
「あそこだ!」
 生き残りの兵士達がこちらを指差す中、セーフティを外したDBはそちらへと向けて弾丸をばら撒いた。

「ダルク・ボガード元少尉……所属は最高機密部隊エッジ・ファング、カンウェル小隊だと?」
「馬鹿な、カンウェル小隊は全滅したはず………」
「あの噂は本当だったのか………」
 大佐は資料を握りつぶしながら、強く歯を噛み締める。
「至急、伝達。襲撃者はあの“魔弾の射手”だと」
「魔弾の射手!あいつが!」

「カンウェル事件?」
「そ」
 トレーラーの助手席に座りながら、ハンドルを握っているシャルトの話を聞いていたレイラが首を傾げる。
「確か、半年位前に軍の一部隊がニューマンの不法製造に関わっていて、仕舞いには査察に来た部隊と戦闘になって全滅したって事件……だったような」
「半分だけアタリ」
 シャルトが含み笑いを浮かべながら、信号でブレーキを架ける。
「全滅したのは本当だけど、査察部隊との戦闘でじゃあない。その問題のカンウェル小隊の中で、ただ一人部隊のやっていた事に反対して、孤立し、暗殺されそうになり、そして自分以外の全員を返り討ちにした化け物がいた」
「それが………」
「そう、あいつだ」

「うわああぁぁ!」
「ひいぃぃ!」
 遮蔽物の陰に隠れた目標を追い込もうとしていた兵士達が、その影から放たれた死を呼ぶ紫煙―メギドがこちらに飛んできたのを見て慌てて逃げ出す。
「包囲をくずす…」
 分隊長の怒号は、メギドによって出来た包囲の隙間を縫って飛び込んできたDBが放った銃弾で途絶する。
「この!」
 無数の銃口がDBを狙うが、それが銃火を吐き出すよりも早く、DBのマシンガンが左右に弾幕をばら撒き、そこにいた兵士達を貫いて血の海へと沈めていく。
「気をつけろ!そいつはエッジ・ファングの元隊員だ!」
「なに!?」
 それを聞いた兵士達の間に動揺が広がる。
 最高機密部隊、エッジ・ファングの名は、軍人にとって死神と同じ意味を持っていた。
「遮蔽物から絶対に顔を出すな!1ミリでも出ていれば奴は正確にそこを狙ってくるぞ!」
 兵士達がある者はエナジーシールドを作動させ、ある者は慌ててFCS(ファイアコントロールシステム)のスイッチを入れてスコープ連動型のスカウターを取り出す。
 そこへ、DBが隠れている物陰から、何かが飛んできた。
 皆の注意がそれに集中するが、それが弾切れを起こしたマシンガンである事に気付くと再び物陰へと注意を向けようとした。
 しかし、それに続いて放たれた銃弾が、物陰に隠れていた一人の兵士を貫く。
「がっ!?」
「な、何が起きた!?」
 続けて放たれた銃弾が、宙にあるマシンガンに跳弾し、別の兵士を貫く。
「何が起きている!?」
「まずい、“魔弾”だ!」
“魔弾”―防御呪文デバンドで形成された力場で弾丸を跳弾させて相手を狙う、DBが編み出した超高等射撃に、兵士達に恐怖が広がっていく。
「人間じゃない……奴は、奴は、正真正銘の化け物だ………」
「こんな事なら犯罪になんて手を貸すんじゃなかった……」
「嫌だ、死にたくない………」
 兵士達が怯え、手にした銃口も小刻みに震えていく。
 そして、もう一つのマシンガンが宙を舞った時、恐怖はピークに達した。
「い、いやだ〜!!!」
 兵士の一人が、銃を投げ捨てその場から逃げ出す。
「逃げるな…」
 逃げる兵士に銃口を向けようとした兵士を、銃弾が貫く。
 それが、引き金となった。
「うわああぁぁぁ!!」
「逃げろ!殺される!!」
 兵士達が次々と銃を投げ捨て、我先に逃げ出す。
 DBは逃げ出す兵士達から、ティニアを誘拐した男を見つけると、その足を狙ってトリガーを引いた。
「ぐあっ!」
 足を撃ち抜かれた男がその場に倒れ込む。
 DBはその男へと歩み寄ると、スナイパーライフルの銃口を男の頭部に突き付けた。
「ティニアはどこだ」
「む、向こうの実験棟の特殊実験室だ……」
 それだけ聞くと、DBはトリガーを引いた。
 コメカミの至近距離で弾丸がかすめた男は、そのショックで白目を向いて失神する。
 DBが実験棟へと続く渡り廊下に差し掛かった時、そこに大佐と大佐に銃口を突きつけられているティニアを発見した。
「DB!」
「銃を捨ててもらおうか」
 ティニアの声と、大佐の脅迫が同時に響く。
 DBは黙ってスナイパーライフルを投げ捨てた。
「流石だな、ダルク少尉」
「その名で呼ぶな、捨てた名だ」
 DBが大佐ではなく、ティニアに視線を移す。
「ヒドイ事されなかったか?」
「DB………」
 DBの問いに、ティニアは涙ぐむ。
「それ以上近寄るな。こいつにヒドイ事をされたくなかったらな」
 大佐の脅迫に動じず、DBはティニアだけを見ている。
「ティニア、目を瞑っているんだ。すぐに終わる」
「うん」
 うなずいたティニアが両目を閉ざす。
 それを見ていた大佐が不適に笑った。
「君がこの状態が理解出来ないのかね」
「理解していないのは貴様の方だ」
 DBが大佐に鋭い視線を向ける。
「貴様は、今取れる行動の中から最悪の物を選んでいる。貴様は決してその子に危害を加える事は出来ない」
「試してみるかね?」
「いいだろう」
 DBは腰のホルスターにある予備用のハンドガンに手を架け、大佐はティニアのコメカミに向けているハンドガンのトリガーに架けている指に力を込める。
 そのまま緊迫した時間が流れ、そして一瞬にして緊迫が破れた。
 DBの手が動くのと、大佐の指が動くのは同時だった。

 二つの銃声が、その場に響いた。

「ば、馬鹿な………」
 ハンマーを撃ち抜かれたハンドガンを取り落とし、連続して撃ち抜かれた自分の腕を大佐は愕然として見た。
「DB!」
 力の緩んだ腕を振り解き、ティニアがDBに駆け寄ってしがみ付く。
「DB!DB!」
 泣きじゃくるティニアを抱きしめながら、DBは今だ煙の出ている銃口を大佐に向け続ける。
「言ったはずだ。最悪の行動だと」
「それはどうかな?」
 撃ち抜かれた腕を押さえていた大佐が、その顔に笑みを浮かべた。
 そこへ、突然強力な窓から強力なサーチライトがDBとティニアを照らし出す。
「形勢逆転だよ」
 窓の外から、軍用の装甲ホバーカーがこちらを狙っていた。
「所詮廃棄予定の失敗作だ。一緒に死にたければ死…」
 大佐が死刑宣告を行っていた時、いきなり装甲ホバーカーが爆発する。
「な……」
「よお、奇遇だな」
 愕然と窓の外を見る大佐の耳に、第三者の声が届いた。
 その声がした方を見ると、そこにはDBと同じアーマーを着込み、手にインフェルノバズーカを持ったシャルトが反対側の窓から手を振っていた。
 そこへ、通路の向こう側から同じアーマーを着込んだ兵士達が大量になだれ込み、大佐へと銃口を向ける。
 彼らの胸、DBが削り取った部分に、牙を向いた獣を象った部隊章が有った。
「え、エッジ・ファング………」
 それが最高機密部隊、エッジ・ファングの部隊章である事に大佐が気付いた時、兵士達の背後から軍服を来た一人の男が進み出る。
「フィッツマン大佐、あなたに遺伝子違法改造及びニューマン違法製造、並びに誘拐示唆で逮捕状が出ています。ご同行願いますな?」
 がっくりと肩を落とす大佐を、エッジ・ファングの隊員が連行する。
 後には、軍服を着た男―エッジ・ファング指揮官ガルド・フューラー中佐とDB、ティニアの三人が残った。
「久しぶりだな、ダルク少尉」
 DBは答えず、いきなり銃口をガルド中佐に向ける。
「これは、あんたが仕組んだ事か?」
「生憎だが違う。私が君を敵にしかねない行動を取ると思うかね?」
 自分に向けられた銃口にためらいもせず、ガルド中佐は告げる。
「………そうだな」
 DBはしばらく銃口を向けていたが、やがてそれを下ろすとハンドガンをホルスターに仕舞い込んだ。
「もう一つ聞く」
「何かね?」
「ラグオルで何が起きている?」
 DBの問いに、ガルド中佐の眉が微かに跳ね上がる。
「何の事だ?」
「今の時勢、強力なニューマンを作る理由がこの星には存在しない。だが、事実作られている。もし、それが必要な場所が有るとしたらこの惑星以外。そして、それが当てはまるのはただ一箇所しか存在しない」
「……その通りだ」
 ガルド中佐が小さく頷く。
「ラグオルに……何がある?」
「いずれ分かる。私もパイオニア2には乗船するのだからな」
「……そうか」
 それだけ言うと、ガルド中佐はDBに背を向けた。
「この件については、後はこちらで処置する。彼女の乗船許可も正式に申請しておこう」
「…分かった」
「DB!ティニアちゃん!」
 そこへ、レイラ息せき切って駆け寄ってきた。
「大丈夫?怪我ない?」
「問題無い」
「うん、大丈夫」
「よかったあ〜………」
 レイラが胸を撫で下ろすの見ながら、ガルド中佐はその場を後にした。

「非常に残念な事だな、あれ程の戦闘力を持った人間は滅多に出てこないだろう………」
「ですが、最早彼の原隊復帰は不可能に思います」
 大型トレーラーのコンテナに偽装された移動指揮所の中、ガルド中佐の言葉に答える者がいた。
「ここ半年の監視任務の結果、彼には軍復帰の意思は一切存在しません。また、今回の件で軍に対する不信感は更に増したと考えられます」
「非常に残念だな。よろしい、現時点を持って彼の監視任務は終了、元任務に復帰せよ」
「了解」
 指揮所の奥で報告していた人物、レイキャストのダインこと、軍諜報部所属ハンターギルド潜入諜報員、DUST・\(ダスト・ナイン)はその場で敬礼した。

それから、数日後
「まだ来ないのか?」
「まさか、忘れてんじゃないのか?」
 パイオニア2乗船用の軌道バイパスの乗降口で、渋い顔をしているDBとダインが顔を見合わせる。
「お姉ちゃん来ないね」
 DBの裾にしがみ付いているティニアが周囲を見回す。
 すでに、パイオニア2出発まで残る1時間を切ろうとしていた。
「まだですか?もう閉鎖しますよ?」
「すまないが、もう少し………」
「待って〜………」
 乗船終了時間を過ぎている事に係官が嫌な顔をした時、エスカレーターから背中に大荷物を背負ったレイラがようやく姿を現す。
「遅いぞ、置いてかれるとこだったじゃないか」
「だって、パイオニア2にはペロリーメイト売ってないから、買い占めてきちゃった」
 背中のリュック一杯に詰まっているお菓子を見たDBが無言でレイラの方を見た。
「あ、ティニアちゃんの分も買っといたわよ」
「いや、そういう問題じゃなく…」
「早くしてください。もう限界ですよ」
 係官の言葉に、四人は慌ててバイパスへと乗り込む。
 長い旅の、始まりだった。


それから、一年後
「見えたわよ!」
「あれがそう?」
 パイオニア2の透明外壁越しに見える惑星ラグオルに、皆が湧き上がる。
「長い旅もこれで終わりね」
「ああ、これで狭苦しい宇宙船ともおさらばだな」
 皆が口々に到着を喜ぶ中、DBただ一人だけが静かにラグオルを見ていた。
(あそこに………何が有る?)
「あれ?」
 DBが考え込んでいた時、ティニアが惑星上の光点に気付いた。
 そして、それは一気に大きくなると、突然消失した。
「何?何?」
「あれって、セントラルドームじゃないのか!?」
 皆がパニックに陥る中、DBは黙ってセントラルドームの有ったポイントを見つめる。
「いずれ分かる、か」

 セントラルドームの消失から一晩が経過し、惑星ラグオルに異常ありと判断したタイレル総督から、ハンターギルドを通して選ばれたハンター達にラグオル調査の依頼が下された。
 その中に、DB達の名前も存在した。

 フォトンライフルの微調整を済ませたDBが、予備用のフォトンハンドガンをホルスターから取り出し、それの微調整を始める。
「そろそろ行くぞ〜」
「DB、ティニアちゃん、準備出来てる?」
「できてる」
「もう少しだ」
 迎えに来たレイラとダインに答えながら、正式にハンターギルド所属のフォースとなったティニアが真新しい装備に身を包んで玄関を開ける。
「似合ってるわよ」
「うん」
 笑みを浮かべながら頷くティニアの頭を撫でてやりながら、レイラはDBの方を見た。
「まだ?」
「今終わる」
 微調整を終えたフォトンハンドガンを腰のホルスターに収めると、フォトンライフルを手にDBは立ち上がってティニアの手を取る。
「行くか」
「うん!」

 冒険が、始まろうとしている…………






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