BIO HAZARD irregular
SWORD REQUIEM

第三章


「う〜、くせぇ……………」
「言うな」

 下水道の内部へと降り立った三人はその悪臭に顔をしかめながら、周囲を見渡す。

「まさか、さっきの連中入ってこねえだろうな?」
「フェンスのドアの開け方すら分からないみたいだから、大丈夫だと思うけど………」

 先程閉めたマンホールから響いてくる足音を不安そうに聞きながらも、ミリィがナップサックから地図やコンパスを取り出して一緒に取り出したライトで照らし出す。

「現在地がここで、確か下水道はストリート沿いに主配管が埋設されてるって聞いた事があるから、そっちの方に進めばいいはずよ」
「下水道の配管図があれば一番よかったんだがな………」
「下水道のどこかに管理室があるはずだから、そこに行けば有るかもしれないけど…………」
「行ってみりゃ分かるだろ」
「そうだな」

 膝下まで来る汚水を気にしつつも、三人はミリィの指差した方向へと歩き出した。

「ブーツでも履いてくりゃよかったか?これは」
「ここまで深かったら意味無いと思うぞ」
「キャッ!何か変なの踏んだ!」
「気にするな。オレも踏んでる」
「今妙なのが流れてったぞ………」
「人形だろ」

 先頭をミリィから受け取ったライトをタクティカルスーツの肩に付けたレンが進み、その後ろをミリィ、最後尾にスミスが並んで、しばらく下水を進んだ時だった。

「妙だな…………」
「何が?」
「静か過ぎる」
「そういえば、下水には大抵小動物が住み着いているはずなんだけど、全然姿を見かけないし………」
「それって…………」
「何かいる、かもな」
「脅かすなよ…………おい」
「脅しじゃすまないみたいだがな…………」

 レンが前方を鋭い目付きで見ながら、腰の刀に手を掛ける。
 その時になって、スミスも気付いた。
 前方から聞こえてくる呻き声に。

「まさか!?」
「先客がいたようだな」

 スミスが驚きながらも、モスバーグのセーフティを外す。
 ライトの照らし出す光芒に、こちらへと近付いてくる複数のゾンビが飛び込んできた。

「ここにも!?」
「安全地帯は無いって事か!」

 レンが一歩踏み込みながら刀を抜こうとした時、その足が水面下の何かを踏み付ける。

「しまっ…!」

 バランスを崩したレンは何とか転倒を逃れたが、すでにゾンビは間近へと迫っていた。

「避けろ!」

 スミスが叫びながらモスバーグのトリガーを引いた。
 レンがとっさに壁に張り付き、その目前を連続して発射された散弾が通り過ぎる。
 下水道の内部に銃声が木霊して響き渡り、それが途絶えた時にはゾンビ達は本物の死体となって下水に浮かんでいた。

「ありがとう、助かった」
「ドジったか?危ない所だったぞ」

 スミスが使った分の弾丸を補充しながら、物珍しそうな顔でレンを見た。

「考えてしかるべきだったな。こんな所じゃ踏み込みが効かない事を」

 レンがつま先で先程踏んだ物、スナック菓子か何かの袋を持ち上げながらぼやく。

「それって、カタナが使えないって事?」
「使えない訳じゃない。だが、オレの技量じゃこんな場所じゃ自在に戦えないって事は確かだ」
「おい、冗談はよしてくれよ。この中じゃお前が一番強いってのに…………」
「謙遜だな。オレは剣術の心得が有るだけの高校生だ。それに踏み込みが効かないなら効かないなりの戦い方が…」

 言葉の途中で、レンがふと視界の片隅を何かが通り過ぎた事に気付く。

「何だ?」

 スミスもそれに気付いたらしく、その何かを目で追い、流されつつあるゾンビの死体へと視線を向けた。

「え?」
「な!?」

 それは、全長が30cm以上はある巨大なゴキブリだった。
 一匹が死体へと張り付くと、、それを見計らったかのように下水のあちこちから同じような巨大なゴキブリが現れる。

「く、来るな!オレは足が多いのは嫌いなんだ!」

 スミスが足にすがってきた巨大ゴキブリを払い除けるが、巨大ゴキブリ達は次々とこちらに近寄ってくる。

「!こいつらもさっきの奴と同じ変異体か!?」
「い、いやああぁぁぁ!!」

 ミリィが恐怖と嫌悪の入り混じった悲鳴を上げたのを合図に、三人は一斉にその場から逃げ出した。

「ゾンビに食われるのも嫌だが、ゴキブリに食われるのはもっとゴメンだ!」
「いやあぁ!ゴキブリきらいぃぃ!!」
「好きな奴なんて滅多にいるか!」

 ある者は壁を走り、ある者は宙を飛びながら追いつこうとしてくる巨大ゴキブリ達から何とか距離を取ろうと走り続ける三人の前に、一つの頑丈そうな扉が飛び込んできた。

「あの中に逃げるぞ!」
「またこのパターンか!」

 もつれるように三人は扉をくぐると、大慌てで閉める。

「は、入ってこないよね……………」
「あいつらに聞いてくれ」

 扉の傍に隙間や通気口の類が無いのを確かめたレンが改めて入った部屋を見渡した。

「どうやら、管理室ってのはここみたいだな」
「そうか…………」

 疲れきった声を出しながら、座り込んでいたスミスがのろのろと立ち上がる。

「で、地図なんてあるか?」
「棚とか引き出しとかの中に有るだろ」

 レンが率先してガラス張りの戸棚を開けようとして、カギが掛かっているのに気付くとためらいも無く刀の柄でガラスを叩き割る。

「………なんか手馴れてきてないか?」
「気のせいだ」
「まあ、こういう状況じゃ仕方ないが………」

 スミスの疑わしげな視線を受け流しながら、戸棚の中のファイルをあれこれ調べ始めたレンをミリィも手伝う。

「これか?」
「間違いないわ」

 ファイルの中から地図を見つけ出したレンがそれをミリィに手渡すと、ミリィはそれを部屋の中央に置いてあるテーブルの上に広げ、持ってきた地図と照らし合わせる。

「現在地がここだから、西から街を出るにはまずここから南に進んで主下水路と合流、そこから西に進んでここのマンホールから外に出る事になるわね」
「オレん家のすぐ傍だな」

 地図と照らし合わせながら、ミリィが進むべきルートを指でたどっていく。

「それならかえって好都合だ。どこかで弾丸を補充したかった所だしな」

ルートを確認したレンが賛同すると、三人は無言で頷き合う。

「日が暮れる前に下水から出た方がいいだろう。すぐに出発しよう」
「出発するのはいいが…………大丈夫か?カタナが使えないんじゃ…」
「なんとかする」

 無愛想に答えながらレンはドアノブを掴み、用心深く開いて周囲を確認する。

「大丈夫だ。行こう」
「うん」
「OK」

 入ってきた時と同じ順番で並んだ三人が、周囲を警戒しながら汚水の中を進む。
 途中ぬかるみに足を取られそうになりながらもしばらく進んだ時だった。

「何だあれは?」

 最初、それはライトに照らし出される白い塊にしか見えなかった。

「クモの巣……じゃ……」

 スミスの言葉は、それに近付いていくと小さくなっていった。
 その巨大なクモの巣のような物の中に明らかに何かが入っている事に気付いたからだった。

「まさか………」

 レンが刀を鞘から抜くと、慎重にそのクモの巣を斬り開く。

「ひっ!」
「うわ…………」

 その中身を見たスミスとミリィが悲鳴を漏らす。
 そこからは、苦悶の表情を浮かべた状態で半ばミイラ化した人間の死体が入っていた。

「………こいつもさっきみたいな変異体にやられた、と見るべきか?」
「……間違いないわ。この状態から見て、神経毒の類で動けなくして、糸で逃げられなくした後に体液をすすられた。クモの捕食パターンに当てはまるわ」
「ちょっと待てよ!人間を襲うなんて、一体どれ位の…」
「!」

 スミスの言葉の途中で、微かに聞こえた物音にレンが素早くホルスターに手を伸ばしながら振り向く。

「な!?………」

 慌ててレンの向いた方向にモスバーグを向けたスミスが、その視線の先にいた物を見て絶句する。
 そこには、全長が2mはある、とんでもなく巨大なクモが天井に張り付いていた。

「こいつか!」

 レンがホルスターから抜いたクーガーDを巨大グモに素早くポイントすると連続してトリガーを引いた。
 放たれた弾丸が巨大グモの体にめり込むと、巨大グモは天井から離れ、レンのすぐ目の前へと落ちてきた。

「くっ…」

 落下の衝撃で跳ね上がった汚水で一瞬視界を塞がれたレンが怯んで後ずさる。
 その隙に巨大グモは弾痕から体液を垂れ流しながらも、上体を起こして口から液体状の何かをレン達に吹き付けてくる。

「何だ!?」
「きゃっ!」
「おわっ!」

 膝近くまである汚水に足を取られながらも三人はなんとかそれをかわす。
放物線を描いて水面へと落ちた謎の液体は、そこで異臭を放ちながら水面に泡を立てて汚水に紛れて流れていく。

「気を付けて!多分神経毒混じりの消化液よ!」
「食らえ!」

 ミリィの忠告を聞きながら、レンはクーガーDを巨大グモの頭部へ向けてトリガーを引いた。
 至近距離から撃ち込まれた9ミリパラベラム弾がコイン程の大きさがある巨大グモの複眼をえぐり、弾き飛ばす。
 肉片と体液を撒き散らしながらも、巨大グモはレンへと襲い掛かろうとしたが、レンは連続して弾丸を巨大グモの頭部に撃ち込み、やがて巨大グモはケイレンしながら仰向けに転がり、絶命する。

「………やったか?」
「油断するな、さっきから他の奴を見掛けない。おそらくはこいつ一匹だけじゃないぞ」
「レン!向こう!」

 ミリィが指差した先から新たな巨大グモが一匹、そして横手から合流していた水路から一回り小さな、それでも全長1mはある巨大グモが天井へと這い出す。

「この野郎!」

 スミスが小さい方の巨大グモへと向けてモスバーグのトリガーを引くが、予想以上に速いその動きに散弾は天井に虚しく弾痕を刻む。

「そっちは頼む!」

 レンは向こう側から現れた巨大グモへと向けてクーガーDを連射するが、残弾の少なくなっていた銃は即座に弾丸が尽きる。

「くそっ!」

 レンは抜いたままになっていた刀を構えるが、膝まである水位とぬめる靴底から斬撃に必要な踏み込みは大きく奪われていた。
(どうする?この状態では居合も刺突も使えない。だが、弾丸を装填している暇も無い…………)

「こなくそっ!」

 向こうでは真上から落ちてきた毒液をかわしながら、スミスがレッドホークを抜くのが見えた。
 横目でそちらを見ながら、こちらへと向けて巨大グモが噴き出した毒液をかわそうとしたレンが何かに足を取られて汚水の中へと後ろ向きに転倒する。

「レン!」
「下がっていろ!」

 近寄って助け起こそうとしたミリィに怒鳴り返しながらも、レンは立ち上がろうとした時、その両手に武器を握り締めたまま手放さなかった事を気付く。

(これだ!)

 レンはクーガーDをホルスターに仕舞うと、立ち上がって素早く巨大グモの背後に回りこむと、突然その背中から抱きついた。

「おおおおぉぉ!」

 左腕で巨大グモの体を羽交い絞めにすると、雄叫びを上げながらその胴体に刀を真横から突き刺した。
 激痛の為か巨大グモは激しく暴れるが、レンは必死にその体にしがみ付きながら刃を捻り、鍔元からせり上げるようにして巨大グモの胴体を斬り裂く。
 力を失った巨大グモの死体が水面に浮かび上がり、その隣にマグナム弾特有の大きな弾痕が穿たれたもう一匹の死体が天井から落ちてくる。

「大丈夫か?」

 上に向けていたレッドホークを降ろしながらスミスが心配そうに聞いてくる。

「なんとか、な」

 全身汚水まみれになったレンが苦笑しながら立ち上がり、刀を振るって鞘へと収める。

「ホントに大丈夫?傷口から毒が入った可能性も………」
「体液はほとんど浴びちゃいない。大丈夫だろ」

 心配そうに聞いてくるミリィに微笑しながら、レンはホルスターからクーガーDを取り出すとマガジンを抜いて弾丸を装填していく。

「幾らカタナが使えないからって、これに抱き着いた方がオレには信じられないけどな」
「他に手が思いつかなかったんだ」

 使った分の弾丸を装填しながら、スミス呆れ顔でレンを見る。

「とにかく、もうすぐすれば主水路に合流するわ。そこからは歩道があるはずだからこれ以上汚れずに済むわ」
「そいつはありがたい」

 地図を確認したミリィがチラリと横目で全身汚水まみれになているレンを見る。
 レンは大して気にした風も無く、マガジンをクーガーDに戻すと初弾を装弾してホルスターに戻した。

「これ以上化け物がいなけりゃいいんだがな」
「さあな」

 その時、先に進もうとした三人の耳に、遠くから何かの雄叫びのような物が届いた。

「何?今の…………」
「クモでもゾンビでもカメレオン男でもねえぞ、ありゃ……………」
「どうやら、平穏には進めないようだな」

 レンは、緊張した顔で行く手に広がる闇を見据えた。


 異臭が漂う下水道の大きなトンネルの中を、そいつは歩いていた。
 そいつの頭の中には、明確でそれでいて唯一の思考のみが存在し、それだけの為に存在していると言っても過言では無かった。
 そいつの目の前に、一体のゾンビが現れた。こちらに気付いて近付いて来るそれを、そいつは唯一の目的である“同種の繁栄”の為の苗床として不適当と判断すると、巨大な拳を振り上げた。
 鈍い打撃音が響いた後、そいつはその場を離れた。後には、原形を留めぬ程にグシャグシャになったゾンビの屍が転がっていた。
 そいつが下水道の合流トンネルに入った時だった。その異様に赤い目に、トンネルの両脇にある歩道を歩く三人の人間の姿が写った。
 その三人はそいつの姿を見つけると、口々に何かを言っていたが、そいつにはどうでもいい事だった。
 目の前にいる若い人間三人を種の為の苗床として適していると判断したそいつは、ゆっくりと彼らに近付き、その黒く変色した右腕を彼らに向けて種の幼体を放出した。
 が、相手の口から進入してその体内を苗床とするはずの幼体は、彼らのすぐ手前で何故か二つに両断されて下水へと落ちた。
 何が起きたのかそいつには理解出来なかった。気が付くと、一番前にいる人間が何時の間にか細長い物を手にしている。
 それが何であったかは知性の失われたそいつの頭脳では考えられなかったが、目の前にいる人間が、危険な存在である事は理解出来た。
 目的を先頭にいる人間の殲滅へと変更したそいつは、巨大な拳を振り上げて彼へと振り下ろすが、その拳は彼が先程までいたはずの歩道の床を砕いただけだった。
 そいつの攻撃を後ろへと跳び退って避けた彼が、手にした細長い物を構えた。
 それと同時に、一番後ろにいた人間がそいつへと向けて立て続けに発砲。
弾丸はそいつの肩と腹を大きくえぐる。
 そいつがひるんだ一瞬の隙を突いて、先頭にいた人間がその細長い物を振り下ろした。
 その一撃で右肩を大きく切り裂かれたそいつに向けて、一番後ろにいた人間が更に駄目押しの弾丸を叩き込む。
 そいつはその体になって以来の激痛に巨大な咆哮を上げる。
 それに驚いた中央にいた人間が短い悲鳴を上げるが、他の二人は油断無く武器を構えたままだった。
 目の前にいる人間達が生命に関わる程の危険性を有している、とそいつは判断すると、一瞬にして、彼らがいたのとは反対の歩道に飛び移り、そのまま逃走した。
 そいつの姿が見えなくなってから、彼らはようやく構えていた武器を降ろした。


「な、何だったんだ、今の…………」

 今まで見た事の無い化け物と戦った緊張から解かれたスミスが脱力しながら呟いた。

「分かんない………人間ベースではあったみただけど……………」

 同じく緊張が解けて脱力しながらミリィが呟いた。

「何でもいいさ、逃げたからにはな」

 刀を鞘に収めながらレンが言った言葉に反論できる程の余力は二人に残っていなかった。

「方向は合っているのか?」
「多分……合っているはずだけど」

 ミリィが方位磁針と地図を交互に見る。その針は少し西からはずれている事を示していた。

「とにかくこっから出ようぜ。二度とあの化け物と出会うのはゴメンだ」
「確かにな。あいつはゾンビよりもヤバそうだ。あの体格だったらマンホールからは出られないだろう」

 その場から離れようと歩き出したミリィがふと何かが落ちているのに気付いてそれを拾った。
 見てみると、それはイニシャル入りのネクタイピンだった。

「おい行くぞ」
「あ、待って」

 特に気にも止めずにミリィはそれを投げ捨てた。それにはW・バーキンと掘り込まれていた。





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