第二次スーパーロボッコ大戦
EP33



すいません、遅くなりまして」
「確かに遅いデ〜ス。待ちくたびれましたネ」

 バーベキューコンロでお湯を沸かして待ちくたびれていた金剛とコンゴウに、セシリアは侘びながらお茶の準備を始める。

「それが聞いてください。あの銀の弾丸とかいうの、私の銀のティーセットを勝手に持っていった物だったんですのよ」
「あら、それは大変だったネ」
「………ダー、まさか銀食器を使っていたとは」
「銀、確か希少性が高い鉱物だったな」
「魔除けに使われるとは聞いた事ございましたけど、弾丸に使われるなんてホラー映画じゃございませんのに」
「似たような物デ〜ス。深海棲艦との開戦初期に色々な兵器が試作されたそうデスけど、銀の砲弾もあったみたいデス。もっとも、経費が高いという事で却下されたらしいデス」
「その試作兵器の最終形態が、艦娘という事か」
「その通りデ〜ス」

 金剛の説明にある仮説を出したコンゴウの問いに、金剛はうなずきつつ、ティーポットから漂い始めた紅茶の芳香を確かめる。

「いい茶葉使ってますネ」
「分かります? ヒギンズのブルーレディですのよ」
「こちらだとたまに配給遅れて困りますネ」
「本物の紅茶を飲むのはこれで二度目だ」
「………リアリ(本物)?」

 蒸らしてほどよく香りを引き出した紅茶が注がれるのを見ながら、金剛とコンゴウが心待ちにする。

「お茶請けまでは用意出来ませんでしたが…」
「茶菓子ならそれっぽいの有ったゾ」
「でもこれは………」
「Oh………」

 エイラとサーニャが船内から持ってきた、ニューヨークから送られてきた極彩色のアメリカ菓子に金剛が思わず顔をしかめる。

「早い所、転移装置という物を起動してほしい所ですわね」
「今ダメージ調査中らしい。人手を帝都から呼ぶ必要もあるかもしれないと聞いている」
「カルナダインは今、艦娘の治療中だから動けないかもナ〜」
「あれでしか治療出来ないんだっけ」
「どこもかしこも忙しい事デ〜ス」
「ダー、ヤーも含め、武装神姫でプリェドストロージノスチ(警戒)をしこうという案もあります………」
「ISも専用機は全部要修理状態ですしね。本国から技術陣を呼びたい所なのですけれど、呼びようもないですし」
「それはこちらも一緒、工廠までは用意してもらえないデ〜ス」
「私らもしばらくここにいる事になりそうダナ」
「502の人達と合流したい所だけど、ここの戦力大分落ちてるみたいだし」
「足りない物だらけか」

 紅茶をたしなみながら、全員で現状を確認した所で、コンゴウがある事に気付く。

「紅茶をもう一人分用意できるか」
「はい? 一応カップはまだありますけれど」
「誰かゲストですか?」
「来た」

 そこへ、タラップを登ってイオナが姿を表す。

「あらイオナさん。千早艦長はご一緒じゃありませんの?」
「群像は事後処理が忙しい」
「そのキュートガールは?」
「霧の401のメンタルモデルだ」
「私はイオナ、そちらの金剛もこちらのコンゴウも先程は助かった。ウィッチの人達も」
「オゥ、深海棲艦と戦うのは艦娘のワークね」
「なかば成り行きでな」
「こっちは前も色々有ったからナ」
「人的被害が少なくて何より」

 例を述べるイオナに、金剛と皆はそれぞれ応える。

「それで、一つこちらのコンゴウにお願いがある」
「何だ401」
「私達は今度の戦いで弾薬をほとんど使い果たしている。修理と補給の関係上、数日中には帝都に戻る事になる。だから、しばらくコンゴウにここの警備を頼みたい」
「別に構わない。どこかに行くアテもないしな」
「け、警備って、この戦艦でですの?」

 イオナの突然の提案を軽く了承するコンゴウに、セシリアはティーカップを手にしたまま、背後にある巨砲を思わず見つめる。

「オイ、さすがに大丈夫カ? こいつの世間知らずは果てしないゾ」
「知ってる」
「皆でサポートすれば何とか………」
「サーニャがそう言うのナラ………」

 エイラがものすごく嫌そうな顔をするが、イオナは表情を変えず頷き、サーニャの言葉にエイラは大人しく従う事にする。

「戦艦、しかもISを遥かに上回りそうな超技術戦艦がIS学園を警備するなんて、本国、いえこちらの世界のどの国でも大問題になりそうですわ………」
「ここは違う世界だから、ノープロブレムね。それなら、私達もガードするね」
「………オーナー、ヤーも手伝います」
「艦娘の方々も? それはそれでありがたい所ですけれど、補給はどうなさいますの?」
「パリで準備中だったはずネ」
「それも運んでもらう必要がある。現状で短時間移動出来るのは、カルナダイン一隻しかない」
「問題が山積みですわね………ISが無事なら、東京くらいになら行けそうなのですけれど」
「そちらの装備だと、大規模搬送は無理。できるのは私だけ」
「それはそうなのですけれど………」
「ダー、全ては転移装置が起動するまでの間。物資が補充出来れば、問題は解決するはずです………」
「失礼ですけれど、本当にうまくいくんですの?」

 エスパディアの断言に、セシリアは首を傾げる。

「それは私も確かめた。送ってきた西暦2301年ではありふれた技術だそうだ」
「………本当に色々な技術が溢れてますわね」

 ため息をつきつつ、セシリアは手にした紅茶を飲み干すしか出来なかった。



「ありがとうございました」

 一礼をしながら保健室から鈴音が出てきたのを、通りがかったはさみ達が見かけて声をかけた。

「お疲れー、ってえらい状態ね」
「やはり、先程のゼロ距離砲撃は無茶しすぎだったのでは」

 保健室から出てきた鈴音の姿、顔や体のあちこちに絆創膏や包帯だらけなのを見て、はさみとあかりが呆れ加減になる。

「うっさいわねー。それなら、もうこっちの面子に散々言われたわよ。擦り傷ばっかだから、そのうちに痕もなく治るわ」

 言われた鈴音も憮然とした声で応じる。

「ISって保護フィルードある筈なのにそれか。科学力の通じない相手ってのも厄介だったな。私達にもっと移動手段があれば」
「バーニアやホバーじゃなく、本当の飛行ユニットじゃないと厳しいよ」

 のずるのぼやきに、はさみが苦笑。

「あれ、そう言えばあのシスターさん、傷を治す超能力持ってるって言ってなかったっけ?」
「彼女なら生徒会長達の治療した後、時差ボケでダウンしてるわよ。そうだ! あんた達、どっかに桃の木生えてるの知らない?」
「「「は?」」」

 鈴の問いかけにはさみ達は一斉に首を傾げる。

「科学が無理ならオカルトよ。桃剣作って甲龍に装備させてみるのよ」
「桃剣?」
「ああ、昔のホラー映画にそんなの使ってたな」
「映画じゃなくて道術よ。れっきとした宗教だから」
「ISにあうサイズのが作れるほどの桃の木か〜。あったっけ?」
「園芸部の方に聞いてみてわ?」
「IS学園じゃ生えてた覚えないのよね」
「そもそも、ISのパワーに木製品が耐えられる物なのか?」 
「コーティングなり芯通すなりやってみるのよ。箒やラウラが多少でも深海棲艦相手に効果出したなら、私もやってみせないと。あ、あともち米と雌鳥の血もいるわね」

 勢いづけて語る鈴に他の面子は顔を見合わせる。

「もち米なら厨房にあるかもしれないけど」
「雌鳥はさすがに………」
「これはあれか一夏君に良いとこ見せようって魂胆か」
「他の子に先越されそうだから、って事ね」
「恋する乙女は必死だ」

 交わされる会話に鈴音の顔はみるみる赤く染まっていく。

「別に動機はなんだっていいでしょ! 他の専用機持ちより先に見つけたいから手伝いなさい」
「まー効果出そうなら手伝うけど」
「他にそこまでやる人いるの?」
「とりあえず園芸部探すか」
「雌鳥はイヤよ」

 少し後、結局桃の木が見付からず、食堂に有った桃の実から取り出した種を何とか急速栽培出来ないか訪ねて歩く鈴音の姿が見受けられた。



「はあ………」

 心身ともに異常な徒労感を感じつつ、箒はシャワールームに入る。
 損傷した紅椿と白式の修理を何故か異常なまでにハイテンション状態の姉に頼み、整備科の生徒達がどのISも要修理状態なのに悲鳴を上げているのを横目で見つつ、何とか体に纏わりついた汗だけでも流そうとここまで来た箒は、ノロノロとした動きでISスーツを脱ぐと個室ブースへと入る。

(私自身の負傷は大した事は無い。紅椿の性能のお陰だ。だが………)

 零神との試合の事、そして深海棲艦との戦闘の事、色々な未熟さをまとめて思い知らされ、シャワーを浴びながら拳を握りしめ、唇を噛みしめる。

「私は、まだ紅椿に頼りすぎている………」

 浴びているシャワーの温度すら感じない程に自戒する箒は、シャワールームに誰か入ってきた事にすら気付かなかった。

「あれ、箒ちゃん?」

 声を掛けられた事に驚いて振り返った箒は、そこに音羽の姿を見つける。

「あ、音羽さん………怪我の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫、大した事無かったし」
「シスターエリカに治してもらったしね〜」

 体の各所にバンソウコが見える音羽が手を振って答え、頭上にいるヴァローナがタオルを掲げつつ呑気に呟く。

「箒ちゃんこそ大丈夫?」
「あ、はい。紅椿の素体が頑丈だったんで」
「それはよかったね〜。ゼロはしばらく修理に掛かりそうだよ」
「最後の一撃がまずったよね〜」

 話しながら、箒の隣のブースに入った音羽がシャワーを浴びつつ、ぼやく。

「音羽さんは、その、大丈夫なんですか?」
「何が? ああ深海棲艦の事?」
「まあ、それもありますが………」
「さすがにあんなにキモいのは前回いなかったしね〜」

 音羽の足元で自分もシャワーを浴びているヴァローナに箒は何かを言おうとするが、言葉に詰まる。

「前回の時は機械みたいなのが多かったからね。ソニックダイバーが戦っていたのはワームって言って、海棲生物に似たナノマシン集合体だし」
「それは聞いてましたが………」
「あんなに派手にゼロ壊されたの、ネスト、ああワームの本拠地ね。そこでの決戦以来かな?」
「あんな戦闘を何度も?」
「まあね。死線ってのも何度か有ったし」
「デア・エクス・マキナの時よりはマシかな〜」

 さも平然と応える音羽に、箒は改めて戦歴の差を思い知る。

「あの試合の時の最後の戦法、あれは?」
「あああれ? 坂本さんに教えてもらったの、秘策だって」
「サムライ少佐に?」
「うん。最初、対人戦闘だと太陽を背負った方が有利だって言われたんだけど、偏光補正掛かったら意味が無いんじゃって聞いたの。そうしたら、機械はスグに切り替えられるけど、生身の目はそうはいかないって」

 音羽の説明に、箒は思わず生唾を飲み込む。

(絶妙な飛行軌道、太陽と重なる一瞬、そして偏光補正がかかり、それを認識出来る僅かなタイムラグとそれに合わせたエアブレーキ。どれか一つがずれても成功しない、完璧なタイミングだった。私にはとても真似出来ない………)

 教えられた戦法とは言え、それを完璧なタイミングで実行した音羽の技術に、箒は更なる差を突きつけられた気がして、熱いシャワーを浴びているはずが、体に震えが走る。

「そう言えば、結局試合はお流れだね」
「いえ、あの時点で決着は…」
「あはは、もう数秒あった、ら………」

 そんな箒の気も知らず、何気にこちらを覗いてきた音羽が、なぜか硬直する。

「音羽さん?」

 思わず声をかけた所で、音羽がその場で崩れ落ちる。
 一瞬驚く箒だったが、直後に音羽が呟いた言葉に今度はこちらが硬直した。

「負けた………なんて物量差………ソニックダイバー隊総力でも勝ち目が無い………」
「は………!?」

 その言葉の意味、箒に取って悩みのタネでもある、無駄に成長著しい胸を箒は慌てて隠すように抱え込む。

「ど、どこで判断してるんですか!?」
「あ〜、確かにこれは勝ち目無いね〜」
「貴方も!」

 いつの間にか箒の足元に来ていたヴァローナも上を見上げて音羽に同意するが、箒は真っ赤になって怒鳴り返す。

「同じ剣術使いでも何が違うんだろう………栄養?」
「こ、これは勝手に成長してるんです! 下着がすぐ合わなくなって苦労してるんです!」
「へ〜………そうなんだ………」
「オーニャーは半年前と全く数値変わってないね〜」
「そうだね〜………」

 虚ろな声で呟く音羽と、真っ赤になって喚く箒、最早試合の結果なぞ、二人にとってはどうでも良くなっていた。



同日深夜 学園のとある会議室

「取り敢えず、大体の被害状況が判明しました」

 無理をしすぎて安静判断が出された姉に代わり、報告に来た簪の提出したレポートに、その場にいる者達は目を通す。

「前回に比べたら、施設への被害は少ないようですわね」
「海上からの攻撃に対し、防衛を徹底したからな」
「生徒の子達も頑張ってくれたよ」

 目を通しながらのどりあの言葉に、美緒と加山が続く。

「問題は、装備の方か」
「それも、かなり特徴的だ」

 千冬と嶋は、レポートに書かれていた装備品の被害に顔を曇らせる。

「何か、随分と極端ですね」
「仕方ないわ」

 パンツァーとISの損害報告に、奇妙な開きが出ている事を群像は指摘し、周王はその理由に気付いていた。

「前回、我々が遭遇した戦闘では、ウィッチや光の戦士達の持つ、魔法力などと呼ばれる生体エネルギーによる攻撃が、ナノマシンの類いに大きな効果が有る事が確認されてました。しかし、今回だとそれが逆転しています」

 周王の説明に、皆が注目する。

「イエス、深海棲艦の攻撃に、普通の兵器は対抗できないネ」
「それはよく思い知った。特に前線に出ていた者達はな」
「ああ、これは根幹的技術の違いだ」

 金剛の肯定に、千冬と群像は更に顔を曇らせる。

「現状問題として、今この学園の防御力は極めて低下していると言える。特に今回はISのダメージが大きすぎる」
「負傷者も多く出ています。重傷者は少なくて済みましたけれど………」
「ミサキに至っては、戦闘後に眠ってまだ目を覚まさない。まあ、あれは使ったら一晩は目を覚まさないのは身を持って知っているが」
「使った事あるんですか………」

 美緒と簪の説明には、更に状況の深刻さを物語っていた。

「幸い、こちらのコンゴウがしばらく常駐して警備に当たってくれる。すぐの襲撃は無いと思いたいが、彼女なら何かあってもそれなりに対処は可能だと思います」
「確かに、あの戦闘力は目を見張る物が有った」

 群像の提案に嶋は頷くが、周王がある懸念を話す。

「けど、メンタルの問題が有ります。彼女はメンタルモデルを形成してからの経験が浅く、判断能力に疑問が少し………」
「確かに」

 コンゴウの精神的問題をよく知る群像は、思わず項垂れる。

「しばらく、エイラとサーニャにも滞在してもらおう。霧のコンゴウとある程度交流があり、経験からの助言も可能だろう」
「正直、数日間とはいえ、あの三人でよくうまくやってたと思うけど………」

 美緒の提案に、周王はわずかに苦笑。

「早ければ、我々は数日中にも帝都に向けて出港したい。現状では、401での戦闘は不可能だ」
「だとしたら、護衛を付ける必要があるか?」

 群像の提案に、嶋も考え込む。

「すいません、遅れました」

 そこへジオールも姿を表した。

「トゥイー、そちらはどうなっている?」
「はい、RVの損傷はビックバイパーは軽微ですが、ロードブリティッシュは数日掛かりそうです。ジェイドナイトとファルシオンσは現在でも戦闘可能ですが」

 美緒の質問に、ジオールの返答を聞いた嶋がある提案をする。

「なら、戦闘可能な機体を401の護衛にあてるべきか? RVならばある程度自由な対処も可能だろう」
「だが、もし今回のような特殊な敵が現れたら………」

 嶋の提案に、千冬が何色を示す。
 だが、続けてジオールからある情報がもたらされた。

「その事なのですが、つい先程G本部から連絡が有りました。今回の戦闘を重く見た本部は、追加人員として専門家の派遣を決定したそうです」
「専門家?」
「Gという所にはエクソシストでもいるのかしら?」
「いえ、退魔武者とヴァンパイアハンターだそうです」

 思わず問い返した群像とどりあだったが、ジオールからの説明に、全員が顔を見合わせる。

「随分と人材豊富だな」
「いえ、それがどちらも最近スカウトされた方で、私も直接の面識は………」
「はっはっは、それを言うなら華撃団も似たような物だからね〜」

 千冬が思わず呟いた事に、ジオールもとまどうが、加山は笑って受け流す。

「この際、使える人材なら少し変わった職業でも構わん。事態は切迫している」
「それもそうですわね。お化け退治の専門家なんて、さすがにここの生徒にも教師にもおりませんし」

 嶋がいささか渋い顔をし、どりあも思わずため息をもらす。

「まさか、オカルトに頼る事になるとはな………」
「仕方ありません。私達では対処出来なかったのは事実です………」

 群像も呆然と呟き、簪は深海棲艦相手にほとんど何も出来なかった事を思い出す。

「そうだな、その追加人員が来た所で…」

 美緒が会議を締めようとした所で、突然会議室にブザーが鳴り響き、室内に有った大型ディスプレイにクルエルティアが映し出される。

『緊急連絡! 今入った情報ですが、ヴィルケ中佐率いるウィッチ隊が新たな未確認の敵と接触、交戦した模様!』
「何だと!?」



「チェックリスト回して!」
「ケーブル足りない〜」
「ナノリキッド余ってない!?」
「うええ、徹夜だ〜」

 整備ブースで東方帝都、IS学園双方の生徒が協力して破損したISの修理に当たっていたが、予想以上のダメージ+修理速度最優先の指示に、誰もが文句を言いながらも、徹夜必至の作業に一生懸命に当たっていた。

「ふんふん、そうなるんだ〜」

 そんな中、少し離れた整備ブースで鼻歌交じりに白式、紅椿を両方同時に修理しながら、ダメージ状況の詳細をチェックしている束が、それに401で収集したデータを重ねていく。
 たった一人で生徒達の数倍以上の作業をこなしていく束だったが、普段なら後学のために見物の生徒が寄ってくるが、あまりの忙しさに誰も寄ってはこない。
 のはずが、一人の人影が束の背後に立った。

「束様」
「あ、クーちゃん。そっちの首尾は?」
「実況室からの戦闘記録データ、無事回収しました」

 束のアシスタント的存在のクロエ、ただしその姿はIS学園の制服姿で、彼女専用IS、黒鍵の特性である幻影を利用して髪や顔を変装したまま、報告を続ける。

「感知された電子機器の異常の件ですが、ECMの類いとはまた別のようです。学園内システムを数度スキャンしましたが、若干のダメージは有る物の異常は感知出来ず、“枝”や“虫”も発見出来ませんでした」
「多分、深海棲艦の特性の一つだね」
「それと気になる事が。先程行われていた指揮官クラス会議で、何らかの動きが有ったようで、何か騒がしいのです。探りましょうか?」
「いいよ、聞いたら教えてくれるだろうし。ちーちゃんは嫌がるかもしれないけど」
「分かりました」

 作業の手を一切止めず、クロエが持ってきたデータを更に加えて解析を進める束だったが、そこでふとクロエの方を見る。

「なかなか似合ってるよ〜、それ。何なら今から編入する?」
「いえ、これは変装用で………」
「そう? 姉妹で勉強するのもいいかもよ?」

 本気か冗談か判断しかねる(普段の事だが)束に、クロエは困惑の表情を浮かべる。

「オ〜イ、差し入れダゾ〜」
「コーヒー持ってきました」

 そこへ、エイラとサーニャがカートでコーヒーを入れたポッドと差し入れの菓子(駆逐艦娘達が食べようとしなかった無駄にカラフルなアメリカ菓子)を持ってくる。

「助かる〜」「こっちもこっちも!」
「いっぱいあるから、好きなだけ持ってケ」
「周王さんくらいしか飲まなくて、全然減らないし」

 疲労していた生徒達が、我も我もとコーヒーと菓子に群がる。

「あ、クーちゃん私達の分も」
「いえ、流石に他の生徒に正面からは」
「皆手元に夢中で見てないって」

 変装しているとはいえ、実在しない生徒の姿を見られるのはまずいと判断するクロエだったが、束の指摘通り、他の生徒達はコーヒーと菓子を受け取ると、そそくさと作業に戻っていく。
 一段落付いたらしいのを確認した所で、クロエがウィッチ二人の元へと近寄る。

「あの、こちらももらえますか? 二人分」
「二人と言わず、いっぱい持ってケ」
「コーヒー、まだ有るからここに置いてくから」

 紙コップに入ったコーヒーとジェリービーンズを渡すエイラと空になったポッドと入れ替えに保温ポッドをカートの上に出す。

「徹夜作業になるんダロ? まあ私らもこれから夜間哨戒だけド」
「それは大変ですね」
「私はいつもの事だから」

 怪しまれないように世間話をするクロエだったが、そこでエイラがクロエの方を見て首を傾げる。

「お前、どこかで見たナ」
「いえ、初対面ですけど………」
「じゃあ姉妹か誰かかナ?」
「人違いじゃ………」

 エイラの突然の指摘に、クロエは最大限の警戒をしつつ、お茶を濁す。

(馬鹿な、顔も髪も瞳も完全に変えているはず。ましてや、彼女がラウラと接触したのは戦闘時の僅かな時間だけ、どういう事だ!?)
「あ〜、ひょっとしてアレじゃね?」
「パラレル存在って奴?」

 内心動揺するクロエだったが、それを見ていた僚平(コーヒー三杯目)と手伝いに来ていた杏平(ジェリービーンズ貪り中)が苦笑する。

「確か、紅椿乗ってた子の先祖がウィッチにいるって話だし、その子の先祖か子孫がどっかにいるんじゃね?」
「こっちのコンゴウとあっちの金剛、性格真逆だしな〜。パラレルワールドってほんとスゲエ」
「はあ、そうなんですか………」

 二人の仮定が意外な助け舟になった事に、クロエは相槌を撃ちつつも内心胸を撫で下ろす。

「バウバウ!」
「おっと」
「何ダ、このぶさいくな犬?」
「エイラ、それは失礼」

 一安心した所で、どこから紛れ込んだのかクロエの足元で吠えるチロに、皆が驚く。

「お前のペットか?」
「いえ、東方帝都学園に住み着いている野良犬だそうです」
「それにしては、なついてるみたいだけど」

 クロエの足に絡みついていくるチロに、エイラとサーニャが首を傾げる。

「あ、オレ聞いてる」
「こういう事だろ」

 僚平と杏平が頷くと、手にしたジェリービーンズを足元に弾く。
 途端にチロは猛ダッシュでそちらに行くと、床に落ちたジェリービーンズを一口で飲み込む。

「すげえ食い意地の張った犬なんダナ」
「餌さえもらえりゃ誰でもいい犬ってこいつか」
「見るからにな」

 更なるおかわりをもらおうと今度はそちらに絡むチロに、皆が苦笑。

「さて、そろそろ続きだ」
「部品足りるか?」
「エイラ、私達もそろそろ」
「おっと、じゃあ時間だから行くナ」
「お気をつけて」

 修理に戻る僚平と杏平に、夜間哨戒に出ようとするエイラとサーニャをクロエはそれぞれ見送る。
 姿が見えなくなった所で、ようやくクロエはため息を漏らした。

(要注意人物が増えた………ますます仕事がやりづらくなる………)
「バウバウ!」
「貴方も少しあげるから寝床に戻りなさい」

 再度こちらに絡んできたチロに夜食の一部を分け与えながら、諜報活動にはそれなりに有った自信が削れていくのを感じつつ、クロエは束にその件をどう報告すべきか悩みながらもコーヒーを持っていく事にした………



「ん………」

 ミサキが目を開き、見覚えの無い場所にいる事に気付く。
 半ば反射的に状態と武装を確認しようとするが、そこで何故自分が見覚えの無い部屋で寝ていたかを思い出す。

「医務室………」

 状況を確認しようと顔を横に向けた所で、ベッド脇のデスクに置いてあるクレイドルに寝ているアーンヴァルの姿を見つける。

「うにゅ…う、ううん……、あ、おはようございます、ミサキさん」
「アーンヴァル、戦闘はどうなったの?」
「大丈夫です、艦娘の方々の活躍で、無事深海棲艦は撃退出来ました」
「そう………」
「今マスターを呼んできますね」

 そう言ってクレイドルから起き上がったアーンヴァルが小さな足音を立てながら医務室から出ていく。

「おはよう、気分はどう?」

 そこで隣から掛けられた声に、ミサキが体を起こしてカーテンを開けると、隣のベッドにいる楯無の姿が有った。

「おはよう、取り敢えずは大丈夫」
「お互い、派手にやられたわね」
「ええ」

 二人そろって医務室泊まりだった事に苦笑。

「う〜ん、プリンもっとおかわりです………」
「まだ誰かいるの?」
「シスターが時差ボケで寝てるわ」
「そろそろ違うボケが入ってきてるようね………」

 楯無の隣から聞こえてくる呑気な寝言に、ミサキは誰かに似てる事に笑みを浮かべる。
 そこへ美緒がアーンヴァルとともに姿を表す。

「お、大丈夫かミサキ」
「なんとかね。前とは立場が逆になったわね」
「違いない」
「坂本少佐もあのドラッグ使った事が?」
「まあな」

 思わず問う楯無に、美緒は笑って肯定する。

「ともあれ、戻る前に意識が戻ってよかった」
「戻る? 帝都に?」
「ああ、状況が急変した」

 美緒の一言に、ミサキと楯無の顔が同時に引き締まる。

「アーンヴァル」
「はい、昨夜届いた情報です。ウィッチの方々の世界で、また未確認の敵が確認されました」
「特徴は?」
「ストラーフからの情報だと、ナノマシンの集合体らしいのですが…」
「ですが?」

 口ごもるアーンヴァルに、楯無が不審に思う。

「何でも、その敵は人間が制御していたらしい。しかも、その敵を倒すと、制御していた者も一緒に消えてしまったそうだ」
「何ですって!?」
「それに、その制御していた者も改造されていたとか………」

 美緒の説明に思わず楯無は声を荒げ、続いてアーンヴァルが送られてきた映像を医務室に設置されていたディスプレイに表示させる。

「ひょっとして、これはスレイブシステム………」
「知っているのか!?」

 ぽつりと呟いたミサキに、美緒が驚く。

「レポートを読んだ事が有るわ。ある惑星国家で開発されていた、マン・マシンインターフェイスとナノマシン技術の集合体。使用者の体其の物を媒介とし、瞬時に形成出来るナノマシン兵器。けど、肝心のナノマシン活性化が成功せず、頓挫した計画よ」
「詳細は分からんが、つまりは存在しないはずの兵器か」
「ええ、それが成功した世界、つまりはナノマシン技術に関しては私の世界よりも上の技術を持つ世界が関係している可能性が高いわ」
「………厄介ね、色々な意味で」

 余りに残酷な兵器に、楯無の顔色も変わる。

「つまりは、制御者自身も使い捨てにするナノマシン兵器、そんな物が存在する世界が有るって事なのね」
「ええ………」
「その件で、一度本国に戻らねばならん。実はもう直出発する所だった」
「そう、引き止めて悪かったわね」
「いや、目を覚ましたのを確認してから行きたかったからな」
「それで私がいたんですよ」

 アーンヴァルが枕元にいた理由に、ミサキは心配を掛けた事を自覚する。

「何はともあれ、今日は一日休め。学園の方にも話は通してある」
「でも、貴方がいなくなるならやる事は色々…」
「あれを使った後の事はよく知っているからな。無理はするな。そちらの生徒会長もだ」
「サムライ少佐がそう言うのなら、そうするしかないわね」

 そう言って楯無はベッドに再度横になる。

「あとミサキ、復調したら宮藤博士が話があるそうだ」
「う………」
「確か、ストライカーユニットの開発者だっけ?」
「そして、サイキックブースターの廃止論の中心人物よ」
「あら〜………」

 ミサキが口ごもるのを見た楯無が愛用の扇子で口元を隠しつつ、苦笑する。

「酷い時はシスターエリカに頼め。私はそろそろ行かねばならん」
「なるべく詳細情報を調べてきて、あとこちらのエリカに、スレイブシステムの調査の依頼を」
「分かった」
「それじゃあお大事に〜」

 クレイドルをしまい込む美緒の肩でアーンヴァルが手を振りつつ、二人は医務室から急いで出ていく。
 残されたミサキと楯無はしばし無言。
 やがてミサキが口を開く。

「休めるのは、今日だけね」
「ええ、次の襲撃がすぐ無いといいのだけど」
「前回、JAMは直接手を出してこなかった。何か出せない事情が有ったのかもしれないわ」
「あちこちに手を出して、手が足りないのかもしれないわね」
「だとしたら、今どこまで手が伸びているのか………」

 ミサキは呟いた後、自らもベッドに横になる。

「本当にやらなければいけない事だらけね」
「ええ、今やるのは休んで癒やす事」
「そうしましょう」

 同じ結論の二人は、起きたばかりだが目を閉じる。
 だが、双方眠りが訪れそうには無かった………




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