第二次スーパーロボッコ大戦
EP35



少し前の異なる世界 ある機密施設

「脈拍上昇! 脳波急変動してます!」
「鎮静剤を!」
「効果有りません!」
「これは、どう処置すればいいんだ!?」

 幾つもの最新機器に囲まれた一室で、白衣姿の者達が緊急処置に追われていた。
 それだけなら病院のERとも思えたが、問題はその処置が施されている相手の状態だった。

「細胞変質確認! 体組織が順次、異質な物へと変化しています!」
「表皮変色拡大! 瞳孔にまで広がってます!」
「これは、細胞じゃない! 遺伝子レベルの変質!?」

 処置が施されている者が、自分達の持つ知識の外、全く違う存在へと変貌しつつあるのを、白衣姿の者達は愕然と見ていたが、それをどう処置すればいいのかを知る者は誰もいない。

「これ以上は危険です! もしこれが最終段階にまで到達したら、この子は…」
「分かっているわ」

 慌てる者達の中央、処置の指揮を取っていた短い金髪の女医が、目つきを鋭くする。

「あの人に繋いで。助言を仰ぐわ」
「しかし………」
「これは、私達の世界ではどうする事も出来ない。彼女の知識を借りるしかないわ」
「分かりました」

 室内に設置されたターミナルが、別室にいる人物へと繋がれる。

「申し訳ありません、教授」
『データはこちらにも来ているわ。難しい状態ね』
「私達には、どうすればいいか分かりません。貴方の見解をお聞かせください」
『変質、彼女が彼女でない何かになってきている。それは間違いないわ。これとは違うけれど、似たような現象を知ってるわ』
「本当ですか!?」
『その時は暴走だったけれどね。けど、データを見る限り、状況は逆。彼女自身の暴走を、彼女がまとっている物がかろうじて抑え込んでいる。ならば、それを強化するしかないわ』
「どのようにして………」
『私が直接やります』
「ですが…!」
『これは私にしか出来ないでしょうから………』



AD1929 フランス テアトルシャノワール

「エリカ・フォンティーヌ、只今戻りました!」
「お帰りと言いたい所だけど、仮にも隊長なんだから、そうホイホイとあちこち行くのは歓心しないね」
「だが、今回は艦娘達の要請も有ったからな」

 支配人室に帰還の報告に来たシスターエリカに、グランマは顔をしかめ、同席していたラルは吐息を漏らす。

「すいませ〜ん、あっちで教会建てたりとかしてきたんで」
「結構忙しかったよ。拝んだり拝んだり拝んだり」

 シスターエリカの肩でアルトアイネスも報告するが、その内容は一つだけだった。

「一体何してきたんだい………」
「隊長という物は、もっとどっしりと構えていた方がいいぞ。下に示しがつかんからな」
「えと、それはそうかもしれませんけど、体が勝手に動くと言うか」
「ま、私のように不用意に動けないのも問題だがな」

 グランマは呆れ、ラルはそれとなく隊長の心得を説くが、脳天気なシスターエリカに思わず苦笑する。

「それで、あちらの方はどうなんだい」
「はい! 壊れた所も大体直って、皆さん元気です! ただ…」
「ただ?」
「何人か、寝れないとか悪夢を見ると言って教会に来てた子がいまして」
「さすがに、アレの相手はきつかったようだね」
「ウィッチも新人の頃はたまに聞く。慣れてもらうしかないな」

 深海棲艦との戦闘風景を思い出したグランマとラルが小さく唸る。

「マスター、PTSDは後々に影響が出る可能性が有ります。向こうにカウンセラーなどはいるのでしょうか?」
「PTSD? 未来ではそういうのか」

 肩にいたブライトフェザーの指摘に、ラルが小首を傾げる。

「それが、加賀さんがなんでもいいから拝む物を用意するのも対策とか言ってました! 教会の隣にはニホン風の神社?というのが建ってましたし」
「神頼みって訳かい。まあ間違っちゃいないが」
「それでシスター連れてったという事か」
「あ、あちこち浄化作業とか言って祈っても来ました!」
「どうにもそっちがメインだったみたい。艦娘なら艤装が防護してくれるとかどうとか」
「ネウロイでも似たような事はあるな。そこまで極端ではないが………」
「やれやれ、どうやら相当ややこしい敵のようだね………」
「前回は数も少ないし、アレ程の強敵もいなかった。ただ、次がそうとは限らない」
「そうそう、小型転移装置届いたから、今降ろしてるって。あれが起動すれば、なんとか霊子甲冑くらいなら送れるかも」
「そうなったら、いつでもトウキョウの大神さんの所遊びにいけますね♪」
「緊迫感のない隊長だな………」

 今後を考えるグランマとラルを差し置き、どこか浮かれてるシスターエリカにラルは心底呆れるしかなかった………



「はあ………はあ………」

 暗闇の中で、自分の呼吸音だけが大きく聞こえる。
 手にした刃はひび割れ、機体もひどく重い。
 暗闇の中から襲ってくる敵に、幾度となく刃を振り下ろすが、鈍い手応えこそすれど、相手は再度襲いかかってくる。
 そして、限界に達したのか突然機体が動かなくなる。
 必死になって動かそうとする中、敵は白い顔に笑みを浮かべ、猛烈な勢いで襲いかかってくる。

「うわあああぁぁ!」

 自分の絶叫で目覚めた箒は、そこが見慣れない部屋、イー401の船室だと気付き、ようやく先程のが夢だと悟る。

『箒ちゃん、大丈夫!? すごい声聞こえたけど!?』

 ドアをノックしながら、隣室の音羽が声を掛けてくるのを箒は寝巻きを整えてからドアを開ける。

「す、すいません。驚かせてしまいました。少し悪夢を見まして………」
「本当に大丈夫?」

 バツの悪そうな顔の箒を、音羽は心配そうに見る。

「さすがにあんなのの相手はきつかったかな〜?」
「まあ、ゾンビみたいだったのは確かだけど………」

 音羽の頭上で寝ぼけ眼のヴァローナが呟き、音羽も少し唸る。

「もう大丈夫ですから」
「でも、昨日もうなされてなかった?」
「いや、その………」

 音羽の指摘に、箒は言葉に詰まる。
 事実、毎晩の様に悪夢にうなされているのは確かだった。

「音羽さんは、平気なんですか?」
「まあ、色々有ったから………私でよかったら相談に乗るよ?」
「そうですね………」

 心配させた事に申し訳なく思いつつも、箒は素直に音羽の親切に頼る事にする。

「取り敢えず、着替えて何か飲み物でももらってこよう。寝汗すごいよ?」
「場合によっては、鎮静剤が必要かもね〜」
「はあ………」

 大人しく音羽の言葉に従い、着替えた箒は音羽と共に食堂エリアに向かう。

「え〜と、こういう時はハーブティーとかがいいって聞いた事あるけど、有るかな?」
「そこまで気を使ってもらわなくても…」

 食堂の扉を潜った所で、なぜかそこにいた束と鉢合わせる。

「姉さん、こんな時間に何を…」
「ん〜? ちょっとお腹空いたから夜食をね〜」
「つまみ食いなんて怒られますよ………そもそもこの船出港してから、部屋に戻ってるの見てないんですけど?」
「あはは〜、そういえばずっとカーゴエリアにいたからね〜。他の子の機体も見せてもらったし」
「ゼロに何かしてませんよね?」
「大丈夫だって。データは色々見せてもらったけれど。さあ続き続き」

 勝手に有った食料を物色した束が平然と食堂を出ていく。

「なんかその、すいません」
「見るくらいだったら構わないけど………」
「すごいマイウェイな人だね………」
『まったくだわ』

 束が出て行くのを呆然と見送った音羽と箒の正面にパネルが現れ、そこに呆れ顔のタカオが映し出される。

「あ、タカオさん」
「夜分にお騒がせして申し訳ない」
『構わないわよ。艦長からもある程度の行動は好きにさせていいって言われてるから。さっきの人は別にして。カーゴエリアのスキャンたまにおかしくなるから少し注意した所よ』
「……姉がご迷惑をおかけしてます」
『貴方が気にする事じゃないわ。それよりも自分の事を気にしてなさい。ライフデータ、昨日よりも悪いわよ』

 箒が頭を下げるのをみて、タカオはため息をつく。

「箒ちゃん、少し夢見が悪いみたいで。ハーブティーか何かってあります?」
『さすがにそんなのはないけど、いおりがたまに安眠用ってホットミルク飲んでたわね。牛乳ならまだ冷蔵庫に在庫あるわ』
「すいません。それじゃ少しいただきます」
『それぐらいで礼を言われる程じゃないわよ。それ飲んで早く寝てしまいなさい』
「はい」
「そうします」
『それじゃ、あと宜しく』

 タカオのパネルが消えると同時に、彼女が操作したのか冷蔵庫の扉が開きそこに並ぶ長期保存パックに入った牛乳が現れる。

「それじゃすぐ準備するから、箒ちゃんはちょっと待ってて」
「すいません音羽さん」

 取り出した牛乳をカップにそそぐ間、音羽は箒の表情が先ほどまでとまた違う不安を浮かべているのに気づく。

「はいどうぞ」
「どうも」

 カップを手に音羽とそれを受け取った箒が席へと座る。

「気になってたんだけど、ひょっとしてお姉さんとうまくいってない?」
「その、恥ずかしながら色々と有りまして」
「あんな性格だから、って訳じゃなさそうだけど………」
「………私が小学校の時、姉がISを開発し、コアを造れるのが姉だけだと知った政府は、保護プログラムと称して、私達家族を何度も転居させたんです。私は友人に手紙を書くことも許されず、ただ姉のした事のためだけに日本中をあちこちと移動させられて。IS学園にも半ば強制で入学させられました。けど、そこで一夏と再開出来たのは予想外でしたけど」
「そっか、そうだよね。大人はこちらの都合なんて聞いてくれないよね」
「………そちらでも何か?」

 音羽の言葉に、何か含む物を感じて箒は、思わず聞き返す。

「弟がいたんだ、双子の。けどある日、突然いなくなっちゃったんだ」
「それは………」
「私は何度も、弟は妙な光と共に消えたって大人達に訴えた。けど、誰も信じてくれなかった。真実を知ったのは、ソニックダイバー隊に入って、ワームとの決戦直前だった。弟が、ワームによってサンプルとして連れ去らわれたって事。軍上層部はそれで早くから私に目をつけていたって事も」

 音羽の告白に、箒は思わずカップを取り落としそうになって慌てて握り直す。

「その、その後弟さんとは………」
「会えたよ、一度だけ」
「オーニャー………」

 ヴァローナもかける言葉が見つからない中、音羽は箒の方を見つめる。

「けど、今度は違う。皆が力を合わせようとしてる。私も、箒ちゃんも。だから、私達の言う事を無視なんてしない、と思う」
「そう、ですね」
「私のゼロも、箒ちゃんの紅椿も、きっと役に立つから。例えまた、強敵が現れても、皆が助けてくれる。だから私達も皆を助ける。それでいいと思うよ」
「はい………」

 音羽の言葉に、箒は僅かに笑みを浮かべる。

「落ち着いたら、ちゃんと寝ないと。体が資本だし」
「そうですね。少し気が楽になりました」
「ま、偉そうな事言っちゃったかもしれないけど」
「間違えた事は言ってないと思うよ〜」

 気恥ずかしそうにする音羽にヴァローナが茶々を入れつつ、二人は牛乳を飲み干し、それを片付けて自室へと戻る。

「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」

 部屋へと戻った箒は、大きく息を吐く。

「皆が助けてくれる、か」

 音羽に言われた事を再度口にした箒は、起床時間までまだ大分ある事を確認しながらベッドに体を横たえる。
 今度は、悪夢は見なかった。


『…今の所はそんな感じよ』
「悪夢、か普通のPTSDじゃない可能性もあると連絡が来てたな」

 タカオからの報告を群像は申告な顔で聞いていた。

「群像、艦娘達からの話だと妖精を見る事が出来る人間には深海棲艦からの干渉にある程度の対抗がある筈と聞いている」
「当人のメンタルの問題かも知れません。あの姉と一緒では色々あるのでしょう」

 401のブリッジには群像とイオナ、そして静が夜番として残っており、タカオからの報告を聞いていた。

「今更ですけど艦長、本当にあの博士を乗艦させてよかったんですか?」
『不安しかない連中ばっかよ。あの博士はとびきりだけどね』

 静、タカオ双方からの言葉にイオナは群像へと振り向くが当の群像は溜息と共にそれらを受け流す。
「不安は分かる、だが前回の戦いにおいて超重力砲や浸食弾頭が決め手たりえない現実がある。多少ではない危険があっても現状の打破を促さないと、次が勝てるとは限らないからな」
「最初から、あの博士が名乗り出ると思ってた?」

 イオナの言葉に群像は苦笑で返す。

『ま、艦長がそう言うなら仕方ないわね』
「博士はともかく、他の子らのフォローが必要なら協力してやってくれ」
「分かった」
「分かりました」


「う〜ん、今日はコレくらいにしとこうかな〜」

 カーゴベースで食堂から物色してきた食料を半ば流し込みながら、束は各種データを一度保存する。

「やっぱコレくらいじゃ全然足りないな〜、東京に行けばもうちょっと………」

 何かブツブツと言いながら、束は手近のコンテナの上に部屋から持ってきたらしい毛布を敷いてその上で丸まり、すぐに寝息が響き始める。

「………生活リズムも何もあった物じゃないわね」

 そこで隣のブースで密かに束を監視していたミサキがため息を漏らす。
 食事、睡眠その他が完全にランダムな束に、ミサキは半ば振り回されていた。

「けど、東京に着くまでの間にこの艦内にある全てのデータを収集するつもりらしいわね………」
『恐らくは』

 密かに協力しているタカオ(※主に艦の安全及び自己防衛のため)が艦内カメラの映像をミサキの端末に流しつつ、束がソニックダイバーやRVの事を調べている事を教える。

「それだけなら研究熱心で済むのだけれど………」
『食料計算が合わなくなるから、食事くらいは普通にしてほしいって静ボヤいてたけど』
「脳内の消費カロリーが下手したら桁で違うわよ、ああいうタイプは」
『取り敢えず、後はこっちで見ておくから、貴方も寝たら? 艦内で体調崩す人間が複数出たら、こちらにも支障が出るし』
「そうするわ。彼女が起きたら起こして」
『他の人起きてたらそのままにしとくわよ』

 気配を消しながら自室に戻るミサキを確認したタカオは、束の周辺を厳重にサーチしながらボヤく。

『マッドサイエンティストにスパイ、艦長の許可が無かったら絶対乗艦拒否してるわ………』



「じゃあここでいいですね?」
「必要機材の設置はこちらでやります」
「このサイズが今の所せいぜいね」

 紐育華撃団の地下基地の一室、倉庫だった所が空けられ、トリガーハート達によって送られてきた小型転送装置の設置が進められていた。

「もっと仰々しい物かと思ったけど、意外とすっきりしてるね」
「かなり簡易化がされているそうです。一度に送れる量に限度も有るそうですし」

 興味深そうに見るサニーサイドに、クルエルティアが説明する。

「これで、トウキョウにもパリにも行けるんだよね?」
「便利な物ね〜」
「各所に設置して、データリンクが出来てからよ。制御プログラムは武装神姫に渡しておくから」
「受け取ります」
「確かに」

 間近で覗き込むジェミニと圭子に、フェインティアが手で制しながら、双方の肩にいるフブキとサイフォスにデータを転送する。

「このサークルの中に入ればいいのね?」
「スター入れるでしょうか?」
「この小型ジェネレーターだと、これで限界だそうです。そちら用に、一応ギリギリまで大きくしたそうですけど」

 ラチェットと進次郎が転移用サークルのサイズと自分達の乗る霊子甲冑のサイズを確認するのを、エグゼリカが補足説明するが、二人は真剣にサイズ計算を始めた所だった。

「やはり技術格差って大きいわね。セミオートだとこれ以上大きいのは持ち込めないし」
「マイスター、まだ我々が制御出来るから運用出来る。逆に生体エネルギー系の技術はこちらに少ない」
「そんなの、とくと知ってるわよ」

 フェインティアとムルメルティアが唸る中、圭子も別の意味で唸っていた。

「海上戦の件は、こっちでも今討議中よ。海上目標なんて戦った事無いけど」
「スターに魚雷や爆雷積む事は想定してないからね」
「こっちは普段砂漠よ。基地に戻れば投下用爆弾くらいあるかもしれないけど、あれは大型目標用だし」

 圭子とサニーサイドがあれこれ論議する中、トリガーハート達が設置を終え、最後のチェックを済ませる。

「これで設置完了です。使えるようになったら、まずはリンクテストしてからになりますが」
「やれやれ、間違っても華撃団以外には見せちゃいけなさそうだな。便利そうなんだけど」
「そうね。こんなのが有ったら、こちらもあれだけ苦労しなくて済んだのに」

 クルエルティアの報告に、サニーサイドと圭子がそれぞれ何か含む物を感じつつ、頷く。

「それと、正式可動した後の件ですが………」


「そういう訳で、全ての転送装置が正式起動した後、それを使って各組織の代表が学園に集まって会議を行う事になった。けど、それをJAMに悟らせないために、偽装交流試合をするそうだ」
『偽装?』

 サニーサイドの宣言に、集まった華撃団、ウィッチ達が首を傾げる。

「つまり、表向きは転移装置発動記念の交流試合のための警備として、会議の警備をごまかそうって事よ。今まで二回も敵襲食らってるから、厳重に警備しても疑われにくい、って事らしいけど、本当にごまかせるかは不明ね」

 圭子の説明に、頷く者、懐疑的になる者、様々な反応が返ってくる。

「ま、さすがにVIPそろってる所に襲撃は勘弁してもらいたいからね。それで、ここからも誰か一名、試合への出場者を出す事になってるんだけど、希望する子はいるかな?」
『ハイ! ハイ! ハイ!!』

 サニーサイドの希望者受付に、華撃団、ウィッチ双方から一斉に手が挙がる。

「ボク! ボク出るよ!」
「いや、ここはウィッチ代表としてこのアフリカの星が」
「リカも出たい!」
「パットンガールズからも!」
「………まあ、こうなるとは思ってたけど」
「どうしようかね〜」

 あまりに多すぎる希望者に、圭子は呆れ、サニーサイドは楽しそうに笑う。

「で、どうするの?」

 誰も譲る気のない有様に、ラチェットが冷めた視線でサニーサイドを見る。

「そうだね、ここは日本風にジャンケンで決めてみたらどうだろう?」
「ジャンケン? それなら私が前に教えたから、こっちでも出来るわ」
「じゃあそうしましょう。希望者の皆さんはこっちに来てください」

 サニーサイドの提案に圭子も頷き、新次郎が希望者をまとめる。

「それじゃあ、後出しも恨みっこも無しで。せ〜の、じゃんけん」
『ポン!』



「じゃあいいね?」

 グランマの号令に、巴里華撃団、ブレイブウィッチーズ双方の試合出場希望者は頷く。
 彼女達の目の前に一つの箱が置かれ、全員の視線がそれに集中する。

「それでは、誰が出ても恨み無しという事で」

 代表でロスマンがその箱、交流試合出場希望者が自分の名前を書いたカードを入れたくじ引き箱に手を入れ、中身を撹拌してから一枚を取り出す。

「それじゃあ、こちらの代表はこの人です」

 自分ではそれを見ずに、ロスマンはカードをかざす。
 それを見て落選を知った者達から落胆の声が漏れる中、ロスマンは漏らさなかった者を見て思わずそのカードを見る。
 そこに書かれていたクルピンスキーのサインに、ロスマンの頬が引きつる。

「よりにもよって………」
「いやあ、選んでくれてうれしいよ先生」
「今からやり直す事は…」
「ダメだね」

 一番選びたくなかった人物を選んでしまった事にロスマンは落胆し、やり直しはグランマに一蹴される。

「第二試合でニューヨークの代表とだったか。ウィッチになるか華撃団になるかはまだ不明だが」
「紐育華撃団のスターは空陸両用だそうですから、意外といい勝負になるのでは?」

 ラルが呟くのを、肩のブライトフェザーが補足する。

「はっはっは、どんなかわいい子が相手かな〜?」
「この世界でも女性問題起こすようなら、本気で射殺するわよ?」
「ただでさえこいつ、基地に脅迫状が届くからな〜」
「………どういう交友関係しているのだ?」
「女同志の修羅場ってのは見る分には面白そうじゃないか」
「こっちにとばっちり来なかったらね………」

 悪びれもせず言い放つクルピンスキーに、ロスマンは本気で拳銃を抜き、直枝はうろんな顔をするのを見たグリシーヌが首を傾げ、ロベリアはむしろ笑うが、ニパはため息を漏らす。

「そっちはそっちでよろしくしといておくれ。こちらは会議の準備が忙しくなりそうだからね」
「くれぐれもウィッチとして恥ずかしくない行動を取るように」
「は〜い」

 グランマとラルに元気よく応えるクルピンスキーに、ロスマンは絶対零度の視線を突き刺す。

「中尉、こちらからも言っておきます。本当に恥ずかしくない行動を。間違っても衆人環視の前でストライカーユニットを壊したりしないように」
「模擬戦だから、多分大丈夫だよ」
「多分?」

 念押しするポクルイーシキンに笑って応えるクルピンスキーだったが、502ウィッチ達はその言葉をあまり信用してなかった。

「まあ我らは次の機会に期待しよう」
「次有るんでしょうか?」

 選に漏れたグリシーヌが腕組みしながら頷き、花火が思わず首を傾げる。

「あんじゃねえの? 増援送れんだったら、襲撃食らったら皆して返り討ちにすりゃいいんだし」
「それはそうかもしれませんけど………」
「そううまくいくんでしょうか?」

 息巻く直枝に、定子とジョゼが首を傾げる。

「とにかく、詳細を詰めなくてはなりませんので、ルールブックが来たら調整を…」

 ポクルイーシキンの言葉は、すでに試合の事で頭がいっぱいの面々には半分しか届いていなかった。



「それでは、来ていただけるんですね?」
「ああ、北郷先生が上に許可を取ったそうだ。それとカールスランドからガランド少将も向かってきているとの連絡をもらった。こちらの代表はその二名になるだろう」
「それと各隊長達の方々ですね。機械化惑星からの長距離転移の準備も順調ですし、玉華も間に合うでしょう」

 追浜基地の一室で、エルナーと美緒が会議出席者の一覧の作成に頭を捻っていた。

「試合の出場者も決まりましたし、警備責任者の方は坂本少佐に一任します」
「警備や応援の名目で戦力も集中させられるしな。出来れば三度目の襲撃は回避したい所だが………」
「未だJAMの詳細を我々は何も掴んでいません。対策は立てようもありませんね」
「前回もそうだったからな。問題は学園の方は戦力の疲弊が激しい。会議までに立て直しが済めばいいのだが」
「マスター、本国から通信入ってます。会議の詳細をまとめたいので一度帰還してほしいそうです」
「分かった。やれやれ、休んでいる暇も無いな」

 そこに部屋に入ってきたアーンヴァルの言葉に、美緒は頷きながら軽く愚痴を漏らす。

「会議までにやらなければならない事だらけですからね。話が通じる人が多いのが唯一の美点ですが」
「本営の連中もそうだといいのだがな」
「それと追加事項が」

 エルナーの言葉に思わず苦笑する美緒だったが、そこでアーンヴァルが突然口を開く。

「会議の出席枠に、一名追加してほしいそうです。もっとも、直接ではなく、通信での参加になるそうですが」
「誰がですか?」
「プロフェッサー、私達の製作者です」
『!?』

 アーンヴァルの突然の報告に、エルナーと美緒は驚愕する。

「前回、あれ程接触に慎重だったのに、今回は接触してくると?」
「どういう事だ?」
「詳細は会議の席上で。これ以上は今の私からは報告出来ません」
「………いいでしょう。情報は少しでも多い方が助かります」
「そのプロフェッサーという人物は、我々の知っている人物か?」
「それも言えません。許可が出てないのです。すいませんマスター………」
「いや構わん。この件は会議まで黙っていた方がいいだろうか?」
「そうですね。不要な混乱を招く可能性が有ります。この場にいる者達だけの話という事で」
「ご配慮感謝します」

 頭を下げるアーンヴァルを、美緒は肩口まで持ち上げる。

「今は、何よりも情報だ。何か知っている者は一人でも多いに限る」
「プロフェッサーもどこまでお役に立つかは………」
「何も分からないのよりは、少しでも事情が理解出来る人がいるのは重要です。出来れば、一番事情を知ってそうな人達に参加してもらいたい所ですが………」
「難しいだろうな………」
「相当プロテクトきついみたいですから………」

 エルナーの言わんとしているのが誰の事か、美緒とアーンヴァルは悟りながらも、渋い顔をするしかなかった。



「交流試合?」
「だとさ。会議のカモフラージュ兼ねてるそうだけど、どこからも出場希望者殺到だそうだ」
「それは、そうなるでしょうね………」

 カーゴベースで零神の調整をしている遼平から、隣で素振りをしていた音羽と箒が交流試合の事を聞いて一度手を止めて唸る。

「もっとも、警備の人員も送る事になるとかどうとか。また襲撃が無いといいんだけどな」
「さすがにそれは洒落になってないので」
「二度ある事は三度って言うじゃ〜ん」
「こら、変な事言わない」

 詳細を話す遼平に箒が顔をしかめるが、素振りをしていた音羽の頭上で器用に寝ていたヴァローナの余計な一言に、音羽がたしなめる。

「ま、帝都着いてすぐになるかどうかの予定らしい。準備も色々有るだろうしな」
「学園も元の警戒態勢に戻るにはかかりそうですからね。ISの整備部品も限界だとか」
「それはこっちもだがな」

 そこへねじるが姿を見せて話に混じってくる。

「パンツァーの人達も、ブリッドとかいうの無くて大変なんだっけ」
「まあな。残ったのあちこちに持っていって今複製出来ないか試してるって聞いてる」
「昨日姉さんが一個弄り回してたような………」
「やった覚えねえぞ………」
「どこから持ってきたんだろうね………」
「篠ノ之博士なら、しょっちゅうソニックダイバーやRVの説明聞きに来てるぜ?」
「帝都に着くまで、この潜水艦無事だろうか………」

 箒がちらりといつの間にかカーゴスペースに出来ている束専用スペース(箒ちゃん以外立入禁止のカーテン付き)の方を見る。

「少なくとも、艦内で起きてる事は全部メンタルモデルが把握してるって話だから、大丈夫じゃね?」
「だといいんだけど………」
「マジもんのマッドだって噂、本当かよ………」
「え、そうなの?」
「向こうにいた武装神姫達も、時たま獲物を狙うような目で見られるって言ってたよ〜」
「その、色々済まない………」

 否定しようがない姉の噂に、箒はただ恐縮するだけだった。

「ま、多少マッドでも技術者は必要だからな。オレみたいに整備や調整出来る奴はそれなりにいっけど、造れる人間は少ないしな」
「爆発しないからいいんじゃない〜?」
『………爆発?』

 遼平の呟きにヴァローナが余計な一言を付け加えたせいで箒とねじるの眉根が寄る。

「いやその、ウィッチに発明が得意だけどよく爆発する人が………」
「それ、大丈夫なの?」
「腕は確かだぜ。前の戦いの時は、複数の世界の技術取り入れて新型作ってた」
「頭は良さそうだが、おっかねえ話だな………」

 箒もねじるも呆れる中、遼平と音羽も苦笑するしかなかった。

「ひょっとして、姉さんもそれと同じ事を?」
「へ?」
「いや、前の戦闘でISでもっとも最新型の紅椿ですら深海棲艦には役に立たなかった。姉さんはその対抗策を探しているのかも」
「有り得るな。けど、畑の違いはデカいぜ?」
「こっちはまともに戦えたのどりあさんだけだったんだぜ?」
「無理しないで、自分達に出来る事をすればいいのに」
「姉さんはそれで納得するとは思えない。実の妹でも何を考えてるか全く分からない人だけど………」
「そういう事はそっちに任せて、こっちはこっちでやれる事をしよう!」

 箒が不安そうな顔をするのを遮るように、音羽は素振りを再開する。

「確かに。考えるだけ無駄ですね」
「それもそうか」

 箒も悩むのを止めて素振りを再開し、なぜかねじるも転がっていた鉄パイプを拾うと、突きの練習を始める。

「つうか何でここでやんだよ………」
『素振り出来るスペースがここしかないから』
「あっそ………」

 三人から同時に言われ、遼平は色々諦めて作業へと戻った。


「現在、航海は順調に進んでいます。敵影らしき物は一切認められず、この調子なら予定よりも早く到着出来そうです」
「油断は禁物です。前回襲撃してきた深海棲艦の行動可能深度も不明な以上、警戒は続けた方がいいでしょう」

 401のブリッジで、僧とエスメラルダが航海状況と警戒態勢について検討をしていた。

「なるべく深度を維持、敵襲が有っても基本は逃走という事で」
「零神、紅椿双方も一応戦闘可能だそうです。場合によっては海面下まで急浮上、私とポイニーが応戦、状況いかんでは他の機体も出撃という事に」
『それは最後の手にしたい所ね』

 二人の会話に、タカオも割って入る。

「確かに。今この艦の戦闘力は極端に低くなってますからね」
『フルメンテしない限り、戦闘なんて無理ね。もうナノマテリアル回せる所なんてないし』
「応急修理も困難という事ですか。やはりもう少し航行速度を早め…」
「エスメ〜、皆でホットケーキ焼いたからお茶にしよう〜」

 話の途中でブリッジに入ってきたポイニーの脳天気な声に、思わずエスメラルダは会話を中断させる。

「ポイニー、今大事な所…」
「冷めちゃうよ〜。あ、ブリッジの人達の分も焼くから〜」

 半ば強引にエスメラルダを引きずっていくポイニーがドアの向こうに消え、僧とタカオが残される。

『なんか、落差があるってこういう事?』
「まあ、確かに随分と性格差はあるようですが、前回の戦闘を見る限り、コンビネーションは極めて合っているようですが」
『人間って色んなのがいるのね………』
「その通りですね」

 マスク越しに笑う僧に、タカオは人間の認識をもう少し改める事にしていた。



???

 アイーシャは眠りからゆっくりと目を覚ます。
 覚醒した意識で周囲を見回すが、そこには眠る前と同じ医療機器が並んでいるだけだった。

(私は、どれくらい寝てた?)
(きっかり7時間。よく生身でそこまで正確ね)
(現状に変化はありません)

 アイーシャがナノマシンを介して隣室にいるらしい者達に意思を送り、二つの声がそれに響く。

(最近、手出してこないわね)
(何か慌ただしい気もします)
(多分、皆が頑張っているんだと思う。そちらに気を取られて、こちらに手が回らないんだと)
(そうだってのに、監視だけはきっちりしてるわ。どうにか逃げ出したい所だけど)
(しかし、今の私達では…)
(大丈夫、きっと皆が来てくれる。それまで、持ち堪えるのが私達の使命)
(貴方が一番心配ね)
(………)

 アイーシャは無言で点滴の刺さっている自分の腕、長い昏睡状態でだいぶ筋肉が落ちているそれを見つめる。

(何か有っても、私は逃げられない。その時は、貴方達だけでも)
(それをしたら、私は貴方の仲間に顔向け出来ないわね)
(私も、それは出来ません)
(そうか………待とう。きっと来てくれる、きっと………)





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