this バレンタイン |
ピッピッピッポーン! 『はーい、全国の学生諸君。こんばんは。今夜も学生の学生による学生の為の時間、毒電波学生ラジオの時間がきたぜ!』 やる気の無い拍手。 『そして、なーんと今日はあの日!そうバレンタイン司祭の命日です!あちこちでは企業どもの商業主義に乗せられた連中が騒いでおるが、この番組はそんな事は無いぜ!』 やる気の無い歓声。 『我々学生がこの日になすべきは一つ!そう真のバレンタインを人々に説く事!と言う訳で今回は野外特別ステージから送る特別企画、バレンタインを喪に服す会だ!張り切って行こうぜ!』 音程の外れまくった番組のテーマソング。 『さぁ、バレンタインを喪に服す会の第1企画。『商業主義打破のための第1歩』』 やる気の無い拍手&歓声。 『まずは、どいつもこいつも踊らされる憎むべき糖質の塊!こいつのせいで今まで何人の親愛なる同志達が涙に暮れたか・・・』 すすり泣き多数。 『それで今回はそんな同志達が集まってくれたぜ。野郎ども準備はいいかー!』 湧き上がる歓声多数(どちらかと言うと怒声) 『今回はそんな野郎どもが希望に基づいた企画。名づけて『伝説の木伐採計画・そして真実の愛へ』!!』 怒声、と同時に響くチェーンソーの轟音。 『この某学園に生える木の下でチョコを渡すと必ず結ばれるという、本来のバレンタインから逸脱仕切った伝説を持つ木。この小癪な存在をこの世から今夜永遠に葬りさるべくバレンタインになったばかりのこの日に伐採を・・・・・・・・』 激しい雑音。 『くおら!下らんヒガミ妄想の集団で何をたくらんでおるか!!』 雑音。 『てめぇ、咲耶!俺たちの神聖な儀式を』 雑音、かすかに戦闘の物と思われる銃声・剣戟・怒声。 んでもって悲鳴。 『彼氏持ちに俺らの気持ちが分かるか!このアマ』 爆発音。 『お前らのせいでデートがキャンセルなったんだぞ、どうしてくれるこの野郎』 連続した殴打音。 『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』 それに重なる命乞いの声。 『小便は済ませたか?神様にお祈りは?部屋の・・・』 更なる悲鳴。 そこまでで俺はラジオのスイッチを切った。 「あー、やっぱり連合にバレたか。よりにもよって姉貴に」 現時刻、2月14日午前0時5分。 まぁ、即効でつぶされたラジオのバレンタイン企画はどうでも良いとして。 姉貴、確か友達の家に泊まりに行くとか言ってたような・・・ 追求しないでおこう、後が怖いから。 まぁまぁ、それもどうでも良い。 そう、問題にすべきは今日この日の事だ。 あのヒガミ妄想連中曰く〈憎むべき糖質の塊〉・・・ 言いたい事はよく分かる。俺も立場が違えばそうなったであろう。 だがしかし、彼らとは立場が違う。 宛てが有るか、無いか。 そう、俺には宛てが有る。 多分・・・ 3年前はそんな風習を知らなかったせいで、くれなかった。 2年前は家族分配用の大入りだった。殆ど姉貴が食った。 去年は俺個人にくれたが、明らかなワゴンセールで買って来たやつだった。 だが、しかし今年は何か違うと思う・・・・・・ と言うかそう思いたい。 去年と何が変わったと言われると俺も困るのだが。 だが、この間の一件から何か変わった(気がする)。 まだ当日になったばかりなんだし、期待ぐらい持ってもいいじゃないか。まだ今の内なら。 ふと知らずに握り締めた拳の中に汗が滲んでいるのに気づく。 ・・・・力説してる時点で空しくないか?俺・・・・ うん、力むのはヤメだ。 貰えるだけでも良いじゃないか。 さっきの連中に比べれば。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・寝よ。 まだ今日になったばかりだもんな。 なんか侘しさ感じつつ布団に潜る。 不意にドアがノックされる。 「はい?」 誰だ。こんな夜中に? ドアを開けると、そこにはさっきまで考えていた事の当人。 「夜中にすいませんマスター」 パジャマ姿のなんだか妙に笑顔な君がそこにいた。 「どうしたの、こんな夜中に」 内心の激しい動揺を抑えつつ、勤めて冷静に答える。 「少し早いですけど、コレを」 そう言いながら君が手の中の物を差し出す。 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!! その手の中には一目で自分で包んだとわかるラッピングの箱が。 「ひょっとして、これ」 恐る恐る聞いてみる。 「ひょっとしなくても、チョコレートですよ。マスター」 (ロンドン在住の)神様、ありがとう! (希望を捨てなかった)自分よ、おめでとう。 (今頃、姉貴に絶望を教えられている)さっきの連中、すまん許してくれ。 ついに手作りですよ、先生。 嬉しくて頬を熱い物が・・・・・ 「ありがとう、嬉しいよ」 おそらく、今の俺の顔は緩みきっているだろう。 「んふふふー、喜んでもらえると私も嬉しいです」 なんか君も妙に嬉しそうだ。 「実はマスター、それだけじゃないんですよ」 え? そう言いながら君はポケットから紅いリボンを取り出す。 「何それ?」 俺の疑問を笑顔で受けながら、君はそれを首筋に巻く。 妙にゆっくりとした動作で、紅いリボン結びが作られる。 「コレがチョコのオマケです」 間 事実を整理しよう。 現在はバレンタインになったばかりの深夜0時10分。 ここは俺の部屋のドアの前。 目の前にいるのは、夢でも幻でない君の姿。 そして今俺が手にしているのは君の手作りチョコ。 間違いなく君から手渡されたチョコだ。 だけど君の口からはさらに衝撃的な言葉が出た。 『コレがチョコのオマケです』 コレとは、今首筋に紅いリボンを結んだ、今目の前にいる君の事なのでしょうか。 さらにそれはどのような意味なのでしょうか? 君から出た言葉としては、とても信じがたく、それに今目の前にいる君からする、先程まで準備していたのであろう甘いチョコの香りが、現実としてこの事実を教えてくれるのであり、かと言って冗談として受け流すにはあまりにも衝撃的であり、俺の心の準備という物が・・・ 「お嫌いですか、こういうの」 君はかわらず満面の笑み。 「いや、その・・・」 思わず一歩足が引ける。 それに合わせて君が一歩踏み出す。 もう一歩足が引ける。 さらに一歩君が踏み出す。 その満面の笑みの対処に困り、さらに2歩足が引ける。 君が更に2歩踏み出し、完全に俺の部屋の中に入った時点で君が後ろ手でドアを閉める。 何ゆえ、部屋の中に入った時点でドアを閉めるのでしょうか? 「んーふふー」 君の笑顔に、俺の背中に冷たい汗が流れる。 ひょっとしてこれは貞操の危機なのでありましょうか。 いや、健康な青少年として考えた事が無い訳じゃないが、このようなシチュエーションはまったく想像外でありまして、なにも打開策が浮かぶものでなく・・・ 「マースター!」 心の準備をする間もなく、君がダイブ。 俺めがけて。 「!!!↑↑↓↓→←→←AB!!!」 柔らかくて暖かい感触を感じるた時には、ベッドの上に仰向けになっていた。 君を胸に抱いて・・・・ 【俺は理性に38のダメージを受けた。残り理性62】 「ちょっ、待っ!」 俺の静止も聞かず俺の上を這いずるように君の笑顔が迫ってくる。 「マスターの腕の中、暖かいですー」 そう言いながら俺の胸に頬擦り。 【俺は理性に47のダメージを受けた。残り理性15】 おかしい、これは普段の彼女らしくない。 けっしてこの状況が嬉しくない訳でないが(むしろ嬉しすぎる)、あまりにも普段の彼女からはかけ離れている。 俺の葛藤をよそに、君はずりずりと俺の上を匍匐全身。 ああ、ちょっとそれは、そのなんと言いましょうか。その。 「んふふー」 君の笑顔が俺の顔数センチまで接近する。 月明かりにその表情が照らされる。 先ほどから変わらぬ満面の笑み。 うっすらと朱の刺した頬。 甘いチョコの香りとそれに混じるブランデーの香り。 ・・・・紅い頬にブランデーの香り? 「あのシンディ?」 「なーんですか?、マースター」 なんだか妙に会話も間が伸びている。 俺は残り少ない理性をかき集めて、疑問を謎解く。 「ひょっとしてお酒飲んでる?」 「んう?」 君は首を傾げる。 なんだかその仕草が妙に色っぽい・・・ 【俺は理性に10のダメージを受けた。残り理性2】 「ひっく!私はー飲んでなんかーいーまーせーん」 シャックリが無茶苦茶酒臭い。 「ちょっと味見しただけですー」 ・・・チョコに入れたブランデーだけで酔ったのか? そういや、君がお酒を飲んだ所を見た事が無い。 ひょっとして、というかしなくても君は無茶苦茶に酒に弱いのか? 「んーふふー、マスターも味見しちゃいましょうかー?」 しかもかなり酒癖が悪い!! 君の顔がさらに近づく。 ああ、そんな酒の勢いでだなんて。 それはちょっと、なんと言うか味気ない(何考えているんだ。俺) センチからミリまで君の顔が接近する。 神様!!! もう少しで接触するかという時に、君の顔が加速度を増して俺の顔の脇を通過する。 「アレ」 期待というか、希望というかそんな物を裏切った君の行動を確かめるべく俺が顔を横に向ける。 「スー」 先ほどまでの笑顔はどこへやら? そこには完全に熟視していた君の寝顔。 ・・・・・なんというのだろうこの気持ちは。 天井を仰ぎ見る。 【俺は理性を大きく取り戻した。残り理性89】 寂寥感というか喪失感というか・・・期待外れ? は、いかん何を考えているんだ俺。 こんな形で俺の思い(?)が遂げられて言い訳ではない。 やはり、ここはきちんとした形で・・・ 「んんー」 君がかすかに身じろぎして、姿勢を変える。 すぐ脇にあった顔がさらに近づき、おれの顔に押しあてらる。頬と頬が触れ合う。 酒の影響か?君の頬が熱い。 などと考えている間に君の腕と足が俺に絡みつく。 ?!?!?! 両腕はがっちりと俺を背中でホールドし、両足は4の字固めよろしく、足をホールドする。 【俺は理性にクリティカルヒットを喰らった!!残り理性1】 こ、これはちょっと密着しすぎでは・・・ 体を動かそうにも微動だに出来ない。 と言うより体に力が入らない。 ああ、また生殺しなのですね。 「んーにゅー」 すぐ耳元に息がかかりながらの君の気持ちよさそうな寝息。 「・・・・・さん」 え? 今、なんて言った? 確かめようにも、俺の顔は君の頬でがっちり固定されて横も向けない。 ・・・・・W生殺しなのですか?神様。 翌朝・・・・ 一睡も出来なかった俺に向けて君の一言。 「あの、なんで私ココに居るんですか?」 覚えてないですよ、何も。 とりあえず、酔ってた君が俺の部屋で寝てしまった事にした。 かなりはしょっているが、ウソではない。 「すいませんでした。マスター」 「ああ、うんいいよ。お酒の所為だからね。うん」 でなかったら俺も歯止めが利かなかったよ、さすがに。 「あのそれじゃ私、朝食を準備してきますんで」 慌てて、部屋を出て行く君の後姿をおれは呆然と見送る。 モヤのかかった脳味噌で部屋を見回すと、机の上に昨日もらったチョコ。 「そういや、開けてなかったな」 のそのそと包みを開ける。 きれいなラッピングの中からは、大きなハート型のチョコ。 甘い香りに混じって薄らとブランデーが香る。 「人騒がせだな、チョコってのも」 端っこを割って口にほおりこむ。 なんでか、甘いはずのチョコがちょっとほろ苦かった。 |
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