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this tomorrow
……………気だるい………… ……眠い………… はて、何で俺はこんなに眠いんだろう。 目を開けるのも面倒なので、布団の中で反転。 うつ伏せの格好で顔に当たる物に、そのまま顔を埋めて惰眠を貪る。 はて、この今顔を埋めているのは何だろう? フカフカと柔らかくて気持ち良い……… 「あのー、マスター?」 ああ、君が起こしに来たのか。 お願いだからもう少し眠らせて… 何か良い匂いのするそれに、さらに顔を埋める。 「あの、その困ります」 困らせて悪いけども、眠いんだよ……… はて、なんでこんなに眠いんだっけ? 昨夜は二人きりでカミナリが有って、君が夜中に俺の部屋に来て………… あれ? 俺の部屋に来て、そのなんだ、一緒に寝ていたような……… 「そんなにされると、あの」 という事は、俺は今何に顔を埋めているんだろう? ………段々と脳味噌が活動を始めると同時に背中に冷たい物が走る。 この柔らかくて良い匂いのする物は、ひょっとしてその。 「いい加減、離してくださいよ。私の枕」 君のその一言で目が完全に覚める。 枕? 顔をあげて、寝ぼけた目で自分の眼前の物をよーく見る。 普段、俺が使っている蕎麦殻の枕じゃなくて、君が使っている羽毛枕……… 「なんだか凄い幸せそうな顔してましたよ。枕抱きしめて」 ううう、無茶苦茶変な所見られた………… ああ、そりゃフカフカで柔らかいさ。 羽毛100%だもんなぁ。 まてよ、枕からした良い匂いってのは…………? 「あらら、すっかりシワになっちゃっいましたね。私の枕」 俺が思いっきり抱きしめてたせいでグシャグシャになった枕を君が摘み上げている。 その髪から、さっきまで俺が思いっきり嗅いでいた匂いがしている。 ああ、そうか移り香か。 妙に納得したその頭に、昨夜の映像が鮮明に浮かび上がる。
俺の胸の中の安心しきった寝顔、背中でしっかりホールドされて密着した時の感触。そして昨夜の一言。 『私も好きですよ。マスターの事』
活動しはじめていた脳味噌が一辺に、沸騰した。 恥ずかしい、の一言ではすまない。 下手な恋愛ドラマ並の事をかましてしまった。 オマケに空振りだし……… 「あー、その昨夜の事なんだけど」 思い切って話を切り出そうとすると、君の顔に朱が走る。 「え、えと良いじゃないですか。そんな恥ずかしい事」 そうか、ハッキリ覚えておられるのですか…… 出来れば忘れていてもらいたかった様な気が、しないでもないのですが。 俺の振り絞った勇気の行き所が…… 「そ、それじゃ朝食の準備がありますんで」 君はそう言うと、枕を元の位置に戻して慌てて出て行こうとする。 ってアレ? 「枕、部屋に持っていかないの?」 俺の枕の隣に、君の枕がキチンと並べられている。 まるで、それが当たり前のように。 「そこに置かせてもらったら、ダメですか?」 …………………………………………………………………………………… …………………………………………………………………………………… ………………………………え? それはどういう意味でしょうか? 脳味噌が沸騰を通り越して、真空化する。 「あ、その変な意味でじゃないですよ。部屋にもうひとつ予備がありますから」 真っ赤な顔のまま、君が捕捉する。 「ああ、うんそうだよね。いくら何でもここに一緒は」 少しがっかりした気もしないでもないけど。 「でも…………………………………………………………」 「でも?」 くるりと君が向こうを向いて、深呼吸を一つ 「たまには、叉、お願いしていいですか?」 「え?!」 今、なんとおっしゃいましたか? 「それは、その、あの、この」 頭の中が真空すら通り越して、虚無となる。 「見てください」 君が向こうを向いたまま、右手を上げる。 その右手をまじまじと見た俺は、一つの事に気付く。 「あ……………」 昨夜までセラミック製だったはずの、その手の関節部分が薄れ、生身へと進化を始めている。 「今朝、起きたらこうなっていたんです」 君は、そっとその手を自分の前で抱きしめる。 「何でだか、わかりますか?マスター」 まるで、俺の所為のような口ぶりだ。 何でか、と言われると昨夜の事しか思い浮かばない………………… 「えーと、その何で?」 我ながら情けない返事だ、けども他に言い様も無い。 そんな俺の言葉に、君は振り向いて満面の笑顔を浮かべる。 「教えてあげません」 そうして、いたずらっぽく舌を出す。 何か雰囲気が違う。 昨日までの君は、そんな事しなかったような感じがする。 ただ、なんか嫌な感じじゃない。 「どうしても、教えてくんないの?」 わざと、甘えっぽく言ってみる。 「どうしても、です」 くすくすと笑いながら受け流された。 「それじゃ、朝食準備しますんで、早く来てくださいね」 笑顔のまま、君が部屋から出て行く様子を俺は半分自失したまま、見送った。
今、交わされた会話が半分信じられない。 まるで、その恋人同士のような………… もふ、と布団を顔にうずめる。 「それなら、まず名前で呼んでくれないかなぁ」 顔をうずめたまま、視線をずらして二つ並んだ枕を見る。 「また、生殺しは勘弁してほしいよ、シンディさん」 俺の言葉は布団にただ消えていった。
後ろでドアを閉めた手が、昨日まで感じられなかった熱さを持っているのを感じる。 今、交わされた会話が自分でも信じられない。 恥ずかしいような、嬉しいような変な気分だ。 でも、そんなに嫌な感じじゃない。 そっとドアに背中をもたれかける。 「答えは、昨夜抱きしめてもらった時の腕が暖かかったからですよ、貴宏さん」 聞こえないのをいい事に、初めて名前で呼んでみる。 心の中で、もう彼をマスターと呼べなくなっているのは自分でも分かっている。 でも、名前で呼ぶのはまだ恥ずかしいから、もう少し『マスター』と呼ばせてもらおう。 自分の気持ちが落ち着くまで。
たったドア1枚の距離を二人が知るのは、何時の事になるのか。 それは誰も分からない。
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