this クリスマス


「ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴るー」
 お決まりのクリスマスソングを歌いながら、君が台所でめまぐるしく動いている。
「今日はー楽しいクリスマスー」
口を動かしながらも手は止まる事泣く料理を作りつづけている。
ローストチキンにカナッペ、サラダにコンソメスープやミートパイまで作っている。仕上げに今、クリスマスケーキのトッピングをしている・・・・・
凄い量だ、明らかに作りすぎていると思われる。
今夜二人きりなのに・・・

昨夜の晩飯の時だった。
クリスマス・イブの夜に二人きりって分かったのは。
両親『クリスマスパーティに出席。某企業のイベントらしく、ホテルで泊りがけでやるらしい』
姉貴『総長連合としての年末巡回強化中らしく、学校で泊まり。やけで連合の宿直室でパーティやるらしい』
なんか妙に図られたような気がしないでもないが(姉貴が妙に嬉しそうに言ってたのが気になる)、現に今この家には、君と俺しかいない。
・・・これで君と二人で外に食事にでも行けば格好でもつくんだろうが、生憎とバイトもしていない俺の財布では不可能だった。
クラスの連中はここ最近、妙に付き合いが悪かったから今日にそなえてバイトしてた連中もいたんだろう。
まぁ俺だって金さえあれば、その、君と一緒に食事に行ったり、映画見に行ったり、それに最後に行く所といったら・・・・・
「マースター、そこで見ててもいいですけど、つまみ食いはダメですよ」
君の声が俺の妄想をいきなり現実に引き戻す。
「あ、あははは。そだね、うん」
まったく邪気の無い君の笑顔についさっきまで、とても言えないような妄想をしてた自分が恥ずかしく、俺は愛想笑いをしながらその場を離れる事にした。
居ても手伝えそうにないしね。

部屋へと篭った俺は、君がまだ台所で作業しているのを確認し、それをいい事にベッドの下へと潜り込む。
『シークレットボックス(思春期の少年の最大級の秘密入り)』を脇へと押しのけ、そのさらに影に隠しておいたダンボール箱を引っ張り出す。
「見つかってはないよな?」
ガムテープで封をしておいたのが破られてないのを確認した後、おもむろに自分の手でその封を破る。
中から自分で入れた覚えの有る何かを包んだビニール袋と、自分で入れた覚えの無い大きい紙包みが現れる。
「あれ?」
俺は慌ててビニール袋の封を解く。
中からはリボンでキレイにラッピングされた小箱が出てくる。小遣いを何とか工面して、今日のために秘密裏に購入しておいた君のためのプレゼントだ。
こちらには見た所は異常が無い。
俺は不審に思いながら、紙包みを解いてみる。
中からは大きな瓶入りのシャンペンと一枚のメッセージカードが入っていた。
自分で入れた覚えは無い。
何気にメッセージカードを見てみる。
そこには見覚えのある字で
『愚弟へ 
お前もやっとその気になりだしたか。私は嬉しいよ。そのシャンペンは私からの餞別。ありがたくプレゼントと一緒に使ってくれ。アルコール度は高くないから泥酔しないうちに事を運ぶように。無理強いは禁物だぞ 
姉より』
姉貴か・・・また人の部屋に勝手に入って余計な事を。
というかどうやって蓋をしたダンボールに物を入れた?
空になったダンボールを持ち上げてみる。
途端にダンボールの一面が剥がれる。
切れ目いれて中を覗きやがったな、わざわざ手の込んだ事をしてくれる。
そもそも事を運ぶようにってどういう意味だよ。
第一、未成年に飲酒を勧めるか総長連合が。
ともかく、出てきたシャンペンのラベルを見てみる。
「アルコール度数7% 甘口」
確かにそれほど強くは無い、強くは無いが、君はそれ以上にお酒に弱い。
俺の脳裏にバレンタインの時の事が思い浮かぶ。
『コレがチョコのオマケです』
『んーふふー』
『マスターの腕の中、暖かいですー』
『んーふふー、マスターも味見しちゃいましょうかー?』
ぬぉ!いらん事まで思い出した!
俺は脳裏からあの時の事を強引に追い出そうとする。
が、余計にあの時の色々な事が浮かんでくる。
あの時の君の表情、仕草、そして感触・・・・・
「うおおおおおお!」
これでは俺はただのスケベだ。自分自身を奮い起こすべく、俺は思い切り頭を柱に打ち付ける。
ゴイン!という音と共に部屋が揺れる。
強烈な痛みに我を取り戻したと思った瞬間、後頭部に強烈な衝撃が走る。
「ぬお!」
薄れゆく意識の中、天井の棚に飾っていた『フルメタル製・ミニミニ重騎君(重さ5kg)』が足元に転がっているのが見える。
ああ、これが落ちてきたのか・・・それは痛いわ・・・
ひょっとして死ぬかも・・・ああ、せめてプレゼントを渡してから・・・・・

なんだかキレイな河が目の前に広がっている。
周囲は一面が見事な花畑で、川面がきれいに光っていて、この世の物とは思えない。
なんでか妙に向こう岸に渡らなければいけないような気がして、俺は河の中へと歩き出していった。
何歩か進んだ所で、向こう岸に人がいるのが見えてくる。
「あれ?」
その人影に見覚えがある気がして、目を凝らして見てみる。
途端に視界が開けて、はっきりと人影が誰か見えてきた。
・・・・あれは前に死んだ爺ちゃんと婆ちゃんでは?
だが間違いなく向こうにいるのは、その二人だ。
何故に?
俺が疑問を問うべく、よくよく二人を見る。
「んげ!」
2人は年甲斐も無いセーターのペアルックだった。
ひとつのテーブルに差し向かいに座って、その上にはケーキとグラスに入ったジュースが見える。
・・・ジュースのグラスがペアストローなんですけど・・・
そう思った途端、会話が聞こえるようになった。
『はい、ダーリン。あーん』
婆ちゃんはそう言いながら、フォークに刺したケーキを差し出す。
『あーん』
爺ちゃんはそれをさも旨そうに大口あけて口に入れてもらって食べている。
『美味しいよ、ハニー』
グッ!と親指を突き出す。
『そんな、恥ずかしいわダーリン』
婆ちゃんはわざとらしく恥ずかしがっている。が、手は素早く次のケーキを切り分けている。
『さ、もう一口』
婆ちゃんが差し出すフォークを爺ちゃんが、やんわりと押さえる。
『それよりも喉が渇いたな、ハニー』
そういう爺ちゃんの手には先程のペアストローが刺さったグラス。
『そうね、ダーリン』
そう言いながら二人同時ストローに口をつけて飲む。
視線はお互いを見詰め合ったままだった・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺はなんかこの世ならざる光景を見た気がする。
これ以上、怪奇現象に付き合うのを避けるべく、俺は踵を返して河から出て行った。

「はっ!」
気が付いた途端、俺の目の前には君の顔のドアップが迫ってきていた。目を閉じて、心なしか顔が紅くなっている君の顔に俺の頭が一遍にパニックに陥る。
「ななななな!」
俺のその声に反応した君が慌て目を開ける。
「キャアア!」
悲鳴と一緒に俺を突き飛ばす。
「ぬぼぁ!」
俺がまたもや後頭部をしたたか床にぶつけた。
「あ、ああ。すいませんマスター。大丈夫ですか?」
君が慌てて、俺を抱き起こす。
なんだかお星様が見えるんですけど。
「でも、マスターが悪いんですよ、もう」
「は?何の事?」
「何言ってんですか、もう」
俺の疑問に君は頬を膨らまして、軽く怒ってみせる。
「私をビックリさせようとして死んだフリなんかしてみせたじゃないですか。本当にビックリしたんですよ、もう」
・・・・・マジ?
「ねぇ、それって本当に俺死んでたフリ?」
その一言に君は首を傾げる。
「そういえば、息もしてなかったし、心臓も止まってましたけど・・・一人で起きたならフリじゃないんですか?」
違う、たぶんそれマジ死んでた。
そうか、さっきのは臨死体験か・・・
あまり人に話せない臨死体験だったな。
「あー、たぶんそれならフリだったんだと思う」
これ以上君を心配させるのもアレなので、適当に言葉を濁す。
「まったく、冗談ひどいですよマスター」
よく見ると君はかるく涙目になっている。
ああ、これはマジで泣かしてしまったか。
「もうちょっとで、その私・・・・」
そういえば、目を覚ました時に君の顔が迫っていたのは、あれは人工呼吸でもしようとしてたのか?
って人工呼吸という事は、その口と口をその・・・
お互いにどういう状態になる所だったのか気付いた途端に、顔が真っ赤になる。
ああ、惜しかったのかな?
呆然としばし時が流れる。
不意に台所からなんかの電子音が響く。
「あ、大変。お料理焦げちゃう」
君は慌てて部屋を飛び出していった。
俺はそれを見送りながら、部屋の中を見回す。
ベッドの脇には先程封をあけたシャンペンとプレゼントがそのまま置いてあった。
や、やばい。
俺は慌ててその二つを抱きかかえると、ダンボール箱にと押し込む。
「気付いてなかったのかな?」
堂々と置いてあったにも関わらず、君はそんな事は口にも出さなかった。
まぁそれならそれでいいだろう。
俺は今夜(の料理)に備えるべく、腹を減らすために運動をする事にした。
・・・・・本当に腹減らすためだからな。

腕立て・モンガー・背筋・かめは○波・柔軟体操・オラオラ100連発・ジョ○ョ立ちポーズ20連発というよく分からん運動を一通りこなして、シャワーを浴びた頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「ホワイト・クリスマスとはいかなかったか」
外は暗くはあるが、まるでキレイな星空で地面にも雪の欠片も存在しない。
部屋に戻って、着替え終わるとおもむろにまたダンボール箱を開ける。
中には先程と同じシャンペンとプレゼントが入っている。
「よし!」
俺は意を決して、プレゼントの小箱をポケットにねじ込む。
一緒に入っていたシャンペンをとりあえず、手に持つ、
「飲むとしたら俺一人でかな」
なんかそれも悪い気がするが、酒癖が悪すぎる君に飲ませると色々問題な気がする。
姉貴はそれを知ってて用意した確信犯だろうけど。
だけど、せめてこれを手渡すまでは酒の力を借りる事無くやらねばならない!
そう出来れば、その時に君に俺の本当の気持ちを伝えれれば・・・
「マースター。夕飯ですよー」
タイミングよく君の声がかかる。
よし、いざ出陣。

テーブルの上にはきちんと2人分の料理が並べられていた。
「あれ?さっきまでの凄まじい量は?」
てっきりアレが全部だと思ってた俺は拍子抜けした。
「ああ、あれなら咲耶さんが連合で食べるためにお願いされてたやつですよー。さっき来て連合の方が来て持っていきましたから、これが私達の分ですよ」
そうか・・・そういう事だったか。
なら、自分らで準備してもよさそうなもんなんだがな。
ひょっとして今の連合に料理できるやついないんだろうか?姉貴も出来ない訳ではないが、面倒くさがるタイプだからなー。
以前に誰にやるんだか、怪しげな笑みを浮かべてお菓子作ってた事はあったが。
「さ、冷めない食べましょう。ケーキもありますよ」
「そだね」
プレゼントは食ってからにするか。
俺はさっそく料理へと手を伸ばした。
「美味しいですか?」
一心不乱に料理を喰う俺に君が声をかける。
「ふごが」
口一杯に料理を詰め込んでいた俺は、喋る事もままならずに頭を上下にだけふる。
「ふふ、ありがとうございます」
そういいながら君は、傍らにあった何かの瓶を手に取るとその口を天井の何も無い所へと向ける。
「そおれ!」
掛け声と共に栓が勢いよく飛んでゆく。
瓶の口から中身が溢れるよりも早く、君はその中身を2つのグラスへと注ぐ。
「ひょっとしてシャンペン?」
俺の脳裏を嫌な予感がよぎる。姉貴の用意してたのは冷蔵庫にしまったはずだが?
「いーえ、連合の人がお礼にって持ってきたシャンメリー(シャンペン風のジュース)ですよ」
君はそういっておいしそうにそれを飲んでいく。
「ああ、なんだ」
俺もその言葉に釣られて安心してグラスをあおる。
確かにアルコールを感じないからジュースなんだろう。
俺は安心して、グラスと皿を次々と片付けていった。

「ご馳走様」
「お粗末でした。さ、デザートですよ」
テーブルの上のケーキがキレイに片付けられた上に最後にケーキが置かれる。
6号くらいの見事なデコレーションケーキ。
君が一生懸命に作った立派な物だ。
「見事だねー。売れるよコレ」
「ありがとうございます」
俺の誉め言葉に君は恥ずかしそうに答えながら、ケーキをキレイに五等分する。
その内の2切れを用意しておいた皿に盛り付ける。
「残りは皆さんの分、と」
残りにラップをかけて冷蔵庫に仕舞う。
「別に喰ってしまってもいいんじゃないの?」
俺の意見に君は顔を曇らす。
「ダメですよー、咲耶さんなんか特に楽しみにしてたんですから。ちゃんと取っておかないと」
そうか、食い物の恨みは怖いし、ここは君に従っておこう。
「では、頂きましょうか」
「そだね」
遠慮無しに自分の分のケーキにかぶりつく。
「やだ、マスターったら子供みたいに」
君はそんな俺を見て微笑。
「このケーキが美味しすぎるせいだよ」
俺は思った事を素直に言う。
「嬉しいです。お世辞でも」
「いや、お世辞じゃないから」
あっという間に、ケーキを食べ尽くした俺は、満足しきって居間のソファーへと横になる。
ポケットの中の物の出番を慎重に定めなければなるまい。
そう問題はタイミングだ。
早いにこした事はないが、こっちの心の準備という物もある。
あー、なんか考えていたら緊張してきた。
いつの間にかポケットの中の小箱に力が篭りそうになったのに気付いて、慌ててポケットから手を抜く。
君は流し台でさっきの洗い物を片付けている。
2人分だから、差ほどもかからないだろう。
そうしたら君はこっちに来るだろう。
どうする、来たらいきなり渡すか?
ちょっと焦り過ぎではないか?
少しタイミングを図るか?
いや、間をとるとこっちが緊張で動けなくなる可能性がある。
むしろ、今すぐ行って君の後ろからそっと渡すか?
いや、それはかえって迷惑だろう。
むしろサンタよろしく、君のベッドに置いてくるか?
ってそれでは変態ではないのか?
女性の部屋に夜に行くッてのは、ヤバイ。
逆はやられた気がしないでもないが。
「あのー、マスター」
なんだったら、むしろ今から宅急便頼んで宅急便で届けてもらうか?
待てそれは金が無いから使えない。
「マスター、少しよろいですか?」
俺が悶々と葛藤している間に、いつの間にか君が側に来ていた。
「あ、ああ。何」
いきなり、側に現れた君に内心では激しく動揺しながらも、俺は亜慌てて平静を装う。
声に出してないよな、さっきの。
「あの、これ・・・・」
君はなぜか真っ赤になりながらも、手に持っていたリボンのついた紙袋を差し出す。
「へ?」
何事?
「クリスマスプレゼントです。私から」
「えええ!俺に!」
こ、これは予想してなかった。
君の方から貰えるなんて、考えてもいなかった。
前まで何も無かったから。
「気にいってもらえるかどうか」
君はとても照れくさそうだ。
恐る恐るといった感じで紙袋を俺に手渡す。
うわ、なんか惚れ直しそうだ。この表情。
「あの、開けてみていい?」
俺は受け取った紙袋を抱えて、君に聞いてみる。
「はい」
君の返答を聞くが早いか、俺は紙袋を開いて中身を手に取ってみる。
「あ」
それは見事に編み上げられた手編みの紅いマフラーだった。
「どう・・・ですか?」
君の今にも消え入りそうな声。
俺は返答よりも先に、それを首に巻いてみせる。
よほど丁寧に編んだのか、ほつれが全く無い。
肌触りと暖かさが抜群に良い。
「ありがとう・・・最高だよ、コレ」
俺のお礼に、君はさらに紅くなる。
「喜んでもらえて嬉しいです」
その顔に俺の決心は固まった。
ポケットの中の小箱を握り締めて、君の眼前へと差し出す。
「え?」
君のキョトンとした表情。反応できてないんだろう。
「これ、俺からのクリスマスプレゼント」
色々一緒に言うつもりだったけど、余計な台詞が何も思い浮かばなかった。
ただ、端的なまでの言葉。
今、おれの顔は君よりも真っ赤だろう。
「いいんですか?」
「今のお礼」
いや、お礼ってのは違う。最初から君に渡すためだけに買ったんだから。
「ありがとうございます。マスター」
そっ、という感じで君は俺の手からプレゼントを受け取る。
「開けてみていいですか?」
君の質問に俺は断るべき理由がなかった。
「いいよ」
君はゆっくりとリボンを解いて、包装紙をはがし、小箱をそっと開ける。
「わぁ」
中身をそっと取り出してみる。
「気に入ってもらえるかな?」
中から出てきたのは、歯車を模したシルバーアクセサリーの付いた紅いチョーカー。
くしくもさっきのマフラーと同じ色だった。
「着けてみていいですか?」
「着けてみてもらえるかな、って逆に聞きたいぐらいだよ」
君はそのチョーカーをゆっくりと首に付ける。
「似合います?」
照れくさそうな笑顔で俺に見せてくれた、そのチョーカーは想像以上に似合っていて、俺が逆に照れそうになった。
「よく似合ってるよ、マジで」
どちらとも無く見詰め合う。
俺は次に言うべき事があったけど、頭の中が真っ白だ。
君の、その視線が、普段と違う感じがする。
何も考えられない。何も言えない。何も行動できない。
その視線が、今の自分の全てを止めてしまっている。
君も動こうとしない。
右手で首のチョーカーを確かめるように押さえながら、左手は何か硬く握り締められている。

どのぐらいの時間が経ったのか、それとも一瞬の間だったのか?
交錯した視線が、不意にずれる。
君の方から。
微かに視線が下に移動すると、表情が変わる。
微笑へと。
「やだ、マスター。顔にクリームついてますよ」
「へ?」
予想だにしていなかった言葉に、俺は慌てて口を手で撫でる。
「そこじゃなくて、こっちです」
君が手を伸ばして、俺の頬に触れようとする。
「ちょっ!」
さっきまでの硬直状態から抜けきれてなかった俺は、急接近してきた君の手を交わそうとして、バランスを崩す。
「あっ!」
バランスを崩した俺を追うように、君もバランスを崩す。
二人でもつれこむように、ソファへと倒れこむ。
「あ、痛ぅ」
数時間前に強打した後頭部が、倒れた衝撃で痛む。
「あ、あのマスター大丈夫ですか?」
心配そうな君の声が、モロにそばから聞こえる。
ソファに仰向けに倒れた俺に、君が上から覆い被さるような感じになっている。
「重かったんじゃないですか?私」
自分の体重の事を気にしてか、君が慌てて降りようとするのを、手で制する。
「全然重くないよ、痛かったのはさっきの頭の方」
事実、今上に乗っかられていても、まったく苦にはならない。と、言うか、むしろこんなに軽かったのかって思うぐらいに。
「え、それってさっき突き飛ばした時のですか?」
君は申し訳なさそうに言う。
「いんや、その前」
「前ですか?」
「関係無いから気にしなくていいよ」
「そう・・・・ですか」
降りようとした君は、安心したのか、逆にもっと身を寄せてくる。
「え?」
俺が抵抗する間もなく、ピッタリと君が俺に密着するぐらいに抱きつく。
「え、ええと」
俺は頭が一遍にパニックに陥る。
なんか今日はオカシイ。
凄く君が積極的だ。
酒も飲んでないのに。
「本当に重くないですか?」
俺の胸に顔を埋めながら、君が尋ねる。
重いとか、そんなん感じてる事出来ないんですけど。
「お、重くないよ。本当に」
声がどもる。体が急速に熱くなっているのが感じられる。
「冷たくないですか?私?」
それも無い。
密着した君の体温が全身で感じられる。
この間まで義足だった足からも、ぬくもりを感じる。
「暖かいよ、とっても」
なんとなく自然に、君の背中に手を回す。
「あ・・・」
君は抵抗する事無く、逆に俺の首へと手を回す。
僅かに体をずらして、俺と同じ位置に顔がくるまで俺をよじ登る。
あの・・・凄く気持ちいい感触がするんですけど。
い、いかん立ってしまう。フラグが。
「まだ、クリームくっついてますよ」
至近距離で俺の顔を覗き込んだ君が、そのまま顔を近づける。
俺の頬に柔らかい感触がする。
舐められた、と理解するまで数瞬の時間を必要とした。
理解した時には、君は既に俺と頬をくっつけるようにして深々と抱きついている。
「ん・・・・・」
どうしたらいいか、判断に困っている間に耳元から規則的な呼吸音が聞こえてきた。
「寝ちゃったの?」
返事は無い。
なんか、この間とあまりにも似たパターンに俺は何が起きたのか考えてみる。
程なく、一つの結論が生まれる。
さっきのシャンメリーに書いてあった注意書きに
『アルコール分 1%未満  過度の飲用注意』
と書いてあった気がする。
アレだけで酔ったのか?君は?
そういや、随分調子よく飲んでた気がする。
この手のジュースの飲みすぎで、警察の飲酒運転検問に引っかかった奴もいたっけな、クラスに。
それはともかく、この状態はマズイ。
俺としては色々と。
優しく君から離れようとすると、何か抵抗があって、首が動かない。
視線を下へと向けると、さっき君からもらったマフラーと、君にさっきあげたチョーカーがしっかりと絡んでいた。
「う、やばい」
無理をするとどちらかが壊れる。
解そうと手を伸ばしてみるが、絡んだ所がちょうど君が密着していた箇所で指が入らない。
がっちりと俺の首に手を回した君は、例のごとく微動だにしない。
「目、覚ますまで待つか」
それまで俺が耐え切れれば、だが。
視線を上へと向けると窓が目に入ってくる。
そのカーテンの隙間から見える夜空に、白いアクセントが加わっている。
「ホワイト・クリスマスか」
いつの間にか降り始めていた雪を、なんとはなしに眺める。
「んう」
君が微かに動くと、頬と頬が触れ合う。
なぜか自然にそれを受け入れてしまう、俺。
今、こうしているのが当たり前のような、そんな気分。
「酔ったのかな?俺も」
すぐ側にある君の頭をそっと撫でる。
「メリークリスマス。シンディ」
返事はやっぱり無かった。

なんだか、夢の中にいるみたいです。
頭が大分ホワホワしてます。
なんでだか分からないですけど、私、凄く大胆な事をしてる気がします。
プレゼントを渡してから、私もプレゼントをもらって、弾みで抱き合ってから、ピッタリと抱き合ってます。
お互いの暖かさを感じながら、意識が遠くなっていきます。
擦れてゆく意識の向こうで声が聞こえます。
『メリークリスマス。シンディ』
声が何でか出ません。けど心の中で答えます。
(メリークリスマス。貴宏さん)

次の日、君がマフラーを家族全員分編んでいた事を知った俺は、ちょっとだけ落ち込んだ。
その上、やっぱり昨夜の事も覚えていなかった。
今度こそ・・・・今度こそは・・・・・絶対に成功させてやる。



俺のマフラーにだけ、少しだけ違う色で編みこまれた字に俺は気付いていなかった。
『I LOVE YOU』
という文字に。


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