その1
『エクソシストの憂鬱』

「主よ、我に邪悪なる魂戒めんための力を与えん事を……」

 修道服を着た若い女性が、聖句を唱えながら胸の前で十字を切る。

「神と子と聖霊の御名において命ずる。汝邪なる者よ。汝が捉えし子を至高なる神の名の元に放たん」
「う、ううう………」

 女性の前に破邪を示す五芒星を主とした模様で構成された魔方陣が描かれ、その中には一人の少女が蹲って苦しげにうめいている。
 その様子を見ながら、女性は更に聖句を唱え続ける。

「命ずる。至高なる神の御名において、汝が罪を…」
『じゃかましい!このクソ尼が!』

 突然、少女の口から野太い男の声から罵声が飛び出す。

『いちいちうるせえんだよ!わざわざ神様にしか頼るしか能の無いメス豚が!』

 少女の口から、正確には少女に取り憑いている悪魔が、祓われるの阻む為に次々と女性に罵声を浴びせ続ける。

 女性はそれに負けじと聖句の詠唱を続ける。

「汝、悔い改めよ。主の慈悲の元、汝が罪が洗われん事を…」
『知った事か!てめえこそその男日照りで疼く体をどうにかするこったな!」

 聖句を読み上げる女性の声が僅かに上擦っているのを、集中力の乱れだと判断した悪魔は更なる罵声を上げ続ける。

『そうだろうが!その服の下のデカイ胸なんかどうだ!いかにも男が群がってきそうじゃねえか!毎晩疼いてたまらねえんだろ!』
「なん…じ…神と子と…聖霊の…」

 たどたどしくなってきた聖句の詠唱に、悪魔が密かにほくそえむ。
 だが、女性の額に密かに青筋が立っている事に悪魔は気付いていなかった。

『あ、どうした?淫売の姉ちゃ…』
「じゃかましいわ!!!このクソが!!」

 突然、女性の口から悪魔の物を遥かに上回る迫力を持った怒声と、少女の鳩尾目掛けての強力なボディブローが同時に放たれる。

『ゴグッ!?』

 少女と悪魔の口から意味不明の悲鳴が漏れ、少女の体が床へと崩れ落ちる。

『な、何を?』
「黙って聞いてりゃ調子乗り過ぎじゃねえか?てめえ」

 前を見ようとした悪魔の首を、女性が強力な握力で鷲掴みにして持ち上げる。
 その時になって、いつの間にか少女の体から自分が引き剥がされている事に悪魔は気付いた。
 女性は先程とは別人としか思えない鬼のような形相で悪魔を睨みつけながら、ヤクザ顔負けの脅しをかけてくる。

「どうしてくれんだ?せっかくの上玉こんなにしちまってよ?」

 足元でケイレンしている少女を指差しながら、女性は悪魔の首を掴む握力を上げる。

『ど、どうするも何もこれはてめえが………』
「てめえがおとなしく祓われてくれりゃ問題無かったンだよ。分かってんのか?あぁ!!」

 人間ならば窒息確実の握力が悪魔の首に掛かる。それ以上に、女性のあまりの迫力に悪魔はすっかり怯えていた。

「せっかく人がマジメなとこ見せて、ついでに体でお礼でももらおうかと思ってたのを台無しにしやがって。どう落とし前つけてくれんだ?」
『体って、こいつ女………』
「いいんだよ、顔さえかわいけりゃあたいはどっちでも」

 エクソシストとしてはあるまじき過ぎる事を平然と言う女性に、悪魔は自分が誤った判断をしていた事を悟っていた。

「そうだ、てめえの体で払ってもらうのもいいかもな」
『は、はい。その一応自信は有る方で……』
「そっちじゃねえよ」

 何故か敬語になってしまっている悪魔を、どっちが悪魔か分からないような形相で女性が薄く笑う。

「最近ちっとばかし体がなまってやがるからな。少しばかり付き合ってもらおうか」

 そう言いながら、女性が開いている方の手を持ち上げ、軽く鳴らす。
 その手の甲には、異常に立派な拳だこが有った。

『いや、あの、今から悔い改めるというのは…………』
「却下」

 片手で悪魔の体を引きずりながら、女性がその場を離れ、やがて扉の閉まる音が響いた。

 その夜、その場所からはこの世の物とは思えない悲鳴が延々と響いていたという………………






『獣人(けものびと)』

 夜が来る。

 月が昇るとあたしの中に有る物が目覚めていく。
 それに呼応して、あたしの体も変わっていく。

 獣の肌、獣の爪、獣の牙、そして唯一中途半端な獣と人の合わさった体。

 変わっていくのは嫌じゃない。
 むしろ体を歓喜が走り抜けていく。

 堪えきれず、走り出す。
 獣の足は街並みを瞬く間に駆け抜けていく。

 人通りを避けたつもりでも、たまに人に見られる事もある。
 悲鳴を上げる者、自分の目を疑う者、傍の自販機で慌てて栄養剤を買う酔っ払い、反応もそれぞれだ。

 だけどそんな物はどうだっていい。

 ただ、自分の中の獣の命じるまま、思う存分走り抜ける。

 だけどそれだけじゃそいつは満足しない。
 分かっている。獣を満足させる為には、獲物が必要だ。
 あたしは駆け抜けながら獲物を探す。

 いた。

 嫌がる女に男が複数、どう見ても悪人面。

 ためらわず、そいつらに近付いて爪を振り下ろす。

 軽い感触と共に男が一人地面に血しぶきと共に倒れ込む。
 甘い血の匂いが周囲に立ち込めていくのを感じながら、驚いた顔してこっちを振り向いた男の腕に噛み付いてやる。
 鈍い音と一緒にあたしの口の中に血の旨味が広がる。
 腕を食い千切られた男が絶叫を上げる中、見せ付けるようにして咥えた手をかじってみせる。

 絶叫。

 男達は慌てて逃げ出す。倒れた仲間はそのままだ。
 別にレイプくらいじゃ命まで取る気は無い。
 ちょっと遊んでほしいだけだ。
 断言は出来ないけど。

 わざとらしく、大きく吠えてやる。
 周囲に響き渡る獣の遠吠え。

 気付くと、襲われていた女性がその場で失神している。
 その喉がおいしそうだが、今日の獲物は向こうの男達。
 もう一度吠えてやってから、後を追う。

 今日は満月。あたしの獣が一番元気になる日。
 夜はまだ長い。
 たっぷりと遊びに付き合ってもらおうか…………






『契約』

 軽い浮遊感を感じながら、周囲を覆う光が薄れるのを待つ。
 そして、ゆっくりとオレは目を開けた。
 薄暗い部屋の中、目の前に入る男が見える。そいつがオレを呼び出した奴だろう。

『汝、契約を望みし者か?』
「ああ、そうだ」

 男がつまらそうな声で返答する。
 普通、オレ達のような存在ー一般的には悪魔と呼ばれているがーを呼び出すような人間と言えば、もっと暗い目つきをした奴か、妙なオカルトマニア、そして本物の悪魔使いのどれかなのだが、こいつはどうもどれにも当てはまらないような気がする。

『汝、魂を糧にして何をの…』
「いちいちうるせえ、ただそこいらにあるもんを片付けて欲しいだけだよ」

 男の声で、オレは改めて周囲を見回して気付く。
 そこは、山のような死体で埋め尽くされていた。

 男がいる。女がいる。子供がいる。年寄りがいる。中年がいる。若者がいる。やせている奴がいる。太っている奴がいる。白人がいる。黄色人がいる。黒人がいる。赤髪がいる。黒髪がいる。金髪がいる。茶髪がいる。白髪がいる。首を切られた奴がいる。目玉をえぐられた奴がいる。撃ち殺された奴がいる。手足を切り落とされた奴がいる。絞め殺された奴がいる。頭を割られた奴がいる。劇薬をかけられた奴がいる。窒息させられた奴がいる。

 その余りの死体の多さに、さすがのオレも少し呆然とする。
 それを知ってか知らずか、男は冷めた目でオレを見る。
 オレは気を取り直し、男との契約に移る事にする。

『汝の一つ目の望みは、この死体の消去だな?』
「一つ目もなんも、それ以外なにもねえよ」

 男はつまらなそうに言い放ちながら、その場から出て行こうとするのをオレは慌てて呼び止めた。

『汝、我との契約の証を立てよ。さもなければ我は従わぬ』
「証だ?魂が欲しければそこいらにあるだろうからを勝手に持ってけよ。それとも足んねえのか?」

 何を勘違いしたのか、男は足を止めると、オレの目の前で脇に置いてあったトランクケースを開ける。
 そこには、金髪の若い女が入っていた。
 目が僅かに動いているのを見ると、薬か何かを使ったのだろうか?
 と、突然男はどこからか取り出したナイフで女の首を切り裂いた。

「ほらよ、追加だ」

 鮮血が周囲に溢れ出す。
 男は女を床へと放り投げ、女はケイレンしながら大量の血を流し、やがて死んだ。

『契約無くしては悪魔は動かぬ。汝、この契約書にサインを刻め』

 あまりの男の無造作な殺し方に、オレ初めて人間に寒気を覚えながらも契約内容が書かれた洋皮紙を男に向けて突き出す。

「……しょうがねえな………」

 男はぶつくさいいながらも、契約書にサインを記す。
 これで契約は完了だ。

『契約は成立した!』

 それがオレとこの男の奇妙な契約の始まりだった。

 男は、本当にオレに死体の始末しかやらせない。
 殺人趣味かと思えば、少し違う。
 何もやる事が無いから殺している。
 そんな男だった。

 オレは、二つ目以降の願いを男に要求した。
 男は何も求めない。
 富にも、権力にも、女にも興味が無い。
 そんなある意味平凡な男だった。

 オレは男を誘惑しようとした。
 どんな幻惑を見せようと、男は顔色一つ変えない。
 家を豪邸にしてみても、リッチな生活をさせてみても、美女をあてがってみても、ただうっとおしそうにするだけだった。

 オレは困り果てた。
 人間をその力で誘惑し、堕落させ、破滅させるのが悪魔の性分だ。
 だが、この男はすでに堕落しきっている。
 魂はもうオレがどうこう出来る余地の無い位闇に染まりきっている。
 日々の生活になんの糧も喜びも見出せず、全てに怠惰で、ただ戯れに殺す。

 ある意味、オレより悪魔じみている。

 仕方なく、オレはこの男を破滅させられる最後の方法を取った。


『よお、最近成績いいそうじゃねえか』

 オレが魔界に戻って管を巻いていると、同僚の羊頭の悪魔が声を掛けてきた。

『オレの成績じゃねえよ、こいつが一人で勝手にやった事だ』

 オレはそう言いながら、手にしたどす黒い結晶ー男の魂を見せてやる。

『またすごいのと契約したな』
『契約も何も、やらされたのは死体の後始末だけだ。他は何も要求しやがらねえ』

 オレは手にした酒盃を一気にあおる。
 飲まなきゃやってられない。

『どうやってそんな奴の魂取ったんだ?』

 一番聞かれたくなかった事を聞かれたオレは、酒盃を握りつぶしそうになったが、僅かに堪える。

『……んだ』
『なんだって?』
『警察にタレこんだ。なだれ込んできた警官達がこいつを射殺した。死んだこいつの魂をかっさらった。以上だ』

 数秒間の間を持って、同僚は大爆笑しやがった。

『けいさつぅ?お前が?悪魔が警察にタレコミ?悪魔が善意の情報提供ってかぁ!?』

 膝を叩き、涎を撒き散らす程大口を開けて同僚が笑い転げる。
 頭にきたオレは同僚の尻尾に魔力で火をつけてやった。

『あちいいぃぃぃ!!』
『笑うな!オレは泣きてぇんだ!』

 怒鳴りながら、オレは同僚の頭に酒盃を叩き付ける。
 杯が粉々に割れる音と共に、同僚は沈黙した。

『ちくしょう、これじゃあどっちが悪魔かわかりやしねえ…………』

 しばらく悩んだ後、オレはある決断をした。



 一年後

 オレは手元の書類に目を通す。

 分厚いファイルには、最近発見された変死体の発見場所、死因、発見状況等が細かく記されていた。
 明らかに殺人と思われる物をピックアップし、更にそれを細かく分類していく。
 現場写真付きの腐乱死体、バラバラ死体、焼死体などなど、普通の人間ならば見てる途中で食欲を無くすどころか、しばらくは夢に見そうな残虐事件のファイルを整理していく。

「頑張っているね」

 声を架けられたオレは顔を上げると、その人物に苦笑を浮かべながら返答した。

「課長こそ、無理してるんじゃ?」

 オレの言葉に、課長―刑事部殺人科責任者は疲れた顔に苦笑いを浮かべる。

「この事件を片付けるまで休むに休めんさ。被害者がすでに11人だからな」
「3人プラスです」

 手元のファイルから同一犯と思われる被害者の資料を抜き取りながら、オレは沈痛な気持ちに陥った。

 あの男のような堕落しきった人間を破滅させる為に、人間に化けて殺人科の刑事になったのはいいが、あまりにもあんな人間が今の世の中多過ぎる。
これじゃあ、悪魔の存在意味など在りはしない。

「また出た!12人目だ!」
「15人目」

 部屋に駆け込んできた先輩刑事に手元のファイルをちらつかせながら、オレは数字を訂正してやる。

「くそ!絶対ふんじばって電気椅子に送ってやる!行くぞ新入り!」
「了解」

 溜息混じりに返礼しながら、オレは席を立ってイスにかけておいたコートに袖を通す。

「こいつが、世紀末って奴か?」





『Machine Maiden Look to Honey Dream?』

 7:00ちょうどにセットされたタイマーが作動、休眠状態になっていた私の内部シーケンスが順次起動していく。
 メインプログラムが作動、各種センサーを自動チェックしつつ、メインCPUに接続。
 人工皮膚表面の温度センサーが隣に全長175cm前後の温源を感知、額の空間センサーが温源のフレームスキャンを始め、ほどなくしてそれが内部データにある人物と一致する。

「おはよう」
「おはようございます、マスター」

 その人物、隣に寝ていた私のマスターに目覚めのあいさつ。
 それと同時に、額に触れる柔らかい感触がCPUに送られてくる。

「起きていたのなら、私も起こしてくれればよろしかったのに………」
「君の寝顔に見とれててね」

 零距離になっていた顔が離れつつ、マスターが微笑。
 それを見た私の感情プログラムが僅かに動揺、顔の表情構成プラグラムに干渉して僅かに私の顔が赤くなる。

「いま朝食を作りますね」
「頼むよ」

 体を起こそうとした時、今度は頬に感触。
 再度顔を赤くしつつ、私は休眠用のガウンから作業用の服へと着替える。
 毎朝繰り返される、CPUの起動から各関節アクチュエータの正常起動確 認までの短い間のコミュニケーション。
 私のもっとも至福の時間。
『…い』
 アンドロイドの私を、本当の恋人のようにマスターは扱ってくれる。
『こら……』
 キスされる度の感情プラグラムの動揺はいつまで経っても治らないけど、それが嬉しくもある。
『…きろ』
 願わくば、このまま穏やかな幸福の時間をいつまでも過ごしていきたい………

「起きろ!こら!」

 耳の聴覚センサーに叩きつけられる怒声が、休眠状態の私の非常用急速起動プログラムを起動。
 私は休眠から強引に起こされた。

「あ、おはようございます。マスター」
「今何時だと思ってる?」

 目の前には、さっきまで見ていたのとはまるで違う不機嫌その物のマスターの顔。
 どうやら、また寝坊してしまったらしい。

「ハウスアンドロイドが寝坊なんかするなよ。しかもどんな夢見てたのか知らんが、顔ゆるみっぱなしだったぞ」
「す、スミマセン…………」

 しゅんとする私を見たマスターは、溜息一つで許してくれた。

「い、今朝食作りますから!」
「もう食ったよ。遅刻するからもう行く。後片付け頼むぞ」

 マスターは慌しく準備をすると、家から出て行った。
 後には、私一人がその場に残された。

 私は無言で首筋のスロットからデータチップを抜くと、それをしげしげと見た。
 本来はアンドロイドのストレスを休眠中の夢の形で発散させるはずのそれをマスターが付けてくれて以来、毎日あの夢を見る。
 今や、私自身マスターの事をどう思っているかは自覚してるけど、鈍いマスターは全然気付いてくれない。

「マスターの馬鹿…………」

 小声で小さく呟いて、ひとしきり落ち込んでから私はおもむろに仕事へと取り掛かる。
 洗い物をしている最中に、ついさっきの夢を思い出してにやけてしまい、手が止まってしまう。

 この感情が、ただのプログラムかそれとも発生したバグかは分からない。
 けれど、機械仕掛けの私でも、甘い夢を見る事位は許されるはずだから…………… 





『瀕死体験』

気が付くと、そこはお花畑だった。

「……………………あれ?」

自分がなんでそこにいるのかどうしても思い出せない。

「確か、町に買い物に出かけて、本屋で立ち読みして、ヤンヤン軒でラーメンチャーハンセットを平らげて、その後………」

段々思い出してきた。
そういえば、交差点で隣の家の真名ちゃんに会って、信号が変わった所でこっちに走り出した真名ちゃんに向かって信号無視のトラックが突っ込んできて、慌てて彼女を反対側に突き飛ばして…………

「で、どうなったんだっけ?」

そこから先がどうしても思い出せない。
状況から考えるに、真名ちゃんがいた位置にオレがいた訳で、そこにトラックが突っ込んできたんだから………

「轢かれる、よな………」

という事は?
ひょっとして、轢かれて即死であの世という事だろうか?
周囲を見回す。
一面お花畑と思ったが、よく見ると、向こうで何か光っている。

「行ってみるか」

他に気になる物も無いので、とぼとぼ歩きながら考える。

「オレが死んだら、母さん一人ぼっちになるな………父さんも兄さんも死んじゃったし…………」

二度有る事は三度、とはこの事か?
はっきり言って有ってほしくない物だが。

「母さん、泣くだろうな〜………父さんが死んだ時も、兄さんが死んだ時も、三日三晩は泣いてたしな………………」

気持ちはどんどん沈んでいく。
せっかく医大に入って、医者になろうと頑張ってた所だったんだけどな。
親孝行も満足にしないまま死んでしまうとは…………

「戻ろうかな?」

そう思って後ろを見たが、一面お花畑でどこから来たか分からなくなっている。
ここで無闇に戻ったら、俗に言う浮遊霊だの自縛霊だのになるかもしれないな…………

「それもマズイか?」

仕方なく、また光の方向に歩き出す。
そう言えば、真名ちゃんにこの間もらったバレンタインチョコ、食べかけで机の中だったな。
棺桶に入れてくれたら、残りが食べられるだろうか?
などと馬鹿な事を考えていたら、目の前に光の元が見えてきた。

「川か………」

そこには、光を反射しているキレイな川が流れていた。
これが俗に言う三途の川か?
ここを渡れば父さんと兄さんの所に………
そこで向こう岸に誰かいるのに気付いた。
何か、テーブルみたいな物を囲んで4人の人影が何かしている。
ようく見てみる。

「父さんに兄さん!?」

そこには、見覚えのある顔ばかりが、卓を囲んで、何故か麻雀をしていた……………

「ロン!」

自衛隊に入って、数年前にヘリの墜落事故で死んだはずの兄さんが役を決めている。

「なにぃ!」

警察官で、オレが小さい頃起きた乱射事件の犯人を体を張って止めて殉職した父さんが、兄さんの役を見て驚愕している。

「ぐああぁぁ!またか〜!!」
「やりよるの〜」

頭をかかえているのが兄さんの友人で、兄さんと同じ事故で死んだ高橋さんだし、その隣で笑っているのは、写真でしか見たことないけど、オレが生まれる前に死んだじいさんだ。
…………ただ、何ゆえ麻雀?

「もう一勝負!」
「いいぜ」
「あの〜」

熱中している四人に、一応声を架けてみる。
反応なし。

「今度は負けねえぞ!」
「おうおう、ガンバりんさい」
「もしもし?」

オレを無視して麻雀牌をかき混ぜ始めた四人を見ながら、途方に暮れる。
確か、こういう場合、死んだ知り合いが戻れと言ったり、来いと言ったりするはずでは?

「兄さ〜ん、兄さんの押し入れの下から二段目に入っていた箱の中身はもらっといたから」

その一言で、兄さんの肩がビクッと跳ね上がる。
ちゃんと聞こえてるじゃん…………

「あれを、オレの秘蔵を、棺桶に入れずに、もらっただと?」

兄さんがこっちを見た。
その顔は、文字通り亡者のごとき恐ろしい形相。
って、もう死んでるか……………

「何入れてた?エロ本か?」
「秘密だ」
「兄さんが高校時代から買い集めていたメイ…」
「わ〜〜!!!」

高橋さんの問いに答えようとしてオレの声を、兄さんの声が遮る。
肩で息をしながら、兄さんが再度こっちを見た。

「で、何でお前がここにいる?」
「何でって、死んだからじゃないかな?」
「そうか………」

山を作りながら、父さんが頷いている。

「で、お前何歳になった?」
「この間、22になった」
「そんなに大きくなったか………」

父さんがしみじみと頷いている。
まあ、死んじゃったら、関係ないなと思っていた時、父さんが卓の下から何かをまさぐって取り出してこちらに向ける。
オレに向かって黒光りしているニューナンブの銃口が…………

え?

「……父さん?」
「22じゃ、こっちに来るのはあと60年は早いな」

銃声。
乾いた音と同時に、オレの足もとに小さな穴が…………

マジ?

「そのとうりだな」
「ホントホント」

同じように、卓の下から64式自動小銃とSIG SAUER P220を取り出した兄さんと高橋さんが、こちらに向けてトリガーを引いた。
オレの周囲を弾丸がかすめ、内一発は髪を数本千切り飛ばす。
洒落になっていない。

「ちょ、ちょっと!」

オレはすがるようにじいさんを見たが、じいさんの手には同じように38式歩兵銃が………
そう言えば、じいさんの形見だとか言って、錆びきったそれが家の物置に…………
なんて事を考えていると、耳を弾丸がかすめていき、熱いような痛いような感覚と同時に、血が耳を伝って頬に流れてきて………

「ま、待った!」
『とっとと戻らんか!!』

オレは説得を試みようとしたが、四人が同時に怒鳴りながら、一斉射撃。

「わ〜〜〜〜〜!!!」

オレは、無数の銃弾に送られながら、大急ぎでそこから逃げ出した…………



何か、眩しい………
ゆっくりと、目を開ける。

「…………お兄ちゃん?」

目を開けると、真っ赤な目をした真名ちゃんと目が合った。

「………おはよう」
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

泣きながら、真名ちゃんがしがみ付いてくる。
それと同時に、オレを襲う激痛。

「真名ちゃん、痛い!痛い!」
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

抗議が聞こえていないのか、真名ちゃんはオレにしがみつきながら泣きじゃくっている。
よく見ると、どうやら病室のベッドにオレはいるらしい。
全身包帯だらけで、すごい痛い。

「目が覚めたのね………」
「母さん………」

真名ちゃんと同じように、目を赤くした母さんが病室に入ってきた。
どうやら二人して、ずっと泣いていたらしい。

「何が起きたか、覚えてる?」
「多分、真名ちゃんを庇って車に轢かれたような………」

ようやく嗚咽が小さくなってきた真名ちゃんが、涙目でオレの顔を覗き込む。
「お兄ちゃん、昨夜一度心臓が止まって、ひょっとしたら助からないかもってお医者さんに言われたんだけど、奇跡的にまた心臓が動き出して………それで、それで………」
「心配かけたみたいだね」

真名ちゃんの頭を撫でてやると、また真名ちゃんの目にまた涙が溜まっていく。
そういえば、小さい頃から泣き虫だったな、と思いながら、何気なく頭をかこうとした時、耳に痛みが走った。

「?」

そっと耳に触れてみる。
ちょうど、じいさんに撃たれた所に、内出血のような物が………

「兄さんや父さんに会ってきた」
「え………」
「それって、臨死体験?」
「そう……なのかな?」

自分自身半信半疑で、オレは有った事をゆっくりとしゃべり始めた………………





『ジ・ハード』

「うわっ!?」

避け損ねた攻撃が機体の頭部をかすめ、その衝撃でバイザーにヒビが生じる。
とっさにオレはバックステップ、その動きをスーツの変位組成樹脂製の人工筋肉が増強、機体が真後ろに3m程跳んで着地、オートバランサーが働いて機体は再度戦闘体勢を取る。

『大丈夫か!』
「戦闘に問題ありません!」

隊長からの通信に返信しながら、オレは対魔用20mmインパクトライフル”G・グニル”のトリガーを引いた。
爆発した指向性液体炸薬の爆風がバレル内部のインパクト・ウェーブシステムによって増強され、更に周囲のエーテルを取り込みながら、強力なエネルギーの塊となって発射される。
狙い澄ました一発が眼前の敵へと炸裂、敵は頭部と思われる部分を失いながらも、こちらへと近寄ってくる。

「この野郎!」

オレは機体の左腕に取り付けられたホーリーパイルを敵に押し付けてパイルバンク(杭打ち)。
破邪の効果を持つとされる純銀でコーティングされた至近戦闘用のパイルが、指向性炸薬の爆圧で押し出され、敵に突き刺さる。
と同時に、パイルに掘り込まれた紋章が発動、小規模な浄化術が相手の体内に光を溢れさせ、まるでもろくなった砂像のように敵は崩れていく。

「次っ!」

パイルを引き抜きながら、オレは次の敵を探す。
目の前には、奇怪な肉のオブジェとしか言いようのないような、生物学を無視しきった存在が敵として無数に溢れている。
妖魔、魔族、マインドメタモルフォゼス、ダークビジター、呼び方は色々あるが、敵ということだけはっきりしている。
それ以外はオレにはどうでもいい事だ。
オレの任務は、この人類とこいつらの存亡を賭けたこの一戦で、対魔用パワードスーツ部隊、《ADAM》の一員としてこいつらを一匹たりとて逃がさない事だけだ。

『デカイの行くぞ!』

オレの背後で、隊長がリニアランチャーの砲身そっくりなブースタースタッフを構える。
オレと仲間達は慌てて隊長の前を開け、即座に隊長が自らの能力を放つ。
スタッフ内部のマジックブースターが周囲のエーテルを取り込みながら、スタッフ内部の能力へと変化させて増強、極限までに増強された発火能力が、猛烈な業火を放ち、敵を数体まとめて灰にする。

『さすが!』
『無駄口叩くな!敵はまだいるぞ!』

隊長に怒鳴られた仲間が首をすくめながら、機体を横滑りさせつつG・グニルを連射、こちらに向かってきていた敵の集団に風穴を開けていく。
だが、戦闘で出来たくぼ地で一瞬足を取られたそいつに向けて、敵の一体が能力を発動、生み出された闇の塊が一瞬で機体を飲み込んだ。

『うわああぁっ!』
「カスガ!」

オレは慌てて闇に飲み込まれた仲間を助けようとするが、その前に敵が立ちふさがった。

「邪魔だ!!」

オレはそいつに向けてパイルバンク、効果を確認もせずに強引に腕を振ってそいつを投げ捨て、晴れつつある闇へと走り寄る。

「カスガ!!」
『大…丈夫だ……』

晴れた闇の中から、表面の流体刻印装甲があちこち剥がれ落ちた機体が力無く腕を振る。

『くそっ、油断した………サブシステム稼動まで時間を稼いでくれ』
「任せろ!」

オレは仲間を守るように機体をスライドさせ、接近しつつある敵に対峙する。

「内在オーラ量17000、下の上か?」

オーラセンサーが示す敵のエネルギー総量を見たオレは舌打ちしながら、G・グニルを腰のラックに戻して、背中にマウントされていたブースタースタッフを手に取る。

「オン マリシエイ ソワカ!」

精神を集中させ、呪文を唱えながら術を発動。
発動した術は機体内のマジックバイパスを伝導しながら収束されてブースタースタッフへと送り込まれ、さらにスタッフ内部で大気中のエーテルを付加された何倍にも高められて放出される。
増幅された摩利支天の斬撃呪が敵を縦に両断するが、二つに裂けた肉片の断面から伸びた触手が、互いを結びつけようとしていく。

「くそっ!」

オレはブースタースタッフを保持したまま、反対側の腕でG・グニルを抜いて連射、結びつこうとした肉片を木っ端微塵に粉砕していく。
だが、連射のし過ぎで周辺大気中のエーテル希薄が生じ、全武装のエーテル増幅不能を示すアラームが機内に鳴り響く。

「増幅可能濃度回復まで47秒?待ってられるか!」

オレは戦闘システムをメインのエーテルブーストからサブのバイパスブーストへと変更、更にスペアの物理攻撃兵器の残弾をチェックする。

「エーテル濃度回復までCレベルオートガード!」

オートガードシステムが機能して近寄ってくる敵に右肩の7.62mmガトリングガンと左肩のロケットランチャーが弾をばら撒くのを感じながら、オレはブースタースタッフとG・グニルを戻して印を組んだ。

「オン ソワハンバ タラマ ソワハンバ シュドカン!オン タタギャト ドハンバヤ ソワカ!オン ハンドボ ドハンバヤソワカ!オンバゾロ……」

次々と印を組替えながら、真言を唱え被甲護身呪を発動。
発生した結界がオレと未だシステムを回復しきれていたない仲間を包むが、それがかえって注意を引いたのか、敵が山と群がってくる。

『カスガ!慈雲!』

それに気がついた仲間がこちらを援護しようとするが、更に数を増してくる敵の大群への対処に奔走される。

「オン バザラギニ ハラチ ハタヤ ソワカ!オン バザラギニ ハラチ ハタヤ ソワカ!オン バザラギニ……」

エーテル増幅可能を示すアラームが機内に響くが、結界に群がっている敵を前に結界を解く事が出来ず、オレは焦りを感じていく。
そして、ロケット弾の弾切れと、結界上部からの敵の侵入を示すアラームが同時に響いた。

「しまった…」

片手の印だけでなんとか結界を保ちつつG・グニルを結界を切り裂いてきた敵へと向けようとした時、結界内部に侵入した敵が爆砕する。

『間に合った………』

ブースタースタッフを手に、サイコエクスプローション(爆砕能力)を発動させた仲間が機体を引き起こす。

「やれるか!?」
『リアクター稼働率32%、ブースト率47%、いける!』

返事を聞きながら、お互いの機体を背中合わせにしながら、ブースタースタッフとG・グニルを構える。

「来るぞ!」

オレは結界を解いて押し寄せてきた敵へと向けてありったけの攻撃をぶち撒ける。
返り血と肉片、そして空薬莢を盛大に撒き散らしながら、群がっていた敵を相当したオレは、再度押し寄せてくる敵へと向き直った。
敵はまだ、無数にいる。
戦いは、これからだ……………






『Tool OR Family?』

空は青く晴れ渡り、平和を象徴するように鳩など飛んでいる。
そんな空の下、オレはムスッとした顔で、手の中の弁当を見ていた。

「あいつ……………」

思わず、誰かに見られてないか周囲を警戒。
ただ、屋上の給水タンクの上なんて所を覗ける人間がいたら恐いが………
教室の中で開こうとして、中身を他の誰かに見られる前に気付いたのは幸運と言って良いだろう。
慌てて弁当のフタを閉めてここまで猛ダッシュ。
途中、友人に一緒に食わないかと誘われた気がしたが、これを見られる訳にもいかないので、適当な事を言って煙にまいておいたが………
何処までも澄み渡る青空の下、オレの心はそれに反比例するかの如く曇っていく。
仕方なく、オレはそれに向けて箸を伸ばしてオカズの中華風卵焼きを………

「おう、こりはスゴイ」

背後からの声に、オレは危うく卵焼きを落としそうになるのを慌てて掴み直す。
力を入れすぎて半分に千切れた中華風卵焼きが弁当に出戻りするのを、見向きもしないでオレは振り返って背後を見た。

「お前か………脅かすな!」
「なるほど、そりは人前じゃ食えんな………」

そこにいるのが購買のパン片手の悪友である事に気付くと、オレは怒鳴りながら胸を撫で下ろした。

「いや〜、ホントかわいいお弁当だね〜」
「言うな!」

半分に千切れた卵焼きを口に入れつつ、オレは苦い顔で悪友を睨みつけた。

「隠さないで堂々と教室で見せびらかすのも一興」
「出来るか!!」

口の中の物を飛び散らしつつ、オレは水筒の中の熱いウーロン茶を水筒のフタに注いでいく。

「いいね〜、オレもそんな弁当食ってみたいよ」
「じゃあやろうか?」
「いや、せっかく作ってもらったんだから、残さず食いなさい」
「作ってくれたのが人間だったらな………」

オレは苦い顔で、再度弁当を見た。
そこには、中華風炒り卵、肉そぼろ、刻んだほうれん草などで三重に作られたハートマークが大きくある。
オマケに、中央にはきちんと下味のついたグリーンピースで”LOVE”なんて書いてある……………
普通の奴がこれを見たらなんて思うかは言うまでも無い。
これの最大の問題は、作ったのが人間でなく、オレの家のハウスアンドロイドだと言う事だ……………

「あいつ、最近どっかおかしんだよな………」
「どう?」

思いっきり力を込めて、ハートマークを崩しながら、オレは弁当を平らげつつぼやく。

「起動時刻になっても起きてこないし、寝坊しながらにやけてやがるし、買い物のお釣り溜めて恋愛小説なんて買ってるし、極めつけはこれだ」
「なんだかんだよく見てるな、オイ。だがつまり、それはアレだな」
「アレ?」
「ずばり!恋!」

食いかけのカルボナーラパンを持ったまま指を突き立てる悪友に、オレは心底疑わし気な視線でその指先を見つめる。
ついで視線を少し上にずらすと、その顔には、限りなく状況を楽しんでいるかのような底意地の悪い目が光っている。

「あのな、あいつは機械なんだぞ?」
「知らんのか?四菱のHKタイプって、開発チームの女性プログラマーが自分の精神構造元にしてプログラム組んだって」

その話なら知っている。
確か、そのプログラム組み込んだプロトタイプを起動させたら、その場にいた同僚の男性に抱きついていきなり愛を告白して、仕舞いにはそのプロトタイプと元となった女性プログラマーで壮絶な争奪戦を演じたとかいう嘘クサイ話だったが…………

「元になっただけだろ?それに市販機にはそういう欠陥は付いてないってメーカーは言ってんじゃなかったか?」
「嘘に決まってんだろ。4組の万樹がいい例じゃねえか」
「ああ、あのてめえん家のハウスアンドロイドと駆け落ち騒動起こした……………」

確か、半年位前にそんな騒動が起きて、学校どころか教育委員会まで巻き込んで大騒ぎした挙句、無理心中しようとした所を両親が仲を許したとかで結局ウヤムヤになったんだったな。
当人はまた平然と学校に通ってたはず。
ただ、両親の出した条件が孫の顔を見せる事というのはどういうつもりなんだろうか?

「あれって、彼女と同タイプだったはずだぞ」
「よせよ、それじゃあオレが変態扱いされちまう」
「あのなあ、家事は出来るし、可愛いし、優しいし、彼女のどこが不満だ?」
「…………あいつは、人間じゃない。ロボットだ」
「古い考えする奴だな。今日日、AIやロボットが友人なんて奴は珍しくないぜ」
「友人みたいな存在ってだけだろ」
「KAJIWARAの新型なんか、家族扱いするの前提じゃねえか。オレはロボットの恋人もいいと思うけどな」
「言ってろ」

デザートに入っていたプチ饅頭を口に放り込んで残っているウーロン茶で流し込むと、オレは空になった弁当を仕舞い込んでその場を立ち去ろうとする。

「あ、彼女のタイプは最後までは無理だから、襲う時は気をつけろよ〜」
「黙れ!!」

寝言をほざいている悪友に怒鳴りながら、階段へと向かう。
家に帰ったら、あいつに文句を言わないと…………

放課後。

「ただいま」

家に着いたオレは不機嫌な顔であいつを探す。

「あ、お帰りなさい」
「おい、今日の弁……」

洗濯物を取り込んでいるあいつを見つけて文句を言おうとしたオレは、その格好を見て凍りついた。

「……………なんだ、その格好は」
「あの、マスターのベッドの下にあった本を参考にしたんですけど………」

そう言いながら、少し赤くなってうつむくあいつの頭にある、犬のような獣耳がヘタッと垂れる。

「あの、マスターの好みでは………」

白いナース服の裾を気にしながら、オレの顔色を伺ってくる。
オレは未だに凍りついたままだ。

「マスター?」

少しフチの大き目のメガネ(本来なら必要ないはずの)越しのパープルの瞳が、オレの顔を至近距離で覗いた瞬間、オレの心臓が跳ね上がった。
それを合図に、オレは一瞬でその最上級危険物から距離を取るべく後ろに飛退き…………背後に有ったテーブルにつまずいて盛大にコケた。


「きゃあっ!マ、マスター!?」
「あ、あぐぐ…………」

自爆したオレに向かって、最上級危険物が近づいてくる。
何とかそれから逃れようとするが、派手に打った背中が痛んで立ち上がれない。
そうこうしている内に、助け起こされたオレは、改めてそれを見た。

「マスター、大丈夫ですか?」
「なんとか………それより、どこからそんなアイテムを………」
「知らないんですか?私のタイプの購入時用のオプションに有るんですけど…………」

親父か!!
あの変態が!
オレやお袋に内緒でそんな物追加注文してやがったとは………

「似合い……ませんか?」

再度オレの顔を覗きこんできたパープルの瞳に、再度心臓が跳ね上がる。

「マスター?」

上目遣いの心配そうな顔に、オレの心臓は今までの人生で最高の速度で動きまくる。
なぜか冷たい汗が頬を伝うのを感じながら、オレはなんとか言葉を搾り出そうとする。

「に、似合ってる」
「本当ですか!?」

一転して明るい笑顔に、オレの心臓が更に速度を上げる。
今、オレは何かマズイ事を言ったんじゃないか?
思いっきり地雷を踏んでしまったような気が…………

「あ、これが終わったらオヤツにしますから、着替えてきてくださいね」
「う、うん」

壊れた機械のように何度も首を縦に振りながら、オレは特上級危険物が離れると同時に、脱兎の如く走って部屋へと入るとドアを閉めて深呼吸をして心臓をなだめようとする。

「お、落ち着け、あれはただのコスプレだ。それにあいつはただの機械だ。ただ、ちょっとビックリしただけだ………」

呪文のように何度も呟くが、心臓は一向に収まらない。
………………一体、どうしろというのだ?誰か教えてくれ…………………




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