BIO HAZARD irregular
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STARTING PURSURE
第一章 ささやかなる異質



 ある町の一角に、その店は有った。
 年季の入っているように細工された漆塗りの看板が軒先に掲げられ、そこにはこう書いてある。

《武具専門骨董店 覚悟完了》

 武具専門の名の通り、表に面したウィンドウには飾り鎧と西洋甲冑が並んで置かれ、その両脇には和槍とランスがそれぞれ立てかけれている。
 その背後には年代物のパーカッション(前詰)式の銃が幾つか飾られ、その下に同じく年代物のナイフや短刀が飾ってあり、和洋折衷とも手当たり次第とも言えるディスプレイが構成されている。

(前来た時はライフルじゃなかったかな?)

 そのウィンドウ内が来る度に変わっているのを知っている徳治は、何気にそれを見ながら古めかしい引き戸(ただしはめられているのは防弾ガラスだったりするが)を開けて店内へと足を踏み入れようとした。
 そこで、店内から出てきた人影とぶつかりそうになり、それを徳治が流れるような動きでかわす。

「おっと、すいません」
「Oh、Sorry」

 相手の声が流麗な英語だった事に気付いた徳治が相手をよく見ると、そこにいたのは金髪碧眼の白人だった。
 それだけならさして気にもしなかっただろうが、その白人は服の上からでも分かる鍛え上げられた体を甲冑のようなプロテクターのような物で覆い、手には更紗の包みで包まれた何か長い物―徳治はそれが長剣である事にすぐ気付いたがーを持っている。

「It hurries」

 その後ろから小柄な茶髪の女性―こちらは使い込まれたタクティカルジャケットを着込み、そのポケット全てに何かが詰められているーが声をかけ、更にその背後には全身をゲームの魔法使いが着るような茶色のローブで隠し、胸に薔薇を意匠化した紋章を首から掛けている性別不明の人物が続いている。

「Thank you」

 そんなRPGの世界から抜け出してきたような一行を呆然と徳治が見送り、店内一番奥のレジに腰掛けている練が英語で送り出す。

「なんだ、今の人達は……………」
「常連のトレジャーハンターだよ。どこぞの戦国武将の隠し財産を探しに行くって話だったが」

 練の説明に憮然とした顔をしながら、徳治は練の方に歩み寄る。

「いつも思うんだけど、もう少しマトモな客は来ないのか、ここ……………」
「大丈夫、売る相手は選んでいる」
「そういう意味じゃなくて……」

 全身から力が抜けていくような錯覚に捕らわれつつも、徳治はカウンターに肘をついてなんとか体を支える。

「で、何の用だ?」
「仕事だよ。しかも少しやっかいな」

 代金として手渡された数カ国混合の紙幣を数えてレジに仕舞おうとしていた練の手が、徳治の一言で停止する。

「今度はなんだ? また前みたいに悪魔が憑いているとか言って虐待されまくった子供連れ込まれたんじゃないだろうな?」
「あれは酷かったな。まあ、場合によっちゃ今回はもっと面倒になるが」

 紙幣を仕舞いこみ、レジの防犯用ロックを掛けた練の顔がしかめられる。

「それで、何を相手にすればいいんだ? 狂信者か? テロリストか? パチモノストリートギャングか?」
「最初が当たりだ。半分な」

 徳治はそう言いながら懐から一枚の写真を取り出して練へと手渡した。
 そこには、集合住宅らしい建物を背景に、柔和な顔をした若い日本人女性と、合衆国空軍の軍服を着た若い白人男性が肩を組んで仲むつまじい様子で映っていた。

「どっちが依頼人だ?」
「女性の方だ。千恵子・コールス、旧姓 風間 千恵子。オレの同級生だ」
「で、今は在日米軍曹長の妻という訳だ」

 男性の襟元に僅かに映っている階級称を見過ごさなかった練が、写真を徳治へと返す

「旦那の方はまだ軍人か?」
「ああ」
「なら、メーソンの管轄のはずだ。そっちに回すならともかく、なんでこっちに話が回ってきた?」
「状況が複雑でな。それにまだこちら側のやるべき仕事かどうかも分からない」

 徳治の言葉に、練の片眉が少し跳ね上がる。

「まさか、旦那の方が妙な宗教に走ったとか?」
「そのまさかだ」

 ため息まじりの徳治の肯定に、練が冷め切った視線を徳治へと突き刺す。

「宗教ならそっちの専門家か弁護士を紹介しろ。オレじゃ改宗の相談には乗れんぞ」
「改宗させるどころか、残らず斬り捨てようとしたしな……………」

 二年程前、狂信的な新興宗教に入信した人物を二人で助けに行ったはずが、その本拠地を壊滅させた事を思い出した徳治が湧き上がってきた頭痛を抑えようとこめかみに指を当てる。

「あの時は、お前がよりにもよって警察と信者、両方の目の前で教祖を射殺なんてするから話がややこしくなったんだろうが。警察は事情説明を求めるわ、信者は絶望するわで後始末にえらい苦労したな……………」
「この世に希望なぞ無いだの、殉教こそ至高の死だの言うだけならまだしも、実践までやってやがったからだ。本当の地獄を見た事すらない連中が…………」
「地獄………ね。この仕事やってるとそんなのは幾らでも見れるがな。例えばこの人、カーライト・コールスにとってはこの国が地獄だったらしい」

 写真の若い軍人を徳治が指差す。

「国外勤務軍人のホームシックか? 別段珍しい事じゃない」
「誰でも母国以外の国に行けばとまどうもんだ。お前みたいに染めあがって帰ってくるならともかく」
「悪かったな」

少し仏頂面になった練にかまわず、徳治は続ける。

「それで、いつも『妻と会った事以外この国でいい事は無かった』が口癖だった彼がおかしくなってきたのが2ヶ月位前。その口癖の代わり、『魂を開放し、オレは人を超越する』とか言い始めたらしい」
「その時点でカウンセラーか教会に連れて行け。米軍ならどっちもいるだろ」
「行ったらしいんだよ。ちょっとやばい教会にな。なんでも在日米軍の軍人の中にはやりつつある新興宗教らしいんだが、依頼はその宗教団体の調査と彼の脱会の補佐を頼みたいんだそうだ」
「…………それのどこが陰陽師の仕事だ?」
「荒事に強くて英語が堪能。お前向けの仕事ではあるな」
「丸ごとつぶしていいんだったらな。後の処置は任せていいか?」
「国際問題になるからやめてくれ……………」

 他に人選の余地が無かっただろうか、と徳治は悩んだが、それが全く無い事に気づいて頭を抱え込んだ。



二日後 横須賀 在日米海軍司令部基地

「ここか」

 いかめしい顔をした軍人が守衛をやっているのを、少し離れた車中から二人は見ていた。

「さすがは米軍、この平和ボケの国でも警備体制はきっちりしてやがる」
「意味も無く銃ふりかざしてるのはどうかと思うけどな………」

 気づかれない位置から双眼鏡を覗いていた徳治がそれを降ろしつつ、隣にいる練の方に向き直る。

「正面から強行突破、なんて考えてないだろうな?」
「人を牛と勘違いしてないか? 依頼は調査だから、まずは情報だ。前まで回してくれ」
「陰陽寮の力が及ぶのは日本政府の領土内だからな。そこの所覚えといてくれ」

 一抹の不安を覚えつつ、徳治は車のハンドルを握った。


 基地の入り口の前に一台の自動車が止まった事に、守衛のオルソ・クーズ軍曹は微かに警戒する。
 その車から一人の男が降りてくると、警戒はそのままに、オルソ軍曹は頭に疑問符を浮かべた。

「Hello,is Sergeant Major kirlight here?(こんにちは、カーライト曹長はいますか?)」
「It seems to be what?(何の用だ?)」

 車から降りてきた、淡い灰色地の羽織袴に草履という完璧な和装に身を包んだ若い男が、流麗な英語で質問してきた事に意外性を感じながら、オルソ軍曹は自分の仕事を忠実にこなそうと質問をする。

「Although his wife instead of a Sergeant Major has business.(曹長ではなく、彼の奥さんに用があって)」

 若い男は、そういいながら裾に手を入れ、そこから一枚の葉書を取り出した。

「What‘s?(それは?)」
「It is the notice of a class reunion.What is necessary is just to send here how, and nobody knows.(同窓会の通知です。ここにどうやって出せばいいのか誰も知らなくてね)」

 手渡された葉書を見たオルソ軍曹は、そこに書かれている内容をチェックしようとしたが、日本語が分からない彼にそれは不可能だった。
 葉書に気を取られていたオルソ軍曹は気づかなかったが、その時若い男の影に異変が起きていた。
 ちょうど軍曹の死角になる部分の男の影がまるで水面の波紋のように揺れ、男がほとんど動かないにも関わらずその形を変える。
 そして、その影から小さな影が飛び出すと、一瞬その影は水面下を泳ぐ魚の形を取り、そのまま基地の中へと泳ぐように入っていった。
 男の影は何事も無かったように元通りの形に戻った時、基地の中から交代のためにやってきたウェルズ・サルガン軍曹が二人の姿に気づいた。

「Did it carry out if you please,Olso?(どうかしたか、オルソ?)」
「It came to the good place.What is written, as for this?(いい所に来たな、これなんて書いてあるんだ?)」

 ウェルズ軍曹は和装の男を興味深そうに見ながら、手渡された葉書を見た。

「It is the notice of a free class reunion.What is this?(ただの同窓会の知らせだな。これがなにか?)」
「No, it is easy to be it.(いや、それならいい)」

 そこで、ウェルズ軍曹は改めて男を見た。
 妙に目つきが鋭いその男は、日本人ですら着ている人間は少ない和装に身を包み、あまつさえ草履まで履いている。

「ソノ カッコ ナニ?」
「They are work clothes.It is the occasion which came by work.(仕事着ですよ。仕事で来たついでなんで)」

 覚えたての片言の日本語で聞いたウェルズ軍曹に男は英語で答えながら、葉書を出したのとは反対側の袖に手を入れると、そこから一枚の名刺を取り出す。
 相手が外見とは裏腹に流麗に英語を操る事に驚きつつ、ウェルズ軍曹は名刺を見た。

「The dealer in curios ?Young one?(骨董商? 若いのに?)」

 日本語と英語の両方で表記されている名刺を横から見たオルソ軍曹が首を傾げる。

「A store is a father’s thing.I am the help.How is a Japanese sword at a Japanese souvenir?It is made cheap.(店は父親の物だ。オレはその手伝い。日本の土産に日本刀はどうです? 安くしておきますよ)」
「I will think.(考えておこう)」

 二人の軍人が見守る中、男は踵を返して車へと乗り込み、そしてその場を離れた。


「首尾は?」
「上々」

 車が守衛達の目に付かない所まで来た所で、ハンドルを握っていた徳治は車を止める。

「こっちもエサは巻いておいた。架かってくれるかどうかは微妙だろうが」
「奇妙な日本人が日本刀売りに来た、か。噂になるのは間違いないな」

 練が履いていた草履を脱いで、普段履いているコンバットブーツへと履き替える中、徳治は後部座席から蓋が被せられている鼎(かなえ、儀式用の金属製の水入れ)を取り出す。

「オン」

 呪文を唱えながら刀印(手の人差し指と中指を突き出す陰陽道で用いられる手印)を結び、徳治はそれを蓋を外した鼎の中に湛えられた水へと突き刺す。
 次の瞬間、水面はまるでモニターのようにそこに画像を映し出した。
 水面に映し出された映像、練の影に潜ませてそこから放たれた徳治の式神(陰陽道で使われる使い魔)の見ている光景を、二人は凝視した。

「確か、入って右手をずっと奥と聞いたが………」
「あれかな?」

 まるでRCカーに搭載されたCCDカメラのような映像を見ながら、依頼主に聞いていた情報を頼りに、くだんの〈教会〉へと式神は近づいていく。

「あった、アレだ」
「教会、にしては妙だな?」

見えてきた建物に、練は首を傾げる。
確かに見た目には教会そっくりに見えるその建物には、教会のシンボルである十字架らしき物が一つも見当たらない。

「キリスト系じゃないのか?」
「自己開発系、という話だから、本尊も無いと考えられ…」

 そこで突然、教会内部に入ろうとしていた式神の映像が途切れ、同時に鼎の水が爆発したように吹き上がった。

「返されたか!?」
「いや、結界に阻まれただけだ………一瞬だが、セフィロトが入り口に見えた」
「セフィロト………カバラ魔術か。メーソンか、クロイツか…………場所から考えるとメーソンだな」
「フリーメーソンのロッジ(支部の事)が横須賀基地に? そんな話は聞いてないが………」
「分からない。とりあえず覗き見は無理みたいだな………」
「ああ、今日のところはおとなしく引き上げよう。着替えなきゃならん」

 吹き上げた水の直撃を受けた徳治が、懐から取り出した手ぬぐいで服を拭きつつ、車を発進させた。



「はい……そうですか。分かりました。それではお願いします」

 あるシティホテルの一室、陰陽寮用の完全貸切となっているその部屋の電話を使用していた徳治が、丁寧に礼を述べると受話器を置いた。

「なんだって?」

 備え付けのソファーに腰掛けながら、銃の整備を行っていた練が、徳治に問い掛ける。

「メーソンの東京ロッジは関与を否定している。ただ、その妙な宗教については向こうも怪しんでいるらしくて、何か分かったら教えるそうだ」
「メーソンじゃないとしたら、クロイツか?だが、あの自称慈善団体が新興宗教まがいをやるわけないし………」
「結界が張ってあったって事は、どこかで正式に魔術を学んだ者がいるって事だ。正式なセフィロト方陣の描き方を知っているのは組織の関係者しかいないからな」
「元、という考えもあるぞ」

 練の一言に、徳治も考え込む。

「破門された術者か……だが、破門される時に能力は封印されるのが常だ。かりにそうだったとしても、何故元魔術師が米軍の基地に?」
「魂の開放、人の超越か…………」

 お互い黙りこくったまま、その場を沈黙が包む。
 その時、重厚なリズムの着メロが練の懐から響いた。

「仕事用か。どこからだ?」

 手についたガンオイルを裾でぬぐい、練は懐から携帯電話を取り出す。
 表示されている番号が覚えの無い物であるのを確かめると、おもむろに着信ボタンを押した。

「はい、こちら『覚悟完了』の水沢…Oh, daytime. What do you want? Japanese sword ?Less than 100、000 yen.I understand. We send to you later.Thank you」
「どこからだ?」

 途中から英語になった会話の意味を取れず、端々から何を言っているのか理解しようと空しい努力をしていた徳治が、練が電話を切ると同時に問い掛けた。

「エサに掛かってきた。昼間の守衛からだ。10万くらいで日本刀が買えないかだとさ」
「10万って、安物しか買えないぞ…………」
「少し負けとけ。どうにか情報を引き出してみる」
「上手くいけばいいんだがな…………」

 その声に、練は微かに首をすくめただけだった。






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