BIO HAZARD irregular
SWORD REQUIEM

第六章


 こちらへと近付いて来ていたゾンビが、その顔面にスラッグ弾を食らって大穴を開けながら路上に倒れ伏した。
 スミスは無言で次の敵へとモスバーグを向けると、散弾を叩き込む。
 それでもまだこちらに来ようとするゾンビに向けて、レンはホットロードで威力を増してある9mmパラベラム弾を撃ち込んでトドメを刺した。

「スミス、あんまり無駄弾を使うなよ」
「分かってるよ」

 サムライエッジを降ろしながらのレンの言葉に、スミスは小さく答える。

「ここまで来れば街を出るまでもう少しね」
「ああ。だが、まだ安全とは思わない方がいい」
「あれか」

 スミスが先程の下半身だけのゾンビの死体を思い出す。
 今の所、それらしい怪物には出会っていない。だからといって、会わずに済むかどうかははなはだ疑問だった。
 その内、視界にもう一体のゾンビを見つけたスミスは、それに銃口を向けた。


 それは、微かに伝わる音から地上に獲物がいるのを敏感に感じ取った。
 少し前に他の獲物を食って下水の中へと戻ったばかりだったが、その異常な食欲と消化能力の前にすでにそれは完全に消化され、文字通り血肉となっている。
 そして、音の反響からその獲物のすぐ傍に地上への出口が有る事を確かめ、獲物が出口の一番近くに近寄ると同時に獲物へと襲い掛かった。


 突然、こちらに近付こうとしていたゾンビの傍のマンホールのフタが爆発したように跳ね上がった。
 そして、そこから飛び出してきた何かが一瞬にしてゾンビを頭から丸呑みにすると、即座に傍の路地へと駆け込んだ。
 何が起きたか分からず呆然としていた三人は、マンホールのフタが路上に落ちる甲高い音と共に我に返った。

「な、何!?」
「何だ!?」
「敵か!?」

 三者三様の驚きを示している内に、路地からはマンホールから飛び出してきた何かが、ゾンビを咀嚼する音が聞こえてくる。
 腰の刀に手を掛けながら、レンはゆっくりと油断無く路地へと近付く。
 レンがその路地の真正面に来るのと、咀嚼の終えたそれがこちらに振り向くのはほとんど同時だった。

「何だこいつは!?」

 レンの目に写ったのは、敢えて言うなら足の生えた巨大な魚だった。
 3m以上はあるその怪物は、ナマズか深海魚を思わせるような横に伸びた体に全身が鈍く光る鱗と下水でまみれた粘液で覆われ、本来ヒレが生えているはずの場所は、小さなヒレが付いた、まるで爬虫類を思わせる短く太い足が生えていた。
 それはレンを見ると、まるで水中を泳ぐように何度か尾びれを動かしながら硬質で覆われた巨大な口を開閉させた。
 その中にさっき食われたゾンビの肉片が粘液混じりに浮いているのを見たレンは顔色を変えた。

「!さっきのはこいつか!」

 そうっとレンの傍に来たスミスが思わず叫ぶ。

「そのようだな」

 レンは刀を抜いて構えながらそれと対峙する。

「問題はこいつが今空腹かどうかだ。そして今までのパターンから言えば…」

 突然怪物は大きく口を開いてレンへと襲い掛かってきた。

「ノーだ!」

 レンはとっさに横に飛んで怪物をかわす。スミスも慌てて転がるようにその場から離れ、怪物はそのままレンの背後に有った消火栓へと突っ込む。
 驚くべき事に、その怪物は口の中へと入った消火栓を強靱な顎で平然と噛み千切ると、咀嚼して飲み込んだ。

「嘘………」
「随分と悪食だな!」

 呆然としているミリィを差し置いて、レンはホルスターからサムライエッジを抜くと、立て続けに怪物に向けて発砲。
 だが、さして効いた様子も見せず、怪物は再びレンへと跳び掛かった。
 レンは体を沈めながら怪物の方へと前進、その腹へと刀を振るった。

「何!?」

 しかし、その刃は怪物の全身を覆う甲殻並の硬さの鱗と粘液によって阻まれ、表面を滑るだけに終わる。

「くたばれエセ魚が!」

 スミスが怪物へと向けてモスバーグを連射するが、異常に素早い動きを捉えられず、虚しく路面に弾痕を刻む。
 そして、モスバーグが弾切れを起こすと同時に、怪物はこちらを向いた。

「ゲテモノ好きならこいつを食らえ!」

 スミスが腰からレッドホークを抜くのと、怪物が口から粘液状の何かを吐くのは同時だった。

「な!?」
「危ない!」

 レンがとっさにスミスに体当たりを掛けて自分も後ろへと転がる。
 吐き出された粘液はスミスの構えていたレッドホークとレンの足を掠めるだけに終わった。

「スミス大じょう…」

 言葉の途中で、レンが突然足に走った激痛に言葉を詰まらせる。
 見ると、粘液がかすった所が醜くただれていた。

「こいつは!」

 スミスが手にしたレッドホークの表面が融解していくのを見て絶句する。
 怪物が吐いたのは強い酸性を帯びた粘液だった。
 怪物はその粘液をまるで啜るようにまた口の中へと戻す。

「悪食の上に貧乏性か。キレイに舐めないと気が済まないらしい」

 レンが足に走る痛みを我慢しながら立ち上がる。

「二人共大丈夫!?」

 ミリィが二人の傍へと近寄ると、怪物に向けてクーガーDを構えたが、レンはそれを制した。

「あいつにそんなちゃちな物は効かない。効くとしたら」
「こいつだ!」

 スミスが融解したレッドホークを投げ捨て、背中に背負っていたM77マークUを構えると、怪物の顔へと向けてレーザーポインターを照準、トリガーを引いた。
 が、発射された弾丸が当たるよりも速く怪物が動きだし、しばらくして離れた場所に着弾して小さな火柱が上がる。

「おとなしくしやがれ!」

 スミスはボルトアクションで空薬莢を排莢、次弾を装填して続け様に撃つが、動きが速すぎてやはり当たらない。
 怪物は三人の数m手前まで近付くと、再び大きく口を開けて襲い掛かる。

「散れっ!」

 レンが叫びながらミリィを突き飛ばし、自分も横へと飛び退る。

「きゃっ!」
「うわあぁ!」

 怪物は慌ててしゃがみこんだスミスの頭上を通過し、さっきまでミリィのいた場所を襲うと素早くその場を離れた。

「このやろっ!」

 スミスが振り向き様にM77マークUを撃つが、怪物の傍を掠めるだけで当たらない。

(どうする?どうすればいい?)

 レンは自問しながら怪物を見た。
 怪物はある程度離れるとUターンしながらまたこちらへと向かってくる。

(一瞬でいい。あいつの動きを止められれば………)

 近付いてくる怪物から視線を合わせたまま、周囲を観察した。
 そして視界の隅に、路上に落ちているマンホールのフタが有るのに気が付いた。

(あれだ!)
「危ないレン!」
「レンっ!」

 そちらに気を取られている隙に、間近まで近寄った怪物が再びレンを襲った。

「はっ!」

 レンは体を捻りながらそれをかわし、怪物の腹へと刀の峰を叩き込む。
 怪物はそのショックで態勢をやや崩しながら地面へと降りるが、すぐに何事も無かったようにこちらへと向き直った。

「スミス、オレが奴の動きを止める。その間に撃ち込め」
「どうやってだよ」
「説明してるヒマは無い。なるべくオレから離れていろ」

 有無を言わせず、レンは構えていたサムライエッジをホルスターに仕舞って両手で刀を下段に構えた。
 そのままゆっくりと怪物と対峙しながら路上に落ちているマンホールののフタの方へと近寄る。

(こっちだ………飛び掛かるには近いぞ……またあれを吐いてこい………)

 レンの思惑通り、怪物はゆっくりとレンの方へと向き直ると、大きく口を開けた。

(そうだ、来い!)

 次の瞬間、怪物は口から酸性の粘液を吐いた。が、それはレンの狙っていた通りだった。

(今だ!)

 怪物が粘液を吐くと同時に、レンは足元に有ったマンホールのフタの端を刀で跳ねあげ、それを掴んで粘液へと突っ込んだ。
 小さめのフタだった為、覆いきれない部分を粘液が襲うが、構わずレンは粘液を突っ切る。

「はあああぁぁぁぁ!」

 そのまま怪物へと走り寄ると、怪物の体で数少ない鱗で覆われていない部分、背ビレの付け根の極僅かな隙間へと刀を突き刺し、そのまま路面へと突き刺した。

「今だっ!」
「OK!」

 刀を手放して怪物から離れたレンの背後から、スミスが弾丸を撃ち込む。
装甲目標の内部破壊を目的に作られた徹甲焼夷弾が硬質の鱗を突き破り、怪物の体内へと炎を撒き散らす。
 束縛から逃れようと怪物はもがくが、深々と突き刺さった刀がそれを許さず、次々とその体に弾丸が撃ち込まれる。
 5発目が撃ち込まれ、怪物がほとんど動かなくなったのを確認しながらスミスは構えていた銃を降ろした。

「やったか…………?」
「多分な」

 怪物の焼ける生臭い匂いがたち込める中、レンは怪物が最早微かにしか動かないのを確かめ、その背を貫いていた刀を手に取り一気に引き抜いた。

「いつっ……!」

 刀を引き抜いた反動で、マンホールのフタで覆いきれなかった部分が痛み、レンは思わずその場に尻餅をついた。

「大丈夫!?」

 ミリィが慌てて駆け寄り、レンの傷の具合を確かめる。
 マンホールのフタを掴んでいた左手の指と、右足の脛、それに左足の太腿が酸性の粘液の為にただれていた。

「早く傷口を洗浄しないと!」
「水ならそこに!」

 スミスが先程怪物が食い千切った消火栓を指差す。そこからは噴水の様に水が吹き出していた。

「一汗かいた所だしな。シャワーでも浴びるか」

 レンがミリィの肩を借りて噴水の傍へと近付いた時だった。
 突然、死んだように動かなかった怪物がレン達へと襲い掛かった。

「あぶ…」
「え…」

 スミスの声でミリィが振り返るよりも速く、レンは後ろへと振り返り、振り返る勢いを利用しながら怪物の体に開いた弾痕の一つに刀を突き刺した。

「おおおおぉぉぉぉ!!」

 声と共にレンは刀の峰に左の拳を叩き込み、その勢いを乗せながら一気に怪物の体を斬り裂く。
 怪物は半ばから二枚に下ろされて路面へと転がった。

「5発も徹甲焼夷弾食らって生きてやがるとはな…………」

 スミスが完全に死体と化した怪物を気持ち悪そうに見る。そして不思議そうにレンの方を見た。

「何でまだ生きてるって分かったんだ?」
「勘だ」

 レンが刀を振るって鞘へと収めながら短く答える。

「フォースにでも目覚めたか?」
「似たようなのなら従兄が目覚めている」

 レンは消火栓から吹き出している水で傷口を洗い流しながらの答えに、スミスが首を傾げる。

「それにしても、結局こいつ何だったんだ?こんなでかい魚ここいらにいねえし………」
「多分肺魚の一種だと思うけど………」
「ハイギョ?」

 傷の手当ての準備をしながらのミリィの言葉に、今度はレンが首を傾げた。

「主に熱帯地方に住む変わった魚で、浮き袋の変化した擬似的な肺を持っているのが特徴よ。それのお陰で短時間なら陸上行動も可能なの。ペットとして飼われる事も在るからそれが変化したんだと思うわ。だけどここまで大きくなったりしないはずだけど…………」
「じゃあこの強力なゲロは?」

 スミスが路面を侵食している粘液を指差しながらの問いに、ミリィはしばし考え込んで答える。

「肺魚は食べた物を一度強靱な顎で砕いて、それを胃の粘膜と一緒に口から出して反芻する習性があるから、多分その名残だと………」
「ま、今となっちゃどうでもいい事だ。分かっているのはこいつが襲って来たっていう事実と、刺し身じゃ食えそうにない事だけだ」

 レンが呆れたような声を出しながらミリィの方へと左手を突き出す。
 ミリィはそれに救急スプレーを吹きつけ始めた。

「ねえ、レン。サシミって何?」
「知らないのか。刺し身ってのは…」

 レンの言葉が途中で途切れる。
 不信に思ったミリィにもすぐに原因は分かった。

「おい、聞こえるか!?」
「ああ、幻聴じゃないようだ」

 どこか遠くから車の駆動音がこちらへと近付いて来ていた。
 見ると、通りの向こう側から一台の車が向かってくるのが見えた。

「助かった…………の?」
「あれに乗っている奴にその意思があればな」

 レンが訝しげな顔をする。車種を確認出来る距離までそれが近付くと、スミスが意外そうな顔をした。

「ハンマーじゃねえか。何でこんなとこに?」

 その車は米軍正式軍用車両の一つだった。
 目前まで来ると、その車は停止し、中から重武装した兵士達が降りてきた。
 降りてきた兵士はまず三人を順番に見、次に路面に転がっている怪物の死体を見た。

「これは君達が倒したのか?」
「そうだ。苦労したがな」

 威圧的な兵士の言葉にレンがこちらも威圧的に答える。

「見た事も無いタイプだ。新型か?」
「分からん。取り合えずサンプルを回収しよう」

 こちらを無視して他の兵士達は怪物の死骸を調べ始める。
 それを横目で見ながらスミスがわざと大きな声でぼやいた。

「出来れば負傷した民間人を助けてほしいんだけどな」

 それを聞いた兵士の一人が車の無線を使って何かを話し合う。
 やがて話が付いたのかこちらを向いた。

「了解した、君達を保護しよう。この車に乗りたまえ」
「それはどうも」

 わざとらしく言いながらも、スミスはミリィと共にレンに肩を貸しながら車へと乗り込む。
 三人が車に乗り込んだ所で、兵士達は車のトランクから棺桶を思わせるようなカプセルを取り出すとそれに怪物の死体を押し込んでいく。

「何やってんだ、ありゃ?」
「サンプルの回収って言ってたけど…………」
「なるほど、そういう目的か」
「え?」

 レンのぼそりとした呟きに、レンの左手にテーピングで応急処置をしていたミリィが首を傾げる。

「あいつら多分非公式の特殊部隊だ。妙な事は以後喋らない方がいいかもしれないぞ」
『?』

 レンの言葉にスミスとミリィは顔を見合わせてクエスチョンマークを浮かべる。
 そこへトランクにカプセルを詰め込んだ兵士達が車内に乗り込み、車を発進させる。
 彼らが放つ威圧感に気圧されてスミスとミリィは黙るが、レンは用心深く彼らを観察する。

(M4カービンにM203グレネード?オマケにナイツ社製の最高級品か…………こいつら間違い無く一般兵じゃないな)

 レンはちらりと背後のトランクを見た。そこには先程のカプセルと同じ物がもう一つ置いてあり、そこには巨大な虫のような物が入っている。
 そしてその隣にはロケットランチャーや重機関銃といった物騒極まりない代物がごろごろしていた。

(スティンガーにM60、どっちもテロリスト相手でも使わないような代物だな。やっぱりこいつら………)
「ちょっと聞きたいんだが」

 そこで突然声を掛けられたレンの思考が中断する。

「先程の怪物は、君が斬り殺したのか?」
「結果的にはそうなるな」
「あれを?どうやって?」

 声を掛けてきた兵士とは別の兵士が興味半分と言った顔でレンの方を向いた。

「光背一刀流《陽残刻》(ようざんこく)という技だ。本来は斬鉄、すなわち金属や岩石を両断する技なんだがな」
「金属?そのニホントウで?」
「ああ。オレはまだ未熟だからそこまで出来ないがな」

 兵士達がキョトンとした顔でお互い顔を見合わせると、小声で何かを話し合う。
 聞き耳を立てなくてもそれが先程自分が言った事が本当かどうか疑っているのはレンには容易に想像できた。

「言っとくけど、こいつはすげえ強いんだ。ここまで来るのに何体ものゾンビや怪物を斬ってるんだぞ。本物のサムライだ」
「そうですよ、レンは強いんですよ」

 レンを弁護しようとするスミスとミリィに兵士が苦笑を返そうとした時、突然車のルーフに振動が響いた。

「どうした!?」
「やばいぞ、取り付かれた!」

 ハンドルを握っている兵士がスピードを上げ、ジグザグ走行をしながらルーフに取り付いた何かを振り払おうとするが、それは落ちる素振りすら見せず、逆にルーフを猛烈に叩き始める。

「くたばりやがれ!」

 兵士の一人が真上に向けてM4カービンのトリガーを引くが、頑丈すぎる構造が災いして弾丸はルーフにめり込むだけで貫通しない。

「ちっ!おい車を止め…」

 そこで、兵士の眼前に細長い何かが突き出される。
 それが刀の鞘である事に気付いた時、レンは狭い車内で強引に抜刀していた。

「あああぁぁぁ!」

 レンは体を沈み込ませるようにして刀を真上に向けるとそこから一気に跳ね上がるように刀を突き出した。
 刃はライフル弾をも通さなかったルーフを貫通し、その上にいた何かを貫いた。
 真上から奇怪な断末魔が響き、レンが強引に刀を引き抜くとルーフから何かが車の後ろへと落ちていく。ミリィが何気に後ろを見ると、それはもう一つのカプセルに入っていた巨大な虫だった。

「これで、信じてもらえるか?」
「ああ…………」

 兵士の一人が驚愕の表情でレンを見つめていた。他の兵士達も唖然とした表情を浮かべている。今何が起きたのか理解するのに苦労しているらしい。

「サ、サムライ…………」
「これが………」
「少し違うがな」

 レンは刀に付いた奇怪な色の血をペーパータオルで拭いながら、不敵な微笑を浮かべる。

「お陰で説明に苦労しそうだよ、サムライボーイ」

 助手席に座っていた兵士が足元に落ちていた鞘を手渡しながら苦笑を返す。

「見たままを伝えればいいさ。それがあんたらの任務だろ」

 レンの言葉に兵士達の顔に緊張が走る。そこでちょうど車は停止した。

「到着だ」
「これは………」

 そこで広がっている光景を見たレン達は思わず絶句するしかなかった……………






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