this ONEday 「あ、あ、駄目ですよマスター。そんなに焦っても」 「で、でも」 「ゆっくり、ゆっくりですよ」 「う、うん」 「そこ違います、もう少し右です右」 「こ、こう?」 「そうです、そのままゆっくり降ろしてください」 「ゆっくりだね」 「ええ、はめる所に合わせないと」 「・・・・・」 妙に重々しい音を立てて、床に開いた穴にコタツやぐらがはめ込まれる。 それと同時にコタツやぐらに内蔵されたボルトが自動的に作動して完全に自らを固定、なにやら機械的な音をたててやぐら内部の配線が接続されていく。 「いつも思うんだが、こんな訳分からんコタツ作るなら、なんで床に内臓型にしなかったんだろう」 「旦那様が言うには『合体変形は漢の浪漫』だそうで」 内部のチェックでもしてるのか、目の前のコタツはヒーターを何度か点滅させたり、激しく電子音(内臓コンピューターはCPU 4Ghzだったっけか)をさせたりしている。 1分ほどもそうしていたかと思うと急に静かになり、 『スタンディング・バイ』という電子音声が流れる。 「さ、次はお布団をかけましょうか?」 君の手にはすでにコタツ布団が握り締められている。 「・・・今年は猫柄じゃないんだね。」 「はい、奥様が『今年は絶対に虎柄にしろ』と」 「白と黒の縞模様は違う虎だと思う・・・」 そんなやり取りを交わしながら、2人がかりで手早く布団を乗せていく。 最後に天板を乗せて、天板の端っこのカバーを外して新しい精燃槽をいれる。カバーを閉めた途端に天板にテンキーを思わせるボタンが表示される。 「起動コードは5・5・5のエンターと」 君がそう入力した途端、天板が激しく明滅し、幾何学模様をしばし写したかと思うと急にしずまり、先程と同じく電子音声で『ミッション・コンプリート』という声がはいる。 「はい、これで終わりです。マスターありがとうございました」 「いいよ、これぐらい」 「去年までは一人で何とかできたんですけど」 そういいながら君は、そっと自分の手を握り締める。 その手は去年までの機械的な合金とセラミックではなく、血の通った暖かい手に変わっている。 (こうしてみると結構、細い腕なんだな・・・) なんて凝視している自分に気付き、慌てて視線を外す。 「また、片付けるときも手伝うからさ」 「その時はお願いしますね」 君はそう言いながら、用意していた布巾で天板を拭き始める。 「もう寒くなる季節か・・」 それ、すなわち現在の状況が未だに続いている事を示す事にほかならないのある。 悪かったよ、まだ告白できてないよ、ホワイトデーもお返し迷った挙句に、スーパーのワゴンセールだったさ。 彼女の進化も停まったままさ、両手はともかく足はまだ義体さ、そっから先なんてとてもとても・・・・自分で確認したわけではないが。 君と一緒に風呂入った姉貴の言葉だけだけどさ。 なんでか風呂上りにそのままパロ・スペシャルかけられながら言われたんだけどね。何を期待してたんだ姉貴。 「マスターお茶入りましたよ」 何時の間にかコタツの中で悶々と思考のループに入っていた俺を君の声が現実に引き戻す。 目の前には湯気をたてる湯飲みと、皿に盛られた羊羹2つ。 「これオヤジの取っておきの高級羊羹じゃ・・・」 君はにっこりと微笑みながら人差し指を口の前に立てる。 「手伝ってもらった御礼です。内緒ですよ」 ばれたら殺される。君でなく俺が。 「そだね、証拠隠滅といこうか」 一切れを一度に口の中に放り込む。 安物と違う上品な甘味が口いっぱいに広がり、そのまま喉の中に落ちていく。 「ふぐぅおお!」 「キャアア、マスター」 四角の塊のまま喉の中に入った羊羹で、俺の呼吸が困難というか不可能になる。 俺は慌てて君に手渡してもらった湯飲みのお茶を口の中に注ぎ込む。 君に淹れてもらった適度な温度のお茶は、喉の羊羹を何とか押し流し、腹の中に運んでいった。 「あー、腹の中に塊を感じる」 「慌てすぎですよ、まったく」 「面目ない」 ・・・良い所ないな、俺。 残りをよく噛んで食べながら、お茶の残りを啜る。 「やっぱり美味しいですよね、これ」 「ああ、オヤジがわざわざ年に一回向こうの店に出向いて買ってくるぐらいだからなぁ」 なんて事を言いながらコタツの天板を2回指で叩く。 そこに天板に内蔵されたテレビリモコンの映像が浮かんだと同時に電源ボタンの位置を指で叩く。 『・・依然としてこの季節にしては早い冬型の気圧配置となっており、これを憂慮した気象庁では西高東低の気圧に対抗すべく気象庁の精鋭を集め、低くなった東側の気圧を持ち上げる作戦を・・・・』 テレビの天気予報では、胸に『屋ン某』『間ア某』とペイントしたマッチョ達が東に向かう船に乗り込んでいる所だった。 「しばらく寒くなりそうですねぇ」 「まだ秋に入ったばっかりなんだがなぁ」 そう言いながら2人揃ってお茶を啜る。 何気に君の方を見ると、君はなぜかお茶を啜りながら、しきりに右の耳を指で叩いている。 「耳、どうかしたの?」 「いえ、さっき物置からコタツを出しに行った時に、ゴミが入っちゃったみたいなんです」 そう言いながら今度は手の平で叩き出す。 よっぽど気になるみたいだ。 「どれ、見せて」 「すいません、マスター」 君の隣に移動して、耳の中を覗きこむ。 「影になってよく見えないなぁ」 「どうしましょう?」 そういう君に俺は妙案が浮かんだ。 「綿棒あったっけ?」 「綿棒ならそちらに」 すぐ側にあったケースから一本の綿棒をとりだして、それを手に持ったまま、君の横に正座する。 「取ってあげるから、ここに横になって」 そう言って俺は自分の膝を叩く。 「え?いいですよ、何もそこまで・・」 恥ずかしがる君を少し強引に引っ張って自分の膝枕に寝かせる。 「あのマスター」 「動いちゃダメだよー」 何か言おうとする君の頭を軽く押さえ、耳の中を覗きこむ。 キレイな形だなーとか、首筋も結構細いんだなーとか、余計な考えを一瞬で頭の隅においやって、中を覗きこむ。 確かに小さな綿埃が見える。 「ああ、あったよ確かに。今取ってあげるから」 俺は手にした綿棒をそっと耳の中に差し込む。 君は一瞬小さく体を震わせるけど、大人しくしてくれている。 全神経を指先に集中させながら、小さな綿埃を綿棒で掬い取った。 「ほら、取れたよ」 君はゆっくりと体を起こして、右の耳を軽く叩いてみる。 「あ、本当だ。ありがとうございます」 振り向いた君の笑顔がまともに至近距離だったせいで、俺の心臓は一瞬でターボがかかる。 「今度は交代ですね」 「え?」 君はコタツに入れていた足を出して、今度は逆に俺の隣に正座する。 ・・・・それは君の膝枕に横になれ、という事です か。 「さ、早く」 そういって今度は君が強引に俺を引っ張る。 「そ、それじゃ」 俺は内心の動揺を必死に押さえ込み、君に赤くなった顔を見られないように向こう側を向いてゆっくりと君の膝枕に近付いていく。 ああ、幸せの予感・・・ 俺の顔が君の膝枕にくっ付いた途端、熱した鉄板に濡れ布巾を置いたような音が響いた。俺の顔から。 「にゅおおおお!!」 慌てて跳ね起きた俺は勢いがつきすぎて、コタツの天板の角の頭を直撃させる。 セラミックと合金でできた君の足は、軽く運動性に優れ、耐久性が高いけど、過熱すると熱を持ちやすい。だから、ストーブやコタツでは注意する事。 以前に整備のおっさんから聞いていた注意事項が走馬灯のように甦る。 だけど、それを最後に俺の意識は闇へと沈んでいった。 何か冷たい物が顔に押し付けられた感触で、俺は目を覚ました。 「あ、あの気が付きましたか。マスター」 目を開けると半分涙目になった君がいた。 「すいません。私、気が付かなくて」 そう言いながら手にした氷嚢を俺の顔に当てる。 そっと視線を巡らすと、俺の顔の下には君の膝枕でなく、座布団がしかれていた。 顔の半分と、ぶつけた額が痛い。 「あのその、私、なんてお詫びしたら」 見ると君の手は肌寒いこの気温の中、何度も氷を触ったのか、真っ赤になっていた。 涙目の表情と、その手がかえって俺には痛痛しい。 「いいよ、もう気にしなくて」 氷嚢を君の手から受け取って自分で顔に当てる。 額はともかく、顔の方はもうそれほど痛くない。 「で、でも」 君は赤くなった手をキュッと握り締める。 うう、こっちが申し訳なくなる。 「俺も不注意だったからさ」 その一言がかえって君を追い詰めたのか、君の目か涙がこぼれる。 「私、やっぱりまだダメなんですね」 そう言いながら、自分の足を服の上から握り締める。 その手には硬い感触しか無いはずだ。 「なんだか、自分がもう進化しきったような感じが最してたんです」 君はそう言いながら自分の手を顔の前に持っていて握り締める。 「でも、私、やっぱりまだ・・・」 そう言って泣き出しそうになった君を、俺は慌ててね起きて力いっぱい抱きしめる。 「そっから先は無しだよ」 君は俺の腕の中で微かにしゃくりあげながら、俺のに顔をうずめる。 「前にも言ったよね、君は機械なんかじゃないって」 腕の中で君が頷く。 「だから、もうその事は言うのは無し」 君が顔を上に向ける。案の定、その顔は涙で濡れてた。 「でも」 何か言いそうになる君を俺はさらに抱きしめる。 「『でも』、も無しだよ」 君はやっと笑顔を見せた。 ありがとうございます」 そしてまた俺の胸に深く顔を埋める。 「本当にありがとうございます。・・・・さん」 「え?最後がよく聞こえないんだけど」 顔を近づけようとした途端、君は慌てて俺から離れた。 な、なんでもないです!」 涙顔が一転、今度は赤くなっている。 「あ、私もう夕飯の準備が!」 すごい勢いで君は台所へと走っていく。 冷蔵庫を開けた音がした。 「あ、すいません冷蔵庫空なんで、買出しにいってきますね」 ばたばたと君は買い物準備を始める。 その手に財布と買い物篭を握り締めて、玄関に向かって走っていく。 玄関に向かう途中、急停止した途端、俺に顔を向ける。 「もう少し冷やしててくださいね。マスター」 それだけ言い残して玄関へと走り去っていた。 後に残された俺はあっけにとられたまま、言われた通りに氷嚢を拾って、また顔に押し当てる。 「さっき、なんて言ったんだ?シンディ」 答えは腕の中から買い物にいってしまっていた。 玄関を出て、私はそっと玄関のドアを閉めます。 落ち着くためにそっと深呼吸。 自分の顔が赤くなっているのが、自分でもわかります。 「思わず、言っちゃった・・・」 あの人の腕の中で、思わず名前を呼んでしまったのが、今更恥ずかしくなってきます。 「でも」 さっきの言葉は嬉しかった。とても嬉しかった。 私が求めていた言葉を、あの人はまた言ってくれたから。 「私はもう機械なんかじゃない」 自分にまるで呪文のように言い聞かせます。あの人にいわれたように。 そしてもう一言。 「私は絶対に人間に進化します。マスターの」 そこまで言って思い直します。 「貴宏さんの為に」 そしたら、私は・・・ そこから先を自分の中に仕舞いこみます。 とても、とても大切に。 「さ、買い物に行きましょうか」 肌寒いはずの秋の風が今はとても暖かく感じました。 小説トップへ INDEX |
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