第六章「邂逅! 新たなる光と影!」


BIOHAZARDnew theory
FATE OF EDGE

第六章「邂逅! 新たなる光と影!」


『こちらサンダーバード。オウル、応答せよ。こちらサンダーバード……』

 崑崙島の電波妨害の効果範囲のぎりぎりの端の海上に、一隻のヨットクルーザーが浮かんでいた。
 そこから電波妨害の干渉を受けつつ、一つの通信がひっきりなしに応答を呼びかけていた。

『オウル、応答せよ。オウル……くそっ!』

 クルーザーの中から、何かを叩きつける音が響く。
 通信が途絶えたクルーザーから、何か細長い物を持った人影が出てくる。
 その細長い物、望遠機能のみならずレーザー盗聴機能を兼ね備えた多機能観測機が、崑崙島へと向けられる。

「潜入部隊突入から30分が経過。未だ警備システムは解除されず。5分前上空衛星からの映像は市街地を進む黒装束を確認。他は不明………」

 淡々と告げていた人影は、そこで再度拳を何かに叩きつける。

「くそ………オレは無力だ。だが、必ず奴らの尻尾を掴んでみせる…………」

 憤怒と憤りを示す歯軋りの音は、波にまぎれて誰にも聞こえる事は無かった………



「あ……ああ………」
「もう大丈夫だ。立てるか?」

 腰を抜かし、歯の根も合わない程に震えてる女性が、目の前に立つ黒装束の男を見た。
 彼の手には血にまみれたセラミック刀・白咆が、足元には獲物の血で染まった顔を新たに己の血で染め上げるゾンビの生首が転がっていた。

「崑崙ドームに生存者が集合している。急げ」
「な、何言ってるの! さっきからあんたもあの子も!」
「……日本人か」

 相手が日本語で怒鳴ってきた事に、相手が英語を理解出来ないという事をようやく気付いた男―レンは日本語で言い直す。

「観光客か? 観光先の簡易会話と非常経路くらい覚えてから来い」
「あ、あんた日本語話せるの!? てっきり悪趣味なコスプレかと……」
「生まれも育ちも日本だ。職場はアメリカだがな」
「どうなってるのここは! いつの間にかゾンビだらけだし電話は繋がらないしマップは壊れたし!」

 女性が手にした観光用マップモバイル、GPS内臓で現在地表示や目的地算出機能まで付いた代物は、電波妨害の影響をマトモに喰らってエラー表示が出るだけだった。

「こんな事なら、中国じゃなくグァムにでも行くんだった! ヨッコが本場の中華食べたいなんて言うから!」
「他に連れは?」
「知らないわよ! ガイドもゾンビになっちゃって、もう何がなんだか!」
「崑崙ドームに生存者が集まっている。来るか?」
「い、いやよ! どうせ行ったらみんなゾンビになってるのよ! もうこの世のおしまいなんだわ!」

 泣きじゃくる女性に、レンはため息と共に背中のバックパックからディライトタイプ・ワクチンが入った無針インジェクターを取り出して女性の頚静脈にいきなり注射した。

「何したの!?」
「ワクチンを注射した。これでゾンビにはならない。車の中にでも隠れてろ」
「本当! 日本に帰れるの!?」
「帰りたければ言う通りにしておけ」
「わ、分かった!」

 慌ててそばに放置してあった無人のタクシーの中へと飛び込む女性が、レンの方へと向き直る。

「そうだ! あなたが助けてくれる前に、チャイナドレスを来た女の子に一度助けてもらったの。その子、自分が囮になってすごい数のゾンビに追われていたわ。出来れば、助けてあげて…………」
「どっちに行った?」
「あ、あっち………」

 女性の指差した方向が、目的地と反対側なのに気付いたレンが眉根を寄せる。

(囮? それだけの行動力がある奴が自己犠牲とは考えにくい………この状況でレジスタンスしている連中でもいるのか? だが、一刻も早くこのワクチンを…)

 思考は、突然の轟音で中断させられる。

「爆発!?」

 女性の指差した方向から聞こえてきた爆音と、天へと伸びていく黒煙に、レンは思考を素早く変更。そちらへと向かって走り出した。



「はぁっ………はぁっ………」

 周囲を真っ赤に染める業火と、吹き上げる黒煙を前にして、ジェットローラースケートを履いたチャイナドレス姿の少女が両手足を路面に付き、顔を伏せるようにして大きく息を乱していた。

「20、はいってるはず…………」

 自らが囮となってゾンビをガソリンスタンドまでおびき寄せ、あらかじめガソリンを撒いておいて気化が進んでいた所でバッテリーから伸ばしたコードをショートさせる、という自分も巻き込まれかねない危険極まりないトラップでゾンビ達を倒した少女が顔を上げた時だった。

「ウ……ア………」
「まだ!?」

 全身を炎に包まれながらも、絶命してないゾンビが少女へと向かってくる。

「この…あっ………」

 少女は立ち上がろうとしたが、何時間にも渡る全力の逃走による疲労が、彼女の足から力を奪っていた。
 肉と油の焦げる匂いを漂わせ、立ち上がれない少女に炎をまとった手が伸びる。

「来るなら来なさい!」

 転倒したまま、木製バットを少女がかざした時だった。
 突然、眼前の業火に裂け目が生じた。
 そしてその裂け目を一陣の閃光が走る。
 閃光はそのままゾンビの後頭部―延髄を正確に貫き、口から外へと飛び出す。

「ニホントウ?」

 それが、片刃の刃だという事に気付いた少女の視界に、業火の割れ目を疾走してくる漆黒の人影が映る。
 人影はゾンビの背後へと近付き、延髄を貫いた刀の柄を掴み、横へと斬り裂く。
 半ばから両断された首を不自然に傾げながら、完全な屍となったゾンビが崩れ落ちる。
 その背後から、刀を手にした黒装束の男の姿が少女の前へと現れた。

「随分と無茶をしてるな」
「……文句ある?」

 その男―レンの言葉に、少女はキツイ口調で返す。

「過度の自己犠牲は感心できる物じゃない。死ぬ気か?」
「最終的にはそのつもりだよ、これのせいでね!」

 少女は左腕に巻いていた包帯をむしるように剥ぎ取る。
 その下、少女の腕には深くえぐられた歯型があった。

「! 噛まれたのか……」
「そうよ、感染した友達に三日前にね。直に、ボクもゾンビになる………」
「……?」

 うつむく少女の顔を、レンはあごに手をかけて自分の方へと向け、その顔を真剣な表情で覗き込む。

「な、何?」
「………」

 レンは無言で少女の顔を観察、挙句に口を開かせ中までじっくりと観察した。

(妙だ。噛まれたのが三日前、それにこの運動量なら感染は一気に進行する。だが、初期症状の細胞異常活性不良に伴う血行不良や毛細血管の破裂が見当たらない。異常が発見しやすい口腔粘膜も普通だ。彼女は………発症していない?)

「痛っ! 何すんだよっ!」

 念のために少女の腕をつねって痛覚を確かめるレンの手を振り解いた少女が、警戒のまなざしでレンを見ながら、低く唸る。
 その状態を見たレンの疑惑がますます深まる。

(やはりだ、痛覚の鈍化や知能や理性の低下も見られない。どういう事だ? 考えられるのは、感染しなかったか、抗体を持っているか、それとも遺伝子レベルでの変異? もし変異なら、ワクチンの投与は過剰反応を起す危険性もある。検査してみない事には、判断も出来ない………)

「……名前は?」
「リンルゥ………リンルゥ・インティアン」

 無言で思案していたレンからいきなり出された質問に、少女―リンルゥは怪訝な顔で答える。

「家族は?」
「母さんと二人だけ。父親の事は知らない」
「母親の名は?」
「インファ・インティアン。フリーのルポライター………さっきから何だよ?」
「リンルゥ、君にはT―ウイルス感染症の症状が出ていない。こんな事をやっていたら感染していない可能性は極めて低い。抗体を持っている可能性もあるが、それなら両親のどちらか、もしくは両方がT―ウイルスの感染とディライトタイプ・ワクチンの接種を受けていないとそれもない。あと考えられるのは…………」
「……考えられるのは?」
「極めて稀にしか起きないが、T―ウイルスとの相性が良過ぎる感染体は、遺伝子レベルで変異を起す事がある。そうなれば」
「ゾンビ以上の化け物になる?」
「数例しか報告されていないケースだ。実際にあるかどうかは………ただ、その場合このワクチンの投与はむしろ危険になる可能性がある」
「…………」

 無言で唇をかみ締める少女―リンルゥに、レンはどう言葉をかけるかを思い悩む。

「いいわ。ゾンビになるのも化け物になるのもどうせこの状況じゃ同じだよ。ちょうど殺してくれそうな人間も来てくれたし」
「オレの事か。これでも一応…」
「知ってるわ、FBI特異事件捜査科捜査官 レン・水沢。《ファイナル・ネゴシエーター》、《レトロ・ジョーカー》、《シャイニングエッジ》、そして《ブラック・サムライ》の数々の異名を持ち、どんな凶悪事件でも解決させる超凄腕捜査官。前に母さんがあなたの記事を書いた事あるから」
「……思い出した。オレが捜査官になりたての頃、すさまじい批判記事を書いてくれたルポライターがいたな」
「直後に解決不能とまで言われたGD事件を一人で解決してむしろ知名度上がってたじゃん」
「そう、まるでそれを狙っていたかのように、な」
「え?」
「とりあえず後だ。オレはこの背のワクチンを崑崙ドームまで運ばねばならない」
「それなら、近道案内するよ」
「頼む」
「その代わり、ボクに何かあったらちゃんと殺してね」
「……約束しよう」

 レンはリンルゥに手を貸して立ち上がらせると、二人で目的地へと走り出した。



同時刻 中枢センター一階ホール

「はぁっ!」
「そこ!」
「ひゅっ!」
「向こうからも!」
「わああぁぁ!」

ホールにひしめいていたゾンビ達に双刀が舞い、ガス炸裂弾が飛び交い、拳が振るわれ、矢が突き刺さる。

「こっちからも来た! 何か赤くて速くてすっごい怖い!!」
「どいて!」

 ゾンビ達から逃げ回っている智弘を押しのけるようにして、シェリーが飛び出す。
 迫ってくる赤い体表を示した変異ゾンビ、T―ウイルスの変異体による〈V―ACT〉と呼ばれる体組織の再構築によってより敏捷かつ凶暴化した《クリムゾン・ヘッド》と呼ばれるタイプに、シェリーはダッシュの勢いを乗せたボディブローでその体を一気に壁際まで吹っ飛ばす。

「駄目押し!」

 更にシェリーは床に足跡がめり込む程の強烈な踏み込みで宙を舞い、全体重を乗せたロケットのようなドロップキックでクリムゾン・ヘッドの頭部を壁へと叩きつけ、粉砕する。

「残りは!」
「それで最後です!」
「ダメ―ジは!」
「有りません!」
「よし」

 オーダーメイドで用意しておいた硬質ゴムの靴底とセラミック補強されたカバーの付いた格闘用コンバットブーツに付いた血や肉片を床へとこすりつけながら、シェリーは現状を確かめる。

「予想外に多いわね。てっきり死守してる物だと思ってたけど」
「システムの過信ですね。帯銃しててガードシステムに引っかかった痕跡があります」

 絶命したゾンビの頭部から矢を引き抜きつつ、CHがその屍を観察する。

「こっちの奴、片腕最初っから無かったぞ。どんなシステムつけてたんだか」
「中華風だから、青龍刀でも降ってくるんじゃない?」
「そんなアレなのはちょっとないんじゃ………」

 逃げ回っていた智弘がスミス兄妹の説に異を唱えつつ、ロビー受付のコンソールをチェックする。

「ここでもダメか………どうやってもセキュリティが突破できない」
「ゲイザーやSH(※ハッキングツールの名称)使ってもダメ?」
「手持ちのツールは全部使ってみたけど、ダメだな。というよりも、破った端から塞がれてるような感じがする。どういう仕組みだろ? こんな芸当出来る電賊(※ハッカーの事)なんて《マーティ・マスター》か《エンペラー》くらいだと思うけど………」
「それにしては、反応が無いわよ? ここにいるって分かったらなんらかのリアクションがあってもいいはずだけど………」
「何か仕掛けられているのかもしれません。用心して進みましょう」

 まだ使えそうな矢を集め終えたCHがそれをクィーバー(矢筒)に入れようとした時、異様な音が耳に飛び込んできた。

「まだいたか!」
「そこか!」

 ムサシが双刀を構えるよりも早く、CHが手にした矢を異音が響く方向へと放つ。
 放たれた矢は、空を裂いて飛翔し、目標へと当たると、その表面で弾かれて壁へとぶつかって落ちる。

「!?」
「ゾンビじゃない!?」

 通路から、異音の主がゆっくりと現れる。
 全身から、まるで木材をこすり合わせたような軋み音を立てながら、それはこちらを見た。
 その異音の主の濁った目はゾンビと同じだったが、それ以外はまるで違っていた。
 ぼろぼろになった軍服をまとっているそれは、顔や露になった体の表皮が全て白く乾いたようになっており、各所にヒビまで生じている。
 古めかしいロボットのようなたどたどしい動きでこちらに向かってくるそれが、一歩を踏み出す毎に表皮がこすれ、異音を立てる。
 その異常な怪物に、全身が息を呑んだ。

「シェリー隊長、あれは?」
「悪いけど、私も初めて見たわ。全身が硬化してるみたいだけど、そんな例は今まで一度も…」

 アニーが思わず出した問いに、シェリーが首を横に振った時、それが軋み音を含んだ呼気を吐き出す。

「コハアアァァ………」
「ようは、敵だ!」

 相手の異様さにまったくおくさず、ムサシが双刃を構えて相手へと駆け出す。

「光背双刃流、《双鋏斬Double Scissors》!」

 構えた双刀を、腕を組むように大きく背後へと向けたムサシが、そこから一気に双刀を横薙ぎに繰り出す。
 高速で繰り出される刃に挟まれた相手は、確実に両断される、はずだった。
 斬り抜けるはずだった刃が、相手の体に当たると同時に、止まる。

「斬れない!?」

 ムサシの目は、鋭利さにおいては真剣と変わらないセラミック刀の刃が、相手の表面に刃文の辺りまでが食い込んだ状態で止まっていた。

「か、硬い! なんだこいつ!」

 ムサシが刃を抜こうとした時、相手が動いた。
 無造作に突き出された腕が、ムサシの腹に突き刺さる。

「がはっ!」

 腹に突き抜ける衝撃に、ムサシが胃の内容物を吐き出しながら、双刀を手にしたまま真後ろへと吹き飛ぶ。

「ムサシ!」
「なんてパワーだ………」

通常のゾンビとは比べ物にならない怪力に、全員が息を呑む。
 次の瞬間、大きな異音と共に、それはこちらへと向かってきた。
 たった一歩のダッシュで、まるで砲弾のような勢いで跳んでくるそれに、アニーは瞬時に銃口を向ける。

「これなら!」

 相手の顔面に、左右二発ずつ、都合四発の速射が命中・炸裂するが、それは相手の顔の表皮と筋肉を僅かに吹き飛ばしただけだった。

「なっ…」
「どいてっ!」

 アニーを弾き飛ばすように出たシェリーが、突撃してきた相手をブロックして受け止める。
 シェリーの全身の力を持ってしても、その勢いは完全に受け止められず、床に2m近いスリップ痕を残しながらようやく止まる。

「なんて怪力? あんた一体……!」

 その怪物の顔を見たシェリーの顔に、一瞬驚きが走る。
 その隙に、振るわれた腕がシェリーをブロックごと横へと飛ばした。

「シェリー!」
「シェリー隊長!」

 何度か床で回転して受身を取ったシェリーが、勢いを活かして立ち上がり、再度構える。

「お久しぶり、リー大尉。お元気?」
「知ってる人!?」
「ええ、3年前、世界中の軍・警察関係者の格闘技大会で戦った相手。中国人民解放軍・陸軍特殊気功部隊 第二小隊隊長、リー・ロンチュウ大尉。硬気功の達人よ」

 異様な呼気を響かせながら、リー大尉だった者がシェリーの方を向いた。

「呼吸法と筋肉の収縮を兼ね合わせて体の硬度を上げる、ってのは知ってたけど、そのままゾンビ化して腐敗より先に硬直が始まってるわけね………」
「まるでキョンシーだよ! これじゃあ本当の怪物だ!」

 いかなる攻撃も効かない硬度と、異常な怪力を誇る異形に、智弘がホールの隅で震え上がる。

「そうね、個体名は《キョンシー》。ランクはB+ってとこかしらね…………」

 冷静に相手の分析を進めるシェリーに、キョンシーが再度襲い掛かる。

「このっ!」

 カウンターで相手の胴体にシェリーはミドルキックを叩き込むが、双方の力は拮抗し、呼気を響かせて襲い掛かろうとするキョンシーと、蹴り足を突き出しながら歯を食いしばるシェリーの両者が完全な硬直状態に陥る。

「相変わらず防御は鉄壁ね、リー大尉……」

 徐々に、シェリーの体が力負けして押され始める。

「どいてくださいっ!」

 CHが叫ぶと同時に、アーチェリーを構えながらシェリーの背後へと回り込む。
 それを聞いたシェリーは、蹴り足を引きながら素早くその場にしゃがみ込む。
 支えがなくなった事で襲い掛かろうとしたキョンシーの体でもっとも硬化が薄い場所、左の眼球に放たれた矢が深々と突き刺さる。

「ハアアァァ…………!」
「そっちも!」

 呼気を吐いて暴れるキョンシーの右の眼球に、アニーが放ったガス炸裂弾が命中。相手の眼球を吹き飛ばして視界を完全に奪う。

「これで……!?」
「コハアァァ!」

 左目に矢が突き刺さり、右目が顔面の一部と共に吹き飛んでいるキョンシーが、視界が完全に閉ざされているにも関わらず、呼気を吐き出しながら襲い掛かってくる。

「この野郎!」

 ムサシが双刀をかざして、キョンシーの突撃を受け止める。
 乾ききり、ひび割れた土塊のようになった口を軋み音と共に開閉するキョンシーが、ムサシの双刀を掴み、力任せに押しのけようとする。

「な・め・る・な〜!」

 ムサシもまたそれに対抗して全身の力を振り絞ってキョンシーを押しのけようとする。

「頭! 右損傷部に集中!」
『了解!』

 ムサシとキョンシーが硬直状態にある間に、シェリーの指示に従ってキョンシーの横手に回りこんだCHとアニーが、先程アニーの弾丸で吹き飛んだキョンシーの小さな傷口に狙いを定める。
 放たれた矢が脳髄を貫き、損傷部から飛び込んだ弾頭が着弾の衝撃で内部の薬品を攪拌、急激な反応を起して脳髄を巻き込んで爆裂する。

「コ、ハ…………アアアァァ!」
「ちっ!」
「どいてっ!」

 脳髄が破壊され、最後の力を振り絞ったのかキョンシーが双刀を掴んだままそれを振り回す。
 舌打ちしたムサシを押しのけるように、シェリーが前へと出る。
 シェリーの腰だめに構えた両拳が、床に靴跡がめり込む程の強烈な踏み込みと同時に、キョンシーの胴体に突き刺さる。

「きまった………」
「必殺の《シェリー・インパクト》!」

 シェリーのもっとも得意とする技を喰らい、拳の形に胴体を陥没させたキョンシーが硬化しかかった臓物の破片と黒ずんだ血を吐き出しつつ、床へと崩れ落ちる。

「また、私の勝ちね…………三回目がないのが残念だけど…………」

 呼気を吐きながら、シェリーが突き出したままだった拳をゆっくりと下ろす。

「噂には聞いてましたけど、予想以上にすごい人ですね」
「あれを生身で喰らったら、内臓破裂で即死するからね。ボクが喰らったら胴体が二分しそうだけど」
「頼もしいこって………」

 男性陣がシェリーの驚異的な戦闘力に戦々恐々とする中、ムサシが双刀をようやく抜き取る。

「あっ…………」
「どうかしたのか?」
「欠けちまった………」

 キョンシーの最後の力を受けたせいか、セラミック刀・穿牙の刃に刃こぼれが生じていた。

「いくら見た目は日本刀でも、主成分がセラミックだから、硬度はともかく強度はかなり低いからね………あまり大技は使わない方がいいよ」
「説明書に書いてあったな、そういう事」
「作戦目標果たす前に丸腰にならないようにね」
「アニーこそ、無駄弾使ってねえか?」
「う……」
「私が戦闘に立つわ。中央はCHとヒロ、二人は後ろを守って。地下五階の管制室まで一直線に行くわよ」
『了解!』

 陣形を建て直し、目的を果たすために一行は地下への階段へと向かった。



「キョンシー?」
「ええ、その噂で持ちきりだったよ」

 崑崙ドームへの道を急ぐ中、リンルゥから聞かされた言葉にレンが首を捻る。

「一対の牙跡がついた吸血と食肉痕跡のある死体が初めて出たのが10日前。当初変死体として扱われたのがモルグ(死体安置室)で動き出して大騒ぎになったんだ。それを皮切りに同様の死体とゾンビが幾つも出てきて、気付いたらこの地獄」
「こんな地脈の無い海上都市では、死人帰りは起こる訳が無い。ノースマンもそうだったが、おそらくは媒介となっているBOwが存在する」
「母さんはそれを調べ始めてたんだ。ひょっとしたら何か知ってるかも」
「そうだな、あの向こう側だが」

 崑崙ドームを目前にした所で、二人の足が止まる。
 そこには、立てこもっている生者を己と同じ地獄に落とさんとせんがばかりのゾンビ達が山のように群がっていた。

「凄い数………」
「およそ50と言った所か」
「! 待って、潜入ルートがどこか………」
「不要だ。これを持って隠れていろ」

コメカミに指を当てて迂回路を思考するリンルゥに背中のワクチンの入ったバックパックを手渡し、レンは手にしたセラミック刀・白咆の刃に人差し指を当て、僅かに切ると滲み出した血で刀身に梵字を書き連ねていく。

「我、八青木気を持ちて、土克と成す! オン アビラウンケン!」

 刀身に青い光をまとわせた白咆を手に、レンがゾンビの集団の中へと突っ込んでいく。

「はぁっ!」

 袈裟斬りに振り下ろされた刃が、背後からゾンビの体を一刀の元に両断する。

「ふっ!」

 振り下ろされた刃は、斜め上に切っ先を向けて突き出され、こちらを振り向こうとしていたゾンビのあごを貫き、頭頂へと抜ける。
 刃を片手で引き抜きながら、レンの左手は懐に潜り込み、そこから数本の小柄を抜いて素早く投じる。
 飛来した小柄は、こちらに向かおうとしていたゾンビ達の額に突き刺さり、柄に密封されていた冷凍ガスを噴出、頭部を完全に凍らせて動きを封じる。
 が、戦闘のさなかにレンは自分の手の中にある刀の違和感を感じとっていた。

(やはり、兼光にくらべれば僅かに鈍いな。それに刀身がいつまで持つ? 一気に片付ける!)
「あああぁぁっ!!」

 咆哮と共に、レンは刀身を平突きの構えにして突撃。
 ドーム前に群がっていたゾンビ中の一体の胸へと深々と刃を突き刺すと、体を捻りながら左手を拳にして刀身の背へと叩きつける。

「あああああああぁぁぁぁっっ!!」

 そのまま、全身の力を振り絞り、刀身を真横へと移動させつつ駆け出す。その途中にあったゾンビ達の体を、刃は一気に斬り裂いていく。
 黒ずんだ血が舞い、腐肉が飛び散り、挑みかかろうとした手を押しのけながら、レンの振るう刃はゾンビを両断し続け、そして斬り抜ける。

「光背一刀流、《残陽刻・砕波(ざんようこく・さいは)》………」

 セラミック刀を振るって刀身に付いた血肉を落としながら、返り血に塗れたレンがぼそりと呟く。
 胴体の半ばから両断されたゾンビ達がうめき、レンへと襲いかかろうともがくが、程なくして動かなくなっていく。
 残ったゾンビ達が、レンの方へと向くと怨嗟の声を上げて一斉に迫ってくる。

「オン アビラウンケン! 招鬼顕現!」

 レンは懐から数枚の呪符を取り出し、呪文を唱えつつそれを投じる。
 投じられた呪符は途中でその姿を半透明の三本足の鴉となってゾンビへと襲い掛かる。
 眼球をえぐられ、喉笛を突き刺されながらも、ゾンビはそれを異にも解せず、レンへと迫る。

「生者でも死者でもない半死人相手じゃ、この程度の式神は効かんか」

 己の失態を舌打ちしつつ、レンは迫ってくるゾンビに逆に突撃。
 手にしたセラミック刀を腐臭のするゾンビの口腔へと潜り込ませ、そのまま延髄を貫き、横へと斬り抜ける。
 横手から迫ってきたゾンビの側頭部に抜けた勢いを乗せて柄を打ち付け、相手が僅かにひるんだ隙に、右足で相手の足を鋭く払い、ゾンビが転倒した所をすかさずセラミック刀を延髄へと突き刺す。
 ケイレンするゾンビから抜かれた刃は、レンの手の中で反転、突き上げられた刃は背後から迫ってきていたゾンビのあごから後頭部までを一気に貫く。
 刃が引き抜かれるよりも前に、前方から襲った獲物の血であろう、赤黒い液体で染まった歯がレンへと向かって襲い掛かる。
 レンはとっさに開いている左手を掌底打として相手の額に叩きつけ、脳を振動。
 その衝撃に相手がわずかに下がった隙にセラミック刀を引き抜き、そのまま相手の首を横薙ぎ。斬り落とされた首が腐肉と血を撒き散らしながら宙へと舞った。

「最後っ!」

 こちらへと走ってくる、まだ発症まもないと思われる幼い子供のゾンビにレンはためらい無く刃を振るい、一刀の元にその首を斬り落とした。

「これでしばらくは大丈夫か………」
「危ないっ!」

 レンの背後で、両断されて上半身だけとなっていたゾンビが、驚異的な膂力でレンへと飛び掛る。
 だが、それは駆け寄ってきたリンルゥのバットが迎え撃ち、ジャストミートしたゾンビの上半身がドームの外壁へと叩きつけられた。

「これで、さっきの借りは返したね……」
「悪いが、オレの方が早かった」
「へ?」

 レンはドームの出入り口へと向かいながら、指を一回鳴らす。
 ドームの外壁に叩きつけられたゾンビが、地面へとずり落ちる前に、ちょうど左右に分割してワンテンポずれてそれぞれが地面へと落ちて音を立てる。

「…………いつ?」
「バットが当たる一瞬前だ」
「全然見えなかった……」
「だろうな」

 レンの壮絶なまでの戦闘力の高さに、リンルゥが度肝を抜かれる中、レンは出入り口へと近付き、そこを力を込めて一定のパターンでノックする。

「STARSだ、ワクチンを持ってきた。開けて欲しい」

 内側から、何か騒ぐような声がしばらく続いたが、やがて一人の男の声が返答した。

『ジャズバンドのコンサートの件じゃないのか?』
「ロックと言っておいたはずだが?」
『ジャズじゃないのか?』
「いやロックだ」

 奇妙な応対が続いた後、内側からおそらくバリケードをどかせる音がしばらく響き、やがてゆっくりと出入り口が開かれる。
 中から人民警察の制服を来た警察官数名が外の様子を確かめ、そこに返り血に塗れた黒装束のレンと、その背後に広がっているおびただしい数のゾンビの屍に目を見開く。

「こ、これお前一人で!?」
「ああ、早くしてくれ。他の奴が寄ってくる前に」
「わ、分かった」
「待って! もう一人いるよ!」

 レンに続いてリンルゥも慌ててドームの中へと入ると、即座に出入り口が閉められ、バリケードが再構築されていく。
 ドームの中では、主に警察官や警備員の制服に身を包んだ者達が、手に棍やモップといった有り合せの武器で武装し、どこか青ざめた顔で二人の新客を遠巻きに見ていた。

「お前が来てくれたか、Jr」
「お久しぶりです、アーク課長」

 武装した者達の中央、指揮を取っていた鋭い目つきをした中年男性、STARS情報課課長 アーク・トンプソンがレンを迎えた。

「母さん!」
「リンルゥ!」

 その隣に立っていた中国系の中年女性の姿に気付いたリンルゥが、思わず駆け寄る。

「母さん! 母さん!」
「リンルゥ! よかった、無事で………」

 涙を流しながら抱き合う親子に、皆が胸を撫で下ろす。

「お前が連れてきてくれるとはな」
「行きがかり上。お知り合いですか?」
「ま、色々とな。ワクチンは?」
「彼女の背のバックパックに。ただ、300人分しか……」
「本隊の突入予定は?」
「今八谷夫妻とケンド兄妹がシステムの解除に向かってます。それ程長くはかからないかと」
「そうか。カテゴリーB以上、子供と重症患者を中心にワクチンの投与を!」
『了解!』

 白衣を来た医者や看護士らしき者達がリンルゥの背からバックパックを受取り、隔離用の部屋へと走っていく。
 それを見ながら、レンはアークにだけ聞こえるよう小さく言葉を発した。

「それと、彼女噛まれています」
「!」
「感染から三日、しかし症状は一切出ていません。感染しなかったか、それとも………」
「リンルゥは、抗体を持っている。発症はしない」

 アークの一言にレンは首を傾げる。

「……抗体? T―ウイルスの絶対抗体を持っているのは………」
「そう、T―ウイルスの感染とワクチンを接種を受けた両親同士から生まれた子供達の中から確認されたのは二名だけ。お前とフレックだけという事になっている。表向きはな」
「……アーク課長の隠し子ですか?」
「まさか。後で説明する」
「カテゴリーCでゾンビ化数名確認! 増援を!」

 それ以上アークに問うよりも、飛び込んできた警察官の来た方向へと走り出す事をレンは選んだ。



「次の角を左に! そこが目的地!」
「行くわよ!」

 智弘の指示に従い、角を曲がった先にある《Control room(管制室)》のプレートがかかった扉に、シェリーは猛烈なラッシュを叩き込み、最後に駄目押しの蹴りをぶちこんで変形した扉を内側へと吹き飛ばす。

「カギ、要らないな」
「そうね」
「耐圧扉だった気が………」

 何も考えないようにして、中へと飛び込んだ一行の前に、とんでもない物が立ちふさがっていた。

「なに、これ………」
「気持ち悪………」

 そこには、崑崙島全体を制御するための物と思われる、全高が10mはある巨大な円筒形の制御システムユニットと、それを覆い尽くす透明な物体の姿があった。

「最近は、こういうのが流行なのか?」
「まさか」

 まとわりつく、と言った表現がぴったり来る透明な物体の中には、触手とも無脊椎動物とも取れる無数のこぶとも目ともつかない物が付いた奇怪な物が無数に蠢き、それぞれが細かな触手を出して制御システムやお互いを繋いでいた。

「ば、バカな………これは……!」
「やっぱり、そう思う?」

 それを見てから、一言も発さなかった八谷夫妻が、青ざめた顔で呟く。

「知ってるんですか?」
「………これは、おそらくバイオ・パラサイト(生体寄生)・コンピューターだ」
「パラサイト?」
「今研究が進んでいるバイオコンピューターの発展形だよ。システムに電子的に侵入するのではなく、外部から物理的に接触、進入してシステムその物を完全に乗っ取る。これは、三年前に学会で理論発表された物の、完成形だ!」
「正解〜♪」

 小さな拍手の音と共に、どこか幼さの残る少女の声が上から降ってきた。

「誰っ!」

 声の響いてきた方向、制御システムユニットの頂上に、長い金髪と、抜けるように白い肌をした15歳前後の少女が立っていた。
 白いベストにタイトミニ姿で素足の少女が、ゾンビが徘徊する建物の中で微笑んでいる。あまりにも違和感のある姿だった。

「社会科見学の途中で迷い込んだ、って風には見えないわね」
「私はラン、嵐のラン。ジンに頼まれたあなた達のエスコート役よ」
「あいつの仲間か!」

 聞き覚えのある名前に、ケンド兄妹が完全に謎の少女、ランを完全に敵と認識する。

「……そのジンとかいう奴はどこ?」
「この先、総帥室で彼を待ってるわ。でも、行っていいのは〈彼〉だけ」
「君は分かっているのかい!? すぐにこのシステムを復旧させないと、この島にいる10万人の人達の安全が脅かされるんだぞ!」
「それがどうかしたの?」
「な……」

 あどけない声の返答に、智弘が絶句する。
 他の四人は、その答えをあらかじめ予想していたのか、拳を構え、刀を上げ、ハンマーを起し、矢をつがえる。

「ヒロ、システムの復旧をお願い。あれがもしジンとかいう奴の仲間だったら、見た目どおりの小娘じゃないわ」
「そうかな? とてもそうは見えないけど………」
「大丈夫、ちゃんとエスコートしてあげるわ♪」

 ランが微笑みながら、片手を振るう。
 そこから、何かがこちらに向かって飛散したのを見たシェリーは、即座に横へと跳び、夫を巻き込みながら横へと倒れこんでそれを避ける。
 目標を外れた物、飛散した謎の液体は床へと滴り落ちると同時に、猛烈な炎となって床を焦がしていく。

「何だこれ!?」
「発火体液! T―ベロニカ調整体!」
「これが!?」

 それが見覚えのある物、かつてアンブレラ有数の天才だったアレクシア・アシュフォードが作り出したT―ウイルスの発展型で調整された個体が持つ能力である事を思い出したシェリーが、驚く夫を背後へと押しのけるようにかくまって立ち上がる。

「総員対スーパータイラント級戦闘態勢! 見た目に惑わされないで!」
『了解!』

 アニーが返礼しながら、トリガーを引き、同時にCHが矢を放つ。
 だが、ランは今度は両手を振るい、飛び散った体液が業火の障壁となってその軌道を逸らした。

「こいつはどうだ!」

 ムサシがそばのコンソールにあったイスに刃を突き立て、全身でそれを振り回す。遠心力を乗せたイスが刃から抜け、ランの方へと向かってすっ飛んでいく。

「原始的ね」

 飛んでくるイスに一瞥をくれながら、ランは制御システムユニットから飛び降りる。
 小さな体がまっすぐに降りてきたかと思うと、まるで階段を一段抜かして下りただけのような軽さで床へと降り立つ。

「参る!」

 ムサシが双刀をかざして一気に間合いを詰めていく。
 ランが腕を持ち上げるのが見えたが、その腕を振り下ろすよりも自分の刃が攻撃範囲に入る方が早いという確信が有った。
 しかし、シェリーはランの手首に何か発光素子のような物が埋め込まれているのと、それが微かに発光したのが見えた。

「危ない!」
「!」

 すでに斬りかかる寸前だったムサシは、シェリーの言葉に機敏に反応。
 相手との距離が近過ぎるために回避ではなく、わざと足をもつれさせて転倒する。
 バランスを崩し、低くなっていくムサシのそばを、突然眩いばかりの電光が貫く。

「ぐあっ!」
「ムサシ!」
「で、電撃!?」

 電光がムサシの左腕をかすめ、手からセラミック刀がこぼれ落ちる。

「バカな、空中放電には500万ボルトは必要なはず! それだけの電荷を持ち、インプラント可能なバッテリーやダイナモは存在しない!」
「いえ、生体発電よ………空中放電可能なレベルまでは成功してなかったはずだけど」

 かつてのBOW開発データの中にあった試験体の事を思い出しつつ、シェリーは頬を冷たい汗が落ちるのを感じていた。

「やっぱり、見た目通りの可憐な少女、という訳にいかないようね…………」
「そう、私は嵐のラン。私の嵐は、結構派手よ………」

 右手から滴り落ちる体液が燃え上がり、左手に青白いスパークが浮かぶ。

「? なんでセキュリティが反応してない?」
「ああ、これ? あげないわよ」
「ずる………」

 胸元に揺れるIDカードを指で弾くランに、アニーが顔をしかめる。

「は、面白い大道芸だな………」

 いまだ白煙を上げている左腕を伸ばし、ムサシは床のセラミック刀を拾い上げる。
 指先を動かす度に激痛が脳天まで突き抜けるが、ムサシはそれをむしろ僥倖と判断。

(痛ぇ……だが、感覚はある。握力も残ってる。戦える!)

 白煙と共に皮と肉の一部が焦げる匂いを立てる左手で、セラミック刀・穿牙をランへとムサシは突きつける。

「二度は喰らわねえぞ…………」
「そう」

 言うやいなや、ランの手から再度電撃が放たれる。

「アニー! フォーメーション・ビーストハント!」
「OK!」

 横へと跳んで電撃をかわしたムサシが叫びながら、ランの周囲を円状に回り始め、アニーがちょうどそれの対極上に並んで二人で円を描き始める。

「その程度!」

 ランが右手を横薙ぎに振るい、そこから横に帯状に舞った体液が空中で発火、火の帯となって襲ってくる。

「ハッ!」

 突如として足を止めたムサシが、気合と共に右手の崩牙を横に、左手の穿牙を縦に一閃。
 振るわれた刃が、火の帯を斬り裂き、十字の隙間を作り出す。
 炎はその十字の隙間でムサシのいる空間をすかしていき、それが通り抜けると同時にムサシの背後に回りこんでいたアニーがゲイル&ガストをムサシの顔の両側から突き出すように構える。

「SHOOT!」
「!」

 連射された弾丸が命中する寸前、ランが両手を顔の前で組むと、無数の放電が体を覆い、それに触れた弾丸がその場で炸裂、四散する。

「バリアかよ!」
「そんなのあり!?」

 空になったシリンダーを即座に交換したアニーが再度銃口を向けた時、ランの素足が床に弧を描く。
 白い足がなぞった床に、濡れた跡が続く。
 次の瞬間には、その軌跡が業火となって周囲から視界を閉ざした。

「足からも!」
「撃つんだ!」

 CHが叫びながら矢を放ち、アニーがゲイル&ガストのトリガーを引く。
 だが、矢と弾丸が業火を貫いた時には、ランの体は宙へと跳び上がった後だった。
 ランの右手と左手が、CHとアニーへとそれぞれ向けられ、同時に電光が走る。

「両手で使えるのか!」
「わっ!」
「ちっ!」

 二人が電光から逃れる中、ムサシは逆にランへと向かって接近しながら刀を構える。
 体重を感じさせない動きで着地したランは、突撃してくるムサシに右手を握った状態で向けると、人差し指を弾く。
 そこから放たれた発火体液が、火の玉となってムサシへと襲い掛かる。

「効くか!」

 振るわれた刃が、火の玉を両断して霧散させるが、ランは続けざまに指を弾いて火の玉を繰り出す。
 火の玉を次々と斬り捨て、ムサシが完全に刃の間合いに入った時、ランはいきなり膝を突き出す。
 そこにも、発光素子が埋め込まれていた。
 膝から放たれた電光が、近寄ってきていたシェリーに膝裏を蹴られ、のけぞって後ろへと倒れるムサシの鼻先をかすめる。

「おぐっ!」

 予想外の出来事に、判断が遅れたムサシが後頭部をモロに床に打ち付けてのた打ち回る。

「ひどい事するのね」
「顔面焼かれるよりはマシでしょ?」

 背後でうめいているムサシをそのままに、シェリーがランに向かって構える。

「みんなはヒロのサポートを。このお嬢ちゃんは私が相手するわ」
「しかし………」
「あなた達の手に負える相手じゃないわ。半端じゃなく強いわよ、まだ実力の半分も出してないはず」
「よく分かったわね、おばさん」
「おばっ……………」

 ランの一言に、絶句したシェリーの額に青筋が浮かび、うめいていたムサシが動きを止めると大慌てでその場から離れる。

「まずい、シェリー隊長最大の禁句を!」
「逃げましょう! 血の雨が降るわよ!」
「あの人、確か40代じゃありませんでしたっけ?」
「見た目があれだから、そう呼ばれるの嫌っててね………」

 戦闘に巻き込まれないように物陰に隠れて制御システムの復旧を試みていた智弘が、物陰に飛び込んできたケンド兄妹とついでに引きずり込まれたCHを見て吐息。

「どうやら、言葉遣いを少し教えないとダメみたいね………」
「自意識過剰は年の証拠じゃない? おばさん」

 額にもう一つ青筋を増やしながら、シェリーは両拳を軽く握り、それを頭の高さに構える。
 ランは右手に炎を宿し、それをゆっくりと持ち上げていく。
 ランの炎が繰り出されるのと、シェリーが歩を踏み出すのは同時。
 こちらに向かって迫る炎を掻い潜るようにシェリーが身を沈めたのに対し、ランはそれを狙っていたかのように左の電撃を放つ。
 シェリーは構わず前へと足を出すが、その向きは横へと変わっている。
 踏み込みが変じた事で、シェリーの体のベクトルがずれ、シェリーはそのベクトルをそのまま体の旋回運動へと移行。
 電撃は旋回した後の何も無い空間を貫き、旋回運動はそのまま強力な後ろ回し蹴りへと変じてランを狙う。

「うっ!」

 初めて驚愕の声を漏らして体をのけぞらせたランの顔面数cm手前をシェリーの蹴り足が通り過ぎる。
 かわしたと思った時には、旋回を続けたままこちらへと倒れこんできたシェリーの変形フックが肩へと叩き込まれた。

「うあっ…!」

 悲鳴が漏れそうになるのをこらえたランに、更に旋回しながら倒れるシェリーの肘が脇腹へと突き刺さる。

「あ、う………」

 予想外の連撃に、マトモにダメージを食らったランが脇腹を抑えてよろけるように後ろへと下がる。
 倒れる寸前に手をつき、片手で体を跳ね上げたシェリーは、即座にランに向けて構え直す。

「攻撃を食らったのは初めて? ガードが全然なってないわよ?」
「このっ!」

 電撃を放とうとして突き出されたランの右手を、シェリーが瞬時に蹴り飛ばす。
 蹴り飛ばされた右手の向いた方向に電撃は放たれ、そのまま何も無い天井を直撃して消える。

「あなたの電撃の正体は、体内の発電器官で蓄えた電流を、四肢の発光素子、おそらくは誘電性を持つイオンレーザーを使って放出してるだけ。だから見た目よりも電圧は低いし、直線的にしか放てない。何より、炎と同時に使用する事も出来ない。コンビネーションがなってないわね」
「………それなら、これならどう!?」

 ランはシェリーを睨むつけながら、両腕に今までとは比べ物にならない業火をまとわせ、両足から盛大なスパークを吹き出す。

「遊びは終わり! 本気で行くわよおばさん!」
「来なさい小娘!」

 繰り出せる炎雷に、高速の拳足が、交差した。




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