BIOHAZARDnew theory
AFTER Day



@FBI特異事件捜査課

「どういう事ですか課長!」

 火を吹かんばかりの勢いで、トモエがキャサリンに問いかかった。

「どうもこうも、聞いたとおりよ。レオン長官から頼まれてね。知識も経験もまだ十分とは言えないから、しばらくそっちで預かってくれって言われてね〜特に断る理由も思いつかなかったし」
「でもSTARSからの研修出向なんてありですか! ここは実戦部隊じゃないし!」
「……この間までその実戦部隊に行っていたのは誰だ」

 レンがぼそりと呟いたが、トモエが聞く耳も持たず、リンルゥを睨み付ける。

「えと、またよろしくトモエちゃん」
「フゥ〜〜〜!」

 手を差し出したリンルゥに、トモエは猫科のような威嚇音を立てる。

「みんなも、彼女の指導の方よろしくね。彼女のお父さん怒らせない程度に」
「……あれ怒らせたがる奴は自殺志願者よりも無謀では? あ、オレはシルモンド・リガルドだ。よろしく」

 レンの先輩にあたる捜査官が、苦笑しつつリンルゥに挨拶する。

「ミック・フー。超心理学専攻だ」
「エリザベス・リーバ。リズって呼んで」

 白衣にめがねのいかにも学者畑っぽい白人男性と、やや浅黒い肌をした女性がにこやかに手を振る。

「これに、あなたと一緒に宇宙までいった三人とAI一つを加えたこれがウチのメンバーよ。ま、見ての通り変わり者ばかりだけどね」
「課長が言わないで下さい」
「とにかく、しばらくは必要知識の吸収と既存事件の閲覧、それとトレーニングって事ね。使い物になる程度には鍛えてくれってレオン長官に言われてるし」
「……あの人の基準だとどれくらいだろうか」
「レン並じゃないのか?」
「いや、それは無理だろ」
「でも、あのイーグルハートの娘だったらなんとか………」

 それとなくかなり無理な事を囁きあうメンバーの中、トモエだけが明後日の方向を向いてほくそ笑む。

「ふっふっふ、こうなったらいたたまれなくなるほどイジワルして………」
「あんまり無茶して潰しちゃダメよ? ただえさえここは半端な人間は一月持たずに逃げ出すんだから」
「……えっ?」
「非常識な事件に神経が持たんだけだ。あんだけ非常識な戦いした後なら、心配はないだろう」
「それもそうね〜」
「まだ生物工学の知識が効く分、マシだったけど」
「はあ……」

 レン、キャサリン、トモエの意見にそこはかとない不安を覚えるリンルゥだったが、それ以上深く悩まない事にする。

「それじゃ、まず『条件環境内に置ける生物の進化及び突然変異の可能性とその指向性』から」
『トモエ、それ大学院専攻レベル』
「しっ、『TINA』黙ってて」
「おいおい………」
「まずは超自然犯罪の基本知識、基本判断及び対処法、そして基礎体力だな。やる事は多いぞ」
「はいっ! 頑張ります!」

 レンの出した多くの課題に、リンルゥは元気よく答えた。



Aカナダ・再開発予定区

「ハアァァァ!」

 気合と共に、双刃が振るわれる。
 振り下ろされた二つの白刃が、解体予定の廃ビルの柱を半ばまで斬り裂いた所で食い込んで止まる。

「くっ、まだまだあぁ!」

 ムサシは力任せに刃を引き抜くと、別の柱へと斬りかかる。

「オオオォォォ!」

 ビルの中から響いてくる咆哮のような気合と破壊音に、周辺で解体に向けての調査を行っていた作業員が奇妙な物を見る目でムサシの方を見ていた。

「何をしとるんだあれは?」
「はあ、シュギョウだそうで」

 調査監督の問いに作業員が困ったような表情で答える。

「シュギョウ?」
「あれでも、あの人STARSの隊員で、この間の第二次アンブレラ事件で大活躍したサムライの従兄妹で弟子だとか」
「それがなんでこんな所で暴れてるんだ」
「はあ、なんでも師匠が宇宙ステーションを斬ったので、自分もビルの一つくらい斬れるようにならないと弟子として申し訳が立たないとか………」
「……そんな事出来る訳なかろう。正気かね?」
「まあ、どうせ来月には発破してしまう建物ですし、多少傷が付いても問題ないでしょう。何か起きても全責任はSTARSで取るとの契約も出来てますし」
「サムライブレードでビルが壊せるなら、ワシらみたいなのは廃業だな」
「確かに」

 馬鹿にするような笑みを二人が浮かべ、作業に戻ろうとした時だった。
 突如、ムサシが修行していたビルから轟音が響いてくる。

「な、なんだ!?」
「まさか!?」

 思わず振り向いた作業員達の前で、廃ビルが音を立てて傾いていき、一階部分を半分潰した所で止まった。

「………ウソ」
「よよ、予想よりも骨格部の破損が酷かったんですよ。ききき、きっと………」

 起きた事を理解しきれない作業員達が腰を抜かしかけている所で、双刃を手にしたムサシが傾いたビルから歩み出てくる。

「あ、あんたまさか本当に………」
「まだだ、まだこんな物じゃレン兄ちゃんの足元にも及ばない………」

 作業員の一人が震えながら声をかけてくるが、ムサシはぶつぶつと何かを呟きながらその前を通り過ぎる。

「おいあんた」
「な、何でしょうか!?」

 声を掛けられた監督が、思わず声を裏返させて答えるが、ムサシはそれを意にも介さず続けた。

「あと、斬っていいビルはどれだ?」
「こ、ここの区画は全て解体予定だが………」
「じゃあ、全部斬っちまっていいな?」
「全部!?」
「ウオオォォ!!」

 確認の声もちゃんと聞かぬまま、ムサシは次のビルへと突撃していった。



BSTARS本部・屋外射撃エリア

「はあっ、はあっ………」

 アニーが肩で大きく息をしながら、再度早撃ちの体勢を取る。

「ふう………!」

 呼吸を整えた次の瞬間、文字通り目にもとまらぬ速さで愛銃が抜かれてマシンガンにも劣らぬ速射が的の中央へと叩き込まれる。

「相変わらずすげえな……」
「また早くなったんじゃねえのか?」
「いや、それ以前にさ………」

 他のブースで射撃練習をしていたSTARS隊員達が、シリンダーを交換しているアニーの足元を見る。
 そこには足が埋まるくらいの膨大な量の弾丸の空ケースが積み上げられ、そこに再度開けられたケースレス弾丸の空ケースが追加される。

「そもそも、あいつ今日非番だろ?」
「朝からずっとらしいぜ。一体何発撃ってんだか………」
「何百、いや何千ってくらいじゃねえのか………」
「経費で落ちねえだろ、一人でそんな使ったら………」
「給料ほとんど弾に替えたって話だぜ。何でもブラック・サムライに従兄妹として恥を欠かせないよう、音速を超える早撃ちを目指してるとか………」
「ムサシはビル斬りに行ってるって話だろ?あのデンジャラスツインズは人間辞める気か?」
「かもな。真似したくはないが」

 色々な噂を気にもせず、アニーは黙々と射撃練習を続けていた。



C関西診療所

「ま、これならあと一週間もすれば完治するでしょう。これにこりたらつまらないケンカはしない事ね」
「へい、いつもすいやせん………」
「じゃあ少しは改めなさい。治療費だって安くないんだから」

 頭を何度も下げるチンピラ風の男を送り出し、診察を全て終えたミリィは一息ついてカルテをまとめた。

「明日香さん、じゃあそっちも片付けちゃって」
「はい先生」

 看護士に後片付けを頼み、自分も片付けを始めようとした所でミリィの携帯電話が鳴った。

「はい水沢…ああリンルゥちゃん。どうそっちは? 元気にやってる?」

 かけてきたのがアメリカに行っているはずのリンルゥだと気付いたミリィが、にこやかに電話口に話し掛ける。

「ま、馬鹿息子と一緒だから何かと苦労してるかもしれないけど……は? いいのよ無理についてこうなんて無謀な事は。あれのトレーニングなんて真似たら過労死するわよ」
(……レン君どういうトレーニングしてるのかしら?)

 漏れてくる声を聞いていた看護士が首を傾げる中、しばらくはにこやかに談笑していたミリィの顔が急に曇る。

「え? それ本当? そう、お母さんもそう言ってるの…とりあえず、そのままにしときなさい。こっちから話しとくから。うん、大丈夫よ、任せておいて。それじゃあ無茶しないでね。面倒だったら息子に押し付けなさい。揉め事解決する以外取り得ない子なんだから」

 そう言って電話を切ったミリィは、一度大きく息を吐くとすぐに別の相手へとコールする。
 眉根を寄せ、見るからにいらついている様子を見せていたミリィだったが、向こうが出ると唸るように喋り始める。

「こちらミリア・水沢、そっちで一番のロクデナシを出して。分かんない? 娘がいるのを知っててつい最近まで認知もしなかった挙句に死にかけた所でようやく認めた大馬鹿よ」

 内容は早口の英語だったが、かろうじて分かる看護士が首を傾げる。

「お久しぶりねレオン。調子はどう? ちゃんと生きてる? ちょっと娘さんの事で大事な相談があるんだけど。……今すぐ! 事務仕事なんて後でも出来るでしょ!」

 大声で電話口にミリィは怒鳴りかける。
 そのあまりの剣幕に、恐れをなした看護士はこそこそとその場を遠ざかる。

「何の件って、分かってるでしょ。養育費の事よ。……ええ、確かに払ったわね。それはいいのよ。でも、いきなり自分の預金を全部娘の名義にする事ないでしょうが!! いきなりとんでもない額の通帳届いてリンルゥちゃんびびってたわよ! 他にない? 手持ち全部押し付ける事は無いでしょうが! それとも手切れ金かしら? はあ? 寝ぼけた事言う暇あるなら! 少しは父親としての責務を果たそうと思わないの!?」

 息を荒げるミリィを背に、看護士が着替えを済ませてそろそろと帰途についていく。

「お陰で変な投資話持ってくる連中が腐る程来てるらしいわよ!……父親があんただって知った時点で全員逃げ帰るらしいけど。一人いきなり全裸で五体倒地して命乞いした馬鹿もいたらしいけど。……速攻息子が逮捕したわ」

 誰もいなくなった診療所で、ミリィは言葉はますますヒートアップしていく。

「金で解決なんて最低の父親よ! 肯定してんじゃないの! 資格の有る無しなんて関係ないわ! 少しは父親らしさってのを自覚なさい! 分かったわね!?」

 怒鳴りつけた所で、ミリィは電話を切る。

「まったく、あそこの男どもはロクな奴いないわね………やっぱ弁護士でも立てとくべきだったわ……千畑さんは頼んだら土下座して断ってきたし。あんなロクデナシのどこが怖いって言うのかしら?」

 恐らく、STARSのイーグル・ハート相手に訴訟を持ちかけるような勇気のある弁護士なぞ世界のどこにも存在しないであろう事を棚に上げ、ミリィはぼやく。

「あっと、明日香さん? あらもう帰ったかしら? さて、私も帰るとしますか」

 帰り支度をしながら、ミリィは色々と考える。

「そうだ、いっそキャサリンにでも後見人を頼めば。リンルゥちゃん未成年だし、あの人なら安心でしょ。家の馬鹿息子より」

 あれな事を考えつくと、ミリィはすでに明日の診療について考えていた。



DSTARS訓練所・新入隊員希望者受付

「………これは」
「軍・警察経験者という条件で絞ってこれです」

 受付の順番待ちに並ぶ、という言葉では済ませられない膨大すぎる人数に、教官のジルは顔を引きつらせていた。

「概算で、四桁近く来ているかと………」
「なぜ?」
「なんか、レオン長官がアメリカ大統領殴り倒して逮捕したって話を聞いて忠誠を誓いたがっている人達が大量に来たとか。セクトごと恭順を示してきたテロリスト連中は一応拘束してあります」
「まったく…………」

 若い教官の抱えている膨大な履歴書の山にジルは頭を抱え込む。

「またJrにでも来てもらいましょうか? あの方法ならすぐに結果が出るし」
「当人から二度とやらないって言われたらしいですよ、本部の方に直接」
「ダメか………」

 延々と並ぶ屈強な体格を持つ者や異様に鋭い瞳を持っている者、あからさまな戦闘の傷跡を持つ者達を脇を通り過ぎつつ、ジルは選別方法を脳内で模索する。

「あの、すいません」

 そこで、並んでいた一人がジルに声をかけてくる。

「何か?」
「STARSで功績を上げれば、スーパーロボットのパイロットになれるという話は本当でしょうか」
「………………」

 いきなりのとんでもない質問に、ジルは無言になりつつ、ゆっくりと若い教官の方を見る。

「あれ、ジル教官見てません? あのヘブンステアーでのアトラスの戦闘パパラッチが望遠で撮ってたのをゲーム風にしたのがネット上で大人気だって」
「ええ、それは聞いてるけど………」
「しかも、闘っていた本人がそれにいちゃもん付けて監修つけたとか」
「スミスの奴、余計な事を………そもそもアトラスの二号機建造はまだ計画概要すら出来てないって聞いてるのに」

 その一言に、先程質問してきた者を含めた大勢が過敏に反応する。

「あるんですね? 二号機が」
「だから、まだ計画も……」

 振り返ったジルは、そこで目を爛々と輝かせている集団を見てしまい、顔どころか全身を引きつらせる。

「…………まあ、相当な実力があってかなりの強運があれば。乗れるかもね」
『……おっしゃあああああ!』
「二号機のパイロットはオレだあああぁぁ!!」
「なんだと!? これでもオレは軍の装甲スーツ隊にいたんたぞ! オレに決まっている!」
「是非とも自分に!」
「私こそ! そのためにせっかくのトップガン推薦蹴ってきたんだから!」
「なんだとう!?」

 論争どころか、殴り合いが始まりそうになった瞬間、一発の銃声が鳴り響き、全員の動きが止まる。

「自己主張だけのハリボテに用はないの。欲しいのは本当の実力者だけ」

 硝煙を上げる銃口を拭きながら、ジルが全員を睨み付ける。

「ともかく、大人しく並んで順番を待ちなさい。いいわね?」
『サー、イエッサー!』

 言い争っていた全員がその場に直立不動となってジルに向かって返礼する。

「さて、本当にどうしたらいいのやら………」

 取り合えずの騒動は収まったが、根本の問題の解決法が全く思いつかないジルは本気で頭を抱えたくなった。

同日 シカゴ警察・モビルポリス詰め所

『お願いします!』
「……あ〜」

 自分の前にずらりと並んで頭を下げる面々に、スミスは間抜けな顔をしながら視線を虚空にさまよわせる。

「……なあCH」
「隊長がネット上で状況説明にアテレコまでするからです。これでもパワードスーツ部隊所属及び実戦経験ありで絞ってます」

いつの間にかネット上で《伝説のスーパーロボット一号機パイロット》となっている自分に、二号機パイロットとしての弟子入り志願を希望してきた面々(※直属部下数名入り)の真剣な眼差しに、スミスはどうすればいいかを必死になって考える。

「お願いします!」
「オレを二号機のパイロットにしてください!」
「どんなトレーニングも改造手術も耐えてみせます!」
「量産型でも構いません!」
「隊長! 是非とも自分に!」
(……どうすっかな〜)

 どう見ても引く気のない面々に、スミスはいっそSTARSにでも押し付けようか?と本気で考え始める。
 なお、ジルも同じ事を考えていたのはまた別の話。



E日本・首相官邸特別会議室

「以上が今回の事件の概要とレポートです」
「そうかそうか、今回の君の働きは非常に高く評価してるよ」

 今だ車椅子状態の宗千華の出したレポートを受け取った総理が、それを一度テーブルに置くと食べかけの漢方薬の匂い漂う薬膳粥を再度すすり始める。

「いや、これでやっと安心して食事ができるよ。これ以上痩せたら妻に病院監禁されてしまう所だった」
「……失礼ですが、本当に悪い所はないのですか?」

 自分のSTARSへの出向前と比べて格段にやせ細っている総理に、宗千華はうろんな目を向ける。

「ああ、医者にはストレスだと言われたよ。君が帰ってくるまで、いつ日本でバイオハザードが起きるかと思うと飯もノドを通らなかった」
(相変わらず小心者だな。逃げ出した他の議員に比べればマシだが)

 帰国して、地方に逃げてた議員が一連のバイオハザードについて好き勝手に論議しているニュースを思い出しつつ、宗千華は小さくため息を吐き出した。

「それと、一つ聞いておきたい事がある」
「私に答えられる事でしたら」
「……君の目から見て、レオン・S・ケネディという男はどう見えた?」

 いきなりの質問に、宗千華は入れ違いに集中治療に入ったため、ほとんど接点が無かったが、僅かに見聞きしたレオンの事を脳裏に並べていく。

「正直に申し上げれば、政治家としての視点からはあの男を見る事は不可能でしょう」
「つまりそれは?」
「あれは、政治的解決も政治的圧力を全て無視し、人類の平和に仇名す者を一瞬の躊躇無く駆り立てる、文字通りの猛禽です」
「君がそこまで言う人物という事かね………」
「私もこの仕事について少し経ちますが、あそこまで恐れず、隠さず、ためらわず相手を狩る者は見た事がありません。無論、その下にいる部下達も恐れを知らぬ狩猟者の群れと考えるのが一番妥当でしょう」

 宗千華が妄言の類は一切言わない人物である事を知っている総理のレンゲを握る手が、小刻みに震え始める。

「つまり、それはあれだ。STARSとは、恐ろしく攻撃的な組織という事かね?」
「それは正しくありません。なぜなら彼らは完全に攻勢のみで構築された部隊、例え相手がどれだけの権力を持った人物や人知を超えた怪物であろうと、ためらいなくそのノド笛に噛み付き、引き千切る。交渉で相手を脅す事すらしないでしょう」

 宗千華の言葉に、総理の顔をだらだらと脂汗が流れ落ちる。
 そこでさらに、宗千華はとんでもない発言を繰り出した。

「ことに総理、国内でも菱田重工の一部で今回の事件に関わり有りとICPOの捜査が入りましたね」
「そ、そうらしいね。いきなりの事でびっくりしたが………」
「……あなたは過去、菱田重工から献金を受けた事があったかと」

 総理の口から、盛大に薬膳粥が吹き出される。
 わずかに上体をずらして宗千華はそれを避ける。

「む、昔の事だよ!? 最近は全然もらってないよ!?」
「それも存じてます。しかし、ICPOが、いやSTARSがそれで納得してくれるかどうか………」
「わ、私の所にも捜査が入るというの!?」
「その可能性もあるという事を記憶の片隅入れて置いてください」
「あ、あの男が私の所に……う〜ん」

 そこで総理の目が白目を剥いたかと思うと、そのままテーブルの薬膳粥の中へと顔から倒れこむ。

「おわ!? 総理!」
「大丈夫ですか!」

 部屋の隅で控えていた側近達が慌てて駆け寄る中、宗千華は一礼してその場を後にした。
 部屋を出、そこに待たせておいた太刀狛の頭を撫でると太刀狛に車椅子をひかせて屋外へと向かう。

「室長、脅かしすぎでは?」
「可能性を言ったまでだ。それにしても思っていた以上に肝の小さい男だな」

 どこからともなく、姿も無しに響いてくる声に宗千華はわずかに呆れの混じった声で答える。

「それと例の件なのですが、どうしても説得に応じない者が数名おります」
「それなら別に構わん。なんなら私が推薦状を書いておこう」
「しかし、仮にも国家暗部に関わる者のSTARSへの転職希望を認めてよろしいので?」
「私にそれだけ人望が無かったという証明だ。もっとも相手があの男ではいたしかたあるまい。アメリカ大統領を殴り倒して連行するなぞ、真似できん所業だからな。あれほど簡単に物事を進められるなら、どれだけ楽な事か」
「全くです。ただ、実際にやれる馬鹿は滅多におりませぬが」
「あの男はその数少ない例外だ。敵に回すのは得策ではない」
「分かりました。それでは後はこちらで」
「そうそう、推薦状に書いておくから、履歴書に忍者とか侍とか書くのは止めさせておけ」
「………さすがに居ないと思いますが、分かりました」

 そこで声が消え、宗千華は外に待たせておいた車へとたどり着き、それに乗り込む。

「本部へ」
「分かりました」

 運転手に告げ、車は走り出して程なく、運転手がバックミラー越しに宗千華に視線を向ける。

「ところで室長、本当に推薦状を書いてもらえるのでしょうか?」
「なんだお前もか」
「だって、乗りたいんですよ。巨大ロボット」
「…………」

 今頃、こういう連中が向こうに溢れてるんだろうか? と宗千華はつまらない疑問に考えを巡らせていた。



F某テロリスト・セクト支部

「退避〜!」
「逃げろ〜!」

 郊外に打ち捨てられた小さなビルの中から、大慌てでSTARSの隊員達が飛び出してくる。
 それに続けて、セクトの構成員達がある程度出てきた所で、いきなりビルから凄まじい轟音が響き始めた。

「距離を取れ! 早く!」

 フレックの指示の元、直属の第五小隊及びパワードスーツをまとった第七小隊が距離を取った所で、ビルが鳴動したかと思うと、あっという間に倒壊していく。

「あ〜あ、まただよ………」
「これで何個目だっけ?」
「三つだな、確か」

 崩れ落ちていくビルを、STARSの隊員達は呆然と見つめる。
 ど派手に土煙を上げ、ビルは完全にガレキと化した。

「全員そろってるか?」
「第五、異常無し」
「第七、相変わらず隊長が…」

 そこまで言った所で、ガレキの一部が盛り上がり、そしてガレキを吹き飛ばして一機のヘビーパワードスーツが姿を現す。

「……第七、異常無し」
「やっぱ生きてるよ………」

 誰かが呟く中、そのヘビーパワードスーツ、STARS第七小隊隊長用重装甲非武装スーツ《ウェアウルフ3》がガレキから這い出してきた。

「ロット、無事か?」
「問題ない。やっぱこいつはすげえな」

 軍用すら遥かに上回るパワーと装甲を持ちながら、一切の武装、兵装を用いない事で諸国派遣の際の法規制を通過する、という非常識極まりないコンセプトで開発された完全格闘用スーツの具合を確かめつつ、ロットはガレキの山の中から、とっさに逃げ出して震えているセクト構成員達の元へと向かう。

「よお、生きてやがったか」
「ひいいぃぃぃ!!」
「す、STARS第七小隊隊長、《ビースト》ロット・クライン!」
「あの第二次アンブレラ事件で化け物を武器を用いず引き千切り、あまつさえ列車の貨車まで振り回して闘った魔獣!」
「……誰だそんな事言いふらしてんのは」

 尾ひれがついてるような、まったくそのままのような噂を呟きながら震え上がる構成員の一人の襟首をロットは掴み、持ち上げる。

「さて、それじゃあ本部であらいざらい喋ってもらうぜ」
「喋る! 何でも喋るから酷い殺し方はしないでくれ!」
「ほう、列車爆破なんてしでかした連中が、随分と素直だな、あ? 手前らのせいで五体ばらばらになった被害者もいたんだぜ? ああそうだ、別に喋るのは一人でもいいよなあ?」
「ひいいいぃぃぃ!」

 ロットの纏う、ビルの柱を次々粉砕してビルその物を倒壊させたウェアウルフ3の手が構成員の顔へと向かって伸びた所で、その構成員は悲鳴を上げたかと思うと、白目を剥いて失神する。

「ちっ、テロリストのくせに気の小せえこった」
「頼むから、マトモに証言できるようにだな………」
「ビルが崩れたのはそっちの双子のせいもあるだろがよ。三分の一はケンド兄妹がやってたぜ」
「残るはお前だろうが。確かにもろとも自爆しようとはしてたが……」

 フレックが呆れながら、同じように失神して大小垂れ流し状態になっている構成員を見た。

「やっぱウチの隊長、生身が減れば減るほど野生じみてきてるよな?」
「脳味噌の変なとこ削って改造してるって話、マジじゃね?」
「報告書どう書きゃいいのかな………」
「それ以前に証拠が………」
「ようし、とりあえずこいつら連れて帰還するぞ〜」
『り、了解………』

 秘匿回線で部下達が話してた事も気付かず、ロットが生き残って失神している構成員達の襟首を掴んで引きずりつつ、上空で待機していたカーゴヘリが降りてくるのを待つ。

「そういや、シェリー隊長の事聞いてっか?」
「ああ、しばらく現場離れるって話だろ? 来週からだっけ?」
「え?」
「そうなんですか?」

 ロットとフレックの会話に、他の隊員よりもやけにホコリまみれのムサシとアニーが顔を見合わせる。

「精密検査の結果がまだらしいが、三人目だとよ」
「へ?」「本当に?」
「誰か聞いてたか?」
「科学班の連中がそういやなんか話してたような………」
「結果が出てないから正式に公表してないからな。そのまま現場離れるんじゃないかって話もあるらしい」
「また母親に似てたら、いい隊員候補になるぜ」
「トモエみたいのが二人もいたら大変だろう、ヒロの方が」
「違いねえ。ウチのは女房に似たのかどうにもヒステリックでな」
「隊長に似てたらもっと大変な事になるかと………」
「ああ? そうか?」
(自覚無いのか?)

 全員がそう思いつつ、降りてきたヘリへと乗り込んでいった。



GFBI特異事件捜査課

「これらの点に置いて術式、執行の分類を見分ける事が魔術戦に置いて重要となる。また、シャーマニズム型と呪術型においてもっとも重要なのは…」

 シルモンドがそこまで説明した所で、リンルゥがデスクに突っ伏している事に気付く。

「聞いてるか?」
「う〜ん…………」
「よほどのオカルトマニアでもない限り、すぐ覚えろと言っても無理か」

 全く興味の無い知識を無理に大量に詰め込もうとして、目を回しかけているリンルゥにシルモンドは講義を一時中断する。

「レンはすぐに覚えたんだが」
「そりゃ、タイプは違うけどレンだって魔術師でしょ。イースタン型だけど」
「せめて対抗型だけでも覚えてもらわないと、仕事にならないぞ」

 隣のデスクで書類をまとめていたリズが苦笑しつつリンルゥの頬を軽くはたくが、リンルゥの意識は向こう側に飛んだまま戻ってこない。

「トモエみたいに、まったくの無感応型なら問題ないんだけどね〜」
「あれは逆に珍しいからな。母親もそうらしいぞ」
「出なけりゃ、レンの古巣に引っ張られてたかもって話よね」
「さもなければ、純粋に精神力で対抗するかだ。レオン長官は平然と出来てたが、娘にもできるかどうか………」
「う、う〜ん……」

 そこでようやく戻ってきたらしいリンルゥが、のろのろと頭を起こす。

「あ、すいません。寝ちゃいました?」
「どう見ても失神しかけてたぞ」
「あれ?」
「知恵熱って奴かしら?」
「かもな。そういや、そろそろ次の予定の時間だろ」
「あ、そうだった! じゃあすいませんけど…」
「おう、少し体を動かして来い」
「少しじゃ済まないと思うけど………」

 慌てて立ち上がったリンルゥが駆け出していく中、二人はいささか苦い顔をしてそれを見送る。

「それで、あの子どれくらいで使い物になると思う?」
「さあな。案外実戦に強いタイプらしい。でなけりゃ、あれだけのバイオハザード生き残れん」
「ゾンビの相手なら何度かした事あるけど、街一つってのは規模が違うわよね〜」
「正直、オレでも生き残れる自信は無いな」
「平然と突っ込んでいって帰ってきた奴もいるけどね」
「さて、どう鍛える事やら………」


「来たな」
「はい!」

 FBI本部内の逮捕術用訓練室で、トレーニングウェアに着替えたリンルゥが、待っていたレンに元気よく答える。

「えと、着替えないの?」
「実戦訓練をするなら、実戦と同じ格好をしていた方がいい。もっとも基本が出来てない人間にはまだ早いが。お前もな」

 普段通りの墨色の小袖袴姿のレンの隣で、なぜかトレーニングウェア姿のトモエがこそこそと着替えに行こうとするが、レンがそれを静止する。

「まず、闘い方の基礎構築からだ。基礎体力はSTARSである程度は鍛えてはあるはずだな」
「………あれである程度?」

 STARSでの地獄のようなトレーニングを思い出したリンルゥの顔から血の気が引いていく。

「だが、時間が無かったからお前の覚えた戦闘技術なぞ、付け焼刃でしかない。卓越した運動神経と運で生き残ったに過ぎない」
「……えと」
「トモエも頑張ったよ!」
「トモエも同じだ。一人で出来る事と出来ない事の区別がつかないようならまだまだだ」
「う………」
「オレがこれから徹底的に戦闘の基本を叩き込む。今まで生き残れたから、これからも生き残れるという甘い考えは捨てろ。敗北も死も戦いのすぐ隣に転がっている」
『ハイ!』
「じゃあ二人ともそこに立って構えろ」
「うん!」
「はい?」

 両手を上げて構えるトモエに、リンルゥはいささか懐疑的に思いながらそれを真似て構える。

「じゃあ行くぞ」

 そう言いながらレンが両の拳をそれぞれ二人の胸に当てた瞬間、鈍い音と同時に強く足が踏みこまれ、強烈な衝撃がそれぞれの拳から放たれる。

「うわっ!」
「きゃあ!」

 いきなりの攻撃に二人とも弾き飛ばされ、トモエは辛うじて立ったまま数m程吹き飛ばされつつ堪え、リンルゥは思いっきり転倒しながらも即座に体勢を立て直して立ち上がる。

「まずは攻撃への対処からだ。オレの放つ攻撃にどう対処すればいいか、自分で考えろ。そしてそれを次にどう活かせばいいか、化け物相手ならデタラメでもなんとかなっただろうが、これからはそうもいかんぞ」
「大丈夫!」
「次お願いします!」
「そうか」

 次の瞬間、また二人は弾き飛ばされる。

「まだまだ!」
「次!」
「ああ」
「な、なんの」
「ボクだって……」
「行くぞ」
「……」
「………」

 30分後、足腰が立たなくなるまで弾き飛ばされた二人が床に転がる。

「トモエ、体重が少ない事を考慮しろと前にも言ったぞ。怪力だよりだけじゃ疲弊するだけだ」
「ふぁい………」
「リンルゥ、反応できるならかわす事も覚えろ。ポイントをずらすだけでもダメージは違う」
「うう、そう言われても………」
「時間はまだある。頭で考える前に体で出来るようにするぞ」
「は、はい……」
「うう………」

 それこそゾンビのような動きで立ち上がった二人だったが、次の瞬間また弾き飛ばされた。

「なんの!」
「まだまだ!」
「じゃあ次」


 一応定時で上がったリンルゥが、ふらつく足取りで入居してまもないアパートの自室へと向かう。

「う〜ん、STARSよりもハードかもしれない………」

 必読として持たされた各種オカルト、犯罪学、心理学などの本がぎゅうぎゅうに詰まったバッグの重さにも辟易しながら、リンルゥはよろける足取りでアパートの門を潜った。

「あらお帰り。今日も大変だったみたいね」
「ええ、まあ………」
「何事も新人なんてそんな物よ。頑張ればその内一人前になるんだから」

 リンルゥの姿を見かけた、いかにも人のよさそうな太めの中年夫人の管理人が笑いながら励ましてくる。

「若いからって無理ばかりしちゃダメよ? なんならお夕飯でもおごりましょうか?」
「あ、大丈夫です。母さんから栄養管理はきちんとしろって言われてますし」

 おごりと言うといつも大食い専門店かと思うような大盛りしかない店ばかり連れて行く管理人になんとかにこやかに断りつつ、リンルゥは部屋へと向かう。
 その後ろから、同じくこのアパートの住人の一人が帰ってくると、管理人とにこやかにあいさつをしながらすれ違おうとする。

「外部監視、問題なし」
「オーバー」

 すれ違いざま、互いにしか聞こえない声で何かの報告がなされる。
 その後、別の住人が外出しようとする前に、管理人と雑談をする。

「内部監視、問題なし」
「オーバー」

 会話の最後、先程と同じように互いにしか聞こえない声で報告がなされる。
 それからしばらくして、このアパートに住んでいるシルモンドが帰宅してくる。

「おやお帰り」
「彼女は?」
「先に帰ってきてるよ。もっともあれはしごきすぎじゃないのかい?」
「ブラックサムライに言ってくれ。戦闘訓練はあいつの管轄だ。なにせ、あのイーグル・ハート直々に一人前にしてくれとの話だからな」
「その二人は上も認めざるを得ない功績を出してるからね。イーグル・ハートは最上部への推薦の噂も出てるよ」
「思考警察がか? あんな鈍い連中に誘われても無駄だと思うぞ」
「代わりに、こういう事になってるんだからね」
「ま、一人前になるまではこっちで守ってやらないとな。あの長官に申し訳が立たん」
「それで、あんたから見て彼女はどう見えるんだい?」
「確かに、まだまだ伸びそうだ。親の期待がかかるのも頷ける」
「そうかい、まああんまり期待かけるのも酷かもしれないね………」

 リンルゥ自身は全く知らされてないが、このアパートその物がフリーメーソンのキープハウスであるという事、彼女以外が全員フリーメーソンの構成員であるという事、そして前回の事件で地球規模の災害を未然に防いだ功績に、フリーメーソン上層部がレオンへの自由な報奨を約束した時、レオンが要求したのがリンルゥに悟られないようの絶対警護だという事実を知る数少ない人物達が、状況を確認しあっている頃、リンルゥは渡されていた本と資料を広げたまま、疲労のためテーブルに突っ伏して眠りの世界へと旅立っていた。

翌日

「あらおはよう……ってどうしたのそのほっぺ」
「あはは……ちょっと本読みながら寝ちゃって………」
「あらあら、無理しちゃダメよ? 若い子はすぐに無理するんだから」
「はい、それじゃあ行ってきます!」

 元気よくリンルゥが出て行った後、警護の人間がその後を追うように出て行く。

「ふふ、これからどんな風に成長していくか、楽しみだね………」

 知らない所で多くの人々の支援と期待を受けながらも、一人前の捜査官になるためのリンルゥの一日が、また始まろうとしていた…………




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