BIO HAZARD irregular
PURSUIT OF DEATH

第二章 『急襲!成層圏からの刺客!』





『ナンザス航空、203便ヒースロー行きはまもなく離陸いたします。お乗りのお客様はシートベルトをお掛け下さい。繰り返します…』

 イギリスにいる親戚に会いに行く為に、初めて飛行機に乗った少女は、はしゃいでいたのを両親にとがめられておとなしく席に座ろうとした。
 が、その目の前を変わった格好の人物が通った事でまた彼女は騒ぎ出した。

「パパ、サムライがいるよ」
「ほお、何処にだい、キャシー」

 父親が娘の方を見ると、通路の向かい側の席にキモノを着たサムライと言って差し支えない若い男が腰を下ろす所だった。
 その手に、細長い包みを持っているのを見た父親の顔が訝しげな表情になった。
 だが、娘はそれに構わずそのサムライに話し掛けた。

「ねえ、サムライさん」
「……オレの事か?」
「だと思うぞ」

 隣に座っている男が苦笑しているのを横目に、サムライ―レンは少女の方を向いた。

「何か用かい? お嬢ちゃん」
「やっぱりサムライさんは日本から来たの?」
「ああ、そうだよ」
「何しにイギリスに行くの?」
「悪い人達をやっつけに行くんだよ」
「それじゃあ、そのニホントウ本物なんだ」
「一応、な」
「あの、失礼ですがご職業は……」

 二人のやり取りを聞いていた父親が多少青い顔をしてレンに聞いてくる。
 レンは父親にだけ聞こえるように身を乗り出して耳打ちした。

「本職は骨董商でしてね。この日本刀は商品ですよ」
「ああ、そうですか」

 それを聞いた父親が安堵しながら席に付いた。
 少女はそれにお構いなくレンにあれこれ聞こうとしたが、離陸のアナウンスが入った事で父親に強引に席に固定された。

「その格好どうにかならないのか?」
「一応戦闘服なんだがな」

 隣に座っている男に、レンが襟を摘みながら小さなため息をついた。
 空港に着いてから、飛行機に乗るまで、そして今と一体何回身分を問われたか考えたくも無かったが、目立つという事だけは確かだった。

「それにしても、いきなりイギリスに行く事になるとはな」
「STARSのメンバーはあちこちに散らばってるが、メインはイギリスにいる。一応連絡は入れておいたが、仲間として認められるかどうかは別だぞ」
「その時はその時だ」

 レンは完全に離陸したのを確認してから、リクライニングを倒して目を閉じた。


「あ、鳥さんがいるよ」

 飛行機が飛び立ってから、2時間が経過した所で、通路の向かいの少女の言葉でレンは目が覚めた。

「キャシー、こんな高さに鳥はいないよ」
「でもいるよ」
「どれどれ」

 少女の言葉に、両親が窓の外を見て、二人共顔をしかめた。

「何だあれは?」

 それを聞いた男が、彼らを押しのけて窓を覗き込んだ。

「まさか、あれは!」
「どうした?」

 男の只ならぬ声に、レンも男の隣から窓の外を見た。
 そこには、確かにこちらへと近付いてくる鳥のような影が有った。

「まずい、ネメシス―I型だ!完成していたのか!」
「敵か!?」
「ハチドリのDNAをベースにした高速飛行型のBOWだ。知能もある厄介なタイプだ!」

 男は叫びながら操縦席へと向かった。

「困ります、お客様! ここから先は関係者以外は…」
「CIAのレオン・S・ケネディだ! 機長に緊急の用事だ!」

 男―レオンの突き出したIDカードにスチュワーデスの顔色が変わる。
 スチュワーデスを押しのけるように、レオンは操縦席へと入った。

「誰だあんた! 今忙しいんだ!」
「CIAだ! オレの持っている機密情報を狙っている者達によってこの機は狙われている。至急近くの空港に避難してくれ!」
「無茶言うな! 大西洋の真上だぞ!」
「エマージェンシー! こちらナンザス航空203便! ただ今国籍不明機に狙われている! 機内にいるCIAのエージェントとやらが関係しているらしい! 何でよりにもよってオレの操縦してる時に!」
「文句は後で聞く! 高度か速度を上げられないか?」
「無茶言うな! どっちも限界だ!」
「じゃあ振り切れ!」
「戦闘機じゃないんだぞ!」

 激昂している機長の脇から、レオンはレーダーを覗き込んだ。
 そこには、小さな光点が急接近してくるのが映し出されていた。


「来るぞ!」
「きゃあぁぁぁっ!」

 機内は、近付いてくるネメシス―I型、通称イカロスに気付いた乗客でパニックになっていた。

「落ち着いて下さい! 落ち着いて!」

 イカロスをどうにか振り切ろうと左右に揺れる機体の中、自分自身も取り乱してるスチューワデスが叫ぶのを見ながら、唯一レンは落ち着いて自分の刀を手に取り、通路の中央に立つ。

「我、六黒水気を持ちて…」

 陰陽術の呪文を唱えようとした所で、ふと今それがある理由で封じられているのを思い出し、呪文を中断すると刀を腰だめに構えた。

(どう来る? 燃料か? それとも直接こちらを狙ってくるか?)

 イカロスが飛行機の直上を取ろうとするのを避けようと機体が大きく右に傾いた瞬間、衝撃が機体を襲い、一つの窓を突き破って何かが機内に飛び込んできた。

「そう来たか!」

 レンは機内に飛び込んできた物に向けて、鞘ごと刀を振るってその軌道を変える。
 軌道を変えられたそれは、レンの脇を抜けて背後の座席に軽く突き刺さると、機外へと戻っていった。

「くっ!」

 密閉が破られた機内から、気圧差で急激的に空気が失われていく。
 自らも吸い込まれそうになる中、レンはとっさにそばの座席から客が持ち込んだらしいクッションを取ると、叩きつけるように割れた窓へと投げた。
 続けて、他の座席からミネラルウォーターのボトルを取って口を開けてクッションにぶちまけ、最後に自分の荷物から取り出した救急スプレーを放り投げてクッションの間近まで近付いた所で抜刀、スプレー缶を真っ二つに斬り裂いた。
 斬り裂かれたスプレー缶から飛び出したガスが一瞬にしてクッションごとミネラルウォーターを冷却、凍りつかせ穴を完全に塞いだ。

「これでよし、と」
「あ、あんた一体何者だ?」

 乗客の一人が唖然としながらレンに声を掛けた。
 見ると、乗客の全員が呆然とレンを見ていた。

「オレは陰陽師、モンスター専門のハンターだ。心配するな、あいつはオレが倒す」

 それだけを言いながら、レンは操縦席に向かった。

「サムライさん、頑張って!」

 少女一人だけが、その背中に声援を送った。


「空気の流出は何だかしらんが収まった! だがもう一度来たらオシマイだ!」
「アメリカの領空に戻れ! 軍に緊急出動を要請するんだ!」
「向こうが早いに決まってるだろ!」

 レオンは奥歯が砕けそうな程強く歯軋りした。
 この絶対的状況に、何一つ有効な手が思いつかない。下手すれば自分達の為にこの機の乗客全員が巻き添えになりかねない。

(考えろ! 何か手を!)
「逃げられないのか!」

 操縦席に飛び込んできたレンに、レオンは無言で首を横に振った。

「それじゃあ、速度と高度をギリギリまで落とせ」
「何をする気だ! それじゃあ落としてくれと催促しているようなもんだぞ!」
「逃げられないなら、迎撃するまでだ」

 その答えに操縦室にいたレンを除く全員がギョッとした顔になる。

「何でだ! こいつに機銃なんて付いてないぞ!」
「だから、人手でだよ」

 レンは懐からサムライエッジを取り出してセーフティーを解除した。

「無茶だ! だが手は他にない……」

 レオンも覚悟を決めてデザートイーグルを懐から取り出す。

「無理を言うな!気圧差で機外に放り出されるぞ!」
「命綱でも付けとくさ」

 軽口を叩きながら二人は搭乗口へと向かった。


「乗員を全員後ろに移して完全に扉を閉ざせ!何か体を固定出来るのを持って来い !」
「早くしてくれ!死にたくないんだったらな!」

 二人の挙動に多少不信を抱きながらも乗客は避難し、スチュワーデスが荷物固定用のロープを手渡す。

「開けるぞ!」

 搭乗口が開け放たれるのと同時に、機内の空気が外へと吸い出される。空気と一緒に機内の物も宙を舞う中、こちらへと向かってくる影を二人は見つけると、銃口を正確にポイント、立て続けにトリガーを引いた。
 しかし連続して発射された弾丸は、気圧差や風圧によってそのほとんどが狙いを逸れ、僅かに一発が相手をかするだけに終わる。

「ダメか!?」
「いや、回避に移ってる。当たれば効くはずだ」
「当たればな!」

 レオンは体を固定している命綱を意識しながら、体を外へと乗り出した。
 途端、凄まじい風圧が彼の体を襲い、慌てて中へと引っ込む。

「せめて外で狙えれば……」
「オレが行く」
「無茶だ! この風圧じゃ外に出ると同時に吹き飛ばされる! 吹き飛ばされなくても相手の餌食になるだけだ!」
「オレの曾じいさんは戦闘機に乗りながらB―29を叩き斬ったと聞いている。やって出来ない事はないと思う」
「レシプロ機とジェット機じゃ相対速度が違い過ぎる! 止めろ!」

 最後まで聞かず、レンは機外へと足を踏み出した。
 少しでも気を抜けば吹き飛ばされそうな風圧に耐えながら、翼の上を少しずつ進む。

「予想以上だな。やっぱり曾じいさんの冗談だったか?」

 呟きながらもレンはサムライエッジと刀を構えながら、周囲を見渡す。
 ちょうど、回避を追えた敵がまたこちらへと向かってくる所だった。
 間近で見たそれは、1m以上はある巨大な鳥の姿をしていた。
 顔には斜めに手術痕が有り、そこに何かを埋め込まれたのか顔の半面が奇妙に盛り上がっていた。
 翼には小さなジェットエンジンの様な物が取り付けられ、翼の後ろに小さな飛行機雲を生み出していた。

「生体改造の上にサイボーグ化か。手間が掛かってるな」

 レンはイカロスに向けて銃口を向けると、慎重に狙いを定めてトリガーを引いた。
 発射された弾丸は、機体の後方から迫って来ていたイカロスの体に加速してめり込む。
 イカロスは鳥の物とは思えない奇怪な悲鳴を上げながら僅かに体をよろめかせた。

「やったか?」

 レンの予測は、イカロスがすぐに態勢を立て直した事によって裏切られる。
 目標をレンへと変えたイカロスは、猛然とレンへと近付き、その鋭く尖ったクチバシを開いた。
 そこから、猛烈な勢いで飛び出した長い舌がレンを狙う。
 レンは刀を振り上げてその舌を切り落とそうとするが、刃からは肉とは思えない硬質の感触が帰ってきた。

「あいつの武器はあの舌か」

 レンはそのまま自分の真上を通り過ぎたイカロスを目で追おうとするが、そのすぐ後に襲ってきたソニックブームでたたらを踏んだ。

「くっ!」

 翼から振り落とされそうになるのを、何とか堪えて体勢を立て直す。
 しかし、その時には旋廻を終えたイカロスが、今度は体当たりをするべく目前まで迫っていた。

「しまっ…!」

 レンがそちらへと向けて刀を振るおうとするが、明かに相手の動きはそれよりも速かった。
 レンがダメージを覚悟した時、突然イカロスの体が横へとずれ、そのままレンの脇を通り過ぎた。それを追って、流れ出した血が虚空に筋を作る。
 レンは、開け放ってある搭乗口を見た。そこには、銃口から薄く煙が立っているデザートイーグルを構えたレオンの姿が有った。

「いい腕してるな」

 声は風音で聞こえないはずだが、レンが浮かべた微笑にレオンも微笑で答えるのが見えた。
 血を撒き散らしながらも、まだ旋廻をしてこちらへと向かってくるイカロスに、レンは油断無く構えながら備えた。

「来い………」

 襲ってくるイカロスをレンは寸前まで引きつけると、突然横へと跳びながら刀を振るい、トリガーを引いた。
 狙い通りに刃は翼を斬り裂き、弾丸は小型のジェットエンジンに命中した。
 だが、体勢が崩れた事によってレンの体は翼の上から離れる。

「レン!」

 レオンの叫びも虚しく、レンの体は虚空へと踊る。

「まだだ!」

 レンは虚空へと身を躍らせながらも、体勢を入れ替え、命綱が一杯に伸びた所で、風圧を利用して機体の外壁に真横に着地した。
 それを狙って、翼からは血を、ジェットエンジンからは煙を撒き散らしながらイカロスがレンへと向かって急接近し、再び舌を突き出してきた。

「甘い!」

 レンはその突き出された舌の上を滑らせながら刀を振るい、交差する瞬間にイカロスの頭を両断した。

「光背一刀流、《陽水鏡斬(ようすいきょうざん)》」

 力を失ったイカロスの体が地面落ちていく様を後ろに見ながら、レンは命綱を掴んだ。
 ふと、足元にある窓から乗客達が驚愕の表情を浮かべてこちらを見ているのに気付いた。
 その中に一つだけ、はしゃいでいる少女の顔を見つけると、そちらに向けて笑みを浮かべて、命綱を手繰り始めた。


『ニュースをお届けします。本日10:25発ナンザス航空ヒースロー行きが、原因不明の不調により、空港に引き返すという騒ぎが有りました。原因は今だ分かっておりませんが、乗客、乗員に怪我は無い模様です。政府は航空会社と緊急に対策班を組んで原因の究明に当たるとのコメントを発表しております。繰り返します、本日…』

「ねえパパ、何でニュースで本当の事言わないの?」
「あ〜、それはね…」

 空港のテレビを見ていた少女の素朴な問いに、父親は返答に窮した。
 自分でも何が在ったのかと聞かれても、どう答えればいいのか分からない状況を、娘にどう説明してやるべきかを父親は必死に考えた。

「なんでテレビでサムライさんに助けられたって言わないの? ねえなんで?」
「いや、だからね、それは…」
「きっと正義の味方だから正体を隠さなきゃならないのよ」
「そう、きっとそうだよ」

 見かねた母親の助け舟を、父親が肯定する。

「ふーん、そうなんだ。やっぱりサムライさんは正義の味方なんだ」

 少女はそれで納得したのか、しきりに感心していた。


 一方その頃、当の正義の味方は空港から少し離れた街中にいた。

「結局アメリカに逆戻りしちまったか」
「ああ、だが事態は悪化している」

 目立たないように普通の服に着替えたレンと、レオンは肩を並べて街を歩いていた。

「にしても、あんたやっぱりCIAだったのか」
「ああ、CIAのレオン・S・ケネディ、あんたと同じラクーンシティの脱出者だ。オレはG―ウイルスの事を知ってしまった所為で機密保持の為にCIAに入らざるを得なかった。だが…」
「だが?」
「今オレは休暇でマンハッタンに居る事になっている」
「正反対だな」
「もうバレている頃だ。それだけじゃない。アンタもおそらくアンブレラ、CIA両方のブラックリストのトップに載ったはずだ」
「人道の正義と国家の正義は噛み合わない、か。お国柄かね」

 レンは苦笑しながらため息をついた。
 レオンは、先程から深刻な表情で何かを考えていた。

「済まないが、イギリスには一人で行ってくれ。急用が出来た」
「おい、オレはSTARSのメンバーの顔も知らないんだぞ」
「オレの名前を出せば通じるはずだ。悪いが急ぐんだ」

 走り出そうとしたレオンの腕を、レンが押さえた。

「何をそんなに焦っている? ひょっとしてあんたがCIAに入った理由は他にも在るんじゃないのか?」

 レンの的を射た言葉に、レオンはしばし迷ってからゆっくりと話し始めた。

「……G―ウイルスの事を知っているのはオレだけじゃない。もう二人居た。一人は今STARSに居るが、もう一人はCIAの監視下にあるんだ。オレはその子の、 シェリーの安全と引き換えにCIAに入る事を要求された……」
「今そのシェリーは何処に?」
「軍の戦災孤児施設だ。場所は分かっている早くしないと彼女が危ない」
「行こう。アンタには助けられた。今度はオレが助ける番だ」
「しかし…」
「最初に言ったはずだ。借りは必ず返すと」

 レオンはしばらく悩んだ。
 が、レンの真摯な表情を見て決意を決めた。

「分かった。行こう、シェリーを救いに」




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