BIO HAZARD irregular
PURSUIT OF DEATH

第四章 『STARS壊滅指令!ネス湖畔の死闘!』





「もう少し右!右だす!ようしそこ!そのままゆっくり降ろすだす!」

 ニューヨーク第二埠頭に停泊している一隻の貨物船に、一つのコンテナが積み込まれていた。

「荷物はこれで全部だすな!みんな出航準備を…」
「船長〜!お客さんですよ〜!」
「客?」

 出航準備をしていた船長は、舌打ちしながらも客に会った。

「FBI?お上が何の用だす?」
「我々は誘拐事件の犯人を追っている。この写真の男達に見覚えは無いか?」

 FBIの捜査官を名乗る男は、懐から二人の男性の写真を取り出した。

「さあ〜、知らんだすな〜。第一、何でオラの船に誘拐犯が来るんだす?」
「誘拐された少女はIQ220の天才でな、彼女の研究データをイギリスに持ち込むのが犯人の狙いらしいのだ。今FBIが総力を持ってイギリス行きの空路と海路を当たっている」
「産業スパイって奴だすか?物騒だすな〜、少なくてもこの船には乗ってないだすよ」
「積荷に密航している可能性は?」

 FBIを名乗る男が山と詰まれたコンテナを指差すが、船長はそれに笑って答えた。

「残念だすが、中身は全部機械の部品だすよ。中に人が入れる程の隙間は無いだすから無理だす。それにコンテナには全部鍵が掛かっているだすし、鍵はオラしか持ってないだす」
「あのコンテナは?他のと少し違うようだが………」

 男が今積み込まれたばかりのコンテナを指差す。

「ああ、あれだすか。追加で持ってく事になった工業機械だすよ。なんでも特殊な製造法に使う奴らしいですだ」
「あれに密航の可能性は?」
「生憎とあれには倍の鍵が付いているだすし、中身がギチギチに詰まっていてとても入れた代物じゃないだすよ」
「だが…」

 そこで、男と似たような雰囲気を持った男が表れ、二人で小声で何かを話し始めた。

「もう出航していいだすか?あれの積み込みのせいで予定が遅れてすぐにでも出航したいんだすが」

 男は、そのコンテナを軽く叩く。反響音がほとんど響かない事から、中に密航の可能性は無しと判断した。

「分かった、行っていいぞ!」
「ありがとだす。野郎共、出航だす!」



同時刻 問題のコンテナの中

「な、上手く行っただろ」
「そりゃ、こんな状態で入っているとは思わないだろうからな」
「これは密航というより密輸だな」
「狭い………」

 擬装用に入れられた機械の狭い土台部分に、四人は密着に近い状態で入っていた。

「とにかく、アメリカの領海から出てしまえばこっちの物だからな。それまでの辛抱だ」
「本当に信用出来るのか?あの妙な方言の船長」
「ああ、あの人はオレのガンコレクション友達でな、伯父さんに特注した特製カスタムガン一丁やるって言ったら全面協力してくれるってよ」
「類友か………」
「…………」

 微妙に動いて自分の居場所を何とか確保しつつ、四人は小声で話し合っていた。

「向こうに着いても、オレやシェリーはいいが、あんた達がSTARSに信用してもらえるかどうかが問題だな」
「確かに怪しいからな、その格好」
「悪かったな。その時は一人でもやってやる」
「………」

 ふと、レオンはさっきまで文句を言っていたシェリーが妙に静かな事に気付いた。

「シェリー、さっきからおとなしいがどうかしたか?」
「…………い………」
「何だって?」
「気持ち悪い……」
「……ひょっとして、彼女船酔いするのか?」

 無言で男三人が顔を見合わせた。
 そして、ゆっくりと青ざめた顔をシェリーへと向ける。

「……う!」
『おわああぁぁぁ!!』



それより2週間後、イギリス・グラスゴー港

「世話になったな、船長」
「おう、気をつけるだすよ」

 少し顔の青い少女と、少し疲れた表情の男性を含めた男女四人組が埠頭に降り立った。

「オレはもう二度と船には乗らん…………」
「ゴメンナサイ…………」

 明らかに憔悴しているスミスにシェリーが平謝りしていた。

「別に恨んだり、根に持ったりしないから、頼むから忘れさせてくれ………」
「まあ、お前が一番近かったからな。頭からってのは運が悪かったとしか…」
「だから忘れさせろって言ってるだろうが!」
「本当にゴメン………」
「とにかく、移動手段を考えよう。STARSの本拠地は何処にあるんだ?」
「ここより更に北、ネス湖のほとりにあるって話だ」
「なんかのシャレか?それは」
「さあな」

 港の片隅から、一人の男が彼らを見ている事に四人は気が付かなかった。
 男は、四人を確認すると素早く物陰に入り、通信機を取り出した。

「こちらツィツィミトル、連絡のあった四人を発見した。指示を乞う…」



2時間後 移動の車内にて

「失敗作?」
「ああ、オレはそう考えてる」

 レオンの話に、皆耳を傾けていた、

「CIAのエージェントとして幾つかバイオハザードの起きた現場を見てきたが、そのほとんどが些細な事故や人為的ミスが原因だった。だが、原発の事故なんかと比べてみてもあんまりにも被害が大き過ぎる。それに、BOWの開発にはあまりにも手間暇が掛かり過ぎる。とてもT―ウイルスは兵器として使えた代物じゃあない」
「それはあくまで戦場での大量使用を前提とした場合でしょ」

 シェリーが反論した。

「そうじゃなくて、あくまで限定使用を前提とした拠点戦闘なんかの場合ではBOWは驚異的な効果を発揮出来ると思うの。近年の戦争は物量による全面戦争ではなく、拠点戦闘を中心にした物になってきているから、それをコンセプトにしているんじゃないかしら」
「様は、そこいらに離して勝手に人間襲って食ってるだけの話じゃないのか?」

 今一話を理解出来ないスミスが横槍を入れる。

「かも知れんな。もっともオレはあんな怪物達を使って勝って喜ぶ連中の方の気が知れんがな」

 交代でハンドルを握っていたレンがそれを肯定する。

「だが、もしBOWの大量完全制御が出来たらどうする?」



同時刻 フランス・ビスケー湾沖アンブレラ秘密研究所

「こいつらが今回の部下か……」

 出発準備をしている輸送機の中で、重武装に身を固めた男が呟いた。

「ああ、ハーメルン・システムの初の実戦使用だ。上手く行けばSTARSの連中を壊滅させられるかも知れんぞ」

 男の側で奇妙な機械の調整を行っていた科学者が話し掛ける。
 男はそれを適当に聞きながら、目の前に並ぶ無数の特殊金属製の檻と、そこから外を見ている獰猛な双眸を見ていた。

「この程度でやられる程あいつらはヤワじゃない」
「随分と向こうの肩を持つな。それともやっぱり自分の手じゃないと信用出来ないのか?死神さんよ」

 男―"死神"ハンクはその言葉に無言で応じた。



夕刻 スコットランド州・ネス湖湖畔

「ここか?」

 車から降り立ったレンは、目の前にある大きい事は大きいが、やたらと古びている倉庫を見上げた。

「オレはてっきりもっと立派な秘密基地でも在るのかと思ってたが………」
「パワーレンジャーじゃないんだから………」

 同じように倉庫を見上げていたスミスの呟きに、シェリーがもっともな反論を述べる。
 レオンが錆付いたドアの前に立つと、一定のパターンを持ったノックをした。

「誰だ?」
「連絡しておいたコンサートの件で来たんだが」
「ああ、聞いている。ジャズバンドだったな」
「ロックと言っておいたはずだが」
「ジャズじゃないのか?」
「いやロックだ」

 どうやらそれが合言葉だったらしく、錆付いたドアが内側から開けられる。
 四人がその中に入ると同時に、複数の銃口が突きつけられた。

「手厚い歓迎だな…………」
「全くだ」

 レンとスミスが無言で両手を上げる。
 倉庫の中は見た目と違って強固な補強が施され、あちこちにバリケードを兼ねているらしい大きな木箱が置かれていた。
 そして、その木箱の向こう側からと、周囲を取り囲んだ男女から十以上の銃口が油断無く四人を取り囲んでいた。
 ふと、周囲を取り囲んでいる男女の中に、見覚えがある顔がある事にシェリーは気付いた。

「クレア?」
「シェリー?シェリーなの!?」
「やっぱりクレアだ!」

 シェリーが正面に立っていたポニーテールの女性―クレアに抱き着いた。

「会いたかったクレア!」
「大きくなったね、見違えちゃった」
「もう17だもん。クレアが無事でホントよかった」
「………なあ、あの二人ってひょっとしてレ…」

 再開を喜ぶ二人の様子を邪推したスミスが妙な事を口走る前に、レンの手刀がスミスの側頭部にめり込む。

「おぐぁっ!」

 側頭部を押さえ込んでスミスがその場にしゃがみ込み、ゆっくりとレンの方に恨みがましそうな顔を向けた。

「いきなり何をする…………」
「つまらん事考えるからだ」

 勤めて無表情に言うレンとのやり取りに、銃を向けていた誰かが微かに噴きだす。
 途端、周囲の人間が一斉に笑い始めた。
 一頻り皆が笑い終えた後、奥から一人の筋肉質の壮漢な顔つきの男が彼らの前へと進み出た。

「どうやらスパイではなさそうだな。オレはクリス・レッドフィールド。STARSのリーダーだ」
「ミズサワ レン、五年前のラクーンシティの脱出者で陰陽師だ」
「スミス・ケンド。同じくラクーンシティの脱出者で一応SWAT隊員だ」
「レオンから話は聞いているが、奥で詳しく事を聞こうか」



 通された奥の部屋には幾つもの木箱が並び、レンが何気に口の開いていた木箱を覗き見るとそこには大量の銃火器や弾薬が入っていた。

「戦争でも起こす気か?」
「起こすんじゃない。しているんだ」

 クリスの強い口調に、レンは無言で納得した。

「取り合えず座ってくれ」
「くつろげそうにはねえけどな」

 スミスが興味深そうに木箱の中を覗きながら、そこいら辺にあったイスに座る。
 レンは木箱に腰掛けながら、脇に愛刀を納めた包みを立て掛けた。

「まず断言しておくが、あんた達をまだ完全に信用した訳じゃない」
「だろうな」

 むしろ予想していたかのように、レンは冷静にクリスの言葉を受け止める。

「本当にお前達がラクーンシティの脱出者だという証拠は在るか?」
「オレの方はケンド銃砲店の一人息子だって言えばバリーさんが分かるはずだが………」
「生憎とバリーは今フランスに行っている」
「じゃあ無理か………」
「オレはこれ位しかないが……」

 レンがサムライエッジをクリスへと手渡す。

「……こいつはケンド銃砲店に発注しておいていた物の一つだ。何処でこれを?」
「街を脱出する時、スミスの父親から譲り受けた物だ。生憎とオレがラクーンシティに居たのはたった半年だけでな、他に証明出来る物は無い」
「それともう一つ」

 クリスの目が真剣な物に変わった事に、レンは気づいた。

「あんたはニホンから来たという話だったな」
「ああ、そうだが」
「銃の所持が禁止されているはずの国の人間が持っていた銃がなぜ使い込まれている?」

 クリスの鋭い視線がレンへと向けられるが、レンは平然とそれを受け止めた。

「確かに日本では民間人が銃を持つ必要は無い。だが、裏では違う。オレはその闇のトラブルを処理する陰陽師を生業にしていてな、その銃はこの五年間愛用させてもらった」
「………そうか」

 クリスはそれだけを言うと、サムライエッジをレンへと返す。
 ふと、レンの耳に微かな音が聞こえた気がした。
 普通の人間ならば空耳で済ますような微かな音を、鍛え抜かれた感覚がそれが何かを知らせる。

「一つ聞くが、STARSに航空戦力は在るか?」
「?ハリアーが一機と、ヘリが二機あるが」
「じゃあ、別口か!」

 レンがサムライエッジを部屋の窓へと向けて素早く構える。
 次の瞬間、窓を突き破って入ってきた何かへと向けて立て続けにトリガーを引いた。
 レンに襲い掛かろうとする寸前で、それは頭を撃ち抜かれて断末魔の悲鳴を上げながら床へと倒れた。

「なんだこいつ!?」

 それは、爬虫類を思わせる奇怪な肌をし、体に埋もれるような顔と鋭いかぎ爪の生えた腕を持った奇怪な生物だった。

「ハンターだと!?どうしてここに…」

 言葉の途中で、ドアの向こうからガラスの割れる音と、複数の悲鳴、そして銃声が響いてくる。

「敵襲か!」

 レンが立て掛けて置いた刀を手に取ってドアを乱暴に開ける。
 そこには、無数のハンターと必死に応戦しているSTARSのメンバー達の姿が有った。

「はあっ!」

 レンはまだ武器を手にしていない人物に襲い掛かろうとしていたハンターに向けて、抜刀した。


「やあっ!」

 ジャンプしながらかぎ爪を振り被ったハンターが、シェリーのバク転しながらの変形回し蹴り、通称サマーソルトキックをまともに食らってバランスを崩し地面へと落ちた所を周囲からの集中砲火を浴びて絶命する。

「ふっ!」

 別のハンターが低めの軌道で振るった腕を掴み、そのまま相手の背後へと回り込みながら地面に押し倒し、後頭部に拳を叩き込む。
 人間ならば運が悪ければ死亡してもおかしくない攻撃だが、ハンター相手では一時的に動きを止める位しか出来ないが、その隙にクレアがトドメの弾丸を撃ち込む。

「シェリー、随分と強くなったのね」
「頑張ったもん」

 驚いているクレアにシェリーがガッツポーズを取って見せる。
 が、その時背後から近寄ってくるハンターがいた。

「後ろ!」
「え…」

 シェリーが振り向いた時には、すでにかぎ爪が振り下ろされる寸前だった。
 だが、それよりも一瞬速くハンターの口から突然刃が突き出した。
 驚くシェリーの目の前で、刃は真横へと移動し、頚椎を半ばから両断されたハンターが倒れた向こうには右手に愛刀の源清麿を、左手にサムライエッジを構えたレンの姿が在った。

「戦闘中に気を抜くな!一瞬の油断が死に繋がるぞ!」
「は、はいっ!」

 レンの怒声にシェリーが恐縮する。

「実戦は初めてか?」
「は、はい………」

 近寄ってくるハンターに弾丸を撃ち込みつつのレンの問いに、シェリーが小さく答えた。

「一度構えたら安全が確認出来るまで絶対に構えを解くな!」
「はい!」

 シェリーが答えながら構え直す。

「相手に致命傷を与えられないのなら決して必要以上前に出るな!サポートに徹して孤立を避けろ!」
「はい!」

 シェリーが向かってきたハンターをコンビネーションパンチで動きを止め、クレアの方に蹴り飛ばした。
 それにクレアとレンが連続して弾丸を撃ち込んだ。
 そこで弾丸が尽きたレンはサムライエッジのスライドレバーを押してスライドを戻し、空のマガジンを抜いてそれを口に咥え、懐から予備のマガジンを探る。
 その時、正面から狙ったかのようにハンターが迫るが、レンは八双に構えた刀を斜めに斬り上げながらスペアのマガジンをサムライエッジに叩き込み、口でチェンバーをスライドさせて初弾を装弾させた。

「銃を扱う人間の最大の弱点は弾丸が尽きた時だ!敵の時はそれを逃さず、味方の時は絶対のガードを敷け!」
「はい!」

 同じくマガジンを交換しようとしていたクレアの側にシェリーは駆け寄った。
 背後からジャンプして襲ってきたハンターにレンは振り向きもせず刀を肩越しに突き出し、それがハンターを貫くと同時にそのまま上段に振り下ろしてハンターを縦に両断した。

「混戦に限らず、戦闘時には360度全てに注意しろ!こいつらは特に変則的な戦い方をする!」
「はい!」

 シェリーが斜め後ろにいたハンターに大振りの回し蹴りで牽制する。

「一番大事なのは冷静さを保つ事だ!僅かな勝機を絶対に逃がすな!」
「はい!」



「この野郎!」

 スミスがジャンプして迫ってきたハンターのかぎ爪を転がりながら避け、次の瞬間には転がったままの状態でゾンビバスターをハンターにポイント、トリガーを引いた。
 着弾した炸裂弾頭がハンターの体に文字通りの風穴を開けるが、大口径ならではの強力な反動が構えていた左腕を襲い、スミスは驚異的な膂力でそれを押さえ込む。
 素早く起き上がりながら片膝をついて次の敵を探す。
 SWAT仕込みのコンバットシューティングスタイルを体が半ば反射的に行っていた。
 取り付けられたレーザーサイトがハンターの頭部に光点を付けると同時にトリガーが引かれる。
 次の瞬間には迫ってきていたハンター二匹の頭部が吹き飛んだ。

「やるじゃないか」

 隣でM4A1アサルトライフルを撃っていた男が口笛を吹きながらスミスを賞賛する。

「あんたもな」

 フルオートで放たれている弾丸がハンターに的確に集弾されているのを見たスミスが、笑みを浮かべながら空になったマガジンを取り出す。

「それにその銃もいいな」
「特注だよ。普通の奴じゃ撃つと同時に手首がイカれる」
「それじゃあお前が死んだらもらう事にするさ」
「言ってろ、え〜と…」
「カルロスだ」
「覚えとくよ、ここであんたが死ななかったらな!」

 マガジン交換を済ませると同時に違う標的へと向けてスミスはトリガーを引いた。



「負傷者や弾切れを起こした奴は下がらせろ!必要以上敵を近寄らせるな!」

 クリスが叫びながら巨大なリボルバー拳銃を思わせるMM1グレネードランチャーを連射する。
 着弾したグレネード弾がハンターを数匹まとめて吹き飛ばすが、その向こうから新手が押し寄せてくる。

(何匹いるんだ!?それにどうやってこれだけのハンターを制御しているんだ?)

 疑問は押し寄せる敵影によって中断せざるをえなくなる。
 再びMM1を連射しながらクリスは周囲を見た。
 奇襲だった為に負傷者はかなりの数になっている。
 ハンターの特徴は皆が知っていた為に致命的な攻撃を受けた者は少ないが、少しでも油断をすれば確実に首を切り落とされるだろう。
 負傷者達に近寄ってくるハンターは近接戦闘を行えるレンとシェリーがなんとか食い止めているが、二人とも疲労してきているのが目に見えてきていた。

(今は、生き残る事だ!)

 クリスはMM1から空薬莢を落とし、手早くグレネード弾を装弾し始めた。



「はぁっ!」

 袈裟斬りに振り下ろされた刃がハンターの体を斬り裂くが、浅かったらしくハンターは少しよろめいてから再び襲いかかってくる。

(まずい………)

 そのハンターに弾丸を撃ち込みながら、レンは徐々に刀の手ごたえが重くなってきているのに気付いていた。
 元々、日本刀は一般的に考えられている程持久性は無い。
 人を十人斬ればその負担で普通の刀は斬れなくなると言われるが、これだけの激戦で未だその切れ味を持続させているのは業物の刀と、レンの技量がなせる技だった。
 しかしそれも限界が来たのか、レンの愛刀・源清麿は確実にその切れ味が鈍ってきている。
 このままでは使い物にならなくなるのも時間の問題だった。
 しかし、彼の背後には負傷者達がいる為、下がる事は許されない。

(この戦いの間だけでいい。持ってくれ!)

 レンは意識して柄を強く握り締めた。



 音を立ててデザートイーグルのスライドが後退したまま止まる。

「ちっ!」

 レオンは舌打ちしながらスペアマガジンを探すが、装弾されているのは一つも無かった。
 バリケードにしていた木箱の陰に隠れながら、ポケットから弾丸を取り出してマガジンに装填を始める。
 最後の一発を込めようとした時、ふいに頭上を飛び越えたハンターがこちらへと向き直った。

「しまっ…」

 慌ててマガジンを入れようとするが、どう見ても間に合わない。
 レオンが負傷を覚悟した瞬間、横手から飛んできた弾丸がハンターの頭部を吹き飛ばした。

「大丈夫か!?」

 スミスが叫びながら近寄ってくる。

「悪い!助かった!」
「礼はいいから今度はこっちが頼む!」

 レオンの隣に座り込んだスミスが自分のマガジンに装填を始める。

「まかせろ!」

 レオンは装弾の済んだデザートイーグルを構えた。


「はあっ、はあっ…………」

 シェリーは自分の呼吸が異常に重い物に感じられた。
 ハンターの数はようやく減ってきていたが、未だ余裕を持てる状況ではない。

「シェリー、無茶しちゃ駄目よ」
「大丈夫……」

 負傷した腕に包帯を巻いているクレアに、無理に笑顔を見せる。

(五年前クレアは私を守ってくれた。今度は私がクレアを守るんだ!)

 意識して強く拳を握りこんだ時、不意に額を流れる汗が目に入った。
 反射的に目を閉じた瞬間、正面にいたハンターが大きくジャンプした。
 シェリーが目を開いた時には、鈍く光るかぎ爪が首筋に触れる瞬間だった。
 その時、突然シェリーの体が横へと弾き飛ばされる。
 よろめきながらもなんとか体勢を立て直したシェリーの目に、突き飛ばした当人であるレンが代わりにハンターのかぎ爪を受けた所が飛び込んできた。

「レン!!」
「油断はするなと言っておいたはずだ」

 ハンターのかぎ爪は頭部を庇っていたレンの腕を切り裂いたはずだったが、切り裂かれた袖の断面から服の裏地に縫い込まれた防弾用ケプラー材とその下に着けていたチタン製プロテクター、そして対ショック用のボディスーツが露になっていた。

「あと、一度食らった手は二度と食わないように対策を講じておけ」
「……はい…………」

 予想以上に重武装だったレンに呆気に取られながら、シェリーは構え直してレンの隣に立った。

(この人の側なら、安心して戦える…………)

 シェリーは何故かそんな気がしていた。



「やあっ!」
「はっ!」

 シェリーの直蹴りを食らったハンターがよろめいた所を、レンが真後ろから唐竹に斬り裂く。

「そこだ!」

 クリスが放ったグレネード弾が固まっていたハンターをまとめて吹き飛ばした。

「てめえで最後だ!」

 残っていたハンターにスミスが連続して弾丸を撃ちこみ、完全に絶命させた。

「もういねえな?」

 カルロスが大きく息を吐きながら構えていたM4A1を降ろした。

「どうやらそのようだ」

 レオンがデザートイーグルをホルスターに戻した。

「死傷者を報告しろ」
「エランとフォンが最初に殺られた以外は死者はいないみたい。あのサムライのお陰よ」
「オレはサムライじゃ…」

 クレアの言葉に、刀を鞘に納めながらレンが反論しようとした時、レンの背中に冷たい感覚が走った。
 それが何者かの殺気だと感じた瞬間、レンは行動した。

「伏せろ!」

 レンが叫びながら側にいたシェリーを地面に押し倒す。
 ちょうどレンが立っていた位置を、一発の弾丸が過ぎ去った。

「何っ!?」
「狙撃だと!?」

 皆も慌てて伏せたり物陰に隠れたりしながら様子を伺う。

「やっぱりか…………」
「どういう事だよ!?」

 物陰に隠れたレンの呟きに、スミスが怒鳴り返す。

「妙だと思っていた。これだけの数がいながら一匹も逃げ出す奴がいなかった。いくら群れで動く生物でも必要以上の危険を感じれば逃げるはずだ」
「確かに………」

 押し倒された拍子に鼻をすりむいたらしいシェリーが鼻を押さえながらレンの考えを肯定した。

「考えられる事はこいつらは何らかの方法で制御されていた。そして、その指揮官がいる…………」
「しかもとんでもない凄腕がな……」

 飛んできた弾丸の方向から大体の狙撃位置を判断したレオンがデザートイーグルを向けようとするが、その鼻先をかすめた弾丸に再び木箱の陰に引っ込まざるをえなくなった。



「外したか…………」
 念の為に用意しておいたPSG―1ライフルを構えながら、ハンクは呟いた。
「やはり獣は信用出来ない」
 一番信用出来るのは実戦で培われた経験と勘だ、と思いながらハンクは赤外線探知スコープを覗き込んだ。



「そうっとだぞ、そうっと…………」
「分かってるよ」

 スミスとカルロスがゆっくりと木箱の陰に隠れながらそれを押して前進を試みるが、その箱に次々と弾丸が撃ち込まれ、その内の一発が木箱を貫通しスミスの左腕をかすめて床に弾痕を穿った。

「おい、大丈夫か!?」
「ああ、これくらいなんともない」

 スミスは平然と左手を握り緊めたり開いたりを繰り返す。
 それを見たカルロスが訝しげな顔をするが、今度は彼の後頭部のすぐ後ろを弾丸が通過した為慌てて思考を中断して地に伏せた。

「壁と障害物越しでこれか!?どういう腕前してやがるんだ!」
「お前より上って事は確かだ!」
「なんだって!!」

 口論を始めた二人が立ち上がり掛けた時、また弾丸が撃ち込まれて二人は再び地に伏せた。

「まずいな………」

 クリスはその様子を見ながら、焦りを感じていた。
 こちらにはすぐに治療を施さなければいけない重傷者が大量にいるが、向こうの射撃の正確さはそれを許さない。

(どうする?どうすればいい?)

 必死に考えを巡らせるが、いいアイデアは浮かばなかった。

「応援は呼べないか?」

 向こう側の木箱の陰に隠れているレンからの問いに、クリスは首を横に振った。

「駄目だ。地元警察に話は付けてあるが、呼んで来るまでに20分以上は懸かる」
「そうか………」

 レンはしばし考えた後、一つの考えをまとめた。

「オレに考えが在る。9パラのホットロード(炸薬増量弾)は無いか?」
「有る事は有るが、何をする気だ?」
「多分、オレにしか出来ない事だ」

 クリスは首を傾げながら、ポケットから強化弾の入った弾丸ケースを取り出し、床を滑らしてレンへと手渡した。
 レンはその中から弾を一発だけ取り出すと、マガジンにセットしてチェンバーへと装弾させた。
 すると、レンは突然立ち上がって木箱の陰から前へと歩き出した。

「おい!危ないぞ!」
「戻れ!危険だ!」

 忠告を無視してレンは歩を進め、立ち止まると右脇に刀を、左脇にサムライエッジを置いてその場に正座し、両手を膝の上に置いて目を閉じた。

「戻れサムライ!ハラキリでもするつもりか!」
「違うな」

 スミスが強い口調で断言した。

「あいつは最後の最後まで絶対に諦めないタイプだ。きっと何かいい考えがあるはずだ」



 ハンクは当惑した。
 今彼の覗いているスコープには恐ろしいまでに無防備な人影が映っている。
 赤外線分布から見るとボディアーマーの類を着込んでいるのが分かるが、頭を狙えば済む事だ。

(罠か?)

 ハンクは自問したが、ここから目標まで50m以上は離れている。
 この状態からの罠などは絶対に考えられなかった。
 しばし迷った後、ハンクはその人影の額に狙いを定め、トリガーに指を掛けた。



 視界を閉ざした事により、レンは周囲の気配をより感じ取れるようにした。
 そして、まるで突き刺さるような鋭い殺気が自分に向けられている事を意識する。
 その殺気は段々と高くなり、それが頂点に達すると同時にレンは目を見開いて右脇に置いた刀を逆手で引き抜き、刀の腹を額の中央にかざす。
 ちょうどその場所に、甲高い音を立ててライフル弾が刀身へと突き刺さる。
 そして、レンは左手でサムライエッジを構えると、殺気が放たれていた場所に向けてトリガーを引いた。
 静まり返っていた倉庫の中に一発の発砲音が響き、それに続いて着弾したポイントから折れた刀身が、突き刺さっていたライフル弾と共に床へと落ちる音が響いた。
 誰もがしばし何が起きたか理解出来なかったが、やがて状況を理解したレオンがデザートイーグル片手に外へと走り出し、スミスがその後に続いた。

「何をしたの?」
「狙撃をガードして反撃した。それだけだ」

 シェリーの問いにレンはいとも簡単そうに答えた。

「どうやってだよ?」

 カルロスが頭を捻る。

「障害物越しに狙ってきたって事は恐らく赤外線スコープを使っていた。それならばオレがボディアーマーを着ている事が分かるから、あの状態ならば間違いなく確実に仕留められる額を狙ってくる。あとは殺気から撃つ瞬間を読んでガードし、殺気の発されていたポイントへと向けて反撃した」

 僅かな刃を残して柄だけになった刀を名残惜しそうに見ながらのレンの説明に、その場にいた全員が顔を見合わせた。

「神業、という奴だな」
「そんなに大した事じゃない」

 そう言うレンの足元で、転がっていたハンターの死体が僅かに動いた事に気付いた者はいなかった。



 レオンは倉庫から飛び出すと、弾丸の飛んできた方向へと向けて全力で走った。
 すでに薄暗くなっている空の下、視界に腕を押さえてうずくまっている人影を発見するとそれに近付き、銃口を突きつける。

「やっぱりお前か、"死神"ハンク!」
「知っている奴か?」

 遅れてきたスミスも同じように銃口を向けながら、レオンに問い質した。

「こいつはアンブレラのA級エージェントだ!こいつのおかげで一体何度出し抜かれたか!」
「レオン・S・ケネディか………CIAを出奔したという話は本当だったか」
「黙れ!貴様には聞きたい事が山程ある!」

 レオンが余熱の残るデザートイーグルの銃口をハンクのこめかみに押し付ける。
 が、ハンクはしばし無言を保ち、そして低い声で笑い始めた。

「何が可笑しい!?」
「これが何か分かるか?」

 ハンクは手の中で握っていた、ランプの明滅しているスイッチを二人に見せた。

「戻った方がいいぞ。仲間が大事ならばな」
「貴様何を…」

 その時、倉庫の方から銃声が響いた。

「なんだ!?」

 思わずレオンとスミスがそちらの方を向いた瞬間、二人の間を何かが通り過ぎた。
 その通り過ぎた物―ピンを抜かれたスタングレネードが地面を落ちると同時に眩いばかりの閃光が周囲を覆った。

「しまった!!」
「くそっ!」

 二人が目を閉じ、再び開いた時にはすでにハンクの姿は無かった。

「逃げられたか…………」
「戻ろう!何か起きてる!」

 二人は今来た道を再び走り始めた。



 最初にそれに気付いたのは誰かは判然としなかった。
 だが、すぐに誰もが異常に気が付いた。
 頭部を半ばから吹き飛ばれたハンターの死体が、ケイレンしたかと思うとゆっくりと起き上がった。

「何っ!?」

 側にいたレンがとっさにサムライエッジを向けると立て続けにトリガーを引く。
 4発目で弾切れを起こしスライドがストップするが、弾丸が撃ち込まれたにも関わらず起き上がったハンターの死体は何の反応も示さなかった。
 そして、それとは別の胴体に大きな穴が開いているハンターや、体中に弾痕が刻まれているハンターが一体、また一体と起き上がっていった。

「まさかゾンビ化!?」
「いや、調整の施されたBOWはゾンビ化しないはずだ!」
「それじゃあ…」
「きゃあぁぁぁ!!」

 誰かの悲鳴が皆の思考を中断させる。
 そこでは起き上がったハンターが仲間の死体に食らいついていた。
 他のハンター達も起き上がらない死体に食らいつき、それを凄まじい勢いで貪る。
 貪っていく内に徐々にそのハンターの体は膨れ上がり、やがてそれを食い尽すと、今度はお互いに食らいついた。

「ひぃっ!」

 引きつった悲鳴が上がるが、多くの者は銃を向けるのも忘れ、ただその異様な光景を黙って見ているしか出来なかった。
 そして、お互いに食らい付き合ったハンター達はいつしか一つのシルエットへと融合していく。
 完全に一つとなったそれは、また違う固体同士に食らいつき、また融合していく。

「何事…」

 倉庫に飛び込んできたレオンとスミスがその光景を目撃して絶句する。

「まさか、これはG―ウイルス!?」
「なんだって!?」
「間違い無い!この急劇的な変化はG―ウイルスだ!こいつら体内にG―ウイルスを埋め込まれていたんだ!」
「あの野郎か!」

 スミスが外を睨むが、G―ウイルスの発動スイッチを押した人間はすでに逃亡している。
 その時には、それは完全に一つになろうとしていた。

「う、撃てぇ!」

 クリスの号令と共に一斉に銃火がそれに集中する。
 だが、全長5mは在ろうかという巨大な体へと変化していくそれに生半可な攻撃は通用せず、完全に一つとなったそれは大きな咆哮を上げた。
 まるで昆虫のような複数の足の生えた細長い下半身に、元のハンターの物に近いぬめるような肌を持った上半身が生え、肩からは四本の巨腕と脇腹に無数の副腕の生えたその怪物は周囲を見回す。
 一瞬にして巨腕の一つが振り回され、直撃を食らった一人が壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられる。

「なっ…………」

 その光景を見た者達が絶句し、恐怖の眼差しでその怪物を見上げた。

「怯むな!」

 クリスが大声を上げながらMM1グレネードを乱射する。
 しかし、その爆炎の中から伸びた巨腕がクリスを掴み上げた。

「兄さん!!」

 クレアの悲鳴が倉庫内に木霊する。
 クリスは必死にもがくが、怪物の驚異的な握力から逃れる事は出来なかった。
 だが、突然怪物が絶叫を上げてクリスを放り出す。
 その目には、深々とコンバットナイフが突き刺さっていた。

「こっちだ!化け物!」

 とっさに落ちていたコンバットナイフを投じたレンが、同じく落ちていた幅広のマチェトナイフを構え、挑発しながら怪物の脇を通り過ぎ、足の一本を斬り裂きながら外へと走り去る。
 怪物が咆哮を上げつつその後を追って壁を破壊しながら外へと躍り出す。

「カッコつけるなよな!」

 スミスが怪物の破壊した穴から怪物を追って飛び出し、STARSメンバー達が続々と後に続いた。



(どうすればいい?)

 レンは走りながら考えた。
 すぐ後ろを怪物が予想以上のスピードで追ってくるのが振り向かなくても感じ取れた。
 右手に握っている藪などを切り払うのを前提とした全長30cmはある幅広のマチェットナイフは彼の腕を持ってすればそれなりの武器と成り得るが、相手の巨大さからすれば大したダメージも与えられないのは目に見えていた。

(せめて術が使えれば…………)

 レンは対ショック用アンダースーツの下、ちょうど胸の中央に貼り付けられた術符を意識した。
 その術符こそ、陰陽師であるはずの彼をただの剣士にしている封印の要だった。
 渡米との引き換えの術の封印、それこそが陰陽寮が出した条件だった。
 が、その事を悔いたのはほんの数瞬。
 即座に思考は状況分析へと移行する。
 彼のすぐ側まで近付いた怪物の振り下ろした巨腕を冷静に避けつつ、通り過ぎさま手にしたマチェットナイフで腕を斬り裂く。

(どうすれば、勝てる?)

 彼の思考に、敗北は含まれていなかった。



「どけっ!」

 カルロスが倉庫の奥から引っ張り出してきたAT4ロケットランチャーを怪物の背中へと向けて発射した。
 噴煙を上げながら飛んだロケット弾が怪物の背中へと命中し、その肉体を大きくえぐる。

「やったか!?」
「駄目だ!あの程度じゃ………」

 レオンの指摘通り、怪物はしばしうずくまったかと思えば背中に新たに筋肉組織が盛り上がり、更に逞しい体へと変化した。

「うげっ………」
「冗談きついぜ………」

 それを見た皆が絶句するが、気を取り直して思い思いに銃口を向けた。

「G―ウイルスに感染した生命体は外的刺激や必要に応じて体組織が変化する!中途半端な攻撃は返ってあいつを成長させるだけだ!」
「それって不死身じゃねえか!」

 カルロスが舌打ちしながらM4A1を構える。

「なんか弱点無いのか!?火に弱いとか寒さに弱いとか足の小指が弱いとか!」

 レオンに問いつつ、スミスがゾンビバスターに組み込まれたタクティカルライトで怪物を照らしながら連射する。
 怪物の巨腕の有効範囲から離れた他のSTARSメンバー達も必死になって銃火を集中させるが、致命的なダメージを与えられていないのは見て取れた。

「明確な弱点なんて無い!有効的なのは跡形も無く吹っ飛ばす事だけだ!」
「出来るか、あんな化け物!空爆でもしなきゃ無理だ!」
「ちょっと待て…………」

 空になったM4A1のマガジンを交換しようとしたカルロスがふと手を止めた。

「G―ウイルスに効くワクチンか何かを撃ち込めば、何とかなるんじゃないのか?」
「残念だが、G―ウイルスはサンプル自体少なくてCIAにすらワクチンは…」

 そこで、レオンの視界に持てるだけの武器を持ってこちらに向かってくるシェリーの姿が飛び込んできた.
「……在った………」
「どこに!?」

 レオンは無言でシェリーを指差す。

「シェリーは五年前G―ウイルスに感染して、ワクチンで一命を取り留めている。彼女の血にはワクチンが含まれているはず………」
「その話は本当か?」

 いつの間にかこちらへと来ていたレンが問い返す。
 その手に握られているマチェットナイフは怪物の返り血で真っ赤に染まっていた。

「どうりで妙に身体能力が高いと思ったらそいつの影響か…………」
「それじゃあシェリーの血をどうにかしてあいつに撃ち込めば…」
「ちょっと待って!」

 話を聞いたシェリーが慌てて訂正する。

「いくら私の血にワクチンが含まれていても、有効的に効かせるに全身に行き渡る量を注射するか、心臓に直接注射しないと駄目!」
「…………あいつの心臓って何処だ?」
「さあ、解剖でもしてみないと………」

 そこで一同の目がレンへと集中した。

「ヘイ、サムライ。あんたあれを開きに出来ないか?」
「出来ない事は無いが、こいつでは無理だ。せめて刀が在れば………」
「ニホントウ?それなら在るぞ」

 カルロスがシェリーの持ってきた物の中から一つの木箱を取り出してレンへと手渡した。
 その箱の表面には何故か《DANGER!》だの《危険!》だのと書かれたステッカーと一緒に無数の御札が余す所無く張られていた。

「まさかこれは……」

 レンはその木箱の表面をマチェットナイフのグリップで叩き壊し、中から箱と同じように無数の御札が張られた一振りの日本刀を取り出した。
 そして、鯉口に張られた御札を破りながらゆっくりと鞘から抜き放った。
 そこには、月明かりを受けて艶かしく光る刀身が在った。

「間違い無い!こいつはオレが封印したはずの二代村正だ!なんでこいつがイギリスに?」
「ニホンの骨董武器商が送ってくれた武器の中にあったんだが?」
「父さんか………また勝手に………」

 レンは少し意気をくじかれながらも、村正を鞘に納めて腰へと差した。

「オレがなんとかあいつを解剖してみる。その間にワクチンの用意を!」
「任せて!」

 シェリーが持ってきた物の中から何か適当な物を探し始める。

「じゃあオレ達はそれまでの時間稼ぎだな」

 カルロスがシェリーの持ってきた武器の中からロケットランチャーを見つけ出し構える。

「確かに」

 スミスが同じくシェリーが引きずるように持ってきた巨大なバーレットM82A1アンチマテリアル(対装甲目標用)ライフルを軽々と左手で持ち上げて構えた。

「時間が経てば経つ程あいつは強力になっていく。猶予はあまり無いぞ」

 レオンがデザートイーグルを構える。

「行くぞ!」

 レンが怪物へと向けて走り出すと同時に全員が行動を開始した。

「食らいやがれ!」

 スミスがM82A1を連射する。
 戦闘ヘリや軽装甲車の破壊を目的として作られたの12・7ミリ弾が怪物の体を次々と穿った。
 怪物がそれに気を取られてこちらを向いた時に、その顔面に50AE弾が、胴体にロケット弾が命中する。

「はああっ!」

 レンが怪物の足の一本へと向けて抜刀する。
 抜刀された刃は妖刀の代名詞に相応しいまでの切れ味で、レンの手にさしたる抵抗も感じさせず足の一本を斬り落とした。
 怪物が大きな咆哮を周囲に轟かした。



「有った!」

 シェリーは持ってきた物の中から麻酔弾を見つけ出すとどうにかいじってその中身を抜いた。
 次に救急用の医療キッドから麻酔用の注射器を取り出すと、自分の腕の静脈に刺し、慎重に採血する。
 それを中身を空けた薬瓶に入れると、蓋を閉め、周囲を見回した。
 採血された血液はそれだけではすぐに変質する上に血清としては使えない為、血液凝固防止剤を入れるか、遠心分離機に掛けなくてはならない。
 シェリーは乗ってきた車が向こうで横転しているのを見つけるとそれに駆け寄り、タイヤに薬瓶を医療用テープで厳重に貼り付ける。
 車の中に入り込み、イグニッションを何度も作動させ、ようやくエンジンが掛かった所でギアを入れ、手で思いっきりアクセルを押し込んだ。

(早く…………早く…………)

 シェリーは焦りながらもアクセルを強く押し込む。
 猛スピードで空回りを始めたタイヤの上で血液が振り回され、分離していく。

「そろそろ………」

 シェリーはアクセルを離し、ブレーキを押し込むと車外に出てタイヤへと近寄った。
 見事に分離した血液の入った薬瓶をタイヤから剥がすと、それを中身の抜いた麻酔弾に注ぎ込んで密閉した。

「出来た!」
「それを撃ち込めばいいのか?」

 声のした方向にシェリーが振り向くと、そこにはクレアに肩を貸してもらっているクリスの姿が在った。

「はい、でも心臓に直接撃ち込まないと…………」
「いいだろう」

 クリスはワクチン弾を受け取ると、それをクレアの持っていたM4A1にセットして構えた。

「レン!お願い!」

 シェリーの声を聞いたレンが怪物の前方へと回り込む。
 そこに無数の触手へと変化した副腕が襲い掛かるが、それを斬り裂きながら懐へと飛び込み、刃を突き刺した。

「はあああぁぁぁ!」

 気合と共に、刀を大きく上へと斬り上げる。
 鮮血が吹き出し、傷口が大きく開くが、その中に心臓らしき物は見えなかった。

「やっぱり上か?」

 レンが自分の身長のはるか上にある怪物の胸に当たる部分を見上げた。
 その時、下を見た怪物と目が合った。
 レンの姿を見つけた怪物は怒り狂いながら巨腕を下へと振り下ろす。
 レンはそれを巧みに避けると、振るった刃で手首を半ばまで斬り裂き、横合いから襲ってきた別の巨腕をかわしながらその腕に刃を深々と突き刺した。
 怪物が一際大きな咆哮を上げながら腕を振り上げる。
 レンはそのまま柄を強く握り緊め、腕と共に宙へと舞い上がった。
 やがて振り回された腕が怪物の頭上へと来ると、足を架けて一気に刃を引き抜き、宙へと舞いながら大上段に構える。
 それに気付いた怪物がレンを押し潰そうと両手を構えたが、その手の指が次々と吹き飛ばされた。

「させるかあっ!」

 スミスがM82A1で指を正確に狙い撃ちした結果だった。
 怪物が絶叫の咆哮と共に怯む。
 その隙が好機となった。

「光背一刀流、《雷光斬(らいこうざん)》!」

 レンが怪物の頭上から落下しながら一気に白刃を振り下ろす。
 刃は怪物の胴体を首元から一気に縦に斬り裂き、内圧で開いた傷口は膨大な血しぶきと共に内部の蠢く臓物を露にした。
 その中に定期的なリズムを刻む巨大な心臓を見つけたクリスがそれに狙いを定めた。

「終わりだ」

 言葉と共に発射された弾丸が、怪物の心臓に小さな穴を穿つ。

「どうだ?」

 地上に降り立ったレンが怪物を見上げた。
 怪物は数瞬動きを止めたように見えたが、すぐに動き始める。

「駄目か?」

 レンが更なる攻撃を加えようとした時、怪物の腕の一つが根元から千切れた。
 怪物が絶叫を上げながら別の腕を振るおうとするが、それは肘と肩の両方から千切れ、動こうとした足の幾つかも自重を支えられずに根元から千切れた。

「やったわ!G―ウイルスの効果が消えて体を維持できなくなったのよ!」

 シェリーが喝采を上げる。
 そうしている間にも怪物の体の崩壊が進み、最後に一際大きな断末魔を残してその体は完全に崩れ去った。

「やったぞ!」
「キャッホー!」

 皆が歓声を上げる。
 レンは血を振り落としながら刀を鞘に納め、クリス達の側へと近寄った。

「やったな」
「いや、まだだ」
「え?」

 レンの返答にシェリーが首を傾げる。

「オレ達のSTARS入隊の許可をまだもらっていない」
「そういやそうだったな」

 こちらへと近付いてきていたスミスが今更ながらそれを思い出した。

「文句無し。全員合格だ」

 クリスが右手を差し出し、レンはそれを強く握り返した。

「これからも頼む。仲間として」
「こちらこそ」



「………やるじゃないか」

 上空衛星の映像から戦いの一部始終を見ていた男が低く呟いた。

「悠長な事を言っている場合じゃない。あのサムライがSTARSの一員ともなれば我々の大きな障害となるぞ。対処出来るのか?」
「さてね」

 側にいた男からの質問に、男は笑みを浮かべながら架けていたサングラスを持ち上げた。





感想、その他あればお願いします。


NEXT
小説トップへ
INDEX


Copyright(c) 2004 all rights reserved.