BIO HAZARD irregular
PURSUIT OF DEATH

第八章 『魔人VSサムライ!音速の決闘!』




(どうしてだ!?)

 彼は自問した。
 小さな島国に住むある一家の拉致、それだけの今までやってきた事に比べればひどく単純な任務のはずだった。

(どうなっているんだ!?)

 自分に問い掛ける。
 その問い掛けの答えが出るよりも早く、彼の部下の一人が突撃を掛けた。
 全身を黒地のタクティカルスーツで包んだ体が、一瞬にして普通の人間には有り得ない速度まで加速し、一陣の黒い風となる。
 だが、その風よりも速く、銀色の煌きがその体に追い付き、通り越す。

「NOooo!」

 その銀色の煌きが通り過ぎた場所、自分の肘から鮮血を巻き散らかしながらその部下は自らの腕を抱え込んでうずくまる。
 防弾性も併せ持つ筈の特殊素材製のタクティカルスーツもろとも、その部下の腕は半ばまで深く斬れていた。
 彼の喉が酷く粘つく唾を飲み込んだ。
 周囲には、その部下と同じように一撃で戦闘力を奪われた部下達が転がっており、もはや戦えるのは彼一人となっていた。

「止めておけ。致命傷では無いが、放っておけばそいつらは死ぬかもしれないぞ」

 彼の目の前に立つ、部下達を一撃で戦闘不能にした若い男がこの国の言葉で警告する。
 彼は答えず、無言で手に握った大振りのチタンブレードナイフを構える。
 彼の部隊の者達ならば、このナイフだけでいかに重武装した相手だろうと敵では無い。……はずだった。
 しかし、今彼の目の前にいる男は重火器はおろか、ハンドガン一つ持っていない。
 男が手にしたたった一振りの日本刀、それが彼の部隊を全滅寸前までに追い込んでいた。

「無視か?それとも日本語が分からないか………意味は分かっているんだろうけどな」

 男は呟きながら刀を構える。
 右手で正眼に構えた刀の背に、空いている左手を添える変わった構え。
 そこから振るわれる白刃は、人間を超えたはずの彼の部隊の者ですら凌駕する速度で迫ってくる。
 彼は、今までの男の攻撃を分析し、一瞬にして攻撃法を決定、次の瞬間には男へと向けて突撃する。
 常人の目には捕らえられないはずのスピードで男へと肉薄する。
 驚異的な反射神経で男が刀を振り下ろそうとした瞬間、彼の体は男の目前から消失する。

(取った!)

 振り下ろされる瞬間を見計らって、ギリギリで真横の死角へと跳んだ彼は絶対的な自信を持ってナイフを男の首筋へと振るった。
 だが、その刃が男の首筋に届く瞬間、まるで魔法の様にそこに白刃が出現した。

「what's!?(なに!?)」

 振り下ろされたはずの刀が、一瞬にして自分の攻撃を防御した事に彼は驚く。
 だが、この状態からならば純粋に力比べになる。
 そしてそれならば負けるはずはない。
 彼は勝利を確信した。
 力を込めて、彼はナイフを押し込む。
 男は片腕ではそれを防げず、両手持ちに変えるがそれでも力は彼の方が上だった。
 顔を覆うタクティカルマスクの下で彼が笑みを浮かべた瞬間、信じられない事が起きた。
 鍔迫り合いを行っていた刃同士が少しずつめり込んでいく。

「はあっ!」

 男が気合を上げると同時に、刃がお互いを通過する。
 次の瞬間、両断されたチタンブレードが甲高い音を立てて地面へと落ちた。

「!!!」

 彼は声にならない絶叫を上げた。
 鍔迫り合いの状態からチタンブレードを日本刀で両断する。そんな芸当が可能な訳がない。
 だが、自分の手にしているナイフはキレイに折れて、いや斬られている。
 その非現実な光景に彼が困惑してる時、彼の首筋に刃が突付けられる。

「無駄だ。その程度でオレは倒せん。さあ、なんでこの家を襲ったか吐いてもらおうか。通訳が必要ならどうにかしてやる」
「sa、samurai(サムライ)…………」
「違うな、オレは陰陽師だ。もっとも違いはお前らには分からないだろうけどな」

 彼の呟きに、男は反論する。
 その姿、黒いキモノを着て日本刀を振るうそれは彼が昔見た映画に出てきたサムライその者だった。

(強すぎる…………とてもオレ達で相手出来るレベルじゃない。これが東洋の伝説の戦士………)

 彼は任務の失敗を悟った。
 おとなしく両手を上げながら、靴底を微妙に地面に押し付け、そこに仕掛けられているスイッチを踏み込んだ。
 途端、彼の靴から煙が垂直に吹き上がり、その体を覆う。

「何だっ!?」

 男は左手で口を覆いながら跳び退り、刀を構える。
 だが、それを見た彼の部下達も同様の仕掛けを作動させ、瞬く間に周囲は煙で閉ざされる。
 やがて、その煙が晴れると、そこには血痕だけを残して部隊は完全に消えていた。

「逃げた、か」

 周囲に気配が無い事を知ると、男は刀を鞘に納めた。

「くぉら!壊した分弁償していけ!」

 男の背後の家から骨董品の部類に入るライフル(ただし中身は最新の物と取替えられ、しっかりと実弾装填済み)を持った中年の男性が出てきて怒鳴る。

「もういなくなっちゃいましたよ」
「あに!?くそ!あのナイフでも差し押さえておけばよかった!ありゃ最新のHVナイフだったぞ!」
「そういうとこはよく見えますね」

 男は呆れながら中年男性を見た。
 だがすぐにその表情は真剣な物へと変わる。

「それで、ああいう連中に襲われる覚えは?」
「知らん!少しヤバイ商売はした事は在っても、あんな最新装備の部隊差し向けられる程の事をした覚えは無い」
「だとしたら…………」

 二人は無言で見詰め合った後、ふと男は空を見上げる。

「一体何をしているんだ?練…………」



同時刻、イギリスのとある病院にて

「我、五行相克(ごぎょうそうこく)の法にて邪を払う。木気には金気、金気には火気、火気には水気、水気には木気を持ちて相克となす。オン!」

 レンの口から朗々たる呪文が唱えられる。
 彼の前には格子状に木材を組んだ護摩壇が燃え上がり、その手前に設けられた卓には盛られた塩の上に御神酒を満たした杯が置かれ、その前に抜き身の村正とサムライエッジが置かれていた。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、裂、在、前!」

 九字を唱えながら手印を結び、それを終えると右手の人差し指と中指を突き出す刀印と呼ばれる印を組み、お神酒の表面へとそれを突き刺す。
 僅かに御神酒の表面に波紋を立てる程度で止め、一度指を抜いて指先に付いた分を振って払うと、左手で杯を手に取り、中身を一口含むと、卓上の武器へと吹き掛けた。
 杯を再び卓上に戻し、レンはサムライエッジを手に取り護摩壇の炎にかざし、用意していた半紙で吹き付けた御神酒を拭き取り、再び卓上に置くと今度は村正を手に取って同様の事をする。
 村正を卓上に置いた所で御神酒を拭き取った半紙を護摩壇の火に放り込み、それが完全に燃え尽きた所で再び右手で刀印を構え、大きく息を吸い込みながら左肩の位置まで持ち上げると息を鋭く吐き出しながら真横へと素早く刀印を移動させる。
 再び息を吸い込みながら刀印を胸元へとかざし、それを解くと抜き身のままの村正を鞘へと納め……

「何、してるの?」
「この間かなり使ったからな。邪気を払っていた、何度も見てるだろ」

 後ろから突然掛けられた声に、レンは横目でそちらを見ながら答える。
 そこには、いつの間にかSTARSの医療担当者に修まっているミリィが、顔には微笑を浮かべ、しかし目はピクリとも笑っていないという表情で立っていた。

「ふ〜ん。で、ここがどこだったかしら?」
「病院の屋上だが?」

 刀を鞘に納め、護摩壇に用意しておいたバケツの水を掛けながらレンがさも当然といった声でミリィに返答する。

「それで、あなたは何の為にここにいるんだったかしら?」
「もう治った」

 顔が笑ったまま、こめかみをケイレンさせていたミリィがレンの襟首をがっしりと掴んだ。

「まだ絶対安静の身で何言ってるの!ようやく骨がくっ付いたんだからしばらくは寝てなさい!」
「まだ片付けている途中…」
「あたしがやっとくから!いい!OKが出るまでトレーニングも駄目よ!」
「昨日から再開して…」
「駄目!」



「……またやってるぞ。あの二人」

 カルロスが手札を配りながら呆れ顔でぼやく。

「あれがあの二人流のコミュニケーションなんじゃないのか?」

 ようやくギブスが取れた首を鳴らしながら、レオンが手札を見る。

「間違いじゃないな。五年前もそうだったから。まあ、その時はミリィはあんな強気じゃなかったけどな」

 スミスが手札を真剣に覗き込み、もう一枚足してもらう。

「レンもあまり彼女心配させなければいいのに。肋骨三本ヒビで二本折れて、しかもその内一本は肺かすってたんでしょ?」

 クレアが手札を見ると顔をしかめて降りる。

「レントゲン取ったら医者が目白黒させてたからな。あいつ顔色一つ変えてなかったぞ」

 カルロスが自分の手札にも一枚加えながら呟く。

「頑丈な奴だからな。絶対安静どころか入院して三日目には平然と歩いていたぞ」

 スミスが眉根にシワを寄せながら、もう一枚足す。

「頑丈だけじゃすまされないぞ。どうやったら全治三ヶ月の奴が半月で普通行動が出来るんだ?」

 レオンが一枚足してもらった手札を見て、ため息を一つつくと降りる。

「東洋の神秘だろ。そういや前にシュギョウで身体能力をある程度コントロール出来るようになったと手紙に書いてあったな」

 チップを上乗せしながら、スミスが笑みを浮かべる。

「人間離れしてるな。コール!」
「19だ」
「20、オレの勝ちだな」
「だあ!また負けた!」
「ポーカーフェイスが下手なんだよ」
「そうそう」
「入院中でギャンブルなんてしない!」

 レンを病室まで引きずってきたミリィの怒声に、皆が一様に首をすくめた。



「賑やかだな。隣は」
「原因がいつも同じですけどね………」

 明日退院予定のクリスが隣室に続いている壁を見ながら微笑し、報告に来ていたレベッカが吊られて苦笑する。

「それで、進展は?」
「はい、あまりいい結果は出てませんね。フランス警視庁が昨日で研究所跡の潜水調査を打ち切ったそうです。調査結果はまだ出てきてませんが、途中報告ではよっぽど高性能の爆薬を計算して使ったらしく、瓦礫ですら細分化されていて判別不能だそうです。今の所有効的なのが目撃証言と持ち帰ったデータだけでは立件出来るかどうかは難しいです。一週間前に行われたアンブレラパリ支社の家宅捜索で押収されたデータにもアンブレラ自体の人体実験の証拠は一切無かった模様です」
「当然だな。アンブレラ社の経営に携わっている人間でアンブレラの真相を知っている人間は少ない。会社の方を叩いても何も出てはこないだろう」
「そうですね。あと、この間持ち帰ったROWのデータですが、解析は難航しています」
「まったく新型のBOWか………どんな物かだけでも分からないのか?」
「それが、ファイルの方は水と血で濡れていて何が書かれていたか判別不能ですし、MOの方も一部破損していましたからね。断片的なデータを拾ってなんとか私とミリィとシェリーちゃんで分析していますが、今の所断片的なゲノムデータらしき物しか分かってません」
「ゲノムデータ?」

 聞き慣れない言葉に首を傾げたクリスにレベッカが説明する。

「遺伝子、DNAの配列を数値化した物ですよ。この数値解析が完全に出来ればいかなる生物も自由に想像可能と言われてますけどね」
「アンブレラがそれに成功している可能性は?」
「何とも言えません。断片だけではどんな生物のどこを示した物かすら分かりませんからね。シェリーちゃんが独自に研究してますけど、どうやら無脊椎動物らしいという事しか…………」
「それだけじゃな…………」

 二人とも深刻な表情で押し黙る。
 そのまま、深い沈黙がその部屋を覆った。

『ちょっと!何してるの!』
『いや、どうにも妙な予感がするから卦を見ようかと』
『絶対安静!』
『別に体使う物じゃないが』
『駄目!スミス、そこのロープ取って!』
『おお、こんな所でSMプレイか!?』

 壁越しに聞こえてくる声に、クリスとレベッカは無言でそちらを見る。

「………ホントに賑やかですね」
「ああ、そういえばミリィとシェリーの仲が悪いって聞いたが本当か?」
「仲が悪いって言うか、シェリーちゃんが一方的に嫌ってるだけみたいですけど」
「チーム内に不和が有るのは問題だ。なんとか出来ないか?」
「…………難しいと思いますけど………」
「どうしてだ?」
(どうしてこう体育会系の男性は鈍いんだろう………)

 レベッカは口には出さず、ただ深いため息をついた。



「全滅?」
「正確には一人を除いて戦闘不能にされた。しかも全員が一撃でだ」

 音、電波、その他考えられうる全ての外界へと通じる情報から完全に隔絶された密室で二人の男が密談を交わしていた。

「報告によれば、"彼"と同じ黒装束のサムライにやられたらしい。命に別状は無いそうだが、しばらくは作戦行動には使えない」
「失敗したとなれば次の作戦は中止するかね?」

 片方の男の声に、もう片方の男は答える。

「いや、失敗した事が彼に知れるのも時間の問題だ。予定通り作戦は決行する」
「部下が使い物にならないのにどうやってかね。まさか私一人でしろと?」
「幸いに、この間入手したハーメルンシステムのノウハウが解明出来た。《グレムリン》に応用可能だそうだ」
「それでは…」
「ああ、決行は今夜、人員は君と《グレムリン》40体。目的は…」



同日 深夜

「…きろ、起きろ」
「何だよ……何時だと思ってるんだよ………」

 眠い目をこすりながら目を覚ましたスミスが、完全武装しているレンを見た途端に意識が急激に覚醒する。
 枕元の台に乗せられた時計が夜中の二時を指しているのを見ながら、スミスは手早く枕の下からゾンビバスターを抜いた。

「敵襲か!?」
「まだ分からん。だが、何かが近付いてくる。とんでもない殺気を持った何かが…………」

 先に起きていた同室のカルロスとレオンが目を見合わせる。

「勘、か?」
「ああ…………」

 カルロスが無言でコインを一枚取り出すと、指で跳ね上げ、手の甲に落ちてきたのを素早く隠す。

「どっちだ?」
「裏だ」

 ためらいも無くレンが答えると、カルロスが隠していたコインを見る。

「信じるぜ。アンタみたいに勘の鋭い戦友に助けられた事があるからな」

 カルロスも枕の下から銃を取り出す。

「クレアを起こしてくる」

 デザートイーグルを片手に、レオンが病室を飛び出す。

「おう、どさくさまぎれに夜這いするなよ」

 カルロスがセーフティを外しながらの冗談に皆が小さく笑うと、全員の表情が真剣な物に変わる。

「相手の規模は?」
「そこまでは分からん。だが、一人って事はないだろ」
「やばいな…………」

 レンを除いて、全員持っている武器が念の為に用意していたハンドガン一丁だけ、という状態に皆の額に冷や汗が浮かぶ。

「今夜は誰がガードしてるんだっけ?」
「下にバリーがいたはずだ」

 用心の為に交代制のガードをしているはずのバリーに連絡しようと通信機のスイッチを入れたカルロスが、それを耳に当てた所でノイズしか入ってこない事に気付く。

「こちらスミス、STARS本部応答せよ。おい!こちらスミス!応答してくれ!」

 スミスも同様に通信が使えない事に気付き、愕然とする。

「ECM(電波妨害)か?どうやらすぐそこまで来ているようだな」
「クリスは?」
「もう起こしてる」

 レンが鞘を鳴らしながら表情を険しくする。

「こちらの様子がおかしい事に本部の連中が気付いて、増援に来るまでの間オレ達だけで持ち堪えるしかないな」
「もし、前みたいに大量に来られたら?」
「その時はオレが半分受け持つから後は頼む」
「無茶言うなよ」

 スミスが弾丸を枕元の棚から取り出しながら、顔をしかめた。

「少し様子を見てくる」
「オレ達が死ぬ前に戻ってきてくれよ」

 病室を出て行くレンに冗談とも取れないような事を言いながらカルロスがタクティカルベストをパジャマの上から纏う。

「そういや、その勘の鋭い戦友ってのはどうしたんだ?」
「死んだよ。五年前ラクーンシティで」

 カルロスの返答に、スミスの表情が一気に暗くなった。



 窓から月明かりが差し込んでくる廊下を、レンは気を張り巡らしながらゆっくりと歩を進める。
 突然、目の前の点いていたはずの非常灯が忽然と消える。

「来たか。他の入院患者が少ないのは好都合だな」

 STARSの協力者である院長に無理を言って頼んでいた事を思い出しながら、レンは刀を抜き、サムライエッジを取り出してセーフティを外す。

(何が来る?BOWか?それともエージェント?)

 レンは武器を構えながら、目を閉じ、精神を集中させて周囲の気を探る。

(この感じ………BOWか?それもかなり多い………だが)

 思考の途中で、向こう側から聞こえてきた甲高い泣き声にレンは集中を解いて声の方へと向き直る。
 廊下の向こうから、妙に低い位置にある双眸を確認した時、そこから何かが伸びてきた。

(触手?いや、腕か。パンダースナッチか?)

 その伸びてきた腕を見たレンがアメリカで戦ったBOWを思い浮かべるが、最初に見えた妙に低い双眸と、側の壁に張り付いた細い腕を見てそれを否定する。

「新型か?」

 レンの疑問と同時に、光る双眸が急激的に近付いてくる。
 伸びてきた腕とは反対側の腕に双眸以外に光る何かを確認すると、それから身を逸らしながら刀を横薙ぎに振るう。
 短い断末魔と共に、それは床へと両断されて落ちる。
 それは、全長が1mにも満たない毛の無いサルに似たBOWだった。
 ギョロリとした双眸に痩せぎすの体をし、右腕は伸縮自在の腕、左腕は鎌のように湾曲した鋭く長い爪が生えている。

「室内用か?だが、こいつじゃない………」

 先程から感じていた殺気の根源がその新型のBOWでない事を知ったレンが再び精神を集中させる。

(いる………どこだ………近い…………)

 病院のあちこちからガラスの割れる音や悲鳴、銃声が聞こえ始めていたが、それらよりも遥かに危険と思われる殺気の元を探り当てる。

「まさか!?」

 レンは振り返ると、その殺気を感じた場所へと走り始めた。



 深夜の予想外の来客に、クリスは愛用のグロッグ17を握り締めながら、冷や汗を流した。

「やあ、傷の具合はどうかね、クリス」
「ウェスカー…………」

 その予想外の来客、全身を黒いタクティカルスーツに包んだ男、元STARS隊長にして、部下達をBOWの実戦テストの相手にして全滅寸前まで追い込んだ非道な裏切り者、アルバート・ウェスカーにクリスは奥歯を強く噛み締めながらグロッグ17のセーフティを外す。

「二年前、君に付けられた私の傷はなんとか治ったよ。だいぶ掛かったがね」

 そう言いながらウェスカーは掛けていたサングラスを外す。
 そこには、隻眼と化しているハンターと同じ縦長の魔物の瞳と、本来瞳が有るべき場所を大きくえぐっている銃創が有った。

「再生させる事も出来たらしいが、このままにしてもらったよ。男は傷が有った方が箔が付くからな」

 薄く笑いながら、ウェスカーはサングラスを掛け直す。

「それじゃあ、クリス。久しぶりで会ったのに何だが、サヨナラだ」
「ウェスカー!!」

 クリスがトリガーを引くが、発射された弾丸はウェスカーが先程までいた空間を虚しく通り過ぎ、壁へと突き刺さる。
 驚異的なスピードでクリスの懐へと接近したウェスカーがチタンブレードナイフをその胸へと突き刺そうとした瞬間、横手からいきなり現れた白刃がそれを受け止めた。

「来たな、サムライ…………」

 ウェスカーは微笑しながら、ナイフを受け止めた人物、レンへと視線を移す。
 バックステップで離れたウェスカーに向けて、レンが用心深く刀を構える。

「気を付けろレン!そいつは…」
「分かっている。こいつは人間じゃない」

 クリスの警告をレンが最後まで聞かずに肯定する。

「こんな邪悪な殺気を持った人間がいて堪るか。間違い無くこいつは人外の者だ」
「ほう………なかなか鋭いな。確かに私は悪魔に魂を売った身だ」

 ウェスカーが楽しげに顔を歪ませながら、ナイフを構えた。

「なら、オレの管轄だな」

 レンが摺り足で微妙に間合いを調節しながら、ウェスカーと対峙する。

「言っておくが、オレはサムライじゃない。陰陽僚五大宗家が一つ、御神渡家当主補佐役、水沢 練、流派は光背一刀流免許皆伝」
「HCF超人隊リーダー、アルバート・ウェスカー」

 名乗りを挙げたレンに半ば嘲りを込めてウェスカーも名乗りを挙げる。

「いざ、参る」
「行くぞ!」

 二つの黒い疾風と化した二人が、白刃の煌きを伴って激突した。



「こなくそっ!」
「くたばれっての!」

 室内に飛び込んできた見た事も無いBOWへと向けてカルロスとスミスが立て続けにトリガーを引くが、的が小さい上に動きが素早く、撃ち出された弾丸の殆どは壁や床に虚しく弾痕を刻む。
 弾切れを起こした銃からマガジンを交換しようとしたカルロスに、彼の背後の壁に腕を伸ばしたBOWが一瞬にして近寄り、すれ違いざまに爪で切り付けた。

「ぐっ!」
「カルロス!」
「大丈夫だ!こいつらそんなに攻撃力は無い!」

 切り裂かれた二の腕から流れ出す血を無視して、カルロスが手早くマガジンを叩き込み、初弾を装填する。

「これならどうだ!」

 スミスがとっさにベッドから布団を剥ぐと、それをBOWへと向けて被せる。
 覆い被さった布団で身動きが取れなくなった隙に、続け様に弾丸が叩き込まれ、もがいていたBOWが倒れ伏す。

「使えるな、この手は」
「ああ………」

 二の腕の傷をタオルで縛り付けながら、カルロスが渋い顔をする。

「傷は大丈夫か?」
「ああ、傷は深めだが、幅が狭いみたいだ。首さえ狙われなければ死ぬこたぁないだろ」
「ショットガンでも用意しとくべきだったな」

 スミスが部屋中のベッドからシーツを剥ぎ取りながらボヤくが、この状態ではどうしようもなかった。

「まさかこんなのが襲ってくるとは思わなかったからな。下の倉庫に置いてあるのを取りに行くしかないな」
「そこまで無事に辿り着ければな…………」

 カルロスがタクティカルベストの肩口に点灯したビームライトを取り付け、スミスがシーツを腕に巻き付けながらお互いに渋い顔で向かい合った瞬間だった。

『ウェスカー!!』

 クリスの絶叫と同時に、銃声が隣室から響いてきた。

「何だ!?」
「ウェスカー?まさか!」

 二人が慌てて病室を飛び出し、隣室へと向かおうとした時、通路に無数の光る双眸が有るのに気付いた。

『げっ…………』

 二人同時に絶句するのと、双眸の幾つかがこちらに気付くのは同時だった。
 こちらへと向けて複数の腕が伸びてきたのを見た二人が同時に床へと倒れ込む。

「見え透いてんだよ!」

 倒れ込みながらスミスがシーツの一枚を上へと放り投げる。
 そこに何かが包まると同時に、カルロスがSIGPRO SP2009のトリガーを引いた。
 絶叫がシーツの中から聞こえてくるのを待たず、二人は転がって起き上がると申し合わせたように背中合わせになる。
 肩のビームライトと銃口の下のタクティカルライトが相手を照らし出すと同時に、無数の銃声が廊下に響き渡る。

「こんな時にレンの野郎は何処行きやがった!?」

 カルロスが怒鳴ると同時に隣室のドアが勢いよく開き、そこからレンが後ろ向きに吹き飛ばされてくる。

「レン!?お前何やって…」
「後にしてくれ」

 壁際で体勢を立て直して着地したレンへと向けて、開け放たれたドアから何かが飛び出してきたのを、レンが刀を持ち上げて受け止める。
 甲高い金属音が響き、その飛び出してきた物の動きが止まる。

「アルバート・ウェスカー!?」

 レンと鍔迫り合いを行っている相手を見たカルロスが驚愕しながらも、銃口をウェスカーへと向ける。
 それを横目で見たウェスカーが薄く笑みを浮かべた。

「やあ、STARS諸君。済まないが、私はサムライの相手で忙しい。君達の相手はグレムリンがしてくれるだろう」
「この小っこい奴か!」

 目前のグレムリンを駆逐したスミスが振り返りながらタクティカルライトでウェスカーを照らし出す。
 それを見たウェスカーがレンから離れると、そのまま廊下を凄まじい速度で走り出す。

「逃がすか!」

 レンがその後を追おうとした時、ウェスカーが振り返り様にナイフをレンへと向けて高速で横に振るった。
 レンがそれを刀で受け止めると、一瞬にしてナイフは違う角度からレンを襲う。
 レンがそれを受け流し、ウェスカーへと下段から振り上げるような斬撃を放つ。
 ウェスカーがバックステップでそれをかわすが、かわし切れなかった斬撃がタクティカルスーツの表面を薄く斬り裂く。
 刀が振り上がり切ると同時に、ウェスカーが間合いを詰めながらナイフを突き出す。
 レンはそれを流れるような足取りで横へとかわすが、かわしきれずに袖の一部が切り裂かれる。
 そのまま横を通り過ぎようとしたウェスカーにレンの上段から斬撃が襲い掛かるが、ウェスカーは体を驚異的な速度で捻りながら、ナイフでそれを受け止める。

「やるな」
「そちらこそ」

 膠着状態に陥る前に、二人が離れて間合いを取る。
 と同時に、レンがサムライエッジをウェスカーへと向けて立て続けにトリガーを引いた。
 弾丸が発射されると同時に、ウェスカーが驚異的な速度のサイドステップでそれをかわす。
 今度はウェスカーがお返しとばかりにガンベルトからベレッタM9を抜くとトリガーを引く。
 それを見たレンがトリガーが引かれるのと同時に身を屈め弾丸をかわすが、かわしきれないと見た最後の一発を刀の背で上へと跳ね上げる。

「弾丸、しかもホットロードの徹甲弾をカタナで弾くとはな。カートゥーン(アニメ)の中の事だとばかり思っていたよ」
「現実は架空よりも非常識な物だ。知らなかったのか?」
「知っていたさ、私自身でな!」

 再び間合いを詰めた二人が、月光を反射して光る軌跡を残す白刃を打ち合わせる。
 打ち合わされた部分から火花を撒き散らしながら、鋼がぶつかり合う音が廊下へと響き渡った。

「すげえ………」
「ああ………」

 まるで倍速再生を見ているかのようなレンとウェスカーの攻防の速さにスミスとカルロスが絶句する。
 二人の目にはお互いの攻撃が僅かに月光が映った時だけ残像として見えるかどうかで、とても介入出来るレベルではない事をまざまざと見せ付けられていた。

「カルロス!上!」
「あっ!」

 超高速の攻防に気を取られていた隙に、撃ち洩らしたグレムリンの一匹が頭上からカルロスへと襲い掛かる。
 スミスがとっさにカルロスを突き飛ばしながら左腕を頭上にかざす。
 さすがに金属製の義腕までは切れないらしく、爪が弾かれて体勢が崩れた所にカルロスが弾丸を叩き込む。

「悪ぃ。助かった」
「あっちは任せよう。オレ達はこいつらを駆逐するぞ!」
「おう!」

 カルロスは力強く答えると、レン達とは反対方向へと走り出した。



「病室から出るな!ベッドの中で布団でも被って隠れていろ!」

 病室から出ようとしていた入院患者に怒鳴りながら、レオンはデザートイーグルをグレムリンに向けて乱射する。
 こちらに向かってきた二匹の内の一匹が頭を吹き飛ばされて崩れ落ちるが、もう一匹は敏捷な動きでレオンへと近寄ると鋭利な爪を振るってきた。
 それに気付いたレオンが両腕を上げて首をガードする。
 その両腕には、クレアの病室に有ったファッション誌やバイク誌を重ねて括りつけた即席の盾が有った。
 グレムリンの湾曲した爪がそれを切り裂こうとするが、半ばまで食い込んだ所で引っかかりその動きが止まる。
 自分の腕にぶら下がるような形で動きを止めたグレムリンへと向けて、レオンが躊躇無くトリガーを引いた。
 大口径弾特有の強力なバックファイアーがレオンの顔面に吹き付け、前髪を僅かに焦がす。
 それを気にも止めず、レオンは腕を振るって頭部が吹き飛んだグレムリンの死体を床へと投げ捨てながら背後のクレアへと向き直った。
 クレアが3点バーストにセットしたベレッタM93Rを連射していたが、グレムリンの速過ぎる動きに対処しきれず、発射された弾丸は虚しく廊下に弾痕を刻む。

「このっ!このっ!」

 焦るクレアが至近距離まで近付いたグレムリンにようやく弾丸を命中させた所で、M93Rの弾丸が尽きる。

「くっ!」

 上着のポケットからスペアマガジンを取り出そうとした所で、別のグレムリンが天井に張り付き、そこから急降下しながらクレアを襲ってくる。

「危ない!」

 レオンが叫びながら、両腕を顔の前で交差させながらグレムリンへと体当たりを食らわせる。
 そのままの勢いでグレムリンを壁へと押し付け、完全に動きを封じる。
 動きを封じられたグレムリンが無茶苦茶に腕を振るい、爪がレオンの頬を切り裂き、そこから鮮血が流れ出すが、レオンは冷静にその頭部に銃口を押し付け、トリガーを引いた。

「レオン!大丈夫?」
「大丈夫だ」

 マガジンを交換し終えたクレアが側へと駆け寄って来る。
 レオンは顔面にこびり付いた自らの血と返り血を袖で拭いながらクレアへと向き直った。

「傷が…」
「これ位大丈夫さ。それよりも早い所他の連中と合流しよう」

 傷をなるべくクレアに見られないようにしながら、レオンが弾丸が尽きたデザートイーグルのマガジンを手早く交換し、初弾を装填する。
 階下へと向けて走り出そうとした所で角から現れた別のグレムリンへと向けて、レオンは銃口を向けた。



 甲高い金属音を残して、二つの影が距離を取って対峙する。
 窓から差し込む半月の光の中、二人はしばし無言で微動だにしない。

「そろそろ、ウォーミングアップはいいかな?」
「ああ、そうだな」

 ウェスカーの余裕の一言に、レンが何の感慨も見せずに応える。

「お互い本気を出そうじゃないか。それとも、もう出しているのかね?」
「見たいか?」

 レンがゆっくりと、しかし隙を見せずにサムライエッジをホルスターに仕舞い、刀を鞘に納め、半身を引き抜刀の姿勢を取る。

「イアイヌキか…………一度見てみたいと思っていた」
「見せてやるよ。見えたらな」

 ウェスカーが薄く笑みを浮かべながら、姿勢を低くする。
 次の瞬間、その体が急激的に加速し、レンとの間合いを一気に詰める。
 レンがそれに反応して柄に手を当てた瞬間、ウェスカーの体が抜刀の死角である左側へと瞬時に移動する。
 それに併せるようにレンの体がそちらを向こうとした時、ウェスカーが今度は反対側へと跳んだ。
 ウェスカーがナイフをレンの右腕へと向けて突き出した瞬間、柄に伸びていたレンの右手がぶれ、消失したように見えた。

「!?」

 ウェスカーがとっさに背後へと跳び退る。
 一瞬の間を置いて、廊下に金属とはまた違う甲高い音が響き渡り、窓ガラスが細かく振動する。

「過小評価をしていたつもりはないが、どうやら君を見くびっていたらしい。まさか音速を超える攻撃とはな………」

 左腕と胸を斜めに走る傷に、ウェスカーが苦笑を洩らす。

「光背一刀流最速抜刀技《閃光斬》。見えたか?」

 レンがその顔に僅かに笑みを浮かべる。
 レンの右腕も袖が切り裂かれ、その下のチタンプロテクターまでもが破損し、床へと血が滴っていた。

「見えなかったよ。さすがに。だが、生身でそれ程の技を出せば、かなりの負荷が掛かるのではないのかな?私と違って!」

 言葉が終わるよりも早く、ウェスカーが再び高速で突撃してくる。
 繰り出される高速のナイフの連続攻撃に、レンの右手が驚異的な速度で反応し、受け止め、かわし、受け流す。
 そこへウェスカーの膝が腹部を狙って突き出される。
 それをレンは後ろへと跳んでかわしつつ、素早くサムライエッジを抜いてトリガーを連続して引いた。
 それに対してウェスカーが顔を片腕で隠しただけで、弾丸を物ともせず再び突撃してくる。
 その腕に弾丸が突き刺さるが、袖の繊維に阻まれ、貫通はしていない。

(防弾!?あの薄さで!?)

 レンが内心驚愕しつつも刀を振るおうとした時、その刃をウェスカーが二本の指で挟み込む。
 ウェスカーが嘲りの笑みを浮かべた瞬間、レンがためらいも無く刀を手放すと反転しながら素早くウェスカーの懐に入り込み、刀を掴んでいた腕を肩越しに背負う。
 そのまま右腕でウェスカーの腕を引きながら腰を跳ね上げつつ、刃を掴んでいた手にサムライエッジのグリップを叩きつける。
 ウェスカーの体が宙を舞いつつ、指から刃が離れる。
 その体が床へと叩きつけられるよりも早く、レンがその手を離し、ウェスカーの顔面へと向けて倒れこみながら肘を突き降ろす。
 床に叩きつけられながらも、ウェスカーは横に転がってその攻撃を避け、そのまま廊下の端まで転がると手早く片膝をついて起き上がり、ナイフを構える。
 その視線の先には、反対側の壁際でまったく同じ姿勢で拾った刀を油断無く構えるレンの姿が有った。

「格闘技の方も使えるようだな。ジュードー、ではないようだが?」
「光背流拳闘術だ。技的には柔術と骨法と合気道の合いの子といった感じだがな」

 レンが弾切れを起こしたサムライエッジを口に咥え、手早くマガジンを交換し、口に咥えたままスライドさせて初弾を装填させる。

「こちらも一つ聞きたい。そのHV(高周波振動)ナイフや特殊素材のタクティカルスーツといった最新装備、そしてその戦い方。ある男と似ている。リオン・マドックという男を知っているか?」
「ああ、知っているも何も、私の部下で教え子でもあった男だよ。優秀な男だったが、半年前君の国で何者かに殺されたがね」
「………そうだろうな。そいつを殺したのはこのオレだからな」

 レンの言葉に、ウェスカーが少なからず驚愕する。

「ほう!なる程。半年前にヨコスカの米軍との共同研究所に殴り込んできて壊滅させた命知らずのサムライとは君の事だったか」
「ああ、そうだ」

 レンがゆっくりと立ち上がりながら、刀を真横に構える。

「という事は、あれを見たんだな?」
「見たさ。日本で開発されていたBOWをな!」

 怒号と共に、横殴りの斬撃がウェスカーを狙う。
 ウェスカーは逆手に構えたナイフをそれを受け止め、その場で凄まじい力を込められた二つの刃が静止する。

「そして知った。世界中で何かが起きている事を!だからオレは日本を出てきた!五年前のラクーンシティの借りを返す為に!」

 感情を露にしているレンに、鍔迫り合いの状態でウェスカーが低く笑う。

「ふふふふふ、そうか。そういう事だったのか。これで君を生かしておく訳にはいかなくなったな!」

 ウェスカーの空いている左手が、拳となってレンの顔面を狙う。
 レンはサムライエッジを握ったまま左手でその拳を上へと跳ね上げ、身を低くして鍔迫り合いから脱しながらウェスカーの足元を狙って刀を振るう。
 ウェスカーが小さくジャンプしてそれを避け、着地すると同時に無防備なレンの背中へとナイフを振り下ろす。
 そこへ鋭い鋭角を描いて切り返された刀が出現し、ナイフを受け止める。
 すかさずレンがサムライエッジをウェスカーに向けると、そこに数cmの距離でウェスカーのM9のマズルが同じポイントにあった。
 二人の顔に同時に笑みが浮かび、お互いトリガーを引かずに自らの右手へと跳んで距離を取り、対峙する。

「さて、本番といこうか…………」
「そうしよう…………」

 再び黒い疾風と化した二人が、激突した。



「不用意に顔を出すな!もう少し持ち堪えれば仲間が来る!それまでの辛抱だ!」

 病院入り口の上の階までの吹き抜けとなっているロビーで、バリーが手にしたレミントンM1100Pショットガンを連射しながら大声で叫ぶ。
 その周囲には、震えながら不慣れな手つきで銃を手にしている当直の医師や看護婦、入院患者達がロビーのイスをバリケード代わりにして散発的に上へと弾丸を撃ち込んでいた。
 彼らの頭上の吹き抜けとなっている空洞には、無数の光る相貌がある物は仕切りとなっているガラスに張り付き、ある物はその伸びる腕で移動しながら、こちらを見ている。
 それはまるで悪夢の光景その物だった。
 時たま急降下しながら襲ってくるグレムリンに散弾を撃ち込みながら、バリーは焦りを覚えていた。

(まずい………無線も電話もやられてやがる。定時連絡が届かない事に気付いた皆がやってくるまで後どれ位だ?それまで持ち堪えられるか?)

 側にいた医師がグレムリンの迎撃に失敗して短い悲鳴を上げながら倒れる。
 それに近寄ろうとしたグレムリンに向けて散弾を撃ち込んだ所で弾切れに気付いたバリーが舌打ちしながら装弾しようとした時、外から無数のヘッドライトがホイルスピンの音を響かせながら玄関の前で急停止する。

「バリー、無事!?」
「上だ!」

 ジルを先頭にして病院内になだれ込んできた重武装のSTARSメンバー達が、バリーの声に一斉に上へと向けて銃口を向け、トリガーを引いた。
 先程までとは比べ物にならない大量の銃声がロビーに響き渡り、瞬く間に天井の星座を象ったステンドグラス毎グレムリン達を銃弾が貫く。
 数秒後、銃撃に耐え切れず崩壊したステンドグラスと一緒にグレムリン達の死体がロビーへと降り注ぎ、皆が慌てて落下地点から逃げ出す。

「早かったな。助かったよ」
「帰りがけにレンに何か嫌な予感がするからいつでも出撃出来る準備をした方がいいって言われてたんです」
「サムライに?」

 負傷者の手当てを始めたレベッカの言葉にバリーが怪訝な顔をする。
 だが、こちらへと近付いてくる足音を聞いた途端に装弾を終えたレミントンを素早くそちらへと向けた。

「ち、ちょっと待て!」
「オレ達だ!」
「カルロス!スミス!無事だったの!」

 お互い肩を貸し合いながらこちらへと近付いてくる人物が誰か気付いたジルが歓声を上げる。
 二人の手足には包帯代わりに切り裂いたシーツが巻かれ、そのどれもが傷口から流れ出した血で紅く染まっていた。

「大丈夫!?何が有ったの!?」
「襲撃してきてのはHCFの新型だ!オマケにウェスカーが来てやがるぞ!」
『何!?』

 カルロスの言葉に全員の顔色が変わる。

「他の連中は?」
「クリスとレオンはクレアを探しに行った。レンは今ウェスカーと交戦中だ」
「何だって!?あいつ一人で大丈夫か!?」
「逆だよ、あいつだから大丈夫だ。多分な」

 応急手当を受けながら、スミスが断言する。

「探してきます!」
「おい!一人じゃ危険だ!」

 シェリーがいても立ってもいられずに走り出す。

「しょうがないわね」

 ジルがその後に続き、やがて二人の姿が曲がり角に消えた時、ロビーに続くエレベーターが短い電子音と共に開いた。
 全員の銃口がエレベーターへと集中する中、中からクレアとクリス、そして二人に両肩を借りている満身創痍のレオンの姿が有った。

「何があった!?」
「レオンが私を庇ってくれたの…………」

 クレアが彼女にしては珍しく意気消沈した声で呟く。

「自分を囮にしながら戦ってやがった。とんでもないクレイジーだよ。こいつは」

 クリスがバリケードとなっていたソファーを一つ戻すとそこにレオンを横にする。

「護るべき者の為に絶対の盾になる。それがオレの戦い方だ…………」
「しゃべらないで」

 クレアが心配そうに見ながらレオンの手当てを始める。
 レオンの両腕にはもはや用をなさなくなった即席の盾の隙間から無数の裂傷が見え、左肩には半ばからへし折れたグレムリンのカギ爪が突き刺さっている。
 それでもなお、その手には弾丸の尽きたデザートイーグルが握られていた。

「レオン…………」
「心配するな。オレは不死身だ」

 涙ぐんでいるクレアに優しく声を掛けながら、痛みにレオンが顔をしかめる。

「休んでいろ。後はオレ達が片付ける」
「頼みます…………」

 それだけ言うと、レオンは気が抜けたのか失神する。

「残るはサムライとミリィか………」
「二人共無事ならいいがな」

 クリスが呟きながら手渡されたSPAS12ショットガンのセーフティを外した。



(何処にいるの?レン………クレア………)

 シェリーが暗い廊下を走りながら不安な思いに捕らわれる。
 そこへ正面から跳び上がりながらグレムリンが襲い掛かるが、シェリーはそれを電圧を最大にセットしたスタンナックルと強力な右アッパーカットで迎撃し、天井に激突して落ちてきたそれに駄目押しのハイキックを叩き込んだ。
 シェリー自身の異常身体能力の攻撃に加えて叩き込まれた電撃と特製スパイクで完全に絶命したグレムリンにシェリーは目もくれずに再び走り出す。
 間を置かず、今度は天井の通気口の中から別のグレムリンが襲い掛かるが、今度はサマーソルトキックで背後へと蹴り飛ばす。
 が、いつの間にかそれとは別のグレムリンが背後に現れ、体勢の崩れたシェリーを狙う。
 シェリーが慌てて振り向くよりも早く、突然横手から発射された散弾がグレムリンの体を貫いた。

「前ばかり見てたら危ないわよ」

 散弾の発射された横手のドアから、ベネリM1スーパー90ショットガンを手にした白衣姿のミリィが出てきたのを見たシェリーの顔が本人も気付かない内にムスッっとした表情に変わる。

「ところでレン見なかった?」
「知りません」

 シェリーが不機嫌な声で言いながら再び走り出す。

「ちょ、ちょっと待って」

 慌ててミリィもその後に続く。

「この間から気になってたんだけど、あたし何か嫌われるような事、貴方にした?」
「いいえ」

 シェリーが応えながら、わざと速度を上げていく。
 段々離れていくシェリーの背中を見ていたミリィがその背に向けて、確信と疑惑が半々の言葉を掛けた。

「ひょっとして、レンの事を好きになってあたしが邪魔とか?」

 それを聞いたシェリーが突然急停止する。
 ぶつかりそうになったミリィがなんとか回避しながら、シェリーの前へと回った。

「え?な?あの………」
「図星、みたいね」

 銃口の下に付けられたタクティカルライトで照らされたシェリーの顔が真っ赤になっているのを見たミリィがくすりと笑う。

「苦労するわよ。ああいうのを好きになると」
「そ、そうなんですか?」

 シェリーが先程とは正反対の口調の問いに、ミリィが苦笑を浮かべる。

「そうよ、週に一回は必ず怪我してくるし、月に一回は大怪我してくるし。デートの時でも武器手放さないし、ムード出そうとしているのに気付かないし、オマケにキスする時口の中ガンオイル臭いし、他にも…」
「はあ…………」

 次々とミリィが並べていくレンの欠点に、シェリーが半ば唖然とする。

「でも、あげないわよ」
「はい?」

 最後の一言に、シェリーが間の抜けた声を出す。

「あたしだって、居候から恋人になるまで三年半掛かったんだから。そう簡単に取られて堪るもんですか」
「それって、奪えたら奪ってもいいって事ですか?」
「奪えたら………ね」

 余裕有り気なミリィにシェリーが挑戦的に微笑み返す。

「宣戦布告?」
「そう取って貰って結構です」
「フェアに行きましょ」
「もちろん」

 ミリィが差し出した手を、シェリーが少し強めに握り返す。

「話が着いた所で、いいかしら」

 いつの間にか側にいたジルに声を掛けられたシェリーの肩が跳ね上がる。

「い、いつからそこに?」
「ガンオイル臭いし、の辺りから」
「…………聞いてました?」
「一応ね。それよりも来るわよ」

 廊下の向こうから聞こえてくるグレムリンの泣き声に、全員の顔が緊張する。

「続きは生き残ったらね」
「OK」

 闇に閉ざされている廊下の向こうに見えた双眸に向けて全員が戦う構えを取った。



 廊下に死闘の後が無数に刻まれていた。
 壁、床、天井を問わず穿たれている弾痕、壁に刻まれた斬撃の跡、床に転がっている空薬莢、そして無数の血痕。
 それらの先に、二人は再び対峙していた。
 レンの袖は最早スダレの様に切り裂け、その内幾つかからは血が滴り、脇腹を浅くえぐった銃創から血が滲み出している。
 対するウェスカーも無傷ではない。
 傷自体はレンよりは少ないが、どの傷も明らかにレンよりも深い。
 純粋なリーチの差だけでなく、身体能力の差を埋める程の修練された技術と揺ぎ無い気迫の込められた攻撃がその結果を生んでいた。
 二人共無言で、しばし向き合う。
 床に血の滴る音と微かな呼吸音だけが響き、やがてどちらからともなく、動く。
 ウェスカーがまったく衰えない高速で間合いに踏み込みながらナイフを突き出す。
 レンがそれを防ごうとその軌道上に刃をかざした時、ウェスカーが薄く笑った。
 突き出された右手に何も握られていないのに気付いたレンがとっさにサムライエッジを握ったままの左手の小指だけで鞘の装飾に付けられた小柄を引き抜くと銃のグリップと一緒に握りこみながら、いつの間にかウェスカーの左手に握られているナイフの軌道上にかざす。
 甲高い金属音が響き渡り、しばらくの後、小柄が双方の力に耐え切れず砕け散る。
 それと同時に二人の体が離れ、レンが的確に斬撃によって斬り裂かれた防弾繊維の隙間を狙ってトリガーを引く。
 一発撃った時点で弾丸が尽き、ウェスカーは微かに体をよじらせて弾丸を無傷の防弾繊維で受け止める。

「誰かいるの?」

 そこへ、突然横手のドアが開き、一人の若い看護婦が出てきた。
 状況を理解出来ていないらしい看護婦がこちらに振り向くよりも早く、ウェスカーが彼女の影、レンにとって絶対的な死角へと体を滑り込ませ、M9を構える。
 ウェスカーが看護婦の体越しに自分を狙っている事に気付いたレンが間合いを急激的に詰める。
 ウェスカーがトリガーを引こうとした時、レンが看護婦の胸にサムライエッジを握ったままの手の甲を添え、軽く押しながら右足で彼女の足を払った。
 弾丸が銃口を飛び出す瞬間、看護婦の体がキレイに回転し、レンの視界に驚愕へと変化しつつあるウェスカーの顔が飛び込んでくる。
 間一髪で弾丸が飛び出す前にレンが刀の柄でM9を上へと弾き上げ、弾丸はレンの頭頂部を僅かにかすめながら天井へと突き刺さる。

「隠れていろ」

 背中を床にぶつけて転げ回っている看護婦に短くレンが言いながら、その体を飛び越えるように前へと進み、前蹴りをウェスカーの腹部へと放つ。
 ウェスカーがそれを後ろに跳んでダメージを和らげ、体勢を立て直そうとした時、突き出されたレンの足が力強く床を踏む音が周囲に響く。

「はあっ!」

 短い声と共に、ウェスカーのナイフを上回る速度で白刃が上段から弧を描く。
 ウェスカーの回避はその速度の前に僅かに遅れ、最新の防弾繊維が白刃の前に抵抗も出来ずに斬り裂かれ、微かな間を持って鮮血が噴き出す。
 返り血を浴びながらも、レンは振り下ろした刀を真横へと跳ね上げ、ウェスカーの胴を横薙ぎに襲う。
 だが、それは傷を物ともせず下がったウェスカーの前に空振りに終わる。
 今度はウェスカーがレンの肩口を狙ってナイフを突き出す。
 それをレンが左手でウェスカーの腕を跳ね上げるが、僅かに間に合わず肩が衣服とその下の防具ごと切り裂かれ、鮮血が虚空に飛び散る。
 そのまま二人は交差し、離れる瞬間にレンはサムライエッジのグリップを、ウェスカーは裏拳をお互いの脇腹に叩き込み、弾けるように離れる。
 また距離を取って二人は対峙する。
 やがて、ウェスカーの口から低い笑いが漏れ始める。

「私とここまでやり合ったのはクリス以来だよ。もっとも彼とは殴り合いだったがね」
「余程の奴でもなければ武器を持ってはお前のスピードについていけない。妥当な戦い方だな」

 レンの返答に、ウェスカーが不適な笑みを浮かべる。

「その通りだ。武器を持って私と互角に戦えたのは君が初めてだ。だが、それもそろそろ限界ではないかね?」

 レンは無言で答えない。
 それを肯定と受け取ったのか、ウェスカーが邪悪な笑みで顔を崩す。

「気付いているんだろう?爆発しそうな心臓、止まらない汗、酸素を求めて喘ぐ呼吸、きしみ始めている筋肉…………君は今疲労してきているんだろう?」
「…………」

 レンはまた無言。だが、その言葉を肯定するかのように一筋の血混じりの汗が頬を伝い、床へと落ちる。

(気付かれたか…………)

 レンは目立たないように呼吸を整えながら、僅かな焦りを覚える。
 確かに、彼の体は限界に近付いてきていた。
 それに対し、ウェスカーが多少の発汗は見られるが、それ以外の疲労は見受けられなかった。

「そろそろ、フィナーレかな?」
「クライマックスはこれからだぞ」

 レンが最後のマガジンをサムライエッジに叩き込み、手早くリロード。
 ウェスカーの方へと向けて連続してトリガーを引くが、発射された弾丸は全てウェスカーにかすりもせずに背後に消える。

「何を…」
「おおおおぉぉぉ!!」

 ウェスカーの疑問は、雄叫びを上げながら突っ込んでくるレンにかき消される。

(カミカゼ?いや、ただの体当たり?)

 刀を突き出す風でもなく、ただこちらに向かって突っ込んでくるレンに疑問を浮かべながらも、ウェスカーがその体を抑える。
 それでも勢いは止まらず、ウェスカーの体がレンと絡み合いながら進み、ウェスカーの背が何かに触れる。
 振り返ったウェスカーの目に、一階のロビーへと繋がる吹き抜けを隔てているガラスと、そこに穿たれた無数の弾痕が飛び込んできた。

「貴様、まさか!?」

 ウェスカーがレンの狙いを知ると同時に、背後のガラスが砕け散り、二人の体が宙を舞う。

「ここ、三階…」

 こちらを見ていた先程の看護婦の声が僅かに届く中、レンはウェスカーの体を蹴ってその上へと踊り出ると、刀を大上段に構える。

「あああああああぁぁぁぁ!!!」

 絶叫にも近い声を上げながら、レンは渾身の力を込めて刀を振り下ろした。


「ぁぁぁぁぁああああ!!!」

 頭上から聞こえてきた声に、階下にいた者達が一斉に上を見た。
 頭上からガラスの破片と共に、何かが降ってくるのに気付いた者達が驚愕の顔のまま、それが落下してくるのを見届ける。
 落下してきた影は、着地と同時に片方が弾けるように離れた。

『レン!?』
『ウェスカー!?』

 落下してきた者が何かを気付いた者達の声が二分するが、即座にSTARSメンバー達は銃口をウェスカーへと向けた。
 砕けたガラスだらけの床に、両断されたチタン製の刃と鼻あてから真っ二つにされたサングラスが落ちる。

「油断したよ…………」

 ウェスカーが胸の前で交差させていた両腕を降ろす。
 右手には半ばから両断されたナイフが握られ、左腕は深く斬り裂かれて鮮血が床へと溢れ出す。

「《雷光斬・轟(とどろき)》を受けて倒れなかったのはお前が初めてだ」

 レンが切り札の一つにしていた技を防がれた動揺をおくびにも出さず、刀を一振りして付いていた血を払うと構え直す。

「ウェスカー!」

 バリーの怒声に、予備のHVナイフを出しながらウェスカーが周囲を見回す。

「お揃いのようだな。STARS諸君」
「黙れ!」

 バリーが激昂しながらトリガーに指を架ける。

「そんな物では私は殺せない事は承知しているはずだ。それにサムライに当たるかもしれないぞ」

 その言葉に、同じくトリガーを引こうとしたSTARSメンバー達の動きが止まる。

「どうかな、ここはお互いに引き分けにでもしないかね?」
「逃げられるとでも思っているのか?」

 ウェスカーの言葉にレンが鋭い殺気を込めた声で応じながら、摺り足で間合いを詰めていく。

「君の家族を預かっている。と言っても?」
「プラフ(はったり)だ!」

 ウェスカーの意外な一言に、バリーが叫ぶ。

「バリー、それは早計だな。確かに五年前は私の単独犯行の為、プラフを仕掛けたが今の私の後ろには組織が有るのだよ?」
「くっ………」

 バリーが言葉に詰まったのを見たウェスカーがレンへと向き直ろうとした時、一気に間合いを詰めたレンが横殴りの斬撃を繰り出す。
 後ろへと跳んでそれをかわしたウェスカーが意外そうな表情を浮かべた。

「君の家族がどうなってもいいのかね?」
「プラフに乗る必要は無い」

 レンが冷静な声で断言する。

「根拠は?」
「まず一に、本当に人質がいるのならば何らかの証拠を出してくるはずだが、それが無い。二にタイミングが悪い。本当ならば一番最初にそれを出してきていいはずだが、今まで出さなかった。そして三にオレがその事を考えないとでも思ったか?家族にはオレが一番信用している男がボディーガードに付いている。以上だ。言い返したい事は有るか?」

 レンの並べた根拠に、ウェスカーが低く笑い始める。
 皆が訝しく思う中、やがてそれは大きくなっていき高らかな哄笑となって周囲に響き渡る。
 やがて、ピタリと笑いを止めたウェスカーがさも楽しそうな、かつ邪悪な笑みを浮かべる。

「素晴らしい。戦闘能力だけでなく、考察力、現状判断能力、どれもが一級とはな。確かに君の家族を拉致しようとはしたよ。だが、君と同じ黒いサムライに部下達は全員手も足も出せずに撤退したそうだ」
「そいつはオレの従兄で光背一刀流の正統後継者だ。亜流のオレとは戦闘力の桁が違う。あいつと互角に戦いたいなら一個大隊は用意する事だな」
「私の部下は一人で特殊部隊一個小隊分の戦闘力は持っているはずなのだが、それでは足りなかったようだな」

 二人の顔に、不敵な笑みが浮かぶ。
 同時に、お互い小さく笑い、そして、急激的に動いた。
 周囲の人間の目には何が起きたか理解する時間の間に、刃が打ち合わされる音が立て続けに響く。
 援護しようとする者もいたが、瞬く間に位置が入れ替わる二人のスピードに着いていけず、トリガーを引くに引けなかった。

「そして四。お前は余裕が在るようにしてるが、実はかなり焦っている。だからあんな事を言い出した。違うか?」
「それはどうかな?」

 まったく衰えないスピードで、二つの刃が交錯する。
 お互いの言葉にも、焦りや疲労は感じられない。
 超高速の命懸けの輪舞を、二人は舞い続ける。
 レンが繰り出した刺突をウェスカーは受け流し、滑るようにナイフをレンの懐へ振るう。
 体を横へと流してレンはそれをかわすと、体をそのまま回転させて突き出した刃を横薙ぎへと変化させる。
 ウェスカーがそれをしゃがんで避けると、そのまま下段の回し蹴りがレンの足を狙う。
 かわし損ねたレンが体勢を崩すと、すかさず心臓へと向けてナイフが突き出される。
 バランスを崩しながらもレンが膂力だけで刀を振るい、それを受け止める。
 サムライエッジを握ったままの左手でレンは床を裏拳で殴りつけ、その反動で床を転がると素早く片膝をついて起き上がる。
 そこでウェスカーがM9を向けているのに気付くと一気に間合いを詰め、M9目掛けて刀を振り上げる。
 ウェスカーがとっさにM9を引き、後ろへと跳ぶ。
 その体は戦闘の影響か、開きっ放しになっている玄関から屋外へと飛び出した。
 止められたままになっているSTARSメンバー達が乗ってきた車の陰に隠れながら、ウェスカーがトリガーを連続して引く。
 レンも同じく車の陰に隠れ、弾丸はウィンドウの防弾ガラスに食い込み、それを砕け散らせた。
 銃撃が止むとすかさずレンは影から飛び出しながら同じようにトリガーを連続して引く。
 弾丸はウェスカーの影を的確に捉えるが、こちらは虚しく防弾ガラスに阻まれる。
 ウェスカーが影から出ようとした瞬間、レンは車のボンネットを蹴ると大きく宙へと踊り出る。
 真下へと突き降ろされる刃をウェスカーは辛くも逃れ、距離を取る。
 二人はそのまま距離を取りながら並走し、広い駐車場の中央で止まった。

「そろそろ、終わりにしようじゃないか」
「異論は無い」

 二人が油断無くそれぞれの獲物を構え、慎重に間合いを取る。

「最後に言っておこう。今回の私の任務はSTARSの中でもトップクラスの戦闘力を誇るクリス・レッドフィールド、レオン・S・ケネディ、そして君の抹殺だ」
「光栄、と取ればいいのかな?」

 レンがゆっくりと刀を八双に構え直す。

「だが、君の能力は我々の予想を遥かに越えていた。だからこそ、君一人を殺せば今回の任務は成功とみていいだろう」

 ウェスカーがナイフを逆手に持ち直し、僅かに背を屈め、攻撃態勢を取る。

「出来ると、思っているのか?」
「何も必殺技を持っているのは君だけじゃないのだよ」

 ウェスカーが不敵な笑みを浮かべながら、その場で何度か小さくジャンプする。
 やがて、その体勢のままウェスカーの体は横へと流れていき、急激的に加速していく。

「ニンジャと戦った事は有るかね?」
「一度だけな」
「じゃあ見覚えが有るだろう。この技を!」

 今や、ウェスカーの体は超高速でレンの周囲で円を描いていた。
 そのスピードどステップが独特のリズムを生み、その姿は無数の残像となってレンの周囲を取り囲んでいた。

「分身の術とはな。初めて見る」
「これを使うのは君が初めてだ。光栄に思いたまえ。そして、死ぬがいい!サムライ!」

 次の瞬間、無数のウェスカーがレンへと襲い掛かった。

「レン!」

 後を追ってきたらしいスミスの声が響く。その目前で、レンが刀を鞘へと納め、体勢を低く構える。

「シャイニング・スパイラル!」

 スミスが五年前に見たのと同じ構えに、思わず叫ぶ。
 ウェスカーがレンへと無数のナイフを突き刺そうとした瞬間、レンの体が高速で回転しながら抜刀した。
 低い軌道から繰り出された刃が、五年前とは比べ物にならない速度で高速の螺旋を描き、周囲のウェスカーを次々と斬り裂いていく。

「ぐああっ!」

 全身に無数の裂傷を負ったウェスカーが悲鳴を上げながら一つの姿に戻ってレンから距離を取った。
 レンの回転が止まり、血塗られた血刃が斜めに星空にかざされる。

「光背一刀流、《光螺旋(ひかりらせん)》」
「まさか、そんな技を持っているとはな…………油断したよ」

 意表を突かれたウェスカーが苦笑する。
 けっして浅くないその傷から鮮血が地面を濡らしていく。

「今ので、見切った。最早お前に勝機は無い」
「どういう事だね?」
「こういう事だ!」

 訝しがるウェスカーの目前で、レンが刀を上へと投げ捨て、サムライエッジを構える。

「馬鹿が!」

 ウェスカーが負傷を物ともせず、今まで最高のスピードでレンの懐に潜り込む。
 そこには、無防備となっているレンの胴体が有った。

(勝った!)

 勝利を確信しながら、ウェスカーが刃をレンの心臓目掛けて突き出す。
 高周波による振動で分子間結合の隙間を縫いながら、刃は衣服とその下のプロテクターを突き破り、レンの胸へと突き刺さる。

 鮮血が、地面に溢れ出した。

「お前の敗因は二つ。一つは極僅かだが、お前は自分のスピードに反射神経と五感が追い付いていない」

 胸にナイフが突き刺さったまま、レンは呟く。

「もう一つ、オレはサムライじゃないと言ったはずだ。勝つ為なら刀も捨てるさ」

 ウェスカーが、自らの口から溢れ出した鮮血を信じられないといった顔で凝視する。
 レンの胸に突き刺さったナイフは、刃の三分の一が潜り込んだ所で止まっていた。
 そして、それよりも深く、レンが逆手で突き出した鞘が、ウェスカーのみぞおちに突き刺さっていた。

「まさか………自分の命と誇りを囮にするとはな…………」

 ウェスカーがナイフを手放しながら、ふらりと後ろに下がる。

「だが………この程度で私は…」

 言葉の途中で、レンが無言で天を指差した。
 ウェスカーがそれに連られて上を見た瞬間、投げ捨てられたはずの刀が流星となって、ウェスカーの額に吸い込まれるように、突き刺さった。

「ば…………かな」

 何が起きたのか理解したウェスカーが、頭部に刀が突き刺さったまま呆然とレンの方を驚愕に満ちた隻眼で見た。

「黄泉帰りし亡者は冥府へと戻れ」

 レンがサムライエッジを正確にウェスカーの頭部へと向けて、トリガーを引いた。
 一発の銃声が、騒乱の夜の終わりを告げた。


「まさか、ウェスカーに一対一で勝つとはな」

 STARSメンバー達に病院内のグレムリンの掃討を命じた後、間近まで近寄ってきたクリスが、レンの隣からウェスカーの亡骸を見た。

「あいつが隻眼じゃなかったら勝てなかった………」

 レンが抜き取った刀を一振りして鞘に納めると、大きく息を吐いた。
 だが、ウェスカーの体が小刻みに動き始めたのを見たレンが再び柄に手を掛ける。

「Tウイルスで改造された生物は細胞レベルでのダメージを与えないとたまに復活する事がある」

 クリスがその様子を冷静に見ながら、手にしていた一つのオイル缶の封を開けた。

「だから完全に殺すにはこうするのが一番だ」

 クリスがそのオイル缶を動き始めたウェスカーへと向けて放り投げる。
 鼻を突く独特の方向が辺りに漂った。

(ナパームオイル?)

 それがナパーム弾の中に入れられる急燃焼性を持つオイルだとレンが気付いた時、クリスの手の中には愛用のジッポライターが握られていた。

「あばよ、ウェスカー…………」

 クリスはそれに火を灯すと、ウェスカーの方へと向けて放り投げた。
 それが地面に触れるよりも早く、揮発したオイルに着火、ウェスカーの亡骸は猛烈な炎に包まれた。
 それを見ていたレンが、突然片膝をついた。

「大丈夫か!?」
「ああ、心臓にまでは届いていない」

 胸に突き刺さったままのナイフを抜こうとした時、レンの体を何者かが羽交い絞めにする。

「シェリー?何を…」

 振り返ったレンの目に、後ろからレンを羽交い絞めにしている意外な人物が入ってくる。
 問い質すよりも早く、レンの首筋に消毒も無しに注射針が突き立てられた。
 レンがそちらを振り向くと、すでに中身を入れ終えた注射器を手にしたミリィの姿が有った。

「いきなり………な……に…を……」

 急激的にレンの体から力を抜けていく。

「すぐに手術室に!外科のジャック先生に緊急手術の連絡を!」
「了解!」

 麻酔が効いて動けなくなったレンの体を二人が引きずって行く。
 クリスが呆気に取られた顔でそれを見ていると、それと入れ違いにジルが姿を現した。

「あの二人、いつの間に仲良くなったんだ?」
「ちょっと、ね………」

 ジルが悪戯っぽく微笑む。
 事情が今一理解出来ないクリスが頭を捻るが、答えは出そうになかった。

「あ、そういえばこれどうしようかしら?」
「何がだ?」

 ジルの手には、一冊の古びたノートが有った。

「それは?」
「日本からレン宛に届いたんだけど、日本語らしくて誰も読めないのよ」
「手術の後で渡せばいいだろ。それがなんなのかは知らないがな」
「そうね」

 そのノートの表紙には、漢字でこう記されていた。

「細菌災害追意録」

 その驚愕の内容を彼らが知るのは、それから三週間後の事だった。




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