※当作品はBIOHAZARD DegenerationとBIOHAZARDirregular SWORD REQUIEMとのクロスオーバー小説です。以後のirregularシリーズとは完全にパラレル作品となるのでその事をご了承下さい。



BIO HAZARD Heterogeneous
vol.1




 轟音と共に、爆風が建物を大きく揺らす。
 衝撃に耐え切れず、無数の窓ガラスが粉々に砕け散り、床へと落ちて更に細かい破片となっていく。
 それを分厚いコンバットブーツで踏みしめ、幾つもの人影が通り過ぎていく。
 爆発の轟音は消えたが、それに倍増した銃声が無数に響いていた。

「退避だ! 早くしろ!」
「グレネードは!」
「残弾がもう…ぎゃああ!」
「大東がやられた!」
「ちくしょう! 化け物共め!」

 武装した兵士達が、悪態をつきながら手にした銃火器を連射する。
 その銃弾をまともに浴びた者は、それでもまっすぐこちらへと向かってくる。
 それは、異様な姿をしていた。
 肌は青白い正真正銘の死人の色をし、その目は濁りきっている。
 銃弾を浴び、裂けた腹から臓物を溢れさせながらも、それはこちらへと向かい、腐臭のする歯を突きたてようとする。
 それを見た者は、誰もがこう呼ぶだろう。

『ゾンビ』と。

 少し前まで、それは空想上の産物として、フィクションの中にだけ存在する物だったが、ある事を気に、その存在は現実の物へとなっている。
 他でもない、その事を理解し、そのための準備をしてきた部隊は、予想を遥かに上回る地獄に、窮地へと立たされていた。

「シェルターはすぐそこだ!」
「しかし向こうも!」
「もう関係あるか!」

 逃げ惑う兵士達が叫ぶ中、彼らと反対側、服装が違う別の兵士達が姿を現す。
 互いを確認して驚いた表情をする双方の兵士達だったが、即座に後ろを振り向いて銃弾をばら撒き、少し苦い顔をしながらも同じ方向へと向かって走り出す。

「………そちらの生き残りは?」
「……これで全部だ」
「こっちもだ。上からは場合によっては目撃者全てを消せと言われてる」
「じゃあやるか?」
「……この状況では、目撃者を消してる間にあいつらに全員食われる」
「同じ事をそのまま返すぜ」

 互いに母国語ではなく、双方の国のなまりが残る英語で会話した双方の兵士の隊長が、苦い顔をして同時に振り返ってトリガーを引く。

「現場の判断だ、生き残るためにお互い所属は忘れよう!」
「後ろから食われないようするには、それしかないか!」
「隊長、早く!」
「閉まるぞ!」

 向かう先、おびえた表情の白衣の科学者達が待つシェルターに、先に入った兵士達が必死に手招きしながら、残った銃弾をばら撒き続ける。

「最後の1個か、どう使う?」
「決まってる!」

 双方の隊長が、腰に残っていた最後の手榴弾のピンを引き抜き、後方へと投じる。
 数秒の間を持って爆風が吹きぬけ、それに押されるように二人はシェルターに飛び込み、扉が閉められる。

「至急連絡、部隊は壊滅状態、脱出手段は使用不可、任務の達成は不可能、大至急救援を請う……繰り返す、大至急救援を請う………」


数時間後 日本

「……救援要請が受信されました」
「これ以上、どう部隊を動かせと言うのだ」

 国会議事堂の地下、一般にはその存在すら秘匿されている作戦司令室で、報告を受けた男は困りきった顔をしていた。
 司令室にはスーツをまとった閣僚、制服に身を包んだ幹部自衛官、他民間からのアドバイザー数名が、大きなテーブルのそれぞれの席で全員苦渋の顔をしていた。

「状況を整理します。72時間前、東シナ海の国際バイオプラントにて、秘密裏に研究されていたと思われるT‐ウイルス漏洩が判明、48時間前、T‐ウイルス感染者が爆発的に拡大、20時間前、生存者救出のために秘匿空挺部隊が同バイオプラントに投入。
……そして2時間前、部隊が壊滅状態に陥ったとの報告と共に、救援要請が」
「邦人科学者救出の名目で、半ば強引に投入させた部隊だぞ。これ以上の部隊をどうやって………」
「総理、残念ながら救援部隊その物が出動不可能です」

 幹部自衛官の一人が、重い口を開く。

「秘匿空挺部隊は、予想されるBOWとの戦闘も考慮した訓練をさせておりましたが、それが壊滅したとあっては、他に対処できる部隊その物が我が国には存在しません」
「そもそも、対BOW戦闘自体、どこの国もまだ構築段階だそうだ」
「中国も同様の特殊部隊を出撃させたが、同じく壊滅状態で、よりにもよって一緒のシェルターに逃げ込んだそうだ」

 幹部自衛官の話を皮切りに、室内で幾つもの論議が繰り広げられる。

「……総理、更にまずい情報です」
「これ以上、何があるというのだ」
「情報がアメリカに漏洩した模様です。アメリカから、対T‐ウイルスバイオハザード専門のエージェントが派遣されるそうです」
「なんだと!? それでは下手すれば機密がアメリカに駄々洩れになりかねんぞ!?」

 総理の声が裏返り、その場にいた者達も騒ぎ始める。

「バイオハザード専門のエージェント、大統領直属のあの男か………」
「史上最悪のバイオハザードと言われたラクーンシティを生き延び、数多のバイオハザードに投入、生還を繰り返す不死身の男………」
「実在したのか?」
「だがまずい、どうすれば………」

 困惑と打算が蠢く中、総理がテーブルを叩く音が響き渡り、全員が口を閉ざす。

「どこの誰でも構わん! 我が国に、BOWと、あの化け物と戦える者はおらんのか!」
「………総理」

 それまで席の一番端で無言だった和装の男が、口を開く。

「一名だけ、その条件に合致する者が」
「なに、本当か!?」
「待て、お前達の所にか?」

 総理が歓喜の顔をした所で、幹部自衛官が疑惑の視線を向ける。
 その和装の男、宮内庁からの出向官の言葉に、他の者達も同様の疑問を感じていた。

「この際、どこの所属でも構わん! で、何者だ、そいつは」
「……陰陽師です」



 東シナ海に浮かぶ海洋資源掘削プラント、そこに設置されたテントの中で、一人の男が静かに時を待っていた。
 鍛えられた体躯にレザージャケットをまとい、くすんだ金髪の下に異様に鋭く、そして静かな目をした男は、これから向かう場所の同行者を待ちながら、装備の確認に余念が無かった。
 そこへ、テントの中に一人の女が姿を現す。

「アメリカのエージェントって貴方?」
「ああ、レオン・S・ケネディだ」
「私は鳳鈴(フォンリン)、中国安全部所属よ」

 ネコ科を思わせる鋭い瞳に、白いタイトな中国服をまとった女、鳳鈴の方を見たレオンが、おもむろに口を開く。

「一応確認しておく、T‐ウイルス変異体と戦うには…」
「知ってるわよ、私はスペンサーレイン号に乗ってたから」
「そうか、なら話は早い」

 レオンの説明を鳳鈴が遮る。
 彼女が告げた名、かつてT‐ウイルスによるバイオテロで地獄絵図と化した豪華客船の名に、レオンはそれ以上の説明を中断させる。

「で、もう一人は?」
「まだ来ていない。そもそも本当に来るのか?」
「日本政府も相当困ってるらしいわね。まあ、ゾンビ相手に戦った事のある日本人なんているとは思えないけど」
「そうだな……いや」

 鳳鈴の呆れたような言葉に、レオンは頷きかけてふと、あるウワサを思い出す。
 かつてのラクーンシティの関係情報で、信憑性が薄いとされ、信頼されなかったある少年の話を。
 詳細を思い出そうとしたレオンだったが、そこで響いてくるジェットヘリの音に思考を中断させる。

「来たようだな」
「どんな奴かしら?」

 鳳鈴がテントの入り口から顔を覗かせ、レオンもそれとなくそちらを見る。
 航空自衛隊のロゴが印刷されたヘリがプラントのヘリポートに降り立ち、機内から一人の男が姿を現す。

「…………何あれ」
「日本には、まだああいうのがいたのか」

 その姿を一目見た瞬間、二人は同時に疑問を口にする。
 ヘリから現れたのは、墨色の小袖袴に身を包み、腰に一振りの日本刀を指した若い男だった。
 装束と同じ墨色の髪と瞳、その視線は鋭くこちらを見ている。

「サムライ、か」
「そうとしか見えないわね、あれ?」

 全く同じ言葉を二人が思いつき、男が近付いてきた所で、鳳鈴は男のまとう小袖の胸に、五芒星の印が染め上げられているのに気付いた。

「………いい事教えるわ、彼サムライじゃない」
「じゃあなんだ」
「そちらにもいるでしょ、オカルト部所属の人間。彼もそうよ」
「……日本政府はとうとうそこまで追い込まれたか」

 テントの中に顔を引っ込め、鳳鈴はため息を漏らす。

「帰ってもらうか?」
「一応、向こうも誰か派遣したいんでしょう。好きにさせておけば?」

 どこか呆れる二人だったが、そこへテントの中にその男が入ってきた。

「あんた達か、救援部隊というのは」
「そうだ、オレはレオン・S・ケネディ。アメリカ大統領直属、T‐ウイルス専属エージェントだ」
「私は鳳鈴、中国安全部所属よ」
「オレは水沢 練。陰陽僚五大宗家が一つ、御神渡家当主補佐役だ」
「………一つ言っておく。BOW相手に祈祷するだけ無駄だ」
「知っている。オレは、ラクーンシティにいたからな」

 男、練の一言にレオンと鳳鈴の顔色が変わる。

「あそこにいたのか、あんた………」
「ああ、だからよく知っている。あの地獄がどんな物かを」
「奇遇、というべきかしら。T‐ウイルスの地獄を知ってるエージェントが三人。救援部隊には最適ね」
「なるほど、あんた達もか」

 練も頷いた所で、別のヘリが爆音と共にヘリポートへと降りてくる。

「目的はシェルターに退避している人間全員の救出、人間でない物は全て排除する」
「了解した」
「分かったわ」

 レオンの告げる作戦目標に残った二人が頷く。

「それじゃあ行くぜ、地獄に」



 中国人民軍所有の大型ヘリのカーゴルーム、そこに重武装で待機する兵士達は、カーゴルームの一番奥にいる三人に無言で視線を集中させていた。
 一人目は白人の男、鋭い目つきでSIG556アサルトライフルを携え、腰にはデザートイーグル50AE、更に大型のコンバットナイフと複数の手榴弾を腰に吊るし、兵士達よりも遥かに重武装で所持弾数のチェックをしていた。
 二人目は東洋系の女、白人の男と一転して動きやすい軽装に、小型、暗殺用として知られるS&WM39ハンドガンにサイレンサーを装備し、腰のガンベルトには無数のマガジンがつけられ、壁によりかかって静かに到着を待っている。
 そして三人目、この機内に置いてもっとも異様な男。
 全身を黒い着物で包み、カーゴルームの床に正座して膝に手を置いたまま、目を閉じて一言も発さない。
 手に格闘用の手袋と足にコンバットブーツを履いてはいるが、その傍らに置かれた日本刀、なによりその佇まいから明らかに日本人と思われるその男は、表情一つ変えず、現場到着まで瞑想をしている。

(本当にこんな奴らに任せて大丈夫なのか?)

 彼らのサポートを命ぜられている兵士達が、その三人を見ながら、誰もが心中に同じ疑問を浮かべずにいられなかった。
 その時、機内に短い電子音が鳴り響き、現場到着間近な事を告げる。

「総員展開準備!」

 サポート部隊の隊長の号令に、兵士達がベルトを外し、手にした銃に初弾を込めてセーフティーを確認する。
 白人の男・レオンと東洋系の女・鳳鈴も降下準備を始めようとする中、ふいに日本人の男、練が瞑想を止めて刀を手にして立ち上がる。
 そしてそのままカーゴハッチへと向かって歩き出す。

「おい、まだ着いてないぞ」
「日本人はせっかちだな、着くのが待ちきれないのか…」

 兵士達が声をかけるのも聞かず、練はカーゴハッチの正面に立つと、壁際の開閉スイッチをいきなり押した。

「おい! お前何して…」
「出迎えだ」

 隊長が慌てて止めようとする中、カーゴハッチが開いていき、練は刀の鯉口を切る。
 降下体勢に入っていたヘリの機外から猛烈な風が吹き込んでくる中、ヘリのローター音と重なるように鞘鳴りと銃声が響いた。

「な…」
「何だ!?」

 兵士達が突然の事に仰天する中、ヘリが着地する。
 その着地の音に重なって、機内に三つの鈍い音が響いた。
 それは、まるでルビーでもはめ込んだような異様な色の眼球をした鳥、それが三羽機内に落ちていた。
 二羽は胸を撃ち抜かれ、一羽は首を斬り落とされている。
 その状態でなお、その鳥は微妙なケイレンを続けていた。

「こいつは………」
「T‐ウイルス感染体だ。危うく上陸前に犠牲者を出す所だったな」

 隊長が生唾を飲み込みながら三羽の死体を見つめる中、レオンが隊長の肩を叩きながら開ききったハッチへと向かう。

「よく気付いたわね」
「小さいが、瘴気が三つ向かってきていた。もっとも、ここに立ち込めているのは桁違いだがな」

 鳳鈴が軽く驚きながら練に話しかけ、練は小さく呟きながらも機外へと降りる。

「指示通り、貴方達はここの確保。危険だと感じたら即座に浮上して合図を待ちなさい」
「了解、しかし三人だけで……」
「多ければ多いだけ、あいつらの仲間を増やすだけだ」
「え………」

 鳳鈴の指示に敬礼した隊長の言葉に、レオンはヘリに向かってくる人影を指差す。
 それはこちらへと向かってくる中、その異様な姿をさらけ出す。
 片腕が明らかに千切れている者、目玉が飛び出している者、臓物が露出している者。
 悪夢の中に存在するべき怪物が、怨嗟の声を上げながら、生者の元へと向かってくる。

「ひ……」

 資料は見ていたが、直に見るT‐ウイルス感染者の末路、ゾンビとしか言いようの無い姿に、隊長が口から漏れそうになる悲鳴を思わず飲み込む。

「そ、総員降下! 攻撃態勢…」
「遅い」「ああ」

 ようやく我に返った隊長が慌てて兵士達に指示を出すが、すでにその時にはレオンと練が走り出していた。
 レオンは手にしたSIG556をセミオートにセット、ゾンビの間近でその額や後頭部に正確にポイントして、一発ずつ確実に脳幹を撃ち抜き、絶命させていく。

「はああぁ!」

 練はゾンビの間近まで近付くと、歩を一歩強く踏みしめ、その勢いを乗せて白刃を振るう。
 振るわれた白刃は的確にゾンビの首を斬り裂き、延髄を両断させる。
 白刃は止まらず、練の足も止まらぬ中、ゾンビの間を駆け巡り、白刃は光となってゾンビの首を通過していく。
 最後の一体を通り過ぎた所で、レンの足が止まり、白刃を大きく振って腐った血を払い落とすと、鞘へと収める。
 続けてゾンビ達の斬り落とされた首が地面へと鈍い音を立てて落ちていき、残った胴体がしばらく蠢いたかと思うと、主である首の傍らに崩れ落ちていく。

「………隊長」
「こ、攻撃中止」
「すげえ………」

 訓練を積んだ兵士達が態勢を整える間よりも早く、二人は向かってきたゾンビ達を片付けてしまっていた。
 そのあまりの早業に、全員が呆気に取られ、鳳鈴も軽く驚愕の顔をしていた。

「ゾンビ相手に色んな闘い方をした奴を見てきたが、そんなのは初めてだな」
「退魔用剣術、《光背一刀流》。御神渡一門で千年前から構築されてきた、化け物を斬るための剣術だ。こいつらを斬るにはちょうどいい」
「なるほどな、そんな戦闘技術が日本にはあるのか………」

 レオンが感心しながら展開していたはずの部隊の方を見ると、全員が呆然としたまま、こちらの方を見ている事に気付く。

「そいつら上に上げておきな、邪魔だ」
「そうだな」
「……そうね。上空に待機」
「しかし………」

 レオンが鋭い言葉を発し、練がそれに賛同、鳳鈴もそれに同意して部隊の上空待機を命ずるが、さすがに隊長が口ごもる。
 だがそこで、練が懐をまさぐると、そこから何枚もの呪符を取り出す。

「オン アビラウンケン、招鬼顕現」

 練が右手の指を二本だけ突き立てる刀印と呼ばれる印と共に呪文を唱えると、呪符はその姿を漆黒の魚へと変じ、練の手から飛び跳ねると地面をまるで水のように潜り込み、四方へと散っていく。

「……何だ今の?」「今、紙切れが魚に………」
「使い魔って奴ね、多分」
「変わった特技だ」

 兵士達が今目の前で起こった事が信じられず、目をこする者もいる中、鳳鈴は僅かに聞いた事のあるオカルト知識を脳内から引っ張り出し、レオンは顔色も変えずにそれを見ていた。
 程なくして四方に散った漆黒の魚は戻ってくると、練の影に潜り込み、そのまま消えていく。

「周辺に生存者はいないようだ。だが代わりに瘴気を持った奴は多数いる。あんな目立つ物置いておけば、また襲撃を食らうぞ」
「……総員、機内に撤収! 上空にて待機!」

 顔色を青くした隊長の号令に兵士達は我先にヘリへと乗り込み、すぐにローターが回り出して三人を残してヘリは上空へと舞い上がった。

「現金な連中だ」
「あれが普通の反応よ」
「違いない」

 上空、というか視認できるギリギリの範囲にまで舞い上がっていったヘリに三人そろって呆れながら、三人は周囲を見回す。

「目的のシェルターはこの先500m、ただし途中通路が封鎖されてる可能性がある。その場合は大きく迂回する事になる」
「まず閉鎖されてるな、この近辺はもっとも瘴気が濃かった」
「つまり、大勢いるって事ね。迂回するとしたらこう」

 レオンが取り出した携帯端末のMAPを確認しながら、練の指摘に鳳鈴が指で迂回路をなぞる。

「第二プラント連絡路、施設が生きてるならモノレールが動いてるはずだが」
「期待はしない方がいいな」
「ゾンビと同乗するくらいならね」

 遠くから聞こえてくる怨嗟の声も気にせず、三人は第二プラント連絡路へと向かっていった。



 人員・貨物兼用のモノレールのホームに、小さな足音が鳴り響いていた。
 四足獣の爪が舗装された路面を引っかく音が定期的に響く。
 遠目から見れば、どこかから紛れたペットの犬がうろついているようにも見えるその光景は、見る角度を変える事で一変した。
 そのうろついている犬は片目が零れ落ち、全身の皮膚もあちこち腐り落ち、筋肉や骨まで露出している。
 その足元には、噛み殺され、挙句に貪られた形跡のある人間の死体が転がっている。
 地獄の狭間を垣間見るような光景に、異形の犬は己の縄張りを主張するように、その場を闊歩する。
 その異形犬の肩口に、突然小さな穴が開いた。
 痛覚もまともにあるか分からない異形犬はしばらくそのまま闊歩するが、今度は首筋に小さな穴が開いた。
 それには気付いたのか、何気なく振り向いた異形犬の額にまた小さな穴が開き、異形犬は何が起きたか分からぬままその場に倒れ伏した。
 異形犬の倒れる音に気付いたのか、同様の異形犬が数匹姿を現す。
 低い唸り声を上げ、周辺を警戒する異形犬達だったが、立て続けにその額に穴が開き、先程の倒れ伏した犬の後を追う様にホームに崩れ落ちていった。

「片付いたわ」
「そんな方法もあったのか、考えもしなかった」
「やけに手馴れているな」

 銃口から硝煙のたなびくサイレンサー付きM39を手に、鳳鈴が練とレオンを手招く。
 ゾンビ化した犬にこちらの存在すら悟らせないまま、手際よく射殺した鳳鈴に練はどこか胡乱な視線を向けながら、三人はまだケイレンしているゾンビ犬の死体をまたぎながら止まっているモノレールのチェックを始める。

「機能はまだ生きているわ。災害用緊急停止状態だから、手順を踏めば起動可能よ」
「レール状態は確認できるか?」
「こちらで確認する。その前に車内の掃除が必要だが」

 モノレール内に転がっている白衣姿の死体の間近まで近づいた練は無造作に白刃を死体の首に突き刺し、死体と思っていたゾンビが断末魔を上げて事切れる。

「やっぱりいたか」
「こういう所には力尽きたのが絶対転がってるわよね」

 いきなりの事にも関わらず、レオンと鳳鈴が平然と完全に死体となった物の脇を通り過ぎていく。

「貨物室もチェックする。どんな荷物が載ってるか分かった物じゃないからな」
「待て」

 客車に連結されている貨物車に続くドアを開けようとしたレンだったが、それをレオンが制止する。

「何か聞こえる」
「ああ」
「中身があるのは確かね」

 貨物車から僅かに物音が響いてきているのに気付いた三人は、それぞれの得物を手にドアの前に立つ。
 そのまま三人は無言で頷くと、レオンが先に立ってドアを開閉させ、二つの銃口と一つの切っ先が向こうへと向けられる。
 車内には、複数の小さなコンテナが並んでいたが、生き物らしき影は無い。
 レオンが油断無く貨物車の中へと進み、レンもそれに続く。
 二人は無言で背中合わせになるようにして車内を見回し、そこで一つのコンテナに気付く。
 ちょうど人一人が入れるくらいのコンテナから、微かに響いた物音にレンが切っ先を向け、レオンと頷きあうとそのロック部分を一刀で切断、切っ先でコンテナのふたを跳ね上げた。
 レオンがコンテナ内へと銃口を向けるが、そこで動きが止まる。
 コンテナの中、そこにいた白衣姿の小柄な人影は、こちらに背を向けたまま小刻みに震えている。

「お願い……食べないで………死ぬのはいや………」
「生きてるか、あんた」
「救援部隊だ、他に生き残りはいるか」

 練とレオンのかけてきた声に、その人影は震えながらゆっくりと振り向く。

「貴方達、本当に人間?」
「一応」「よく疑われる」「そっちの二人は怪しいけど、私はれっきとした人間よ」

 コンテナの中にいた、眼鏡をかけた若いアジア系女性は、三人を順番に見、最後にまた練へと視線を向ける。

「あなた、日本人?」
「水沢 練、れっきとした日本の陰陽師だ」
「陰陽師って………阿倍 晴明とかの?」
「血縁的には阿倍 晴明は始祖にあたる。もっともオレは分家の更に傍流だがな」
「つまり、お化け退治の専門家!? お願い、ここにいる怪物全部倒して!」
「よく分からないけど、彼女かなり無理な事言ってない?」
「混乱してるんだろう。この状況だとよくある」

 練に懇願する女性を、鳳鈴とレオンが冷静に判断する。

「オレ達の目的は生存者の救出だ。他に生存者は?」
「分からない………変な病気が流行ってるらしいって話が出始めてたと思ったら、急に怪物達が出てきて………昨日からずっとこの中に隠れてた」
「典型的なT‐ウイルスバイオハザードだ。発生源は分からないか?」
「T‐ウイルスってあの!? ごめんなさい、私がここに来てまだ半月くらいしか経ってなくて………そんなのがここにあるなんて事も知らなかったし………」
「私達は生存者のいるシェルターに向かってるの、案内できる?」
「あ、私も最初そこに行こうとしたんだけど、あの犬に襲われそうになって………」
「……噛まれてない?」

 鳳鈴がホルスターに手を伸ばしながら聞くが、女性は首を横に振る。

「ドッジボールとかで避けるのは得意だったから……こんな時に役に立つなんて思ってなかったけど」
「そっちも日本人か、名前は?」
「平野、平野 辰美。複合有機素材の研究のために大学院からここに出向してきたわ」
「間が悪かったな。オレはレオン・S・ケネディ、アメリカ人だ」
「鳳鈴、中国から派遣されてきたわ」
「それで、救援部隊はあとどれくらい来てるの?」
「オレ達だけだ」
「………え?」

 練の返答に、辰美の顔が引きつったまま硬直する。

「正確には、日本と中国双方で一度部隊を派遣したけど、壊滅寸前で一緒にシェルターに逃げ込んだのよ」
「そ、それじゃあ昨日遠くから聞こえてた銃声って……」
「その第一次救援部隊の戦闘だろう。それが失敗したから、オレ達が送り込まれた。全員がT‐ウイルスバイオハザードの経験者だ」
「で、でも三人きりなんて!」
「多ければ無駄に犠牲者が増えるだけだ。ゾンビをこれ以上増やすわけにはいかないだろう」

レオンの言葉に、辰美の喉が鳴る。

「さて、それじゃあこれ動かすわよ」
「ま、待ってください! あの、出来れば安全地帯まで送ってほしいというか………」
「そんな物がここにあると思うか?」

 運転席に向かおうとする鳳鈴に辰美が恐る恐る尋ねるが、レオンが一言で切り捨てる。

「残念だが、迎えは時間になるまで来ない。まだオレ達と一緒に行動してた方が少しは安全だ。かわりに道案内を頼みたい」
「………シェルターは二つ先のステーションから、動物実験棟の横を抜けた先にあるわ………」

 少し悩んだ挙句、辰美が小さく呟く。
 動物実験棟という単語に、三人が同時に反応した。

「動物実験棟? 何を飼っている?」
「さあ、詳しくは………私が出入りしてたのは一部だし、有機素材の研究にカイコの品種改良してたのは知ってるけど………」
「猛獣なんていないでしょうね?」
「この状況では、猛獣も草食獣も関係ない。オレはラクーンシティで巨大化した肺魚と戦った」
「それはオレも見た事ないな。巨大なクモや蛾、怪獣みたいなワニとは戦ったぜ」
「私は巨大なカエルやハチだかゴキブリだか分からない奴ね」
「……そんなのは見かけてません」
「これから見れるぜ、運が悪ければな」
「じゃあ、多分見られますね………」

 辰美は青い顔で重い息を吐き出す。
 そんな中、四人を乗せたモノレールは、ゆっくりとレールを移動し始めた。
 それに気付いたのか、下からこちらを見上げて呻く亡者達の声を聞きながら。



「あれを見ろ、先遣隊だった奴がいるぞ」
「ああ、完全に変異してるな」
「時間的に考えて、感染から発症までがかなり早いわね。改良型のウイルスと思っておいた方がいいわね」
「……分かるんですか、そんな事?」

 モノレールの下を、スリングが腕に絡みつき、ぶら下がったままの銃を引きずりながら歩いているゾンビを見た三人の会話に、外が見えない車内中央で耳を塞いで震えていた辰美が恐る恐る聞いてくる。

「T‐ウイルスは間接、もしくは感染体からの直接感染のどちらかで感染するが、そこから発症のタイミングは感染したウイルスの調整具合によって微妙に違う。ラクーンシティでは感染、発症までにしばらくかかったが、ここでは大分早い。後期型のウイルスだろう」
「そういう仕組みだったのか、ミリィの推察は当たっていたか………」
「ミリィって?」
「妻だ」
「……結婚してるのか」
「ああ、妻もラクーンシティの生き残りだ」
「全滅って聞いてたけど、意外といるのね」

 鳳鈴の一言に、練とレオンの表情が僅かに強張る。

「オレが救えたのは、オレ自身とミリィと友人のスミス、それだけだ」
「奇遇だな、オレもオレを含めて三人、それだけしか助けられなかった」
「未熟、その意味を思い知らされた。だから今…」

 言葉を吐き出す途中で、練が突然窓の外を振り向きながら柄に手を伸ばす。

「え? え?」

 それに続くようにレオンと鳳鈴も銃を構えて窓の外を見る。
 突然の事に混乱している辰美だけが三人を見回すが、そこで頭上から音が響いてくる。

「何!? 何かいる!」
「伏せていろ」
「これは、少し厄介な奴だ………」

 モノレールの屋根の上から、何かが壁面を引っかきながら這い回る音が連続して響き、練が鯉口を切りながら構え、レオンがその音の正体に気付いて左手でSIG556を構えながら、右手をデザートイーグルへと伸ばす。
 やがて、足音が止まった瞬間、レオンが即座にデザートイーグルを抜いてハンドガンの中でもトップクラスの破壊力を誇る50AE弾を天井へと向けて撃ち放つ。
 ハンドキャノンの異名を持つ程の銃から轟音が響き、天井ごとそこにいた何かを撃ち抜く。
 きしむような奇声を上げながら、その何かがモノレールの後ろへと落ちる。
 それは、全身が赤い体色で締められ、異様に鋭いカギ爪を持った四肢と目が無い上に脳が露出している、という奇怪極まりない怪物だった。

「ひっ……」
「リッカータイプまで発生し始めたか」
「あれ、そういう名前なのか」
「データは見た事あるけど、実物は初めて見るわ」
「なら、戦闘データも取れるな」

 練がそう呟きながらレールの前方、下から這い上がってきたらしいリッカー二体、そして後方から追ってくるもう一体を確認する。

「ちょうど一人一匹ずつね」
「いや、一匹余る」
「うげ」

 鳳鈴が前から来るリッカーに銃口を向けようとした時、練が辰美の襟首を掴んで無造作に窓際に投げ捨て、直後に反対側の窓ガラスを突き破って更にもう一体のリッカーが姿を現す。

「は、入ってきたぁ〜!!」
「そこから動くな、前後のを頼む」

 悲鳴を上げながら窓にしがみつく辰美を背後に庇いながら、練が床に這いつくばって蛇のような吐息を漏らすリッカーと対峙する。
 そこでリッカーが体を起こして牙が並ぶ口を開く。
 練の脳裏にかつての記憶がよみがえり、即座に反応。
 リッカーの口から鋭い舌が飛び出す直前、コンバットブーツの靴先がリッカーの顎を舌から思い切り蹴り上げた。
 明後日の方向に伸びた舌は天井に僅かに刺さり、己の舌を己の牙で噛む事になったリッカーが甲高い悲鳴を上げた。
 憤怒を覚えたのか、リッカーがその場から天井すれすれまで一気に跳躍し、練へと向けて鋭いカギ爪を繰り出そうとする。

「二度も食らうか」

 だが逆に練は前へと一歩間合いを詰めつつ、右手で腰の刀の鞘を逆手で掴んで一気に前へと突き出し、リッカーの喉を柄で突き抜く。
 完全に攻撃のタイミングを狂わされ、床へと背中から倒れこんだリッカーがもがく所へ、銃声が轟く。
 続けて二度、三度と銃声が轟き、頭部を完全に破壊されたリッカーの四肢が崩れ落ちる。

「え…………」

 その光景を間近で見ていた辰美が思わず場にそぐわない間の抜けた声を上げる。

「そっちは?」
「片付いた」
「もう少し、終わったわ」

 前後のリッカーを片付けたレオンと鳳鈴が振り返る。
 そして視線は、自然と練の手に握られたベレッタM92Fカスタムに向けられた。

「陰陽師が、ピストル?」
「陰陽寮の正術師で使ってるのはオレだけだがな」
「《サムライエッジ》、ラクーンシティでSTARSに配備されたモデルか。なぜ持っている?」
「色々あってな、今じゃ形見の品だ」
「どこまで常識外れよ、あんた………」
「常識持っててこいつらの相手が出来るか」
「確かに」

 呆れる鳳鈴に練が反論、それを聞いたレオンは苦笑するが、辰美はただ呆然としていた。

(この人達、無茶苦茶強い……特にこの陰陽師の人はデタラメだ………)

 一般人としてものすごく妥当な事を内心思いつつ、辰美は間近まで迫った目的のターミナルの方に視線を送った。



 それは、飢えていた。
 何故かは分からない、ただ飢えていた。
 理性や知識といった類の物は無いはずのそれは、いつの間にか僅かながらそれを持ち始めていた。
 それまでの餌では物足りず、今まで食った事もない餌を捕食してみる。
 最初は上手くいかなかったが、やがてどうすればいいかを《理解》し始める。
 食らえば食らう程、飢えはひどくなっていく。
 そして、何故か餌は小さくなっていく。
 何故か、を理解する事なぞ出来ぬまま、それは目に付く餌を全て捕食し始める。
 己自身が、巨大な怪物になっている事なぞ気付かぬまま………





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