BIO HAZARD Heterogeneous
vol.3



 怨嗟の声が、周囲に響いていた。
 生ける死者か、死せる生者か、判断のつかない異形と化した者達が、生者の逃れた扉に皮膚どころか肉すら剥がれている指を突き立て、それを突き破らんと力の限り掻き毟る。
 扉の表面は腐臭のする血で描かれた指跡が無数に存在し、今も増え続けている。
 それでもなお、怨嗟の声と掻き毟る爪音は止む事は無かった。

「とんでもない事になってるな」
「ざっと30か?」
「34ね」
「ひいいいぃぃぃぃ……………」

 目的のシェルター前にまで辿り付いた四人だったが、そこでは大量のゾンビがシェルター前に集結しており、不用意に開ける事は不可能だった。

「どどど、どうするんですかあれ!?」
「残弾はまだあるな?」
「十分だ、これもある」
「一人あたり11匹、一匹余るからあなたもやる?」

 地獄のようなその光景に、顔面蒼白で震え上がっている辰美を前に、レオンはSIG556とデザートイーグルをフル装弾、練もマガジンを交換して愛刀の鯉口を切り、鳳鈴も残ったマガジンをチェックしつつ辰美に視線を送るが、辰美は全力で首を左右に振る。

「フォーメーションはどうする?」
「オレとあんたで突っ込む、でそっちは後ろからサポートを」
「了解、あんまり派手に動くと間違えて撃つかもしれないから」
「あんたの腕なら、それは無いだろう。精密射撃なら相当な腕みたいだからな」
「行くぞ」

 練の声と同時に、練とレオンはゾンビの大群へと向けて走り出す。
 牽制も兼ねて、レオンはSIG556をフルオートでゾンビの頭部の位置にあわせて連射。
 放たれた5.56mm弾がゾンビ達の頭部に次々炸裂、当たり所が悪かったゾンビはその場に崩れ落ちるが、急所を外れたゾンビ達は後頭部から弾痕を刻まれながらもこちらへと振り返る。

「はああぁ!」

 そこへ裂帛の気合と共に練の腰から白刃が抜刀、ゾンビ三体の胴がまとめて両断、半ばから崩れ落ちる所に素早く抜かれたサムライエッジの9mmパラベラム弾のホローポイント弾頭が的確に脳幹を撃ち抜いていく。
 即座に刃はひるがえり、更に振り向きかけていたゾンビの首を一刀の元に両断させる。
 ここでようやく事態に気付いたのか、全てのゾンビがこちらへと振り向こうとするが、そこで振り向きかけたゾンビの側頭部や脳幹にピンポイントで鳳鈴のM37から放たれた9mmパラベラム弾が次々と命中する。

「右を頼む」
「ああ」

 中央にいたゾンビ達が倒れて生じた空白に練とレオンが飛び込み、互いに背中合わせになって他のゾンビ達と対峙。
 練は右手に刀、左手にサムライエッジを持ち、レオンは右手にSIG556、左手にデザートイーグルを構える。
 口から腐臭を吐き出しながら迫るゾンビに向けて突き出された白刃の切っ先がゾンビの眼球を貫き、刃が180°回転、脳を攪拌しながら引き抜かれると、崩れるゾンビの後ろから迫ってきた新たなゾンビの額に9mmの弾痕が開く。
 その背後では二つの銃口から放たれた弾丸がゾンビの脳を貫き、頭蓋を次々と粉砕させていく。

「非常識なまでの戦闘力ね、あの二人」
「すごい………」

 二人の男に押し寄せてきたゾンビ達は、三つの銃口と一つの白刃の前に次々倒れ、そこから溢れて女達の方へと向かおうとしたゾンビ達は鳳鈴のピンポイント射撃で額に弾痕を開けられ、倒れていく。
 ゾンビ達は瞬く間にその数を減らし、残り僅かとなった所でサムライエッジとSIG556の残弾が尽きる。
 レオンがデザートイーグルの最後の一発をこちらに向かってきていた最後の一体に撃ち込んだ瞬間だった。

「きゃあああ!」

 辰美の悲鳴に三人が振り返る。
 戦闘音を聞きつけたのか、どこかから集まってきた数体のゾンビが辰美と鳳鈴へと襲いかかろうとしていた。

「ちっ……」

 鳳鈴が舌打ちしながら銃口をそちらに向けるが、こちらも一発を発射した時点で残弾が尽きる。

「ひっ……」

 腐肉と突き出た骨で形成された手がこちらに伸びてきた事に辰美が硬直した瞬間、ゾンビの頭部にいきなり白刃が突き刺さる。
 練がとっさに手にしていた愛刀を投げつけ、レオンもコンバットナイフを抜いて別のゾンビの頭部に投げると、旋回しながら飛んだコンバットナイフがゾンビの頭部に見事に突き刺さって崩れ落ちる。

「あ、ああ………」
「そっちまだ残って…」

 窮地を救われ腰が抜けた辰美の隣で、鳳鈴が練にまだ迫ってきているゾンビを指差す。
 だが練はまったく慌てず、サムライエッジを懐のホルスターに仕舞いながらゾンビの差し出された手首を掴み、軽く捻りながらその足を払う。
 バランスを崩したゾンビが地面へと叩きつけられる直前、練はもう片方の手でその頭部を掌底打で地面と強烈に挟み込む。
 掌底打の衝撃と地面への激突、双方を同時に食らったゾンビの顔面の穴という穴から濁った血が噴き出し、完全に動きが止まる。

「光背流拳闘術、《落陽破断》」
「なるほど、確かにそれなら脳を破壊できるな」
「元々化け物を倒すための技だ」

 ゾンビだろうと人間だろうと、致命傷を免れない危険な技にレオンが感心しながら、マガジンを交換、練も手に着いた腐肉を払って懐紙で拭う。

「……さすがに素手でゾンビ倒した男は初めて見るわ」
「す、すごい………」

 鳳鈴も感心する中、辰美は呆然と練の方を見ていたが、練がこちらに向かってくるのに気付いて、慌てて自分を救ってくれた刀をゾンビの屍から引き抜こうとして、白刃の生えたゾンビの頭部から血と脳髄がこぼれている状況に再び腰を抜かす。

「ひいいぃぃ!」
「そろそろ慣れたらどうだ?」
「慣れない奴はいつまで経っても慣れない物だ」
「そうね、あら」

 悲鳴を上げる辰美に練とレオンが声をかける中、同じような状況のゾンビの頭部からこちらはまったく動じないでコンバットナイフを引き抜いた鳳鈴がレオンへと手渡すついでに、そのゾンビが持っているH&K G36アサルトライフルを失敬する。

「警備員だったみたいね、これ」
「あの、それ追いはぎ………」
「使える物は何でも使わないと生き残れない、そういう物だ」
「最後に物を言うのは己自身の力しかないが」

 ためらいなく予備マガジンも漁る鳳鈴に、辰美は引いていたがレオンも練も止めようとしなかった。

(……確かにここは世界有数の研究拠点だが、警備員にアサルトライフルを装備させる程だったか?)

 練は微かな疑問を感じていたが、そこでシェルターの扉がゆっくり開く。

「………全部片付けたのか」
「大した数じゃなかったからな」
「中から見てたが、すごいなあんたら……」

 銃を構えたまま扉が開くのを待っていた先見救出部隊の生き残り達が、全く動かなくなっているゾンビの大量の屍に唖然としていた。

「こっちが扉開けるの手間取っている間に全滅かよ……」
「生存者は無事か?」
「軽症者はいるが、問題ない。ワクチンの準備も万端だ」
「蓬山博士! 無事だったんですね!」
「辰美君か、そちらも無事で何よりだ」
「劉博士、救出に参りました」
「ご苦労、最初から君のような人材をよこせばいいだろうに………」

 双方が状況を確認する中、遠くから怨嗟の声が響いてくる。

「また新手が来る前に退散した方がよさそうだな」
「オレが先頭に立つ。非戦闘員をそっちで囲んでおけ」
「じゃあ殿はオレか」

 レオンが先頭に立ち、練が最後尾に付く。
 先遣部隊の生存者達が辰美を含めた生存者達を中心にしてフォーメーションを組み、鳳鈴もそれに加わった。

「来た道を戻るのがベターね」
「動物実験棟を抜けてきた!? あそこは化け物の巣窟だったぞ!」
「でかい芋虫がほとんど食い尽くしてたぜ」
「そいつも倒してきたから、他所から寄ってくる前に戻ろう」
「倒したって………」

 鳳鈴が指差すルートに先遣部隊の生存者達が仰天するが、レオンと練の追加発言に更に仰天した。

「……急ごう、瘴気がこちらに集まりつつある」
「勘付かれたか、出発だ」

 余計な有無を言わせず、練とレオンは皆を出発させる。
 全員の顔ぶれを一応覚えておこうとレオンが生存者達を見てから先頭に立つが、そこでふとある事に気付いた。

(……気のせいか? あの二人の博士の持ってるノートPC、起動していた?)

 この状況でも後生大事にPCやデータを持ってる生存者ばかりだったが、その中でパイロットランプの点滅を見た気がしたレオンだったが、再度遠くから響く怨嗟の声に思考を打ち切る。

「全周警戒、上と下も忘れるな」
「下ってどうやるんだよ……」
「足の裏に気をつけろって事だろ」
「地面から襲ってくる奴もいるんですね………」
「オレはマンホールから襲ってきた奴と戦った事があるぞ」

 一行はレオンの忠告に勝手な事を言いながら、脱出への道行きを急ぐ。
 そんな中、二人の博士が隠し持った携帯端末で何かを操作しているのに気付いた者はいなかった。



 深く冷たい眠りから、それは突如として覚醒した。
 本来の自我も記憶も消去され、制御用ユニットとしての機能だけを持たされた脳に、ある命令がインプットされていく。
 インプットが終了すると同時に、それが保管されていた冷凍カプセルのフタが開き、それは前へと一歩を踏み出す。
 重い足音を響かせ、それは目標へと向かって動き始めた。
 程なくして、それがいた建物内の別の場所から、それと極めてよく似た、それでいて違う個体が姿を現すが、敵としての認識はインストールされておらず、そのまま二体そろって目標へとむかって歩き出す。
 その二体の前に、複数のゾンビが姿を現す。
 二体を確認したゾンビ達は、ある者は歩みを速め、ある者はゆっくりとした動きで二体へと近寄っていった。
 向かってくるゾンビに対し、二体が取った動きは同じ、右腕を振り上げる事だった。
 二つの腕が振り下ろされ、そのまま二体は通り過ぎる。
 後に残ったのは、まるで大砲の直撃でも食らったかのように上半身が完全に吹き飛んでいるゾンビと、半ばから引き裂かれて崩れ落ちるゾンビの姿だった。
 ゾンビの返り血を浴びながら、二体はそのまま重い足音を響かせて進んでいく。
 己達に与えられた、目標の殲滅に向かって………



「三時方向、三体来た!」
「了解!」
「後方、複数来てるがまだ遠い。急ぐぞ」
「ひいぃ! 博士早く!」
「分かっている」
「一時方向、赤い変異体が…」
「任せろ」

 ゾンビや変異体の襲撃を撃退しながら、一行は救援部隊の待機しているポイントへと向かっていた。

「次から次へと!」
「ゾンビも変異体も、基本的に常時エネルギー不足だ。エサを求めて集ってくるのが常だからな」
「あまり来られると、弾が足りなくなる!」
「無駄弾は撃たないで。余程の大物じゃない限り、脳を破壊すれば済む話だから」
「あっちからも来たぁ〜!」
「さっきからうるさいぞ」

 このような状況の経験者三人の指示を受け、先遣部隊の援護と生存者の悲鳴を受けつつ、一行がモノレールのステーションまであと少しに近付いた時だった。

「待て! なんだこれは………」

 最後尾にいた練がいきなり大声を出し、全員が何事かと思って足を止める。

「ど、どうかしたんですか?」
「何か、とんでもなくデカい瘴気がこちらに向かってくる……さっきの芋虫と比べ物にならないレベルだ」
「………こいつは何を言ってるんだ?」
「あ、練さん陰陽師だそうです」
「日本政府はとうとうこの状況でオカルトに頼り始めたのか?」
「静かに」

 空挺部隊と機密部隊双方の隊長が、練の言動を理解出来ないままだが、練は懐から呪符を取り出し、それを式神へと変化させて様子を探らせる。

「………見たか今の」
「見なかった事にしろ、それが身のためだ」
「彼は変わった特技を持ってるな、手品か?」
「さあ………」

 何が起きてるのか全く理解出来ない者達が首を傾げる中、影の魚の姿をした式神が戻ってきて練の影へと潜る。
 それと同時に、練の顔色が変わった。

「相当危険な奴がこちらにまっすぐ向かってきている! すぐにルートを変更しろ!」
「迂回ルートは他にあるか?」
「待って、今検索する」

 練の切羽詰った声に、レオンと鳳鈴が即座に反応、他のルートを探し始める。

「おい、何がどうなってる?」
「彼の危険感知能力はずば抜けてるわ、そして何かが来るのを悟ったらしいの」
「この地下通路は?」
「ダメだ、オレ達が来る途中で崩落を確認した」
「じゃあこちらの外縁部を…」
「そこはゾンビの巣窟だ。隔離のために封鎖しておいた」
「あの、迎えに直接来てもらうってのは………」
「大型ヘリだ、とてもこんな所には降ろせないぜ」
「しかし………」

 他のルートを皆が必死に探す中、後方から怨嗟の声が無数に響いてくる。

「探してる暇も無いか……!」
「レオン、一つ聞きたい。巨人と戦った事はあるか?」
「……まさか、禿頭で全裸のマッチョか?」
「知ってるようだな。そいつが二体、近付いてきている」
「………片方引き受ける。もう片方頼むぜ」
「それしかないようだな。他の連中、後ろを頼む」

 迂回している余裕も無いと判断した練が前へと進んでレオンの隣に並び、レオンも覚悟を決めて残弾を確認する中、練にそっと呟く。

「そいつと、タイラントとどこであった?」
「タイラントというのか、ラクーンシティで最後に戦った」
「………タイラントはれっきとしたBOW、生物兵器だ。製造者がいない限り、存在しない」
「! ……送り込まれたか、それとも」
「さっき思い出した。後ろのあの二人の科学者、前にアンブレラの研究者リストで見かけた。ひょっとしたら……」
「後で聞こう」

 お互い後ろに聞こえないように交わしてた会話を、練が不意に中断させて刀の鯉口を切る。

「なななな、なんですかあれ!?」
「ゾンビじゃねえ、なんだあのデカブツ!」
「後方200、ゾンビの大群!」

 遠くに見え始めた物に、皆が驚愕し始める。
 それは、人間にも似た二体の異形だった。
 どちらも共通しているのは、裸の男性のような姿をしている事だが、片方はその全身が筋肉質と言っても有り余る程に異様に膨張した筋肉で覆われ、両手はまるで鈍器がごとき塊と化している。
 もう片方はどちらかと言えば細身だが、両腕が半ばから湾曲した刃物のようになっている。

「……ラクーンシティで見たのとは少し違うな」
「バージョン違いが多いんだよ。で、どっちがいい?」
「聞くまでもないだろう」

 異形の二体のタイラントを前に、二人の男は笑みを浮かべ、レオンはSIG556を巨躯のタイラントに向け、練は細身のタイラントに向かって駆け出す。
 対する二体のタイラントも動き出し、巨躯のタイラントはレオンに向かって歩を早め、細身のタイラントは軽く踏ん張るような動きをしたかと思うと、練へと向かって高速のダッシュで迫っていく。
 細身のタイラントが右の刃腕を振りかぶるのと、練が抜刀するのは同時、ぶつかり合った二つの刃が甲高い音を周囲に響かせる。

「この感触、チタンブレードか……! 確かにこれは、天然じゃありえないな」

 鳴り響いた音と刃が交錯した感触から、練は相手の刃腕の正体に気付く。
 そこでその刃に何かが刻まれてるのに気付いた。

「《T‐R3 Raksasa》、それがこいつの名か!」

 ラクシャーサ、インド神話の残忍な鬼神の名を持つBOWが、細身だが人間とは桁違いの膂力で練を受け止めた白刃ごと弾き飛ばす。

「練!」
「そっちの心配をしろ!」

 思わずレオンが声をかけた所で練が怒鳴り返して再度愛刀を構えるが、そこにすでにラクシャーサは迫ってきていた。

「速度重視か、だがそんな刃で!」

 スピードとパワーを乗せた刃腕の一撃を、練は今度は受け止めずに刃の下を滑らせるように受け流し、挙句にすれ違い様にラクシャーサの胴に一撃を加える。

「光背一刀流、《陽水鏡斬》」

 刃同士の交錯の一瞬に繰り出された高度なカウンターに、その光景を見ていた半数は何が起きたか理解できず、理解できた者もただ絶句するしかなかった。
 だが人間なら致命傷になりうる一撃も、BOWであるラクシャーサには軽傷だったらしく、一瞬ほとばしった血もすでに止まりかけていた。

「陰陽僚五大宗家が一つ、御神渡家当主補佐役、水沢 練。流派は光背一刀流免許皆伝。いざ、参る」

 名乗りを上げ、練が刀を正眼に構える。
 剣加持祈祷を生業とする陰陽師と、刃腕による高速戦闘に特化したBOWとが、再度交錯した。


「来るならきやがれ!」

 レオンが吠えながら、巨躯のタイラントの頭部から上半身にかけてSIG556をフルオートで1マガジンを叩き込み、弾が切れると即座にデザートイーグルを抜いてこちらもありったけを叩き込む。

「どうだ?」

大抵のBOWなら絶命させられる程の集中射撃を行ったレオンだったが、巨躯のタイラントの歩みは一切緩まず、こちらに向かって鈍器のような塊と化した拳を振り上げる。

「やばい!」

 空になったマガジンを双方イジェクトしながらレオンが後ろへと下がる中、拳が振り下ろされる。
 直後、爆音のような音が響き渡り、爆風のような勢いで破壊された路面の破片が周囲に撒き散らされる。

「!!」

 予想外の破壊力にレオンが顔面をかばいながら更に後ろに転がり、距離を取る。
 受身を取りながら起き上がったレオンの目に映ったのは、空爆でも食らったように陥没した路面と、そこから拳を引き抜く巨躯のタイラントの姿だった。

「呆れた怪力だな………」

 タイラントタイプとの交戦経験は幾度かあるレオンでも、初めて見る極限にまでパワー特化したタイプに流石に冷や汗が浮かぶ。
 そこでレオンはその巨躯のタイラントの頭部の肉が先程の銃撃で一部千切れ、そこから鈍い色が浮かんでいるのに気付いた。

「こいつ、金属フレームを埋め込んでやがるのか!」

 よく見れば体の各所にも先程の弾痕が刻まれてるが、巨躯のタイラントが動くたびにそこから撃ち込まれたはずの弾丸がぽろぽろと零れ落ちる。
 それから、レオンはその巨躯のタイラントの体全体に防護用プレートが埋め込まれている事を確信、更に胸にネームのような物が刻まれた小さなプレートに気付く。

「T‐R2《Hecatoncheir》……」

 ギリシア神話の50の頭と100の腕を持つとされる巨人ヘカトンケイルの名を関したタイラントを前に、レオンは落ち着いてマガジンを交換。

「来いよ、脳筋マッチョ!」

 恐れる事なく、レオンはヘカトンケイルに銃口を向けた。


「ゾンビ大群、更に接近! 数は……」
「数えない方いいわ。総員構え!」

 二体のタイラントの戦闘を二人に任せ、鳳鈴の指示の元に先遣部隊の生き残り達は銃を構える。

「あ、あの! あっち助太刀しなくていいんですか!!?」
「出来ると思う?」

 辰美が聞いてくるのに、鳳鈴は一言で切り捨てながらそちらを指差す。

「はああぁ!」

 練が袈裟切りに繰り出した一撃を、ラクシャーサは刃腕で受け止める。
 だがそれは想定の内で、練は懐に素早く手を入れるとサムライエッジを抜くと至近距離で速射。
 刃腕が邪魔して頭部は狙えなかったが、喉に連続してホローポイント弾が撃ち込まれるが、ラクシャーサは意に介さずもう片方の刃腕を振るってくる。
 ギリギリでそれを見切った練がラクシャーサの胴を蹴ってその反動で下がりなら繰り出された刃腕をかわす。
 そのまま片膝を付いて立ち止まると、サムライエッジを更に速射。
 それを食らいながらも、ラクシャーサは練へと更に迫りながら刃腕を繰り出そうとしていた。

「こっちだ!」

 レオンはわざと挑発するようにヘカトンケイルに呼びかけながら、横へと回り込む。
 そこへヘカトンケイルがパワーに任せて砲弾のような勢いで突っ込んでくるが、レオンはそれを地面を転がりながら回避。
 地面をえぐりながら止まったヘカトンケイルの背中にSIG556のフルオートを叩き込み、こちらへと振り向こうとしたヘカトンケイルの顔面にデザートイーグルの50AE弾を叩き込む。
 それでもヘカトンケイルは平然と拳を振り上げ、それを縦に地面へと叩きつける。
 その一撃で、周辺がまるで地震のように鳴動し、レオンも思わず体勢を崩しそうになるが、銃口はヘカトンケイルから一切ぶれずに弾丸を吐き出す。
 寸分狂わぬ銃火を正面から受けながら、ヘカトンケイルは再度拳を振り上げた。


「言って悪いけど、対BOW戦闘のアマチュアにどうこう出来るレベルじゃないわ」
「あうあうあううう………」

 二人の男と二体のタイラントが繰り広げる戦闘に、鳳鈴は断言しながらゾンビへとG36を構え、辰美は腰が抜けたのかその場に崩れ落ちる。

「化け物だぜ、あいつら全員……」
「最初っからあの二人を投入してれば、被害はもっと小さく抑えられたかもな………」

 先遣部隊の二人の隊長も、練とレオンの戦闘を見て、そのレベルの違いに思わず喉を鳴らして呟く。

「素晴らしい………」「まさかこれ程とは………」「え?」

 そこで二人の博士が呟いた感嘆の声に、他の研究者達が首を傾げる。

「ゾンビ大群、距離50!」
「攻撃開始! 狙って撃ちなさい!」

 だがそこでいよいよ押し寄せてくるゾンビの大群に向かって、攻撃が開始される。
 耳をつんざくような無数の銃声の前に、かすかな疑問はかき消されていった。

「くそ、多過ぎる!」
「あっちが片付くまで持たせて!」
「グレネード、残弾は!」
「あと三発だけです!」
「最接近まで使用しないで! あと何分持つかしら?」
「5、いや3分だろうな………」
「あの脇をすり抜けるのは無理だろうし………」
「こっちは持って3分よ! 3分以内にそっちを終わらせなさい!」

 鳳鈴の告げたタイムリミットに、練とレオンは苦笑しながら頷いた。

「あの時もこんな感じだったな」
「オレもだ。手早く片付けるぞ」

 二人はちらりと視線を交わすと、決着をつけるべく、互いの相手に攻撃を再開。
 ラクシャーサが振るう刃腕を、練は己の刃で受け流し、反対側から振るわれたもう片方の刃腕を金属製の鞘で受け止める。

「力任せの二刀流か、そんな太刀筋でオレは斬れん!」

 鞘にラクシャーサのチタンブレードが食い込むが、練が横へと飛び退きながら特殊なステップ、陰陽道で反閇と呼ばれる術的歩方を行い、無造作に腕を振るうと袖から呪符が飛び出し、それが無数の式神となってラクシャーサを襲う。
 無数の鳥と化した式神の攻撃に、ラクシャーサは左右の刃腕を振るい、直撃した式神は次々と千切れた呪符となって散っていく。
 だがそうやって稼いだ僅かな時間に、練は己の左の小指を白刃で僅かに切り、血で刀身に梵字を書き連ねていく。

「五行相克、オン アビラウンケン!」

 練が呪文を唱えると、刀身に描かれた血の梵字が赤、青、黄、白、黒の五色の光を帯びていく。

「時間が無い、一気に決めさせてもらう」

 練は刃を一度鞘に収め、半身を引き、やや姿勢を低く、柄に軽く手を当て、居合いの構えを取る。
 そこへ式神の最後の一体を切り捨てたラクシャーサが、両の刃腕を垂らし、練に向かってダッシュをかけてきた。

(左右、どちらが来る?)

 瞬時に間合いが詰まる中、練の判断も一瞬。
 高速で両者がすれ違う直前、周囲に澄んだ音を響かせながら、高速の居合い抜きが繰り出される。
 五行の光を帯びた刃が練の狙い通り、振り下ろされようとした右の刃腕、そのチタンブレードと激突する。
 激突の瞬間、練は右足を強く踏みしめ、その力を全身の筋力を持って増幅、腕から柄、そして刀身へと一気に込めた。
 そのまま両者はすれ違い、刃腕を振り下ろしたラクシャーサと、白刃を振り上げた練がその場に残る。
 僅かな間を持って、根元から切断されたチタンブレードが宙を舞って地面へと突き刺さった。

「光背一刀流、《裂光破断》。まずは片刃」

 刃を片方失ったラクシャーサが、半ばから絶たれた右腕から鮮血を噴き出しながら、凄まじい咆哮を轟かせてよろめく。

「馬鹿な!? チタン製のブレードを、そんな古臭い刀で……」
(やはりか)

 後ろから聞こえてくる劉博士の声を練は聞き逃さなかったが、構わず身をひるがえしてラクシャーサに向けて刀を構える。

(一刀は封じた。だが、やはりチタン斬りは負担が大きかったか………)

 ちらりと手にした刀、その刀身に僅かに生じている刃こぼれを確認した練が、構えを下段へとゆっくり変えていく。

(もう一度やれば、刀身へのダメージは致命的になる。だがラクーンシティの奴と同系列だとすれば、片腕程度では致命傷とはなりえない)

 前にタイラントと戦った時の事を思い出し、練はすり足で慎重に体勢を変え、相手の出方を待つ。
 ラクシャーサは今だ鮮血を垂れ流しつつ、残った刃腕を降りかざし、練へと今まで最高の速度で突撃する。

(これで、決まる!)

 練も雌雄を決するべく、柄を握る手に力が篭る。
 すれ違い様の一撃に全てを籠めんと、精神を集中させ、相手の胴を狙って下段からの切り上げが繰り出されようとした時だった。

「逆だ!」

 レオンの叫びと同時に、練の死角から切り落とされたはずの右腕から何かが飛び出してくる。
 錬は斬撃を強引に中断させて体を捻り、袖と胸元、その下のチタンアーマーをえぐりながら、新たに生えてきた巨大な爪から構成された刃腕が通り過ぎていく。

「生身で仕込み刃とはな………」

 体勢を崩しながらその場を転がり、距離を取った練が起き上がって己の状態とラクシャーサを改めて観察する。

(レオンが教えてくれなければ、やばかった……)

 胸元が引き裂かれ、チタンアーマーは力任せにえぐられ、あとわずかで致命傷を受ける所だった事に練の背を冷たい汗が流れる。
 そして、ラクシャーサの新たに生えた刃腕にレオンのナイフが突き刺さっている事も。

(あれのお陰か)
「タイラントタイプになると、確実に破壊しない限りは強化再生する。破壊は念入りにな」
「了解した」

 ヘカトンケイルとの闘いの合間に練の窮地を救ったレオンが、マガジンを交換しつつ助言してくる。
 頷いた練が、己の認識の甘さを再確認し、精神を研ぎ澄ませる。
 ラクシャーサは先程と打って変わり、周囲がきしむような咆哮を張り上げ、下ろせば地面に突き刺さるほど長くなった右の刃腕と左の刃腕を交差させる。

(ならば、狙うは!)

 練は一度構えを解き、気を鎮める。研ぎ澄ませた精神をそのまま保ちつつ、全ての思考を絶ち、明鏡止水と呼ばれる状態にまで精神を磨き上げる。

「ちょっと!?」

 その状態に思わず鳳鈴が声をかけるが、ラクシャーサは構わず練へと両腕をかざして襲い掛かる。
 必死確定の左右の斬撃を練は完全に見切り、僅かに体をずらすだけで次々繰り出される斬撃をかわしていく。

(袈裟切り、横薙ぎ、刺突、デタラメに見えて、その実、人が作った以上、人の技に縛られる。狙うは……)

 人とは比べ物にならない膂力で振るわれる刃腕は、かすっただけで練のケプラー仕込の衣服を千切り、肌に裂傷を刻むが、練は構わず気を待つ。

「すげえ………」
「見てるこっちの寿命が縮むな………」
「ゾンビ来てます! 本当に縮んでますから!」

 ラクシャーサの攻撃を見切りでかわしていく練の超絶戦闘技術に、防衛線を構築していた先遣部隊の隊員達が思わず後ろを凝視するが、辰美が必死になって前へと向かせようとする。

(二刀使いならば、必ず最後に来るのは……これだ!)

 一度後ろに下がって練が距離を取った瞬間、ラクシャーサが猛烈な速度で突撃しながら、両腕を同時に頭上に交差してかかげる。

「そこだ!」

 その一瞬を待っていた練が逆にラクシャーサに向けて一気に飛び込み、両腕が振り下ろされる直前、刃の付け根部分を両腕とも刀で一気に貫き、串刺しにして封じる。

「同じだな、あの時と」

 そのまますれ違った練が、小さく呟きながら体をひるがえす。
 視線の先には、両腕を縫い止められたラクシャーサが力任せに腕を引き抜こうと、鮮血をほとばしらせながら、己の肉をえぐりつつ縫い止めている刀をひしゃげさせていく。
 激しく暴れるラクシャーサに練は再度間合いを詰めながら、己の首の後ろに手を突っ込む。

「はああぁぁ!」

 裂帛の気合と共に、練の首の後ろから背中に仕込まれていた白刃が鋭い斬撃となって繰り出され、ラクシャーサの胴を斜めに斬り割いた。

「光背一刀流変位抜刀、《斜陽》。ラクーンシティでお前の同類を切った備前長船を打ち直した物だ。切れ味は保障する」

 背中に仕込んでおいた、小刀サイズに打ち直された備前長船を手に、練は鮮血を噴き出すラクシャーサに向けてサムライエッジを抜くと、その傷口から僅かに見える心臓に向けて全弾を撃ち込む。
 そして振り返ると、手にした刀を振るって血油を落とし、スライドが後退したサムライエッジを咥えてマガジンをイジェクト、新しいマガジンを叩き込んで口で初弾を送り込んでセーフティをかける。
 その背後で、体を大きくケイレンさせ、ラクシャーサが己の流した鮮血と零れ落ちた臓物の上へと倒れ込んだ。


 ヘカトンケイルの振り下ろした拳が、再度地面にクレーターを刻む。

「ワンパターンだな!」

 拳が地面に突き刺さり、動けないヘカトンケイルに向かってレオンは手榴弾のピンを抜き、後ろに下がりながら投じる。
 だがヘカトンケイルは力任せに腕を引き抜くと、手榴弾を拳で明後日の方向へと弾き飛ばした。

「鈍いように見えて、やばい攻撃だけはちゃんと防ぐのかよ」

 虚空に爆発が生じ、爆炎に照らし出される中でレオンはヘカトンケイルの特徴を分析していく。

(徹底したパワー重視、分厚い筋肉の鎧と金属フレームで防御を固め、グレネードやロケット弾は回避もしくは防御する。ネメシスタイプに近いプログラミングが施されてるな………)

 レオンはちらりと隣でラクシャーサと戦闘を繰り広げている練の方を確認、再度SIG556の銃口をヘカトンケイルへと向ける。

「不死身なんてのは有り得ない。ダメージは確実に蓄積する」

 フルオートでヘカントケイルの頭部に集弾させるレオンに、ヘカントケイルは物ともせずに力任せに突撃してくる。

「そしてお前らでも絶対弱点になるのは、ここだ!」

 岩でも突撃してくるような凄まじい迫力のヘカントケイルのタックルをレオンはぎりぎりでかわしざま、ヘカントケイルの頭部に50AE弾を至近で撃ち込み、衝撃に負けてヘカトンケイルの体が大きく揺れて地面に無様に転げる。

「信じられん、対装甲目標破壊用を生身で………」
(あいつは後で事情聴取だ)

 蓬山博士の呟きにレオンは内心舌打ちしながら、よろめきながら立ち上がろうとするヘカトンケイルの頭部に再度50AE弾を叩き込む。
 衝撃で再びヘカトンケイルの頭部がゆらめき、地面へと膝を着く。

「どうしたマッチョ野郎。脳味噌までは筋肉じゃなかったか?」

 デザートイーグルの銃口を正確に頭部にポイントつつ、レオンはヘカトンケイルに挑発的な言葉を投げかける。
 おりしも向こうでは、練の居合いがラクシャーサのチタンブレードを半ばから断ち切っていた。

「こっちもそろそろ、終わりにしたいからな」

レオンは腰から手榴弾を三つまとめて取ると、ピンをまとめて口で引き抜き、ヘカトンケイルへと投じる。
 ヘカトンケイルはそれを弾こうとするが、立て続けの頭部、そして防ぎきれない脳への衝撃が動きを鈍らせ、手榴弾を弾ききれずに至近距離での爆発をまともに食らってしまう。

「片付いたか?」

 爆煙が漂う中、レオンはちらりと練の方を見る。
 あちらも決着をつけようとしているらしかったが、そこで突撃しようとするラクシャーサの、切り落とされた腕の断面が泡立っているのに気付いた。

(やばい!)

 レオンはとっさにコンバットナイフをホルスターから引き抜き、練へと突撃しようとするラクシャーサへと向かって全力で投じる。

「逆だ!」

 それがタイラントタイプの活性再生の予兆だという事を知っていたレオンが叫ぶ中、旋回しながら飛来したコンバットナイフはラクシャーサの右腕に突き刺さり、そこから飛び出た長大な爪は軌道を狂わされて練の衣服を切り裂き、その下のチタンアーマーの表面をえぐるだけに終わる。

(間に合った………あんだけ再生の早い奴は見た事が無いな)
「タイラントタイプになると、確実に破壊しない限りは強化再生する。破壊は念入りにな」
「了解した」

 練に忠告しながら、レオンはデザートイーグルのマガジンを交換、手榴弾の爆発で全身が焦げたヘカトンケイルを観察する。

(あれだけの爆発で五体そろってやがる………つまり、まだ動ける)

 トドメを指すべく、レオンはデザートイーグルの銃口をヘカトンケイルに向けようとするが、ふいにヘカトンケイルが立ち上がる。
 全身から焼け焦げた肉が剥がれ落ち、その下の金属フレームやプレートが露になるが、ヘカトンケイルは構わずレオンへと向き直った。

「頑丈過ぎるぜ。だが」

 レオンはヘカトンケイルが動くより早く距離を詰め、ほぼ至近距離でヘカトンケイルの喉にSIG556の銃口を押し当て、フルオートでトリガーを引いた。
 すさまじい銃声が轟き、空薬莢が次々と舞う中、撃ち出された5.56mm弾がヘカントケイルの喉に突き刺さり、そこに埋められていた防護プレートを露にする。
 そこでSIG556の弾丸が尽き、銃火が止んだ所でレオンは即座にデザートイーグルを抜いて今度はヘカントケイルの頭部にポイント、狙いたがわず、ヘカントケイルの額に叩き込む。
 初弾でヘカトンケイルの頭部が大きく揺らぎ、再度持ち直そうとした所で第二射、第三射が撃ち込まれる。
 首の肉を削がれ、額の肉も剥げ落ちていく中、容赦無く50AE弾は脳を守る金属プレートに撃ち込まれ、段々その形をひしゃげさせていく。
 防ぎきれない脳への衝撃に、ヘカトンケイルが体勢を崩していくが、レオンは銃撃を止めようとしない。

「そろそろ、終わりにしときな」

 デザートイーグルに装弾されていた最後の一発が撃ち込まれ、とうとう限界に達した金属プレートがひしゃげ、大穴が開く。
 そこから鮮血を垂れ流し、ヘカントケイルがその場に崩れ落ちる。

「少しばかりてこずったか?」

 残弾がほとんど尽きている事にレオンが少し顔をしかめ、二つだけ残ったマガジンの一つをデザートイーグルに叩き込む。
 そこで、背中から抜いた刀をしまい、曲がった刀とレオンのコンバットナイフをラクシャーサの死体から抜いている練と目が有った。

「そっちも終わったか」
「ああ、業物が一本おしゃかになったが…」

 練がコンバットナイフを手渡そうとした所で、突然表情が鋭くなるとそれをレオンの背後に投じる。
 のみならず、開いている手を袖の中に入れたかと思うと、そこから数本の小柄を抜いて続けて投じた。
 それの意味する所に気付いたレオンが、勢い良く振り返りながらデザートイーグルの銃口を向ける。
 そこには、頭部に大穴が開いたはずなのに立ち上がろうとしているヘカトンケイルの姿があった。
 頭部の穴には練の投じたコンバットナイフが突き刺さり、顔面にも数本の小柄が突き刺さっているが、それでもなおヘカトンケイルが拳を振り上げた所で、小柄に内臓されていた爆薬が爆破、ヘカントケイルの頭部の前面を吹き飛ばした。

「ち、しぶとい奴だぜ」
「まだ瘴気が消えてない! 何か隠してるぞ!」

 銃口を下ろしかけたレオンに、練が叫ぶ。
 直後、ヘカトンケイルの上半身が吹き飛んだ。
 そこから飛び出してきた影に、デザートイーグルとサムライエッジが同時に銃弾を叩き込む。
 レオンに襲い掛かる寸前で、無数の銃弾を食らった影はその場に倒れこみ、獣のような断末魔を上げて絶命する。
 それは、まるでタイラントを小型化したよような物だった。

「なんだこいつは………」
「妙な気を発してると思ってたが、二人羽織の生物兵器だったようだな」
「そうか有機生体装甲、BOWの一環で開発が進んでるってウワサは聞いてたが、ここまで実用化が進んでいたか」

 長いカギ爪と古めかしい宇宙人を思わせる容貌を持つヘカトンケイルの本体に、二人が感心していた所で、その脇を先程まで防衛線を構築していた先遣部隊が通り過ぎていく。

「もう持たない! 急ぐぞ!」
「そんなのほっときなさい!」
「ああ、まさか………」「生身の人間に敗れるとは………」
「博士も走ってくださいぃ!」

 間近まで迫ってきたゾンビの大群に銃撃しながら、先遣部隊と生存者が二人を無視するような勢いで逃げ出していく。

「詳しい事は後にしようぜ」
「ああ」

 レオンと練は頷くと、残った手榴弾と呪符を背後のゾンビの大群へと投じ、後を追って走り出す。
 爆発と式神によって、ゾンビの大群の一角が崩れるが、すぐにその隙間は埋められていく。
 だが、なぜかゾンビが近寄らない一角がある事に気付いている者はいなかった………



「こちら鳳鈴。回収部隊、予定地点に降下。10分以内に到着する」
『了解、回収準備に入る』
「間違って撃たないようにね」

 モノレールのステーションから降り立ち、まだゾンビ達が集まってない事を確かめた一行が、鳳鈴の言葉に僅かに安堵の表情を浮かべる。

「もう少しで助かるんですね……」
「そういう事言うと死亡フラグだぞ」
「ひ!?」
「気は抜かない方がいい。まだあちこちに……」

 辰美が胸を撫で下ろした所で、空挺部隊隊長の突っ込みに思わず悲鳴を上げる。
 練が悪い意味でそれを肯定しようとした時、突然周囲に警報が響き渡る。

「なんだ?」
「今更災害警報か?」
「あれ、こんなのだったかな………」

 皆が首を傾げる中、続くアナウンスで全員の顔色が一斉に変わった。

『第一級生物災害発生。安全のため、当施設は破棄されます。所員の方は速やかに退避してください。繰り返します、第一級生物災害発生、安全のため、当施設は破棄されます。所員の方は…』
「あの、破棄って一体……」
「急ぐぞ!」
「ここは消滅する!」
「自爆装置なんて設置されてたのか」
「BOWを製造している場所なら、こういう時のためにつけておくのが常識だ」
「今からなら十分脱出は間に合う計算よ、急いで!」

 慌てふためく中、皆の足が回収ポイントへと急ぐ。
 だがそこで練の足が止まり、背後へと振り返る。

「………デカい瘴気が一つ、こちらに向かっている?」
「そこのサムライ! 急ぎなさい!」
「オレは陰陽師だ」

 何かを感じた練だったが、時間がもう少ない事に不安を消して一行の最後尾に付く。
 しかし感じた気配は、すさまじい速度で近付いてきていた。

「まだですか〜!」
「あそこだ! ヘリがもう来てる!」
「急げ! ゾンビもよってくるぞ!」

 大型ヘリが降下してくる中、残弾をばら撒きながら一行は必死になってそちらへと向かっていく。

「こっちだ!」
「向こうから大勢来てるぞ!」
「生存者搭乗完了まで周囲を確保!」

 ヘリが着陸し、ローターが強風を巻き起こす中、機内から兵士達が降りてきて周辺に展開していく。

「早く乗れ!」
「残弾全部撃っとけ!」
「了解!」
「も、もう少し………」

 先遣部隊の生き残り達が振り返って残った弾丸全てをばら撒く中、生存者達が息も絶え絶えにヘリへと乗り込み、そこで倒れるように崩れ落ちていく。

「生存者はこれで全部か!?」
「これ以上探してる時間は無いわよ」
「爆発までの時間は!?」
「今に分かるわよ」

 G36を連射して弾幕を張りながら、鳳鈴が救援部隊の質問に淡々と答えていた時だった。

『爆発まで、残る五分です。所員の方は、大至急避難を完了してください。繰り返します…』
「退避! 搭乗急げ!」
「全員乗ったらすぐに浮上! 安全圏まで退避よ!」
「了解!」
「今回は少し余裕があるか」
「どこが!?」

 弾幕を張り巡らせていた者達が残る五分の放送に、すぐさまヘリへの搭乗を開始する。
 レオンの呟きにそばにいた兵士が思わず叫ぶが、そんな中、何故か練がその場から動こうとしなかった。

「何やってる! 吹っ飛ぶぞ!」
「………来る!」

 練が叫ぶと同時に、巨大な影が突然空から降りてくる。

「なんだぁ!?」
「こんな時に新型!?」

 ヘリに乗り込もうとしていた救援部隊の隊長と鳳鈴が同時に声を上げる。
 だがその巨大な影の姿を見た者達は、次の瞬間完全に言葉を失った。

「おお、これは………」
「なんと、こんな事が………」

 ヘリに乗り込んでいた二人の博士が、それを見て歓喜と驚愕を同時に表す。

「……まあこうなる事もよくある」
「そうだな」

 ヘリに向かおうとしていたレオンが、練の隣に並びながら残弾少ない銃を二丁とも構え、練は鞘に収まらないので腰に指したままにしておいた曲がった愛刀を無造作にヘリの中へと投げ入れる。
 その影は、二つの口から奇怪な咆哮を上げた。
 それは、練に胴を断ち割られて死んだはずのラクシャーサの胴体に、全身に弾丸を浴びて死んだはずのヘカトンケイルの本体が収まり、一体化した四腕と双頭を持つ、奇怪な変貌を遂げた異形だった。

「死にかけ同士が保管再生したか………珍しいパターンだな」
「封印か焼却しておくべきだったか。あれではまるで阿修羅だ」
「仏教の多腕の神だったか。いいネーミングだ」

 練が小刀サイズの備前長船を構え、レオンがデザートイーグルのハンマーを起こす。

『爆発まで、残る四分です』

 タイムリミットの放送を皮切りに、異形の存在・アシュラが二人へと襲い掛かる。

(さっきよりも!)(速い!)

 二人は左右に跳び、同時に銃口を向けようとするが、アシュラはすでに二人の視線の先からも通り過ぎ、地面に足跡を刻みながら反転してくる。

「援護射撃を!」
「ダメだ、速すぎる!」「これじゃあ二人も巻き込むぞ!」

 ヘリに乗り込んだ鳳鈴の指示で兵士達が銃を構えるが、目に捉えられるかどうかのアシュラの速度に狙いを定める事すら出来なかった。

「ちいっ!」
「レオン!」

 元ラクシャーサの右の刃腕がレオンの体をかすめ、鮮血が宙を舞う。
 アシュラが即座に練の方へと振り向き、左の刃腕を練が刃で受け流そうとするが、そこに元ヘカトンケイルのカギ爪が袖を貫いていく。

「ははは、早くこっちに逃げてきた方が! そんなのほっておいて!」
「……そしたら追ってくるわよ。あの二人はそれを知ってるから、その前にどうにかしようとしてるの」

 辰美が慌てて二人を呼ぼうとするが、鳳鈴がそれを制止。

「ヘリを浮上させて」
「え!?」
「タイラントタイプの覚醒型なら、垂直飛距離は5mを超える可能性があるわ。それ以上上昇、ラダー降下用意」
「了解!」

 鳳鈴がヘリを安全圏まで退避させるよう支持する中、機内から緊急用のラダーが慌てて引っ張り出されていく。

「残り時間一分を切ったら、そのまま発進」
「了解!」
「そんな!?」

 鳳鈴の冷徹な判断に、辰美が声を失う。
 浮上していくヘリの開放されたままのハッチの向こうでは、二人がアシュラと死闘を繰り広げていた。

「こいつ!」

 四本の腕をデタラメに振り回しながら襲ってくるアシュラに、レオンがSIG556をフルオートで叩き込むが、全身に弾丸を食い込ませながらも、アシュラは構わす襲い掛かる。
 とっさにレオンはSIG556を盾にして攻撃を防ぐが、体は大きく吹き飛ばされ、SIG556は粉々になって周囲に散らばっていく。

「オン アビラウンケン、招鬼顕現!」

 練が袖の中から小柄を数本取り出し、傷口から流れ出した血を付着させて応急の呪符とし、式神へと変貌させて襲い掛からせる。
 鳥や魚に変じた式神がアシュラの隙を突くように襲い掛かり、その場で爆発する。
 刃腕や背中から爆風と共に肉片が舞い散るが、アシュラは構わず練へと襲い掛かってくる。

『爆発まで、残る三分です』

 刻一刻とタイムリミットが迫る中、練は繰り出された刃腕を受け流しながらも、半ばから斬り割いていく。

「足を止めなさい!」

 鳳鈴の声がヘリから響き、二人が僅かにそちらを見ると、機内に有ったのか、鳳鈴が14.5mm3銃身ガトリング機関銃をこちらへと向けていた。
 本来車載用の重機関銃に、練とレオンは頷き会ってアシュラと対峙する。
 アシュラは再度咆哮し、二人へと襲い掛かってくる。
 二人は繰り出される刃腕を掻い潜り、カギ爪を練は袖に逆に絡ませて封じ、レオンはデーザートイーグルのグリップで殴り払う。

「はあぁぁ!」
「食らえ!」

 錬は手にした備前長船を気合と共にアシュラの右足に突き刺し、レオンは50AE弾を左足に次々撃ち込んでいく。
 この同時攻撃に、流石のアシュラも足が止まる。

『今だ!』

 二人が同時に叫びながら左右に転がり、そこへ鳳鈴が容赦ない集中砲火を撃ち込んで行く。
 雷鳴のような銃声が轟き、アシュラが文字通り蜂の巣にされていく。
 斉射が止み、硝煙がたなびく中、ヘリの中から空薬莢が落ちてくる。
 そしてそこには、半ば原型を留めないながらも、まだ蠢いているアシュラの姿があった。

『爆発まで、残る二分です』

 それを見た練とレオンは同時に動く。
 練はアシュラの足に突き刺さって多少銃撃で柄が破損している備前長船を引き抜き、レオンは素早くデザートーグルを最後のマガジンと交換して狙いを定める。

「五行相克、滅!」
「GAME OVER!」

 互いに終わりを告げる言葉と共に、白刃に斬り落とされたヘカトンケイルの首が宙に舞い、50AE弾に撃ち抜かれて脳漿をばら撒きながらラクシャーサの頭部が半ばから吹き飛ぶ。
 二つの頭部を失ったアシュラの体が、とうとう完全に力を失ってその場に崩れ落ちる。

「今度こそ大丈夫だろうな?」
「瘴気が消えていく。これはもうただの死体だ」
「急いで! もう時間が無いわ!」

 二人がアシュラの完全死亡を確認するが、鳳鈴の催促に慌ててヘリから伸びるラダーへと向かう。

「今回は助かったぜ、後で一杯奢ろう」
「ああ、そうだな」

二人は互いに笑みを交わしながら、ラダーを登っていく。
 やがてヘリが飛び去る中、数多の命を飲み込んだ地獄は、爆風と共にその姿を消していった………




感想、その他あればお願いします。





NEXT

666666Hit記念

INDEX


Copyright(c) 2004 all rights reserved.