バレンタインの変・重異血



バレンタインの変・重異血



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「バレンタイン? ああスコッチの事か」
「姉チャン、それはバランタインじゃないっけ?」

 アウロラの高度過ぎるボケに、エイラは記憶の片隅(※正確には休暇で実家に帰った時に転がっていた空瓶)から該当する突っ込みを入れる。

「で、そのバレンタインで何でこんなに騒いでるんだ?」
「未来だト、バレンタインってのは女の子が恋人とか大切な人に、チョコとカお菓子送るんだって」
「ほう、それでそんな物読んでるのか」
「ウッ!?」

 アウロラがエイラが手にしている〈バレンタインスィーツ100選〉と書かれた料理本を指差し、エイラは思わず言葉に詰まる。

「そんな本、どこから手に入れた?」
「ン? なんかこの飛行機の中にいっぱい転がってるゾ」
「そういや、何か甘い匂いもするな」

 プリティー・バルキリーの一室で、何か艦内が騒がしい事にようやく気付いたアウロラだったが、気にせず飲みかけの酒盃をあおる。

「姉ちゃん、酒量増えタんじゃナイのか?」
「本来なら後方部隊なのに、前線に引っ張りだされたんだ。飲まなきゃやってられるか」
「つってもナ………」
「あの〜」

 そこへ、可憐が何か荷物を手に姿を見せる。

「お、確か園宮曹長だったか」
「はい、アウロラさんに助けてもらったお礼を」

 可憐はそう言いながら、ラッピングされた小さな包みを手渡す。

「お酒がお好きなそうですから、お酒に合うスパイス入りチョコだそうです」
「それはちょうどいい、ツマミが欲しかった所だ」
「何か聞いてきたト思ったら、ソウいう事カ」
「あと、504と506の人達って今どの船にいます? 助けてもらった人達に配ろうって話になってて、今攻龍で他の人の分作ってる最中なんですけど」
「アルダーとノーブルか。アルダーは無駄にやかましい船に、ノーブルは無駄に豪華な船に乗ってると思うぞ」
「はあ………」
「酔っぱらイの言うコトだ、あまり真に受けるナヨ」

 首を傾げる可憐に、エイラは一応助言を与えておく。

「ひょっとしたら、他の連中もプレゼント用のチョコを奪い合いしてるかもな」
「う〜ん、どダろ?」
「リューディアさんという人が多めに送ってくれているそうですが………」


「なんで無いの!」
「さっき聞いたらこっちに搬送したって聞いたのに!」

 転送されてきた物資の配布に使われていた空母の上で、配布担当の新兵に504のジェーン・T・ゴッドフリー大尉とアンジェラ・サラス・ララサーバル中尉に詰め寄る。
 彼女達二人のみならず、バレンタインのことを聞いたウィッチ達が何人も押し寄せていたが、新兵は困るばかりだった。

「おかしいですね、先程皆で使うからと大量に持って行かれた方がいたのですが………」
「どこの所属!」「まさか独り占め!?」

 その場が騒然とする中、彼女達の背後からいそいそと何かを準備する人影が有った。

「いや〜、大変ですね〜」
「何人事みたい、に………」

 振り返ったウィッチが、そこに「ちょこれーとアリます」と書かれたノボリと、その下に小さく「値段要相談」と書かれている事に頬を引き攣らせる。

「さあさあ、欲しければちょこれーとありますよ〜」
「いいのかこれ………」

 新兵をだまくらかしたチョコレートを背後に積み上げながら、木箱の上にお代はこちらと書かれた箱を置いた506の黒田 邦佳中尉と、何故か手伝わされているエモン・5の方に怨嗟の視線が集中する。

「さすが元盗賊、なかなかアコギですオーナー」「義賊だって言っただろうが」

 肩にいるウェルクストラに妙な感心をされる中、ウィッチの何人かが苦虫を噛み潰したような顔で懐から財布を取り出し始めた時だった。

「何をしているのじゃ邦佳!」

 上司のハインリーケが怒声と共にどこから持ってきたのか、ハリセンで邦佳の頭部をひっぱたく。

「何するんですか大尉!」
「詰まらん小銭稼ぎなぞするな! 我らノーブルウィッチーズの品位に関わるわ!」
「そんな〜せっかくいい商売になると思ったのに…」

 有無を言わせず、今度はハリセンが縦に振り下ろされる。

「あうう、どこからそんなの………」
「補給物資に混じっておったわ。扶桑ではこういう時に使う物なのじゃろ?」
「間違っちゃいないと言えばいないが………誰だそんな物頼んだの………」
「そなたもそなたじゃ! こやつの甘言に乗せられおって!」

 ぼそりと呟いたエモン・5にハインリーケがハリセンを突きつける。

「お給料でも足りてないのかしら?」
「ちゃんと出しておる! こやつがただ守銭奴なだけじゃ!」
「普段からか………」

 胸元のポケットからいらん事を呟いたイーアネイラにまで怒鳴りつけるハインリーケに、エモン・5は心底呆れ果てる。

「あの子、506のB部隊じゃないの?」
「Aらしいけど………」
「扶桑の貴族ってああなの?」
「さあ、このハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタインの名において、このチョコは皆に均等に配布する」

 何か色々誤解が生まれそうになる中、ハインリーケが邦佳とエモン・5に無理やり手伝わせながら、チョコが配布されていった。


「それで、各部隊にチョコ運びやらされたと」
「割り振り手伝わされただけだ。タバコもらいに行っただけでえらい目にあった………」

 亜乃亜に聞かれて、眼の色を変えて押し寄せてくるウィッチ達を思い出し、エモン・5は首をすくめる。

「なんか、この世界に妙な事吹き込んだような気がすんだが、大丈夫か?」
「まあ、エイラさんとかルッキーニちゃんが教えたのかもしれないけど」
「誰かが知ったのなら、広がるのは時間の問題だったと思います。女同士で広がるのはどうかと思いますが」
「それ言っちゃダメだって………」

 ウェルクストラの余計な一言を亜乃亜が引きつった顔で聞き流す。

「あ、いた。亜乃亜ちゃん、なんか一個余ったんだけど」
「オーニャーとちゃんと数えたんだけど」
「あれ、予備は食堂だよね?」

 空のカートにリストを手にした音羽とヴァローナが首を傾げる中、亜乃亜もしばし考え込んだ所でふとエモン・5の方を振り返る。

「あ」
「………それはどういう意味だ」
「忘れていたという意味ではないでしょうか、オーナー」
「そ、そんな事ナイヨ」

 明らかに図星を突かれた亜乃亜が、素早く最後の一個を手にとってエモン・5に渡す。

「これでちょうど、と」
「甘い物はあまり好きじゃねえが、もらっとくぜ」
「ハブられなくてよかったですね、オーナー」

 ものすごくついでの気もしたが、エモン・5はもらったチョコをしまい込む。
 ちなみにその頃、それぞれの艦でなんとかチョコを手渡そうとするウィッチ達の姿が見受けられ、事情を知らない一般兵達が首を傾げたのはまた別の話。



A

「おかえりなさいませ、ごしゅじんさま!」
『お帰りなさいませ、ご主人様!』
「ただいまばれんたいんふぇあ、特別メニューじっしちゅうです!」
『ただいまバレンタインフェア、特別メニュー実施中です!』

 胸に代理と書かれたネームプレートをぶら下げたメイド服姿のピクシーの挨拶に、同じくメイド服姿の女悪魔やマネカタが続く。

「ちょっとバイトしてくると言ってたが、これはどういう事だ?」
「ほら、今メアリもアリサもいないから………」

 業魔殿のカフェテリアで、所用で来たついでにコーヒーを飲みに入った克哉が、自分と契約しているピクシーがなんでか業魔殿のメイド達を統括している姿を見つけ、たまきが状況を説明する。

「いつもの三人がいないのは静かでいいと思っていたのだが」
「そうなんだけど、その分ここのバレンタインフェアに来る客が増えそうだって。レッド・スプライト号の人達に予約状況聞かれたし」
「それほど物資に余裕が有っただろうか?」
「噂だけど、こっちから材料は出すからやってくれって言ってきた人が多数いたって話」
「………それは現実化してるのか、元から現実なのか」

 確認したくもない噂に、克哉は呆れながらコーヒーを飲み干す。

「あ、克哉〜、これわりびき券」
「………来れる暇があるだろうか」
「当日はマーヤやリサもてつだってくれるって。外でもうならびはじめてるよ」
「整理の人員を回した方がいいだろうか」
「それくらいこっちでやるから」

 余程イベントに飢えているらしい市民(というか男性陣)に、克哉とたまきは密かに不安を覚える。
 なお、当日は結局自警団の整理だけでは足らず、警察と調査隊からも大々的に人員が店内外に回される結果となった………



B

「はい、これが来栖先生の分です」
「マジか………」
「今回の外伝、評判良かったですからね〜キャラ宛の結構ありますよ」

 連載誌の編集部に届いたチョコの山に、瑠璃香は茫然と眺める。

「盾丸先生なんてこの数倍届いてますよ。毎年あちこちの孤児院とかに寄付してるそうですけど」
「美形ばっか出すからな〜あのオバハン」

 そう言いながら瑠璃香はチョコの山を見ていたが、ふと山を弄り、その中から何個かを取り出す。

「これらは捨てといてくれ」
「え、何でですか?」
「こういう事」

 瑠璃香は取り除いたチョコを包装ごと無造作に引き裂く。
 砕けたチョコの中からは、何か髪の毛にも見える物が混じっていた。

「………よく分かりました。何か判別のコツってあるんですか?」
「明らかにやばい瘴気発してるのがそれだ」
「はあ………」

 編集部では瑠璃香は霊感が高いという事を知ってる人物は多いが、エクソシストだという事まで知ってるのは担当一人だけなので、適当な事を言いながら瑠璃香はチョコをまとめあげる。

「バイクに積めっかなコレ………」
「おうい、だれかもう一つ箱とロープ」
「悪いな」

 箱を重ねて何とか密閉したチョコをバイクの後部座席に縛り上げ、適当なのを一個かじりながら、瑠璃香は寝床の協会へと急ぐ。

「さすがに食いきれねえしな………あたいも寄付でもすっかな」

 らしくない事を呟きつつ、瑠璃香はバイクを走らせる。

「他の連中も似たような事やってんのかな?」


「これが由奈さんの分、こっちが綾さんの分、こっちも綾さんの…」

 捜査十課宛に届いたチョコの選別が行われ、そのほとんどが由奈と綾宛の箱に重なっていく。

「なんか、署内のランキングが分かりますね………」
「言うな」

 綾→由奈→高城課長→敦=尚継という数量に、敦は露骨に肩を落とし、尚継はさして気にせず、明らかに義理と分かる小さな箱を手に取ってみる。

「由奈は分かるが、なぜ私にこんなに」
「出来る女検事って事で女性署員の間で評判になってるみたいです」

 自分では一度も送った事の無い綾が、山となっているチョコに由奈と共に困った顔をしていた。

「一ヶ月後が大変だろうな………」
「そういうのもあるか」
「返すわけにもいかないでしょうし」

 学生時代、生来の生真面目さでもらったラブレターは全部丁重に返していたら、何か妙な噂が経った事を由奈は思い出し、ため息をつく。

「まあ、ユリに比べればずっと少ないですけど」
「妹さん、そんなにすごかったの?」
「背高くて運動神経よかったので、随分と同姓にもててました。ユリは嫌がってたんですが………」
「なるほどね、案外今でもそうなんじゃない?」
「どうなんでしょう?」


「……………また増えたね」
「…………ああ」

 定例行事となっている、自分達のデスクにうず高く積み上げられたチョコに、ユリとイーシャは半ば無感情に呟く。

「学生時代は、社会人になればこんな事無くなるんじゃないかと思ってたのに………」
「私もだ。とにかく整理しない事には仕事ができん」
「今日中は無理かもね………」

 増えていく一方のチョコの山に、二人は重い溜息を漏らした………


「今回はSシティまで行って大変だったみたいね」
「ええ、色々と。陸さんや空さんほどじゃないですけど」

 守門家の母親のバースデーパーティーに何故か招待された由花が、内心不思議に思いながらも陸と空の母親と談笑している。

(気に入られた、という事なのかな?)

 見た目の品の良さとは裏腹に、色々と訳ありらしい母親の朱子に由花は内心不思議に思いながらも、雑談をしていた。

「あの子達も無駄に頑丈ですからね。合わせようとは思わない方がいいですよ」
「さすがにそれは無理です………」
「その位でいいのよ。空なんて頑丈過ぎるから逆に怪我ばかりしてるし」
「したくてしてる訳ではないんですけど」
「じゃあもうちょっと戦い方考えろ」
「全く、困った子達だ事」

 料理を運んできた空とケーキを運んできた陸がぼやくのを逆に母親が返しながら、パーティーが始まった。


「すいませんね、こちらに付きあわせて」
「いえ、ご招待ありがとうございました」

 空に送られて家路に向う中、由花はお礼を言いながら小さく頭を下げる。

「母さんはあれでも結構用心深くて、あまり来客を家に上げたがらないんですよ」
「そうなんですか?」
「由花さんは警戒しなくていいと思われたんでしょう。たまに帰宅すると兄さんの研究目当ての産業スパイとか玄関に転がってますし」
「はあ………」

 前に少しだけ見えてしまった朱子の過去の事を思い出し、由花は生返事を返してしまう。

「それじゃあこの辺りで。チョコはご家族の分もありますから」
「皆で食べさせてもらいますよ。じゃあまた」

 寮の手前で二人は分かれ、空は由花に向って手を振る。
 由花の姿が建物に消えた所で、空も踵を返した。

(前に比べて、大分表情が明るくなったな。母さんもその辺を解ってるのかどうか)

 アドルに入る前の心を閉ざしていた頃に比べて、打ち解けてきた由花に安堵しつつ、空は家路へと向う。
 家族の分と自分の分が分けてある事に気付くのは、帰宅してからの事だった………







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