バレンタインの変・負異訃底陰



バレンタインの変・負異訃底陰


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「………」

 千冬は無言で眼の前で起きている争奪戦をぬるい目で見る。

「これは私が特注で頼んだ物ですわ!」
「ずるい! じゃあそっちのを!」
「待て、それは私が選んでいたのだ!」

 バレンタイン用特別物資が大型転移装置から運ばれてきたのを、生徒達が群がるように取り囲んでいたが、ネームタグが付いているのを探して何故か奪い合いが生じている状態に、千冬は半ば呆れていた。

「物資流通が活発化したのに、余計ひどくなるとはどういう事だ?」
「それが、何人か個人指定で頼んだみたいなんですけど、貨幣価値が違うので現物交換したらしくて、出来なかった人達が………」
「そういう問題も有ったか………」

 簪の説明に、千冬は想定していなかった事態に思わず顔を覆う。

「まさか今の時代に物々交換とはな」
「セシリアさんはアクセサリーと、ラウラさんはブランドナイフとだそうです」
「それで、それは何と交換した?」

 千冬が隣にいる簪の抱えている包みを見て聞いてくるのを、簪の肩が跳ね上がる。

「その、所有してたアニメグッズが未来のマニアの間で高騰化してたとかで………」
「何がどういう価値になるかは不明だな」
「確かに」

 賛同する声に千冬が振り向くと、そこには帝都から戻ってきたらしい箒の姿が有った。

「篠ノ之、戻ったか」
「先程」

 実際はバレンタインに送りたい相手がいるなら急いだ方がいいと急かされて戻ってきた事はさすがに言えず、箒は言葉を飲み込む。

「あ、これお土産です」
「お、すまんな」
「あれ?」

 箒がそう言いながら手渡してきた饅頭の箱を千冬が受け取るが、横目でそれを見た簪が首を傾げる。

「どうかしたか?」
「確かその店、祖母がひいきしてたとこなのですが、二次大戦の空襲で店と共にレシピが消失して、なんとか復刻させたけど完全再現出来なかったと聞いたことが」
「………つまりこれも時代と共に価値が変わった物か」

 手にした饅頭を複雑な顔で見る千冬だったが、箒は後ろ手に何故か同じ店で売っていたバレンタイン用特別品(※代金はかえでからの餞別)を隠す。

「貨幣問題を早急に解決する必要があるな………」
「両替システムの構築ですね。こちらでも少し問題になってますし」

 考え込む千冬の背後に、どりあが現れてため息をつく。

「そっちでもか」
「ええ、なんとか転移先で買い物出来ないかと、手持ちの物で交換できる物を探してるみたいで………」
「配給制の頃がマシだったか………」

 資本主義の黎明期のような状態に千冬とどりあは呆れつつ、取り敢えず目前の混乱を止める事にした。


「もらって嬉しいのは確かだけど………」
「バレンタインにこれは無いんやないか?」
「だからただの土産だって言ってるだろ」

 食堂でねじるからもらった雷おこしを食べながら、つばさとのぞみが首を傾げるが、ねじるはあくまで土産である事を強調する。

「ねえねえ、これ変な形してる」
「ホントだ、ハート型してるのだ」
「ば、勝手に開けるな!」

 どりすとマオチャオがハート型に整形された変わった雷おこしに首を傾げるのを、ねじるは慌てて蓋を閉める。

「何だ、ちゃんと買ってきてるじゃん」
「で、誰用なんや?」
「劇場前の土産物売りに押し売りされたんだよ! 女の子なら必要だろうからって!」
「そうなの?」
「そうかもしれないのだ」

 意地の悪い笑みをうかべるつばさとのぞみに必死に否定するねじるだったが、どりすはいまいち理解しないまま、マオチャオが頷く。

「ああもう! 食いたきゃ勝手に食え!」
「いいの?」
「どうせやる相手もいねえし」
「相変わらず男は一人しかいないしね〜」
「アレはやめといた方いいで。競争率高すぎや」
「当の本人が巻き添えくってるのだ」
「なんか変わった味………」

 どうのこうの皆が言う中、どりすは我冠せずで恐る恐る雷おこしをかじる。

(こいつには当分先の話だな………)

 それを見た他の三人は、心中同じ事を思っていた………



A

「はいナナシ!」
「………?」

 アサヒが満面の笑顔で出してきたリボンのついたハート型の包みに、ナナシはどう対応すべきか分からず、硬直する。

「あれ、こうでいいって言われたんだけど………」
「バレンタインって奴ね。親しい相手にお菓子を送るイベントよ」

 首を傾げるアサヒだったが、後ろで見ていたノゾミが小さく吹き出す。

「あ、みんなの分ももらってきてますから。まずはナナシからと思って」
「本命と義理ね」
「詳しいですね」
「昔教えてくれた知り合いがいたの。アサヒちゃんはどこから?」
「カチーヤちゃんから教えてもらって、欲しいんだったら融通してくれるって言われて………」
「ああ、なんでかイベントになると物資が多目に出てくるって話だったっけ。それとアレも」

 ノゾミはそっと向こう、チョコを渡そうとしたイザボーともらおうとしたフリンに襲いかかり、二人に返り討ちにされた謎のマスク姿の三人の方を見る。
 白地に目の縁に炎のような文様が描かれ、額に〈しっと〉と刻まれたマスクを被った三人の男は、背に【バレンタイン復活断固阻止!】と手書きされたノボリを指していたが、そのどれもが無残に折られ、地面に力なく倒れ伏した三人からは咽び泣く声が響いており、それらを前にイザボーはこの後どうすればよいか思案していた。

「この方達は何がしたかったのでしょう………?」
「さあな。取り敢えずこういう連中が来たら転がしておけば後で回収すると言われてる」
「そうですの」
「おの……れ…リア……充が………」

 取り敢えず納得したイザボーが改めてフリンにチョコを渡すのを見た全身に隈取のような文様の入った少年、嫉妬修羅一号が怨嗟の声を上げるが、それで力尽きたのか完全に沈黙する。

「アサヒちゃん、男衆それで釣って連れてきて。アレ邪魔だから端に寄せるから」
「分かりました」
「あとついでに言っておくけど、あのカチーヤって子、私と同じ歳よ」
「へえそうなんで、ええ!?」

 かしましく話しながらその場を離れる二人を見ながら、ナナシは手にした包みを開き、その中から出てきたチョコを見つめる。
【With you forever】とホワイトチョコで書かれていたが、ナナシは意味が分からず、取り敢えずかじりつく。

(君といつまでも、か)

 スマホにいたダグザ神は意味が分かったが、あえて教える必要も感じず、チョコを貪るナナシを放置する。
 なお、嫉妬修羅三人は簀巻きにされて送り返され、そこで更なる折檻が待っていた………








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