バレンタインの変 怒螺異


バレンタインの変 怒螺異


@STARS本部にて

「温度はこんな物か?」
「そうね、こっちは準備OK」
「分量これでいいのかな?」

本部食堂の厨房で、宗千華、トモエ、リンルゥが珍しく仲良くチョコの製造に取り掛かっていた。

「そっちはいいか?」
「あ、まだナッツ炙ってない」
「やっとくよ」

普段は仲のあまりよろしくない三人(正確にはトモエが他二人を一方的に敵視してる)が傍目には仲良くしている様は微笑ましいと言えるかもしれない。
………全員が簡易ガスマスクを装着している事を除けば。

「もう少しだな」
「温度あまり上げないでね」

湯せんしているチョコの具合を確かめながら、宗千華が手に竹筒を、トモエが手にフラスコを持つ。
その両方に、表現しがたい異臭が漂う液体が満たされている。

「危険濃度レベル2、いや3」
「まだ上昇中、指示を」

厨房の外では、科学班と機動班の勇士からなる特別対策班が、全身を対ABC(原子力、生物、化学)兵器完全防護スーツに身を包み、毒物感知センサーをこちらへと向けていた。

(……チョコってこういうふうに作るんだっけ?)

リンルゥが悩むが、自分では作った事がないのであえて考えないようにする。

「では均等にだな」
「そうね」

程よく溶けたチョコを分け合った宗千華とトモエが、それぞれのに手持ちの不明薬品を流し込む。
チョコと混ざっていく中、宗千華のチョコからは何かが腐食していくような音が、トモエのチョコからは色が随時変化する煙が漂った。

「危険濃度レベル5! 至急指示を!」
「危険だ! 退避しろ!」
「逃げろ〜!」

そんな声が響き、厨房の外にいた特別対策班が大慌てで逃げ出していく足音が響く。

「………え〜と」

リンルゥが二人からやや離れ、自分の分にナッツを入れて型に流し込む。

「随分と変わった隠し味ね」
「元は忍に伝わる秘薬だそうだ。そちらは?」
「原子レベルで設計した薬品よ。効果はばっちり」
「そうか、それなら互いに文句はないな?」
「ええ、そうね」

自分の分の仕上げに取り掛かるトモエと宗千華の間に、やはり普段通りの殺気が漂い始める。

「エマージェンシー! エマージェンシー!」
「消去許可を!」

厨房の外に重火器や爆発物を持った機動班の隊員達やパワードスーツが集まり始めた事に、リンルゥは思わず手が止まるが、他二人は気にせずラッピングに入る。

「では渡してこよう」
「抜け駆けはなし!」

和風で渋めの包装の箱を手にした宗千華と、カラフルでリボンのつけた包装の箱を手にしたトモエが厨房から出て行く。
厨房の外で何かを薙ぎ払うような音が聞こえたが、あえてリンルゥは聞かないようにして自分の分の仕上げに入った。

「警告する! 即刻その危険物を…ギャアアァァ!」
「第一次防衛線が破られた! こちらにもっと人員を…グアァ!」
「ひるむな! なんとしても目標の動きを…ミグギィィィ!」

遠くから何か戦闘音と悲鳴が交互に聞こえた気がしたが、リンルゥはとりあえず無視する事にした。

「よし、できた!」

ちょっと包装が歪んでいるが、なんとか完成した物を手に、リンルゥも目的の場所へと向かう。
途中、斬り捨てられたり(峰打ち)殴り倒されたり(本気で)した者達が通路のあちこちに転がっていたが、とりあえず命に別状はなさそうなので、後回しにして先へと向かう。

「ここは通さな…メゴゲカッ!?」
「それを早く廃…ウキィアッ!?」

最後の防衛線だったケンド兄妹が沈む。
目的地へと到着した二人が、そのドアに張ってある一枚の紙切れを目にして動きが止まる

『急用で明日まで留守にします レン・水沢』

「なんだ留守か」
「え〜せっかく作ったのに」
「そうそう悪くなる物ではあるまい。置いていこう」
「そうだね♪」

レンの部屋の扉のカギを一刀の元に破壊した宗千華が部屋の中に包みを置くと、その隣にトモエも置いた。

「……後で渡そっと」

後ろからそれを見たリンルゥは、包みを手に自室へと帰った。

……なお、レンが急用から帰ってきた時、彼の部屋は第一級危険物感染の疑いで、完全に閉鎖されていた。



A特別課外活動部学生寮にて

「これでいいのかな?」
「ああ! ゆかりちゃん焦げてる!」
「混ぜすぎでないのか?」
「レシピの分量を超過しています」

寮の厨房にて、特別課外活動部女性陣総出で男性陣にくばるバレンタインチョコの製造が行われいた。
が、その手並みはおせじにもいいとは言えなかった。

「え〜と、ここで香りつけのお酒を」
「これだな」
「先輩入れ過ぎ!」
「明らかに未成年の摂取許容量を超過しています」
「そうか? まあ少しなら問題あるまい」
「どうせあいつらが食べるんだし」
「先輩もゆかりちゃんもそれはちょっと………」
「ならば、他にも入れて薄めましょう」

アイギスが用意してあったトッピング用の素材を色々とぶち込んでいく。

「うわ、そんなに!?」
「バリエーションがあっていいのではないか?」
「あれ、こんなのありましたっけ?」
「あとは混ぜて固めれば問題ありません」


寮のロビーでババ抜きをしていた男性陣が、厨房から聞こえてくる声に顔色を青くする。

「……なあ」
「何だ伊織」
「オレら、何食わされるんだろ……」
「………チョコレート?」
「の、はずだが…………」
「何か苦戦しているようだね………」

ババを互いに押し付けあいながら、全員の顔が近付いて真剣な目つきで出来上がる《何か》を考える。

「この中で、腹に自信がある奴は?」
「いや、さすがにあまり妙なモンは……」
「ボクもちょっと」
「でも、誰かが食べてみせないと………」

最早手札の中のババよりも深刻な問題に、全員が生唾を飲み込む。

『あれ、一個多くない?』
『小岩さんにも持っていこうかと』
『そうだな、それはいいだろう』
『そうでありますね』

聞こえてきた会話に、最後の一枚のババを持った啓人の手が止まる。
互いに目配せし、男性陣が一斉に頷く。
その日の影時間、タルタロスから奇怪な絶叫が響いてきた………



B筑土町・富士子パーラーにて

「という訳で、注意したいのはメレンゲの泡立て方とオーブンの温度。この二点が一番味を左右する。では早速作ってみましょう」

三角巾に割烹着姿の克哉が、黒板に書き記したチョコケーキの作り方をその前にいる女性達が熱心に見ていた。
《モダン・ばれんたいん講座》と書かれたノボリの下で、ボールと秤を手にした克哉が講習に来た女性達に見られないように首を傾げた。

(まだこの時代にバレンタインの風習はなかったはずだが…………)

風邪で寝込んだ富士子パーラーのケーキ職人の代わりを大道寺 伽耶経由で頼まれた克哉は、楽しそうに騒ぎながらケーキ作りに勤しむ女学生や婦人達の方を見ながら自分の分の計量をしていた。

「周防さん、これでいいんでしょうか?」
「ん〜、もっと泡立てないとダメだね」
「ケーキって作るのは結構面倒だね………」

友人のリンと二人で卵白を泡立てている伽耶にアドバイスをしながら、克哉もメレンゲを泡立てつつ他の女性達の様子を観察する。

「え〜と、粉の分量が………」
「……それはうどん粉。材料は用意してある奴で」
「ああ、殻が!」
「まず茶碗か何かに入れてからの方がいいでしょう」
「え、蒸かすんじゃないんですか?」
「饅頭じゃないんですが………」

ケーキ作り自体した事が無い女性達に色々とアドバイスしながら、克哉は手際よく自分の分を進めていく。

「よし、これで焼けばOK」

意外と手際よく進めていた朝倉 タエが、ケーキの表面に何かをトッピングしながらそれをオーブンに入れようとする。

「ケーキ作りの経験が?」
「いいえ、まあ取材は何度かしてますけど」

表面にデカデカと何かで《葵鳥》と描かれたケーキがオーブンに入れられる。
ふとそこで、克哉はタエの使っていた調理台の上に何か赤い物が散らばっているのに気付いた。

「…………唐辛子?」

そう言えば先程の文字は赤かった気がしたが、あえて克哉はそれに触れないようにした。

「生クリームは手際が大事。かき混ぜたらすぐにトッピングに入りましょう」
『は〜い♪』

多少不恰好なのも目立つが、各人思い思いのチョコケーキが出来上がっていく。
その場で試食する人もいたが、多くはそれを箱に詰めていく。

「それでは、皆さんのいい思い出になるように」

笑顔で箱詰めしたチョコケーキを手に出て行く女性達を見送りながら、克哉は自分が作った分(試食でかなり食べられたが)を手に鳴海探偵社へと戻った。

「やあお帰り」
「こ、これは…………」

ドアをくぐるなり、テーブルの上に積み重なった見覚えのある箱の山に克哉は絶句。
その全てに、『葛葉 ライドウ様へ』と書かれたカードがついていた。

「……まさか、あそこにいた女性のほとんどが………」
「これはどうすればいい物だ?」

さすがの十四代目ライドウも、甘い匂いの漂うチョコケーキの山に頬を汗がつたっていた。

「まあ食べられるだけ食べてみようか。虫歯になりそうだけど」

鳴海も自分のデスクの上にある《葵鳥》と生クリームで描かれたチョコケーキにフォークを伸ばす。

「あ、それはまさか」
「なに?」

克哉の注意も遅く、鳴海の口の中で何かを噛み砕く音がし、ほどなくして鳴海の顔が真っ赤になった。

「!!!! 水! 水!」
「水」

ライドウが手渡したグラスの水を一気に飲み干し、鳴海が肩で大きく息をした。

「絶対忘れられないケーキだとは言ってたが…………」
「……多分表面だけだか、その文字の下のさえとってしまえば」
「しかたない、少し処分を手伝ってもらうか」

ライドウがそう言いながら管を取り出す。
その夜、男三人と仲魔が遅くまで山のようなケーキの処分に追われていた……………





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