バレンタインの変 怒螺異


バレンタインの変 耶




「何の匂い?」

漂ってくる嗅ぎ慣れない甘い匂いに、アルジラが匂いのする室内を覗く。
その室内では、エプロン姿の女性陣が調理の真っ最中だった。

「あ、アルジラもやる?」
「材料まだあるから」

 ダブルリサがお釜のような巨大なボウルで大量のチョコを湯煎していた。

「なにこれ?」
「Oh、St.Valentine Dayですわ」
「戦斗罵連田韻?」
「あ、ひょっとしてそっちには無かった?」
「年に一度、恋する女性がチョコを手に好きな相手に思いを伝える日か、安いチョコを大量にばら撒いて一ヵ月後に三倍以上のお礼を請求する日よ」

 なぜか妙に張り合ってるエリーと麻希に挟まれながら、舞耶が合ってるのかどうか判断に悩む説明をする。

「へえ〜、そういうのあるんだ」
「ありていに言えば、親愛や感謝を菓子で表現する日ね。あなたもやってみたら?」
「ゲイルやヒートにあげてもね…………」

 ヒロコが空いてるスペースを勧めるが、アルジラはあまり喜びそうにない仲間の事を思い浮かべる。

「そこまで深く考える物じゃないわよ。男をチョコで吊り上げてこき使ういい機会なんだし」

 仲魔を総動員して大量生産しているたまきが、溶かしたチョコを次々と型に入れていく。

「でも、料理っていうのした事ないんだけど………」
「いいからいいから、ラッピングとかばら撒きとか手伝って♪」
「義理もそこまで行くと………」
「これが独身と人妻の違いとか」
「そうかな〜?」



「戦場連帯?」
「No,No、St.Valentine デ〜イ」
「なるほど、確か古代史だと今日だったな」
「この時代が一番盛んだったわけか」
「……世代差を感じるな」

 署内で行き交う謎の物体に付いて問うたゲイルに、ミッシェルが教えているのを聞いたアレフとライドウ、明彦がそれぞれの雑感を口にしていた。

「つまり、今日この日にどれだけチョコをもらえるかが、男のステータスって訳よ」
「なぜだ」
「女性にどれほどの好意を寄せてもらえるかが客観的に分かるからだろう。特に物資に溢れていたこの時代ならな」

 ミッシェルとアレフの説明に、何かを思い出したのかライドウと明彦が胃の辺りを押さえる。

「考えてみれば、この世界じゃ知り合いもいないからな」
「寂し〜いね〜。ボクなんかちゃんと雅があちらのボクとこちらのボク、二人分本命もらったよ」
「それはそれで大変そうだが…」
「あ、いたいた!」

 そこで甲高い声と一緒に足音が駆け寄ってくる。

「お、あかりじゃん。モテる男は罪だよね…」
「はいこれこの間のお礼!」

 顔見知りのミッシェルをあっさりスルーして、あかりがアレフとライドウにラッピングされた包みを渡す。
 だが、どう見てもライドウのもらった包みの方が一回り以上大きかった。

「ちゃんと食べてね。それじゃ!」

 少し顔を赤くしながら、あかりが猛ダッシュで去っていく。
 ポージングしたまま硬直しているミッシェルを無視して、男四人が包みの大きさを見比べる。

「この差の要因は?」
「義理か本命かだろうな」
「つまりどちらにより好意をもっているかの差異という事だ」
「プラフかヒットかの差か」
「いや、そこまであからさまに言わなくても……」

 なお、まだミッシェルは硬直していた。



『はい情人!』

 満面の笑みでダブルリサがダブル達哉に全長が1mを超えようかという物体が乗った皿を差し出す。
 よく見ればそれは片面にチョココーティングしたのりしおポテチを、芸術的な構成で積み重ねたタワーだった。

「………リサ」
「……これはどうやって食えば」
「情人甘い物苦手だから、ちゃんとビターで作ったから♪」
「さ、遠慮せずに♪」

 迫ってくるタワーに、二人の達哉は引きつった顔で密かな恐怖を味わっていた。



「はい藤堂君」
「Nao、これを」
「あ。ああそういえばバレンタインだっけ」

 麻希とエリーから差し出された包みを、尚也が素直に受け取る。

「あとでいただくよ」
「出来れば、すぐに感想もらいたいな」
「Yes、同感ですわ」
「いや、今ちょっと忙しく…」

 言葉の途中で、尚也の背中に悪寒が走る。
 麻希とエリーの顔は笑顔のままだが、なぜかそこはかとなく殺気が篭っていた。

「じ、じゃあせっかくだからいただこうかな〜」
「それで」
「どっちから?」
「……え?」

 どちらからにしようかと思っていた所で、二人が問う。
 ちなみにその二人の背後では、アルカナカードも無しに召喚されたペルソナが互いを睨み付けている。
 なお、不穏な空気を察して先程までその場にいた人間達はすでに全員逃げ出していた。

「ど、どっちもおいしそうだな〜………」
「腕によりをかけましたわ」
「ここまで本格的に作ったのは高校以来かな?」
(そういえば、この世界だとオレ外界の崩壊に巻き込まれていないんだよな?)

 今思いついた事が何か致命的な事に思いつつ、二つのチョコを同時に手に取る。

「まさか、一緒に食べるなんて事しないよね?」
「それではTasteがmixされてしまいますわ」

 二人のペルソナがつかみ合いからの千日戦争状態に突入する中、尚也はかつてパンドラと闘った時以上の恐怖を味わっていた。



「はいまだもらってない人こっちね〜」
「一人一個よ」
「そこ、そんな哀れそうな目で見ない!」

 ワゴンに山盛りにされた包装済みチョコを、舞耶、アルジラ、たまき、ヒロコが配るというかばら撒いていく。

「スラムの最下層民への配給を思い出す光景ね」
「そこまでひどい?」
「まあ似たような物だし」
「そんなに大事なの、これが?」

 ありがたそうにチョコをもらっていく男達を見ながら、アルジラは首を傾げる。

「物はともかく、もらえるってのが大事なのよ」
「飢えてもいないのにあそこまで欲しがるのはさすがに理解できない所があるわね」
「衣食足りれば、別のが飢える物よ。特に今日はね」
「そう言えば、アルジラは本命あげたい人とかいないの?」

 舞耶の何気ない一言に、アルジラの手が止まる。

「いる……事はいるけど、どこにいるのか……」
「あ、ゴメン……」
「ううん、ヒートがいたんだから、きっとサーフもどこかで生きてる。そう思ってるから」

 どこか気まずい空気が漂う中、チョコはワゴンからほとんど姿を消す。

「大丈夫、あちこちに飛んじゃった人達も集まってきてるんだし、きっとどこかで会えるわよ」
「……そうね」
「どいつもこいつも、しぶとい連中ばかりだしね」
「私達も、でしょ」
「その通り! レッツポジティブシンキング!」

 声を上げる舞耶に、アルジラも僅かだか笑みを浮かべる。
 ふとそこで一つだけ残ったチョコをアルジラは自分のポケットへとそっと突っ込む。
 いつか、渡せる日が来ると信じて………






感想、その他あればお願いします。


小説トップへ
INDEX


Copyright(c) 2004 all rights reserved.