バレンタインの変・无



バレンタインの変・无




@十字架 瑠璃香の場合

『これ……受け取ってもらえる?』
『え……でも……』
『お願い……受け取ってもらえないと私……』

「あ〜………」

 バレンタイン書き下ろし4コマの2コマ目で、瑠璃香の頭がその場に崩れ落ちる。

「なんつうか、めんどい」
「そんな事言わないで下さいよ。連載陣全員で書くって決まったんですから」
「つってもよ〜」

 担当編集の潤が困り顔で呟くが、瑠璃香は仕事用机に突っ伏したままだった。

「え〜と、学生時代の経験とか」
「こんなまどろっこしい事してねえよ……そういや、逆チョコとか言って渡しに来た奴が可愛い顔してたからそのまま体育準備室に…」
「……そのネタ、描きませんよね?」
「ボツにされっだろが」
「無論です」
「う〜……」

 きっぱりと言われ、瑠璃香が突っ伏したままうめく。

「後残ってるの瑠璃香さんと二砦先生だけなんですし………」
「あん人は仕事遅いけど、きっちりやっからな〜。さすが御大って奴か」
「あ、今アップされました」

 掲載予定の本誌webサイトにアップされたのを携帯電話で確認した潤が、ゆっくりと睨むような視線を瑠璃香へと向ける。

「あ〜、分かった。分かったって」
「ちゃんと考えてくださいね。4コマでも適当に描くと編集長うるさいですから」
「でも4コマなんて描いた事ねえし」
「え? そうなんですか?」
「う〜、どこかにネタねえか………」

 頭を抱えてうなる瑠璃香だったが、ふとそこで何かを思い出して机の下をまさぐる。

「そういやこれ」
「? なんですかこれ?」
「バレンタインチョコ」
「ええ!? オレに!?」

 手渡されたキレイにラッピングされた物体を、潤は信じられないような顔で受け取る。

「あ、開けてみていいですか?」
「別に構わねえけど。ま、知り合いに頼んで作ってもらった奴だけどよ」
「へ〜」

 ラッピングを解き、箱の中から現れた義理とは思えない大きさのハートチョコに潤が感激を覚えようとした所で、違和感に気付く。

「……なんか薬臭くありませんかこれ?」
「あ? 安心しな。毒は入ってねえはずだ」
「毒は?」

 何か不安を感じた所で、ふと箱の中に何か一枚の紙切れが入っている事に潤は気付いた。取り出したそれは、処方箋レシピ表と冒頭に書かれ、その下に膨大な材料名が書かれていた。

「マムシ、スッポン、マカ、サソリにニンニク、自然薯に亜鉛、ジンジャー………何かどれも一つの共通事項がありませんか?」
「あ? 効果第一でって頼んだからな。アドルのメディカルスタッフにそういうのが得意な奴がいてな、味は案外普通だって言ってたぞ」
「いや、それ以前にこんなん食ったら………」
「ホワイトデーとかはいらねえから。その前に返してもらうし、体で」

 そう言いながら、瑠璃香の目が獲物を狙うような目になり、その口元には危険な笑みが浮かぶ。

「あ、あのその前に締め切り……」
「お、いいネタが浮かんだ! すぐに描くからそれ食って待ってろ」

 そう言いながらペンを走らせ始めた瑠璃香の後ろで、潤は手の中の危険なチョコをどうするべきか真剣に悩んでいた………



Aネミッサの場合

「はい八雲♪」

 ネミッサが満面の笑顔で突き出してきた箱を、八雲は怪訝な顔で見つめる。

「どこからだ?」
「ん? ムラマサさんから。メアリちゃんやアリサちゃん達がいっぱい作ってみんなにばら撒いてるのとは別」
「お前がバレンタインチョコなんて、どういう風の吹き回し……」

 そこで八雲は受け取った箱の包装が乱雑に歪み、重量配分もおかしい事に気付いて無言で箱を開ける。

「………ネミッサ」
「え〜と、おいしかったよ♪」

 すでに中身が半分以上食い尽くされている惨状に、八雲の視線が生ぬるくネミッサを睨んだ。

「そういや、前もスプーキーズの分って言ってオレの金で大入り買ってきて半分以上食いやがったよな」
「そんな事あったっけ?」
「その後、瞳が必死に運動してた理由考えろ……」
「いいじゃんいいじゃん、八雲他にももらうし。メアリちゃんとアリサちゃんとカチーヤちゃんも八雲の分は別に作ってたっけ。結構おいしそうだったよ」
「………狙ってるだろ」

 数時間後、八雲の予想通りに八雲のチョコを勝手につまみ食いしてるネミッサの姿があった。

「……太るぞ」
「ネミッサ悪魔だからダイエットとか関係ないも〜ん」
「…………」



B周防 克哉の場合

「そのナッツのローストを頼む」
「ああ、マジパンの仕上げは終わった」
「かれこれケーキ作りも久しぶりだな……」
「僕もだ」

 珠阯レ警察署(仮)の臨時調理室で、こちら側と向こう側の二人の克哉が協力してチョコケーキ作りに勤しんでいた。

「分量は厳守してくれ。シバルバーから供給される物資には限度がある」
「分かった。ただこちらでも逆チョコはあまり流行らなかったが………」

 克哉警部補から逆チョコの件を聞いた克哉署長が、婦警達が中心となって開いているバレンタインパーティーの景品としてのケーキ提供の申し出は、多くの賛同と衝撃を持って受け入れられていた。

「ところで、先程から視線を感じるのだが………」
「チョコケーキが待ち遠しいんだろう」

 パーティー会場の方や通路、窓や物陰からたまに感じる、まるで獲物を狙う獣のような視線に克哉警部補はなぜか薄ら寒い物を感じていた。
 射るような視線を向けてくる婦人警官(及び若干の男性警官・多分甘党)達に引きつった笑みを返しながら、二人の克哉が手際よくケーキを仕上げていく。

「克哉〜」
「克哉さん、出来た?」

 漂ってくる甘い匂いに誘われたのか、ピクシーと舞耶が様子を見に来る。

「ああ、もう少しだ」
「それまで待っててくれ」
「おいしそう〜」
「味見していい?」
「切れ端の余りでよければ」

 ピクシーが返答よりも早いか切れ端にココアクリームを塗った物にかぶりつき、舞耶もそれを口に入れる。

「おいしいね〜舞耶」
「そうね〜」

 ふとそこで、こちらを見ていた視線がなぜか殺気を帯びてきている事に克哉警部補は気付くが、あえて口には出さない。

「よし、完成だ」
「運ぶとしよう。ビンゴの準備は」
「OKよ。なんかみんな張り切ってたわ」
「当たったら舞耶と半分こするんだ〜」
「いや、さすがに1ホール丸でというわけでは………」

 なお、完成したケーキ丸ごと進呈権をめぐり、凄まじく殺気立ったビンゴ大会が行われたのはそれから15分後の事だった………






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