バレンタインの変・Ⅵ

バレンタインの変・Ⅵ

「あの、啓人さん……これを……」
「あ、うん。ありがとう」

　アイギスの差し出したハート型の包みを、啓人はやや困惑しながら受け取る。

「思いを込めて鋳造しました」
「ちゅう………」

　不穏な言葉にやや引きながらも、じっとこちらを見てくるアイギスに、啓人は返答に困っていた。

「ところでアイギス」
「何でありますか？」
「この木、何？」
「アリサさんから、伝説の木の下で渡すと効果的と教えられました」
「なんか、葉っぱがピンクなんだけど………」

　どこから持ち込んだのか、見た事も無い色合いの大木が業魔殿の上部デッキにドカンと立っている。
　あまりにも、違和感という名の存在感に満ち満ち溢れていた。

「え～と、どこから？」
「エリーさんと麻希さんに相談したらどこかから持ってきてくれました。この下でなら確実に記録されるそうです」
「ああ。そうなんだ……」
「と、いけません。この後に他の人も使うそうなので」
「あれか………」

　デッキに通じるドアの影から、リサやエリーが早くどいてほしそうな殺気のこもった視線でこちらを睨んでいるのに啓人は顔を引きつらせる。

「持ち時間は一人五分なので、そろそろ撤退であります」
「なんていうか……いや、どうでもいい………」

　突っ込む気力すら萎えた啓人がアイギスとその場を去ろうとした時、突然横から二つの人影が飛び出してくる。

「ヒャッハー、汚物は消毒だ～！」
「燃やせぇ～！」

　白地に目の縁に炎のような文様が描かれ、額に〈しっと〉と刻まれたマスクを被った二つの人影は、その手にマガタマと召喚機を構える。

「修二さんと順平さんでありますね」
「……何やってんの二人とも」
「違う！　今のオレはこの非常時にいちゃついている者達を裁くための嫉妬修羅一号！」
「こんな所で勝手に作られたフラグポイントを破壊するために参上した嫉妬修羅二号！」
『それでは早速…』
「ヴィーナス！」『フォーミーラバー！』
「ミカエル！」『ヒエロスグリュペイン！』

　伝説の木（模造）に嫉妬修羅一号・二号が己達の能力で着火しようとした所で、リサとエリーのペルソナが二人を吹き飛ばす。

「おぎゃあ～！」
「のわぁあ～！」
「悪いけど、後にしてくれない？」
「Ｏｈ、Ｃｈｏｃｏｌａｔｅなら今ｋｉｔｃｈｅｎで大量生産中ですわ」
「思いっきり義理じゃねえか！」
「本命なんてもらった事ねえよ！」
「馬鹿野郎、オレなんか去年千晶が勇と分けてってチロルチョコの詰め合せだったぞ！　いっぱい種類あって楽しめるでしょう、なんて本気で言ってやがった！」
『だからこそ、こんなフラグポイントは燃やす事にした！』
『絶対させない！』

　かくして伝説の木（模造）を巡り、壮絶な死闘が開始される。

「啓人さん、どうしたらいいでありましょうか？　どちらかに加勢しますか？」
「いやなんかもう…………どうでもいい…………」

　見なかった事にして、啓人はアイギスと共にその場を離れる事にした。

「なんか騒がしくねえか？」
「みんな殺気立ってるし………」
「２月１４日だからな………」

　上の方から響いてくる振動に、パオフゥとうららが首を傾げる中、八雲はボソリと呟きながらキーボードを高速タイピングしてデータを入力していく。

「なるほど、バレンタイデーか。学生連中が騒がしくなる訳だ」
「そういえばそうだっけ。パオ。ひと段落したらコンビニで買ってくるね」
「いらねえから、こっち早くすまそうぜ………」

　未だ山とある資料をどうにか片付けようと悪戦苦闘する中、ふと室内に咀嚼音が響く。

「……おい何食ってやがる」
「チョコだが」

　片手で高速タイピングをしながら、八雲がかたわらに置かれたハート型の箱から手作りと思われるトリュフチョコを貪っている。

「あ、さっきメアリちゃんとアリサちゃんが持ってきてたっけ」
「しっかりもらってんのか」
「パオにも後でちゃんと買ってきてあげるから」

　うららが思わず苦笑した時、突然八雲の操作していたＰＣの画面が光り、そこからネミッサが飛び出してくる。

「おわっ！？　急に出てくるな！　負荷がかかる！」
「八雲～、はいバレンタインチョコ」

　八雲の文句を一切聞かず、ネミッサがやけに大きなハートチョコを突き出してくる。

「わあすごい」
「どっから持ってきたんだか……」
「………」

　うららが驚き、パオフゥが呆れる中、八雲は無言でポケットから小さなリモコンのような物を取り出すと、ネミッサの突き出したハートチョコへと向けてスイッチを押した。
　すると、突然チョコは無数のブロックのようになったかと思うと、虚空へと消失していく。

「え……？」
「なんだそりゃ？」
「……こいつは消去プログラムの簡易型照射装置だ。ネミッサ、お前けちってネットデータ持ってきやがったな………」
「あ～、せっかく一番おいしそうなの持ってきたのに！」
「食えるか！」

　八雲が怒鳴り返す中、ネミッサはむきになって反論する。

「は～い頑張ってる～？　義理チョコの配給よ～」

　そこへどこから用意したのか、メイド服姿の舞耶がカートを押して室内に入ってくる。

「マーヤ、そういう事は堂々と言わない方が……」
「そお？　あ、八雲さんはさっきメアリちゃん達にもらってたから無しね」
「今スカをつかまされたとこだがな………」

　八雲はパオフゥとうららに配られていくプチチョコケーキを横目で見つつ、自分の分を瞬時に食い尽くして更に手を伸ばそうとするネミッサの首根っこを引っつかんで押さえる。
　ちなみにその頃、上部デッキではなぜかアルジラとイシュキックも加わって嫉妬修羅一号二号は叩きのめされていた。

その日の夜

「八雲さんこれ……遅くなりましたけど」
「おう、ありがとう」

　伝説の木（模造）の下で、カチーヤから手渡されたチョコを八雲は受け取っていた。

「ところで一つ聞きたいんだが」
「何でしょうか？」
「なんでこここんなに荒れてるんだ？」

　まるで大規模戦闘でもあったかのように、あちこち破壊され、伝説の木（模造）も一部焦げたり欠けたりしてる状況に八雲は首を傾げる。

「なんでも、修二さんと順平さんが倒された後、順番待ちを賭けてちょっともめたみたいです」
「何やってやがるんだか………」
「皆さんが終わった後だったんで、こんなに遅くなってしまって……」
「これにつき合わないだけ利口だろ。仕事しながら食わせてもらう」
「そうしてください」

　微笑むカチーヤにつられるように、八雲は笑みを返した………

　翌日、もらったチョコの個数を巡って男性陣の意味不明な争いがあった事はまた別の話。

終

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