バレンタインの変・施分



バレンタインの変・施分



「え〜と、温度はこれくらいかな?」
「ミルクも温めておくね」
「これおいしいですぅ〜」
「ユーリィ食べちゃダメだって! あとでちゃんとあげるから!」

 食堂の方から漂ってくる甘い匂いとにぎやかな声に、前を通りかかったバルクホルンは何事かと中を覗き込む。

「何をしている?」
「あ、バルクホルンさん。今みんなでちょこれーとを作ってるんです。何でも、この時代だと2月14日のばれんたいんでーにはちょこれーとを配るのが風習だってユナさんが」
「そうなのか? バレンタインには夫が妻に花を贈る物だが」
「へ〜、変わってるのね。男どもにちょっと凝ったチョコ送ると、何倍にもなって返ってくるもんよ?」
「それは舞ちゃんくらいだって………」

 ちょっと歪んだ舞のバレンタインに、ユナが困った顔をするが、そこでバルクホルンは再度首を傾げる。

「それにしても、今この船には男は乗ってないはずだぞ?」
「お世話になった人とか友達とかにも送るそうです。ちゃんとバルクホルンさんの分もありますから」
「そうか。ルッキーニ少尉あたりがいたら大喜びしたろうな」
「案外どっかでもらってんじゃない? あと今聞いたんだけど、この時代だと女が好きな相手にチョコ送るんだってさ」

 どこから用意されたのか山と積み上げられたチョコの材料をユーリィとつまみ食いしていたハルトマンの一言に、バルクホルンの動きが止まる。

「……カールスラントとは逆なのだな」
「他にも義理チョコとか友チョコとか、色々あるってさ」
「よく分からん………」
「ゲルトさんも一緒にやる?」
「いや、お菓子作りはちょっと………」
「それで、ここでバラの花びらを入れて……」

 ふとそこで、ペリーヌがテーブルの端で何かの本を凝視しながら、色々変わった材料をチョコの中へと入れていた。

「ペリーヌさん、さっきから何見てるんです?」
「れ、レシピ本ですわ!?」

 リーネが声をかけると、なぜかペリーヌはやたらと狼狽して見ていた本を背後へと隠す。

「何かおいしい作り方が書いてあったら、私にも見せてください」
「私もお願いします」
「いえ、これはその………」

 芳佳とエグゼリカの問いかけに更にペリーヌは狼狽し、後ろ手にしていた本が床へとこぼれ落ちる。

「何々?《魔女のおまじない百科》?」
「著 香坂・ピエレッテ?」
「はう!?」

 何気にそれを拾ったミキとミドリが、その古びた表紙と著者名に首を傾げる。

「あの、エリカさんが書庫から出てきたからってもらいまして………」
「クロステルマン中尉、自分で自分の書いた本を読んでいたのか?」
「いえ、私はこういうのを教わる前にお婆様が亡くなりまして………」
「あ、それはすまない………」
「で、一体何を……」

 バルクホルンの問いで少し空気が気まずくなる中、ミキが栞が挟んであったページを開く。

「……意中の相手に自分だけを見つめさせるおまじない?」

 その一言に、ユナとリーネの目が鋭い光を帯びる。

「あはははは、それ坂本少佐に食べさせる気だったんだ」
「べ、別に他意はありませんわよ!?」
「まったく、ウイッチ相手に効くのかすらも…」
「これを使えばポリリーナ様が………」
「これを使えば芳佳ちゃんが………」

 ハルトマンが笑い出し、バルクホルンが呆れた声を出そうするが、その時ユナとリーネがブツブツと何か呟きながら食い入るようにそのおまじない百科を凝視していた。

「ねえねえ、食べさせた相手を奴隷にするのとか無い? そうしたら彼氏作りたい放題よね〜」
「確か相手が言う事を聞きやすくなるのでしたら………」
「他にも色々書いてるわね」
「何でも、こちらの香坂・ピエレッテ女史は晩年、こういう子供向けのおまじない本を多く書いていたそうですわ」
「ウイッチの老後か。なるほど、そういうのもあるのか………」
「材料がハチミツ、バラの花びら、ハーブに自分の髪の毛、それと×××を」
「そんな物どこから用意する気だ?」

 途中から怪しげな材料が混じるのをバルクホルンは呆れて聞きながらその場を後にする。
……なお、相手が言う事を聞きやすくなるおまじないを密かに施したチョコをハルトマンから貰うのは、翌日の事だった。




「え〜と、温度はこれくらい?」
「あ!? お湯が入っちゃいました!?」
「取って取って!」
「何やってんだお前ら?」

 攻龍の厨房から漂う甘い匂いと姦しい声に、冬后は何事かと覗き込む。

「あ、冬后さん。今皆でバレンタインチョコ作ってるんです!」
「チョコって、そんな材料この船にあったか?」
「亜乃亜がひとっ飛びして買ってきました!」
「さっき偵察とかいってすげえスピードで飛んでったのはそれか………」
「エリューには内緒にしといてくださいね?」
「へ〜、どういう意味?」
「あ………」

 冬后の背後にいたエリューが凄みの聞いた笑顔で亜乃亜を睨みつける。

「RVをお使いに使うなんて……」
「あ、あはは。ちゃんとエリューにもあげるから」
「はいはい、温度ちゃんと見て。あ、そっちは混ぜすぎちゃダメ」
「こうカ?」
「そうそう、型の準備できてる?」

 お菓子作りが趣味のマドカの指示でウイットやスカイガールズが作業を進めていく中、意外な顔が混じっている事に冬后は気付いた。

「お、アイーシャとフェインティアもやってんのか?」
「うん」
「彼女に連れてこられたのよ。なんで私がこんな事」
「そこ、チョコは手際が命♪ てきぱきやって!」
「分かった」
「まったく………」
「マイスター、分離しかけてます」
「トリガーハートのプログラムにお菓子作りなんて入ってないのよ!」
「じゃあ入れてあげる?」
「止めといた方いいよ、マドカにいじらせたら何されるか………」
「うく、早く元の世界に帰りたい…………」

 涙目になりつつ、フェインティアは作業を続行した。


「は〜い、バレンタインチョコの配給に来ました!」
「………この有事に何をしていると思えば」
「まあいいではないか」

 カートにチョコクッキーやカップケーキを載せてやってきた面々に副長が顔をしかめるが、艦長がなだめてチョコ菓子がブリッジ内に配られていく。

「ありがとうございます」
「上手くできましたか?」
「マドカちゃんっておかし作りすごい上手なんですよ」
「機械だけでなく、そっちも出来るなんてすごいですね」
「あとで習っておこうかな?」
「レシピは聞いておきたいですね」

 七恵とたくみに音羽と可憐が手渡していく中、ふと音羽はある事を思い出す。

「そう言えば、アイーシャも渡したい人がいるって言ってたけど」
「え? 誰に?」
「さあ………周防さんとか?」
「でも、最初バレンタインって何って言ってましたけど………」
「クリスマスも知らなかったからね〜。ちゃんと理解してるのかな〜?」
「何か間違えてる可能性は大いに………」


 生まれて初めて自分で作った菓子を、アイーシャは無言で相手の前へと置く。
 その相手、フォトフレームの中で微笑んでいる、自分のもっとも敬愛する父親の前で、アイーシャは静かに黙祷していた。

「あんたのあげたい人って、それ?」
「うん」
「私にはよく分からないわね。すでにいない相手にあげるなんて」
「自分が一番好きな人や一番親しい人にあげる物だって音羽は言ってた」
「………だったらそういうのもあるのかもね」

 いまいち納得しきれないフェインティアの前に、アイーシャがもう一つのチョコを差し出す。

「……え? 私に?」
「うん」
「……………なんで?」
「仲間になってくれたお礼」

 困惑するフェインティアに、アイーシャはあっさりと言い放つ。

「なったと言うか、なるしかなかったって言うか……とりあえず、くれるならもらっとくわ」

 一応物は受け取りつつ、先程聞いた言葉からどう受け止めればいいかをフェインティアは真剣に悩んでいた。


「いっぱい作って正解ね」
「うん♪」

 食堂のテーブルの上、余った分をエリーゼとルッキーニが端から平らげている真っ最中だった。

「おいおい、あんまり食べると太るぞ」
「源さん、女の子はお菓子が主食だから、太らないよ〜だ」
「そうそう」
「じゃあ虫歯だな」

 料理長の一言に、二人の手が止まる。

「あははは、そう簡単になる物じゃないし、歯はちゃんと磨いてるし………」
「うじゅ〜、虫歯はイヤ〜」
「じゃああんまりいっぱい食べない事だな。たとえば寝る前とかに」
「何でしってるの!?」
「そりゃ寝る前に食料庫からこそこそお菓子持ち出してれば、やる事一つだろ。夕子先生は歯科専門じゃないから、麻酔して抜く事になるな」
『………』

 まだ大量に残っている菓子を前に、二人はすさまじい葛藤を味わう事となった。


「艦内がやけににぎやかだな」
「楽しそうでいい事だと思いますけど?」
「ちょっと騒ぎすぎという気もしますが」

 攻龍の後部甲板で貰ったチョコをかじりながら釣り糸を垂らしている冬后と、その隣でどこから持ってきたのかテーブルとイスを用意して紅茶を飲みながら同じくチョコをかじっているミーナに、瑛花はどういう態度を取ればいいのか分からず困惑した顔をしていた。

「ま、騒げる時に騒がせとけ。今後どうなるか分かんねえからな」
「そうですね、今の内に親睦を深めておくのもいいでしょう」
「はあ……」

 二人の佐官の言葉に、瑛花は曖昧な返事を返す。
 ふとそこで、ミーナが用意しておいたテーブルにクッキーが幾つかの小皿に分けておいてあるのに気付く。

「あの、なんでそんなに」
「あら、ちょっとしたおまじないみたいな物ね。用意しておいたら、他の仲間も来るかもしれない、って思って」
「はあ………」

 そう言いながらミーナがカップを置いた隣に、手をつけられてないチョコと湯のみが置いてある。
 それが誰かにあげるために用意したものだと瑛花は気付くが、あえて口には出さない。

「まったく、大丈夫なのかしらね……」
「隊長なら、もっと部下を信用してやる事だな。お、かかった!」


「えと、その、サ、サーニャ、これ………」

 赤面しつつ震えながら、エイラは一際大きいカップケーキを差し出す。

「ありがとうエイラ」

 満面の笑みでそれを受け取ったサーニャが代わりにとやたらと丁寧に作られたチョコクッキーを差し出す。

「これは私から」
「あ、ありがとう!」

 飛び上がらんばかりの嬉しさを滲み出させながら、エイラがそれを受け取る。
 その様子を、影からじっと見詰める人影があった。

「……なあ、あの二人、どう思う?」
「……前々からなんか怪しいとは思っとったけど、あれはどう見ても……」

 嵐子と晴子が何かを確信しながら、影で囁きあう。

「ルッキーニが言ってたんだけど、部隊内でやたらと仲のいいウイッチが何人かいるらしいぜ」
「それってデキてるって事じゃ…」
「かもしれん」

 遼平が仕入れてきた情報に、三人の喉が思わず鳴る。
 そしてまた三人はまたこっそりとエイラとサーニャの様子を伺う。
 二人はそんな事お構い無しに、互いのチョコを分け合っている最中だった。

「なあ、もしあんなのが他にも来たら、どうする?」
「どうする言うても………」
「なるようにしかならんやろ」
「せやな〜。バレンタインの悪夢という事で見なかった事にしよや」
「そやそや」
「おいおい」

 何か釈然としない遼平を置いて、嵐子と晴子はその場を後にし、遼平も慌てて二人を追う。
 そして、静かに甘い時間だけがその場に残されていた………

2月14日 大切な人に思いをこめて…………







感想、その他あればお願いします。


小説トップへ
INDEX


Copyright(c) 2004 all rights reserved.