まだ僅かに雪の残る市内の公園で、静かに追悼の式典が行われていた。 僅かな参列者は、皆無言で祭壇に献花を済ませ、涙を浮かべる。 中には声を詰まらせ、号泣し始める者すらいた。 追悼の鐘が鳴らされ、何時までも泣き声がその場に響く。 いつ終わるともなく続く式典は、唐突に終幕を告げた。 「…………何をしている」 桜の大紋の下に特別警備班と書かれたワッペンを腕につけた達哉が、追悼式典を行っていた三人に冷め切った視線を投げかけていた。 「見れば分かるだろうが。故人を偲んで追悼している」 胸を張る修二が、祭壇を指差す。 ありあわせらしいが無駄にでかい祭壇の中央、どこかから持ってきたらしい中世くらいの画風の男性司祭の絵を無理やり拡大印刷した物が鎮座している。 「今日は愛する二人を結ぶ事にその生涯をかけたあのバレンタイン司祭の命日だぜ。その偉大なる業績を称えて…」 「それをここでやる意味があるのかしら?」 自警団・第一班長の腕章をつけたたまきが、説明を始める順平を一切目が笑っていない笑顔で見つめる。 「故人の命日に追悼を行う。何も問題は無いと思うんだが?」 「うん、ここがこの街一番の待ち合わせスポットだって事を除けばね」 平然と言い放つアンソニーに向かい、たまきが自分達の後ろ、若者やカップルが遠巻きに覗く、夢崎区中央歩行者天国を。 「だからこそ! この偉大なる聖人を偲び、現在はびこる2月14日の謝った認識を正そうと…」 修二の力説が、途中で銃声によって途切れる。 遠めに見ていた野次馬から僅かな悲鳴が洩れるが、撃たれたはずの修二が即座に立ち上がった事にそれ以上の混乱は起こらなかった。 「いきなりなにしやがる!」 「悪魔化してるならこんなの平気でしょ? 通常弾だし」 胸のど真ん中から少しばかり血をにじませた修二が、硝煙がたなびいている銃口を向けたままのたまきに詰め寄る。 「ここでの無許可の催し物は道交法と市条例双方で禁止されている。直ぐに撤去してくれ」 冷め切った視線と表情のまま告げる達哉に、三人は反論もせずに無言で祭壇に取り掛かる、ように見えた。 「ふふふ、そんな事は予測済みだ!」 「準備はいいな!」 「おうよ!」 順平とアンソニーが祭壇をどけると、なぜかそこに大量の薪や紙束が用意してあり、祭壇の遺影の向こうにはでかい十字架が用意されていた。 そして三人は隠し持っていた白地に目の縁に炎のような文様が描かれ、額に〈しっと〉と刻まれたマスクを被る。 全部被る前に修二はマガタマ・ゲヘナ(※火炎吸収スキルあり)を飲み込み、自らその十字架にしがみ付く。 「トリスメギストス!」『アギダイン!』 そこへ順平が己のペルソナで十字架の下にあった可燃物に着火、十字架は見る間に炎へと包まれていく。 「バレンタインはんた~い!!」 『バレンタインはんた~い!!』 十字架に貼り付けられたかのようにしがみついた修二が炎に包まれながら(マガタマのお陰でまったくダメージは無いが)叫び、順平とアンソニーも呼応して叫ぶ。 「きゃ~~!!」「うわあ、なんだありゃ!」 『バレンタインはんた~い!!』 いきなりの火刑に、周辺にいた野次馬がパニックになり、それをほくそ笑みながら三人は更にバレンタイン反対を叫ぶ。 『バレンタインはんた~い! バレンタインはんた~い!!』 「…………」 調子に乗って更に火力を高め、業火の中でポージングする人修羅とその前で踊り始める二人に、たまきが無言で青筋を浮かべつつ、ゆっくりと雷神剣を鞘から抜き放つ。 「待った」 「止めないで達哉君。すぐに済むから」 「刃傷沙汰は兄さんに問い詰められる。だからオレが。アポロ」『ノヴァサイザー!』 『おぎゃ~!!』 達哉が呼び出したペルソナが、強烈な核熱魔法を拳で叩き込み、一撃で火刑台が吹き飛んで三人が宙に舞う。 「あぢぢぢ、なんちゅう強烈な………」 「うう、屈してなる物か………」 「デモニカ着てくるんだった………」 地に倒れ付して呻く三人の前に、雷神剣の切っ先が路面へと突き刺さる。 『ひっ!』 「片付けなさい、三人で、今すぐ。OK?」 何時呼び出したのか、たまきが仲魔達と三人を取り囲み、明らかに殺気立った様子に三人がものすごい勢いで首を縦に振る。 「開始!」『はいいぃ!』 「以上です」 「……まあこんな状況だから不穏な行動をする人間は出るだろうが、もうちょっとこう……」 弟から事の顛末を聞いた克哉が、呆れ果てたため息を漏らす。 「で、当の実行犯は今どこに?」 「片付けが終わった後、たまきさんが引っ張っていきました。強制ボランティアだそうだ」 「後は彼女に任せておけばいいだろう。報告書は後で頼む」 「了解」 報告を済ませた達哉が退室した後、克哉はたまり気味の事務仕事に再度取り掛かる。 「克哉~」「克哉さん、お邪魔しま~っす」 そこに、手に何か包みを持ったピクシーと舞耶が姿を現す。 『はい、バレンタインチョコ♪』 「ああ、ありがとう」 二人一緒に渡された包みを、克哉は笑顔で受け取る。 「そう言えば、夢崎区の騒動聞いた?」 「今達哉から報告を聞いた」 「あの人達、すっかり有名だよ? ほっといていいの?」 「構わん」 舞耶とピクシーの質問に克哉は即答。 「市民の一部から苦情が出てるって情報があるわよ? ウチの編集長なんて嬉々として記事にしたがってるし」 「子供達のウワサになってるよ? コイビトが増える時期に出てくる変人がいるって」 「騒動は起こしてるが、実害が出ているわけじゃない。何より、あれほど明確に馬鹿な行動を行う者がいれば、それ以上馬鹿な行動は起こしにくくなる」 「確かにアレの同類とは思われたくないわよね~」 「うんうん」 「笑われ役を買ってでてるんだ、利用しない手は無い」 「あははは、克哉さん結構ひどいわね」 「いいんじゃないの? 勝手にやってるんだから」 笑いながら何故か自分達で持ってきたチョコを勝手に開けてつまんでいる二人を前に、克哉もチョコに指を伸ばしつつ再度事務仕事へと取り掛かった……… 終 |
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