バレンタインの変・奈院



バレンタインの変・奈院




その1

「そうか………すまないがそのままで、いや生関係は冷蔵庫に。………第三給湯室に新しい冷蔵庫が……すでに溢れている? なんなら少しくらいそっちで処分しても、ああルイスが吊られて出てきたら確保しておいてくれ」

 何か長電話していたイーシャが電話を切ると、大きくため息を吐き出す。

「どうかしたんですか?」
「いや、毎年の恒例行事でな」
「バレンタインか」

 やけに疲れた顔をしているイーシャに、空と陸が声を掛けると、イーシャは傍らに置いておいたOIUユニットの画面にある画像を映し出す。
 そこには、どこかのオフィスと思われる場所と、色とりどりにラッピングされた大小様々なチョコと思われる物体で埋め尽くされたデスクが表示されていた。

「……これって」
「私のデスクだ。出張中だと知って普段渡せない者達も持ってきているらしい」
「モテるな」
「一応私はノーマルだ。毎年困っているのだが、この量は予想以上だ………」
「あ、また誰か持ってきましたよ」

 リアルタイムで表示されるイーシャのデスクには、一人、また一人、場合によっては集団で自前のチョコを持ってくる女性陣(若干男性もいたが)の姿が映し出されていく。

「前に一度、欲しい人間がいたら持っていっていいと言ったら、持っていった男性が何人か闇討ちにあってな………」
「どんなOL雇ってんだ、スクエアカンパニーは」

 陸が呆れる中、画面にはこっそり何個か持っていこうとした男性社員が、どこかから湧いてきた女性社員に袋叩きにされていた。

「ボクもそれなりに貰った覚えはありますけど、こんな光景はちょっと覚えが………」
「言うな、どうにも社内に私のファンクラブが複数あるらしいのだが、機密性が高すぎて実態が把握できんのだ」
「そりゃそうだろ。ようやく収まったか」

 画面内で女性数人がかりで首と足両方極めていた所を、他の社員が慌てて引き剥がしていく。
 後には、完全に白目を剥いた男性社員が床に伸びていた。

「………壮絶ですね」
「例年はここまでひどくないぞ」
「確かに当人がいればもう少し大人しいかもな」

 救護班らしい白衣姿の男達が白目を剥いている男性社員を搬送していく中、イーシャのデスクの両脇に何人かの女性社員がモップや警棒、更には防護盾や試作品の護身グッズを山と持ち出してチョコの警備を始める。

「………………え〜と」
「何も言うな、頼むから」
「面白い事にはなってきてるが」
「他人事だと思って………」

 ある種、異様な光景に空は二の句が告げず、陸は生ぬるい目で画面を見ながら、タバコを取り出して火をつける。
 なお、画面内では今度は何か土下座しながら直談判している若い男性社員が警備していた女性社員総出で追い出されていた。

(せめてユリだけでもいてくれれば………いやこっちの件が片付くまで無理か)
「そう言えば兄さん、母さんには?」
「急がなくていいとさ。ついでだから親父とご馳走でも食べてくると言ってた」
「何の話だ?」
「ああ、今日は母さんの誕生日なんですけど、さすがに帰るに帰れませんし」
「何かプレゼントでも贈ろうかと思って電話したら、無理しなくていいと言われた」
「親子仲が良好なのはいい事だな」

 取り留めの無い会話をしている中、画面内では溢れかえっているチョコのおこぼれをもらおうとする男性陣と、死守せんとする女性陣がにらみ合いを始めていた。

「そろそろ止めた方がいいんじゃないか?」
「残念ながら、今私がここに来ている事は社内機密扱いになっている。作戦に必要の無い連絡は入れられん」
「でもこれは………」

 画面内ではチョコをかけて、オフィス用品や護身グッズが飛び交い始めている状況に、空の顔が引き攣り始めていた。

「………直接は無理だが、本部に残っている仲間に連絡を入れておこう」
「いや、もう動いたようだが」
「そりゃ、こんだけ騒ぎになれば………」

 画面内では、なぜかビル内全部署の女性陣有志がチョコを護りきり、そこに訪れた白衣姿の男女がしばらく呆然としていたが、持ってきた機材でイーシャのデスクを覆う簡易シェルターを構築し始めた。

「それで、あのチョコレートの山どうするんです?」
「正直、私にも分からん。厄介事が増えたな………」
「第三者、いっそ孤児院にでも寄付しておけ。そうすれば納得するだろう」
「だといいのだが………」

 少し後、チョコ保管用簡易シェルターが三つほど出来たとの連絡を貰ったイーシャが頭を抱え込む事となった………



その2

「できた」
「………え〜と」
「呪殺アイテム?」

 食堂の在庫やレーションからかき集めたチョコで順平に送るバレンタインチョコを完成させたチドリだったが、脇からそれを見たゆかりやカチーヤがあまりに前衛的なデザインに絶句する。

「ちゃんとハート型にしてみた」
「ハートじゃなくて、心臓なんだけど」
「ちゃんと二人をイメージしてある」
「これ、チドリさんと順平さんですか………」

 どのような技術を用いたのか、無駄すぎるほどにリアルな造形に、一組の男女を描いてある前衛芸術なチョコレートに、何と言えばいいのか分からず、ゆかりとカチーヤは口を濁す。

「渡してくる」
「う、うん。順平喜ぶよ、多分………」
「そ、そうですね………」

 てきぱきとラッピングしていくチドリを、頬を引き攣らせながら二人は見送る。
 どこにあったのか、やたらとファンシーなラッピングを施したチョコを手に、チドリは厨房の床に転がっている嫉妬修羅一号及び三号だった消し炭(※手作りチョコ製造を阻止しようとして返り討ち、一応まだ生きてる)を無造作に踏んづけて順平の下へと向かって行った。

「止めた方いいと思う?」
「一応、両思いなら問題ないんじゃないかと………」
「それもそうね。さて、この消し炭蘇生させないと」
「何かあってもここの住人になるだけだから問題ないって八雲さん言ってましたけど」
「問題ありすぎでしょ、それ………」

 なお、蘇生された嫉妬修羅一号および三号が順平への手作りチョコ贈与を阻止しようとして、再度消し炭にされた………



その3

「じゃあそっちの班は生地作り、そっちはクリーム泡立て、オーブンの準備はいい?」
「わあ、殻入った!」「これを細かくすればいいのだな。フン!」「あの、ミキサーがこっちに……」「これどう使うんです?」「つまみ食いは禁止ね」

 攻龍の厨房で、マドカの指揮の元で双方の交流の意味も込めたバレンタインスイーツ製作が行われていた。

「え〜と、ここでこちらには抹茶、こちらにはイチゴを」「芳佳ちゃん、型準備できたよ」「オーブンはこれでいいみたい」

 芳佳を中心としたウィッチ達が、見た事の無い調理機器に悪戦苦闘しながらも、手際よくカップチョコケーキの製作を勧めていく。

「それじゃあそっちお願いアル」「OK〜」「材料ちゃんと足りてる?」「分量は正しいはず……」

 麗美を中心とした光の戦士達が、中華風タルトを作っていく。ちなみに人員の半数以上はつまみ食いしようとするユーリィを隔離するのに回されていた。

「それじゃあそっちに混ぜてください。混ぜすぎないように」「わ、分かってます」「なんでわざわざ有機補給を作らなきゃいけないのよ」「まあまあ」「あ、あれ、こうでいいんだよね」

 タクミの指示の元、ソニックダイバー隊、トリガーハート合同でクッキー製作が勧められていく。
 全員がかなり怪しい手つきのため、タクミは心配そうにその様子を見つめていた。

「ようし、あとちょっと」「これ入れすぎじゃない?」「飾りつけはこんな感じで」「……まだ出来ない?」

 総指揮をしているマドカから渡されたレシピを元に、Gメンバー達はチョコレートムース作りに精を出していた。
 なお、手伝いながらもまばたきもせずに完成を待っているティタに全員が最大限の注意をせざるを得なかった。

「こちらウイッチ班、もう直焼き上がります」
「……こちら光班、そろそろ完成」
「こちらスカイソニック班、ミッション達成にはしばし猶予を」
「こちらオトメ班、現在の所問題ないよ〜」

 各班の進行状況を武装神姫達が報告する中、一応着々とバレンタインスイーツは完成していった。

「あら、いい匂いね」「こちらの準備は出来てますわよ」

 厨房に入ってきたミーナとエリカが、ミーナ発案の交流お茶会の準備が出来た事を知らせつつ、完成したバレンタインスイーツを見回していく。

「それじゃあ、各班完成した物を持って会場へ移動〜」
「上手く出来てるといいんですけど」「芳佳は料理上手いから大丈夫アル」「こちらはちょっと不安が………」「ティタ、まだ食べたらダメだからね?」

 各班リーダー達が色々言いながら、会場へとバレンタインスイーツが運ばれていく。

「やっと来たですぅ〜♪」「ユーリィ、これはみんなで分けるんだからネ?」
「やっと食べる」「ティタ、ちょっと待った!」
「はい二人の分!」

 即座にバレンタインスイーツに襲い掛かろうとする食いしん坊二人の前に、マドカが用意しておいた破壊鉄球並の巨大なチョコトリュフを置く。

「おいしそうですぅ♪ いただきま〜す」
「いただく」
「さあみんな、あれが持ってる間に」
「………何秒持つかな〜」
「秒?」

 ユナがそこはかとなく不安な事を呟く中、用意されていたお茶を手に皆が完成したバレンタインスイーツを摘んでいく。

「うん、おいしい」「そうですか? よかった〜」「うお、これうめえ!」「ちょっと食べ過ぎ!」「お茶お代わりあるわよ」「いけない、あっちの二人がもうじき食べ終わるわ!」「追加!」

 攻龍のクルーや機械人達も加わり、和気藹々とお茶会は進んでいく。

「にぎやかになった物だな」
「そうですね。互いに仲がよいようなら、いい事だと思いますよ」

 姦しい状態にぽつりと呟いた副長に、そばにいた宮藤博士がそう言いながら微笑した。

「多分、今の内だろうからな」
「………やはりそう思いますか」

 互いに心中確信している事をそれ以上口に出さず、紅茶を口に含む。
 数分後、用意された巨大トリュフを食い尽くしたユーリィとティタによってお茶会はプチ地獄絵図と化した。



「………まさかアレで持たないなんて」
「ユーリィの食欲はすんごいだって」
「それじゃあ、残った材料使っちゃっていいんですね?」

 お茶会が終わった後、数人が再度厨房に集まり、残った材料で個人用の製作に取り掛かる。

「えへへ〜、ポリリーナ様にあげるんだ〜。芳佳ちゃんは?」
「リーネちゃんと坂本さんと、あとお父さんに」
「エイラの分……」
「お父様のを作ってなかった」
「ゴメン、全部ユーリィが食べちゃった………」
「温度はこれで」「………刻み終わりました」「入れるよ〜」「了解」

 その隣では、武装神姫達がそれぞれのマスターの分を小さい体で協力しながら作っている。
 やがて出来たチョコを手に、それぞれがそれぞれの相手の元へ向かっていく。
 心からの思いを込めて………




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