EYE and EDGE



2023年 アメリカ とある共同墓地

 沈痛な面持ちの者達が、一つの棺を取り囲んでいる。
 陰り始めた太陽が居並ぶ者達の表情を隠し、ただ静かにこれから地の中で永遠の眠りにつこうとしている棺を照らしていた。

「神と子と精霊の御名において、彼に安らかなる眠りが与えられん事を、アーメン」

 神父が祈りを捧げる中、棺がゆっくりと下げられていく。
 そして、スコップを手にした灰色の髪をしたやや筋肉質の青年が最初の土を棺へとかける。
 うつむいた青年の目には涙が溜まり、こぼれた雫が土と一緒に棺へと落ちる。
 彼を始めとして次々と土を掛けていく者達の半数が、警察の礼服に身を包んでいる。
 殉職を遂げた〈同僚〉の死を憂う者達を注意深く見れば、その中の何割かが指輪やネクタイピン、ピアスの中に六芒星のマークを刻んでいる。
 その紋様を持つ者達だけが、その今葬られている人物のもう一つの顔を知っていた。
 一番最初に土を掛けた青年の手首に嵌められているブレスレットにも、同じく六芒星のマークが刻まれている。
 他ならぬ、今埋葬されている人物から譲り受けたブレスレットだった。

「うう………」

 とうとう堪えきれなくなった青年の口から、嗚咽が漏れ始める。
 あちこちから同じように嗚咽が漏れる中、静かに、一人の人物が永遠の眠りへとついていった………



「正術師12=10《水晶の瞳》シルモンド・リガルド、召還の命により参上致しました」

 灯りが落とされ、暗闇が満たされた空間の中に、裾の長いロープを纏い、六芒星のブレスレットを嵌めた青年が片膝をつき、片手を拳にして床へとつけて頭を下げる。
 己の位階とマジックネームを告げると、その暗闇に淡い光が灯る。

「よく来た。正術師シルモンド」
「はい」

 その灯りの向こう側、同じようにロープ姿で顔もよく見えない、声から辛うじて男性と分かる相手が、青年=シルモンドに声を掛ける。

「なぜ召還されたか、多分もう分かっているだろう」
「………はい」

 沈痛な表情でしばし間を置き、シルモンドは応える。

「かねてより予定していた事だが、導師グレンの殉職により、予定が早まった」
「……私がいたら先輩は、いや導師グレンは」
「過去を嘆く事はいつでも出来る。重要なのは今、そして未来だ」
「はっ!」

 諭すロープの男の声に、シルモンドは頭を再度下げた。

「命ずる、《水晶の瞳》よ。今よりそなたは亡くなった導師《真なる風》の位階と任務を継承し、FBI特異事件捜査科へ出向せよ」
「身命を賭して、勤めさせていただきます。導師ルーフェ」

 フリーメーソン本部の大幹部を勤める己の上司に深々と頭を下げ、シルモンドは決意を新たにした。



三日後 アメリカ ワシントンDC FBI本部 特異事件捜査科オフィス

「本日付でこの特異事件捜査科に配属されました、シルモンド・リガルドです。よろしくお願い致します!」
「課長のキャサリン・レイルズよ。もっとも三日前になったばかりだけど」

 三十路になったかどうかのブロンドで眼鏡を掛けた知的そうな雰囲気の女性が、にこやかに手を差し出す。

「あなたね、先代課長が言ってた新人」
「ええ、先輩には駆け出しの頃随分と世話になりました。結局、恩を返せず仕舞いでしたが………」
「これからここで頑張れば、それで恩返しになると思うわ。それに人手不足も深刻でね」
「こっちもです。人手はなかなか増やせないのに事件は増える一方、上も下も苦労してます」
「どこも似たような物ね、警官も魔術師も」


 FBI特異事件捜査科、表向きは未解決事件の再捜査が目的で作られた部署だったが、その本当の目的は通常の捜査では解決できない異質な事件を解決するために作られた特殊部署。
 だが、ここ数年の異常なまでの科学技術の発展は、この部署の性質を大きく変えつつあった。
 常人には関与できない、非常識なまでの異常犯罪の捜査をするための部署へと。
 だが、決め手となる人材に欠けてもいた………


「ネツァーク ゼファー!」

 呪文を唱えると同時に、シルモンドは右手に嵌められたグローブ、そこに嵌められた瞳を模した水晶を前へとかざす。
 そこから噴出した蒼い炎が、常人には見えない〈闇〉を焼き払い、後には静寂がその場を訪れた。

「アテー マルクト ウェ ゲブラー ウェ ゲドラー ラ ルオラム アーメン」

 呪文と共に己の前で十字を切るカバラ十字と呼ばれる祈りを捧げ、残った邪気を完全に払う。

「もう大丈夫」
「被害者を運び出す手配ね。一体幾つあるのかしら……」

 物陰から顔を出したキャサリンが、足元に転がる死体に顔をしかめる。

「あのランクの悪魔に出来る所業じゃない………本命には逃げられたか?」
「誰よ、人の忠告無視して潜入捜査なんてさせたの? まだ息はあるけど………」

 一見して死体に見える男性の脈を確かめたキャサリンが、壮絶な表情のまま失神している男性に鎮静剤の無針アンプルを首筋に押し当てて投与する。

「それにしても本物呼び出すなんて随分と本式のサタニストね〜」
「一昔前はここまで術式整えても、そう簡単に呼び出せる物じゃなかったはずだが………」

 死体の散らばる広い部屋の中央、羊の頭部を持った悪魔の彫像と祭壇が奉られている本尊へと歩み寄ったシルモンドが、己の手に魔力を込めて一気に祭壇を破砕する。

「前の事件がもっと早く片付いていればね………」
「メーソンの正術師が三人病院送りにされた相手じゃ、そう簡単には片付く訳がない。人員の増強は前々から言ってはあるが………」
「ホント人手不足ね。なんで悪党は増えてくのかしら?」
「悪魔払いよりは犯罪の方が簡単なんだろう。オレも昔はそうだった………」

 遠くから聞こえてくるサイレンの音に、二人は重いため息を吐きながら、残務処理へと入っていった。



「ああ、スクールの人間を………ダメか。ミスカトニックもホグワーツも希望者だけは多いがな。おい、何かそっちが騒がしい………は? 精霊の暴走? そんな奴叩き出せ!」

 壮絶な破壊音と悲鳴をBGMに、電話が切れる。舌打ちしつつシルモンドは携帯のボタンを押した。

「新人育成、上手く行ってないみたいね」
「頭数だけは多いが、魔力はさっぱりの奴が多すぎる。このままじゃ過労死かもな」
「日本人じゃないんだから。この間言ってた人は?」
「本部のマジックウォリアーに持ってかれた。部隊増設に必要だと………」
「こっちも早く増設したいわね〜ミックもリズも過労で休んじゃったし」
「一課のロール課長と、三課のワイル班長もって聞いたな。とんでもない時代だ………」
「あんたも今日は帰りなさい。あんたまで休まれたらここは営業停止よ」
「了解。課長も無理しない程度に」
「後の始末は州警察の領分ね。もう一息したら帰るわ」

 伸びをしつつ、残った書類の片づけを始めたキャサリンに頭を下げつつ、シルモンドも自宅への帰路へとついた。
 鉄道を降り、自宅となっているアパートへととぼとぼと歩きながら、シルモンドは街を見る。
 常人には見えない、街を流れるエネルギーを観察していく。
 数日前に清めたはずの場所が、またよどみ始めているのに気づくと、気持ちが沈む。

(悪化が早過ぎる………このままでは、いずれオレの限界も………)

 重い足取りでアパートへと入り、自室の扉を開けた所でそこに先客がいる事に気付く。

「これは……!」

 そこには、一羽のフクロウがいた。
 ちゃんと戸締りをしていたはずの部屋になぜか入っていたフクロウに、シルモンドは一目でそれが何かを察した。
 慌てて駆け寄ったシルモンドは、そのフクロウの足に付けられている手紙を取り出して読み始める。

「導師ルーフェから!? だがこれは………」

 手紙には、短く人材の宛ありとの一文とあるタロットカードのパターンが書かれていた。

「剣、星、運命、そして正義………どういう事だ?」

 それをどう読むべきかを悩むシルモンドだったが、ふと手紙の裏にも何か書かれてるのに気付くとそれを裏返す。
 そこには、大きく五芒星が描かれていた。

「五芒星、クロイツか? いや、確かニホンにも五芒星を掲げる魔術師達がいたな。まさか、日本人? それ程の使い手が、アメリカに来るというのか?」

 肯定か否定か、手紙を運んできたフクロウは一声鳴くと飛び上がり、突如として虚空に消える。

「導師ルーフェ、その者を見極めよと言うのですか?《水晶の瞳》の名にかけて………」



 乱雑に散らかったベッドの中、けたたましく鳴る携帯電話の音にシルモンドは眼を覚ます。
 疲労が抜けきらず、覚醒しきらない意識の中、それが最緊急用の着信音だという事に気付いたシルモンドが、人差指を眉間に当て、そこに精神を集中。
 魔力中枢に力を込めて強制的に意識を覚醒させてから、着信ボタンを押した。

「こちらシルモンド」
『体調は大丈夫? ちょっとやばい事になってるわ』

 電話口からキャサリンの声に重なって銃声が聞こえてくる。
 拳銃弾の乾いた音に、何故か不必要に大きな破砕音が響いた事にシルモンドは表情を強張らせる。

『エリア24のストアー、この間のサタニストの教祖様が立てこもってるわ。使ってるのは典型的なサタデーナイトスペシャル(※安価な密造拳銃の事)、でも喰らったパトカーが吹っ飛んでるわね………』

 また大きな破砕音が響き、それに悲鳴も聞こえてくる。

「すぐに行きます! ノーマルを近寄らせないで!」
『重武装でお願い、今市警のSWATが出てきそうなとこだけど、抑えておくわ』

 電話を切りながら跳ね起きたシルモンドは、手早くスーツをまとい、魔術の増強体である水晶の瞳の嵌った手袋を嵌めていく。

「恐らく悪魔つき、下手したら爵位持ちか? 応援を呼んでも、すぐ動ける奴は………」

 ふと、ピザの空箱ばかりが重なったテーブルの上に置いてあった手紙の事をシルモンドは思い出す。

「剣、か………」

 そのまま、シルモンドは部屋を飛び出していく。
 誰もいなくなった室内で、突然放置されていた手紙が動き始めたかと思うと、それは一話の鳩へと姿を変えた。
 鳩はその場で羽ばたき、飛び立ったかと思うと虚空へと消えていった。



 現場は、凄惨の一言だった。

「退け! 装甲車を盾にしろ!」
「モビルポリスはまだか!」
「ちくしょう、何使ってやがる!」

 炎上するパトカーの陰で、警官達が右往左往する。

「近寄るな! 警察はこの場から消えろ!」

 その現場の中央、痩せて神経質そうな男が手にした小型のリボルバー拳銃の引き金を引いた。
 花火の音にも聞こえるような小さな発砲音が響き、放たれた弾丸がバリケードにしていた装甲車に直撃し、その装甲に大きな風穴を開けて大破させる。

「また随分と………」

 その様子を見ながら、キャサリンは持参したアタッシュケースを開けると、そこから小型のパラボナアンテナを伸ばして犯人へと向け、ケース内の装置を操作していく。

「オーラ量40000、いえ45000!? これはさすがに………」

 顔色を青ざめさせるキャサリンだったが、そこに一台のパトカーが急停止する。

「課長!」
「急いで! もう手におえないわ!」

 パトカーから転げるように出てきたシルモンドが、犯人へと駆け出して対峙する。
 その眼には、常人には見えない大きな影が犯人の背後にいるのがはっきりと見えていた。
 それが放つ、禍々しい邪気までもが。

「随分と強烈な物を憑けているな………」
「ほう、分かるのか? そうかお前メーソンかクロイツの派遣魔術師か!」
「フリーメーソン 大ロッジ、導師10=7《水晶の瞳》シルモンド・リガルド。世界の真理を乱す者に静寂を与えん!」
「ダークロウズ、導師11=8《夜を招く者》ガルガ、永遠の夜を世界に……」

 魔術戦の名乗りに相手が応じた事に、シルモンドは内心驚愕する。

(こいつ、真性の黒魔術師か! しかもこのオーラ量、間違いなく爵位級の悪魔を憑けている!)
「では行くぞ」

 黒魔術師ガルガが、手にしたリボルバー拳銃をシルモンドへと向ける。
 そのリボルバーに黒いオーラが注がれるのを見たシルモンドは横へと大きく跳び、先程までいた場所に弾丸が着弾。小口径弾がまるでグレネード弾並の破壊力となって路面を大きく穿った。

「魔弾、しかもこれほどとは………」

 飛散したアスファルト片が体に当たるのを感じながら、シルモンドは精神を集中。

「ケテル ビナー ゲブラー!」

 カバラ魔術の根源たるセフィロトにて、火を示すセフィロのパスをなぞりながら詠唱したシルモンドが手をかざすと、そこから放たれた業火がガルガへ襲い掛かる。

「その程度か」

 ガルガは襲いくる業火に驚きもせず、指でシジル(魔術サイン)を描き、生じた結界が業火を阻む。

「ホド エロヒム・ツァバオト! 信仰の守り手アナエルの加護を!」

 呪文を詠唱しながら、シルモンドは腰のホルスターからコルト・ガバメントを引き抜き、詠唱終了と共に引き金を引いた。
 放たれた弾丸は付与された魔力を帯びて、白く輝きながらガルガへと迫るが、同じように放たれたガルガの放った弾丸の黒い煌きに飲み込まれて消失、さらに弾丸はシルモンドの体をかすめ、かすめた個所から鮮血をしぶかせる。

「がっ……」
「短縮詠唱で聖弾を放つか。さすがにFBI派遣魔術師はなかなか出来る。だが、召還も降神も無しではな」
(強い………そうか、信徒を生贄に捧げて魔弾としたのか! まずい、こちらも同格以上を召還したいが、その隙はないだろう………)

 焦るシルモンドを見て笑みを浮かべつつ、ガルガは詠唱を開始。

「ザーザーズ ザーザーズ、闇の招き手足りえる者よ…」
「ゲブラー ティファレト ネツァク…」

 それに対抗するため、シルモンドは勝機を見出せぬまま、詠唱を開始した。



「一般警官退避とはどういう事だ! 非合法戦闘用サイボーグが暴れてるんじゃなかったのか!」
「あれ、武装強盗じゃありませんでしたっけ?」
「オレは重装テロリストって聞いたが……」

 遠くから連続して聞こえる爆発音に、退避を命じられた警官達が、周囲を取り囲んでいるSWAT達に怒鳴りつける。
 だが包囲しているSWAT隊員達にも詳細は一切伝えられておらず、困惑の中、現場で続いているらしい戦闘に全員が固唾を飲んでいた。
 そこへ、どこかから足音が響いてくるのにある警官が気付いた。何気なくそちらを見た警官は、こちらへと向かってまっすぐに走ってくる人影に気付いた。

「おい、ここは立ち入り禁止…」

 警告を発しようとした警官の前で、その人影はいきなり消えた。そして警官の頭上を影が横切る。

「へ?」

 思わず間抜けな声を上げて振り向いた警官は、先程まで迫ってきていた人影が、すでに自分の背後へと通り抜けている事に気付いた。
 声をかけるのも忘れ、警官はその人影を呆然と見送る。
 それは、全身を黒い着物で覆い、腰には何か細長い物を指していた。

「さ、サムライ?」



「マルクト アドナイ メレク ダアト!」

 迫る魔弾を漆黒の障壁で封じようとしたシルモンドが、魔弾を消しきれずに後ろへと吹き飛ばされる。

「ぐふっ……!」
「シルモンド!」
「ダアトの力まで呼び出せるとは………だがそろそろ終わりにさせてもらおう………」

 キャサリンが絶叫する中、喉の奥から溢れ出す血を無理やり飲み下し、シルモンドは立ち上がる。
 全身はおびただしい傷を負い、満身創痍その物だったが、相手もまたシルモンドの攻撃を何発も喰らい、負傷を追っていた。

「魔界の伯爵、バルバドスの加護を破るとは。だが、ここまでのようだな」
「そいつはどうかな?」

 シルモンドは空になったガバメントのマガジンをイジェクトして、別のマガジンをセット。

「イアラサラバ バラカンヤ バムボエボ オームー! 汝、光と共に消え去れ!」

 呪文と共に放たれた弾丸は、眩いばかりの輝きとなってガルガへと迫る。

「オ・イーアオ!」

 ガルガが命中の直前で唱えた呪文が闇の固まりを生み出し、光り輝く弾丸を包みこむ。
 光と闇がせめぎ合い、やがて光が溢れ出して闇が炸裂するが、光もまた力の大部分を失っていく。

「太陽の法だと! そんな物を弾丸に込められる訳が!」
「オレを魔術師にしてくれた先輩の忘れ形見だ!」

 一発で大量の魔力を消費する切り札を使いつつも、それを相殺された事にシルモンドが焦りを感じつつ、再度ガバメントを構える。
 だがそこで視界がかすみ、銃口がぶれて狙いが定まらない事に気付いた。

「アギオン テレグラム ヴァユヘオン。疫病の担い手よ………」
「毒の呪いか……!」

 いつの間にか相手の呪術に掛かっていた自分を呪いながら、シルモンドがなんとか狙いを定めようとする。
 だが、すでに相手の銃口がこちらを正確に狙っていた。

「終わりだ」
「くっ!」
「五行相克!」

 相手の指がトリガーを引き込む瞬間、別の呪文と共に銃声が響いた。第三者の放った弾丸が、ガルガの手から銃を弾き飛ばす。

「誰だ?」
「何者だ!」

 呆然と問うシルモンドと、衝撃でしびれる手を抑えながら誰何するガルガの前に、その人物が姿を現す。
 まず目に入ったのは、その者の全身を覆う墨色の装束、アメリカでは滅多に見かけない和服に身を包み、腰には一本の日本刀を指している。
 その左手には今だ硝煙を漂わせるベレッタをベースにしたハンドメイドカスタムガンを持ち、その眼は鋭くガルガを見据えていた。
 恐らくまだ二十歳にもなってないだろう、東洋風の顔立ちの若い男、しかしその瞳と髪は東洋と西洋の血が完全に混じったかのように鳶色をしている。
 彼の着ている和服の胸に、五芒星の紋が入っているのに気付いたシルモンドの脳裏を、一つの可能性がよぎった。

「そうか、導師ルーフェが言っていたのは………」
「陰陽寮五大宗家が一つ、御神渡家 元所属、レン・水沢」
「オンミョウジだと、東洋の時代錯誤が何ゆえ邪魔をする?」
「貴様のような外道を倒すのに、理由がいるのか?」
「ふふ、いい答えだ!」

 レンの返答に苦笑したガルガの手に、弾き飛ばされたはずの銃がいきなり戻ってきたかと思うと、レンへと向けて魔弾が放たれる。

「克!」

 一声の呪文と共にレンの腰間から白刃が抜き放たれ、迫っていた魔弾が両断されてレンの遥か後ろへと着弾、爆砕する。

「剣を媒介にする東洋の剣加持祈祷術か……それも相当なレベルだ」
「だが、何発まで斬れるかな?」

 ガルガが立て続けにトリガーを引く。本来の装弾数を完全に無視した乱射で放たれる魔弾が、レンを次々と襲う。

「オン アビラウンケン ソワカ!」

 真言を唱えながら、レンは横へと跳び、飛来する魔弾をかわし、よけきらない物を右手の愛刀、業物《備前景光(びぜんかげみつ)》で斬り捨てる。
 だが彼我に込められた魔力の差か、両断しきれなかった魔弾の魔力がレンを腕や動体をかすめ、衣服の破片と共に血しぶきを舞い上がらせる。

「くっ………」
「ケセド ゲブラー ティフェレト ネツァク! 栄光の守り手よ、加護を示せ!」

 シルモンドの防護術がレンを覆い、傷口から滴っていた血が一時的に止まる。

「レン、だったか」
「ああ」

 シルモンドの呼びかけにレンが一瞬だけそちらを振り向く。その視線に込められた意思をシルモンドの視線と水晶の瞳が見据える。
 その刹那の間にシルモンドは判断を決める。

「三分だけ持たせてくれ!」
「……了解!」

 互いに理由も問わず、ただ互いの力を信用してシルモンドは呪文の詠唱に入り、レンは右手の刀を正眼に構え、左手の銃をその峰にそえる変わった構えを取る。

「いざ、参る」
「三分か、果たして持つかな?」

 間合いを詰めようと駆け出すレンに、ガルガは手にした銃を連射。
 左右へと跳ねるようなステップでレンは放たれる魔弾をかわし、左手の銃、父親の形見のサムライソウルをガルガへと向けてトリガーを引いた。
 ガルガは放たれる45ACP弾をかわそうともせず、無造作に食らうが平然としていた。

「刻印弾か、小悪魔程度ならば効いただろうが、バルバドスの加護を受けている私には効かぬ」
「我、三青(さんせい)木気を持ちて土気を克す!」

 刀の間合いに入ると、レンは陰陽五行の〈木〉の力を刀に込める。横薙ぎに振るわれた淡い青色の光を帯びた白刃がガルガへと迫り、ガルガは指先でシジルを描きながら白刃を受け止める。
 シジルで生じた小規模な障壁がレンの刃を受け止めるが、じわじわと刃は障壁を斬り裂いていく。

「なるほど、やはりこちらが本命…」

 刃に込められた予想以上の魔力にガルガが感心した時、その顔面に至近距離でサムライソウルの銃口が突きつけられる。
 レンはためらいなくトリガーを引き、マズルファイアが拭きつける程の至近距離で放たれた弾丸がガルガの額に突き刺さる。

「ふ、ふふふふ………カタナ使いかと思えば銃も使いこなす。それでいて魔術師、見た事も聞いた事もない戦い方をする」

 普通なら即死確実の額への直撃弾に、ガルガは弾痕から血を垂れ流しながらこちらを睨んでいるレンを睨み返す。

「だが、この程度の魔力では魔界の公爵たるバルバドスの加護を破るには足りないようだな」
「なるほど、これが本物の悪魔憑きか。狐や鬼とは数段違う」
「雑魚とは比べないでほしい、な」

 ガルガは己が魔力を全開で放出し、レンを吹き飛ばす。
 体勢を崩さないように堪えながら、吹き飛ばされたレンが数mの距離でなんとか踏み止まる。

「おしい、あと五年もあれば紛れもなく一流になれるだろうが」
「いかなる時も研鑚を怠るな、と師匠にも言われた。このようにな」

 レンがその場から一歩後ろへと下がる。
 その一歩で反閇(へんばい=陰陽道で使われる魔術的フットワーク)が完成、即座にレンが詠唱を開始する。

「臨!兵!闘!者!皆!陣!列!在!前! 一黒、二赤、三青、四白、五黄、六黒、七赤、八青、九白、十黄! 五行相克の法を持ちて障壁と成す! オン!」

 刀を左から右、上から下へと交互に振る変形の早九字を切り、続けて己の足元に五つの頂点を穿ち、続けてそれを繋げて五芒星としたレンが最後の己の足元に刀を突き立てると、その五芒星を基点とした結界が発生、レンを完全に包み込む。

「なるほど、全てそのための布石……だが、どこまで防げるか?」

 悪意のこもった笑みを浮かべ、ガルガが魔弾を連射。
 魔弾がレンの作り上げた結界に炸裂しようとした時、そこから飛び出す影があった。

「!?」
「はあああぁぁ!」

 自らが作り上げた結界を無造作に飛び出し、魔弾が至近距離をかすめる中、レンはためらいもせずに突撃、納刀されている刀の柄へと手はすでに掛かっていた。
 相手が反応する暇もなく、神速の居合が抜き放たれる。
 レンの全魔力が込められた刃が、ガルガの体を腰から肩口へと斜めに斬り上げる。
 レンの作り上げた結界が魔弾によって粉砕される。それより数秒の間を持って、ガルガの断面から血しぶきが噴出し、レンを赤く染め上げる。

「ば、馬鹿な。最初から、この一撃のために………だが、絶対的な魔力量の差は」
「三分、持たせた」
「上出来だ。ケテル コクマー ケセド ゲブラー ティファレト ネツァク ホド イェソド マルクト ダアト! アイン アツィルト ブリアー イェツィラー アッシャー! 万物の始原足りえし者よ!」

 レンに全てを任せ、一心に召還呪文を唱えていたシルモンドの術が完成、高く天へと手を掲げたシルモンドの上に、朧な人の形をした光が姿を現していく。

「まさか、アダム・カドモンを召還したのか!」
「アイン・ソフ・オウル・エヘイエ! 無間の光をもたらせ!」

 天井に住まう〈完全なる存在〉を召還したシルモンドが、その力を持って天空から眩いばかりの光を降らせる。

「あ、ああああぁぁぁ………!」
『おおおおぉぉぉ………!』

 純粋なまでの光に耐え切れず、ガルガが絶叫を上げ、彼に憑依していた悪魔もそれに耐え切れずに彼から離れ、魔界へと逃げていく。
 加護を無くしたガルガの体が光の中で白く染まっていき、やがて光が消えるとそこには人の形をした塩の柱が残っていたが、それはゆっくりと崩れていった。

「さすが、フリーメーソンのFBI派遣魔術師は違う」
「お前もな」

 アダム・カドモンを帰還させたシルモンドが、大きく息を吐いてその場に座り込む。

「あ、あなた………」

 そこに、珍しく今まで大人しく事態を傍観していたキャサリンがふらふらとレンの方へと寄ってくる。

「あの人と、同じ戦い方…………」
「……ひょっとして、父さんの事ですか?」

 呆然とレンを見ていたキャサリンだったが、レンの一言でその眼に何かものすごく怪しい光が灯った。

「確保〜!!」
「え?」
「は?」

 キャサリンの号令と共に、遠くから包囲していた一般警官やSWATが一斉になだれ込み、事態を理解できないレンを全力で取り押さえた………



二時間後 FBI本部取調室

「名前はレン・水沢、19歳。出身は日本。半月前に留学目的で訪米。メリーランド大学犯罪学部所属か…………」
「それで間違いはありません、というかなぜこんな事に………」

 お互い傷の治療を受け、包帯だらけの状態でシルモンドとレンは向き合っていた。

「とりあえず、礼を言わないとな。おかげで助かった」
「いえ、導師ルーフェには色々と留学の世話をしてもらいましてね。その人からの願いじゃ断れません」
「そうか………」

 シルモンドは手にしたレポートの二枚目を見る。そこには、表には出せない、レンの魔術師としての情報が書かれていた。

「オンミョウリョウの幹部の直弟子か………しかもあの腕、オレだったら絶対外に出さないな」
「それが、留学の件を切り出したら師匠があっさりと脱退を認めてくれて………」
「そうか………」

 シルモンドはさらにそのレポートの下、三枚目を見る。そこには、レンに良く似た、しかし瞳と髪が墨色の人物の画像と、その人物のプロフィールが掲載されていた。

(水沢 練。20年前、世界を震撼させた大規模生物兵器製造事件〈アンブレラ事件〉の解決に尽力した組織〈STARS〉の中核を担ったSTARS三傑の一人。アンブレラ北極秘密研究所突入作戦にて戦死、か………)

 レポートに書かれている人物の死亡日が、目の前にいる人物の誕生日の半年前の事にシルモンドはわずかに表情を曇らせる。

「シルモンドさん、頼んでたの来ましたよ」
「おう、入れてくれ」

 女性事務員がお盆の上に載せた何かを取調室内へと運び込む。
 シルモンドとレンの前に置かれたそれ、何かが入っている丼にレンの目が細まる。

「まさかこれ………」
「オレのおごりだ。つうか、課長がこれを用意しろって言っててな」

 フタを開けた中に入っていた物、カツ丼が湯気と香ばしいにおいを立てる。

「……何か誤解してません?」
「さあな。日本人は取調室でこれを食うと何でもイエスと言うはずだ、って話だったが」

 割り箸をレンへと渡しつつ、シルモンドはスプーンを手にとってカツ丼へと伸ばした。

「課長さんって、あの眼鏡掛けた女性ですよね? さっき何も書いてない白紙にサインしろと迫ってきましたが………」
「……してないよな?」
「してません」

 レンが苦笑しながら、割り箸を割って自分の分に手をつける。

「FBI志望のために大学入ったらしいな。珍しい話だ、術者としての修行を積んでいながら、違う組織に行きたがるってのは」
「ええ、STARSに来ないかとも言われましたけど」

 レンの浮かべた苦笑に、シルモンドはそれ以上追求せずにカツを一切れ口に放り込んで、咀嚼する。
 そして飲み込むと同時に話題を切り替える。

「こちら側の人間なら知ってるだろ、オレが何者で、何をしているか」
「フリーメーソンの特異事件捜査科出向魔術師、任務はこちら側の事件を内密に処理する事」
「その通りだ」

 お互いカツ丼を咀嚼しつつ、目つきが鋭くなる。

「知ってるだろ。ここ十年近くで、こちら側、そしてこちら側かどうか判断できない事件が増えてきているのを」
「おかげで、オレの進路志望を勝手に変えたがる人ばかりです。……内調の室長からは娘婿に来てくれと空港で土下座されましたが」
「内調って、ヤギュウ一族か? 何者だよ、お前は……」

 うろんな目でレンを見ながらシルモンドがカツ丼の残りを一気にたいらげる。

「課長からな、何が何でもお前をウチに呼んでくれと頼まれた」
「……早くても、卒業後ですよ?」
「多分、今ごろ課長が勝手にお前の捜査官資格を取っているはずだ。どこまで脅してるか知らんが」
「試験どころか、ポリスアカデミーにも通ってませんが?」
「そんな余裕はないんだよ。オレの前任は、オレが赴任するまで待てずに殉職した………」
「…………」

 自分の分を平らげたレンが、丼を静かにテーブルに置いてその上に並べた割り箸を置く。

「少しばかり早いが、来ないか? オレは課長みたいに気付かない内に勝手にメンバー入りさせる気は無い。だが、その腕はどうしても欲しい。お前は、きっとオレよりも強くなる。それでもなお、その力を貸して欲しい」

 シルモンドは自身のグラブに嵌められた水晶を、レンに見えるようにかざす。
 それの放つ強い魔力を持ってしても、前回のような苦戦を強いられる事をシルモンドが言わずともレンには分かった。
 少しの間、完全な沈黙が両者の間に流れる。
 取調室に差し込む日の光が、水晶に反射して一瞬だけレンを照らす。
 レンはゆっくりと口を開いた。

「………無理に飛び入りする気は、オレにはありません。まだ自分が未熟者だという事は分かっています。ただ、手伝いでよければ、力を貸しても構いません」
「本当!? じゃあすぐにこれにサインを!」

 いきなり取調室内に飛び込んできたキャサリンが、レンの前に完全な白紙と万年筆を突き出してくる。

「……え〜と」
「止めとけ。何に使われるか分からん」

 困惑するレンを前に、シルモンドが白紙と万年筆をキャサリンへと突き返す。

「シルモンド! その気になっている内に完全に物にしとかないと! ほっとくとよそに取られるわよ!」
「バーゲン品じゃあるまいし………」
「この人、いつもこんな感じなんですか?」
「大丈夫、普段はもっとやる事汚い」

 先程の発言を撤回するべきだろうか?と悩むレンに、シルモンドは苦笑するしかなかった………



6年後 2029年 ワシントンDC FBI本部屋上

「オーストラリアだ!? 本当なのか!」
「間違いない! 今STARSの本隊が向かってる!」

 本部前に降下してくるVTOLジェット機を前に、準備を整えたレンがそちらへと向かう。

「早い所片づけてこいよ! お前がいないとウチは成り立たないからな!」

 轟音の中、叫ぶシルモンドにレンは苦笑して手を振る。
 レンが乗り込むと同時に上昇していくVTOL機を見送りながら、シルモンドは親指を立てる。
 即座に遠ざかっていく機影を見ながら、シルモンドは小さく呟いた。

「見せてやれ、二代目ブラックサムライの力をな………」



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