騎士王の食卓


※このSSは2004年夏コミ原稿として執筆したPCゲーム Fate/stay nightの二次創作SSです。
なお、作者はこのゲーム未プレイですので、実際のゲームとは著しく違う点が有るかもしれません


騎士王の食卓


 それはある平和な日の事だった。
 衛宮邸の居間、テレビの前で一人の少女が正座してテレビを凝視していた。
 金髪碧眼の小柄な非の付け所の無い美少女は、先程から微動だにせず画面を凝視し続けている。
 それだけを見れば、その美少女が"聖杯"の力を持って召還された"セイバー"のクラスを持つ伝説の騎士王の英霊だとは誰も思わないだろう。
 ましてや、その見ているのが大食い大会の中継ともならば…………

 ジュル…………

 かりにも美少女が立てるにはあまりな音がセイバーの口から響く。
 おりしも、テレビは決勝のクライマックスを向かえていた。

『さ〜て、とうとう30杯目の大台突破だ!
チャンピオンこのまま独走態勢か!? 栄えあるフードファイター・キングの座はまたしても彼の物となるのでしょうか!?」

 ジュルルル…………

明らかに先程より量が増している音がセイバーの口から響く。
 画面の中では厳しい予選を勝ち抜いた一流のフードファイター達が特注の黒豚チャーシューをほお張り、国産小麦の手打ち麺をすすり、地鶏のガラと一級昆布のダシで作られたスープを飲み干している。

 ジュルル………ポトン

 とうとう許容量を突破した雫がセイバーの口から垂れ落ちる。
 しかし、当人はそれにも気付かず更なる真摯さで画面を凝視している。

「ただい……ま………」
「あ、お帰りなさいシロウ」

 土曜日という事で早く帰ってきたこの家の主にしてセイバーのマスター、その実態は機械いじりが趣味の超新米魔術師の男子高校生・衛宮 士郎はテレビの前で口いっぱいによだれを溜め込んでいるセイバーを目撃してその場に硬直した。
 しかし、直後にテレビに映っている番組が何かを理解して硬直を解いた。

「お、フードファイターグランプリじゃないか。そういや今日だったか」
「シロウ、一つ聞きたいのですが」
「ん、何だ?」

正座しているセイバーの隣に腰掛けた士郎が、相変わらず口によだれを溜めたままのセイバーの問いにそちらを向いた。

「これで言っているフードファイターとは何の事なのでしょうか? ファイターとは戦士の意のはず。しかし延々と大食い大会をしているように見えますが………」
「ああ、フードファイターってのは大食い専門の選手の事だよ、それを仕事にしてる人もいたっけ」
「大食いで生活するんですか? 食費も馬鹿にならないでしょうに………」
「だからこういう大会で稼ぐか、大食いチャレンジの店をハシゴしたりしてるらしいよ、オレもよく知らないけど」
「大食いチャレンジ?」
「あ、セイバーの時代には無いか。30分でラーメン五杯食べられたらタダとかいう……」

 そこまで言った所で、士郎は気付いた。
 いつの間にかセイバーの目が獣(飢えてる)の瞳と化している事に。

「ちなみに、この近隣にはそんな店ないよ」
「何故です!? 好きなだけ食べられてしかも食費がかからないなんて素晴らしい事ではないですか!」
「………やってた店は藤ねえが毎週通って毎週チャレンジして賞金もぎ取ってくもんだから全部止めた」

 立ち上がって熱弁を振るったセイバーが、士郎の一言でその場に倒れ伏す。

「そんな、タイガにそんな過去が………夢と希望を踏みにじるなぞ人として最低の所業…………」

 なんか違う、と思ったがあえて士郎は口に出さず、テレビに向かう。
 番組はラストスパートに向かって全選手が凄まじいまでの勢いでラーメンを貪り食らっていた。

『5! 4! 3! 2! 1! そこまで〜〜!!! チャンピオン! 圧勝〜!!』
「おっ、終わった」

 文字通り山と積み上げられたどんぶりの前で、優勝カップを持った男が歓喜の表情で手を上げている。

「って、この人前にも…………」
『第7回フードファイターグランプリ!チャンピオンこれで三冠の栄光をもぎ取りました!』
「あ、これ再放送か。第8回は今度やるんだったな」

 その言葉を、打ちひしがれていたセイバーの耳が鋭敏に聞き取る。

『最早チャンピオンの独壇場! 果たしてこの男を敗れさせる事が出来る者は存在するのか!? では来年の大会をこうご期待!』

 アナウンサーのコメントの下に、"第8回フードファイターグランプリ明日開催!飛び入り選手歓迎!"のテロップが流れている。

「……シロウ」
「セイバー、まさか出るなんて言わないよな?」
「う……」

 先手を打って釘を刺したシロウに、セイバーが言葉に詰まる。

「し、しかし食費が大変だとシロウはこの間言っていたのでは? これに出れば食費を浮かせられるのでは?」
「あのなセイバー、これやるのどこだと思ってるんだ? 交通費の方が高くかかるって」
「しかし………」
「そうだな、今晩はラーメンにでもしようか。さすがに名店の味は無理だけど」

 筋金入りの食いしん坊だな〜、などとのんきな事を考えつつ、士郎は夕飯のレシピを考えていた。



次の日

「……あれ?」
「どうかしましたか? 先輩」
「不用意に動かないで下さいサクラ、ただでさえ定員オーバーなのです」

 士郎が気づくと、ペガサスの背中に都合四人が乗り、天空を駆けていた。
 先頭にペガサスの手綱を握っているめがねの美女、"ライダー"のクラスを持つ妖女メデューサの英霊、次にライダーのマスターでもある士郎の後輩の間桐 桜、その後ろに首を捻っている士郎、最後尾にセイバーの順で天を駆ける白翼の聖馬に跨っている。
 はっきり言って、かなり無茶。

「オレはなんでこんなとこにいるんだ?」
「何を言ってるんですシロウ、交通費が掛からない移動方法が見つかったので行きましょうと言ったら了承したのはアナタです」
「そうは言ったけど!」

 耳元を通り過ぎていく風の轟音に思わず前に座っている桜に思い切りしがみ付く。

「そんな先輩、こんな所で♪」
「そんな事言ってられる状態じゃね〜〜〜!!」
「気をつけてくださいシロウ、落ちたら一巻の終わりです。拾いに行ってたら受付時刻に遅れてしまいます」
「……オレの命より出場が大事なのか?」
「そういう訳ではありません。しかし、この国の名だたる一品が並ぶとなればこれを逃す手はないかと」
「いいじゃないですか先輩。セイバーが出たいっていうんですから、出してみたらどうです?」
「しかしなあ〜」
「しばらくしゃべらないで下さい、少し飛ばします」
「ライダー、ちょっとま、ギャアアアアァァァーーー!!!」

 空に、音速間近の士郎の絶叫が長い尾を引いていく。



「今朝方電話で申し込んだアルトリア・セイバーです」
「はいはい、参加料は一人2000円です。このゼッケンを付けて向こうの予選会場に」

 野外会場の受付でセイバーはグロッキー状態の士郎の懐から拝借した財布から参加料を払うと、ゼッケンを付けて悠々と会場に進む。

「お金払うんですね」
「ああ、タダ飯目的で来る奴がいるから、予選だけ有料なんだ」
「詳しいのですねシロウ」
「あ〜、昔オヤジと一緒に参加した藤ねえの応援に来た事有ったから」
「へ〜、藤村先生出た事あるんですか、ちなみに結果は?」
「準々決勝敗退だったっけ、だけど帰りに三人でパフェ食った記憶があるような………」
「だって、キムチ鍋食べた後だったから口直しが欲しかったんだもん」
「そういやそんな事言って………って藤ねえ!?」
「やっほー♪」

 聞き覚えのある声に士郎が振り向くと、そこには彼の学校の教師で衛宮家を第二の我が家としている能天気な女性、藤村 大河がその場に立っていた。
 ちなみに彼女の胸にもゼッケンが付けられている。

「あ、藤村先生も来てたんですか?」
「うん、桜ちゃんも出るの?」
「いいえ、私は先輩とセイバーの応援に」
「へ〜、セイバーちゃんも出るんだ。やっぱり決勝の翔流軒のチャーシュートンコツラーメン目的?」
「決勝まで行く気なのか? 藤ねえ………」
「モチロン! 翔流軒のチャーシュートンコツって限定数有ってなかなか食べられないんだもん! この機会は逃さない!」
「………腹壊さないようにな」
『300番台の方は予選が始まります、C会場の指定の席について下さい』
「あ、それじゃあ行ってくるね〜」

 アナウンスを聞いた大河が手を振りながら会場に向かうのを士郎は見送る。

「大丈夫かな?」
「タイガの事ですから、無茶をしようとした時点で限界が来てダメでしょう」
「とりあえず、私達は観客席に向かいましょうか先輩」
「おう」



 会場内はすでに異様な熱気に包まれていた。
 各地から集まってきた胃袋自慢達が、やる気満々で指定の位置に付いている。
 見るからに体育会系のいかつい体の青年、一見痩せ型に見える男性、マゲに浴衣のモノホンの相撲取り、何か機械式の錠前のような物がついた猿轡をして血走った目で唸っている挙動不審過ぎる若者、そんな中で恐らくもっとも小柄なセイバーはやたらと目立っていた。

「何か、怪しい人物も来ていますね」
「前に見に来た時もいたぞ、大抵予選で落ちるが」
「あ、あっちに藤村先生もいますよ」
「一緒の組なんだな、おっと始まるぞ」
『それでは、予選の説明をします! 予選は名古屋名物天むす十個食い! 先着十名合格です!』
「いきなりそれかい………」

 目の前の皿に並べられた海老天の尻尾が突き出している10個のおむすびを、セイバーはしげしげと見つめる。

「ほう、これは天むすという食べ物なのですか」
「お嬢ちゃん、どこから来たんだ? ま、その体じゃどう見ても予選突破は無理だろうから、無茶しないようにな」
「それはご親切にどうも」

 隣にいる豪快に笑っている相撲取りににこやかに微笑みつつ、セイバーの興味は前にある天むすにだけ注がれていた。

『それではスタ〜ト!』
「ごっつあんです!」
「それでは、いただきます」

 相撲取りがわし掴みにした天むすを口の中に突っ込む中、セイバーは丁寧に手を合わせて一礼してから手を伸ばす。

(ありゃダメだな)

 礼儀正しく食べているセイバーを見た相撲取りはセイバーの予選落ちを確信しつつ、三つ目に手を伸ばす。
 他の選手達も早々と食っていくが、五個目、六個目から段々ペースが落ちてくる。

「ムグ!?」
「み、水」

 慌て過ぎて喉につかえさせる者、むせそうになって水に手を伸ばす者、完全に喉に詰まらせてタンカで緊急搬送される者が出始めていた。

「どれ!?」

 相撲取りが一度手を休めて水に手を伸ばした時、ふとセイバーの方を見て驚愕した。
 とりたてて早いペースにも見えなかったのに、セイバーの皿からはすでに自分と同じ数が消えている。
 それどころか、セイバーのペースはまったく変わっていなかった。

「ふむ、なかなか………」
「そんな、むぐ!?」

 慌てて次を口の中に入れた相撲取りが慌てすぎたのか喉につかえさせ、水でなんとか流し込む。

「大丈夫ですか? 無茶は禁物です」
「ああ、そうだった………な!?」

 相撲取りが続きにかかろうとした時、すでにセイバーは最後の1個を食べ終わる所だった。

「ご馳走様でした」
「ウソ!?」

 相撲取りが唖然とする中、手を合わせて一礼してセイバーが空の皿を手にチェックポイントへと向かう。

『おおっと、これは意外か!? 最軽量のセイバー選手が抜けた〜! 残る席は一つだ!』
「はひ! 終わったよ〜」
『おおっとまたしても女性! 藤村選手が最後の席を取った! そこまで〜!!』
「……予選通過しちゃったよ。二人とも」
「どうやらそのようですね。タイガもなかなかやります」
「案外優勝しちゃったりして?」
「どうかな〜? もっと早く食ってる人いるし」

グルルル…………

 どこかから響いてきた音に、会場が静まりかえる。
 皆の視線はその発生源、セイバーの腹部に集中した。

「失礼、中途半端に食べたのでかえってお腹が減りました」
『おおっと、俄然余裕だセイバー選手! 腹の虫はまだまだ不満の模様! これは今大会のダークホースか!?』
「……出来るかも」

 赤面しているセイバーをカメラが大写しにしている光景を見ながら、士郎はボソリと呟く。

「予選通過者の方は控え室へ移動してください。次の予選はすぐに始まります」
「オードブルとしてはこんな物でしょう」
「セイバーちゃんもやるわね〜、こっちも負けないわよ♪」
「頼むから二人ともあまり無茶はしないでくれよ………」

 控え室に向かおうとした一行の後ろで、突然大きな喝采が起きる。

「何か起きたのでしょうか?」
「なんかやけに騒がしいな?」

 気になった士郎が何気に会場を覗き、その場で盛大にコケる。

『お〜っと、これは最短記録更新だ〜! 今大会最大の巨漢、ヘラクレス・バーサーカー選手一瞬にして10個全部を食ってしまった〜!』
「……先輩」
「……シロウ」
「あれは…………」
「だよな………」

 会場の中央、どこから見ても目立つとんでもない巨漢が雄たけびを上げている。
 それはどこからどうみても"バーサーカー"のクラスを持つ戦士ヘラクレスの英霊だった。

「あ、シロウ」
「何やってんだ、イリヤ…………」

 バーサーカーの隣にいるバーサーカーの巨体に比べると小人にも見える少女、バーサーカーのマスターであるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンが士郎の姿を見つけると無邪気に駆け寄ってくる。

「あのね、テレビで見て面白そうだったから出ようと思ったんだけど、私じゃそんな食べられないから代わりにバーサーカーに出てもらったの」
「イリヤスフィール、あなたはサーヴァントを何だと思って………」
「いいじゃんライダー、セイバーだって出てたんだし」
「あ〜、もう分かったから暴れるのは無しな。宝具なんてもっての他、純粋に大食いでな」
「うん分かった♪」

 何か疲れきった表情で呟き、士郎はふらつく足取りで会場から離れようとする。

「うおっ!」
「きゃっ!」

 前方不注意だった士郎は物陰から何か箱を担いできた人物と衝突し、二人そろって転びそうになるのをなんとか留まる。

「ちょっとどこ見てんのよ!」
「ああ、すまなかった………って遠坂!?」
「士郎!? あんたこんなとこで何やってんのよ!」
「それはこっちの台詞だ」

 ぶつかった相手が見覚えのある人物、同窓生にしてサーヴァントのマスターの一人、桜の姉で士郎の魔術の師でもある遠坂 凛である事に気付いた士郎が唖然とする。

「まさかお前も出場して賞金を!」
「そんな下品な事する訳ないでしょう! バイトよ、バイト! 全然頼りにならない誰かのせいで媒体の宝石買うお金が必要なのよ!」

 よく見ると凛の頭には吉○家のロゴが入ったミニキャップがあり、運んでいたダンボールには肉や玉ねぎが大量に入っていた。

「で、あんたはなんでココに?」
「いや、セイバーが出たいって言うからつれてきて……」
「はあ? あんたそれ本気!? どこの世界にサーヴァントに大食い大会出させるマスターがいるのよ!」
「君も人の事言えないと思うのだが」

 凛の背後、同じく吉○家のミニキャップをかぶった浅黒い肌の長身の男、"アーチャー"のクラスを持つ、聖杯戦争に勝ち残り聖杯の力で英霊・エミヤとなった未来から来た士郎の分身が凛より二回りは大きいダンボールを抱えていた。

「うっさいわね、とっとと運ぶわよ! 出張手当が結構出るんだから!」
「はいはい………」
「大変だな、お前も」
「まあな」

 どこか哀愁漂う背中で調理エリアへと向かうアーチャーの姿を見送りながら、士郎は深いため息をついた。

「姉さんも大変みたいですね」
「なんかこのまま帰りたくなってきた………」
「それでは後から迎えに来るという事で帰りましょうか? サクラはまだ見ていくようですから二人でどこかで寄り道でもしつつ」
「ライダー?」
「い、いやせっかくだから見てこうか」

 にこやかな笑顔の下で密かに桜の影が伸びてきているのに気づいた士郎は即座に前言を撤回する。

『それでは一回戦を開始します。300番台までの予選通過者の方は会場に入場してください』
「それでは行ってきますシロウ」
「次は中華だ〜」
「二人とも程ほどにな…………」

 ものすごく投げやりな声援を投げるシロウの隣を、次の料理を運んできたらしいワゴンが何台も通り過ぎていく。

『さて、では第一回戦! 課題料理はこれだ〜!』
 ワゴンのカバーが取られると、そこからは芳醇な香りを立てる麻婆豆腐が大皿一杯に盛られていた。

『恐怖の激辛麻婆豆腐デスマッチ! これでご飯が何杯食べられるかを競ってもらいます! ただし! 麻婆豆腐完食数の方が高いポイントして扱われます! しかしこの辛さはとんでもない脅威! どちらを選ぶかは選手の自由!それでは…』
「待て!」

 開始の合図よりも早く、横合いから大きな静止の声が掛かる。

「この私をさしおいて麻婆最強を決めるなぞ…ごばっ!?」

 いきなり現れた謎の男、やたらと派手な蝶の形をしたアイマスクを付けた謎の神父に向かって、調理エリアから飛び出してきた凛の全力を込めたガンドが叩き付けられる。

「いきなり何を…」

 それ以上言わせず、駆け寄った士郎はアーチャーの持ってきたロープでその仮面神父を縛り上げる。

「連れが迷惑をかけた」
「無視して始めてください」

 がっちりとかまされた猿轡で何かうめいている仮面神父を二人で手際よく運び出す。

「先輩、その人……」
「まさかキレイでは?」
「見なかった事にしてくれ」
「そうだな、オレは知り合いの神父が恥ずかしい格好で乱入してきたとこなんて全く見なかったぞ」
「ライダー、それ日本海溝にでも捨ててきて」
「よろしいのですか? リン」
「その必要は無いぞ雑種」

 慇懃無礼な言葉に、全員の視線がその言葉を放った人物に集中する。
 そこにいたのは始終尊大な態度の金髪の男、10年前の聖杯戦争の勝者で"アーチャー"のクラスを持つ英雄王ギルガメッシュの英霊だった。

「今朝方いきなり『至高の麻婆の香りがする』と言って飛び出していったから探してたんだが、こんな所にいたとはな」
「とっとと連れ帰って、バイトの邪魔よ」
「言われなくてもそうする。さっきのを見たら闘る気も失せたしな」

 呆れた顔でギルガメッシュは簀巻き状態の男、一応彼のマスターの言峰 綺礼を荷物のように引きずってその場を去っていく。

「オレはもう聖杯戦争止めたくなってきたぞ………」
「それは困りますシロウ、マスターとしての勤めを果たしてもらわなくては」

 いつの間にか持参していたハンカチで口を拭いているセイバーが士郎の背後に立っている。

「あれ、一回戦は?」
「あなた方が裏で騒いでいる間に終わりました。材料はいい物を使っているのですがスパイスの使い過ぎです。豆腐の繊細な味わいが感じにくいのが問題ですね」
「セイバーちゃんそんな事言って10皿も食べたじゃない。見事ベスト10入り」
「藤ねえは?」
「頑張ったんだけど、落ちちゃった………」
「僅差でした、あとご飯をもう一膳食べていれば突破できたのですが」
「く〜や〜し〜い〜!!」
「それだけ強豪が出てきてんだろ、セイバーも無理するなよ」
「私は美味しい物が食べられればそれで結構です。大会自体には興味はありません」
「それで勝ってんだからな〜………」

 会場の方であまりの辛さに狂化した何かが暴れているような気がしたが、これ以上のトラブルに関わりたくない士郎は勇気を持って無視する。

「ちょっとどいて! 二回戦の準備するから! アーチャーはあそこで暴れてる馬鹿放り出して!」
「気軽に言うな君は………」

 牛丼の具を満載した寸胴鍋をワゴンに乗せつつ凛がアーチャーに命令を下す。

「手伝いましょう、ギュウドンという物を一度食べてみたかったので」
「ライダー、あなたも…」

 桜の言葉の途中で、会場から壮絶な爆音と共にバーサーカーの巨体が吹っ飛んでくる。

「あん?」
「一体誰が…………」

 立ち上がろうとしたバーサーカーの巨体に、光弾が続けて叩き付けられる。

「宗一郎様へのプレゼント代を稼ぐ邪魔をする者は万死に値します」

 会場の反対側、第二調理エリアの方から手にモップを持った女性、"キャスター"のクラスを持つ魔女メディアの英霊(ただし割烹着に三角巾姿)が壮絶な魔力と殺気を撒き散らしながら更なる光弾をバーサーカーに叩き込もうとする。

「あいつもバイトかー!」
「アーチャー! 現状解決して!」
「無理言うな〜!」
「私の食事を邪魔する者は全力で排除させてもらいます」
「サクラ、ベルレフォーンの使用許可を」
「やめぃライダー!」
「やっちゃえバーサーカー♪」
「だから止めろ〜!」


しばらくお待ちください(BGM 激突する魂)


『それでは二回戦! 今ではすっかりレア物、吉○家牛丼(オーストラリア産牛使用)大食い勝負! 時間は15分です!』

 片目に青痣、右袖がちょっとやぶれて全体的にちょっとボロが入っているアナウンサーが何事も無かったように大会を進めていく。

『スタート!』

 号令と同時に選手達(全員やっぱりどこかボロボロ)が一斉に丼の中身をかきこみ始める。

「少し味が薄めですね」
「用意してたの吹っ飛ばしたの誰よ!?」

 文句を言ってくるセイバー(戦闘後なので甲冑姿)を一喝しながらも、凛とアーチャーが手際よく牛丼を盛り付けていく。
 何のかんのと言いながら、セイバーの前には空となった丼が次々と重ねられていく。

「あばれて腹ごなしになったみたいだな」
「案外本当にセイバーが優勝しちゃうかもしれませんね先輩」
「しかし他の者達もなかなかやります。ペースだけなら上でしょう」
「あ〜、あたしも牛丼食べたい〜」

 一番最初に攻撃の余波で吹っ飛んで目を回して何が起きたのか知らない大河を除いてこちらもボロボロの面々が黙々と丼を重ねていく様を見つめる。
 飛ばし過ぎでペースを落とす者が出始める中、あくまでマイペースで丼を開けていく。
 なお、会場の外ではキャスターが集中砲火で沈んだバーサーカーを生ゴミ専用バケツに強引に押し込んでいたりもするが。

『5! 4! 3! 2! 1! そこまで〜!』
「おっと、もう終わりですか」

 次の丼に手を伸ばそうとしていたセイバーの手が止まる。
まだまだ物足りない顔をしているセイバーに他の選手達の畏怖の視線が集中する。

「余裕の二回戦突破だな」
「準決勝まで来ちゃったもんねー」
「魔力消費した分、余計に食事量が増えたのでは?」
「それって卑怯の範疇には含まれないですよね? 先輩」

 口々に言いたい放題言ってる面々を尻目に凛とアーチャーが残った寸胴鍋と丼をワゴンへと乗せていく。

「さ、早い所片付けて帰るわよ」
「見てかないのか?」
「却下よ! 却下!」

 勢いと共に丼を流し台に叩きつける。

「キャッ!」

 流し場にいた女性がその勢いに悲鳴をあげる。

「あ、ゴメンなさい」

 凛が謝罪しようとした視線の先には、洗いかけの皿と、スポンジを手にしたキャスター。

「……………」
「……………」

 お互いが無言のまま、凛が丼を手渡し、アーチャーがそれを洗い物入れに並べ、キャスターが片っ端から洗い始める。

「………バイトは辛いわね」
「………ええ」

 それだけの会話を交わしただけで、お互いそっぽを向いて、その場を後にする。

「いいのか? 放っておいて」

 アーチャーの問いに凛は小さな声で呟いた。

「バイト中に知り合いに邪魔されるのは辛い物よ………」
「そうだな………」

 ちなみにその頃、バーサーカーが放り込まれたゴミ箱には、清掃車のおじさんが『回収不能』のシールを貼り付けていた。
 それはともかく。

『セイバー選手、すさまじい! あの最軽量の体のどこにあれだけ入るのでしょうか!?』

 焼きたてのハンバーグステーキを丁寧に切り分け、ちゃんと咀嚼して飲み込み、そして平然と空になった鉄板を重ねていくセイバーに会場の視線(ただし奇異を見る目)は釘付け状態と化していた。

「そもそも仕組み自体が違うなんて思いもしないんだろうな………」
「微妙に意味合いが違うと思われますが」
「そうですね、セイバーって食べる割には背低いですし」
「いやサクラ、そういう意味でなく………」
『そこまで〜! とうとう強豪四人が決定した〜! 今年度のチャンピオンはこの中から選ばれます!』
「次で最後ですか、それは残念」
「まだ食うのか………」
「先輩、優勝したら賞金出ますよ。そうしたらみんなでどこか遊びに行きましょうよ」
「この国には捕らえていない獣の皮革売買費を試算するのは無駄だという言葉がありませんでしたか?」
「頑張れセイバーちゃん! 優勝して皆で温泉旅行よ〜!」
「……してるし」
『声援が飛んでますがセイバー選手、自信の程は?』
「私はただおいしい物が食べられればそれで十分です。別に勝ち負けを競いに来た訳ではありませんので」
『すごい余裕です。これはチャンピオン絶体絶命か!?』
「……本音だとは誰も思わないだろうな」
「優勝〜! 温泉旅行〜!」
「こっちも本音か……」

 大河達の声援(というか欲望)を背に受けつつ、セイバーが決勝の舞台へと上がる。
 そこに並ぶは、明かに目が座っている歴戦のフードファイター。

「お嬢さん」

 席についた時、図らずも隣になった現チャンピオンが声をかけてくる。

「何でしょう?」
「美味い物は好きか?」
「もちろんです」
「オレもだ。お互い頑張ろうか」
「ええ」

 笑みをかわす両者の前に、湯気を立てるチャーシュートンコツラーメンが置かれる。
『それでは決勝戦! スタート!!』



「とうとう決勝か」
「そうだな」
「サーヴァントの自覚がないのー、近頃のは」
「いいんじゃねえの、別に」

柳堂寺の石段を登りきった所に、4人の男が四角いテーブルを囲みつつ、側に置かれたワゴンの上のテレビを見ていた。

「戦争の名を関した戦いの最中とは思えんな」

 紫の和服を着込んだ、五尺の長刀をすぐ脇に置いた男性、"アサシン"のクラスを持つ剣士・佐々木小次郎の英霊が、テレビに視線を向けつつも眼前にある牌の列を手前の列と素早く入れ替える。

「いいんじゃねぇの、やりたいようにやんなら」

 青い服を着て、背に槍を担いだ男性、"ランサー"のクラスを持つ戦士クー・フーリンが何気ない素振りで、手の中の牌を隠し持っていた牌と入れ替えて、自分の列へと戻す。

「やりたいようにやれん者もおるからの」
「爺、言ってて悲しくないか」

 なんだか妙に覇気の欠けた2人、老人・間桐 臓硯とその孫・間桐 慎二の二人がお互いサインを送りあって互いの牌を卓の下で交換する。
 テレビの画面の中では、セイバーとチャンピオンの一騎打ちの様相を呈し始めていた。

「あれはサーヴァントの自覚あるのか?」

 アサシンの捨てた牌を舌打ちして見逃したランサーが、待ち手を変えたのか微妙に牌を並べ直してから、自牌を捨てる。

「よっし、カン!」

 それを見た慎二が速効で鳴く。

「弱い犬ほどよく吼える」

 アサシンの呟きに、なぜか間桐コンビの動きが止まる。

『さぁ、脅威の挑戦者、セイバー選手に観客席からエールが飛んでいます!』

 テレビの画面が観客席へと移ると、そこに士郎達の姿が現れる。
 その中に桜の姿が見えた途端に、間桐コンビが急に脂汗を流しはじめる。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「悪かった……ワシが悪かった…………」

 その様子を他の二人が妙に冷たい視線で見つめる。

「因果応報か………」
「女ってのは怖いよな」

 しまいには引き付けすら起こし始めた2人を尻目に、アサシンがワゴンからアイスボックスに納められていた缶ビールを2本取り出し、一本をランサーへと渡す。

「しばし中断だな」
「しばらくほっとこうや」

 お互いの統一見解の元に、サーヴァントの2人はビールをあおりながらテレビ観賞へと移行した。
 ちなみに2つ目の缶ビールに手をつける頃には、臓硯は椅子ごと後ろにひっくり返って危険な顔色で泡を吹いていたが、誰も手を出そうとしなかった。



『さあ、残り時間は僅か! 最早二人の独壇場です! 勝利の女神はどちらに微笑むのか!?』
「ふむ、このスープのコクがなんとも………」
「いや、このチャーシューあってこそだな」

 熱狂的な実況を意にも介さず、セイバーと現チャンピオンがラーメンの批評を言い合いながら次々と杯を重ねていく。
 他の挑戦者は二人のあまりのペースに付いていけず、すでに脱落していた。

「スゴイ、互角ですよ!」
「相手もさる者、まったくペースが落ちていません」
「頑張れ、セイバーちゃん! 温泉旅行のために!」
「藤ねえ、それ応援違う………」

 欲望が入り混じった声援の中、麺はすすられ、チャーシューが咀嚼され、スープが飲み干される。

『3! 2! 1! そこまで〜!!!』

 時間と同時に、二人は最後の一杯を置いた。
 背後にあったカウントは、僅か一杯の差を映し出す。

『チャンピオン、三冠!今年もまたフードファイター・キングの座を守り抜いた〜!! セイバー選手、無念の敗退です!』
「別に無念とも思いません、これだけおいしい物が食べられたのですし」
「満腹かい?」
「一応」

 お互い顔に満面の笑みを浮かべ、優勝カップを手にしたチャンピオンと、セイバーの手が強く握られた



さらに次の日

「で、説明をもらおうかしら?」
「いや、こっちが聞きたいんだけど………」
「だから、そのような事を言われても困るのですが」
「そこをなんとか!」

 士郎の魔術の特訓のために衛宮邸を訪れた凛は、そこでひっきりなしに訪れるTVスタッフとそれと交渉しているセイバーの姿を発見した。

「昨日のテレビで人気が出ちゃったみたいで、今朝からセイバーちゃんに出演してほしいって人達がいっぱい来てるのよ。セイバーちゃんは全部断ってるんだけど」
「これでは聖杯戦争を行ってる暇も無いのですが………」
「どうにかしなさい!」
「……どうやって?」
「アーチャー! 尋ねてくる全員怪我させずにどこかに放り出して!」
「君は無理ばかり言うな」
「あ、大東亜テレビさん? そうそう優勝賞金は300万で………」
「勝手に契約するな藤ねえ!」
「全世界食べ放題ですか、それは結構魅力が……」
「セイバー!!」


同じ頃 その@
「お〜い、バーサーカーどこ〜?」
「こっちです! こっちにいます!」
「そこのブルドーザー! 埋め立て待った!!」

 ゴミ処理場で埋め立てられる寸前だったバーサーカーを、メイド二人が必死に掘り返していた。


同じ頃 そのA
「宗一郎様、健康維持にバツグンの薬酒を買って参りました。どうぞお飲みになってください」
「ニンニクとマカとスッポンとマムシとサソリが入っているように見えるのだが………」
「ささ、どうぞ一杯」

 かいがいしく強烈過ぎる効果を発揮しそうな薬酒を勧めるキャスターを、柳洞寺の修行僧達は畏怖と羨望の視線で見ていた。


同じ頃 そのB
「昨日は残念だった………せっかくの至高の麻婆を…………」
「昨夜からそればかりだな」
「他に考える事ないのか?」

 いつもの中華料理屋でいつも通り麻婆豆腐を食いつつ、ブチブチと文句を言う綺礼を見ながら、ギルガメッシュとランサーはうんざりと目の前の大皿いっぱいの麻婆豆腐の処理にかかる。

(この世から麻婆豆腐が無くなれば………)

 なんとなく聖杯の力でしょうもない願いを叶えようか悩む二人だった。


同じ頃 そのC
「昨日は応援で疲れたわねー、ライダー」
「ええ、人ごみが凄かったですからね」
「でも残念ね〜優勝逃したのは。温泉旅行にかこつけて先輩を……」

 なんだか、とても黒い笑みを浮かべる桜。

「サクラ、別に二人で行く訳ではないですよ」
「大丈夫! 愛さえあれば誰に見られても!!」

 完全に向こうへと旅立っている桜から、ライダーは一歩離れる。

「…………可哀想なシロウ、もうじき私が魔女達の手から………」
「そういや、なにか家の中が静かね」
「そういえば?」


同じ頃 そのD
柳洞寺の石段のふもとにあるゴミ集積場に、粗大ゴミと一緒に、引き付け起こした臓硯と慎二がゴミ箱に放り込まれていた。
よほど重度の精神的ダメージをおったのか、すでに虫の息だが、誰もかえりみようとしない。
足にはすでに『回収不能』のシールが張られていた。



「それではこれより円卓会議を始めます」
「議題は出征先とその際の費用についてね」
「……出征って…………」
「とりあえず大東亜テレビと帝都放送の企画ね、大東亜は国内だけど賞金は300万。帝都の方は世界7カ国回っての企画ね。このハワイアン料理って一度食べてみたい〜」
「こちらの中華街食いつくしというのはどうだ?」
「個人的にはこのスィーツクィーン決定戦というのも」
「何なんだ、この大食いカップルコンテストって………」
「何やってんのよ!!」

怒声と共に無数の企画書が広げられていたテーブルがひっくり返される。

「ああっ! 何するのよ遠坂さん!」
「先生まで一緒になってなにロクでもない事相談してるんですか!」
「知らないのですかリン、これは我が元に集った騎士達の邂逅を模した神聖な会議で」
「大食い大会の相談やってる時点で全然違うでしょ!?」
「落ち着け遠坂、賞金出たらみんなで一緒にどこか行くから」
「だから、もっと根本的な事を考えなさい!!」
「やはり、端から順に挑戦していくという事で」
「ちっが〜〜〜う!!」

 凛の怒声が衛宮邸に響き渡る。
 今日もここは平和だった…………






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