SCHOOL Days


SCHOOL Days



2025年 アメリカ

「面っ!」
「何の!」

 道場の中で、竹刀が打ち合う音が響きあう。
〈屈強な肉体こそが人生最高の財産〉をモットーとして設立された私立アーノルド高校の敷地内、アメリカ国内でも珍しい剣道部の中で、学生剣士達が練習に励んでいた。

「おおぉぉ!」
「ぐわっ!」

 その中で、正規剣道では珍しい二刀流の剣士の竹刀が、練習相手の胴をまともに横薙ぎし、そのあまりの威力に相手は道場の床に叩きつけられる。

「ムサシ! やり過ぎだぞ!」
「あ、悪い悪い」

 しかれられた二刀流の剣士が、竹刀の先で面をかいて誤魔化す。

「ムサシの奴、最近気合入ってんな」
「二年でサブキャプテンだぜ? 入んない方が不思議だろ」
「大会までもうすぐだ! 気合入れるのはいいが、負傷で実力が出せないなんて馬鹿はするなよ!」

 顧問の教師が叫ぶ中、二刀流の剣士が竹刀を床に置いて面を外す。
 その下からは伸ばしぎみの金髪を後ろで結んだ、少年の枠を脱しつつある男子学生の姿が露になる。

「ムサシ、お前はもう少し手加減できないか?」
「これでも結構加減してんですけど………」

 隣に座った、髪がやや浅黒いキャプテンの言葉に、ムサシが頬をかく。

「お前の剣は剛剣過ぎる。防具が無かったら、今頃お前の練習相手は全員病院送りじゃないのか?」
「だったらまだまだか………レン兄ちゃんだったら防具つけてても病院送りだったしな」
「練習に身を入れるのはいいが、部員を怪我させたら台無しだ。ここはあくまで心身を鍛えるための場なのだから」
「じゃあキャプテン相手してくださいよ」
「サイトウ先生が許してくれるわけないだろ。前にお互い本気になって危うく道場を崩壊させそうになったしな………」
「山にでも篭っかな〜。他人に迷惑かけないで修行するにはそれが一番かも」
「はは、それはいいな。オレも一緒にいいか?」
「ムサシ〜、お前この間の試験点数ギリギリだったから、授業日数は削るなと言われてるぞ〜」

 顧問の声に、ムサシの表情が凍りつく。

「……山篭りはお預けだな」
「チェッ」

 舌打ちしつつ練習を再開しようとした所で、誰かが剣道場のドアをノックする。

「どうぞ」
「頑張ってるようだな」

 入ってきた人物の顔を見たムサシの顔が一瞬驚いた後、すぐに喜色に覆われた。

「レン兄ちゃん!」
「よおムサシ、元気にやってるようだな」

 入ってきた男の姿に、他の部員達はかすかに困惑を浮かべる。
 その二十歳を過ぎたどうかの鳶色の瞳と同色の髪を持った若い男は、全身を墨色の小袖袴で覆い、さらには腰に日本刀らしき物まで指している。

「なんでここに?」
「バイトで近くまで来てな。少し顔を見に来た」

 親しげに話すムサシとその男の会話を聞いていた部員達が、ふとその男が誰かに思い当たる。

「ひょっとして、あれがムサシの従兄弟って人か?」
「大学生だけど、FBIで嘱託捜査官やってるっていう………」
「じゃああの人が噂の《ブラックサムライ》………」

 ムサシと話していた男、レンがそこで部員達の手が止まっている事に気付く。

「邪魔だったかな?」
「まさか。逆だろ、レン兄ちゃん」

 ムサシが不敵な笑みを浮かべると、竹刀を二本手に取り、右手の竹刀を正眼に、左手の竹刀をその後ろに真横に構える風変わりな構えを取る。

「ふ、そうだな。どれくらい上達したか見せてもらうか」

 レンも小さく笑みを浮かべると、腰の刀を抜いて壁に立てかけ、代わりに手近の竹刀を手に取って右手だけで正眼に構え、左手をその峰に添えるこちらも風変わりな構えを取る。

「行くぜ」
「来い」
「ちょっ、ムサシ相手に防具も無しに…」
「オオオォォォ!」

 部員の一人が注意しようとするのを、先程とは比べ物にならないムサシの咆哮がかき消す。
 咆哮と共に一気にムサシは間合いを詰め、僅かに右の竹刀を持ち上げると、一気に袈裟斬りに振り下ろす。
 対してレンは僅かに後ろに下がり、身を捻るように斬撃をかわすと、開いている胴に水平に横薙ぎを繰り出すが、ムサシのもう片方の竹刀がそれを受け止める。

「ほう」
「ハァッ!」

 その状態でムサシの右の竹刀が翻って跳ね上がろうとするが、レンは竹刀を受け止めたまま、滑るように下へと繰り出し、跳ね上がる直前にムサシの竹刀を叩き落す。

「連携がまだ甘い。二刀は独立しつつも連携しなければ意味が無いと教えたはずだ」
「まだまだ!」

 ムサシは左の竹刀でレンの胴を横薙ぎに狙うが、完全に見切られ、後ろに下がっただけでかわされる。

「踏み込みが浅い!」
「フンッ!」
「モーションがまだ大きい!」
「オオォォ!」
「力だけに頼るな!」

「……なんだよ、あれ………」
「どう見ても剣道じゃねえ………」

 目の前で繰り広げられるムサシとレンの戦いを、他の部員達は呆然と見ていた。
 部内でも有数の実力者のムサシの繰り出す斬撃が、かわせれ、止められ、受け流される。

「噂には聞いていたが、まさかこれ程の達人とは………」
「キャプテン、あれって………」
「全員よく見ておけ、あれが本物の《剣術》。鍛えるためではない、相手を純粋に〈斬る〉ための戦い方だ」

 寸分漏らさず、その戦いを見つめているキャプテンのあまりに真剣な表情に、他の部員達も唾を飲み込みながら二人の戦いを見つめていた。

双  光  斬!Double Lightning

 大きく歩を踏み込みながら、ムサシの二刀が連続で横薙ぎに繰り出される。
 レンはそれをかわそうとするが、予想外の勢いに片方の竹刀がレンの胴を浅くかすめた。

「腕を上げたな」
「へへ、レン兄ちゃんほどじゃないさ」

 ムサシが苦笑を浮かべたまま、その場に倒れ込む。

「ムサシ!?」
「え、なんで………」
「お前達には見えなかったか」

 部員達が慌てて駆け寄ってムサシを抱き起こすと、ムサシの防具の胸の部分、ちょうど鳩尾の所に、竹刀の直径と同じ穴が開いていた。

「クロスカウンターで突きが入っていた。竹刀でなければ確実に死んでいたな」
「剣道と剣術の違いだな。真剣にルールなぞ無い。斬られれば死ぬ、ただそれだけだ」

 キャプテンの方を興味深そうに見ていたレンだったが、そこで部員達の顔が引き締まっている事に気付いた。

「……来るか?」
「お願いします!」

 部員の一人が、面をつけたまま叫んで一礼、レンに向かって構える。

「いやあっ!」

 気合の声が響くが、その次の瞬間には握っていた竹刀が宙を待っていた。

「踏み込みと斬撃がバラバラだ。反復練習が足りない」
「は、はい!」
「次、お願いします!」

 別の部員が一礼して構える。
 三秒と持たず、唐竹割りを食らったその部員が床に倒れる。

「踏み込みが浅い。脚力が足りない」
「ありがとうございました!」
「次、行きます!」
「来い」



「おい、大変な事になってるぞ!」
「剣道場だ! 急げ!」
「?」

 やけに校内が騒がしい事に、アニーは模擬弾を込める手を止める。
 射撃部の射撃場から顔を出して見ると、部活中のはずの生徒達がどやどやと剣道場の方に向かっていくのに気付いた。

「……ムサシが何かしたんじゃないよね?」

 双子の兄の不祥事をいの一番に思い浮かべたアニーが、目の前を通り過ぎようとした男子生徒の肩を掴んで止めた。

「何かあった?」
「アニー、聞いてないのか? お前の従兄弟が剣道場に来て、剣道部全員総なめらしいぞ」
「え、レン兄ちゃんが?」

 予想外の名前に、アニーは練習用の拳銃を置いて慌てて皆の後に続く。
 彼女が剣道場に辿り着いた時には、剣道部の部員のほとんどが倒れているか、へたり込んだまま自分の後に続いて倒される部員を見ている所だった。

「レン兄ちゃん!」
「お、アニーか。こっちが済んでからそっちに行こうかと」
「隙ありぃ!」

 アニーの声にレンがそちらを向いた瞬間、構えていた部員が襲い掛かる。
 だがレンは振り向きもせずに無造作に竹刀を繰り出し、あっさりと相手を迎撃した。

「隙を突くには斬撃が遅すぎるし、何より動作に無駄が多過ぎる。基礎練習が全然足りない」
「聞こえてないね………」

 決まりすぎたのか、目を回して前のめりに倒れている部員を他の部員達が助け起こす。
 そこで、拍手の音が響く。

「さすが、聞いていた以上にお強い」

 最後の一人となって残った剣道部のキャプテンが手をはたきながらレンへと歩み寄る。
 なぜか彼は防具を脱ぎ捨て、その脇には二本の木刀が挟んであった。
 その内の一本をレンへと投げると、レンは目つきを鋭くしながらそれを受け取る。

「これは?」
「ついさっき、ムサシにここで怪我をしてはいけない、と言ったが訂正させてもらおう。あなた程の使い手と剣を交える機会、無駄にする訳にはいかない」

 口調こそ穏やかだが、その後ろに並ならぬ気迫が篭っている事にレンも顔を引き締める。

「アーノルド高校三年生、剣道部キャプテン カイン・トウゴウ。お相手願う」
「FBI特異事件捜査科嘱託捜査官、レン・水沢。お受けしよう」

 互いに木刀を構えた両者が対峙する。
 ギャラリーが固唾を飲んで見守る中、先にカインの方が動いた。
 構えが瞬時に変わり、肩口まで持ち上げた木刀を、両手持ちのまま垂直に構える《蜻蛉》と呼ばれる独自の構えのまま一気に歩を踏み出す。

「チェストオォォ!」

 裂帛の気合と共に、他の部員達とは一線を隔す斬撃が振り下ろされる。

「くっ」

 予想以上のすさまじい斬撃に、レンが後ろへと跳び退る。
 かすめた木刀は衣服の端をかすかに散らし、更には剣道場の床をも粉砕する。

「示現流、しかも相当な使い手だな」
「祖父から教わった。初撃をかわされたのは祖父以外では初めてだ」

 下手な真剣以上の破壊力に、ギャラリー達の相手に寒気が走る。

「おい、カインの奴マジだぜ………」
「だ、大丈夫か? 死人が出るぞ………」
「馬鹿、校則で合意の上の決闘は止めてはいけないって決まってただろ」
(……どういう高校だ?)

 聞こえてきた囁きに何か不吉な物を感じたレンだったが、戦いに集中する事にしてあえて無視した。

「示現流でトウゴウ、そうか東郷 繁治師範のお孫さんか」
「祖父を知って?」
「日本で何度か会った事がある。孫に道場を継がせたいと言ってたぞ」
「残念だが、オレの夢はアメリカで道場を開く事で」
「オレも似たような事言われた事がある」
「それは奇遇」

 再度構えるカインに、レンも正眼に左手を添える、退魔用剣術《光背一刀流》独自の構えを取る。

「東郷師範の孫ともなれば、下手に手を抜けばそれこそ失礼だな」
「ご安心を。例え死んでも、誰にも文句は言わせない」
「そんな言葉が出てくるようでは、まだ未熟の証拠だ」

 今度はレンが先に間合いを詰め、瞬時に木刀を下げると下段から一気に斬り上げる。

「くぅ……」

 かろうじてかわしたカインだったが、袴の端が千切れて宙を舞う。
 だがレンの跳ね上がったレンの木刀が瞬時に返され、袈裟切りに振り下ろされる。
 カインはとっさに構えを左右入れ替えてその斬撃を受け止めるが、そこへレンの開いた左の拳が止められた木刀の峰に叩き込まれる。

「なっ!」
「《残陽刻》!」

 止まったはずの剣が再度叩き込まれるという見た事も無い技に、カインは驚愕しつつも横へと跳んで威力を相殺する。

「さすがキャプテン、《残陽刻》をかわすなんて………」
「そういう名なのか、あの技」

 思わず技名を叫んだムサシに問いながらも、カインが構え直す。

「いい反応だ。さすがにキャプテンともなると格が違うな」
「そちらこそ」(強い、祖父以上か? こんな剣士が現代にいるとは………)

 内心の焦りを隠し、カインはレンを見る。

(隙がまるで無い、構えが完全に自然体になるまで鍛えてる………一体どれだけ修行を積めばここまで?)

 構えているだけで実力の桁の違いを見せ付けられている気までしてきたカインだったが、やがてその顔から完全に表情が消える。

「参る」
「来い」

 感情の消えたような声で呟いたカインに、何かを感じたレンは構えを解く。

「おい、誰か止めろ!」
「あそこまでいったカインにノーガードなんて、死ぬぞ!」

 ギャラリーが騒ぐ中、ムサシが手をかざしてそれを止める。

「すげえのが見れるぜ。見えたらだけどな」

 構えを解いたレンは、木刀を逆手に持ち直すとそれを腰帯に指し、半身を引き、身を低くする。

「レン兄ちゃんも本気だ………」

 騒いでいたギャラリーが二人の剣士から放たれる気迫に、徐々に静まっていく。
 やがて完全に静かになった剣道場の中で、二人の剣士から放たれる気迫だけが高まっていく。
 それが最高になった瞬間、カインが動いた。

「チェエストオオォオォォ!!」

 姿が霞む程の鋭い踏み込みと同時に、すさまじい気合と共に先程を上回るすさまじい斬撃が振り下ろされる。
《剛剣》の名のままの斬撃が、居合の構えのまま動かないレンの脳天に突き刺さる。
 剣を完全に振り下ろした体勢のまま、カインの動きが止まる。
 数秒の間を持って、半ばから両断された木刀が離れた場所に乾いた音と共に落ちた。

「……見事」
「そちらもな」

 カインの斬撃を更に上回る速度で繰り出されたレンの居合が、カインの木刀を両断し、胴着の腹を引き裂いていた。
 半分となった木刀を手にしたまま、カインがその場に崩れ落ちる。

「救急車だ! 肋骨が折れている!」
「急げ!」

 崩れ落ちたカインの体を支えたレンが叫び、緊張が解かれたギャラリーが騒ぎ出す。

「な、何があった!?」
「イアイヌキだ! すげえスピードの!」
「見えたか!?」
「見えるか!」
「早く病院へ! 手加減してる余裕が無かった」
「大丈夫、彼はタフだ。その程度では死なん」

 どこかから落ち着いた声が響くと同時に、レンの方へと向かって純白の手袋が放られる。
 思わずそれを受けとったレンが、それを投じた相手を見る。

「何のつもりだ?」
「分かるだろう、意味くらい」

 騒ぐギャラリーを掻き分け、その相手が出てくる。
 それは凛とした雰囲気を持った女子生徒で、全身をタイツスーツで包み、その手にはフェンシング競技用のエペ(長剣)が握られていた。

「おい、フェンシング部のフェイムが出てきたぞ!」
「4カードの二人目が!?」
「4カード?」
「この学校の4強、キャプテンはその内の一人で………」

 ムサシの説明を聞きつつ、レンがカインをそっと寝かせてやる。

「できれば、落ち着いた後にしてほしい状況だが」
「落ち着ける訳がない。自分の男が倒されたとあっては」
「…………」

 レンがムサシの方を見ると、ムサシが無言で首を縦に振る。

「あの、フェイム先輩?もうちょっと落ち着いてからの方が………」
「安心しろ、激情で我を失う程単純ではない」

 制止に入ったアニーにそう言い放ちながら、フェイムが大きく足を開き、左手を頭の上に回すようにしてかざし、右手のエペを地面と水平に正面へと突き出す。

「お相手受けてもらった、と見ていいか?」
「レディファーストは出来ないぞ」
「決闘にそんな物を持ち込まれるのは侮辱と見なす」
「………日本にいる知り合いに君そっくりな奴がいるよ」

 学生時代のライバルの事を思い出し苦笑したのも一瞬、レンが再度構える。

「行きます」

 宣言と同時に、エペの先端が霞む。
 僅かに見えた残像と直感を頼りにレンが木刀を正面にかざし、喉への直線軌道上にエペの先端が食い込む。

「……思い切りがいいのか、やはり怒っているのか」

 競技用のエペとはいえ、どう見ても殺すつもりとしか思えない刺突にレンの頬を汗が一滴滴る。
 瞬時にエペが引かれ、再度霞むような速度で繰り出される。

「くっ」

 腎臓、心臓、肩、眼球と立て続けに洒落にならない個所に刺突が繰り出され、こちらの防御を崩そうと矢継ぎ早にポイントが切り替わる。

「お、おい流石にこれは………」
「フェイムの奴、本気で殺す気じゃ……」
「レン兄ちゃん!」

 高速の刺突をレンは次々と受け止め、受け流すが、刺突は全く止まらない。

(狙いにためらいもなく、かつポイントを的確に変えてくる。なかなかやるな)

 傷だらけとなっていく木刀にレンが僅かに意識を向けた時、突然刺突が止んだ。

「?」

 レンの目前で、フェイムの体がバレエのように優雅に旋回する。その旋回の先、遠心力を付けて振り回されたエペがレンの目へと向かって薙がれる。

(フェンシングで斬撃!?)

 刺突のみしかないはずのフェンシングにありえないはずの攻撃にレンが驚きながらも、かろじて身を引いて斬撃をかわす。
 すると即座にフェイムは構えて再度刺突を繰り出す。

(切っ先しか殺傷力を持たないエペを旋回しながら振り回す事によって斬撃にする。破壊力はほとんど無いが、狙いどころによっては充分な攻撃になるか)

 明らかにスポーツフェンシングと違う技にレンは感心する中、フェイムの体がまた旋回する。

(だが弱点もある!)

 旋回を終えるよりも早く、レンがフェイムの懐へと飛び込む。

(長剣でありながら、切っ先以外は一切破壊力が無い!)

 飛び込みながら木刀の柄を鳩尾に叩き込もうとしたレンだったが、旋回しながらも後ろへと跳んだフェイムの前に空振りに終わる。

「いい反応だ」
「そちらこそ」

 優雅に旋回を終えたフェイムが、再度構える。

「実戦型フェンシングかとも思ったが、違うようだな。どこで学んだ?」
「オリジナルだ。名はまだ決めてない」
「レン兄ちゃん! フェイム先輩バレエ部も兼任してる!」
「代わった学生が多い学校だな………」

 アニーの言葉に、なぜ従兄妹達がこの学校を選んだかがなんとなく分かりながら、レンは構えを変える。
 木刀を正眼から地面に水平に構え直す、刺突の重視の構えを取るレンに、フェイムの顔に僅かな疑問が浮かぶ。

「フェンシングのファーント(突き)にケンジュツの突きで対抗出きると思っているのか?」
「半端な使い手ならな。だが、君相手では無理だろう」
「?」

 自らの構えを自ら否定するレンに、フェイムは更に困惑を深める。

「決まるぞ、これで」
「うん」

 防御を捨てた両手突きの体勢を取るレンに、ムサシとアニーがこの戦いの終焉を予感、それに気付いたギャラリー達も静まり返っていく。
 僅かの沈黙を持って、両者が同時に動く。
 霞む所か残像すら見えない速度のエペのファーントが、レンを狙う。

(勝った!)

 レンの突きよりも早い自らの突きにフェイムが勝利を確信した時、異常に気付いた。
 レンの突きが水平ではなく切っ先を下に傾けた不安定な状態で繰り出されている事、そしてのその軌道が自分のファーントの軌道に重なっている事に。
 エペの切っ先が木刀の峰に刺さり、そのまま峰を削りながら突き進む。
 それを見ながらレンの右手が柄から離れ、峰を削る事で減速していくエペの切っ先がレンの手に届く瞬間、それを掴み取る。
 相手の攻撃を封じると同時にレンは左手で握った木刀を跳ね上げ、フェイムの肘を真下から斬り上げた。

「がっ………」

 肘が折れる音を聞きながら、フェイムの手からエペが取り落とされる。

「救急車追加!」
「もう呼んでる!」

 折れた肘をもう片方の手で抑えてフェイムが膝をつく中、レンが傷の具合を確かめようと近付くが拒絶される。

「私の、完敗だ………私のファーントを白刃取りされるとは考えた事も無かった………」
「最大の攻撃が無効化されれば、それは最大の弱点になる。覚えておくといい」

 競技用のエペであるにも関わらず削られた木刀の溝を見ながら、レンがフェイムに背を向けた時、二つの物が宙を待ってくる。

「…………?」

 嫌な予感がしながらレンがそれを受け取る。
 それはプロテクター付きグローブと、バンテージだった。

「まさか……」

 レンが視線をそれを投げてきた相手へと向ける。
 その先には、アメフト用のプロテクターに身を包んだ全身筋肉のような巨漢学生と、それに劣らぬ筋肉質の黒人学生がいた。

「アメフト部のロックとボクシング部のエウロ!?」
「4カード勢ぞろいかよ!」
「おい、見てない奴全員呼べ! すげえ事になってきたぞ!」

 ギャラリーが騒ぐ中、レンが説明を求めるように従兄妹達の方を見た。

「いや、そのオレもこんな事初めてで……」
「レン兄ちゃん頑張って♪」
「………どういう学校だ?」
「こういう学校さ」

 アメフトスタイルの巨漢、ロックが不敵な笑みを浮かべながら前へと進み出る。

「アーノルド高校最強カップルが連敗なんて、今日は面白い日だ」
「やり過ぎたか?」
「全然。だってこれからもっとやるんだからな!」

 ロックが持っていたヘルメットを被ると、足を開いて、上半身を低くして片手を付き、ゲームスタートの構えを取る。

「卑怯なんて言わないよな? 少なくてもあんた相手にこのプロテクターが何の役に立たないようだし」
「構わん。その体がお前の武器なんだろ? ならお互い互角だ」
「上等! Ready Set Hut Hut!」

 レンが構えると、ロックがゲーム開始のコールと同時に突っ込んでくる。

(いい体勢だ)

 前傾体勢のまま、加速と体重を全て乗せる理想的なタックルを見つつ、レンが狙いを定めようとした瞬間、突如として眼前の相手が掻き消える。

(!)

 経験と直感から、レンは即座に真横に木刀をかざす。

 直後に100kgを確実に超える巨漢の体が、真横から突っ込んできた。

「ぐっ!」

 防いだとはいえ、威力を殺す事は出来ずに、レンの体が吹っ飛ぶ。

「おわぁっ!?」

 こちらに飛んでくる黒装束にギャラリー達が逃げ出すが、激突目前でレンが辛うじて堪えて止まる。

「力任せに正面から来るかと思えば、直前で横に跳んで反復でサイドタックルか。お前の一番の武器はその体から来るパワーではなく、その体を自在に操る瞬発性」
「オレのミラージュタックルに反応できるたぁな。だけど、それじゃ勝てねえぜ」

 ロックが再度手をつき、タックルの構えを取る。

(パワーとスピードを併せ持つ、生半な攻撃では止める事も出来ないな………)

 再度ロックが突撃してくる中、レンは木刀を正眼から体の前で真横に構えて防御体勢を取る。

(どっちだ?)

 左右どちらかへの跳躍を懸念するレンだったが、相手の体がそのまま直進してくる事に気付いた時にはすでに回避は不可能だった。

「GET!」

 全体重をレンへとぶつけながら、ロックが両腕でレンの体を羽交い絞めにする。
 そのまま壁まで突進して叩きつけようとしたが、そこで右腕に走る激痛に気付いた。

(肘!)

 確実に羽交い絞めにしたと思ったが、直前でレンの木刀が右肘を内側から突き、痺れが走って右腕が効かない事をロックが悟った時には、今度は左の肘に木刀の柄が真上から叩きつけられる。

「つうぅ!」

 関節に的確に与えられた打撃に、己の意思とは反して腕が緩む。
 その隙にレンは左手をロックの肩に付いてそのまま真上へとトンボを切って抜け出す。
 体を回転させながら、レンは木刀を回して逆手に構え、落下しながらその切っ先を無防備に伸びているロックのかかとへと突き刺した。

「があっ!」

 予想外の激痛に、ロックが苦悶を上げて倒れ込む。

「んぎゃ!?」
「おわあっ!」

 ギャラリー数名を巻き込み、ロックの巨体がようやく止まる。

「ぐ、ぐぐぐ………」
「不用意に動かすな。アキレス腱が断裂寸前のはずだ。すぐに治療すれば、またフィールドに出られる」
「このオレがバックを取られるとは…………アンタの勝ちだ…………」

 苦悶に顔を歪めながらも、ロックが己の敗北を宣言。それを聞いたギャラリーがどよめき始める。

「ロックまでやられた!」
「ウソだろ!?」
「なんて強さだ!」

 ギャラリーが騒ぎ立てる中、ただ一人、黒人の学生ボクサーだけが無言でグローブを嵌めていく。

「お前も仲間がやられるのは黙ってられない口か?」
「……お前は強い」

 ただ一言だけ言うと、最後の4カード、エウロはマウスピースを咥え、両拳をぶつけると構える。

「おい、誰かゴング!」
「つうかゴングっぽい物!」
「鳴ればいい!」

 ちょうどその時、校内の時計が夕刻のチャイムの鳴らす。
 最初の1フレーズが鳴ると同時に、エウロが跳び出す。

(早い!)

 拳で顔の下半分、腕で上半身を完全に覆うビーカーブースタイルで突っ込んでくるエウロに対し、正面戦闘を行う愚を避けようとレンは横へと動くが、エウロはそれに目ざとく気付いて、的確に姿勢を調整してくる。

(反応も早い、射程から逃がすつもりはないか)

 ルール上、正面からの打撃戦しか許されず、そのために極端に特化した正面格闘技術を持つボクシングのスタイルを体現したかのように迫ってくるエウロに、レンは内心感心する。
 その間にすでに間合いへと入ったエウロの拳が突き出された。

(こっちも早い!)

 突進の勢いを乗せて、右ジャブから左ストレート、右フックをアゴ、みぞおち、ボディと変化させて叩き込んでくるのを、半ば直感のみでレンは回避し、木刀で防ぐ。

(しかも重い!)

 木刀越しにも関わらず、ボディに食らったパンチが内臓にまで響いていくるのにレンは更に感心する。
 とどめとばかりにテンプルに体重の乗ったフックを叩き込む寸前、エウロはバックステップで跳び、直後にレンが真上へと突き上げた木刀の切っ先がアゴをかすめていく。

「いい反応だ。見えたのか?」
「……肩で」
「なるほど、ボクサー相手に正面からじゃ部が悪すぎるか」

 木刀を突き上げるわずかな肩の動きを見抜いたエウロは、再度距離を取ってビーカブースタイルを取る。

「その腕なら、すぐにでもプロでやっていける。ベルトだって狙えるぞ」
「……ボクサーに他に目的があるのか?」
「……確かに」(他の三人もすごかったが、こいつは一際だな)

 心身ともに完全なボクサーとなっているエウロに、レンはどことなく自分の高校時代を思い出しつつ、攻撃へと転じる。
 ボクサーに取ってありえない、足を狙った斬撃をエウロはショートステップでかわし、続けて跳ね上がった右斬り上げを上半身を反らすスウェーで回避。
 瞬時に引かれた木刀は刺突となってみぞおちを狙うが、ジャブで木刀の腹を叩いて軌道を変えると瞬時にビーカブースタイルに戻る。

「……どういう訓練を積んだ? それだけ完璧なガード体勢で、驚異的な回避技能まで持ってるボクサーは初めてだ」
「ボクサーは最強の人種でなくてはならない」

 あくまで淡々と答え、パーフェクトなボクシングスタイルを崩さないエウロに、レンは小さく苦笑。

(実力もある、技術もある、そしてプライドもある。将来はチャンピオン確実かもな)

 距離を取って構え直すレンに、エウロが再度攻撃をしかけてくる。
 ジャブ、フック、ボディにストレート、アッパーカットとありとあらゆるパンチをすさまじい勢いで叩き込んでくるエウロに、レンは徐々に防御一辺倒に追い込まれていく。

「さすがエウロ!」
「在校生最強の噂は本当か!?」
「がんばれレン兄ちゃん!」
「レン兄ちゃんが負ける訳ないよ!」

 唯一自分の応援をしてくれている従兄妹達の声援を聞きながら、レンは繰り出されるパンチをかわし、反らし、防いでいく。

(得物の分、一撃はこちらが上だが、叩き込む隙を与えてくれないか。ならば)

 顔面に向かって放たれた必殺のストレートをかわしつつ、レンはそのまま大きく後ろへと跳んで距離を取ると、木刀を腰に差し、半歩引くと身を低くする。

「またイアイヌキか!」
「だが、エウロのパンチはもっと早いぞ!」
「木刀程度で、エウロの筋肉は破れねえ!」

 はやし立てるギャラリー達を背にしつつも、エウロはビーカブースタイルのまま、小さなステップで様子を探る。

(来るな、自分の技に余程の自信があり、それでいて過信もしてない目だ)

 呼吸を整え、木刀の柄に手をかけるレンが、相手の出を待つ。
 双方の呼吸の音が響き、それが整った瞬間、エウロが動いた。
 今まで一番の動きで一気に間合いを詰め、今まで最速のパンチをレンの顔面へと向けて放ち、同時にレンの手もかすむ。
 剣道場に、グローブが肉を打つ鈍い音が響いた。

「……え?」

 一瞬何が起きたか分からないギャラリーが目前で起きている状況を理解して疑問符を浮かべる。
 放たれたパンチは、抜くと見せかけて空振りさせたレンの右手によって受け止められていた。
 そして左の逆手で抜かれた木刀が、エウロの脇腹に叩き込まれていた。
 しかし、奇襲で放たれた逆手の抜刀はエウロの鍛え上げた腹筋の前に決定打にはなりえてなかった。

「悪いな」

 レンが呟き、同時に大きく歩を踏み込む音が道場内に響き渡る。
 床を力強く踏んだ力が下半身から上半身へと伝わり、全身の筋力を付加されて腕へと伝わり、木刀を伝わって衝撃としてエウロの体を貫く。

「がっ………」

 その威力に耐えられなかった木刀が粉砕する中、何が起きたか理解出来ぬまま、エウロの口からマウスピースが零れ落ち、そのまま床へと彼は倒れこんだ。

「《光破断こうはだん》!? あの体勢から!?」
「な、何が起きた?」
「分からねえ………」

 目前で起きた光景に何が起きたか分からないギャラリーの中、それが停止状態から叩き込まれる東洋武道の《発勁》の一種である事を知っているムサシだけが絶句する。

(……さて、フクロにされる前に逃げるか?)

 ざわめいているギャラリーが殺気立つのを警戒し、逃走をレンが考慮し始めた時、一つの拍手が響いてくる。
 ざわめいていたギャラリーとレンがその先に視線を向けると、その先にはスーツ姿の初老の白人男性が満面の笑顔で手を叩いていた。

「校長!」
「アーノルド校長、来てたのか………」
「いつ?」
「いやあ、お強い。すばらしいの一言ですな」

 その男、この学園の校長であるアーノルド・シュワネンガ校長が、にこやかにレンへと歩み寄ってくる。

「すいません、そちらの生徒を傷つけてしまいました」
「いやいや、あれだけの白熱した勝負の結果です。なにより、人間は負ける事で強くなる。敗北があるからこそ、次の勝利に向けて努力し、強くなっていくのですよ」
「その通りですね」

 そこまで言った所で、レンはアーノルド校長の目がまったく笑ってない所か、座っているのに気付く。
 それどころか、スーツの上からでも分かるたくましい体が、更に内部から膨れ上がりつつあるようにも見える。

「ふふふ、私も若い頃を思い出しますよ。軍にいた頃は、私も毎日そんな目に会いました。隊長がまた厳しい人でしてね………」

 にこやかなまま、校長がジャケットを脱ぐと、それを横へと投げギャラリーの一人が慌てて受け取る。

「しかし、その厳しい訓練があったからこそ、あの過酷な戦場を生き残れたのです。そして悟った、人間は、人生という戦場を生き抜くための訓練を欠かしてはならないと」

 あくまでにこやかなまま、ネクタイを外し、更にはシャツまで脱ぎ捨てる。
 その下に有ったのは、屈強なまでに鍛えこまれ、更に無数の傷跡がある百戦錬磨その物の体だった。

「そして、私もまた訓練中の身。一手お相手願えませんかな?」

 シャツとネクタイも投げ、その頑強な体を露にしたアーノルド校長が力を込めると更に全身の筋肉が膨れ上がる。

「こ、校長が出られるぞ!」
「全校生徒を呼べ! 大至急だ!」
「来てない奴なんかいるもんか!」
「オレあれ取って来る!」

 先程よりも更に盛り上がるギャラリーと、どう見ても闘る気満々のアーノルド校長にレンがものすごく微妙な表情をする。

「……やはり、怒ってます?」
「いやいや、まったく」
「レン兄ちゃん、校長先生は勝負に文句言う人じゃないから………」
「この学校最強の人間だけど…………」

 この学校の校風を具現化したかのようなアーノルド校長に、逃げ場は無い事を悟ったレンが手にした半ばから砕けた木刀を見る。

「これを」

 そこでまだ病院にも行かず、レンの戦いを見ていたカインが自分の木刀をレンへと投げ渡す。
 よく見ると、4カード全員がこれから起こる戦いを見逃すまいとこちらを凝視していた。

「……まず彼らを病院に行かせては?」
「てこでも動かないでしょう。あなたが彼らの立場なら?」
「………経験あるんで」

 ちなみに自分の時は母親に病院へ強制連行された事を思い出したが、口には出さないでおく。

「校長!これを」
「おお、ありがとう」

 走って何かを取ってきた生徒の一人が、それをアーノルド校長へと手渡す。
 それは、銃剣術の練習用に使われる銃の形をした木銃だった。
 木銃を手にしたアーノルド校長が、それを数度振り回すと構える。
 その構えは微塵の隙も無く、しかも無駄な緊張も無い、長い訓練の果てに完成した完璧な物だった。

「さあ、始めましょう」
「いざ、参る!」

 ここに、アーノルド高校開校以来最大の激戦の火蓋が切って落とされた。



「それで、そうなった訳ね」
「ええ、なんでデルタ・フォース(※米軍の対テロ用機密特殊部隊)の元隊長が高校の校長なんてやってるんでしょうかね?」

 特異事件操作課のオフィス、課長のキャサリンの前であちこち包帯とばんそうこだらけのレンが渋い顔をする。

「勝てたからいいじゃない」
「実戦だったら勝てた気がしませんけど………最後握手した時、手にナイフと銃のタコがはっきりとありましたし」
「レンだって銃やオンミョウ術使ったらどうなってたか分からないでしょう?」
「あそこまで我をはっきり持ってたら、不用意な術は効きません………最後この学校の教師にならないかって散々言われました」
「それでこんなのが来た訳ね」

 キャサリンがデスクに置かれている物、国防総省のマークがはっきりと描かれている紙に、レンのアーノルド高校への出向依頼が書かれた書類を胡乱な目で睨み付ける。

「それで、行く気は?」
「二度とごめんです」
「あっそ」

 それだけ言ってキャサリンは書類を丸めてゴミ箱へ投げ捨てる。

「それじゃ、早く怪我治しといてね。こっちの仕事に影響出るとマズいから」
「これ以上講義落とすと、オレの卒業に関わるんですが」
「そんなの、こっちでどうにかしとくから」
「………」

 それ以上の追求を避けつつ、レンはその場を後にする。

「ムサシとアニーは、ああいう所卒業して将来どうなる事やら………」

 従兄妹達の将来と自分の受講回数を気にしつつ、レンは深いため息を吐いた…………






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