SCHOOL Days2(後)


SCHOOL Days2(後)


「また派手にやったようだな」
「てへへ………。でも4カードの一人に勝ったよ!」
「辛勝、と言った所のようだがな」

 剣道場から出てきた所で、額にデカいバンソウコを張って苦笑するリンルゥの姿を見つけたレンはため息を漏らす。

「とりあえず、あとどれくらいかな?」
「多分、アレでその他大勢の最後だと思う」
「アレ?」

 レンの視線の先を追ったリンルゥは、そこでアメフトのプロテクター姿の巨漢達を先頭に、無数の陸上選手や球技選手などが一塊となってレンへと津波のように押し寄せてきていた。

『行け〜!!』
「押しつぶせ!」
「怯むな!」
「でええええぇぇぇ!?!?」

 逃げ場すらない人の津波に、リンルゥの口から素っ頓狂な絶叫が漏れる。

「こんなの、ゾンビ相手に何度かやっただろう」
「何か妙な殺気放ってるよ!? どこか間違ったスポーツマンシップで!」
「放て!」

 そこで津波の向こう側から、槍投げ用の槍や円盤、更には硬球やバスケットボールやラグビーボールなどの球技用ボールと言った物が一斉に投じられる。

「離れてろ」
「言われなくも!」

 来た道を全力で引き返すリンルゥだったが、レンは無数の飛来物をまったく恐れずにその場に立ったままだった。

「備品を壊すのもまずいか。少し大人げないが」

 レンは右手に木刀を持ったまま、左手の逆手で愛刀を抜くと、それを逆にして峰を向ける。更に裾をめくり、中に着ていたインナーアームドスーツのスイッチを入れる。

「本来、人に向ける物でも無いだろうし」

 そう言いながらも、レンは木刀を振るって一番最初に近付いてきて槍投げ用の槍を薙ぎ払い、続けて円盤を真剣の峰打ちで叩き落す。

「少し大人気ない、ではすまないか」

 続けて飛来する無数のボールを、レンはインナーアームドスーツの加速と変形の二刀流で次々と払い、弾き、落としていく。

「馬鹿な!?」
「あの弾幕を……」
「どけえぇ!」

 そこで一際屈強な生徒達が前に出たかと思うと、その手からハンマー投げのハンマーや砲丸投げの砲丸と言った洒落にならない物が一斉に投じられていく。

「……やっぱり殺す気だろ」

 明らかに殺傷力を持った鉄の塊に、レンの顔が引きつる。
 だが目前まで迫ったハンマーに、直撃すれば木刀どころか真剣すら折れそうな破壊力を秘めたそれを、軌道の横から的確に打撃を加え、軌道を反らして受け流していく。

「え……」

 投じた本人達が一番信じられないと言った顔の前で、次々とハンマーや砲丸が受け流され、更には刀で絡め取られるようにして下へと落とされていく。

「構わん!」
「突っ込め!」
「うおおぉぉぉ!!」
「責任は持てんぞ」

 それでもなお突っ込んでくる生徒達を前に、レンは刀を鞘に納めると、木刀を両手持ちにして上下反転させながら体を引き、右足を下げて体全体を使った刺突の体勢を取る。
 そこで一度大きく息を吸い、それを溜めると前方、その一点を鋭く睨んだ。

「いざ、参る!」

 宣言と同時に、レンは体全体を使った刺突で押し寄せる人の津波へと一気に突っ込んでいった。

「ちょ、幾ら何でも!」

 安全地帯へ待避して事の成り行きを見守っていたリンルゥが思わず叫ぶ中、レンと人津波が激突する。

「ごふっ!?」

 だがレンの木刀が先頭にいた一際体格のいいアメフト姿の生徒を捕らえると、なんとその状態のまま相手を全身の力を使って押し込んでいく。

「行くぞ、ハアアアァァ!!」

 全身全霊の力を込め、レンが刺突の体勢のまま一気に津波の中を突き進んでいく。

「おわ!?」
「な、みが!?」
「ふげ!?」

 突っ込むつもりが逆に突っ込まれるという予想外の事態を認識できないまま、レンの体はそれ自体が津波を斬り裂く刃となって突き進み、運悪くその切っ先に当たってしまった生徒は強引に押しのけられ、更に運が悪ければそのまま固まりとなって突き進められてしまう。

「いででで!」
「つ、潰れる!?」
「危ない! よけ……ギャアアアァァ!」

 段々と塊が大きくなっていくが勢いは止まらず、レンが運の悪い連中を団子状態のまま、一気に津波を斬り裂いていく。

「おい、止まれ!」
「押すな!」
「通り過ぎたぞ!」
「踏むな!」

 ようやく事態が飲み込めた生徒達がなんとかレンを追おうとするが、その多過ぎる人数が災いして進もうとする者と戻ろうとする者で大混乱に陥る。

「アアアアァァ!!」

 裂帛の気合と共に、レンはとうとう人の津波を突っ切り、運悪く団子状態になっていた者達がようやく重圧から逃れてその場に崩れ落ちていった。

「おい、生きてるか?」

 一番最初に犠牲になったアメフト姿の生徒が、完全に白目を剥いているのを見たレンが頬を軽く叩き、用心して首の脈を確かめる。それが問題無いのを知ると、他の連中もうめきながらも無事な事を確かめる。

「痛い痛い!」
「押すな! 踏むな!」
「誰変なとこ触ったの!」
「尻をまさぐるな! オレにその手の趣味は無い!」
「……数に頼りすぎだ」

 背後を振り向き、そこが完全に大混乱になっているのをレンが確認した所で手にした木刀が圧力に耐え切れずに何箇所か砕け、曲がっているのを見てレンはそれをその場に投げ捨てる。

「さて、あとは……!」

 校門までもう直という所で、レンは校門の前に、胴着姿で今まで見たどの生徒をも上回る巨躯の黒人男子生徒が座り込んでいるのに気付いた。

「お前が最後の一人か」
「4カード、総合格闘部キャプテン、ボーザック・アキーム」

 名乗りを上げながら、ボーザックが立ち上がる。
 その体格は2m20はあり、体重は130kgは軽くありそうだったが、体その物は見事に鍛え上げられているのが胴着の下の盛り上がりで見て取れた。

「ボーザック……確か、この間KKファイトのプロトーナメントに出てなかったか?」
「バイトだ。許可はちゃんともらっている」

 相手の顔を前にテレビのプロ格闘家試合で見かけた事があるのをレンが思い出す中、ボーザックは両手を上げ、構える。

「あんたを倒せば、無条件でチャンプの挑戦権がもらえるとオーナーと話がついている」
「オレの闘い方は格闘技と根本的に違うぞ?」
「だが、強い」

 静かな口調でそれだけ告げると、ボーザックは呼吸を整え、闘気を増していく。

「問答無用か……」

 テレビでも見ていたが、確かな実力を持っている相手にレンはインアーアームドスーツは切ったが、腰の刀に手を伸ばすか悩む。

「レン! 使って!」

 そこでリンルゥがどこから持ってきたのか新たな木刀を投げ、レンはそれを受け取ると片手で正眼に構え、その峰に左手を添える光背一刀流独自の構えを取る。

「来い」

 レンの宣言と同時に、ボーザックが突撃してくる。
 まっすぐ突っ込んでくるかと思われたが、レンの間合いに入る直前にその姿がかすむように消失する。

(横か)

 脅威的な速度で横へと跳んで回り込んだボーザックの方にレンが向き直った所で、強烈な右フックが飛んできた。
 左手を上げてレンはそれを防ぐが、予想以上の威力に腕が軋みを上げる。

(防具越しでこれか!? そう言えば軽量級選手をこの一撃でKOしてたな……)

 続けての左フックをレンが頭を後ろに下げてかわした所で、巨躯が旋回して強烈な後ろ回し蹴りが飛んできた。

「ちっ!」

 とっさに木刀でその一撃をレンは防ぐが、体重差も手伝ってレンの体が吹っ飛ぶ。

「レン!」
「さすが《タイフーン》ボー!」
「やっちまえ!」

 リンルゥが思わず声を上げる中、まだ不自然に絡んだままの生徒達が一斉に歓声を上げる。

(柔軟性も瞬発力もかなりの物だ。無駄に増した筋肉じゃないな……あの若さで相当な訓練をしたか)

 なんとか堪えたレンが再度構えなおそうとした所で、手にした木刀があっさりと折れる。

「……死人が出るな。この蹴りは」
「だが生きている」

 レンは木刀を投げ捨てた所で、ボーザックが右の正拳を叩き込んでくる。
 レンが何とか片手でその拳を受け止めるが、その威力を止めきれずに両手を使ってなんとか止める。
 そのまま瞬時にレンはボーザックの手首を取ろうとするが、ボーザックは力任せに振り回してそれを強引に外す。
 そのままバックブローでレンの顎を狙い、かわした所で左のアッパーが追撃してくる。

「くっ!」

 両腕でかろうじて防いだが、軽々と宙を待ったレンがとんぼを切って離れた場所に着地すると、そこを狙ってローキックが迫ってくる。
 防御も間に合わずレンの体が吹っ飛ぶが、地面を転がってレンは即座に体勢を立て直す。

「さすがに最後の一人ともなると実力が違うな」

 レンが呟く中、先程の蹴りの感触が軽く、レンが自ら跳んで威力を殺された事を気付いたボーザックが何故か両手を下ろす。

「?」

 レンがいぶかしんだ時、突然ボーザックの体が跳ね上がり、宙で旋回する。

(これは!?)

 それが前転しながらの蹴り技、骨法で言う浴びせ蹴りだという事を悟ったレンが、むしろ前へと一気に出て威力の弱い腿部分で受けると、そのまま相手の下半身を掴み、地面へと叩きつける。

「ぐっ!」

 思わず声の漏れるボーザックだったが、なんと地面に叩きつけられたままレンの腕を掴み、不自然な体勢で蹴りを突き出してくる。

(こいつ!)

 袖をがっしりと掴んだまま、ボーザックが次々と蹴りを繰り出し、レンはなんとかそれを避けていくが、何発かが顔面をかすめていく。
 蹴りを避けようとレンが腰をかがめた所で、ボーザックが素早く足を伸ばし、レンの腕を腕十字に決めていく。

「やった!」
「決まったか!?」

 歓声が上がる中、レンの顔が苦痛に歪むが、足で決められていた手がボーザックの足を掴むと、それを一気に捻る。

「!?」

 手だけで足の関節を決められたボーザックの顔も苦痛に歪む中、更にレンのもう片方の手が腕十字を決めていた手に伸びると、親指の付け根を思い切り握り締めた。

「う!」

 激痛に手が緩んだ隙に、レンが瞬時に抜け出す。
 何が起きたのか理解出来ないギャラリーの前で、両者が立ち上がって対峙する。

「どんな巨躯にも、関節も有れば痛みもある。ポイントさえ抑えれば体格差があってもなんとかなる」
「………」

 無言でボーザックが構える中、レンも剣を拳に変えて構える、光背流拳闘術の構えを取った。

「悪いが、こちらは格闘技じゃない」
「……問題無い」

 告げると同時に、両者が同時に突撃する。
 最初に間合いに入ったボーザックの左フックがレンを狙うが、レンはそれを掻い潜りながらも通過する肘を下から拳で突き上げる。

「くっ!」

 関節への打撃に激痛が走るが、ボーザックは続けて膝を繰り出し、レンはそれを片手で威力を抑えつつ、己の膝を相手の膝下の急所に叩き込む。

「……!」

 急所狙いの攻撃にボーザックが動きが僅かに緩むと、レンの拳がためらいなく喉に叩き込まれる。
 鍛え上げた太い首がかろうじてダメージを軽減させるが、続けて手刀が肋骨の下に突きこまれ、呼吸がわずかに止まる。

「かっ……」
「行くぞ」

 呼吸が止まって筋肉の緊張が緩んだ隙に、レンの拳が続け様に胃、肝臓、心臓と急所を立て続けに打ち据えていく。

「!」
「通らんか。よく鍛えてある」

 緊張が緩んでもなお鍛え上げた筋肉が急所への打撃を緩和し、致命的なダメージを防いだ所で、ボーザックの両手がレンの肩を掴む。

「うおおおぉおぉ!」

 今までに無かった獰猛な咆哮を上げながら、動けなくしたレンの胴に連続で膝蹴りが叩きこまれていく。

「レン!」
「今度こそ決まるか!」

 レンの体が膝蹴りの衝撃で上下し、今度こそ決着がつくかと思われたが、それがレンがむしろ相手に合わせて威力を殺している事に気付いた者はいなかった。

(おかしい?)

 ボーザックもその事に気付くが、その僅かな疑問が膝蹴りの威力を僅かに弱まらせる。
 その一瞬の隙を逃さず、レンの掌底打が膝に触れると同時に、上半身の筋肉を爆発的に振るった。

「ぐあああぁぁ!」
「何が起きたんだ!?」

 ボーザックが悲鳴を上げながら、手を離して膝を抑えて転がるが、堪えて立ち上がる。

「無理はするな。膝は強いように見えて弱い。それ以上痛めれば試合なぞ出来なくなるぞ」
「……」

 レンの忠告を聞かず、ボーザックは片足を引きずるようにしながらも無言で構える。

「なら、本気で行く。死ぬなよ」

 レンもそれに応じるように構える。
 片足を痛めているとは思えない速度でボーザックが拳を叩き込んでくる中、レンはそれを掻い潜り、五指を立てた状態で相手の胸に当てた。

「はあっ!」

 そこで足がめり込む程の踏み込みで歩を踏みしめ、そこから伝わった力を脛から下半身、腰から背中を伝わって腕へと連続させ、全身の筋肉を爆発させて腕から五指へと伝達させる。

「が、は………」

 その場で血を少量吐き出した所で、ボーザックの体が揺らぎ、力を失って後ろ向きに倒れこんでいく。

「《タイフーン》ボーが負けた」
「おい、保険委員!」

 何人かの生徒が慌てて駆け寄った所で、ボーザックの胸に指の形に五箇所、陥没があるのを気付いて顔を青くする。

「な、なんだこりゃ!?」
「光背流拳闘術、《光破断・五行》。急所からはずしておいたから、しばらくしたら目が覚めるはずだ」

 中国拳法で言う発勁を、拳や掌底打ではなく、指から放つ技を使ったレンが、相手がもう動けそうにない事を確認するときびすを返す。

「レン大丈夫?」
「なんとかな。あの腕なら五年もすれば十分チャンプ狙えるだろう」

 リンルゥが駆け寄って声を掛けてきた所で、ふとそこで拍手の音が響く。

「さすがですな。また4カードを全て、いや一人は彼女が倒したのでしたね」
「出来ればこういう事はあまりして欲しくない物なのですがね」

 何時の間に来たのか、校門の所に立って拍手しているアーノルド校長にレンが思いっきり胡乱な視線を向ける。

「それで、また最後はあなたでしょうか?」
「いえいえ、今回はあくまで講義ですからね。生徒に全て任せようと思ってますよ。だからちゃんと最後の相手は用意してあります」

 校長が宣言した所で、ふとその場に相応しくない旋律が流れ始める。

「……バイオリン?」
「G線上のアリア、だったか」

 流れてくるバイオリンの旋律にあわせるように、それを奏でている人物が校門の影から姿を現す。
 それは長い白髪に白い肌に更には白地の袖なしワンピース姿のロシア系と思われる少女で、その手から美しい旋律が奏でられ、誰もがそれを無言で聞き入っていた。

「……なんか、この学校の雰囲気に全然合わないような?」
「オレもそう思う、が………」

 曲の途中で、失神していたはずのボーザックがいきなり起き上がったかと思うと、凄まじい速度でどこかへと走り去っていく。

「おい、無理に動くな……」
「いないよもう。トイレかな?」

 リンルゥも何事かと消え去るボーザックを見送った所で、少女の奏でるバイオリンの演奏が終わり、少女が一礼すると居合わせた生徒達が一斉に拍手する。

「……見事な演奏だった。が、一体どういう趣旨だ?」
「初めまして。私はカルーア・リトヴャクと言います。モスクワ音楽院から短期留学生として在学しております」
「音楽院?」
「モスクワ音楽院と言えば、世界有数の音楽学校だ。だがここは体育会系だぞ?」
「はい、アーノルド校長の薦めで」

 明らかにどこか場違いなカルーアに、リンルゥとレンが首を傾げた所で、アーノルド校長が彼女からバイオリンを受け取り、代わりに白い太めの杖を手渡す。
 そこでレンはカルーアの目が焦点を結んでいない事、そしてその杖が何か奇妙な事に気付く。

「君は、目が……」
「はい、一切見えません。でもここの学校の人達はみんな親切ですし、昔からなので特に苦には思いません」
「じゃあ、その杖は?」

 カルーアの手にした杖、盲人特有とも言える白地の物だが、太さが妙にあり、持ち手に三角形の穴が開いてまるで松葉杖にも見える。
 しかし彼女の細い足にはいっさい障害の類は見えない。

「君が最後の相手?」
「ええ、大事なお客様が来るので相手なさるようにと校長から仰せつかいました」

 ますます訳がわからなくなるレンの背後で、ボーザックを中心とした生徒達が何か大荷物を抱え、それらを広げていく。

「え〜と……」

 その荷物が無数の楽器で、それを広げた生徒達が演奏の準備をしていく事に、リンルゥは何がなにやらまったく分からずレンの方を見る。

「彼女にはファンが多くてね。お陰で初めて吹奏楽部なんて物が我が校にも出来たよ。そう、特にボーザック君は熱烈なファンの一人だよ」
「まあ、それはともかくとして………」

 アーノルド校長の説明で更にレンも何が何やら理解出来なくなる中、カルーアが杖を持ち上げ、それを構えると持ち手のグリップを捻る。
 すると杖の先端から羽根のような部品が飛び出す。

「…………スコップ?」
「まさか……」

 その形状が、全て白で統一されている事以外はまるでスコップその物の事にリンルゥは更に首を傾げる。
 だが、レンはその構え方と形状がどこかで見た事がある気がして警戒しつつ、身構える。

「……使え。木刀よりはマシな筈だ」

 ふとそこで、ボーザックが何かをレンに向けて投じる。
 それを受け取ったレンは、それが軽量で刃のついてない模造刀である事に気付くと、腰の刀を抜いてリンルゥへと手渡して模造刀を腰に指した。

「準備はよろしいですか?」
「ああ」

 両者の返答と同時に、準備を終えた吹奏楽部の部員達が、その体格に恐ろしい程に似合ってない指揮棒を構えたボーザックの指揮により演奏を始める。

「〈ワルキューレの騎行〉、か」
「ええ、私もここではその名で呼ばれています」

 不慣れなため、かなりたどたどしい旋律で奏でられる荘厳な曲と共に、カルーアが動いた。
 気配すら悟らせない、自然な動きで間合いを詰めると、手にしたスコップ杖を突き出す。

(速い!)

 レンがそれを横へと避けた所で、カルーアの足が瞬時に止まり、レンの動きを追ってスコップ杖が横に薙ぎ払われる。

(棒術でも杖術でもない! この動きは……軍用スコップ戦闘術だ!)

 カルーアの使う技が、陸軍の備品であるスコップを用いる戦闘術である事に気付いたレンが驚愕しつつ、模造刀を抜いて横薙ぎの一撃を弾き返して、至近距離の刺突を繰り出そうとした時だった。
 カルーアの片手がスコップ杖から離れ、模造刀の峰に絡むように動き、さらにレンの手首を掴む。

「!」

 レンがあまりに無駄の無い動きに驚愕する中、更にカルーアがレンの足を払い、掴んだ手首を引く。

「え……」

 レンの体が地面を転がるのを見たリンルゥが声を漏らす中、カルーアのスコップ杖が更なる追撃を掛ける。
 掴まれたままの手首を強引に振り解いたレンが地面を転がり、からくも攻撃から逃れる。

「その技、そしてその動き、オマケにロシアン・スコップ(ロシア流スコップ戦闘術)!《システマ》か!」
「ええ、そう言うらしいですね。私も最近まで知りませんでした」
「……どこで覚えた? ジムで教えるレベルじゃない。明らかな実戦用だ」

 カルーアの使う技がロシア特殊部隊用の格闘戦技術《システマ》だとようやく悟ったレンが、立ち上がって構えながら問うた。

「戦災孤児だった私を拾って育ててくれた方が、護身術だと言って」
「そんなレベルじゃないな……」

 武器の奪取、攻撃手段の封印、合気道にも似たバランス制御による転倒からの止めなどで構成され、その技のあまりの危険度から、実戦用の技は軍の特殊部隊以外では教える事が禁止され、レンも資料でしか見た事の無い格闘技術を使うカルーアに、レンは先程までの儚げな音楽少女の印象を完全に脳内で消して対峙する。

「アーノルド校長がわざわざモスクワから呼び寄せた理由が分かったよ」
「アーノルド校長は、いい音楽を奏でるには色々な体験が必要だと教えてくれまして。確かにその通りでした」

 おだやかな笑みを浮かべつつカルーアも再度構えるが、その体からはまるで闘っている雰囲気は感じられなかった。

(闘気も殺気も、視線すらも無い。恐らくは闘争心その物すら無いのか? 悟りに至った無我の状態によく似てるが、天然のようだな………)

 色々な意味でやりにくいカルーア相手に、レンが間合いを僅かに詰めた時、カルーアが大きく歩を踏み込みながらスコップ杖を後ろへと向けて旋回させる。

「くっ!」

 強度と重量配分だけで十分な攻撃力を持つスコップ戦闘術に、遠心力を伴って更なる破壊力を増して振り下ろされるスコップ杖に、レンは模造刀を掲げてそれを防ぐ。
 その隙を狙ってカルーアの左手がレンの腕を掴もうとするが、逆にレンはそれを己の左手で払い、カルーアの襟首を掴もうとする。
 だがカルーアはレンの手の動きに合わせて体を動かし、襟首を狙っていたはずのレンの左手はカルーアのふくよかな胸の上を滑るようにして反らされた。

「!」
「失礼」

 伸びきったレンの左腕の肘をカルーアが掴み、脛を蹴りながら思い切り引かれた。

(まずい!)

 ヴァイオリニストに必須とされる、五指全てが同じレベルにまで握力を持つよう鍛えられている上に完璧なタイミングで繰り出された技に、完全にバランスを崩されたレンが転倒する中、今度はスコップ杖が平面をレンの後頭部に向けて打撃として振り下ろされる。
 半ば直感でその軌道上にレンは模造刀の柄を突き出し、その打撃を防ぐとその場を転がって離れる。

「あれだけリズムを崩しても、すぐに戻せる。すごいですね」
「そちらこそ。4カードよりずっと強い」
「ええ、だからここでは《トランプ》とも呼ばれてるみたいです」
トランプ切り札、ね……」

 一つの予感と共に、レンは懐からサムライソウル3を抜いてカルーアに速射する。
 しかし、放たれた弾丸を予め射線が分かっていたかのように、カルーアはいともたやすく避けてしまう。

「げ………」

 自分が見た物を信じられなかったリンルゥは思わず絶句する。

「驚く事ではないよ。内紛地域の生まれである彼女には銃弾をかわす事は生き延びるには必須だった。それだけだよ」

 アーノルド校長の解説が聞こえる中、そこでレンの視線が、横であまり上手でない演奏を続けている吹奏楽部に向けられる。

「リズム、つまり君の最大の武器はその耳の驚異的な聴覚と絶対音感、か? オレの動きが全部聞こえているんだな?」
「はい、皆さんはそれを手助けしてくれているだけです。無理にやらなくていいとも言ってありますので、皆さん攻撃されそうになったら逃げますから」
「……そうは見えんが」

 横で行われている演奏が、音の反響でカルーアにレンの動きを察知させやすくしている物だとレンは確信する。だがカルーアは気付いていないのか、吹奏楽部全員が〈カルーア様親衛隊〉と描かれ隊員番号まで刻まれたタスキを掛けており、恐ろしいほど不慣れな手つきで指揮をしているボーザックの巻いているハチマキには何故か漢字で〈絶対死番〉(死番・戦闘において真っ先に仲間の盾として突入する役。新撰組が取り入れていた集団戦術の一つ)とまで書かれていた。

「下手に君を傷つけたら、彼らに殺されそうなんだが……」
「そうですか? でも合意の上での試合なら余程の事をしない限り、この学校では問題にならないそうですが」

 可愛らしく小首を傾げ、カルーアの動きが速まる。
 レンもそれに合わせ、両者の間で得物同士が激しく打ち合わされる。
 斬撃、打撃両方の特性を的確に使い分け振るわれるスコップ杖をレンがいなし、避け、レンが振るう模造刀をカルーアは的確に受け、避けていく。

「その腕なら、どこの特殊部隊でもやっていけるな」
「いえ、実は来月にはモスクワ音楽院に帰るんです。ボーさんは退学してでもボディガード兼かばん持ちとして付いていきたいと言ってましたが」
「チャンプ戦を焦ってたのはそれか……」

 レンの納得に対し、リンルゥは首を傾げる。

「ボディガードってVIP扱い?」
「彼女はモスクワでは既に有名人なのだよ。紛争を経験した盲目の音楽家というのは、話題性が強いのでね」
「私自身は軍人とかになるつもりはありません。音楽による世界平和を訴える団体に参加しようと思っておりますので」

 相手の顔がにこかやなまま、顔面へと向けて容赦の無い突きが飛んでくるのをレンは模造刀で受け流し、カウンターに繰り出された拳はまた体の上で受け流される。
 そこでレンが大きく後ろへと跳んで距離を取る。

「どうやら、君は加減とか出来るような相手じゃないようだ」
「あなたこそ、私が今まで聞いた中で一番いいリズムをしています。激しさと静けさを併せ持ち、絶え間なく奏でられる交響曲のような………」
「なら、それを聞かせないだけだ」

 レンは模造刀を腰の鞘に収め、半身を引く。
 やや体勢を低くし、居合の構えを取りながら呼吸を整えていき、目を閉じた。
 レンの呼吸音がどんどん小さくなっていき、やがて認識できるかどうかのレベルにまでなた所で、カルーアの顔に初めて驚愕が浮かぶ。

「これは……すごい…………」

 全ての音を聞き分けていたカルーアの耳を持ってしても、レンの存在が感じられるかどうかのレベルにまでレンの音が小さくなっている。

「先程までのリズムがウソのよう……風や、土や木々が奏でるリズムに自然に溶け込んでいる……こんなのは初めてです………」

 純粋な驚きを感じつつ、カルーアは片手を上げて吹奏楽部に演奏を中断させる。そして己も構えるが、一切隙が聞こえないレンに、攻めあぐねて硬直状態に陥る。

「……これで、決まる」

 両者の対峙に、リンルゥが固唾を飲んで見守る。
 対峙する二人以外、その場にいる全員が両者の対峙を凝視する。
 膠着状態のまま、時間だけが過ぎていく。
 誰もが時間を忘れて見守る中、その場に一陣の風が吹き抜ける。
 その瞬間、膠着が解けた。
 風に合わせるように、レンの足が地面を踏みしめ、右手が柄に指を絡める。
 そして流れるような動きで全身の筋肉が動き、鞘から刃が放たれる。

(なんて、キレイな音……!)

 緊張が一切無い、自然の一部のような今まで聞いた事の無いレンの動きにカルーアが反応できないまま、レンの腰間から居合が抜き放たれる。
 だが、放たれた模造刀の刃は、不吉な音を立てて止まる。

「……おい」
「ボーさん!?」

 刃がカルーアの体に届く直前、強引にその体を潜り込ませたボーザックの体に刃が深く食い込む。
 刃が鋭くないとは言え、レンの全力の抜刀をマトモに受けたボーザックの体がその場に崩れ落ちる。

「病院だ! 内臓が一つくらい潰れてる!」
「き、救急車!」
「急げ!」

 レンが叫んだ所で、見ていた生徒達が一斉に騒ぎ出す。

「がっ、はっ!」
「ボーさん! 大丈夫ですか!?」
「無理しやがる……さっきのダメージもあるだろうに……」

 吐血するボーザックをカルーアが心配そうに介抱し、レンが思わずため息を漏らす。

「貴女に負けたあの時に……護ると誓った……」
「ボーさん……彼は、止めてくれるつもりだったのに………」
「気付いてたか」

 勝負がついた時点で寸止めするつもりだったレンが、そうとは知らずに命がけで守りに入ったボーザックとそれを介抱しているカルーアを静かに見つめる。

「ここは学校の特色上、いい外科医のアテがあるそうだ。即致命的な場所はずれてるし、それに彼の鍛えた体なら命は助かるだろう」
「そうですか………」
「大丈夫、何が起きても大丈夫なように全て手配済みだよ」

 全てを見ていたアーノルド校長が、カルーアの肩に手を置いて声を掛ける。

「こういう場合、諸問題はどうなるんだ?」
「試合中の事故だよ、責任も治療費も全て私が持とう」

 そこへ、救急車どころか救急ヘリが上空から降り立ち、救急救命士ではなく救護兵が降りてきて素早く処置をしながらボーザックを搬送していく。

「待ってください。私も一緒に行きます」
「ああ、構わんよ」
「レンさん、先ほどの勝負いい経験になりました。私の完璧な負けです」
「負け分はそこの漢に持ってかれたがな」
「俺は別に持っていったつもりは……グフッ」
「無理して喋っちゃダメです」

 カルーアが付いていくのを見届ける中、ヘリが急浮上して離れていく。

「……どこに手配して?」
「それは企業秘密にしておいてくれたまえ。今回はありがとう。非常に生徒達の勉強になったと思う」
「出来れば、こういう事は今回だけにしてもらいたいですね」

 アーノルド校長の差し出した手を、憮然とした顔でレンが握り返す。

「できれば、毎年頼みたい所だね」
「絶対御免です」
「そう言わないで」

 手を握ったまま、アーノルド校長がにこやかに頼む。
 しかしその手の握力はどんどん増していっていた。

「前にペンタゴン経由でオファーしてきた事もありましたね」
「ああ、友人が勤めているのだよ。それとも、もう少し上でないとダメかね?」
「ウチの課長は大統領でもオドす人間ですが」
「ははは、先日は大統領をぶん殴っていた上司もいたではないか。さすがに妬ましかったよ、私にも出来なかった事だからね」
「直接の上司ではないですが」

 にこやかそうに見える中、すでに両者の手に青筋が浮かんでいる状態でふとレンの懐の携帯電話が鳴った。

「はい水沢。はい、はい分かりました。すぐに向かいます」

 握手という攻撃行為のまま、レンが電話に応対するとそれを切って懐に仕舞う。

「リンルゥ! 仕事だ!」
「OK! 現場は?」
「近いぞ」
「おや、それは残念」

 そのやり取りを聞いたアーノルド校長が、ようやく手を離す。

「それでは、また今度に。リンルゥ君も頑張りたまえ」
「はい!」
「急ぐぞ!」
「ウン!」

 走り出す二人の捜査官の背を、皆の声援と惜しみない拍手が送り出していった………



一週間後

「……大統領要請?」
「本気で来たな……」

 特異事件捜査課のオフィスで、今届いたばかりのホワイトハウスの印章が刻まれた書類をオフィスにいる全員が覗き込む。

「正式の要請書だな、これ……」
「本物見たのは初めて……」
「メーソンにすらないぞ」
「これって就任したばかりのアシュリー大統領の直筆サイン?」
「あの新大統領は嫌いではないのだけど。これはいただけないわね」

 同僚達も興味深そうに見る中、キャサリン課長が無造作にそれを掴むと、一瞬のためらいなくその書類を機密書類完全消滅用シュレッダーに容赦なく叩き込む。

「あの、課長……」
「要請で命令じゃないからいいのよ」
「いいのかな〜?」

 平然と言い放つキャサリンを横目で見つつ、要請書と一緒に送られてきたカルーアのさよならコンサートチケットと同封のボイスメールをレンとリンルゥが確認する。

『続けてのニュースです。高校生格闘家として有名だったKKファイト選手、ボーザック・アキームの突然の引退ですが、KKファイト本部でも一身上の都合としか聞いておらず、将来有望な選手の早過ぎるリタイアにファンからも惜しむ声が…』
「これって……」
「本気で彼女追ってくらしいな」

 テレビから流れるニュースと、先程のボイスメールでボーザックが退院しだいカルーアのボディガード兼アシスタントになると言ってた内容が一致する事にレンが思わず苦笑する。

「所で、これ何?」

 リンルゥ宛に送られてきた、クローバーのマークが描かれたメタルカードをレンが手に取り、裏を確認する。

「……アーノルド高校4カードの証明証だな。裏に歴代の4カードの名前が刻んであるだろ?」
「え? なんで?」
「転入初日に現4カード倒したからだろうな。スペードとハートのにはムサシとアニーの名前も刻んであるはずだ」
「……え〜と」
「課長の手配で、毎日とは言えんが通学も出来るようになったしな。オレの大学時代は単位がヤバかったもんだが………」
「う〜ん………」
「好成績の証だ。取っとけ」
「そうそう」

 クローバーカードを真剣な顔で見つめながら悩むリンルゥに、同僚達が無責任な助言をかけつつ笑う。

「確か、4カードに選ばれると単位その他の優遇措置がついたはずだ。だが、素行問題なんかを起こすと普通生徒よりも厳罰になるとか聞いている。詳しくはムサシかアニーに聞け」
「なんだか無茶苦茶な学校生活になりそうなんだけど」
「あの学校だと無茶苦茶以外ないと思うわよ」

 キャサリンが談笑しながら、さりげなくコンサートチケットを一枚抜こうとしてるのを、レンがその手を抑える。

「何のつもりですか?」
「あら残念。向こうの方の軍事高官の隠れファンへの交渉手段にするつもりだったのに」
「ダメです! 彼女が私達に送ってくれたんですから」

 チケットをクローバーカードと一緒に即座に自分のデスクにしまったリンルゥが課長を睨み付ける。

「わぁ怖い」

 おどけてその場を逃げるキャサリンを他の人間は胡乱な目で見送る。

「なぁ彼女って反戦主義者とか聞いたが」
「軍関係者でファンってやばくないか」
「相変わらず、どうやってそんな個人秘密調べてくるんだろ」
「だが、あのチケットにそれだけ価値があるって事だよな」

 レン以外の全員の視線がリンルゥのデスク(の中のチケット)に注がれる。

「ダメだよ皆! 彼女も僕の大事な学校仲間なんだからね!」
「ケチ」
「ブ〜」
「やめとけ、どうせお前達普段クラシックなんて聞かないだろが」

 先輩捜査官のシルモンドがブーイングを上げる同僚達を苦笑する。

「リンルゥも行ったはいいが、いびき立てないようにな」
「む〜!」
「あの強さ見たら寝る気は起きないかと」
「さて、無駄話はそれくらいで仕事よ仕事」

 キャサリンの声で、皆がそれぞれ己の仕事に取り掛かる。
 リンルゥもデスクに向かった所で、ふと思い直してクローバーカードを取り出すと、それをパスケースへと入れる。
 パスケースの中で、アーノルド高校の校章が彼女のこれからを示すように、鈍い光を放っていた…………


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